僕を見て   作:姉くじら

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ポンポンと視点が変わる今作のスタイルですが、すこしやりすぎたのではと不安でもあります。


僕は僕だから

 

 「三対一、甘くはないな…、ハァ…」

 

 ガリガリと、ステインの握る刀の切っ先がアスファルトを引っかく。

 低い声。出久は急に夢からさめたような心地がした。

 

 「殺させない、殺さない、――殺されない…」

 

 ステインは構えない。

 出久たちをあざけるように、自然体だ。

 刀の切っ先がステインの身体の前までやってくる。

 

 「吠えたな。俺を相手に殺さない、殺させない、殺されない、とは」

 

 怒りか。侮られたという。

 そのような人間ではないと、出久は確信した。

 

 「やってみせろ」

 

 歓喜。

 出久は理解した。ステインの理想と狂気を。

 そして同時に、のまれかけていた自分に気付いた。チープな演劇のヒロインにでもなっていたのだ。出久は近くにあったナイフを握り締め、少し前に立つ二人の背を見た。

 

 ―もう大丈夫。

 

 息を殺してはいけないと、出久は理解した。

 今、息を殺すのは狩られる側であるとわかっていた。心を殺して、止めてしまっては、三文芝居のヒロインも同様だ。

 出久は、自分に最も適した呼吸をした。リズムを保ち、感覚を広げ、意思を柔らかく空間に広げた。いつかのUSJ襲撃の時のように広範囲にひろげることは考えなかった。この路地の一角だけに留めることで出久はより高密度の感覚器を手に入れようとした。

 

 「飯田くん、轟くん―」

 

 出久が二人へ耳打ちする。

 策と呼べるものはない。しかし二人は力強く頷いたことに、出久は再び心が動き出すのを感じた。

 

 「さあ、見せてくれ!!」

 

 ステインが動いた。

 出久はそれを見ずに知覚した。

 

 「近づかせねえ!!」

 

 氷結が、ステインの道を阻む。

 ステインの剣戟よりも一瞬早く出た氷結を、ステインは足場にしてさらに上空へ跳んだ。

 

 「ちぃっ!!」

 

 焦凍はしてやられたと顔をゆがませた。素早いステインの動きと、その個性を考えて近づかせないことを意識しすぎたのだ。その結果が相手に踏み台を用意してしまった。

 

 「だが…上は気にせず撃てる」

 

 焦凍が左手を構える。ナイフの刀傷から血を流す左腕の先には真っ赤な炎が握られている。射線にはステインしかいない。壁からは離れている。

 

 「学習しない――な」

 

 ステインは撫でるような手つきで仕込み刀を数本抜き投げた。

 

 「そうでもない」

 

 キィン、と甲高い金属音をあげて、ナイフははじかれた。出久の放ったナイフがステインのそれをはじいたのだ。

 

 「ちぃ!!」

 

 火柱が上がる。ステインが飲まれた。

 焦凍が息をつく。左を出しつつ、右の氷結をためる――。

 やったことはない。まず左を実戦に使うことすら初めてなのだ。同時に出すことは調整を抜きにすればやれないこともない。だが同時に出すことは後に多大な隙を生む。今相手にしているステインを相手に、少しでもリスクは避けたかった。

 一手で決着のつく戦いじゃないことを理解していた。

 次を用意する。

 少なからず、すべての行動が次への布石となるステインを間近に見た影響があった。

 そしてステインはやはり現れた。

 焦凍は、いや出久も天哉も予期していた。

 炎はステインの半身のみを焼いていた。

 

 「ハァ…!!」

 

 口角の上がった顔を見て、焦凍は再び舌打ちしそうになる。

 ステインが腰に仕込んだナイフを抜く。

 迫る凶刃に、焦凍はふたたび氷結を出した。だがそれはステインとの間ではなく、焦凍の少し横に平らな形でそれは隆起した。

 

 「そう、そこだ!!」

 

 生み出された踏み台は、まるでばねのように天哉を上空へ持ち上げた。

 

 「う、おおお!!」

 

