僕を見て   作:姉くじら

14 / 15
更新が前回からだいぶ遅れまして、申し訳ありません。
不定期の更新にはなりますが、引き続き作品をお楽しみ頂けましたら幸いです。


俺たちが勝つ

 

 筆記試験、最終日。

 

 「全員ペンを置け。試験終了だ」

 

 クラス中から吐息が聞こえる。ピンと張りつめていた空気が一気に緩むのが感じられた。後ろから答案用紙が回収される。

 相澤先生が答案用紙をもってクラスを後にするのと同時に、クラスメイトの歓声が上がった。

 

 「やったよヤオモモ!!」

 

 上鳴くんと芦戸さん。

 ふと見渡せば、クラスメイトはみんな手ごたえは感じているようで、笑顔だった。麗日さんも安堵しているようだ。

 あ、こっちに気付いた。

 サムズアップ。

 僕も、サムズアップで応える。

 よかった、お勉強会の甲斐があったみたいでほっとする。

 勉強を教えて、と言われたはいいけれど、僕はいままで友達に勉強を教えた経験がなかったから、すっごく緊張した。緊張したのは、勉強会が麗日さんのお家だったということもあるけれど。

 試験の手ごたえは上々だった。

 勉強を教えるという経験は、自身の学習にも役立った、気がする。

 あとは、演習試験だ。

 

 

 

 

 

 

 「さあ、これから始めるのは演習試験だ」

 

 バス停。コスチュームに着替えた僕たちを出迎えたのは、同じくコスチュームに身を包んだ先生方だった。

 僕たちに相対する先生方は、全員で8名。

 

 「先生がいっぱい…」

 

 なんで、こんなに。

 

 「知っての通り、この試験に落ちた場合は林間合宿へは行けないからそのつもりで」

 

 戸惑う僕たちを尻目に、相澤先生が進行する。ニヤリと悪い顔をするのが見えた。

 

 「そして、諸君らのことだ。周りに聞くなりして漠然とは試験内容について知っているかもしれないが…」

 

 話を芦戸さんと上鳴くんが遮る。

 

 「入試ん時みたいなロボットだろ!?」

 

 「花火! カレー! 肝試し!!」

 

 二人とも気がはやい。

 そんな二人を見て相澤先生の笑みが深くなった…?

 

 「残念! 今年から試験は変更さ!!」

 

 「校長先生!?」

 

 相澤先生の捕縛布から、校長先生が飛び出した。先ほどまで悪い顔をしていた相澤先生は、首元から現れた校長先生に足蹴にされ、無表情になっている。

 

 「変更…?」

 

 先ほどの二人を代表に、事の次第がつかめないでいる僕たちを置いてけぼりにしたままに、校長先生の説明は続く。

 ピンと尻尾を立てて、バランスをとりつつ校長先生は相澤先生の肩からゆっくり降り始めた。

 

 「これから君たちには二人一組のチームを組んでもらって、ここにいる教師の一人と戦ってもらう!」

 

 「先生…と」

 

 クラスメイトの誰かが息をのむ。

 

 「チームと対戦相手の先生は事前に決定済みだよ。君たちの戦闘時における動き、仲の良さ、成績、その他諸々が加味されている」

 

 校長先生が相澤先生の捕縛布を伝ってようやく地面に降り立った。

 それを受けてか、ようやく相澤先生の表情が変わる。

 元の悪い顔に。

 

 「最初のペアは轟、そして八百万、…対戦相手は俺だ」

 

 轟くんは八百万さんと相澤先生を一瞥しうなずいただけだった。

 自然体だ。

 彼に緊張するということはないんだろうか。

 対照的なのが八百万さん。はたから見てわかるくらいに不安そうだ。試験前にも実戦を不安がっていたのを僕は思い出した。

 八百万さんは胸に手を当てて深呼吸を繰り返している。

 …頑張って。

 

 「次は緑谷、そして爆豪のペア」

 

 金槌でガンと頭を殴られたようなショック。

 

 「デッ…!?」

 

 「かっちゃ…!?」

 

 互いに互いを二度見する。

 そんな、嘘でしょ。

 

 「そして…諸君らの相手は…」

 

 後ろからの視線。

 馴染みのある視線、そして気配。

 そんな、まさか。

 

 「私が、する!!」

 

 オールマイト。

 あなたが相手だなんて。

 

 「協力して勝ちに来な、お二人さん」

 

