僕を見て   作:姉くじら

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認められた才能

 幼い頃、僕はヒーローにあこがれていた。あこがれはあこがれのまま、夢は夢のまま風化していった。それは4歳のときに受けた医者の診断と親の謝罪がきっかけだった。

 親の言葉や医者の診断を理由に諦めることは、僕のなけなしの反骨心が許さなかったのだろう。医者の診断を受けてからも僕は個性の出現を願った。それは親からは痛々しい姿に見えたことだろう。あきらめきれないというこの見苦しさを自覚するにつれて、僕はあきらめることの潔さをまぶしく感じだしたことも自覚した。

 夢の風化だ。

 夢に描いた僕のヒーロー像は個性でかっこよく敵をやっつけ、わらって人々を救うヒーロー。

 個性がなくては。

 無個性でも前例がないだけ。

 違う、僕の夢は個性ありきなんだ。

 10年という月日は夢を、個性への執着へと変えた。ヒーローの個性をしらべてノートにまとめて、個性が発現した際の体験談を読み漁り、さして意味も見いだせないままヒーローが活躍する現場へと野次馬として足しげく通った。

 この10年を“ナード”の一言で説明してしまうことは簡単だけど、あえて言及するなら、僕はこの年月で得られたものが一つある。僕の才能についての自覚だ。

 

 

 

 

 

 僕は今、通学路から離れたある駅の近くにいる。人だかりができており、何かが起きたことが人々の動きから遠目にわかったのだ。ヒーローがいる。どうもひったくりが逃げているようで、個性まで使って暴れているらしい。

 僕は人だかりを縫うようにして進み、ヒーローをその目にとらえた。

 

 「シンリンカムイ、人気急上昇の実力派だ…」

 

 僕のすぐ後ろのおじさんがつぶやく。全身が木のようなヒーローが駅のホーム屋根に躍り出た。その視線は大きな体躯のヴィランに向いている。

 

 「一発ハデに見せろよ、樹木マン!!」

 

 その樹木マンの動きは軽やかで、大向こうをうならせるほどに見事だった。そして今、その彼の右腕がざわめきだした。目にもとまらぬ速さで枝分かれした彼の右腕がヴィランへとのびていく、しかし僕はそこでヴィランにもう一つの影が向かうのを視界の端にとらえた。

 それは速く、巨大な女性だった。

 

 「キャニオンカノン!」

 

 シンリンカムイの枝分かれした腕が届く前に、彼女はヴィランの顎へダイブキックをヒットさせ、そのまま線路上から自身ごとヴィランを道路へと押し倒した。

 

 「本日デビューと相成りました! Mt.レディと申します! 以後お見シリおきを!」

 

 巨大な体躯とその膂力は単純にして強力な武器だ、なにより目立つことはヒーロー性抜群だ。見事鮮やかにヴィランを倒したMt.レディに注目が集まっている、先ほどまで注目の的だったシンリンカムイはもはや誰も見ていない。

 それにしてもすごい。

 個性はもちろんだけど、ヴィランを一撃で無力化に成功する手際の良さが何よりもすごい。顎への蹴り、被害を最小にすべく線路上から蹴り飛ばし、あの人ごみの中で誰もいない、建物もない場所へ押し倒すことを可能にする観察眼。事前に着地点まで計算して飛び出したのだろう。それでも少しばかり建物への被害はあるみたいだけれど。

 そして注目されている。

 名声は現代ヒーローに必要不可欠だ。俗っぽい社会だけれど、重要なファクターだ。

 でも、

 

 「すごいなぁ、彼女恥ずかしくないのかな」

 

 僕は彼女のコスチュームを見て、そうつぶやきつつ学校へと向かった。

 

 

 

 

 

 「今から進路希望のプリントを配るけどみんな!! …だいたいヒーロー科志望だよね」

 