 地面と垂直な天哉の蹴りはステインに向けられた。

 

 「ぐう!!」

 

 ステインは交差させた刀とナイフでその蹴りを受けた。壁へとたたきつけられるはずが、ステインは簡単に体勢を立て直し、再び今度は天哉へととびかかった。

 

 「させない!!」

 

 出久が声を張り上げる、と同時にステインと天哉の間にナイフの線が引かれた。

 

 「ち、またか」

 

 天哉の首めがけて振りぬかれるはずだった刀が、飛んできたナイフをはじく。

 ここで、ステインは何よりも出久の援護が邪魔だと認識した。

 

 「ぐ、あ」

 

 「くそ! 速い!!」

 

 天哉の腹をけり、焦凍の炎熱を軽々と躱して、ステインが出久へととびかかった。

 

 「すまん!! そっちへ行った!」

 

 近づく死。

 それは刀の風切る音だ。出久は頭の中でピンと張る糸とそれを断つ刀を幻視した。

 もはや目で追えないことは知っていた。

 

 『飯田くん、轟くん、遠距離攻撃から僕を守ってほしい―――』

 

 ステインの意識が空間を埋め尽くすのを感じた。

 とびかかる前にナイフを投げる。ナイフはフェイント、刀で斬りかかる。飛びかかったのすらフェイント、身をひるがえし再び二人へ。

 充満するブラフの意識。

 透き通った湖の中のようだった空間は、途端に沼地のそれのように視界は遮られ、体にまとわりつき動きを止めた。

 やはり、と出久は口角を上げた。

 出久はより深く意識の海へ沈んでいた。海底から水面を見て、それに気づいた。

 

 ―ステイン、お前のブラフは厄介だけど、お前の本当の意図は一番最初に現れる。

 

 ナイフを握り、翻る。

 壁を蹴り、出久の後ろをとっていたステインと向き合う。

 

 「な、貴様、なぜ目を閉じている!!」

 

 出久はステインがまっすぐ自分に向かってくることを正しく認識した。

 難しいことではなかった。むしろなぜ今までこのことに気付かなかったのかとさえ思った。出久は今まで、意識の知覚を先読みや人探しにだけ使っていた。しかし、人の意識を感じるこの個性は場所さえもはっきりと出久へ伝えてくれる。それこそ近距離においては目よりも早く正しく。

 先読みをする戦い方は、一方で正しかった。しかしそれはナイトアイの二番煎じだ。出久には、今のこの戦い方は自分にしかできないことを確信した。

 

 『――でも、近距離ならまかせて―――』

 

 ステインの刀が、走る。

 出久までわずか数十㎝と迫ったその瞬間、ステインは出久の姿を見失った。

 地面に両手をつき、出久は後ろへ倒れこむ姿勢で、自身の数㎝上の空間を引き裂いた刀を見た。

 ナイフで受けるものと思っていたステインはぎょっとした。

 自身の真下に位置取った出久めがけ、刀を切り返そうとする。しかし持ち替えようと一瞬握りを緩めた手を、出久が蹴り上げた。

 

 「ちぃ!!」

 

 この距離にあって、出久はもうステインの動きを読もうという考えは持っていなかった。先ほどの様なブラフを見分ける作業は、この距離では命取りになりかねない――。

 その代わり、出久はステインの位置を正確に知覚することに努めた。

 重心、頭、肩、腕、肘、掌、指先。

 全ての動きを把握し、何をしようとしているのかを“予測”した。それは今まで個性でとばしていた過程だ。出久の脳裏に一人のヒーローの姿が浮かんでいた。

 ルミリオン。

 

 『――僕は負けない』

 

 蹴り上げられた右手は、刀を手放し宙を掻いている。左手はいまだナイフを逆手に握り締め出久をめがけて振り下ろしている。だがそれよりも、出久は自身の身体へ早くたどり着くものに気付いた。

 

 「!! よく見抜いたな」

 

 死角からの蹴りを、半身になって躱す。体重をかけた左手が痛む。

 身体をひねった勢いで放った回し蹴りは、ステインのナイフを握る右腕にガードされた。

 

