誤字報告、本当に助かっております、ありがとうございます。
職場体験当日。
体育祭のおかげで、一躍有名になった僕らは駅構内で人目を集めていた。
「コスチュームは持ったな、本来なら公共の場では着用厳禁の身だ。落としたりするなよ」
「はーい!!」
「伸ばすな芦戸。くれぐれも失礼のないように!! じゃあ行け」
ちぇー、と怒られたことに唇を尖らせる芦戸さん。
「あ、緑谷!! 緑谷はどこ行くのー!?」
「芦戸さん…、えっと、山梨の、グラントリノ? ってヒーローのところなんだけど…」
「山梨かー!!」
「芦戸さんは…?」
「アタシはリューキュウ事務所!!」
「オイラもだぜ!!」
「げ、峰田」
「げ、とは何だよ!! 体育祭での借りは返してやるぜ!!」
「あはは!! 捕まるか!!」
「…職場体験で、どうやって返すの峰田くん」
芦戸さんを追いかけまわす峰田くん。
…なんだか、仲良い? いつの間に…。
「出久ちゃん…」
「麗日さん?」
ちょん、と袖を引かれる。振り返る。麗日さんの視線の先には飯田くんがいた。
一人静かに、荷物を押している。
「飯田くん」
呼び止める。
飯田くんは振り返った。いつもの表情。
飯田くんのお兄さんを襲った犯人は、いまだ逃走中だ。“ヒーロー殺し”、ヴィラン名を“ステイン”。過去に10人以上のヒーローを再起不能に陥れたという。
「…本当にどうしようもなくなったら、頼ってね。………友達だもん」
「ああ」
飯田くんは、短く返事をして、キャリーケース片手に去っていった。
飯田くんの職場体験先は保須、…お兄さんが襲われた場所でもある。
僕と麗日さんは飯田くんが見えなくなるまで見送って、わかれた。
新幹線で45分ほど揺られ、たどり着いた住所には古ぼけた建物があった。ひび割れた外壁に蔓が巻き付いており、看板も落ちかかっている。今にも崩れるぞと言わんばかりに、建物の外壁に沿ってフェンスや防塵ネットが設置されている。
僕はポケットから住所のメモを取り出し、近くの通りの電柱にかかれた住所と見比べた。
あっている。
グラントリノ。オールマイトがお世話になったというヒーロー。
僕が知っていることはただそれだけ。
職場体験先を迷っている最中に、オールマイトからここへ行くようにとの連絡が届いた。
オールマイトは推薦する理由を語らなかった。
ただ、お世話になった人だとしか、文面にはなかった。
僕も、訊ねなかった。
あれ以降、どうしても気が重くオールマイトと会えずにいたのだ。
「雄英高校から来ました…。緑谷出久です……」
古びた扉を開く。ぎぎ、と金属のきしむ音がする。
「よろしくお願いしま……ひっ!?」
悲鳴。僕があげた。
人が倒れている。かなり老齢の、ヒーロースーツに身を包んだ人物が血に伏している。
「だ、だ、だいじょうぶ…!! …っ!? アレ…」
この人、意識が…。
「大丈夫だ!!」
「ひっ!?」
血まみれの顔を急に上げる。
「…あ、これケチャップ…」
「誰だ君は!?」
「え、あ、雄英から来た緑谷出久です…」
「なんて!?」
「ゆ、雄英から来ました緑谷出久です!」
「誰だ君は!!」
「聞こえてるでしょうお爺さん!!!」
なんで聞こえないふりをしてるんだ!
「…それが、個性か」
! この人、急に…。
やっぱりとぼけていたのは演技…?
「よし、俺といっちょ殴り合ってみるか」
「はい、……!???」
何を言ってるんだこの人。
「あ、あの、急になにを…」
「誰だ君は!?」
「だから聞こえてるでしょ!!!」
大声がでて、息が切れる。
「撃ってきなさいよ“ワンフォーオール”、どの程度扱えるのか知りたい」
なにを…。
というより、やはりオールマイトの師匠(?)だけあって知っているんだな。だけど…、
「僕はまだ受け取っていません」
「…」
「…」
「マジで!!!?」
「やっぱり聞こえてるじゃんか!!!」
僕は、ちょっと喉がかれそう。
「じょ、冗談か小娘。やるな…」
「…本当ですよ。……というより、“渡さない”と…オールマイトには言われました……」
「…見てらんねえな。生まれてもねえ受精卵小娘が、一丁前に落ち込みやがって」
ドン、という音。そして土煙。
「っ!!」
その時、僕はしっかりと老人の、グラントリノの目を見ていた。
そのグラントリノは、気付けば僕の目の前にいた。
僕の顔の横すれすれに、こぶしが通り過ぎる。
にやっとグラントリノが笑う。
「着ろや、コスチューム」
この人が…オールマイトの師匠。
グラントリノ!!