 握った拳に、じわりと汗がにじむ。

 相手がオールマイトだということ、チームメイトがかっちゃんだということ。

 かっちゃんの視線を感じる、でも目を合わせられない。

 

 「10のステージで同時に試験は開始する、試験内容は各々の対戦相手の教員から説明される。移動時間も無駄にするな、以上」

 

 いつの間にか他の対戦カードも説明されたようで、相澤先生の説明が終わったらしい。

 

 「さて行こうかお二人さん。私たちもバスで試験会場まで移動だ」

 

 オールマイトに背を叩かれる。

 

 「…ハイ」

 

 「…ちっ」

 

 緊張と不安。声が出ない。

 かっちゃんの舌打ちに、体が動いてしまう。

 うう、心配だ。

 

 「さあ、乗った乗った」

 

 オールマイトに連れられて、バス停へ。

 かっちゃんがオールマイトに指示されてバスに先に乗る。後ろの座席に向かい、そして座った。

 バスの後ろ半分にレッドラインが引かれたような心地だ。

 ひょこひょこと、ぎこちない動きで乗降口近くの席に座る。

 意気揚々とオールマイトが乗り込み、少しバスが揺れる。僕よりも前方の席にオールマイトが座ると、バスは自動でドアをしめて走り始めた。

 静寂。

 そういえば、相澤先生が言ってたな。移動時間も無駄にするなって。

 相談をしろってことなんだろうな。

 でも、その、かっちゃんを相手に?

 だめだ、怖い。

 それに試験内容が何一つわかってないのに相談しても仕方がない…。

 これも言い訳?

 戦うことはわかっているんだから、何かしら作戦は立てられるはずじゃないか。

 でも…。

 

 「…しりとりでも、する?」

 

 オールマイトのか細い声。

 気を遣わせてしまっている。申し訳ない反面、もう少し気の利いた言葉もあったんじゃないかって思う。しりとりって。

 …かっちゃんとしりとりしたことあったっけな。

 すっごく小さい頃だ。

 ちらっと後ろに座るかっちゃんを見る。相変わらず仏頂面で窓の外を眺めていた。

 話し合うのは試験内容が明かされてからでも、遅くはないはず。

 今はやめておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 着いた先は市街地を模した演習場。ちょうど入試の試験会場に似ていた。

 

 「さあ、ここが私たちが戦う場所だ」

 

 「本当に、戦うんですね…」

 

 自分としては確認程度に聞いたつもりだった。しかし出た声は考えられないくらい弱気な声だった。お願いだから嘘だと言ってと言わんばかりの腰の引けた声。

 

 「もちろんだとも。まあ焦らず本試験のルールを聞きたまえ」

 

 オールマイトが随分と大きな手錠を目の前に掲げる。

 

 「制限時間30分、この間に私を倒すか、私から逃げ切ることが君たちのタスクだ!! この手錠を私にはめることができたら私を拘束したことになりゲームクリアだ。またこの試験会場に用意された出口を抜けることでもゲームは達成となる!!」

 

 「勝つか、逃げるか…」

 

 「そう!! この試験は戦闘だけを考慮していない。より現実に即した状況を想定している!! 実力差が著しい場合、愚直に戦って負けることをヒーローは良しとしない」

 

 「ふん…」

 

 かっちゃんの機嫌がさらに悪くなった、気がする。

 

 「でもこのままだと逃げの一択!! とならない為にも私たち教師にはハンディキャップも用意してある」

 

 と、今度はリストバンドを取り出した。

 

 「リストウェイトさ!! 私たちの動きは鈍くなり、動くだけでもスタミナを削るというわけさ!! あ、…これマジ重」

 

 ちょっと泣き言を言うオールマイトも少しレア。

 

 「ちなみにだが、このリストバンドのデザインはサポート科の発目少女によるものだ」

 

 あ、もしかしてあの発目さん?

