僕を見て   作:姉くじら

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君を見ていたい

 「私はどこから来たのだろう」

 

 囁くようなつぶやきで、ダイニングテーブルの一輪花がわずかにそよいだ。

 一人でいると、少女はそのことばかりを考えてしまう。

 静かだった。

 郊外の、閑静な住宅街。かつて、都市部への人口集中を避けるべく、このベッドタウンは計画された。膨張する街に多くの人が出入りし賑わい、そして破裂した。

 後に残ったのは廃れた住宅街。

 その中にあって、少女の住む家は白い壁に汚れもなく、庭も人の手が最近にも入っていることが見てとれた。

 庭にギンモクセイが揺らいでいる。少女と同い年であるギンモクセイは、とうの昔に少女の背を抜いて大きく豊かに育っていた。

 澄んだ空気のこの街に、ギンモクセイは快適そうだと少女は感じた。

 木製のダイニングテーブルに白のランチョンマットが三つ敷かれている。

 チン、と電子レンジが鳴る。

 少女はのろのろと立ち上がってオーブンレンジを開け、中を確認してからレンジの横に吊ってあるミトンを着けた。

 グラタンだ。

 ほわっと少女の鼻をチーズの香りがくすぐった。

 棚からコルクの受け皿を取り出して、テーブルへグラタンを置いた。フォークを取り出して手前に置いた。

 

 「いただきます」

 

 フォークを手にもったその時に、テーブルの上のスマホが鳴った。

 少女はスマホへすぐには手を伸ばさず、画面をにらんだ。そこに“トガ”と表示されていることを確認し、少女はフォークを置いてスマホを手に取った。

 

 「…もしもし、なんでしょう」

 

 「どーしましょうちーちゃん、死柄木弔? に殺されかけました」

 

 「…知りませんし、なんでそれを私に連絡するんですか」

 

 「友達ですから。暇だったんですぅ。弔くんどっか行っちゃうし、手持無沙汰でしたもん」

 

 「知りませんよ。というよりこの番号どうやって知ったんですか」

 

 「友達ですから」

 

 「答えになってません」

 

 「ちーちゃんってあまりこっち来ないんですね。なんでですか?」

 

 質問に答えないまま、質問をする、そんな電話口の相手の傍若無人ぶりに少女は眉根を寄せた。

 

 「学校がありますから」

 

 「学校ですかぁ、私も好きです。行くといろんな人に後ろ指をさされるので今はあまり好きじゃないです」

 

 「そうですか」

 

 さして興味がない、という声色。

 

 「ちーちゃんの学校気になります」

 

 電話口の相手に通じないようで、少女はため息をつく。

 

 「何でですか」

 

 「お友達の学校ですもん」

 

 「…そうですか」

 

 「学校で何してるんですか?」

 

 「普通のことですよ、お勉強、お友達とお話、それだけ」

 

 「お友達? あれ、いないって言ってたじゃないですか!!」

 

 「…いないわけないでしょ、常識で考えてください」

 

 「嘘ついたんですね!? もうちーちゃん絶交です!!」

 

 「そうですか。じゃあ切っていいですか、ご飯食べたいので」

 

 「ご飯ですか? 作ったんですか? 私も食べたいです! 手料理!!」

 

 「あなた…、いま絶交だって…」

 

 「この程度で絶交するわけないでしょ、常識で考えて下さい」

 

 少女の脳裏に、通話相手のしたり顔がまざまざと浮かんだ。

 ため息をつく。

 

 「来ますか? 作ってあげます」

 

 「行くー」

 

 「どうせ住所も知ってるでしょう。わかってると思いますけど、そのままで来ないで下さいね?」

 

 「はーい」

 

 少女は耳から離したスマホを見下ろして、またため息をついた。

 目の前のグラタンは、少し冷めていた。

 リモコンを手に取ってテレビをつける。

 

 「買出しに、行かなきゃ…。天気は…」

 

