私には、今までのすべての記憶がある。
生まれたときの記憶、運動会で走ったときの記憶、学校でクラスメイトと会話した記憶。どんな些細なことも私は記憶として持っている。
頭の中に図書館が入ってるようなもんか、とは誰が言ったのか。いや、誰が言ったか覚えているけれど。
面と向かって羨まれたときには、あいまいに答えてお茶を濁した。
本、確かにイメージ通りだ。
多くの人が思い浮かべる、記憶のイメージが一本のフィルムなら、私の記憶は本だ。まるで軍隊か何かの日誌の様なそれは、経験を事細かに記述してあるが、その時の考えや感情は記していない。
私は、それをまるで他人事のように読む。
いや、実際他人事なのかもしれない。
私はいまだに過去の自分を自分らしいと感じたことがない。
なぜあの時、そんな行動に出たのか。
小説の中の主人公は理由を語ってくれない。
他人事だと、割り切ってしまうと興味も薄れるもので、あまり読まなくなってしまう。
ただ何度も読んでしまう記憶もある。
お気に入りというわけでもない、ただ無性に気になるのだ。
「…も……、大き………」
「そ……大変……」
「予定日……いつ……」
「来月の…すぐ……」
「名前は、決め……」
「ええ……とも、…“ひとみとも”……」
「良い名……」
「はやく…元気……生まれて…」
生まれる前の記憶。
母のお腹のなかできいたこの会話。
私は幾度と違う名前で生まれ、生き、死んだ記憶を持っているけれど、この記憶だけが、私を執着させる。
私は何者なのか。
私は、どこからやってきたのか。
答えをずっと探している。
「左手の傷は残るだろうね。無理に氷をはがした後も負傷したまま動かしすぎだ」
体中の包帯が痛々しい。
右手も、足も、傷は浅くない。しかし左手は比べ物にならないほどに負傷している。
ベッドへ寝かせられた緑谷少女が苦しそうにうめく。
目じりに涙をにじませている。
「あこがれで、身を滅ぼす子だということ、理解しないといけないよ」
頬には既に涙が流れた跡が残っている。
「あたしゃ嫌だよ…、あんたコレを褒めちゃいけないよ」
「…私は、浮かれていたのかもしれません。…教師失格です」
「オール、マイト…?」
緑谷少女が目を開いた。
「…気付いたか緑谷少女」
「…ごめんなさい、……まけちゃいました」
緑谷少女は、悔しそうにぎゅっと目をつぶった。
第一声は、やはり謝罪だった。
「黙っていれば…、轟くんに余計なことを、僕は…」
「…」
「轟くんを不用意に傷つけて、挙句に負けて、約束も…、僕は…」
右手がシーツを握り締める。
「君は、彼に何かもたらそうとしていた」
「…思うところはありました。余計なお世話を、考えてしまった。…けど、それ以上に僕は、悔しかった。何も見えなくなっていました…、無我夢中で…」
「確かに、残念な結果だ」
緑谷少女は、私の言葉を聞いて視線を下げた。
「馬鹿をしたと言われても、仕方のない結果だ」
緑谷少女のシーツを握る手により力が入ったのがわかる。
「でもな、余計なお世話ってのはヒーローの本質でもある」
「――…!!」
君がいま、その目に涙を湛えていることも、右手がシーツをつかんで離さないことも、私が君をヒーローになれると太鼓判を押した理由となるものだ。
けれど、緑谷少女…、私は…。
「緑谷少女…私は…」
「ちょっといいかい、そろそろ治癒をしたいんだがね」
「ああ、その、すいません」
むう、話の途中で遮られてしまった。
「何してるんだいオールマイト」
「え、何を、とは?」
「服も脱ぐんだから、早く出ていきな!!」
「あ、ハイ!! ゴメンナサイ!!」
慌てて外へ出る。
しばらくすると、いつもの声が聞こえてきた。