 「まだっ!!」

 

 フリーになった右手を、ステイン目掛け振り下ろす。

 こぶしを出し切る前に、出久はそれが届かないことを予期した。ステインが地面を踏む。

 ステインのフットワークが活きない空中にいる一瞬、その刹那の攻防は、出久の目論見によるもの。しかしステインに一歩引かれてしまった。

 ステインが出久から離れる。

 出久が倒れこみそうな身体を立て直し、立ち上がる。

 にらみ合い。

 ステインの目が一瞬上に、はじかれた刀へ向けられる。

 出久はそれがブラフであると確信し、ステインの逃げ道を誘導するように二本のナイフを続けざまに投げた。ステインは向かってくるそれに遅れて気付いた。その時既に出久は走り出していた。

 ステインがナイフを縫うように避けた。

 その先へ、出久の足が刺さった。

 出久だけではない。

 

 「レシプロ、バースト!!!」

 

 首と、肩から胸にかけて二本の足がステインの身体を捻じ曲げ吹き飛ばした。窓ガラスを破り、廃墟の中へステインが消える。

 ここだ、と出久の全神経が叫んでいた。ステインの着地音が聞こえるよりも早く。

 

 「轟くん!!!」

 

 「わかってる!!」

 

 氷結。

 かつて、入試早々のヒーロー基礎学においてやったことと同じ。しかし、規模は違う。隆起し、吹き出し、閉じ込める。窓から、地面から、壁から。すべてが白く染まった。

 出久が、意識の知覚範囲を広げた。

 

 ―まさかとは思う。しかし、油断はできない。

 

 一階のフロアに人の意識はない。より広く…、

 

 「緑谷くん危ない!!」

 

 天哉の声。

 出久はハッとなって意識を自分の身体へ戻した。

 

 「自分の身体をまず守れ、あぶねえだろ」

 

 見れば、出久の少し上に氷結がアーチをかけていた。アーチの中に光る何かがある。刀だ。ステインから弾き飛ばした刀が、今更降ってきたのだと理解した。

 

 ―今更?

 

 出久はすこしおかしくなった。たった数秒前の出来事だというのにステインとの攻防で時間間隔がおかしくなっていると出久は感じた。

 

 「くそが、アレを避けるのか…?」

 

 冷や汗が一筋、出久の頬を走った。

 いまさら路地裏の温度が急激に冷えた心地がした。

 

 「俺はまだ、止まれない…ハァ、すべきことがある」

 

 屋上だ。

 ステインは三人を見下ろしていた。緩んだ糸は、急激に張られ、縒っていた何本かが千切れたようにすら感じた。

 出久は再び呼吸を整えることを意識した。

 出久の動悸が収まるより早く、ステインは屋上から飛び降りた。それに呼応するように天哉は壁を蹴り上がった。

 

 「飯田くん!!」

 

 一人ではダメだ、と続けようとしたがやめた。出久は、自分がまだ戦う準備ができていないことに、彼は気付いていたんだと思い至った。

 

 「轟くん、あの刀を…」

 

 ステインはナイフを構え、突き出した。

 天哉が踏み込んでくることを予期したその突きは、天哉の顎先をかすめた。天哉は最後の一歩を踏み込まず、自由落下に体を任せていた。

 地上まであと数フロアとなったとき、天哉が足元の壁を蹴ってステインと対極へと避けた。蹴りの勢いはすさまじく、壁は崩れ、フロアから吹き抜ける風がステインを撫ぜた。

 ステインは、天哉で隠れていた地上の二人の姿を見て、舌打ちをした。

 炎と、一方はステイン自身の刀を構えている。

 刀が投擲される。

 ステインは、それを避けようにも足元の壁は崩され、身体を移動させるすべがなかった。

 身をよじる。

 刀が肩を切り裂き上空へ。

 

 「これは…避けれんか」

 