 「――今日の未明、○○市の林の中で成人女性とみられる若い女性の遺体が発見されました。発見したのは土地の所有者の男性で、県警は何者かが遺棄した可能性が高いとみて死体遺棄容疑で捜査を始めていることが捜査関係者への取材で明らかになりました。発見された遺体は○○元受刑者。○○元受刑者は半年ほど前に出所して以降足取りがつかめておらず、県警は怨恨の可能性があるとして調べています。次のニュースです――」

 

 グラタンを食べつつ、少女はその報道をぼんやりと眺めていた。

 報道された名前には覚えがあった。しかし少女はその名前に何の感慨も持てなかった。自分とは切り離されたフィクションの登場人物の結末を今更思い出した、それが最も少女の抱いた感覚に近かった。

 

 「雨は降らないわね…」

 

 食器を片して水に漬ける。

 財布と自転車のカギをポケットに入れて、部屋を振り返る。少女の出かける前の癖の様なものだった。少女は部屋の電気や冷房を切っていることを確認し、最後に部屋の壁紙を見て顎に手を当てた。

 

 「これは、見たらあの子うるさそう」

 

 血痕だ。

 壁紙に染みついて既に乾いており、少し茶色に変色している。

 。

 母と父が、この染みになった日のことを少女はたまに夢に見る。二人の死は、夕方のニュースで一度だけ流れた。二人で互いに殺し合ったのだと。

 少女はそのニュースを先ほどと同じように無感動に眺めていた。

 その記憶は、少女の疑問に答えるものではなかったことを示していた。

 少なくとも、少女は自分があの女の胎から来たのではないと。

 

 「私はどこから来たのだろう」

 

 靴を履き、戸締りをする。

 

 「あの子、肉が好きそうね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アッハッハッハ!!! マジか!? マジかよ爆豪!!」

 

 「笑うな! クセついちまって洗っても直んねえんだ。おい笑うな、ぶっ殺すぞ」

 

 「やってみろや8:2坊や!! アッハハハハハ」

 

 すぐ後ろでかっちゃんが暴れている。

 ごめんかっちゃん。僕も直視できないや。

 

 「へえー、ヴィラン退治までやったんだ!! 私も先輩について回ってけっこう体験できたよー」

 

 「ウチは避難誘導とか後方支援で、交戦はしなかったけどね」

 

 「それでもすごいよー!」

 

 芦戸さんが手をたたく。

 

 「私もトレーニングとパトロールばかりだったわ。一度隣国からの密航者を捕らえたくらい」

 

 「それすごくない!!?」

 

 みんなすごい体験してるなぁ。

 

 「三奈ちゃん、先輩って事務所のサイドキック?」

 

 「ううん。先にインターンで行ってた雄英の先輩がいてお世話してもらったというか、したというか…」

 

 たぶん、ねじれ先輩のことだ。

 

 「お茶子ちゃんはどうだったの?」

 

 「とても、有意義だったよ」

 

 たしかバトルヒーローのところへ行ってたんだっけ。

 ちょっと雰囲気変わったような。

 

 「終わってしまった…。もうオイラは夢をかなえたんだ、これからはすべて夢の続きなんだ…」

 

 峰田くんの満ち足りた声。

 

 「何をしてきた」

 

 上鳴くんの詰問。

 

 「ふっ」

 

 峰田くんが目を細めて鼻で笑った。そして上鳴くんが首を絞めた。

 

 「芦戸さん、大丈夫だったの? その、峰田くん」

 

 「大丈夫だったの? はこっちの台詞だよー!! 緑谷! 大丈夫だったの!?」

 

 「え、あ、うん。なんとか…?」

 

 一気に、視線が集まったのがわかった。

 

 「そうそうヒーロー殺し!!」

 

 「命があって何よりだぜ」

 

 「…心配しましたわ」

 

 やっぱりニュースにもなってるし、僕たちにとっては特にセンセーショナルな話題だ。

 

 「エンデヴァーがたすけてくれたんだってな、さすがNO.2」

 