「はい!! …………あ、あの、どこで着替えたら」
「…締まらねえ小娘だな」
『グラントリノ…どうかお願いします』
『久々に連絡したと思えば、急だな』
『私では、いえ私だからこそ無理だと判断しました』
『ふん……、随分と達者になったものだな』
『至らぬことばかりです。あの子に会ってから何度も痛感しています…。私がそうしろと言えば、あの子は従うでしょう、ほぼ間違いなく』
『…』
『でも、それではだめだ。それはあの子を捻じ曲げることになる。あの子が自分で気付き、あの子のままでヒーローになってほしい』
『随分と、入れ込んでるじゃねえか』
『…はじめての弟子ですから』
『本当に達者になったもんだな』
俊典よお。
随分と過保護じゃねえか。俺の目の前には温室で育ったお嬢ちゃんしかいねえぞ。
「っはぁ!! …ぐ、……っはぁ! ……っはぁ!」
腕をついて、倒れこみ、肩で息をしている。
顎から滴る汗が水たまりを作っていた。
「動きがかたい」
壁をけり、小娘をめがけ一直線。
「気付くのも遅い」
小娘が大振りに右手をふるう。右足の噴射で潜り込む。
「ボディががら空きだ」
「うあ!! ……っぐ、あ」
ボディを狙った左フックを、左手でガードされる。
「隙だらけだ」
掴まれた左手を軸にジェット噴射で体を持ち上げ、一回転する。そしてかかと落とし。
「がっ!! …あ、…」
小娘は、再び手をついて倒れた。
こちらをにらむ目にも力がない。
「…なぜ左手でガードした」
「…」
「そっちはまだ治っていまい。右手で防ぐことも、躱すことも出来た」
表面上は治っちゃいるが、動かし方がぎこちない。完治していないはずだ。
「戦い方が未熟だ。安定性に欠ける」
「……そんなこと」
「…」
「そんなことわかっています!! だから、強くなろうと…!! …ぐ、う」
「強さじゃねえ、…お前の戦い方は不安にさせる」
「…何を」
「少しだが、やつの危惧することもわかった」
「…」
小娘が無言で俺をにらむ。
立ち上がり、こぶしを握った。
「もう今日はしめえだ、職場体験で俺のサンドバッグになりに来たのか?」
手を振る。
部屋の外へ救急箱とタオルを取りに出ようと、小娘に背を向ける。すると同時に小娘は膝から崩れ落ちた。
「…」
限界か。
それでも俺をにらみやがるんだから、大した胆力だ。
…俊典の気に入りそうなガキだな。
「甘い!!」
俺の蹴りが、小娘の脇腹に刺さる。
「うぐ、…っはぁ。うう…もう一回お願いします!!」
腹を抱えてうずくまるが、すぐに立ち上がる。
三日経ち、小娘の動きもだいぶ良くなった。戦いの中での集中力は大したものだ。俺の動きを目で追うことも出来るようになっている。
しかし、そうじゃねえんだな小娘。
お前の戦い方は、まだ違う。
なにより、左手をかばわずに戦うところがまず違う。戦い方以前の問題だ。
それを俺が言うことは簡単だが…。
「よし。……いやだ!!」
「え!?」
「飯だ!!」
そういうと小娘はへなへなと足の力が抜けたのか、その場にぺたんと座り込んだ。
「今日、こいつが届いたんでな!!」
ドン、と机の上に段ボールを置く。
「電子レンジ…?」
中を見て小娘が目をぱちくりさせる。
「この前なぜか壊れちゃったからな!!」
「…ご自分で踏んだんでしょうに…」
「何か言ったか!?」
「いいえ何も!!」
小娘、ずいぶんと生意気になったものだな。
俊典と同じように毎日ゲロぶちまけてるくせして、やはりなかなかガッツがある。しかし…。
「夕食は、何を…」
「たいやきだ!! 小娘、昨日買ってきただろうな?」
「え、ハイ。…夕食にもたいやきですか?」
「俺は甘いのが好きなんだ!!」
冷凍庫からたいやきをとりだし、入れる。
「食ったらこの後出かけるぞ!!」
「ど、どこに…?」
「お前はサンドバッグになりに来たのか!? 職場体験だ!!」
新幹線は新宿行き。
窓の外には夕闇が広がりつつある。
「着く頃には夜ですけど、いいんですか?」
「夜だからいい。小競り合いが多くていいだろ?」
「良かないですけど、…わかりました」
もうじき、保須市を通る。
開いたスマホ、飯田くんからの連絡はない。気にかかって、ちょっと様子を聞いたのだが、既読されたものの返信が返ってこないのだ。飯田くんらしくない。
大丈夫だろうか。
…。
何か、近づいている?