 サポートアイテムの相談に僕もよくパワーローダー先生の工房に行くのだけど、必ず先にその発目さんがいる。そして大抵パワーローダー先生に怒られている。

 発目さんも頑張っているんだな。

 

 「…戦うことも考慮させるためってか、なめられてんな」

 

 「さあて、どうかな」

 

 

 

 

 

 

 

 「全員、配置についたかな!?」

 

 アナウンス。

 僕たちのスタート位置は街の真ん中の交差点。

 出口は街の大通りの先、そう遠くはない。しかし出口は一つだけ。となれば間違いなくオールマイトはそこを抑える。戦闘は避け得ない、かもしれない。

 

 「さあ、最終試験!! スタート!!」

 

 開始のアナウンスと同時に歩き出す。

 目的があってじゃない、ただ、かっちゃんが歩き出したからついて行っただけ。

 

 「か、…ば、爆豪、くん? その、どこへ…」

 

 「うるせえ、ついてくんな」

 

 「そんな、二人でいなきゃ危ないよ」

 

 「危ないのはお前だけだろ、一緒にすんじゃねえ!」

 

 「う、…オールマイトが相手なんだよ?」

 

 「関係ねえ、俺が勝つ」

 

 言葉が短い、こっちを見ない。

 ビッグマウスはいつものことだけど、これは…。

 

 「せ、戦闘は避けるべきだよ!!」

 

 「終盤まで翻弄して! 疲弊したところを一気に潰す!!」

 

 早足になる。

 追いすがる僕をちらりとも見ない。

 

 「い、いくらハンディキャップがあっても、爆豪くんがオールマイトに勝つなんて…」

 

 拳。

 前を歩くかっちゃんの、振り向きざまに振るわれた拳。

 顔に当たるギリギリのところで、手でガードする。

 かっちゃんの視線が、受け止められた腕を経由して僕に突き刺さる。

 

 「黙れよ、生意気なんだよ、なあデク」

 

 思わず受け止めてしまったことが、よりかっちゃんの怒りに火を注いだらしい。

 

 「ちょっとばかし戦えるようになったからって俺に意見か、あ?」

 

 僕が掴んでいた腕を跳ね除けられ、逆に腕を掴まれてかっちゃんに引き寄せられる。

 かっちゃんの大きな目が眼前に迫る。

 怯えた顔の僕が映っている。

 

 「…手、離して」

 

 直視ができない。

 

 「ふん」

 

 かっちゃんが掴んでいた腕を横に払う。体勢を崩した僕は、地面にへたり込んだ。

 かっちゃんは、再び歩き出した。

 どうしよう。

 このままじゃ何も話し合えないままオールマイトと…!

 それはダメだ!

 

 「…役割、…そう役割を決めよう?」

 

 「ああ?」

 

 かっちゃんの足が止まる。視線が突き刺さる。

 

 「お、オールマイトと戦うんだ。何も策なしに勝てるわけがない、でしょ?」

 

 自分でも嫌になるくらいに、僕はいま卑屈な顔をしている気がする。

 戦うか逃げるか、二択のどちらだとしても協力は不可欠だ。しかし、かっちゃんが逃げることを了承するはずがない。考えればわかることだったんだ。戦うか逃げるかで押し問答するくらいなら、戦うと腹に決めて、作戦を考えるべきなんだ。

 ちゃんと策を練って当たれば、かっちゃんと僕の力があれば…!

 オールマイトにだって…。

 

 「必要ねえ、てめーはてめーで勝手にやってろ」

 

 ブツリ、と切れた。

 

 「協力しようよ!! 僕はこの試験に絶対合格したいんだ!! かっちゃんだってそうでしょ!?」

 

 「黙れって、そう言ったよなぁ、デク!!」

 

 胸ぐらを掴まれる。

 あれ変だな、と思ったらどうやら僕が先にかっちゃんの胸ぐらを掴んでいたらしい。

 

 「一人でオールマイトに勝てるって思ってるの?」

 

 「オメーの力が必要だとでも!? 冗談言うなクソデク!!」 

 

 「僕にだってわかるんだ。オールマイトの強さは。かっちゃんにわからないはずがないんだ」

 

 「まだ言うかデクてめえ!!」

 

 「僕を利用した方が、勝率は高いことだって、かっちゃんはわかってるはずだ」

 

 応酬が止まる。

 急に会話が止まって、僕は冷や水をぶっかけられたような心地になった。

 意を決する。

 

 「なんだってする。かっちゃんだったら、僕をうまく使う策くらい簡単に思いつくでしょ?」

 

 怖い。

 そして恥ずかしい。

 でもここで引いちゃだめだ。

 かっちゃんは目を見開いて口を開いたまま、何も言わなかった。

 ちょっとの時間だったと思う。たぶん秒針が一度動くかどうか、その程度の一瞬の空白。

 心臓の鼓動が大きく感じられる。

 かっちゃんの反応が怖い。

 かっちゃんは、一度口を閉じて、僕の腕を掴んだ。

 