 気になって、轟くんを振り返る

 

 「…そうだな、たすけられた」

 

 轟くんは少しだけ目を伏せて、小さく頷いた。

 

 「ニュースで見たんだけどさ、ヒーロー殺しってヴィラン連合ともつながってたんだろ? あんなのがUSJに来てたらって思うとゾッとするよ」

 

 そのニュースは僕も見た。

 そして疑問に思った。あのヒーロー殺しがヴィランに与するだろうか。空中へ攫われた僕を殺さず、攫ったヴィランだけを殺すようなヒーロー殺しが、ヴィラン連合に。

 

 「でもさあ、確かに怖えけど、動画見た? アレ見ると一本気っつーか、執念っつーか、かっこよくね? とか思っちゃわね?」

 

 上鳴くんの言葉。

 ヒーロー殺しのあの執念が、まだ熱を持っていることを感じさせる。

 

 「あ、飯…、ワリ!」

 

 「いや、いいんだ。確かに信念の男ではあった。クールと思う人がいるのもわかる。ただ奴は、信念の果てに“粛清”という手段を選んだ。どんな考えを持とうとも、それは間違いなんだ」

 

 …そうだね。

 上鳴くんが、気まずげに飯田くんをみていた。

 

 「さぁそろそろ始業だ! 席につきたまえ!!」

 

 「…なんかすいません」

 

 かっこいいと思う人がいる。

 それは否定できない。しかし、そう思う人はヒーローの在り方を憂いている人だけではないはずだ。僕たちの様なヒーローを志す者への影響も計り知れないが、ヴィランへの影響は…。

 背中に、まだヒーロー殺しの手の熱を感じるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 「ハイ私が来た」

 

 運動場γ。

 

 「ってな感じでやっていくわけだけどもね。ヒーロー基礎学ね! 久しぶりだ少年少女! 元気か!?」

 

 オールマイトが仁王立ちするその後ろのゲートの向こうは、工業地帯さながらの建物、クレーン、タンク等々の密集する迷路。

 

 「ヌルっと入ったな」

 

 「久々なのにな」

 

 「パターン尽きたのかしら」

 

 オールマイトの額に少し汗がにじむのが見えた。オールマイトの苦笑いはちょっとレア。しかもゴールデンエイジのコスチューム姿のオールマイトだ。

 

 「職場体験直後ってことで今回は、遊びの要素を含めた救助訓練レース!」

 

 「救助訓練ならUSJでやるべきでは!?」

 

 飯田くんの鋭い突きのような挙手。

 

 「私は何て言ったかな? そうレース!! ご存じ運動場γは迷路のような密集工業地帯!! 5人4組に分かれて一組ずつ訓練を行う! 私がどこかで救難信号を出したら一斉スタート! 誰が一番に私を助けに来てくれるかの競争だ!」

 

 オールマイトが“Lots”と書かれた箱を取り出す。

 僕たちが引くのかと思いきや、オールマイトが手を突っ込み五つの玉を取り出した。

 

 「では…、くじ引きの結果!! 最初の組は、緑谷少女! 尾白少年! 飯田少年! 芦戸少女! 瀬呂少年だ!! 呼ばれたものは位置について!!」

 

 「あ、あの、オールマイト」

 

 「む? なんだい緑谷少女」

 

 「その…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更衣室。

 コスチュームを脱ぎつつ、先ほどのヒーロー基礎学を思い出していた。

 

 『見学?』

 

 『はい、ごめんなさい。まだ完治してなくって…』

 

 『いや謝ることはない。…そうか』

 

 『…何でしょう?』

 

 『いや、少し話したいことがあってね。この授業のあと、私の下へ来なさい』

 

 何を、話すのだろう。

 元々、オールマイトとは話をしたかったけど、こうしてオールマイトから呼ばれるとどうしても緊張してしまう。

 コスチュームを畳みつつ、考えるが答えは出ない。

 

 「出久ちゃんどうしたの?」

 