 続けての炎。

 先に放たれた刀をも包む火柱が立ち上がった。

 ステインは炎に飲み込まれ、落ちてきた。

 まだステインの手には最後のナイフが握られていた。

 ナイフの刃先に血がついていた。

 ステインに意識はなかった。

 

 「…やった」

 

 焦凍と、天哉が大きく息をついた。

 出久は、最後の瞬間に、ステインの意識を感じていた。

 躊躇、逡巡。

 ステインはそのナイフの刃先の血をなめることも、ナイフを下にいた二人へ投げることも出来た。

 

 ―なぜしなかったのか。

 

 その答えを、出久は今までの会話に見つけた気がした。

 

 「ステイン。僕はあなたを否定できない。でも、僕たちなら…」

 

 応答はなかった。

 出久の心は、ステインという敵を失い止まったようだった。

 鈍い光を放っていたステインの目は閉じられている。

 

 「死なずに済んだな」

 

 焦凍の声。

 

 「うん」

 

 浮かばない声を出してしまったと出久は感じた。

 

 「…うん」

 

 言い直すつもりの二言目は、涙声だった。

 

 「ありがとう飯田くん、轟くん…」

 

 「何を言ってるんだ! 友達だろう!?」

 

 天哉のいつもの妙な直角な動きにもキレがない。

 

 「あはは…」

 

 手の甲で、涙をぬぐう。

 

 「本当に、良かった」

 

 「今度、あんなこと言ったら」

 

 焦凍が左手を差し出した。

 

 「ぶっとばす。いいな」

 

 「…うん。ごめん、あとありがと」

 

 握る。

 刀傷が触れて、少し痛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 こめかみが痛む。

 左手や太ももの刀傷よりも、蹴られた胸よりも、頭痛が激しかった。

 ここまで個性を“使い込んだ”記憶はない。以前にも、個性の使い過ぎでフラフラとしたことはあったが、あの時以上だ。

 無理な動きをしたせいで全身が悲鳴を上げている。

 

 「あるもんだな、縄」

 

 「轟くん、僕が引こう」

 

 「お前、手ぐちゃぐちゃだろ」

 

 「しかし轟くんも負傷を…」

 

 簀巻きにしたヒーロー殺しを引きつつ言い合いをする二人。ヒーロー殺しの個性が解け自由になったプロヒーローが後ろからついて歩いてきている。

 

 「む、んなっ!? なぜお前がここに!!」

 

 遠くを見れば、路地から見覚えのある人影。

 

 「グラントリノ!!」

 

 グラントリノと別れたのがもうずいぶんと前に感じる。

 グラントリノは僕へ駆けて、いや飛んできて、

 

 「座ってろって言っただろうが!!」

 

 僕を殴った。

 

 「言ってないですよ!! ボケてるんですか!!?」

 

 「ますます生意気に…」

 

 「なぜここへ!?」

 

 「それはこっちの…!! 轟…エンデヴァーの奴に言われてな、ここへ来いと。すると火柱があがっておるわ、来るにきまっとるだろうが」

 

 轟くんの攻撃で…!

 

 「あれ!? エンデヴァーさんの応援要請を承った、んだが…」

 

 「子ども…!?」

 

 「ひどいけがだ、救急車を!!」

 

 「そ、それ! おい、こいつ、ヒーロー殺し!?」

 

 数名のヒーローが駆けてきた。

 

 「あいつ…、エンデヴァーがいないのはまだ向こうは交戦中ということですか?」

 

 向こう…、そう言えばあの脳無たちはまだ…!!