「…あ、オールマイト…もう大丈夫です…」
恥ずかしそうに、消え入りそうな声。緑谷少女の声だ。
入室すると、肩で息をする緑谷少女がいた。リカバリーガールの個性でだいぶ持っていかれたようだ。
「とりあえず、左腕の傷は治したよ、時間が経てば、傷痕は目立たなくはなるだろうがね、消えはしないだろう」
「ありがとうございます…」
包帯のほどかれた左腕には大きく傷痕が残っていた。
「これ以上は歩けなくなるから、また後日だ。あと一つ聞きたいことがあるんだがね」
「…なんでしょう」
「“どうせ、治るから”」
「!!」
「そう思って無理をしているのだったら、次からそういう怪我は一切治癒しない」
「…それは」
「私の言っていることに頷けないのなら、ヒーローは目指さない方がいい」
緑谷少女は視線を下げただけで、頷きはしなかった。
ふらつく足と視界。
リカバリーガールは歩ける程度に僕の体力を残したというけれど、正直歩くのもキツい。そんな体調だから、頭も当然回らない。
僕は、リカバリーガールの最後の言葉が気にかかっていた。
“もう怪我をするなよ”という念押しとは違う。本当に、ヒーローを目指さない方がいいという“助言”だった。
『どうせ、治るから』
それを考えなかったとは言えない。
オールマイトはあの後、一言も発していない。僕の後ろを歩くだけ。なんで、何も言わないのだろう。
…約束のことだろうか。
「オールマイト…」
「ん」
「…後継って、ぼ、私と、通形先輩だけですか?」
「…そうだよ」
「それは…今も変わりないんでしょうか?」
「…後継になるべき人間が他にいるんじゃないかって?」
「………はい」
声が震えている。
僕は今、何を考えているんだろう。何をしようとしているんだろう。
約束を守れなくってゴメンナサイって謝ろうとしている?
それとも…。
もしかすると…。
「他にも、可能性のあるヒーローや、ヒーローの卵もいるだろう」
もしかすると、いま僕は、“重荷を投げ出す理由を探している”んじゃないか!?
オールマイトに、失望される前に、誰かに押し付けようと、してないか?
僕よりもふさわしい人間がいますって、逃げたいだけなんじゃ。
僕は…。
僕はこんなにも弱い人間だっただろうか。
こんなにも卑怯な人間だっただろうか。
オールマイトの視線が怖い。
目を合わせられない。
「だが私は、緑谷出久、君だけだと思っている」
「な、なんで…!?」
オールマイトの目を見る。
わからない。わからないよオールマイト!!
「見ていたでしょう!? 僕は負けた!! なんで…! 僕の一体何が!!」
「初めて君と会ったあの日に言ったこと。それがすべてだよ」
「初めて会った日…?」
「君の心はあの日から変わっていない。それが今日分かった。それが私にはたまらなくうれしい」
あの日、オールマイトにたすけてもらって、背中を押されたあの日のことは一生忘れない。
でも、一体、何を…、
「“考えるよりも先に体が動いていたのだろう”? 爆豪少年をたすけるときのように、今日は轟少年をたすけようとしていた」
…。
「たすけようだなんて…」
「それが君の長所であり、同時に私の心配の種でもある」
「…」
「……そうだね、君に“ワンフォーオール”を継いでもらうことはやめだ」
「え…!!?」
オールマイトに見透かされていないか、心配だ。
知られたくない。
僕が、内心、安心していることなんて…。
「今の君には、渡せない」
「…今の?」
「言っただろう、君しかいないって。だけど今は渡せない」
「わからない、です。やっぱりわからない!! …僕が、不甲斐ないのなら、違う候補者を見つけたらいいはずです!! 通形先輩だって、…それこそ轟くんだって!! ずっと僕よりもふさわしいはずです!! ……っ」