 一同が一斉に個性を発動させる。先生はそれを見て相好を崩した。クラスメイトたちは言うまでもないことだと言わんばかりに手を大きく挙げて、自信に満ちた顔でヒーロー科を志望している。

 僕はといえば、人目につかぬよう低く手を挙げた。

 ヒーローを志していることを、否定はしたくない。でも目立ちたくない。

 

 「うんうん、みんな良い個性だ。でも校内での個性発動は原則禁止だぞ!」

 

 本気で注意しているのではない、業務上仕方なく伝えているだけ、そんな感情が透けて見える上機嫌な先生の言葉。ヒーロー科への進学率は学校にとっても先生にとっても良い広告要素だ。

 

 「せんせー、みんなとか一緒くたにすんなよ!」

 

 声を上げる一人のクラスメイト。

 

 「俺はこんな"没個性"共と仲良く底辺なんざ行かねーよ」

 

 彼は僕の幼馴染でもある爆豪勝己だ。勝気な性格で、人を見下した発言をよくする。それは本心からなのか、上昇志向から発せられるものなのか、僕には完全には区別がつかない。

 でも、今かっちゃんはクラスメイトからの視線を受けて得意げになっていることはわかる。

 ブーイングするクラスメイト、それを見て先生は手元の調書を広げた。

 

 「あー確か爆豪は…、雄英高志望だったな」

 

 ざわつくクラスメイト。

 あ、ほら。やっぱりかっちゃんは得意げだ。机に乗って、クラスメイトの注目を一身に受けている。

 

 「あのオールマイトをも超えて俺はトップヒーローと成り!! 必ずや高額納税者ランキングに名を刻むのだ!!!」

 

 「雄英に受かれば先生も鼻が高いなぁ」

 

 先生も言いたいことは多少あるみたいだが、生徒が受験に成功するに越したことはないのだろう。クラスメイトはすっかり静かになってしまった。かっちゃんの言葉は力がある、それが可能だろうと思わせるだけの資質を今までに見せてきているからだ。成績優秀な優等生であり、けんかも負け知らずの問題児でもある。

 

 「まあ爆豪ならできるかも」

 

 クラスメイトの誰かのつぶやきが、クラスの総意だった。

 

 「ま、3年になったばかりだけれど希望する進路に向けて努力するように!! あ、あと緑谷!!」

 

 うっ、と身構える。用件はわかっている。

 

 「進路希望、白紙で出さないように、書き忘れかー? 後で来なさい」

 

 「…わかりました」

 

 ただの書き忘れ、ほとんどのクラスメイトはそう思っただろう。でも僕はかっちゃんがこちらを見ていることを感じ取っていた。もしかするとさっき僕がヒーロー科を志望する挙手をしていたのを見て、苛立ったのかもしれない。無個性の僕がヒーローを志すことに、おこがましいと。

 でも、きっとかっちゃんは僕に話しかけない。

 ホームルームが終わって、クラスメイトが雑談に興じ始め和気あいあいとした空気が満ちたところで、かっちゃんは僕に話しかけずクラスから出て行った。

 

 数年前から、かっちゃんとは疎遠だ。

 

 

 

 

 

 放課後、職員室を訪れた僕は担任の先生がいないことを確認した。

 

 「すいません、○○先生は不在でしょうか?」

 

 「ああ、緑谷さん。ええ、今は準備室じゃないかしら、言伝なら聞くわよ?」

 

 年配の学年主任でもある女性の先生が、柔和な笑顔を浮かべて答えてくれた。

 

 「いえ、提出物があっただけなので、メモ書きと一緒に先生の机に置いておきます」

 

 話があると言われたわけではないし、進路希望の調査書さえ出しておけば先生も何も言わないだろう。

 

 “進路希望調査書です、提出遅れて申し訳ありません、緑谷”

 

 「では、失礼します」

 

 職員室から出た僕は、これでいいはずだと自分自身に言い聞かせた。

 時計を見て時刻を確認する。今日もノルマがある、中学に入ってからの特訓メニューだ。ウォーミングアップついでに僕はランニングで自宅へと向かった。

 