いま新幹線は高架の上を走っている、そこへ外から近づく者がいる。
僕の個性は、人限定だ。鳥じゃない、人が飛んできている?
「お客様、座席にお掴まりください、緊急てい…」
「グラントリノ!! 何者かが突っ込んでくる!!!」
立ち上がる。緊急停止する列車に体を持っていかれぬようにぐっと足に力を入れる。
バゴン、と大きな音を立て、二席ほど前の壁が吹き飛んだ。
いや、吹き飛んできた、ヒーローが。
激突した衝撃で、意識を失っている。
「っんだあいつ…!?」
「ヒーロー!?」
金切り声。パニックになっている。
「グラントリノ!! あいつです!!」
乗客より、飛び込んできたヒーローより、先に、危険なのはヤツだ。
脳無。
お前がヒーローをとばしてきたんだな。
「言われずともわかっとるわ小娘!!」
僕の隣の座席が吹き飛ぶ。
グラントリノのジェット噴射だ。僕と戦っていた時の、何倍もの出力。排気が空気を切り裂き高周波の様な音をたてる。グラントリノは脳無をつかんであっという間に見えなくなった。
グラントリノが出て行った壁から外を見る。
保須だ。
飯田くんの職場体験先。
ドォン、と重低音。遠くに火煙が立ちのぼった。
なにが起きている。
飯田くん――。
「落ち着いてください!! ひとまず席に…」
――まずは、
「落ち着いて皆さん!! 僕を見て!!」
乗客が、静かになる。
僕を見ている。
「近くに、ヴィランはいません。今、ヒーローが先ほどのヴィランも倒しました。ここで落ち着いて他のヒーローの到着を待ってください」
嘘だ。
倒してなどいない。グラントリノは押し出しただけ。
ただ、近くにいないことは本当だ。脳無の意識ははっきりとせず読み取りにくいが、かえって存在の知覚は簡単だ。近辺にはいない。
そして先ほど上がった火煙、おそらくはあそこに…。
飛び込んできたヒーローを見る。
意識はない、だが呼吸はある。見たところ骨折はしているが、血もさほど流していない。命に別状はないだろう。
「助かったよ、あなたは…」
駅員さんが帽子を脱ぐ。
「いえ、…ヒーローですから。そしてごめんなさい…、僕も行きます」
停止した新幹線を飛び出す。ここは、安全だろう。それが確認できた今――すべきことがある。
「え、だめだ!! 危ないぞ!!」
あんな、脳無が、まだいるだなんて思ってもみなかった!
飯田くん、どうか無事で――。
無茶をしないで――。
「騒々しい…阿呆がでたか…?」
遠くで爆発音。そして悲鳴。
少しばかり予想がつく。あの男、死柄木弔とか呼ばれていたあの男。
やはり、あの時に殺しておくべきだった。
ヴィラン連合などと、ふざけた連中。俺があの場で粛清をすべきだった…。
「だが、今は、為すべきことを為す」
この愚物。
「身体が…動かね…、クソ野郎が…!! 死ね…!」
「ヒーローを名乗るなら、死に際の台詞は選べ」
だから死ぬんだ。
何を言おうと、殺すと決めているがな。
じゃり、と足音。
気付くと同時に、背後に一閃。
「ぐっ…!」
振り返った先には、
「スーツを着た子供…、何者だ」
白い鎧のようなヒーロースーツ。しかし顔はあどけない。おそらくは学生。
あの目!!