 「何度も言わせんな、てめーの力なんかいらねえ」

 

 すっと、体温が下がる心地だった。

 いままで言葉に苦慮していた僕だけど、そんな余裕すらもうなくなった。

 

 「…僕は、足手まといってこと…?」

 

 かっちゃんの服を掴んでいた手から力が抜ける。

 

 「最初からそう言ってんだろうが」

 

 「…そう」

 

 するりと、僕の手からかっちゃんの服がはなれると、かっちゃんも僕の腕をはなした。

 うつむく僕をかっちゃんはまだ見ているようだった。

 

 「勝手にするよ。かっちゃんも勝手にすればいい」

 

 「初めからそうするっつってんだろうが!」

 

 怒気をまき散らし、かっちゃんは再び歩き出したようだ。

 

 「かっちゃんなんて嫌いだ!!」

 

 「俺だって嫌いだわボケ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 「…子供のケンカだね」

 

 ここは臨時看護室。

 私はその壁一面のモニターの中の一つ、緑谷と爆豪ペアの様子を見て嘆息した。

 試験のペアは事前に教員による協議によって決定されている。

 成績、戦闘時の動き、個性、そして仲の良さ。

 彼らは唯一、他の要素を度外視にして仲の悪さだけを理由に組まれたペア。

 ある意味、想定通りの仲たがいを早速披露している。

 そして致命的。

 ヒーローに多くが求められるこの時代。独力では切り抜けられない場面はごまんとある。ヒーローはヒーローと、警察と、救急と、市民との連携が求められる。

 現場でのヒーロー同士の連携は日常茶飯事。

 特定のコンビで最高のコンビネーションを発揮できることよりも、誰とでも高水準に連携ができることが今のヒーローには求められる。

 不仲だからできない、では済まされない。

 いや、不仲だからこそ出来なくてはならない。

 まあ叶うなら、仲も良くなってほしいものだが…。

 

 「…、無理なのかねえ」

 

 モニター内で言い合いをする二人を見て、再びため息。

 二人とも、状況判断に優れるヒーローの卵だ。

 おそらく、緑谷と爆豪の両名ともに、違うペアであればある程度のコンビネーションは発揮できるだろう。爆豪とて暴力的な発言が印象として先行してしまうが、根からの傍若無人というわけではない。

 言い合いになろうとも、最後には互いの落としどころを探す度量はある。

 緑谷については判断が難しい。

 普段はすこし周りに流される傾向がある。

 人見知り、悪く言えば意気地なし。

 しかし、いざというとき、予想外の思い切りの良さを見せる。

 不安定にも感じられるが、芯は通った少女。

 その緑谷が、あそこまでぶつかり合うのはおそらく相手が爆豪だから。

 そして爆豪も、それにのってしまっている。

 見た目には子供のケンカ。

 しかし、根っこの部分は…。

 

 「いや、…案外かわいい理由なのかもねえ」

 

 言い合いは止まりそうにない。

 

 「しかし、悠長にしていたら…」

 

 別画面。

 あのNo.1 ヒーローが拳を構えているのが見える。

 すると、言い合いをしていた二人が、いや緑谷がぴたりと止まって道路の先を見た。

 

 「ほう、我を忘れているわけじゃないんだね」

 

 そして次の瞬間、衝撃と爆音、砂ぼこりに包まれ、カメラの映像は途絶えた。

 

 「あのバカ。加減を知らんのかね」

 

 仕方ない。

 予備のカメラを動かすか。

 

 

 

 

 

 

 

 「…もういいかな、さあ、私が行くぞ!!」

 

 砂煙の向こうにいる。

 姿は見えない。

 だが、はっきりとわかる。

 しかし、俺が今感じているこの存在感や威圧感は、説明ができない。

 威圧感。

 これが一人の人間だとでもいうのか。

 これが、オールマイト。

 

 「試験だなんて考えていると痛い目をみるぞ」

 

 強風。

 砂煙が掻き消える。

 オールマイトが払うように腕を振った、それだけ。

 

 「私はヴィランだ。全力でかかってこい!!」

 

 オールマイトが走り出す。まっすぐ俺達に向かって。

 狙いは、

 

 「かっちゃん!!」

 

 「黙ってろ!!」

 

 両手を前に突き出して、構える。

 まずは足を止める!