 

 

 

 

 ランニングは中学に入ってからの日課だ。朝と夕方の二回。初めは体力を使い切る前に体のあちこちが悲鳴を上げて訓練にすらならなかった。体の使い方を知らないままに無茶苦茶な走り方をしたせいだ。

 でも今は違う。

 適切な腕の振り、足の回転、体をひねらず、無理をしない、一定に保った呼吸。

 自分の体を把握し、意識することで無駄なく体力を消費する。

 今の時代、色々なことがネットで調べられる。

 特に発信する人が多いからだ。ヒーローが、多いから。

 名が知られることはヒーローにとって良いことだ。店を経営するヒーローも少なからずいて、護身術を教える道場を開いているヒーローはざらにいる。そんなヒーローたちが、トレーニング方法を紹介するビデオは文字通り山のようにある。

 ランニングだけでなく、実戦に向けた格闘術のビデオまで。

 僕はそれらを見て研究し、自分の体格に合わせた訓練をこの数年行っている。

 順調に体力は伸びて、力もついた。

 学校での体力測定では、目立ちたくない思いと、成績に影響がないとの理由から本気を出さなかった。しかし自身で計測する限り部活動で活躍する中学生にも劣らない結果を出している。

 格闘技については、実践する場がないため成果は確かめられないのが不安だけれど、無駄ではないはずだ。

 今日も、予想通りの体力消費。息は切れるが、体は動く。

 トンネルに差し掛かる。

 自身の呼吸音と足音がトンネルで反響する。

 そして水音、流動する何かの音。

 違和感だ。

 視線を感じる、誰かがいる!

 ぱっと横へはねた。その場にヘドロのような何かが飛んできた。低姿勢を保ち、視野を広くする。

 

 「Mサイズの隠れ蓑…」

 

 流動する体を持った人物、いやヴィランだ。目が合う。相手も息が切れている、まるで走っていたように。

 待ち伏せをされたわけじゃない。

 おそらく遭遇しただけ。このヴィランは何かから逃げていたのだろう。

 しかしあたりに人影はない、それを考えてこいつは出てきたのだろう。

 流動する体の一部が、隆起する。

 相手は僕の顔を見ている?

 体をとばしてきた!

 地面を力いっぱい踏んで横っ飛びに躱す。

 依然、相手は僕の顔を見ている。

 顔、いや口か。

 流動する体、口と鼻を押さえられれば窒息させられる。そうやって僕を殺すつもりだろうか。

 

 「速いなぁ、落ち着いて、君は僕のヒーローだ、苦しいのは45秒だけ…、すぐ楽になるさ」

 

 流動する体から大きな口が開く。ゆっくりと落ち着き払って話しかけてくるヴィランだが、その視線は忙しなくトンネルの出口と僕とを交互に見ている。

 追跡するヒーローや目撃者を気にしている。

 おそらく体を乗っ取ることができるのだ。

 乗っ取られた人間は、どうなるか、それはわからない。

 いいようにされるわけにはいかない。

 流動する体は素早く、走って逃げても追いつかれるだろう。しかし先ほど避けられたのは、やつの体は小回りが利かないせいだろう。おそらく精密な動きはできないのだ。

 慌てて出口へは行かない。

 最小限の動きで、間合いを保ち、躱し続けながら出口へと後退する。

 僕になら、それが可能だ。

 低姿勢を保ち、ヴィランの体全体を見渡す。

 奴は、マンホールから出てきたのか。体の一部がマンホールから流れているのがわかる。

 いや違う。

 出てきたマンホールへ体を再び流している!