 麗日さんがしゃがんで、うつむく僕をのぞき込んできた。

 

 「え、な、何でもないよ!?」

 

 「何でもなかったらヒーロー基礎学休まないっしょ!! 緑谷が!」

 

 芦戸さんが飛び込んできた。抱きしめられる。芦戸さんの後ろで蛙吹さんが頷いていた。

 

 「緑谷ちゃん。変よ」

 

 「え、そうかな…」

 

 頬を掻く。

 

 「何で休んだの?」

 

 「それは、その怪我が…」

 

 「手?」

 

 「ううん。見た目は派手だけど手はそんなでもないんだ。足がね」

 

 ひらひらと手を振る。

 

 「手は、治るの?」

 

 「見た目は、時間をかければある程度はって言われたよ。それまでは長袖でも着てるかな…」

 

 街を歩いても、この手はすこし目を引く。やっぱり隠しておいた方がいいらしい。

 制服は長そでだからいいけれど…、

 

 「これからの時期に着れるような薄手の長そで持ってないから、大変で…」

 

 「あー」

 

 「それだったらヤオモモに作ってもらえば?」

 

 と、耳郎さんに言われた八百万さんは胸元を開けて、

 

 「まずは採寸しないといけませんわね」

 

 と、メジャーを取り出した。

 なんでそんなにヤル気なの。というか、今じゃなくてもいいと思うんだけど…。

 というより先に服を着させてほしいんだけど。

 ブラウスの上からでも採寸はできるよね。

 

 「あ、蛙吹さん。その…手を放して?」

 

 「梅雨ちゃんと呼んで」

 

 え、なんでこんなにヤル気なの。

 あれ…。

 何か、視線を感じる。

 これは…。

 

 「耳郎さん…」

 

 「んー?」

 

 蛙吹さんが腕をほどいてくれた。耳郎さんを呼んで、壁際へ行く。そこには穴があいていた。

 僕がそれを指さすと、耳郎さんがサムズアップして耳からのびるイヤホンジャックを壁へ突き刺した。

 しばらくして、

 

 「オイラのリトルミネタはもう立派なバンザイ行為なんだよぉぉ!!」

 

 峰田くんの声が聞こえた。

 

 「八百万のヤオヨロッパイ!!」

 

 八百万さんが胸をおさえた。

 

 「芦戸の腰つき!!」

 

 芦戸さんが腰に手を当てた。

 

 「葉隠の浮かぶ下着!!」

 

 葉隠さんの手袋が、何もない空中をおさえた。

 

 「麗日のうららかボディ!!」

 

 麗日さんが眉を顰める

 

 「緑谷の太もも!!」

 

 …。

 

 「蛙吹の意外おっぱァアアッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 隣の部屋から、絶叫が聞こえた。

 

 「耳郎さん…」

 

 「…慰めなくていいよ」

 

 ちょっと耳郎さんの顔が沈んでいる。

 

 「ううん。ちゃんと目は潰した?」

 

 「うん」

 

 耳郎さんは晴れやかに答えた。

 ならいいんだ。

 マッタク。

 気にしてるのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「かけたまえ」

 

 オールマイトは既に真の姿で部屋のソファに腰掛けて、僕を待っていた。うつむいて、入室した僕を見ることなく、対面の席につくように言った。

 雰囲気が違う。

 

 「色々大変だったな。近くにいてやれずすまなかった」

 

 「そんな…、オールマイトが謝ることでは…、それにその…グラントリノには大分迷惑を…」

 

 「ああ、電話で随分なことを言ってらしたよ。君ホント何したの?」

 

 「え、いや、そんな…、そんなに言われてました?」

 

 「うん、だいぶね」

 

 「アハハ…。その、お話って…何でしょうか」

 

 「二つあったんだ」

 

 「二つ…、あった?」

 

 「うん。一つはリカバリーガールの言葉について…だったんだが…」

 

 オールマイトが僕を見た。僕の左手の包帯を見て、そして僕の目を見た。

 

