「ここで合ってるのかな……?」
閑静な住宅街から少し離れた何も無い場所に今にも崩れそうなオンボロアパートは建っていた。
二日前に学生寮を追い出された僕に友達が紹介してくれたのが、このオンボロアパートだった。家賃がめちゃくちゃ安くて、水道、光熱費も掛からないのが唯一の救いだ。
そんなことを考えながら大家さんに挨拶をするために部屋を訪ねる。
「よし……!」
少しだけ身なりを整え、コンコンとドアをノックする。
「すみま――っうわぁっ!」
そんなに強く叩いたわけではないのにドアが外れ、そのまま下敷きになり身動きが取れなくなる。
「た、助けて……ぐふっ……」
「おお、すまんすまん。うちのドアは脆くてなぁ」
部屋の奥から大家さんの也門幻蔵さんが出てきてドアを元の位置に戻し、手を差し伸べてくれる。
「大丈夫か? ケガはないか?」
「だ、大丈夫です……起こすの手伝ってもらっちゃってすいません」
「ケガがなくて良かったよ……お詫びもしたいし、さぁ上がってくれ」
「い、いいんですか?」
「いいんだいいんだ。ささ、はやく」
「わ、分かりました。では、お邪魔します」
と、一歩踏み出す。
「一歩目からめちゃめちゃミシミシ鳴るんですけど、大丈夫なんですか? これ」
「ああ、今まで住んでて何も無いから大丈夫だ!心配す――」
「わぁっ……!!」
幻蔵さんが言い終わる前に僕は見事に床を踏み抜いていた。
「だ、大丈夫か!? 今まで何も無いからと油断していた、すまない!」
「だ、大丈夫です……あはは……」
そうして居間らしき部屋に案内される。
「さぁ、座ってくつろいでくれ。今、お茶を淹れてくる」
「はい!」
お茶を淹れ終わった幻蔵さんが僕の向かいに腰掛ける。
「さて、今日から202号室に越してきた……えーっと……」
「天木滉平です! 今日からお世話になります!」
「あーそうだ、天木くんだ。悪い悪い……」
「この也門荘は知ってると思うが、『何か出荘』と蔑称で呼ばれているくらいには霊の噂が後を絶たない。しかも、こんなにオンボロだ」
「だから家賃もめちゃくちゃ安いんですよね」
「そうだ。所謂いわくつきってやつだ。特に君の住むことになる202号室は最近中から物音がすると、3号室の田中さんから苦情がきていてね」
「えっ、まさか、幽霊なんかじゃないですよね……?」
「分からない。」
「えぇ・・・僕、そんな所住みたくないですよ・・・」
「まぁまぁそう言わず、家賃も凄く安くしてるんだ、遠慮するな」
「そんな話聞いたら遠慮したくもなりますよ」
「今の話はあくまで噂だ。とりあえず行って確かめてきてくれ」
そう言うと幻蔵さんが鍵を渡してくる。
「ほら、行った行った」
シッシッとそのまま外まで追いやられてしまう。
「仕方ない、様子を見に行ってみるか・・・」
乗り気じゃないまま、上る度ギシギシと危なげな音をあげる階段を上がり目的の202号室の前に着く。
「こ、ここか・・・」
ドアに耳を当てて聞き耳をたてるものの物音は聞こえてこない。
「大家さんが言ってた通り噂だったのかなぁ・・・」
少しホッとした僕はそのまま鍵穴に鍵を差し込む。
ガチャッと鍵が開いた音がし、そのまま鍵を引き抜き、ドアノブに手を掛ける。
その瞬間、中でドスーンと大きな音が鳴る。
僕は動揺し、ドアノブに掛けていた手を反射的に引っ込めてしまう。
「な、なんだ今の音は・・・!」
恐怖心よりも好奇心が勝り、無意識のうちにドアノブに手を掛けて回していた。
幻蔵さんの部屋の扉とは違いすんなり開いたドアの先は真っ暗で不気味な雰囲気が漂っていた。
「電気のスイッチはどこにあるんだ・・・」
壁を伝ってなんとか奥の部屋まで辿り着くものの暗いため何も見えない。
「だ、誰ですか・・・!?」
「へぇっ!?誰の声?」
暗闇の中、見知らぬ声に心臓が早鐘を打つ。
「ゆ、幽霊!居るなら出てこい!こ、ここ怖くなんかないぞ・・・・・・」
そう言うと視界が急に明るくなり目の前に女の子の顔が
現れる。
「うわあああぁぁあぁぁ!!」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
あまりの衝撃に後ろに飛び退いてしまう。