僕の荒い呼吸音だけが、廊下に響いている。
「いいや、君が最もふさわしい」
「…わからない…、わからないよオールマイト」
「…先ほどのリカバリーガールの言葉。君は頷かなかったね」
「それは…」
「君が、あの言葉をちゃんと理解できない限りは、君に渡せない」
「…」
「遅くなったが、ベスト8おめでとう」
肩をポンと叩いて、オールマイトは去っていった。
僕は、お礼すらも言えないまま、その場に突っ立ってた。
スタジアムに戻ると、既に二回戦はすべて終わっていた。
「緑谷くん!」
後ろからの声。飯田くんだ。
「身体は大丈夫なのか!? ずいぶんと負傷していたと思うのだが…、すまない試合で見舞いに行けなくて…」
「ううん、大丈夫。もう治癒してもらったから…」
右手をふる。
あえて、左手は出さなかった。何でだろう、見せたくなかった。
「それより…三回戦進出おめでとう。…飯田くんは、すごいね」
「ありがとう! …ベスト4だ。君と轟くんとの戦いは糧にさせてもらうぞ」
前を見ている。
当たり前だ、勝ち進んでいるんだから。
「…………うん。…飯田くんの活躍、お兄さんも見てるかな」
話題をかえる。
なにか、良くないことを言いそうだ。
「さっき電話してきたんだが…仕事中だったよ。でも逆によかった。ここまで来たら優勝して報告しないとな」
「さあさあ!! そろそろ三回戦を始めようかあ!!」
プレゼントマイクのアナウンス。
隣を見なくてもわかる。先ほどまで普通に会話をしていた飯田くんは、既に精神統一を終えていた。
「行ってくる」
「うん、がんばって…」
「こちら保須警察署、至急応援頼む!!」
血だまりに、男が一人立っている。
「名声…金…。どいつもこいつもヒーロー名乗りやがって…ハァ…、てめぇらはヒーローなんかじゃねえ」
サイレンが鳴り響く。
彼の足元には、アーマーを着たヒーローが倒れていた。
「彼だけだ。俺を殺っていいのは、ハァ…、オールマイトだけだ」
「“ヒーロー殺し”が現れた!! 応援頼む!!」
「探しましたよ…“ヒーロー殺し”…“ステイン”」
ヒーロー殺しと呼ばれた男、その背後に闇が広がる。
ヒーロー殺しの刀が闇を裂く。しかし手ごたえがない。
「落ち着いてください…我々は同類。悪名高いあなたにお会いしたかった…。お時間少々よろしいでしょうか」
闇の切れ間が形を変えて、ニタリと笑ったようにヒーロー殺しは感じた。
パン、パン、と花火の音。空に色煙が広がる。
「それではこれより!! 表彰式に移ります!」
参加者がグラウンドに集結する。注目はやはり表彰台の一位…かっちゃんだ。
「何あれ…」
みんなが引いている。
表彰台にあがる以前から暴れている。
決勝戦の轟くんとの試合に、不服を申し立て続けている。当の本人の轟くんは、ずっとうつむいている。
「うわぁ…こわぁ…」
三位の芦戸さんも引いている。同率三位の飯田くんの姿はない。
「三位にはもう一人飯田くんがいるんだけど、ちょっとお家の事情で早退しちゃったのでご了承くださいな」
「飯田ちゃん…張り切ってたのに残念ね」
『麗日くん、緑谷くん…突然だが、僕は早退させてもらう。兄がヴィランにやられた』
先ほど、飯田くんは青白い顔でそう告げて足早に去っていった。
以前に、飯田くんがお兄さんのことを語ってくれた時のことを思い出した。
僕が、もし、オールマイトがヴィランにやられたなどと聞いたなら、と考えるだけで、いたたまれない。
…オールマイト。
「メダル授与よ!! 今年メダルを贈呈するのはもちろんこの人!!」
「私がメダルを持ってき「我らがヒーロー!! オールマイトォ!!!」…た」
