【HCS】 エンド・オブ・デザイア(更新停止中) 作:黒廃者
我が家は数年前、屋根裏に殺虫スプレー巻いたせいで毎日が地獄でした。
もう二度と変身することはないものと思っていただけに、友奈は、表面上は落ち着いていながらもその内側はざわついていた。
同時に、拳を構えながらも未だに自分から脅威を排する攻撃には転じることができずにいた。
相手の正体は確かに不明だが、少なくともバーテックスではない。
勇者の力を人に向けることなど、あってはならない。
仮面の者──仮面ライダータイガは特に驚く様子も見せずに、自らの得物──白召斧デストバイザーに、腰のVバックルに収まるカードデッキから一枚のカードを抜き取って、装填。
【STRIKE VENT】
端的な電子音声が響くと、タイガの両腕に凶悪な爪を携えた武具──デストクローが装着され、友奈との距離を一気に詰めてきた。
「っ!」
タイガは木々をなぎ倒し、地面をえぐり、友奈を狩らんと暴虐の限りを尽くす。
勇者システムは人間の身体能力を大幅に向上させる……それにまともについてこられるということは、目の前の者はただの人間ではないという証だった。
(こっちの動きについてくる……手強い!)
次々と繰り出される攻撃を避けて、防御して、また避けて……それでも友奈は決して反撃はしない。
「や、やめてください!話を聞いてくださいよー!」
手甲でクローを受け止め、再び呼びかける友奈だったが、タイガはまるで一つの処理のみを永遠にこなすプログラムのように聞く耳を持ってはいない。
勇者システムと同等かそれ以上のパワーで、身長差を活かしてぐいぐいと上から圧をかけていく……。
友奈はそれをくるりと体を捻らせパワーを受け流し、相手がよろめく程度に力をセーブしたキックを胴体に命中させることで距離を取った。
間合いを図りながら見合う勇者と仮面ライダー……。
先にその均衡を破ったのは、友奈でもタイガでもなかった。
「がはっ!?」
突如、背中に強烈な衝撃を受ける友奈。牛鬼がバリアを張ったことで直接的なダメージこそなかったが、不幸なことにタイガの足元まで吹っ飛んで、そのままダイレクトに蹴りをもらってしまった。
地面を転がり、勇者装束が土で汚れる。
なんとか立ち上がって前を向くと、そこには二体の仮面ライダー。
「もう、一人……!?」
タイガのとなりで、ガゼルのような角を持つ仮面ライダーインペラーがファイティングポーズを取っている。
その身軽そうな容姿に反して、やはりどこか、その存在は空虚なものに感じられた。
二体が同時に友奈へと迫る。
「はぁああああああああああ!!!!」
瞬間、勇ましい雄叫びと共に、誰かが友奈のすぐ横を抜き去って、タイガとインペラーに肉薄していた。
彼女は、両手に持った対の戦斧で空気を切り裂き、二体を後退させる。
友奈は見た。自分を護るように立つ、赤い勇者装束の少女を……。
「あ、あなたは……?」
「さっ、今のうちに逃げますよっと!」
「え?うわ!」
少女は友奈の手を取って猛スピードで駆け出した……。
森は複雑に入り組んでいて、土地勘がなくとも上手く逃げ切ることができた。
追ってはいない……助かった。
二人はむき出しになった岩肌を見つけ、その陰に身を隠しつつ、周囲に敵がいないことを確認すると同時に安堵の息を吐き、変身を解いた。
「ふう……いやぁ、なんとか撒けてよかったぁ」
「はぁ、はぁ……あの、助けてくれてありがとう。私、結城友奈!」
「お礼なんていいですよ。あたしは
「私も同じだよ。でもすごいなぁ銀ちゃん、まだ小さいのにすごく勇者っぽかったよ!」
「そ、そうですか……?ストレートに褒められると照れますなぁ!」
銀は屈託なく笑って頭を掻いた……。
二人の勇者はお互いのことを話し終えて、再び森の中を歩き始めた。
銀もこの場所がどこかは分からないらしく、友奈と同じく気が付いたらここにいて、偶然先ほどの戦闘を目撃したために居ても立っても居られなかったのだという。
しかしなかなかどうしてこの二人、すっかり意気投合して気が付けば最初の不安はどこへやら。おしゃべりに夢中になってしまい、自分達がどこへ向かっているのかすら分からなくなった時は慌てたが、現在はとりあえず、太陽の出ている方向へ歩いている。
歩きながら二人は、互いの自己紹介の中で気づいた矛盾について話し合っていた。
「銀ちゃんって、二年前の勇者なんだよね?じゃあ今は私と同い年?」