 

 「ああ! あのヴィランに有効でない個性持ちがこっちへ応援に来たんだ」

 

 ヒーローたちが僕たちを囲んで話し出した。

 

 「生きて、帰れたな…」

 

 「うん…」

 

 じわじわと実感がわいてきた。

 

 「二人とも、………ありがとう!!」

 

 飯田くんが、頭を下げた。

 

 「緑谷くんには、…また恩ができた」

 

 「…前のときも、そうだけど、僕も助けられた。飯田くんがいなければ…僕は死んでたかもしれない。僕たちは支え合ったんだ……でしょ?」

 

 「ああ、…そうだな」

 

 上げた顔は晴れやかだった。

 

 「でも恩には着る」

 

 真面目な飯田くんらしい。

 ああ、疲れた。

 時間にすれば、会敵して五分か十分程度の戦闘だろう。

 一生分くらいの集中力を使ったんじゃないかと、そう思うほどに。

 ああ、なんだかそう考えだすと、急に眩暈が…。

 

 「伏せろ!!」

 

 「え」

 

 その瞬間に、僕の視界は空へ浮かんでいた。

 

 「ヴィラン! エンデヴァーさんは何を…」

 

 少し遅れて、羽をもつ脳無に鷲掴みにされ上空へ連れ去られたのだと気付く。

 くそ! 油断した!

 鷲掴みにされて腕の自由が利かない…、何より意識がまだはっきりとは…。

 誰か…。

 

 「偽物が蔓延るこの社会も、徒に“力”を振りまく犯罪者も…」

 

 浮遊感。

 違う、落ちている。

 ヒーロー殺しだ。

 ヒーロー殺しに抱えられ、僕は地面へ降りた。見れば片方の手で脳無を、…殺している。

 

 「全て、粛清対象だ…、ハァ…」

 

 何で。

 何でまだ動けるんだ。

 

 「全ては、正しき、社会のために」

 

 脳無に突き立てたナイフを引き抜く。

 

 「く、くそ、はなせ…!!」

 

 背中に手を当てられ、抑え込まれる。立ち上がれない。

 この至近距離はまずい。まだ力も入らない、立ち上がることすら…!!

 

 「たすけた…!?」

 

 「馬鹿、人質とったんだ」

 

 「いいから戦闘態勢をとれ!」

 

 ヒーローのざわめきが聞こえる。

 人質だって!?

 あの、ヒーロー殺しがするだろうか。

 だけどこの状況はまずい。他のヒーローも手出しできない。

 

 「なぜ一塊で突っ立っている!? そっちへ一人行ったはずだが!?」

 

 エンデヴァーの声だ。

 

 「あちらはもう!?」

 

 「多少手荒になったがな! して…あの男はまさかの…」

 

 「…エンデヴァー」

 

 ヒーロー殺しの小さなつぶやき。

 

 「ヒーロー殺し―――!!」

 

 まずい、僕の存在にエンデヴァーは気付いていない! このままでは巻き添えを食う!!

 

 「待て轟!!」

 

 「!?」

 

 その時だ。

 ヒーロー殺しが僕をおさえていた手をのけた。

 僕は、すかさずなけなしの体力で立ち上がった。

 

 「贋物…、正さねば…、誰かが血に染まらねば…! “英雄”を取り戻さねば!!」

 

 ざり、とヒーロー殺しが一歩進む。

 

 「来い、来てみろ贋物ども」

 

 全身が、凍り付いたようだった。

 この空間に、ヒーロー殺しの狂気ともいえる信念が渦巻くのを感じた。

 

 「俺を殺していいのはオールマイトだけだ」

 

 風もなく、音もなかった。

 

 「…!」

 

 「気を…失っている?」

 

 「はあっ! …はあっ!」

 

 幻視した飛びかかるヒーロー殺しの姿が霧散するのを感じ、僕はやっと呼吸をした。

 僕はその場にへたり込んでいた。

 ヒーロー殺しにもう意識はなかった。

 意識を失ってなお立ち続けるヒーロー殺しの背から、僕は目をそらせないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 「別件での取材中でしたが、ご覧ください!!」

 

 保須の映像だ。

 ヘリコプターの空気をかき混ぜる音に負けまいと、女性キャスターが声を張り上げている。その顔は驚愕と不安に満ちている。

 

 「突如上がった破壊音、そして黒煙!!」

 

 カメラが市街の一角をアップする。

 そんなことをせずとも、街全体がパニックに陥っていることなど知っている。

 

 「事故によるものか、ヴィランの暴動か! まだ全く情報が入っておりません…」

 