締まらない。
ごめんと謝るミッドナイト先生。
オールマイトは気を取り直したようで、ミッドナイト先生の持つメダルを受け取った。
「芦戸少女!! おめでとう!! 素晴らしい試合だった」
「オールマイトー!! ありがとうございます!!」
「フットワークも強いし、より伸ばして自分の得意を押し続けられるようになればよりいいな!!」
「はい!! がんばりまっす!!」
芦戸さんは両手を大きく挙げて、晴れやかに笑った。
芦戸さんとかっちゃんとの試合は芦戸さんの防戦一方だった。芦戸さんの個性は下手に人に向けられないうえに、かっちゃんは爆風で飛来する酸を吹き飛ばすのだ。
フットワークで翻弄しようとするも、相手も機動力に長けたかっちゃんだったことで芦戸さんは苦しい戦いを強いられた。芦戸さんは粘りに粘って、持久戦の結果、敗退した。
「轟少年、おめでとう」
オールマイトが銀メダルを轟くんの首にかけた。
「決勝で左側をおさめてしまったのにはワケがあるのかな?」
「緑谷にきっかけをもらって、わからなくなりました…。あなたが奴を気にかけるのも少しわかった気がします。俺もあなたのようなヒーローになりたかった。ただ、俺だけが吹っ切れて終わりじゃだめだ。清算しなきゃならないものがまだある」
「顔つきが以前と違う。深くは聞くまい、今の君ならきっと大丈夫だ」
ぐっと抱擁し、オールマイトの視線がかっちゃんへ移る。
「さて…。これはあんまりだな。…よし、一位おめでとう!!」
「オールマイトォ!! こんな一番なんの価値もねえんだよ!! 世間が認めても俺が認めてなきゃゴミなんだよ!!」
“自分が認めてなきゃ”…か。
その通りだよかっちゃん。僕もそう思う。
でも、かっちゃん。君はその力をみんなに認められている。一方の僕は…。
僕は…力を認めさせることも、自分で自分を認めることも出来なかった。
「相対評価にさらされ続けるこの世界で、不変の絶対評価を持ち続けられる人間はそうはいない。受け取っとけよ! “傷”として!!」
そしてオールマイトは無理矢理かっちゃんにメダルを押し付けた。
「さあ!! 今回は彼らだった。しかし皆さん!! この場の誰にもここに立つ可能性はあった!! 次代のヒーローは確実に芽を伸ばしている!! てな感じで最後に一言!! 皆さんご唱和ください せーの!!」
そのあとの掛け声も、やっぱり締まらなかった。
「おつかれっつうことで明日と明後日は休校だ」
HR。
体育祭の片づけを終えて、僕たちは教室にいた。
「プロからの指名などをこっちでまとめて休み明けに発表する。ドキドキしながらしっかり休んでおけ」
みんな疲れた顔をしている。
…かっちゃんを除いて。
相澤先生からの連絡も終えて、下校時刻になった。
みんながかばんを手に席を立つ。
「出久ちゃん帰ろう」
「…うん、お茶子ちゃん」
飯田くんはいない。
「無事だといいね」
「…うん」
「あ、あの。少し…いいですか…?」
声を掛けられ、振り返る。そこにいたのは…、
「…人見さん」
相も変わらず無表情な、彼女だった。
「…出久、おかえり」
「ただいま…」
左手は、背に隠した。
「とりあえず、その、おめでとう、でいいのかしら?」
「うん、…ううん。くやしいよ」
「そう…、ご飯あるけど」
「ごめん、一回寝てもいい? へとへとで…」
「うん。…おやすみ」
部屋のドアを閉める。
部屋のオールマイトたちは変わりないようだ。
ベッドに突っ伏す。
…オールマイト、なんで。なんで僕なの。
その日は雨だった。
朝から嫌に注目されるので、小走りに人目に触れぬように学校へ向かった。
傘を前に傾けて、走る。
