【HCS】 エンド・オブ・デザイア(更新停止中) 作:黒廃者
一年半お待たせしましたが、第二弾連載スタートです。
────鏡が写し出すものは、なにも視認できる表面の世界だけではないらしい。
世界のとある童話の中でも、鏡が重要な役割を果たす作品が存在し、物語を進行させるための装置として使用されていたり、日本神話にも三種の神器に八咫鏡なんていう代物があるくらいだ。
時に鏡は、人の内側にひしめく欲望を露わにする。
時に鏡は、こことは違う別の世界へのゲートとなる。
────消えたくない、まだ、消えたくない。
終わってない。終えたくない。まだ、何も満たせていないというのに、ここで終わるなんてイヤだ!
何度も失敗した。何度も戦った。だが一度として、勝つことは叶わなかった……。
体が世界に溶けていく感覚……何度も味わった、敗北の屈辱。
まだだ、まだ戦いは終わっていない。終わらせない。
視界の先の、くそったれな、鏡は。
醜悪の極みに達した歪な自分の姿をくっきりと写していた。
……成し遂げるのだ。
いつの間にか、鏡の中の自分の姿は人の形に変わっていた。
一糸まとわぬ、人がこの世に生を受けたままの光景だ。
ただ一つ、全身に禍々しい痣が浮かび上がっている点を除いて。
世界に溶けてしまう感覚は消え去っていた。むしろ、大きな力を世界から受け取っているような、熱いものが流れ込んでくる。
────思わず笑みがこぼれた。
疑う余地すら煩わしいほどに確信する力が、あった。
今度こそ、完全なa3g@p:u44y:/-rではない存在に……!
時に鏡は、願望を孕んだ泡沫の夢を見せる…………。
???
「ぬへへぇ~さぬきうどんうまうまだぁ。むにゃむにゃ。あ、らめらよぎゅうき~こにょうどんはわたしのぶん~。むにゃむにゃ………………ん?」
食欲そそる寝言を止めて、ゆっくりと瞳を開いた結城友奈という少女は、むくりと上半身を起こしてふわふわする頭をなんとか働かせて状況を確認する作業に取り掛かる。
まず下を見ると、ニーソックスに包まれた自分の足と讃州中学校のスカートがあった。
どうやら学校の制服を着ているようだ。
次に周囲に目を向ける。通い慣れた中学ではない、もちろん自宅でもない……初めて見る景色が、そこには広がっていた。
「……あれ?」
ようやく意識がしっかりしてきたため、より事実を明瞭に認識できるようになった結果。
お生い茂る、緑。
微かに聞こえる川のせせらぎ。
生き物の気配は……なし。
友奈の顔はみるみるうちに青くなっていく。
なるほどと、理解したとき、既に友奈は息を大きく吸い込んでいた。
「…………ここ、どこーーーー!!??」
迷子になった(と思わしき)少女の叫びが、深緑に包まれた世界に木霊する…………。
散々あたふたした後、冷静さを取り戻した友奈はとりあえず脱出を試みることにした。
「まずは人類文明科学の結晶、スマホ!」
容易に他者と繋がることができる上にマップで居場所も確認できる最先端をいく小型端末に不可能はない。現代社会はこれ一つでどうとでもなるようにできている。
西暦の時代が生み出したまさに天↑才↓的な発明に心中感謝しつつ、友奈は嬉々として端末を起動……。
「圏外!!」
期待と安堵を抱いて勢いよく飛び立った途端に翼はもげた。
こうなると通話はおろか、SNSアプリすらまとも機能しない。
一体自分はどれほど辺境の地で居眠りこけていたのか疑問ではあるが、テンパっている彼女はそれどころではなかった。
頼みの綱はGPS機能を搭載したマップアプリ。一縷の望みをかけて起動させると……。
「ひ、表示不良……??」
こちらはなんとまともに機能しない模様。何度位置情報を取得しようとしてもうまくいかない。