 

 ―STUN GRENADE!!

 

 閃光弾の炸裂。

 目をつぶせずとも、一瞬ひるむハズだ。

 すかさず、飛びかかる。

 守りには回れねえ、オールマイトに好きに動かれたら、どうしようもねえ。

 持久戦は、俺が攻め続ける前提の作戦。

 一発ぶち込んで、ひるませて離脱する!!

 

 「オールマイトォ!! グァッ」

 

 顔を掴まれた!

 くそ、この一瞬で見切られたのかよ!

 負けられねえ。

 

 「痛い! 痛ッ、イタタタタ!」

 

 クソ!

 大して効いてねえのがわかる、かといって掴まれたまま大技のタメは作れねえ。

 

 「勝つ気、…しかないようだな!」

 

 「か、はっ…。ぐ、あ」

 

 暗転。

 振り回されて、たたきつけられた。

 衝撃で、一瞬だが呼吸が止まる。

 オールマイトは、足元の俺をよそに、あたりを見回している。

 デクか。

 

 「フム、隠れたか」

 

 俺を地面にたたきつけただけで、無力化できたなんて、オールマイトは思ってねえ。

 ただ、どうにでもできるから、拘束を解くし、目も離す。

 それが否応にもわかる。

 わかってしまう。

 気に入らねえ!!

 

 「俺を、俺を見やがれオールマイトォ!!」

 

 地面でせき込んでるだけじゃねえぞ!

 足元から、空に向けて大出力爆破!!

 ダメージを負えばよし、負わずとも空中に投げ出すことで隙を作る!!

 

 「くらえ!!」

 

 「その意気や良し!!」

 

 

 

 

 

 

 

 地面が揺れる。

 地響きと、破壊音。

 だんだんと音が遠ざかっていく。

 壁にもたれかかり、一息つく。

 市街地を模したこの演習場は路地に入れば捕捉は難しい。僕の個性はレーダーの役割も果たす。オールマイトに見つからないように、ゴールを目指す。

 これが最善とは、思えない。

 しかしあの時点での次善。

 僕の個性、そのうちの一つ、“人の意識を引き寄せる”個性は人を巻き込む。オールマイトの不意を突くつもりが、かっちゃんの不意を突くことになりかねない。

 僕が全力を出せば、かっちゃんの迷惑になる。…足手まといになる。

 足手まとい。

 …。

 だめだ、足を止めて考えこんでる場合じゃない。

 息は整った。

 行こう。

 細い路地を駆け抜ける。

 比較的、整ったオフィス街を模しているようで、方角を失うことはない。

 目指すゴールはオールマイトが来た方角。演習場の端。

 そう遠くはない。隠れるために少し遠回りをしても、数分というところだろうか。

 問題はゴールは一つだということ。オールマイトはそこを守りさえすればいい。

 僕が姿を消したことに、オールマイトはすぐに気づいただろう。だとすれば、オールマイトはすぐさまゴール前を守りに行くはず。

 しかし、それをかっちゃんがさせない。

 かっちゃんが足止めをしている間に、僕がゴールを抜ける。

 でなければ…。

 !!

 視線だ。

 見つかった!? いやそれよりもかっちゃんは!?

 足を止める。

 僕が個性の範囲を広げようとしたその時、目の前が吹き飛んだ。

 唖然となる。

 僕が駆けこもうとしていた路地、目の前の区画のビルが、まるでドミノ倒しのように重なり合っていく。

 轟音、そして砂嵐の様な風が路地に吹き込む。

 マスクで口元を覆う。

 粉塵とビルの倒壊音で目も耳もきかないが、あたりに人の気配はない。

 あの一撃は、おそらく当たりをつけての攻撃。

 粉塵が晴れたその先はがれきの山だった。道など初めからなかったと思うしかない。

 おそらくは、

 

 「さあ!! 出口へ行くには中央通りしかないぞ!?」

 

 やはり、オールマイトの目的は、攻撃ではなく、道をふさぐことだったんだ。

 どちらにしろ、ゴールは一つだけだったのだから、先延ばしにしていた事態が早く回ってきただけだ。

 そう思うほかない。

 かといって、馬鹿正直に正面から向かうわけにもいかない。

 僕一人では勝ち目なんて…。

 僕一人?

 そういえば、かっちゃんは!?