こいつは…。
「消えろ、子どもの立ち入っていい領域じゃない」
子どもが立ち上がる。
先ほどの俺の剣戟は、子どものかぶっていたヘルムに防がれたようだな。しかし、ふらついている。当たり前だ、金属バットで殴られたも同然なのだから。
「血のように紅い巻物に全身に携帯した刃物…、ヒーロー殺しステインだな!!」
こいつは…、どちらだ…?
「お前を追ってきた!! こんなにも早く見つかるとは!! 僕は―…」
「その目、かたき討ちか…」
切っ先を向ける。
しかし、ひるまない。まだ俺をにらんでいる。
そう、血走った目で。
「言葉には気をつけろ、場合によっては子どもでも標的になる」
切っ先を向けられ、ひるまないその胆力は誉めてやろう。
だが…お前は…、
「標的ですら…ないと言っているのか、聞け犯罪者。僕は…お前にやられたヒーローの弟だ…!! 最高に立派なヒーローの弟だ!! 兄に代わりお前を止めに来た!! 僕の名は――」
「―インゲニウム2号。お前を倒す、ヒーローの名だ!!」
「そうか、死ね」
愚物だ。
「――死ぬのはお前だ!!」
愚物が、叫ぶと同時に後ろへ跳躍する。
何を――。
「レシプロ…バースト!!」
消えた、そう感じるほどの加速。俺を抜き去り、狙いは――あの愚物か!!!
「やるな、だが―」
甘いな。
「くっ…!! まだまだ!!」
俺の投擲したナイフを間一髪避け、体勢を崩した。その隙に子どもの横へ並ぶ、と同時に子どもの蹴り。狙っていたな。ただの蹴りではない、すさまじい加速。横から薙ぎ払うようにして迫りくる足に刀を当てる。手がしびれるほどの衝撃。傾けてそらす。
今の蹴りは、俺の獲物を奪うのが目的だったな…。
「ちっ…!!」
「…お前は愚物じゃない」
目を見る。
「黙れ犯罪者」
目はまだ、瞳孔が開き、俺への憎しみをたぎらせている。
だが、あの動き―。
「演技か…、いや違う」
俺を見つつ、あの愚物へも視線をやっている。
「犯罪者と交わす言葉は、ない!!」
再び横なぎに一閃。しかししゃがんで躱される。
「俺への怨恨は本物だ」
下から俺をにらむ。と同時に、俺が刀を上段に振りかぶっていることに気付いた。子どもがよけようとする、だが…、
「その体勢、逃げ道は少ないぞ!!」
そして、お前がどちらへよけるか、俺にはわかる。
上段からの刀を、地面に突き刺す。左足で回し蹴りを放つ。お前が飛び込んだ、倒れている愚物のいる方向から!!
「なっ…、っ!!」
正面からの蹴りに、ぎょっとする子ども。読まれていたことに驚きつつ、咄嗟に手でガードする。
「ぐうっ!!」
痛みにうめく。スパイクに手を貫かれたな。
突き刺した刀を逆手に持ち、下から切り上げる。
「ぐっ!!」
脇腹を裂いた。
手に刺さった俺のシューズを振り払い、子どもが二歩三歩と後ろへ下がる。
「くそ…!!」
脇腹をおさえつつ、まだ機を狙っている。
「おそらくは、お前のその推進力…時間制限があるな」
眉が少し上がる。
まだまだ子ども、隠そうとする心が顔に出ている。
「大方、時間経過で動けなくなるとかだろう…、だが」
刀の腹から切っ先まで滴っている血。
一滴。
「もう関係ない、どのみち動けまい」
「が、…あ、…これは…っ!!」
くずおれる子ども。顔は驚愕に染まっている。
「お前は…保留だ。まずは、このゴミを殺す」
「やめ、ろ…」
切っ先を、いま、喉元へ――。
「――させるか!!」
上空から降ってきたのは、クラスメイト。
「――よかった、ビンゴだ!」
緑谷くんだ。
「な、ぜ、ここに…!!」
「ヒーロー殺しの殺人現場には特徴がある、僕の個性なら人探しも早い!! もしかしたらって来たんだ!!」
緑谷くんの空中からの蹴りをモロに側頭部に食らい、たたらを踏むヒーロー殺し。その隙に緑谷くんは傷ついたヒーローを担いで僕の方へ駆けてきた。
「動ける!? 大通りに逃げよう!!」
「身体が動かない…! 斬りつけられてから…、おそらく個性…」
「二人だと…担いでは……。…斬るのが発動条件…か?」
「いや、おそらく…」
「仲間、か」
ゆらりと、ヒーロー殺しが鎌首をもたげる。
僕たちをにらむ。
「“させない”といったな。しかし俺はそいつを殺す義務がある…ぶつかり合えば当然――」
声は低く、しかし語気は強くない。
この男の声には熱がある、思想という熱が。
「――弱い方が淘汰されるわけだが、さぁ、どうする」
総毛立つ。
殺人者、そう表現しかできない。
くそ、なんで動かないんだ僕の身体は!! このままでは…!!