 僕の後ろにもマンホールがある。やつが出てきたマンホールと挟まれている。

 後ろのマンホールを越えなければ、挟撃されて逃げ道がなくなる。

 走り出すが、すでにマンホールが音を立てて揺れている。

 僕が飛び越える直前にマンホールは吹き飛んだ。

 やつの体の一部が、僕をめがけて飛んでくる。でも大丈夫。量が少ない。

 やつの流動する体は粘度が高いようだが、体の一部をつかまれた程度なら振り払うことができる。全身を呑み込まれるか、顔をふさがれることさえ防げば、対処はできる。

 そして、少ない量で僕をおさえようとするからには、狙うのはやはり顔だ。

 顔をめがけて飛んでくるヘドロに敢えて手を伸ばし、顔面を守る。

 マンホールを飛び越えて、体を反転し再びヘドロと向き合う。

 手についたヘドロは少量で、僕をどうにかできる量じゃない。

 体を登って口へと向かってきたので、大きく手を振って払ったら吹き飛んだ。

 

 「いい動きだね、いやになるなぁ、まさかあんなのが町に来ているとは思わなかったし、見つけた隠れ蓑はやたらすばしっこいし」

 

 あんなの?

 常駐しているヒーロー以外の誰かを指して言っている。

 誰だろう。早く来てほしい。

 

 「やりたくないけど、そうも言ってられないよね」

 

 ヴィランがそうつぶやくと、ヴィランの体に異変が起きた。

 体積が増えている。

 トンネルの道幅いっぱいに膨れ上がる。

 

 「液体なら、取り込んだ分だけ体積が増える、あとでしぼんじゃうけど、君を捕まえた後だからどうってことないよね」

 

 膨れ上がった体のどこが顔なのかわからないが、僕を見てにたりと笑ったのがわかった。

 まずい。

 さっきまでは体積が少ないから、小回りを利かせることで避けられた。

 今はもう、道幅いっぱいに広がったまま前進するだけで奴は僕をとらえられる。

 絶体絶命。

 そう思った瞬間、轟音がトンネル内に響いた。

 

 「観念しろヴィラン、私が来た!」

 

 先ほどヴィランが出てきたマンホールが吹き飛ぶ音。大きな足音。

 ヴィランの意識が後ろへ向く。

 

 「TEXAS…」

 

 この声は!

 

 「待ちな! オールマイト! 俺の後ろには一般人が…」

 

 言い切る前に僕はトンネルの壁へ飛びついた。

 

 「SMASH!!」

 

 トンネルの中心をめちゃくちゃな風が吹き抜けた。まるで空気が弾けたように音を立て、ヴィランは吹き飛んだ。

 僕はといえば、風に体を攫われてトンネル壁面に打ち付けられた。

 ああ、眩暈が。というか意識が…。

 やっぱりオールマイトは強いな。

 僕には成れそうにない。

 ちょっと慌てた様子のオールマイトを尻目に、僕は意識を失った。

 

 

 

 

 

 「ヘイ! ヘイ!! ヘッ…あ、良かったー!!」

 

 「…オールマイト?」

 

 目を覚ました僕の目の前にいたのは、筋骨隆々の男、No.1 ヒーロー、オールマイトその人だった。

 

 「いやあ悪かった。ヴィラン退治に巻き込んでしまった。ヴィランの後ろを確認し忘れた。いつもならこんなミスはしないのだが、オフだったのと見慣れぬ土地でウカれちゃったかな!?」

 

 「い、いえ、気にしてないです、から」

 

 本物だ!!

 本物のオールマイトだ!!

 

 「君のおかげで無事捕獲できた、ありがとう!!」

 

 複数のペットボトルに詰められた先ほどのヴィランらしき液体。

 

 「救けるべき人を傷つけたとあってはヒーローの名折れだからね、ましてヒーローの卵を傷つけたとあってはね」

 

 「え…?」

 

 「“将来のためのヒーロー分析ノート”、すまないね盗み見るつもりはなかったが、表紙が見えたものだからね」

 

 手元には、少ししわが付いた見慣れたノートが学校の教材と共に整えて置いてあった。ヴィランとの戦闘の際に散っていたのだろう。

 オールマイトに、見られたのか…。

 恥ずかしいこと以上に、怖くなってしまった。

 