後ろから、視線を感じる。覚えがある。これは…、
「遅刻だぞ!! おはよう緑谷くん!!」
飯田くんだ。
カッパに長靴で走っている。
「まだ予鈴5分前だよ…?」
「雄英生たるもの10分前行動!!」
…いつもの、飯田くんだ。
「あ、あの…」
「兄のことなら、心配ご無用だ。いらぬ心労をかけてすまなかったな」
僕に向ける視線はいつものものだ。
だけど、飯田くん。視線が下がり気味だよ。
無理をしている。
だけど、かける言葉は見つからない。
静かなまま、教室へ二人で歩く。
教室は僕たちとは違って騒がしかった。
「超声かけられたよ!! 来る途中!!」
芦戸さん。
両手で自分の顔を指さす。
「私もジロジロ見られてなんか恥ずかしかった」
「俺も!」
葉隠さんに切島くん。
みんなも、恥ずかしいんだ。
「俺なんか小学生にいきなりドンマイコールされたぜ」
とは瀬呂くんだ。ドンマイ。
「たった一日で一気に注目の的だ。やっぱ雄英すげえな…」
わいわいと騒ぐ声も、予鈴と同時に掻き消える。
そして相澤先生が数秒遅れて入室する。もう、みんなも騒いで怒られるようなへまはしない。
「! 相澤先生、包帯とれたのね、良かったわ」
良かったと、安心する。
しかし、よく見れば目元に傷痕が残っている。後遺症とかなければいいけど。
「婆さんの処置が大げさなんだ。んなもんより今日の“ヒーロー情報学”ちょっと特別だぞ」
ヒーロー情報学。
このご時世、ヒーローに求められる知識はちょっとやそっとではない。ヒーロー活動にかかわる多岐にわたる知識、情報を学ぶ授業。最近の授業ではヒーロー関連の法律についてだった。
特別というと、小テストでもするのだろうか。後ろで八百万さんがそわそわしているのを感じた。
「“コードネーム”、ヒーロー名の考案だ」
スタンディングオベーション。
「胸ふくらむやつきたぁあああああ!!」
そして、相澤先生に睨まれた。学ばない僕たちだった。
「先日話したプロからのドラフト指名は覚えているな? 指名が本格化するのは経験を積んで戦力としても期待される2年や3年からだ、つまり今回の指名は将来性を見込んでのもの、期待が違えば一方的にキャンセルもあるからな」
「大人は勝手だ」
後ろで机をたたく音が聞こえる。
「で、指名の集計結果は次の通り」
A組指名件数
轟 4,123
爆豪 3,556
芦戸 320
飯田 301
上鳴 272
峰田 122
八百万 108
切島 68
緑谷 28
麗日 20
障子 19
瀬呂 14
体育祭での順位とはあまり比例していない。かっちゃんの指名数が、二位の轟くんに負けているのは、表彰式でのイメージのせいか、単に轟くんへの興味が上回ったからか。
「おいおい見ろよ!! オイラ100以上もあるぞ!! リューキュウとかからきてねえかな!?」
後ろで八百万さんが、落ち込んだ顔をしている。
「さすがですわ轟さん…」
「ほとんど親の話題ありきだろ」
轟くんは変わんないなぁ。
「わあああ!!」
ゆさゆさと、前席の飯田くんをゆさぶる麗日さん。すっごくうれしいのはわかるけど、ちょっと飯田くん浮いてるからやめたげて。
…僕は、28個。
多いとみていいのか…、いや。
「緑谷、二回戦進出したにしては少なくねえ!?」
峰田くん。
同じ二回戦進出の峰田くんや切島くんに比べると少ない。上鳴くんに至っては一回戦で敗退したものの指名数は300近い。
「んん…」
「これを踏まえて、指名の有無関係なくいわゆる職場体験ってのに行ってもらう。お前らは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験して、より実りのある訓練をしようってこった」