「殺させないし、殺さない」
緑谷くんが、すこし震えた声で、そう言った。
こぶしを構える。
「ヒーローは、そうあるべきだ」
「ハァ……、悪くない」
ヒーロー殺しと、緑谷くんが同時に踏み込んだ。
どれほど経過しただろうか。
十分? いや一時間?
そんなはずはない。しかしそう感じてしまうほどにじれったく、もどかしい時間。
なぜ!!
なぜ僕の身体は動かないんだ!!
「やるな…」
ヒーロー殺しのつぶやき。
「はあっ…はあっ……」
緑谷くんが肩で息をする。顎の汗を手の甲でぬぐい、にらみ合う。
息もつかせぬ戦闘。
緑谷くんは、ヒーロー殺しの剣戟を紙一重でかわし続けている。僕たちへヒーロー殺しが向かわぬよう僕たちを背にし、自身にヒーロー殺しを引きつけ続けている。
「“引力”」
「…」
「お前の個性…、俺の気を引き付ける。ただ引きつけるだけでなく、細かくON-OFFを切り替えて気を散らすことも出来るようだな」
「…」
緑谷くんの個性、“意識を感知し引き付ける”。
そんな使い方をしていたのか―。
「だが、それだけでは俺の動きを読んだ、あそこまでの動きはできまい」
「…何が言いたい」
「鍛錬、そして経験。お前には、感心している」
「…?」
「それだけに、残念だ――」
構えていた刀をだらんと下げる。
「――ここで殺してしまうかも、しれないとは」
僕をめがけ走ってくる!!
予想以上の速度!!
動きが、変わった。いや、速度だけが違う。こいつ本気じゃなかったのか!!
個性で読んでも、目が追えない!!
「ぐぅっ!!」
刀の一閃!
上半身を後ろに反らせて、躱す。鼻先を刀がかすめる。
「これを躱すか!!」
反らした勢いで両手を地面につく、そのままバック転し、足先で顎を狙う。
「甘い!!」
軽く身体をずらして避けられた。まずい、伸び切った体は無防備だ!!
思いっきり腕に力を入れる。意識を集中するんだ、出せる限りの力を出せ。
「ぬ、うあ!!」
腕の力で、逆立ち状態から飛び上がる。遅れて僕のいた場所へナイフが突き刺さる。ずきずきと腕が痛む、無理な力を出した。
ヒーロー殺しが…、既に上空へ!! 僕を追って…壁を!!
みんなポンポン壁キックしすぎだよ!!
身体をひねる。
突き出した刀をぎりぎりで避ける。切っ先が僕のヒーロースーツをかすめ、切り裂く。
「これは…どうだ!!」
空中で横なぎに蹴りを放つ。
右腕で受け止められる。左手に…何かを握ってる!
ナイフだな、受け止めた足に突き刺さんと、振るう。それは、させない!!
左足で蹴り飛ばす。
「残念」
蹴り飛ばそうとした左手に、足をつかまれる。
くそ! まさか、僕をつったのか!! 意識で!!
「お前の個性…読めてきたぞ」
両足をつかまれ、地面をめがけ投げられる。
この勢い、たて直せない…!!
「ッ!! があ!!」
地面にたたきつけられる。かろうじて受け身をとったが、焼け石に水だ。
一瞬、意識が白く…。
だけど、だめだ、まだ…上にヒーロー殺しが!