結城友奈中学二年生、スマホへの造詣は一般利用者レベルで詳しいことはさっぱりなのでこればかりは手足をばたつかせても圧倒的無意味である……。
そもそも、彼女はどうして見知らぬ森の中で熟睡していたのだろうか。
友奈は近くにあった大樹の幹に腰掛け、一度記憶を手繰り寄せようと試みるが。
「──あ、あれ?」
思い出せない……。
すべてを忘却してしまった、というわけではない。しかし少なくとも、『森の中で寝ていた』という事実に繋がるような行動には、一切覚えがなかった。
未知の土地、原因不明、そして、孤独……。
それを理解した瞬間、ギュッと身を守るように、友奈は両手をそれぞれ反対の腕に伸ばして背中を丸めた。
「風先輩……樹ちゃん……園ちゃん……夏凜ちゃん……東郷さん」
思わず口から漏れ出したのは、勇者部のみんなの名前だった。
胸の奥で不安がぶくぶくと膨れ上がる。あの時と同じ……バーテックスの御魂へ直接触れたことで現世ではない不思議な空間に魂が囚われてしまった時と近い感覚がぞくりと友奈を襲う。
その時であった。
ポケットにしまったスマホが、突如、輝きを放ったかと思えば、何かが飛び出した。
「わっ!」
ファンシーな羽をつけてふわふわと宙に浮き、もっちりした白いぬいぐるみのような姿をしたその正体は、かつて勇者としてバーテックスと戦った彼女の精霊・牛鬼であった。
「牛鬼!?え、でも勇者システムのスマホはあの時壊れて……ていうか精霊は神樹様と一緒に……と、とにかく!わぁあああん牛鬼久しぶり~!!」
天の神を撃退し、四国を守護していた土地神の集合体「神樹」は力を使い果たした。そんな神樹から生まれた勇者たちの頼れる相棒である精霊たちも例外なく消滅し、友奈も牛鬼の最期をこの目で確かに見ている……。
復活した理由はわからないが、友奈は間違いなく絆を深めた友との再会に、抱いていた不安も忘れて歓喜した。
「うん、ここで諦めちゃダメだよね。絶対にみんなのところに帰るんだ!結城友奈、ファイト、オー!!」
牛鬼の出現で再び活力を取り戻した友奈は、牛鬼を頭の上に乗っけて歩き出す。
────背後で誰かが草木を踏みつけたことに気が付かず。
一時間くらいは歩いただろうか。
友奈はせっかく取り戻した活力再び喪失していた。
出られない。
深緑の大地は無限とも思わせるほどに広がっていて、人の集落は影も形も見つからない。
……さすがに危機感を覚えずにはいられない。
牛鬼はこんな時でも調子を崩さず友奈の頭の上でまぬけな顔をしている。
「そんな牛鬼がいてくれるから平気なんだけどね」
いつもマイペースな友達の姿は、友奈の不安を打ち消してくれる清涼剤でもあった。
このまま闇雲に歩いても無意味と悟った友奈は、牛鬼を頭から降ろして木の幹に腰掛け、膝に乗っける。
気分転換も兼ねて今一度記憶を辿ってみることした。
感覚的にはあの場所に酷似しているが、あの時とは状況も原因も何もかも違うように友奈は思えて仕方がない。
神樹も天の神も既にいないのだから、そういった世界に閉じ込められることはあり得ないと考えている。
もっとも、それは勝手で安易な自己解釈でしかないのだが。
「……うーん、やっぱり思い出せない」
最後に思い出せる明瞭なエピソードは……。
「確か東郷さんと一緒に買い物に行って、そこで変わったデザインの鏡を…………!?」
───土を踏む音が聞こえた。
目覚めてから初めて感じた、自分とは別の人の気配。
よかった、これで帰れるはず……友奈は一瞬安堵したが、それが間違いであったことに気が付く。
木々を縫うようにしてゆらりと現れたのは、装甲に身を包んだ仮面の戦士……。