「いえ、少なくともあたしは11歳のまま、だと思います。中学校に通ってる記憶なんてないですし」
そう、この二人は、勇者として活動していた時期が異なる。
友奈が神世紀300年に初めて勇者になったのに対し、銀は298年なのだ。
銀の方には自分の時代から先の記憶がない。つまりは、二人はまったく別の時代の人間ということになる。
「うーん、どういうことなんだろう?別々の時代から連れ去られましたー……てことかな?」
さらに不可解な謎が露わとなって、決して地頭が良いわけではない二人は同じポーズで首を傾げる。
「そんなことができるのってやっぱり神樹様の仕業?もしかしてここは結界の中?でもバーテックスは出てこないし……あー!さっぱりわからん!!こんな時、頭が良い須美がいてくれたらなー!」
ちなみに、友奈は自分の時代がどうなっているのかは話していないし、銀の方も詳細を語ることはしていない。
二人の生きる時代に差異があることが判明してから、互いの名前と勇者であること以外の詳しい事情を口にするのはよろしくないという結論を出したからだ。
異国語でタイムパラドックスなんて言葉もある。特に友奈は銀にとって未来人に等しい存在で、一層気を遣う必要があった。
友奈の暮らす神世紀301年ではもう神樹様もバーテックスもいない。真の平和を成し遂げたことを、銀に、いや、過去に存在する勇敢な勇者たち全員に報告したいという気持ちがないわけではないが、ぐっと堪える。
余計なことをしゃべってもし未来が変わりでもしたら、掴み取った人の未来を壊しかねない。
それと、一つ。友奈は銀に対して、あることを考えていた。
(三ノ輪銀って、やっぱり……)
「それにしても、ここどこなんですかねほんと。歩いても歩いてもずっと森。まるで出られる気がしない…………って聞いてます、友奈さん?」
銀は、友奈がボーっとしていることに気づいて足を止め振り返っていた。
「へっ?あ、ううん、大丈夫だよ!」
「さっきの戦闘もありますし、休みますか?」
「大丈夫!ほんとに大丈夫だから!」
「そうですか……キツかったら言ってくださいよ?」
「うん、ありがとう」
なんとかその場は誤魔化すことができ、胸を撫で下ろす友奈。そしてこの考えは一旦、胸の内にしまうことにした。
「……そうだ!勇者に変身して木の上から居場所を把握できれば!あれ、あたし意外と頭いい!?」
一キロほど進んだところで、銀は突然ポンと膝を打って頭上を見上げた。妙案を思いついたらしく、友奈が聞く暇もなく実行の準備に移っていた。
スマホアプリを起動し、二振りの戦斧を手にした赤い勇者となって、太い枝を伝って上層へと駆ける。
が…………。
「おわぁああああああ!!??」
「銀ちゃん!!」
どういう力が働いているのか見当もつかないが、木の頂まで登り切る直前で必ず見えない力に衝突し、地面まで落ちてきてしまう。
勇者状態なので大怪我をすることはないが、高所から落ちたのだから痛いことに変わりなく苦痛に喘ぐ銀。
友奈が心配して駆け寄るが、彼女はまだ諦めていなかった。
「まだまだぁ!ってぎゃあああああああ!!」
「銀ちゃあああああん!!」
「イネェエエエエエエエエエエエエエエス!!!!」
「銀ちゃあああああああああああああん!!!!」
と、持前の根性で何度かチャレンジしてみたものの結果は変わらず……。
登っては落ちてを繰り返した銀はボロボロの姿のまま四つん這いになって息を切らす。
「くっそー!なんでいけないんだよ!あの先はプレイエリア外ってか!そこはこだわろうぜ運営!!」
「銀ちゃん一旦落ち着こう!どう、どう!」
なんだか余計に疲れる羽目になった気がする二人。
とりあえず友奈より先に銀がダウンしてしまったので大樹の根本で休憩タイム。
はっきり言って、状況は好転するどころか悪化の一途を辿っていた。
心強い仲間は増えたが、この異様な森からの脱出手段は見つかっていない上に、危害を加えてくる謎の存在までいる。
持っているものといえば、勇者システムが組み込まれたスマホだけ。食料はおろか、水すらない状態では長くはもたないことは明白だ……。
目覚めてから三時間ほど。
いつしか二人の口数も少なくなって、今は会話もない。
銀は、先ほどの失態も後押ししてあからさまに暗い表情をしていた。
もしかして、このまま自分達は永遠にここから出ることができないのではないか……そんな思考が頭を支配し始めている……。
パン!!