 

 「ずっと隠れていてもいいが、しびれを切らしたヴィランは何をするかわからんぞ!!?」

 

 ハッと思考が停止する。

 路地を逆走し、中央通りをのぞいた。

 仁王立ちするオールマイトがいた。

 

 「さあ!! 出てこなければ!! ここにいる仲間に!! ヴィランは何をするかなぁ!!?」

 

 ひっ、と悲鳴がでた。

 空気を吸い損ねたときのような声。首を絞められたような心地だ。

 どうしよう。

 どうすれば。

 

 「な、かま、じゃ、ねえ…っ!!」

 

 かっちゃんの声。

 オールマイトの足元、かっちゃんはオールマイトに背中を踏まれ押さえつけられていた。

 服はボロボロ、顔も体も打撲や擦り傷やらでまみれている。

 立ち上がろうともがいているが、動かす手や足はアスファルトを引っ掻くだけに終わっている。

 オールマイトが左手でかっちゃんの首を掴む。

 

 「が、あ…っ、くそ…!!」

 

 オールマイトの目線まで、かっちゃんを持ち上げる。

 

 「さて…」

 

 オールマイトが右手の拳を構える。

 弓を引き絞る射手のように、眉間に銃口を構えるガンマンのように。

 

 「くそ、…」

 

 心臓が早鐘をうつ。

 

 「…な、んで、出てきやがった…」

 

 視線が突き刺さる。

 かっちゃんの、オールマイトの視線が。

 

 「ヒーローは、人助けの仕事だもん」

 

 「おれは、頼んで、ねえ!!」

 

 「か、勝手にしろって言ったでしょ、僕の勝手だ!!」

 

 ウエストポーチに手を突っ込み、飛び出した。

 オールマイトが、ヴィランにしては優しくかっちゃんを道路に放り出し、僕に向き合った。

 オールマイトはその場で動かない。僕の手の内を見るつもりなんだろう。

 余裕、興味。

 僕を問答無用に無力化することなど、オールマイトにはたやすいことだろう。

 口ではヴィランだなんて悪ぶって、人質なんて慣れないことをしてはいるけど、オールマイト、あなたはやっぱり善の人だ。

 オールマイトは、僕の後ろに隠した左手を気にしている。個性で引きつけているわけではない、僕がポーチから何を取り出したかによって僕の戦略の予想をつけようとしているんだ。

 オールマイトと戦うのは久しぶりだ。

 入学してからは通形先輩とよく演習をしているが、それ以前の訓練相手はサーナイトアイとオールマイトだった。

 だから、オールマイトに僕の戦略の多くは知られている。

 一方で僕はオールマイトのことを知ってはいるが、それだけだ。オールマイトの戦闘は、メディアで伝えられるものそのままで、それ以上に得られる情報はなかった。

 ただ、速く、硬く、強い。

 どうしようもないとは、このことを言うのだろう。

 だけど、負けられない。

 オールマイト、体育祭に言ったよね。

 

 「鼻を明かしてやる!!」

 

 「やってみたまえ!!」

 

 左手に握っていたものを投げる。

 握っていたもの、それは、

 

 「スタングレネード! いつものかい!? さっき見たよ!!」

 

 かっちゃんもやってたな。そういえば。

 だけど、かっちゃんと違うのは、強制的にそのスタングレネードに意識を割かれるということ。

 オールマイトは目の前で炸裂するそれから目を手で守った。

 その隙に僕が動く、とオールマイトは思っている、でしょ?

 思い通りにはいかないよ、オールマイト。

 

 「ぐ!? これは!?」

 

 オールマイトがうめく。腹部に突き刺さったものを掴んで見た。

 

 「ナイトアイの印鑑…!?」

 

 「本人のものじゃないですけど!」

 

 超重量の投擲アイテム。

 パワーローダー先生に頼んだら、サーと同じ形に作られてしまった。

 “サーナイトアイが使うような投擲アイテム”と伝えたのがまずかったのだろうか。

 

 「…そうか、同時に投げたのか」

 

 そう、同時に複数の印鑑と、スタングレネードを投げた。

 スタングレネードだけに意識を引き寄せた。同時に投げた複数の物体のうち一つにだけ意識を引き寄せる、これはオールマイトに見せたのは初めてだ。

 そして!!

 

 「そう何度も…!?」

 

 意表を突くことはできた。

 だけど、これはそれだけじゃない。強制的に投擲物の一つに意識を割かせることで、他の投擲物の位置や数の把握を難しくさせる!!