あおむけの状態から、何とかがむしゃらに地面を蹴って飛びのく。刀が地面に突き刺さる。
「ぐ、う…あ、…はあっ」
「やはりやるな」
強い。
強すぎる。
意識を読み、先読みをしても追いつけないほどに。なによりその戦闘センスだ。僕の個性にあたりをつけ、逆手に取った。これでは僕の個性を信用できない。
「はあっ…はあっ…」
息が切れる。
グラントリノの直線的な動きとはまた違う。
そして何より、傷をつけられるだけで戦闘不能にさせられるかもしれないというリスク。
「集中が、切れているな」
ヒーロー殺しが駆け出す。
「なっ!! しまっ!!」
立ち位置に、気付いていなかった。
飯田くんたちを背に戦い続けたが、今は少し離れている。
このままじゃ飯田くんたちが…!!
くそ!! 完全に抜かれた。すぐさまヒーロー殺しの背を追う。
左手が、腰のナイフへ伸びている。
投擲して、二人を殺す気か。
――本当に?
またフェイクじゃないか?
本当は、振り向きざまに、僕へ刀を振るうんじゃ…?
左手にナイフを握った。
刀はいまだ右手に握られている。
どっちだ。
ナイフか。
刀か。
二人か。
僕か――。
「ハァ…!! やはり……」
「…だめだ!! 斬られては!!」
「ああ!! …ぐ、あ…!」
「良い!!」
血が、滴る。
緑谷くんの血だ。
ヒーロー殺しが振り向きざまに振るった刀を、素手で受け止めた。
下から脇腹あたりを裂いた刀は、顔へ迫るすんでのところで止められた。
今までの動きからすれば、緑谷くんは避けられたはず――なのに。緑谷くんはあの一瞬、まるで刀に飛び込んだように見えた。それは…、
「僕たちの、せいで…」
「お前は良いな…そして、俺の個性にも気付いているな」
カタカタと刀が震えている。
緑谷くんが刃を握り締め、離そうとしない。離せば――戦闘不能にさせられる。
「この人たちは、殺させない…!!」
どろどろと、赤黒い血が、二人の間に滴り広がる。
「ハァ…良いな。あの一瞬で刀をつかむ瞬発力、そして判断力。なによりその自己犠牲の精神!! 自らを顧みず、お前は飛び込んだ!! 他を救うために!! ヒーローの本質だ!!」
「はあっ…はあっ…!!」
「お前を殺さずに済んでよかったよ…、俺が殺さねばならないのは愚物だけだ」
ヒーロー殺しは緑谷くんの握る刀を少しだけずらし、膝をまげて持ち上げ緑谷くんを蹴り飛ばした。
「かはっ!! …がはっ!! ぐ、あ!!」
胸をおさえて転がる僕らの横へ緑谷くん。
胸のあたりをけられ、呼吸ができてない。
まずい!! 刀を!!
「…さあ、これで邪魔者はいなくなった」
「く、そ…、動けない…!!」
ヒーロー殺しが迫る。
片手の刀を下に構え、歩き近づいている。
まだか…!!
まだなのか…!!
「飯田、住所は正しく伝えるべきだ」
熱と光。
豪炎がヒーロー殺し目掛け走った。
良かった、メールは届いたのか。
「遅くなっちまっただろ」
「…轟くん!!」
その場には、倒れている人が三人。緑谷に飯田、そして見知らぬヒーロー。
何にしても…、
「こいつらは殺させねえぞヒーロー殺し」
三人を背に立つ。
「今日は邪魔が多い…、お前は…」
「轟くん! そいつに血ぃ見せたらだめだ!! 血の経口摂取で相手の自由を奪う!!」
「なるほど。それで刃物か、俺なら距離を保って…」
ナイフ!!
投擲したのか! 顔をそらして避ける。
くそっ、かすめた!!
「良い友人を持っているな」
もう目の前に!!
右手のナイフ! だが右なら防げる!!
隆起した氷が、剣戟をとめる。
上を見た!? 何を…刀!
ナイフと同時に投げたのか!! 左の熱で一気に…。
掴まれた!! くそ、頬の血か…!!
近寄るな!!
吹き出す炎で、牽制する。
くそ、かすめもしないか…。反応速度は化物だな。
それ以上に、動きに無駄がない。一挙動ごとに選択を迫られる。まずい、ペースに乗せられている。
「だめ、だ。…逃げて!」
緑谷?
くっ、よそ見はできねえ!!
何にしても、こいつと接近戦をはるのはまずい!!