 ヴィランの暴動だよ。

 ガリガリと、耐えきれないストレスが噴出しだす。

 

 「…!? なんだろアレ、映せますか?」

 

 女性キャスターの声色が変わる。

 戸惑いと好奇心。

 

 「なんだアレ…野次馬? あんなところで…」

 

 市街のビルの屋上に二人の男が立っている。

 映像が切り替わる。

 二人のキャスターが座るスタジオ、右上のテロップには“ヒーロー殺し特集”とうたれていた。

 首筋から血がにじむ。

 

 「昨夜、ヒーロー殺しと示し合わしたように保須を襲撃した三人のヴィランは、いずれも住所・戸籍不明の男。その外見的特徴と当局の偶然捉えた二人の男の姿から、先月雄英高校を襲った“ヴィラン連合”とのつながりを指摘する声もあります。“オールマイト”以降の単独犯罪者では最多の殺人数。犯罪史上に名を残すであろうヴィラン、“ヒーロー殺し・ステイン”、犯行の詳しい動機など追ってお伝えします」

 

 「どこもかしこも…脳無は二の次かよ」

 

 ステイン。

 強く、気に食わない男だった。

 苛立たしい。

 根底から真逆だとすら感じる。お前のすべてを否定してやりたい、壊してやりたい、そう思った。

 

 「忘れるどころか…、俺らの方がおまけ扱い…」

 

 ガリ、と首を掻く手は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 「――大丈夫なら、良かったよー…、出久ちゃんも、飯田くんも…」

 

 「あ、その、うん…」

 

 「飯田くんからアドレスだけ来たとき何かすごくドキドキしちゃったよ…」

 

 「うん、…ごめん。でも大丈夫」

 

 「うん…、安静にね! また色々聞かせてね!」

 

 「うん。…あ、その」

 

 「え、何?」

 

 「……心配かけてごめん」

 

 「本当だよ!! じゃあまた学校でね! 大変な時にごめんね、じゃ!」

 

 プツン、と通話はキレた。

 少しして、耳からスマホを離した。画面には“お茶子ちゃん”と表示されていた。

 

 「…よく考えたら、友達と電話したの、久しぶりかも…」

 

 スマホを握り、傍へ立てかけた松葉杖をとる。

 負傷は、さほどではなかった。複数の十数㎝に及ぶ刀傷を、軽微と言うかはわからないけれど、あの戦い、あのステインを相手にしてこれは軽微だと僕は感じた。

 偶然、奇跡。いや、僕はきっとヒーロー殺しに生かされた。

 階段を上り、病室の戸に手をかける。

 飯田天哉、轟焦凍、緑谷出久と名札がかかっている。

 中から人の声、意識も二人のほかに三人ある。

 誰だろう。一人はグラントリノだけど…、留守にしていて待たせてしまったのだろうか。

 開ける。

 

 「おお、戻ってきたな小娘」

 

 僕をにらむグラントリノの目が鋭い。

 

 「すごい、グチグチ言いたい…が」

 

 「ご、ごめんなさ…」

 

 「その前に来客だ」

 

 グラントリノが指さす。

 二人いた知らぬ人の一人、黒いスーツを身にまとった上背の高い犬顔の男。

 

 「保須警察署署長の面構犬嗣さんだ」

 

 「掛けてくれ、怪我も痛むだろう、ワン」

 

 警察署長がわざわざ、なぜ…?

 

 「あ、ありがとうござい、ます」

 

 ベッドに腰掛ける。署長の背は高く、見上げる形になる。

 

 「君が、ヒーロー殺しを仕留めた雄英生徒の最後の一人だワンね」

 

 「あ、はい」

 

 「ヒーロー殺しだが、なかなか重傷でね、現在治療中だワン」

 

 「!」

 

 そのことを伝えに来たわけじゃないはず…。

 

 「個人の武力行使、本来であれば許されない。それが公に認められているのは先人たちがモラルやルールをしっかり遵守してきたからなんだワン」

 

 このことは予想はしていた。

 僕たちは仮免許すら持っていないただの学生だ。

 