 「ありがとうございます…、助けてくれて」

 

 「ヒーローなのだから当たり前さ!!」

 

 当たり前、か。

 

 「じゃあ、私はこいつを警察に届けるので!」

 

 「え! そんな、もう…」

 

 「プロは常に敵か時間との戦いさ」

 

 まって、まだ、聞きたいことが。

 

 「まって!」

 

 「何だい、サインならノートの最後のページに…」

 

 オールマイトが振り返り、白い歯を輝かせてサムズアップする。

 

 「いえ、それは…ありがとうございます、家宝にします。それとはべつで、…」

 

 言い淀む、しかしオールマイトの時間を取るわけにはいかない。

 

 「無個性でも、ヒーローになれるでしょうか…?」

 

 「無個性?」

 

 「無個性でも、笑顔でみんなをたすける、そんなあなたみたいな最高のヒーローに、私も、なれるでしょうか…?」

 

 オールマイトが僕の全身を見渡す。

 

 「鍛えているようだ、研究もしている。それでもなお、言わせてもらおう」

 

 「無理だ」

 

 分かっていた、それでもショックは受けてしまう。

 

 「個性はヴィランも使う、持っていない、それだけでディスアドバンテージだ…」

 

 分かっている、わかっているけれど…!

 

 「けれど、それだけがヒーローの資質じゃない」

 

 「え?」

 

 「そして、それが何かを私は教えない。結論は私に話しかける以前に出ているんじゃないのかい? 強い眼をしている」

 

 「…でも、迷っているんです」

 

 「迷うことはいいことさ、決断の重みが増すだろう」

 

 なんだかいい様に言いくるめられている気がしないでもない。

 

 「それでは、私はこれで!!」

 

 「ええ、ありがとうございました、オールマイト」

 

 「それでは今後とも…応援よろしくねー」

 

 オールマイトは飛び立った。

 嵐のような事件に、嵐のようなヒーローだった。

 悩みは、晴れない。

 

 「結論は話しかける前に出ている…か、でも…」

 

 でも、でもなんだよ。

 その思い切りの悪さが、ダメなんだ。かっちゃんも僕のそういうところ嫌いだったんだろうな。

 帰ろう。

 今日はもう、メニューは切り上げよう。

 欠かさずこなしてきたメニューだけど、今日だけはやりたくない。

 はやく、帰ろう。

 

 

 

 

 

 とぼとぼと、歩いて家路につく。

 先のオールマイトの言葉を反芻するけど、答えは出ない。

 僕はそもそも何を迷っているんだろう。

 無個性でヒーローになれるかどうか?

 無個性でヒーローになった前例がない、その事実が僕を苛んでいるのだろうか。

 それもある。

 恥ずかしいから?

 確かにみられることは好きじゃない。

 でも、そう、それだけじゃない。

 わからない。

 歩くにつれて、人通りが多くなる。

 商店街の近くはいつも人が多い。ランニングではいつも人通りを考えて避けている。

 しかし、今日は特に多い。

 爆発音が聞こえる。

 ヴィランだろうか?

 少し前からこの爆発音には気づいていた。つい、いつもの癖で、見に来てしまったのだろうか。

 ここまで来たら、気になってしまう。

 人だかりを、縫うように、ぶつからないように前に出る。

 火事が起きている。

 歩行者天国の道の中央で、ヴィランが暴れていた。

 見覚えのある、流動するヴィランが。

 なぜ、なんであいつが。

 オールマイトが詰めていたはず。逃げられた? オールマイトからか? ありえない。

 

 「ヒーローなんで棒立ちなんだ?」

 

 「中学生が捕まってんだと」

 

 僕のすぐ後ろ、誰かがそう話す。

 流動し体を乗っ取る個性。それならこの火事は乗っ取られた中学生の個性だろうか。

 