 「その手、リカバリーガールにちゃんと話しておいで」

 

 「え、でも…」

 

 「いいから」

 

 「…わかりました」

 

 オールマイトがにこりと笑った。

 

 「そしてもう一つ。私の“個性”について、ワン・フォー・オールについての話だ。君に伝えなくてはならない―」

 

 

 

 

 

 

 

 「―そ、その。成り立ちはよくわかりました…、でも、そんな大昔の悪人の話…なんで今それが…」

 

 緑谷少女は突然始まった歴史の授業に戸惑っている様子だった。

 

 「“個性”を奪える人間…、何でもアリさ。成長を止める“個性”、そういう類を奪い取ったんだろう。半永久的に生き続けるであろう悪の象徴…、覆しようのない戦力差と当時の社会情勢。敗北を喫した弟は後世に託すことにしたんだ。今は敵わずとも…、少しずつその力を培って――いつか奴を止めうる力になってくれ…と。そして私の代で遂に奴を討ち取った!! ハズだったのだが、奴は生き延び、“ヴィラン連合”のブレーンとして再び動き出している」

 

 緑谷少女が息をのむのがわかる。この子は、前髪で隠れているせいで分かりづらいが表情豊かだ。

 前髪の奥の目は、私の話を胡乱げに感じつつも、私の言うことだから信じようとしている。

 恐怖に少し揺れている。

 しかし目をそらさず話を聞いている。

 

 「ワン・フォー・オールは言わばオール・フォー・ワンを倒すために受け継がれた力! もしも、……君がこの力を受け継いだなら、君はいつか奴と…、巨悪と対決しなければならない、…かもしれない」

 

 緑谷少女の目は、依然、私に向けられている。

 少し、揺れていた目が閉じられる。

 

 「酷な話だ…、もし…、その今なら…」

 

 「オールマイト」

 

 続く言葉を、緑谷少女がとめる。

 緑谷少女は、じっと私を再び見ていた。

 

 「僕は…、不甲斐ない弟子です、まだまだ実力不足です」

 

 緑谷少女が自嘲的な笑みを浮かべ、左手に手を置いた。

 

 「でも、頼られる人になりたいって、そう思ってます」

 

 にこりと笑った。

 

 「お願いです。僕を頼ってください」

 

 緑谷少女が頭を下げた。彼女の髪が垂れて、表情はうかがえない。

 少しの沈黙。

 

 「ふふ…。お願いされるとは、ね」

 

 「な、なんで笑うんですか」

 

 上げた顔は少し、照れくさげだった。

 

 「私の頼み事だったはずだったんだけど」

 

 「そうですけど、…普通オールマイトの後継なんてこちらから頼むものですし、これが普通だと思うんですけど」

 

 ふてくされたように、ぷいと顔を背けられた。

 むむ、なんだか少しからかいたくなる。

 

 「今まで断られ続けていたし、普通かどうかはわからないなぁ」

 

 案の定、緑谷少女はバツの悪そうな顔をした。

 

 「それは、そのう…」

 

 しどろもどろだ。

 ちょっと意地悪だっただろうか。

 グラントリノの話では、あの方とは冗談も言い合う仲になったというが、私とは中々どうして…。あの方はどうやって距離感を縮めたのだろうか。お聞きしたいが…。

 

 「君のことを、不甲斐ないだなんて思ったことはないよ」

 

 目が合う。

 

 「本当さ。私としても初めての弟子だからね、出来のいい弟子の前で師匠は不甲斐ない姿は見せたくないのさ」

 

 「そ、それは、その…」

 

 わかりやすく赤面した。

 

 「お互いに、師匠見習い、弟子見習いなんだ。互いに成長していこう」

 

 「そんな、お互いにだなんて、僕になんか、身に余るというか…」

 

 手を差し出す。

 緑谷少女は目をぱちくりとさせて、遅れてゆっくりそれに応えた。

 

 「お互いに急きすぎた、ゆっくりでいいんだ」

 