 「資格未取得者が個性で危害を加えたこと、これは相手が誰であろうと立派な規則違反だワン。君たち三名及びプロヒーロー、エンデヴァー、マニュアル、グラントリノ。この六名には厳正な処分が下されなければならない」

 

 膝に置いていた手が、服をつかむ。

 

 「…それだけを伝えに来るのであれば…、署長が来る必要はない…ですよね?」

 

 署長が、にこりと笑った? 笑ったのかな、わからない。

 

 「察しのいい子だワンね」

 

 「緑谷…、わめいた俺が馬鹿みたいだ…」

 

 轟くんが、何か落ち込んでいる?

 

 「え、あ、どうしたの、轟くん!」

 

 「ますます生意気になってきたな小娘」

 

 「そう、警察としての意見はここまで。だけど処分云々はあくまで公表すればの話。公表すれば世間は君たちを称賛するだろう、しかし処罰は免れない。一方で公表しないのであれば、ヒーロー殺しの火傷跡からエンデヴァーを功労者に擁立できる。目撃者は限られている」

 

 「エンデヴァーさんは…、その納得されているんでしょうか」

 

 「話は通してあるワン」

 

 「…ふん」

 

 「どっちがいい? 私としては前途ある若者の偉大なる過ちにケチはつけさせたくないんだワン」

 

 「もう、二人は答えたんでしょう。僕も同じです…よろしくお願いします」

 

 「ふむ」

 

 「グラントリノ…、ごめんなさい」

 

 「まったくだ、体が勝手に動くところはアイツそっくりだ!!」

 

 頬を張られた。

 なんだか、おかしくなった。

 轟くんや、飯田くんにも張られたな。

 

 「面構署長…よろしくお願いします」

 

 頭を下げた。

 

 「…大人のズルで君たちの受けたであろう称賛はなくなってしまうが…、せめて私から、ありがとう!」

 

 称賛か…。

 

 

 

 

 

 

 「ヒーロー殺し、ステイン…」

 

 「ヒーロー殺しステイン、本名を赤黒血染。オールマイトのデビューに感銘を受けヒーローを志す。私立のヒーロー科高校へ進学するも“教育体制から見えるヒーロー観の根本的腐敗”に失望。一年の夏に中退。10代終盤まで“英雄回帰”を訴え街頭演説を行うも言論に力はないと断念。氏の主張、“英雄回帰”とはヒーローとは見返りを求めてはいけない。自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない。現代のヒーローは贋物、粛清を繰り返しそのことを世間に気付かせる――」

 

 ナレーションはここで途絶えた。

 画面が切り替わる。

 

 「―誰かが血に染まらねば…!!」

 

 ステイン本人の姿。

 その後ろに、人影がある。

 一つは脳無だ。もう一つは…緑谷出久。

 

 「かぁっこいいよねぇ、ステ様!!」

 

 ぴょんぴょんと跳ね回る。血が飛び散る。

 

 「人見ちゃんもそう思うよね!!?」

 

 「…さあ」

 

 憧れるということは今までになかった。それにこの子の意見は何一つ理解できない。

 

 「ステ様になりたい!! 好きな人のこと、全部理解したいよね!?」

 

 …。

 

 「ステ様、血のにおいがいつもしそう…、私と同じ。血のような赤いマフラー、私とおんなじ!!」

 

 ふう、とため息をつく。

 

 「人見ちゃん、友達になんて呼ばれてるの?」

 

 「さあ、…友達いませんから」

 

 「そんなぁ! じゃあ私が友達第一号!! ねえ私が呼び方決めていいですか!? 友達だもん!!」

 

 手の上でナイフをもてあそぶ。

 ぽいと上に投げて、私の目を見た。

 

 「ちーちゃん!!」

 

 「…何でですか。私の名前は…」

 

 「“とも”ですよね!? だからちーちゃん!!」

 

 「意味が分かりませんよ」

 

 「うう…くそ、が」

 