 「はっはー、良い個性だ。あいつが来たときはどうしようと思ったが、体を増やしていてよかった!! 今日はいい巡りあわせだ!!」

 

 僕の、せいか。

 僕を捕まえるために、体積を増やしたその体の一部をマンホールへ逃がしたのか。

 僕のせいだ。

 爆発が起きる。

 中学生が抵抗しているんだ。

 ごめん、ダメなんだ。僕じゃ助けられない。

 無個性の僕じゃ。

 誰かヒーローが、すぐ。

 きっと、すぐに。

 中学生と、目が合う。

 かっちゃんだ。

 かっちゃんが、見たこともない表情をしていた。

 瞬間、僕は飛び出していた。

 

 「くそっ、くそっ、なんでだよちくしょう!!」

 

 僕を制止するヒーローを尻目に僕は走っていた。

 いつかヒーローが、ってそうじゃないだろ。

 違うだろ!!

 

 「たすけられなくてもいい、ヒーローになれなくても、でも僕のせいで誰かが傷つくのは嫌だ!!」

 

 どうする、どうする、どうしよう。

 僕が思う以上に速かった僕の足は、ヴィランのもとへあっという間に僕を運んだ。

 

 「爆死だ」

 

 ヴィランがそうささやく。流動する体は、かっちゃんにまとわりつくようにしてうごめき、かっちゃんの腕を持ち上げた。かっちゃんの個性は知っている。掌からニトログリセリンのような汗を出し、爆破する。攻撃の起点はわかっている。

 ヴィランは僕を見ている。

 とっさに僕は、背負っていたリュックを開いて投げつけた。

 広がる荷物、荷物越しにヴィランは僕を探している。

 ヴィランはかっちゃんの腕を構えさせるのをやめていない。

 荷物ごと爆破する気だ。

 ダッシュしていた足を止めて、半歩下がる。地面をけるのと同時に爆破が起きる。

 予想通り、やつは爆破の範囲や威力を操れない。

 爆破は僕までは届かず、煤に変わった荷物は奴から僕を隠した。

 見えていない。

 ヴィランの後ろに回り込む。かっちゃんは全身をヴィランに取り込まれているわけじゃない。一部かっちゃんの体は外から確認できる。そこをつかむ。

 

 「デク、てめえ…っ」

 

 かっちゃんの声。

 

 「久しぶりだね!! そう呼ばれるのは、かっちゃん!!」

 

 そんなこと言ってる場合じゃない。

 

 「やめろデク、…げほっくそが」

 

 「僕が、今度は!!」

 

 かっちゃんの腕をつかんで、走り抜けるように引き抜こうとするが、力が足りない。

 ヴィランの目が僕をとらえた、大きな体積のヴィランの手と思しき体の一部が、薙ぎ払うようにして振るわれる。

 僕は足に力を意識して、大きく後退することで、それを避けた。

 体勢を低く保つ。

 足元にあったコンクリートのかけらを握り、投げつけた。

 

 「僕を見ろ!! くそったれのヴィラン!! 僕一人すらどうにもできないか!!」

 

 僕の才能。

 視線を人一倍感じる。

 見られることは、怖いけれど。僕に集中すれば、かっちゃんの拘束も弱まるかもしれない。

 奴の意識が、僕に向くと同時に、またかっちゃんの腕を持ち上げた。

 まっすぐヴィラン目掛けて飛び出す。

 僕をみろ、僕を!!

 持ち上げられたかっちゃんの腕は僕めがけて爆破…、しない。

 かっちゃんが、抵抗したんだ!!

 突き出された腕をつかむ。

 乱暴だけど、ゆるしてかっちゃん。

 腕を巻き込み、かっちゃんを背負いあげ、投げた。完全には投げられていない、でも少し引きはがした!!