トラを彷彿とさせる意匠が施された鎧と仮面、そして腰には機械的なベルトに、小さな箱のようなアイテムが装着されていた。
二本の脚で立ち、人間の特徴を捉えているのだから人であることに間違いはないのだろう。
しかし友奈は、その場から動くことができずにいた。
外見の異様さに恐怖しているのではない。まるで意思など初めからないかのような……本質から人と呼ぶにはあまりにも哀しいナニカ……そんな、得体の知れなさが警告を鳴らす。
仮面の奥に隠された表情は窺い知ることができない。が、友奈にはその奥がとても冷たく空虚であるものに思えて仕方がなかった。
「…………」
「あ、あの……?」
意を決して、声をかけてみる。
「…………」
「わ、私は結城友奈、です。あなたのお名前は?」
「…………」
「…………」
奇妙な時間が続く。
友奈と十メートルほどの距離で立ち止まった仮面の者は答えない。
そもそも口はあるのか?中身がいるなら、喋れないということはないと思うが……。
「は、ハローナイスチューミーチュー!……ユーアーネーム?」
言語を変えてみる。かなり怪しいが、一応、英語──旧世紀にアメリカと呼ばれていた国の言葉で大げさに笑顔で手を振ってみる。
仮面の者は、やはり答えない。
瞬間、右手に持った巨大な戦斧が、友奈の頭部を真っ二つにせんと襲い掛かる。
「うわ!?」
予め警戒していたおかげか、間一髪で仮面の者の不意打ちを避けた友奈。
しかし先ほどまで友奈が腰かけていた幹は戦斧の餌食となって切裂かれており、明らかな殺意を以ての攻撃であったことが分かる。
「な、なんで!?」
迷子返上の希望かと思った相手が実は命を狙う悪魔だったとは笑えない。
混乱する友奈に、仮面の者は追撃する。
今度は避けられない。しかし、彼女には今、精霊である牛鬼がついていた。
精霊は勇者が危険に晒された時、自動的にバリアを出現させて守護する機能を搭載している。
淡い桃色のバリアが友奈を護り、仮面の者の戦斧が弾かれた。
「牛鬼!?そうかもしかして……!」
バリアが展開されるのを見て、友奈はスマホを起動させる。
彼女の考えは、当たっていた。
「あった!勇者システム!」
そう、それは彼女が勇者としての力を発現するために用いる端末アプリケーション。
かつての戦いでは神樹を管理していた組織「大赦」から支給されたスマホに存在していたが、今回はなぜか友奈のスマホに入っている。
(アプリを起動すれば、この状況をなんとかできる、けど……相手はバーテックスじゃない。もしかしたら普通の人間かもしれない……!)
友奈は常に人として、人の味方だ。
人に勇者に力を向ける可能性が、自己防衛の判断すらも鈍らせていた。
しかしこのままというわけにもいかない。精霊のバリアは満開と呼ばれる勇者の奥義を使うためのエネルギーを消費するため、当然使い続ければやがては消滅し、身を護ることが困難になってしまう。
迷っている間にも攻撃は続いていた。
戦斧による激しい攻撃が何度も友奈を襲い、そのたびに牛鬼がバリアを張る。
「っ! やるしかない!」
意を決して、友奈はアプリを起動した。
少女は光に包まれる。
仮面の者がその輝きに怯み、大きく後退した。
美しい花弁が舞い散る光の中で、友奈は変身する。
勇者装束が身体を覆い、髪は桃色に染まりロングポニーテールに。
両手には手甲が装着され、その様相はさながらテレビの中のスーパーヒロインだ。
空間が騒めく中、やがて光が収束して消滅すると、そこには一人の勇者が立っていた。
「変身、できた!」
讃州中学勇者部所属、結城友奈────彼女は再び、勇者となった。
補足
勇者であるシリーズは「花結いのきらめき」が発生しないIF世界です。