 下からうめき声。さっきこの子がめった刺しにしていた男だ。血みどろで、目も開けられない様子だ。どうやらわざと血が多く流れるような斬り方を選んでいるようだ。

 

 「えい」

 

 投げたナイフを落ちるに任せて、上から足で踏んだ。刃が男に突き刺さり、骨を断つ音がした。

 ブシュ、と血が少し吹き出して、静かになった。

 

 「遊んでないで、行きますよ」

 

 「ちーちゃんも好きな人いるよね!?」

 

 「藪から棒に、なんです」

 

 「匂いで分かります、そしてその人みたいになりたいって思ってますよね、わかるんです」

 

 「…」

 

 「あなたの好みはどんな人? 私はステ様。血の香りがする人大好きです。だから最後はいつも切り刻むの」

 

 「…言っておくけど」

 

 「なぁにちーちゃん」

 

 「私の子に手を出したら、殺すわ」

 

 「あはっ」

 

 「…ふふ」

 

 「ねえ、ちーちゃん恋バナたのしいねえ」

 

 好き、か。

 好きな人が、私の知らない場所で傷ついている。

 儚くて、脆くて、眩しい。

 まるで冬の湖にはった薄氷の様なそれは透き通るようで、脆く、美しい。私なんかには理解できないと思うそれは、前に話したとき、すこし崩れていた。

 私の知らぬ場所で割られてしまうなら。

 私の知らぬ場所で濁ってしまうなら。

 全て私の中に保存しておきたい。

 変わらないまま、置いておけば、ゆっくり時間をかけて、私はあなたを理解できるかもしれない。

 

 「はやくいきましょう、ヴィラン連合へ」

 

 

 

 

 

 

 

 「み、短い間でしたけど、お世話になりました」

 

 ぺこりと、頭を下げた。

 

 「何も世話してねえ気がするぜ、“職場体験”はアレだしな」

 

 グラントリノがあくびをする。

 

 「いえ、組手の鍛錬のおかげでヒーロー殺し相手にも何とか動けました」

 

 杖が、僕のすねを狙う。

 思わず避ける。

 

 「何で避けるんじゃ!!」

 

 「え、いや避けますよね!?」

 

 ちっ、と舌打ちをされる。

 

 「本気じゃないヒーロー殺し相手にだ、まあ、言われずともお前はわかってるな」

 

 「グラントリノ…、ありがとうございます」

 

 「ゲロ吐かせてくれてか?」

 

 「そんなわけないでしょ!! その、戦い方…、ぼ、私は少しその、うぬぼれていたんだと思います」

 

 視野が狭かった。

 これが最善だって決めつけて、自分自身の命を簡単に掛け金にする。

 

 「ふん……なんのこっちゃわからん!!」

 

 「言ってたじゃないですか!! 戦い方がって!!」

 

 声がかれそう。

 

 「だがまあしけた顔は変わったみたいだな」

 

 「…生まれ持った顔は変わんないですよ?」

 

 「表情のことを言っておるんじゃこの小娘が!!」

 

 再び杖が振るわれる。というか顔目掛け突き出された。

 

 「危ないですよ!! 失明しますって!!」

 

 「そんなタマか。だがまあ、オールマイトのような“最高のヒーロー”になりてえっつうんならまだ学ぶことは多いぞ」

 

 「はい!」

 

 こぶしを握る。

 オールマイトに会って、報告しよう。別にしなきゃダメってわけじゃないけど、無性に会いたい。ううん、会わなきゃだめだ。会って話をしよう。

 二歩三歩歩く。この傷を、リカバリーガールは治してくれるだろうか。

 

 「小娘!」

 

 グラントリノ? 振り返る。

 

 「誰だ君は!?」

 

 「ここで!? いや、緑谷出久です…」

 

 「違うだろ」

 

 違わなくない!?

 というかこれがわざとだってこともうわかってるし、グラントリノはいったい何を…。

 あ、

 

 『あら、あなたも? いいの?』

 

 『いいんです。ぼ、私は…、私だから』

 

 「“イズク”、“ヒーロー・イズク”です」

 

 僕は、僕だから。

 

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