 二度目の投擲は印鑑だけ。

 普通ならオールマイトはこんな攻撃一撃たりとも食らわないだろう。

 しかし、

 

 「かすめたか…」

 

 頬を切っている。

 僕を見て、にやりと笑った。

 

 「さあ!! まだまだ!!」

 

 「そうはいかんよ!!」

 

 三度目の投擲。

 スタングレネードも混ぜたが、オールマイトはそれに気づいていながらも右手を振りかぶった。

 

 「避けるのが難しければ、防げばいい」

 

 突風。

 投げたもの全てが吹き飛ばされる。いとも簡単にすべてが防がれてしまった。

 だけど、

 

 「!?」

 

 「今度は僕の接近に、気付くのが遅れる!!」

 

 ジャンプと同時に右手を天高く振りかぶる。

 遠心力で、警棒が伸びる。

 振りかぶってから、振り下ろすまでにオールマイトの腕が剣筋を妨げる。

 やっぱり早い。

 ガン、と激突する。金属同士がぶつかり合うような音。

 

 「!? ぐ、ちょっと、電撃強くない、かい!?」

 

 「ごめんなさい!!」

 

 出力は最大。制限量を超えた出力。すこし、いやかなりの罪悪感。

 しびれている間に、ガードするオールマイトの腕をけって離れる。

 着地と同時にオールマイトと目が合う。

 そして、止まってしまった。

 手も足も、動かせなくなった。

 あの目。

 まるで蛇に睨まれたカエルのように。

 

 「やるじゃあないか、…成長したな」

 

 しみじみとした声色だった。

 あなたのおかげです、とは返せなかった。

 優しい声色と対照的に、目は僕を突き刺すようだった。

 来る。

 オールマイトが、来る!!

 

 「守りはどうだ!?」

 

 「くっ!」

 

 僕の頭があった場所に、オールマイトのこぶしが突き刺さる。

 速い。

 大丈夫、体勢は崩していない。

 このまま守りに回っては、ダメだ!!

 投擲!!

 牽制を兼ねて、出来るだけ多くの数を広範囲に印鑑を!!

 

 「!! まさか!」

 

 オールマイトは僕に向かって、まっすぐに飛びかかった。

 印鑑は当たっていた。

 当たっても、ひるまずに、まっすぐ僕へ!!

 再びこぶしが突き抜ける!

 

 「これも躱すか!!」

 

 当たっているよ、オールマイト。

 スーツの肩の部分が破ける。血がすこしにじむ。

 

 「ま、まだまだぁ!!」

 

 これが最後の投擲!!

 これでかっちゃんを、助けないと!!

 

 

 

 

 

 

 

 「ま、まだまだぁ!!」

 

 緑谷少女が、再び投擲する。

 何を投げたのか、視認しにくい。おそらくはスタングレネードに意識を引き寄せられている。

 印鑑はナイトアイのものよりも軽いようで、食らいたくはないが、事前に当たると覚悟していれば問題はない。しかしスタングレネードは撃墜するか、防ぐ必要がある。

 どちらにしてもロス。一瞬の隙が生じる。

 

 「ならば!!」

 

 振りかぶった右腕を、投擲物ではなく、足元へ!!

 ズン、と大気が震える。

 地割れと共に、私を中心にした風の壁が周りのすべてを吹き飛ばす。

 

 「う、あ!!」

 

 緑谷少女も空中に投げ出されていた。

 すまないな、ヴィランは非情なのだ、この隙を逃しはしない!!

 ジャンプし、真上から手刀を振り下ろす。

 

 「く…がっ!!」

 

 緑谷少女は接近する私に気付いたが、避けるすべなく、手刀を肩に受け、地面に激突した。

 

 「う、あ。…はあっ…」

 

 まだ意識はあるようだ。

 立ち上がるが、膝が笑っている。

 歩いて近づく私に気付いたようだ。

 手が届く距離まで近づいても、緑谷少女は何もしなかった。何もできなかったのかもしれない。

 拳を振りかぶる。

 

 「いまだ、かっちゃん!!」

 

 緑谷少女が叫ぶと同時に、緑谷少女の足元からのびるロープに目がいった。その先に、爆豪少年!?

 

 「俺に、指図すんな!!」

 

 閃光!!

 Shit!! 緑谷少女の個性か!! 馬鹿正直にロープをたどって見てしまった!!