渇いた音が響いた。
友奈が自分の頬を、両手で思いきり叩いた音であった。
諦めかけた自分自身に喝を入れたのである。
突然のことに、隣で座っていた銀は呆気に取られる。
「銀ちゃん!!」
「は、ひゃい!?」
これもまた突然に名を呼ばれ、思わず声が裏返った。
「まだだよ。まだ出られないって決まったわけじゃ、ない!」
「友奈さん……」
この程度で諦めるなんてらしくない……銀は心の中で少しだけ己を恥じた。少しだけ恥じて……それでも前に進もうと、誓った。
あの時、|すべてを護るために戦った自分に嘘はつきたくないから《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》────。
「よーし……勇者は根性!まだまだ諦めてたまるか!!」
「オー!!…………あれ?銀ちゃん、あれ!あれ見て!」
敵の可能性も忘れ、応援団顔負けの声で気合いを入れた友奈が、何かに気づいて慌てて指をさす。
肩を叩かれ促された銀がそちらを見る。
友奈と銀は、歩けど歩けどほとんど代わり映えのしない景色の中で、ついに確実な変化を認識した。
それは二人が休憩していた大樹の反対側……大きな木々の隙間から、明らかに人の手で造られたであろう建築物が見え隠れしていた。
そこだけすっぽりと空間が出来ていて、まるでそこだけが異世界であるかのような異質さを醸し出す。
二人が近づくことで、その建築物の正体がより一層、明瞭なものとなっていく。
「「神社だ!!」」
友奈と銀の声が、意図せず重なった……。
背もたれに使用していた大樹の真後ろだったとはいえ、どうして気が付かなかったのか。
しかし今の二人にとって目の前の神社は砂漠の中のオアシスだった。
入口である鳥居の前に立つと、その異様さがより一層際立つのを感じた。
これまで、人の建造物はおろか、本来自然界に生息しているであろう動物を、虫一匹見ていない。(なお襲ってきた二体は例外扱い)
だというのに、この神社だけは異質でありながらもしっかりと目の前に存在していた。
鳥居の額縁には何も書かれていない。
二人は緊張しながらも作法にならって鳥居をくぐった。
神社の内部は、まるで毎日清掃が行き届いているかのように綺麗だ。まっすぐ行けば、小さな本堂。よく見かける神社と大差はない。
とりあえず手分けして簡単に探索し、残るは本堂内部のみとなった……。
「……さすがに何かあると思ったんだけどなぁ」
特に脱出の助けになるようなものなどは見当たらず、肩を落とす銀。
「勝手に中に入るのは、良くないと思うけど……緊急事態だしここの神様も許してくれるかな?」
「いやいや、あたしたちの神様って全員フュージョンしちゃったから神樹様だけじゃないすか……」
「ねえ」
「「!」」
背後から声をかけられた二人は反射的に振り返った。
二人の先、すなわち鳥居の前に、女の子が立っている。
髪はピンク色で、きちっとした制服を着ている……背格好は、友奈とそう変わらない。
歳も同じくらいだろう。
しかし彼女は腰に本物と思しき真剣を帯刀としており、怪訝そうに二人を見ていた。
「あなたたち、ここどこか知らない?気付いたら変なとこで寝てて、変なカニっぽいのが襲ってくるしでわけわかんないんだよね。弱かったから斬ったけど」
不機嫌そうに物騒なことを言う女の子。
友奈は困惑しながらも答えた。
「えっと……私達も気が付いたらここにいて、何がなんだかわからなくて」
「……ふぅん、なら別にいいや。ところでさぁ、あなたたちって、強い?」
「え?」
空気が強張るのが分かった。目の前の子が、御刀の白刃をゆっくりと晒していく。
瞬間、『迅移』によって人の域を超えた加速で彼女は、二人のすぐ目前まで距離を詰め、握りしめた御刀──『ニッカリ青江』の刃を向けた。
「折紙家親衛隊第四席……
ノリが仮面戦隊ゴライダーすぎる……(泣)