 その少しで十分だ。

 だって、ヒーローが。

 

 「DETROIT…」

 

 ずっと、機を、うかがっていたのだから。

 

 「SMASH!!」

 

 やっぱり、オールマイトは、すごいや。

 

 

 

 

 

 あの後、吹き飛んだヴィランはヒーローたちによって回収され警察へ引き渡された。

 僕はヒーローにものすごく怒られた。

 逆にかっちゃんは称賛された。

 いいんだ、怒られたことなんて。

 晴れやかな気分だ。

 何かができたわけでもないし、何か変わったわけでもない。

 

 「デク、てめえ…」

 

 「…爆豪くん、その…」

 

 「…、なんでもねえ!!」

 

 …変わらない。

 何も。

 オールマイトやヒーローたちに謝罪がしたい。

 後でHPからメッセしてみようか。

 オールマイトといえば、サイン、もったいなかったな。

 

 「私が来た!!」

 

 本人が来た。街角から、オールマイトが。

 

 「オールマイト!? なぜ、ここに…」

 

 「お礼と訂正、そして提案をしに来たんだ」

 

 「お礼、訂正…」

 

 「君の活躍が今日のヴィラン退治の一助となった、ありがとう!!」

 

 「たすけに…、いえ、無個性なのに仕事の邪魔をして…」

 

 「そんなことはない!! それ以外にも言いたいことはあるが!!」

 

 言いたいこと?

 

 「君は考えるより先に体が動いていたのだろう?」

 

 「!!」

 

 「それこそが、私の言うヒーローの資質さ、君は…」

 

 「ヒーローになれる」

 

 胸がはちきれそうだ。

 こんなことって、これ以上のことって、ないだろ。

 

 「悩んでいるようだから、後押しをしに来たのさ、将来有望なヒーローの卵のね」

 

 「将来有望…、でも私は…個性が…」

 

 「それそれ!! それを訂正に来たんだ」

 

 「え?」

 

 「君、個性あるだろ」

 

 「へ?」

 

 「ヴィランの注意をひきつけ、避け続けたあの動き、良い個性じゃないか」

 

 「あれは、でも、ただ視線を感じてるだけで、あとは咄嗟に動いただけで…」

 

 「視線を感じ取る個性なんだろ?」

 

 「視線を感じ取る…」

 

 「もしかすると、視線をひきつける個性かもね、後半のヴィランの動きは妙だった」

 

 「そんな、僕に、個性が?」

 

 「ああ、でも私は個性よりも君を評価しているんだよ」

 

 「私を、ですか」

 

 「君の個性、体感としては視線を感じるだけだろう。それなのにあの大立ち回り、よく鍛えてある証拠だ、体も、心も」

 

 「それは、あきらめきれなくて…」

 

 「諦めなかった、努力した、そうだろう? 個性がないと思っていても、あきらめきれず努力した、その成果が今日だ!!」

 

 すこし、目頭が熱くなる。

 

 「個性が、あるとかないとか、そういうことじゃない」

 

 やだな、恥ずかしい。

 

 「言っただろう、結論はもう出てるって」

 

 すこし、こぼれた。

 

 「君は、最初からヒーローになれるのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ、○○先生。さっき緑谷が来ていましたよ」

 

 「え、それで彼女はどこへ?」

 

 「いや、たぶん帰ったと思いますよ。提出物は机に置いて行かれたと思いますが」

 

 「ああ、置いてありますね」

 

 「進路調査書ですか」

 

 「ええ、彼女成績はいいのですが、なんというか覇気がないと言いましょうか」

 

 「中学2年までにも進路希望はとってましたがすべて白紙でしたものね」

 

 「さすがに受験生になりましたから、それはいかんだろうと今日は話すつもりだったんですが」

 

 「まあ、生徒にとっては大きな選択ですから、決めあぐねるのも仕方ないでしょう」

 

 「でしょうなぁ、我々がサポートせねば。さて、緑谷の希望進路は……雄英?」

 

 僕の結論は、夢物語じゃなくなった。

 




背負い投げられる時、絶対かっちゃん胸触った。
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