 ゆっくりいこう。

 昔は後継を、次代の柱をつくることに固執していた。

 でも今は、すこし欲も出た。

 今はもう少し、この子を見ていたい。

 そのためにも、あと少しだけ、ほんの少しだけ、私はまだ柱であり続けよう。

 あともう少しだけ、生きよう。

 

 

 

 

 

 

 

 「えー…、そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが30日間も休める道理はない」

 

 後日のHR。

 静かな教室。

 相澤先生が、教卓で気だるげに告げる。

 クラスメイトがざわめく。

 

 「まさか…」

 

 「夏休み、林間合宿やるぞ」

 

 「知ってたよー!! やったー!!」

 

 クラスメイトが総立ちになる。学習しない僕たちだった。

 

 「肝試そー!!」

 

 芦戸さん提案。

 

 「風呂!!」

 

 峰田くん提案。

 

 「花火」

 

 蛙吹さん提案。

 

 「風呂!!」

 

 お風呂好きだね峰田君。一人で入ればいいのに。

 

 「カレーだな…!」

 

 飯田くん提案。あれ、けっこう楽しみにしてるんだね飯田くん。いつもなら「静かにしたまえ!!」とか言うのに。

 

 「行水!!」

 

 マニアックだなあ峰田君。一人でやればいいのに。

 

 「自然環境ですと、また活動条件が変わってきますわね」

 

 委員長が思案する。

 

 「いかなる環境でも正しい選択を…か、面白い」

 

 常闇くん。

 

 「湯浴み」

 

 一人でして。

 

 「寝食皆と!! ワクワクしてきたあ!!」

 

 「ただし」

 

 相澤先生の一声。

 教室がしん、となる。

 クラスメイトの反応速度が日に日に増すのを感じる。

 

 「その前の期末テストで合格点に満たなかったものは…、学校で補習地獄だ」

 

 「みんな頑張ろーぜ!!」

 

 切島くんがこぶしを突き上げる。

 地獄って、先生がわざわざ言うんだから地獄なんだろうな。

 

 「クソ下らねー」

 

 前席のかっちゃんが吐き捨てる。まだ少し、8:2分けの名残が残っていて、正直なところ直視に堪えない。

 ちょいちょい、と背中をつつかれる。

 

 「緑谷ァ、がんばれよ!!」

 

 峰田くんから激励された。

 なんでだろう、うれしくない。危ないと思われたのだろうか。

 

 「死ぬ気で勉強しろ、以上だ」

 

 最後に騒ぐクラスメイトを一瞥し、そう告げて相澤先生は去っていった。

 少しの沈黙、そして、

 

 「全く勉強してねーーーー!!!!」

 

 溜まっていたものが爆発した。

 上鳴くんが泣きそうな顔で叫び、芦戸さんが乾いた笑い声をあげていた。

 

 「体育祭やら、職場体験やらで全く勉強してねーー!!」

 

 心の叫びだった。

 でも、それは大部分のクラスメイトの本音だった。僕も正直、勉強に集中できていたとは言えない。

 

 「あ、芦戸さん、上鳴くん!! が、がんばろう! やっぱみんなで林間合宿行きたいもん! ね!」

 

 「うむ!」

 

 飯田くん。

 

 「普通に授業受けてりゃ赤点は出ねえだろ」

 

 轟くん。

 

 「言葉には気をつけろ!!」

 

 上鳴くんがふさぎ込む。

 どうしたんだろう。轟くんの言い様に傷ついたのかな。

 

 「そんな、どうしたの? みたいな顔しないでくれよクラス4位」

 

 「え、あ…そういう…、ご、ごめんなさい!!」

 

 「察しは良いんだな!! むしろ傷つくわ!! お詫びに勉強教えろください!!」

 

 「え、いいよ?」

 

 「あ、いいの!?」

 

 「緑谷!! 私も私も教えて!!」

 

 芦戸さんが上鳴くんを押しのけて身を乗り出し挙手する。

 