「近づくな!!」
今、こいつを目の前にして許容範囲の隙で出せる最大出力!!
氷の壁だ!
このまま、こいつのペースで戦い続けるわけにはいかない!!
!!
キンッ、と音を立て、氷壁は切り裂かれた。
くそ!! 時間稼ぎにもならねえ!!
「己より素早い相手に対し自ら視界を遮る…愚策だ」
「そりゃどうかな」
上空から奴が迫る。上なら、気にせず個性を撃てる!! 左で…、
「!?」
左腕に、ナイフが…!!
「お前も良い…」
くそ、刀を構えて…、狙いは俺じゃなくこのヒーローか!!
!!
飛来する影、あれは、緑谷!?
「なんか普通に動けるようになった!!」
壁を2段3段と蹴りあがって、ヒーロー殺しの顔を殴り飛ばした。
あいつ、あんな動きを…?
いや、それより、動けるように…?
「時間制限か」
「いや、あの子が最後のはず」
後ろで倒れているヒーローが言う。見れば飯田もまだ立てていない。
「下がれ緑谷!!」
「うわ!!」
「ちぃ!!」
氷結で、牽制すると同時に緑谷を守る。
「血を取り入れて、動きを奪う。僕だけ先に解けたのは…、人数に応じて効果が下がるか、それか、血液型か…」
「俺はBだ…」
「僕はA」
「血液型…ハァ、正解だ」
教えるのは、余裕からか?
実際苦しい戦いだ。
二人を担いでさっさと撤退したいが…、あの動きを見てそれができるとは思えねえ。
プロの助けは呼んである。それが来るまで、粘るほかない…か。
「緑谷、お前は…」
「轟くん、二人を担いで逃げて」
緑谷が俺の前に立ち二人を指さした。
「何を…!?」
「轟くんは血を流しすぎている、僕なら奴を引き付けて足止めできる、その隙に…」
「何を言ってやがんだ!! 血を流してるのはお前も同じだ!!」
「轟くん…、現実的に、考えよう。二人を逃がすのが、最善だよ」
「あれの動きを見て、そんな隙があるとでも…!!」
「僕が作る!」
緑谷、お前…。
「緑谷」
「だから轟くんは」
「緑谷!!」
「はやくふたりを」
「俺を見ろ!!」
「――俺を見ろ!!」
感じたのは痛み、頬が、じんとあつい。
思わず、頬に手を触れる。
何を…。
「お前は一人で戦ってるんじゃないんだぞ!」
「なにを、こんなことしてる場合じゃ」
「お前が周り見えてねえからだろうが!! だからこんなビンタ食らうんだろうが!! 俺がお前がむざむざ殺されるのを良しとしろとでも!? ふざけんなよ!」
「っ! 誰かが!! おさえなければ、助けられないだろ!! 僕なら確実に!!」
「確実に、ひきつけられて、殺される」
「…!!」
「さっき言ってたな、自己犠牲はヒーローの本質だってよ。それはそうかもしれねえ」
「…」
「だけどな、人の自己犠牲を許さねえのもヒーローだ!!」
あ―。
「だ、だけど、それができないから!! 僕がっ!!」
「俺もいる!! 二人で守るんだ!!」
「いや、三人で、だ」
飯田くん!?
「飯田くん!? よかった、だけど、これなら、それこそ逃げることも…」
「それには殿が結局いるだろう? それに俺はまだ、本気では走れない…」
「そんな…」
「緑谷くん、礼を言わせてくれ。君のおかげで、僕は自分を見失わずに済んだ。俺を恩知らずにはさせないでくれ」
「…何を、何を言ってるんだ。だめだ、だめだよ…」
「友が死ぬかもしれない!! それを良しとする友達はいない!! 君だってそうだろ、だから助けに来てくれた。だから今度は友達の――」
パン、と頬を張られた。
両の頬がじんと痛む。
「「僕が/俺がたすける!!」」
頬の二人の手を、握る。
「…うん。僕も、二人をたすける」
「三対一、…甘くないな。殺したくはないが…、仕方ない」
ヒーロー殺しの目が細く鋭くなる。
飯田くんと轟くんが構える。
大丈夫。
もう大丈夫。
「殺させない、殺さない、そして、殺されない――」
ぐっとこぶしを握る。
「――僕たちはヒーローだ!!」
話を待ってくれるステインさんイズジェントルマン。