 

 

 

 

 

 

 

 オールマイトが近づくかどうかは、賭けだった。

 僕の個性は範囲内の人物全員に距離に比例して効果を発揮する。

 あの一瞬に、かっちゃんが僕の放ったロープを握ってくれたのはよかったが、思わぬ反撃に位置取りが崩れてしまった。

 肩への手刀を受け、地面にたたきつけられた僕は、立ち上がるよりも先に個性でオールマイトとかっちゃんの場所を探った。

 ロープを踏み、立ち上がる。

 そして、オールマイトは近づいた。

 視界をつぶされよろめくオールマイトを目の前にする。

 

 「う…うあああああ!!」

 

 一瞬の逡巡。

 戦うか、逃げるか。

 手錠をかけることを狙うか、それとも…。

 雄叫びを上げて、警棒を振りかぶる。

 ごめんなさいオールマイト!!

 

 「ぐ、あ、くっ、ぐっ」

 

 よし、しびれた!!

 

 「どけ!! デク!!」

 

 「うん!!」

 

 飛びのく。数瞬のあと、炸裂する。

 耳をつんざく爆撃音。

 

 「はあっ、はあっ、はあっ」

 

 「はっ、はっ、はっ、…」

 

 パラパラと、爆撃で吹き上げられた小石が降り注ぐ。

 粉塵が晴れる。

 そこに、

 

 「いまのは、痛かったな」

 

 オールマイトはいた。

 笑っている。

 ああ、畜生。

 苦笑いしか、でない。

 

 「演習試験そこまで!!」

 

 アナウンス!?

 え、そんな。

 おわり!?

 

 「…そん、な」

 

 ぺたん、とへたり込む。

 

 「…ナイスファイトだった」

 

 オールマイトがこちらへ歩いてきて、手を差し伸べた。

 僕は、それに手が伸ばせなかった。

 

 「あ、りがとうございます…」

 

 肩を中心に全身の痛みが、まとまらない考えを更にしっちゃかめっちゃかにする。

 どうして、どうすれば、どうしていれば。

 いやダメだ。こんなこと、考えても…。

 

 「おお、爆豪少年もおつかれさん。ナイスファイトだった」

 

 「…次は」

 

 「次は?」

 

 「次は、俺たちが勝つ」

 

 ガン、と頭を殴られる。

 見上げれば、かっちゃんがいた。

 

 「…なに、するの」

 

 ふたたび殴られた。大分痛い。

 

 「何するんだよ!!」

 

 立ち上がる。

 

 「俺は、頼んでねえ」

 

 「は?」

 

 「助けてなんて言ってねえ、…それだけだ。おい」

 

 かっちゃんが、顎をしゃくるように顔を突き出す。

 

 「…なに」

 

 「殴れ」

 

 「…意味がわかんないよ」

 

 「いいから殴れ」

 

 「肩が痛くて腕が上がらないからいやだ」

 

 「もう片方があるだろうがボケ」

 

 「…、歯、折れても知らないよ」

 

 「上等だクソデク」

 

 渾身の力を込めた僕の左ストレートはかっちゃんの右ほほに突き刺さり、かっちゃんは少し後ろへよろけた。

 

 「何が、したいんだよ」

 

 「うるせえ」

 

 それだけ言って、僕の顔も見ず、かっちゃんは去っていった。

 …なにがしたいんだよ。

 

 「さて、我々も戻ろうか、その前にリカバリーガールのもとへ行ったほうがいいかな」

 

 …今のやり取り、オールマイトに見られてたのか。

 

 「…はい」

 

 オールマイトに支えられながら、出口へ向かう。

 道すがら、考えるのはどうすればよかったかということだ。

 出口は思ったよりは近かった。

 これなら最後のあの瞬間に駆け出していれば、ぎりぎりで間に合ったかもしれない。

 …かもしれない、か。

 考えだしたらきりがない。

 やめよう。

 演習試験に落ちちゃったら林間合宿は行けない。

 補講か。

 甘んじて受けよう。

 あ、そういえば。

 

 「オールマイト、なぐっちゃってごめんなさい」

 

 見上げたオールマイトは、苦虫をつぶしたような顔をしていた。

 




「かっちゃんなんて嫌い!」

「俺だって嫌いだわクソデク!」

「…もう(痴話げんかは)いいかな、私が行くぞ!」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。