経験…、あのUSJでの事件のことか。
思えば、あの時オールマイトの秘密を知ったんだ。それから僕は…。
「それでヒーロー名か!」
「俄然楽しみになってきたぁ!!」
みんなが再び沸き立ち始める。相澤先生の視線が鋭くなる。
「まぁ仮ではあるが、適当なもんは…」
「つけたら地獄を見ちゃうわよ!!」
この声。
「この時の名が、世に認知され、そのままプロ名になってる人多いからね!!」
「ミッドナイト!!」
相変わらず、大胆なコスチュームだなぁミッドナイト先生。
「そういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。将来自分がどうなるのか、名をつけることでイメージが固まりそこに近づいていく」
と、言いつつ相澤先生はいつもの寝袋を取り出し始めた。
「それが“名は体を表す”ってことだ。“オールマイト”とかな」
用紙が配られる。
名前、か…。
15分後。
「じゃ、そろそろできた人から発表してね!」とのミッドナイト先生の一言から、一時緊迫した空気が流れた。
「輝きヒーロー、“I can not stop twinkling.”」
と青山くんが切りだし、
「エイリアンクイーン!!」
と芦戸さんがとどめを刺したこの空気を、
「梅雨入りヒーロー、フロッピー」
こと蛙吹さんが変えてくれた。
ありがとうフロッピー。
「んじゃ俺!! 烈怒頼雄斗!!」
「これはアレね!? 漢気ヒーロー“紅頼雄斗”のリスペクトね!」
「そっス!! だいぶ古いけど俺の目指すヒーロー像は“紅”そのものなんス」
ちょっと頬を染めて、頭をかく切島くん。
「フフ…、あこがれの名を背負うってからには相応の重圧がついてまわるわよ」
「覚悟の上っス!!」
…かっこいいなぁ切島くん。
僕も、あこがれのヒーローっぽい名前を今までに考え続けていた。でも、それは出会う前のこと。出会った今、その手の名前は…。
『君だけだと思っている』
オールマイト…。
だめだ、つけられない。
『今の君には渡せない』
わからない。
将来自分がどうなるか、…そんなのわからない。
「くっそー考えてねえんだよな俺」
「つけたげよっか“ジャミングウェイ”」
「ヘミングウェイのもじりか! インテリっぽい!!」
「っく、ぷ。いやっ折角強いのに、すぐ…ウェイってなるじゃん…!?」
「耳郎おまえさぁ、ふざけんなよ!!」
「ヒアヒーロー、イヤホン=ジャック」
我関せずと、耳郎さんは一足先に自分のヒーローネームを発表した。
「テンタコル」
「セロファン」
「テイルマン」
「シュガーマン」
「ピンキー!!」
「チャージズマ!!」
「インビジブルガール!!」
…。
みんな次々に決めていく。
僕は…。
「あとは…、再考の爆豪くんと、飯田くんに緑谷さんね」
僕は、いまだにペンを持てずにいた。
飯田くんが席を立つ。
教卓に立って、少し自分で書いたフリップを見てから、下した。
「ターボヒーロー、インゲニウム2号」
「飯田くん、それは…」
「兄の願い、そして僕自身の願いです」
「そう…、だけど2号でいいのかしら?」
「インゲニウムは、一人だけですから」
飯田くんの目は、まっすぐ前を見ている。
僕は…。
僕はオールマイトのようなヒーローになりたくて、努力してきた。だけど、本当は夢をあきらめるのが怖かっただけじゃないのか? ただ、楽な方へ逃げていただけなんじゃ。
今も、オールマイトから失望されまいと、びくびくしている。
ただ、逃げ続けているんじゃないか。
視線を感じる。
クラスメイトが、早くしろと、そう言っている。
フリップを握り、席を立つ。
僕は、僕の…、
「僕のヒーローネームは…」