「本当にかなり不幸な子が来たよ。大女神様の言った通りだ〜!」
「ききき、君は一体なんなんだ!?」
「そんなに驚かないでくださいよ。別に悪い事はしませんから〜」
女の子は落ち着いた様子でその場に正座し話をし始める。
「いいですか?聞いても驚かないでくださいね」
「聞いてもというか、もう驚きっぱなしなんだけども・・・」
「私は幸運の女神です」
「はい・・・?ちょっと何言ってるか分からないですね・・・」
「やっぱりそう簡単には信じてもらえないですよね」
「いきなり幸運の女神なんて言われても信じられるわけないでしょう」
「分かりました。一から説明しますね」
「先程言った通り私は幸運の女神です。不運な人間に憑き、幸運に導いてあげるのが主な仕事です」
「は、はい」
「ここに相当不運で悩んでいる男の子がやってくるという情報を手に入れた私は首を長くして待っていたわけです」
「つまり、僕に憑くと・・・?」
「あんなに驚いてた割りに察しが良いじゃないですか」
「流石にもう冷静になってきたからね・・・」
「それじゃあ、改めてよろしくお願いします!」
「よ、よろしく。でも君って本当に女神様なの?」
「まだ疑うんですか?失礼ですね〜」
「そんなにすぐ信じられるものじゃないしなんか女神様っぽいものみたいなのはないの?」
「仕方ないですね〜。これを見てください!」
自称女神様の女の子は頭上を指差し、クイクイと動かす。
指差す方に視線を向けるとメーターのようなものが自己主張激しく光っていた。
「こ、幸運メーター・・・?」
「このメーターはですね、ご主人様がどの位幸運になったかを可視化した物になります」
「そんな便利な物があるんだね・・・。それとその呼び方は何?」
「私のさっきの説明を聞いて納得したご様子だったので契約成立とさせてもらいました!」
笑顔でそう言う彼女・・・その笑顔が物凄く怖く見える。
「まるで悪徳業者じゃないか・・・」
「悪徳業者だなんて酷い言い方ですね〜。ご主人様にとってメリットしかないんですから!」
そう言って幸運メーターを再度指差す。
「ほら!この通り!もうほぼ満タンなんですよ!」
先程は神々しい光に気を取られメーターの中身など気にもとめなかったが、ふと目をやると残り3センチ程まで貯まっていた。
「貯まってるのは分かったけど、まだ出会ったばかりなのにどうしてこんなに・・・?」
「いいでしょう!説明しましょう!」
ふふんと得意げに鼻を鳴らしドヤ顔で説明し始める。
「ご主人様はあまりにも不運すぎて・・・ふふっ・・・私と出会っただけですっごい幸運になったんですよ!」
「あーダメだ・・・耐えられない!ぶっ、あははは!」
腹を抱え思い切り笑い出す女神様。目には涙まで浮かべている。
なんで僕はこんなにも笑われているんだ・・・。
「ちょっとちょっと今の説明のどこに笑える要素があるんだよ」
「あーごめんなさい・・・少し笑いすぎました」
「少しどころじゃないよ全く・・・」
「いやー実はご主人様のような人は私の女神人生ですごい珍しいケースで笑ってしまいました」
「何が珍しいのさ」
「最初が不運過ぎてこんなにメーターが貯まることです。珍しいというか初めてですよ、こんなこと」
「自覚は多少あったけど僕ってそんなに不運だったのか・・・」
「あまりに不運過ぎてもしかしたら死んでたかも知れませんからね。でも私が憑いたのでもう安心ですよー!」
可愛らしいドヤ顔でえっへんとポーズを決める女神様。ドヤ顔好きだな・・・この子・・・。
にしても、し、死んでたかも知れないって、サラッと恐ろしい事を言うなこの子は・・・。
言動がさっきから女神らしからぬ子供っぽさがあるし、信用して良いんだろうか・・・。
「むぅ、今すっごく失礼な事思ってませんでした?」
「いやいや、思ってないよ!そう言えば名前!まだ聞いてなかったよね?これからお世話になるんだし知っとかないと」
「あー!すっかり忘れてました!私の名前はルキエルです!どうぞなんなりとルキエルと呼び捨てでお呼びください!!」
「ルキエルか。女神っぽい良い名前だね。これからよろしく!」
「よろしくお願いしますね!ご主人様!」