 「アカーン!!」

 

 「え、麗日?」

 

 「出久ちゃんは私の!!」

 

 抱きつかれた。

 

 「あ、わ、お茶子ちゃん…!」

 

 「えー、麗日ずるー」

 

 「あ、というか勉強だったら…」

 

 僕が視線を向けると、彼女は気恥ずかしそうに、

 

 「座学でしたら、私お力添えできるかもしれません」

 

 微笑んだ。

 

 「ヤオモモーー!!」

 

 「演習はからきしでしょうけど…」

 

 そして一瞬で滅入った。ど、どうしたんだろう。

 

 「ウチもいいかな? 2次関数の応用つまずいちゃってて…」

 

 「わりぃ俺も! 八百万! 古文わかる?」

 

 「おれも」

 

 「え、え?」

 

 八百万さんの周りにクラスメイトが集中する。さすが委員長。

 

 「良いデストモ!!」

 

 八百万さんが、満面の笑みでこたえた。

 頼られるのって、うれしいよね。

 

 

 

 

 

 

 食堂。

 

 「轟くんはざるそば?」

 

 「ああ、緑谷はかつ丼か?」

 

 「うん…、大盛はちょっと恥ずかしいんだけど…」

 

 「何でだ?」

 

 「小食のほうが女性らしいというイメージがあるということだろう。しかし俺は食べっぷりのいい女性だって見ていて気持ちのいいものだと思う。気にする必要はないと思うぞ!」

 

 「あ、うん、ありがと…」

 

 そこまで力説されると、それはそれでちょっと恥ずかしい。

 

 「飯田くん、カレーにオレンジジュース好きだよね」

 

 「む? 否定はしない。オレンジジュースは個性で必要だしな」

 

 「え、そうだったの?」

 

 「言ってなかったか? あと、カレーはうまいからだな!」

 

 林間合宿でもカレーを勧めてたし、本当に好きなんだな。

 

 「普通科目は範囲がわかるから何とかなるけど…、演習試験が内容不透明で怖いね」

 

 「突飛なことはしないと思うがなぁ」

 

 「普通科目は何とかなるんやな…」

 

 麗日さんが、すこし遠い目をする。

 

 「一学期でやったことの総合的内容」

 

 葉隠さん。

 

 「とだけしか教えてくれないんだもの相澤先生」

 

 蛙吹さん。

 

 「戦闘訓練に救助訓練、あとは基礎トレだよね」

 

 麗日さん。

 確かに、相澤先生はそれだけしか言っていない。でも相澤先生のことだから、また“合理的虚偽”とか言い出しそうだしなあ。

 そのまま、言葉を額面通り受け取るなら…、総合的内容というのだから何かしら実地的な演習だろうか。ヴィランに襲われた街から住民を救助する、もしくはヴィランを撃破する――とか?

 でも、その場合ヴィラン役が必要になるけど、そのヴィランが何になるかで演習内容はガラッと変わりそうだな。

 …。

 誰か見てる…。

 

 「飯田くん」

 

 「む?」

 

 飯田くんに頭をかがませる。その上を肘が通り過ぎる。

 

 「おっと…、ごめんよわざとじゃないよ」

 

 確か…、B組の物間くん。

 

 「何のつもりだ」

 

 飯田くんがむっとした顔で詰め寄る。

 

 「謝ったじゃないか。君たちを見てたらつい肘がね、不可抗力さ。やっぱり注目を浴びていると、人の目にも敏感になるのかな? 体育祭に続いてヒーロー殺し、注目を浴びる要素ばかり増えていくよねA組って。ただその注目って期待度とかじゃなくってトラブルを引き込む的なものだよね。あー怖い! いつか君たちの呼ぶトラブルに巻き込まれて僕たちにまで被害が及ぶかもしれないなあ! あーこわ…、うっ!!?」

 

 首筋に一閃。

 物間くんがくずおれる。

 

 「ごめんなA組、こいつ心がアレで…」

 