固い約束を交わし、静寂が部屋を包み込み。が、それは一瞬だったドンドンとドアを勢い良く叩く音がしたかと思うと間髪入れず誰かが入ってきたのだ。
「だ、誰ですか!?」
「あなたが今日ここに越してきた天木さんですか?」
冷たい表情を浮かべた女性がまるで汚物を見るような目で僕を睨みつけながら問いかけてくる。だが僕はその女性の一際存在感を放つ大きな胸に釘付けで何を問いかけているのかまでは耳に届いていなかった。
「ご主人様が早速不運に見舞われている…私と言う女神が憑いていながらなんという不覚…!」
「ん?幸運メーターが凄い光り輝いて…って、ええええぇええ増えてる~!!」
「しかも名前まで興奮メーターなんて言う卑猥な名前になってるし、どういうこと~〜〜」
「あ・ま・き・さ・ん、聞いてますか~?」
「は、はいっ!!私が天木です!」
怒っている様子だったので慌てて返事をする。
「うるさいので静かにしてください」
「は、はい・・・すいません・・・」
どうやらルキエルとの会話が隣の田中さんの部屋にまで聞こえていたらしい。
「ご主人様が怒られてる・・・今度こそ幸運メーターが減っちゃう・・・何とかしなくちゃ!」
「きゃっ!か、鞄が・・・」
「えっ・・・?」
先程の表情とは打って変わって強ばった表情の田中さんの指差す方へ振り向くとルキエルが僕の鞄を持ち上げて宙に浮いていた。
「な、なにしてるんだ・・・!?田中さん驚いてるじゃないか!」
「何って・・・」
「あ、天木さん・・・誰とお話してるんですか?そんな・・・上を向いて・・・わ、私・・・今日はこれで失礼します・・・」
そう言うと若干早足で帰っていく。
「あっ、待ってください!これには訳が・・・!」
引き止める間もなく出ていってしまった。
「もしかしてルキエルって僕以外の誰かには見えないの?」
「そうですね。主契約者にしか私は見えません。でも、霊感が強い人には見えるまでは行きませんが、存在が気取られます」
またもえっへんとドヤ顔で答えるルキエル。
「じゃあさっきの会話は田中さんから見たら何も無い空中に向かって話し掛けてるように見えたのか・・・」
「そうなりますね!」
「そうなりますね!じゃないよ!完全に変な奴じゃないか!最悪だ・・・」
「まぁまぁ、元気出して下さいよ。私疲れちゃったんでアイス食べに行きましょう!」
「小腹も空いたし気分転換にそうするか・・・」
過ぎた事だし、いつまでも落ち込んでいても意味は無いのでルキエルの提案に乗っかることにする。
コンビニに着き、各々好きなアイスを手に取りレジで会計を済ます。
「ありがとうございました〜」
「あれ?なんで僕はルキエルの分のアイスまで買わされているんだ・・・?」
「私、お金なんて持って無いですし仕方ないですよ。それに女神はもっと敬うべきです!」
「こんな図々しいのを女神だと思いたくないなぁ」
「むぅ!ちょっと失礼ですよ!ぷんぷん」
可愛らしく右手に持ったアイスバーを振り回し怒るルキエル。
「あっ!そう言えばこれ見てください!」
そう言ってアイスバーで差した先は幸運メーターだった。
「幸運メーターがどうかしたの?」
「あと一回幸運な事が起これば満タンになるんですよ!」
「あぁ、そういうことか・・・見た目じゃさっきと全然変わって無いから気付かなかったよ」
「どんな些細なことでも幸運な事さえ起これば良いんですが・・・」
「些細なことねー・・・あ、当たった・・・」
食べていたアイスバーの棒にははっきりと当たりと書いてある。
それと同時にパンパカパーンと盛大にファンファーレが鳴り響き幸運メーターが輝き出す。
「あっ!満タンになりましたよ!」
「そう言えば満タンになったらどうなるの?」
「私のお役はこれで終わりになり、また他の不運な方の場所に行き憑きます」
「えっ・・・じゃあもうお別れってこと?」
「そうなりますね!天木さん!短い間でしたがありがとうございました!!」
そう言い残してスゥゥ・・・と消えていってしまう。
「短い間って短すぎるでしょうがああぁぁぁぁ!!」
街中のコンビニ前で人が周りに居るにも関わらず僕は叫んだ。
後になんとなくで買った宝くじで3億円を当てて也門荘を全面リフォームするのはまた別のお話。