 「拳藤くん!」

 

 「あんたらさ、さっき期末の演習試験が不透明とか言ってたよね、入試ん時みたいな対ロボットの実戦演習らしいよ」

 

 「ほ、本当!? なんで知ってるの!?」

 

 「私、先輩に知り合いいるから聞いたんだ。ちょっとズルだけど」

 

 そうか、先輩に聞けばよかったんだ。

 ズルだなんてとんでもない。万全の状態で試験に臨む、それは試験前から始まっているんだ。せっかくミリオ先輩たちと知り合いなんだから情報収集をするべきだったんだ。

 拳藤さんは物間くんを引きずって、申し訳なさそうに去っていった。

 途中、遠目にも物間くんが何度か手刀をくらっているのが見えた。

 

 「…食べようか」

 

 「…そうだな」

 

 「…そうだね」

 

 「ごちそうさま」

 

 轟くんずっと食べ続けてたんだね。

 それにしても、対ロボットの実戦演習か…。これが確かなら、対ヴィランを想定した対ロボットということなんだろうけど、まだ何かありそうだ。

 ただ撃破するだけならそう難しくはない。

 確かにあの0pは難しいけど、それ以外はさして攻略に困ることはない。

 今までの演習の総まとめとして、ただ0pをぶつけるようなお粗末な演習を行うだろうか?

 たとえば0pに襲われる市民を救助するという問題設定なら難易度は跳ね上がるだろう。

 いくら考えても想像の域を出ないけど、考えて無駄ということはない、はずだ。

 

 「ごちそうさま」

 

 あ、アレ?

 

 「飯田くん食べ終わっちゃったの?」

 

 「あとは出久ちゃんだけやよ」

 

 「わ、ごめん」

 

 うーん、演習なんだろう。

 

 「ごほっ、ごほ」

 

 「出久ちゃん、水、水!! あわてすぎやって!!」

 

 

 

 

 

 

 「んだよ、ロボならラクチンだぜ!!」

 

 またも上鳴くんと芦戸さん二人して声を上げる。今度は二人とも満面の笑みで。

 

 「おまえらは対人だと“個性”の調整大変そうだからな…」

 

 障子くんがつぶやく。

 

 「ロボならぶっぱで楽勝だ!!」

 

 「あとは勉強教えてもらって、林間合宿ばっちりだ!!」

 

 林間合宿、それに期末試験。

 いままでもそうだけど、これから先も、何一つとして無駄にはできない。オールマイトにはゆっくりやろうって言われたけど、備えは必要だ。

 いつか、本当に心配なく頼られるような、そんなヒーローになるために。

 

 「人でもロボでもぶっ飛ばすのは同じだろ、何がラクチンだアホが」

 

 かっちゃんが吐き捨てる。

 ちょっと前から思っていたけど、ちょっと、機嫌悪い…?

 髪型について怒っているから気付くのに遅れたけど、これは…体育祭の時のような…。

 

 「アホとはなんだアホとは!」

 

 「うるせえアホ、調整なんか勝手にできるもんだろうがアホが」

 

 かっちゃんが振り返る。

 僕を、見た?

 

 「なあ!? 轟ィ、体育祭みたいな舐めプはいらねえぞ。きっちり個性を使いこなして挑めや。期末試験なら個人成績で順位が出る。全力のお前を、俺が上からねじ伏せてやる」

 

 轟くんは何も言わなかった。でも、かっちゃんから目をそらしはしなかった。

 そうか、僕の後ろの轟くんを見てたのか。いやでも、あれは僕を…。

 

 「ふん」

 

 かっちゃんは、それだけ言って教室のドアを殴るようにして開けて去っていった。

 残された僕たちを静寂が包んだ。

 

 「とりあえず、勉強しなきゃ…」

 

 「出久ちゃん、一緒にしよう?」

 

 麗日さんが、僕をのぞき込む。

 

 「うん。やろう」

 

 勝つという執念は、学ぶべきかもしれない。

 

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