僕を見て   作:姉くじら

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今更ですが、体育祭の原作と違う部分はいつか書きたいですね。


ぶっこわれちまえ

 リカバリーガールの話では、先に臨時医務室に着いたかっちゃんはベッドに倒れこみ、そのまま寝たらしい。かっちゃんの身体は大事無く、疲労だろうとのことだった。

 オールマイトと戦闘して骨折一つないのだという。これはオールマイトがすごいのか、かっちゃんがすごいのかはわからない。一方の僕の鎖骨は折れていた。

 寝息すら立てず泥のように眠るかっちゃんを横目に見て、ため息をつく。

 

 「ご、ごめんね…?」

 

 オールマイトが、すごく縮こまっていた。

 マッスルフォームだけど、一回りも二回りも小さく見える。

 両手を合わせてこちらを伺うこんなオールマイトは、すっごくレア。

 

 「あ、いえ。その、訓練ですし…」

 

 「折らずとも、無力化はできただろうに」

 

 リカバリーガールが、僕の言葉を遮る。

 

 「返す言葉もございません…!!」

 

 オールマイトがさらに縮こまる。

 

 「さあ、ベッドに横になりな!」

 

 「え? 横になるほど疲れては…」

 

 「これから指一本動かせないくらい疲れるんだよ」

 

 「あ」

 

 「何してるんだい、オールマイト。早く出ていきな!」

 

 「え、いえ私はまだ緑谷少女に話すことが…」

 

 「後にしな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の教室。

 

 「みんな…ヒック…林間合宿の土産話…ヒック…楽しみに、してる、から…!」

 

 芦戸さんのむせび泣く悲痛な姿にクラスメイトは声をかけられずにいた。

 芦戸さんのペアだった上鳴くん、さらに切島くんに砂藤くんのペアも沈痛な面持ちで、教室の片隅にたたずんでいた。目は遠くを見るように焦点が合わないが、視線の先は床しかない。

 まるで、林間合宿に行けるクラスメイトと壁ができたように、頑なに教室の隅から動かない。

 

 「その…、なんて言っていいか…」

 

 麗日さんが、ことさら悲しそうな顔で僕を見ている。

 

 「えっと…、そのお話楽しみにしてるね…?」

 

 自分でも意外に思えるほどに、僕は割り切っていた。

 

 「しかし、緑谷くんが落ちるとはなぁ」

 

 「相手はオールマイトだもの仕方ないわ」

 

 「うん…ありがとう飯田くん、あす、梅雨ちゃん…」

 

 「…しかし、となるとペアの爆豪くんもか」

 

 少し離れた席のかっちゃんの肩が動いた、気がした。

 

 「ぎゃははは!! ざまーみろ!! 爆発さん太郎め!! 俺らと一緒に補講だ!! 仲よくしよう!! な!?」

 

 上鳴くんと切島くんがかっちゃんに絡みついた。

 

 「あ!? するかボケ!!」

 

 …なんだか、ちょっと変だな。

 いつものかっちゃんならこの状況はめちゃくちゃキレるか、静かに怒りをため込むはずだけど、今は普通に不機嫌だ。いつもと変わらないといってもいい。

 どうしたんだろう。

 あと気になると言えば…、頬のガーゼはもしかして僕が殴ったところだろうか。

 申し訳ない反面、なぜリカバリーガールに治してもらってないのか気になる。

 …一日経ってるし、別の怪我かな。

 

 「お前が落ちるとは、意外だな」

 

 轟くんが、かっちゃんに声をかけた。

 意外なのはきみの行動だよ。

 

 「いやみか!! やんのかコラ!?」

 

 かっちゃんがあっという間に頂点に。

 やっぱりさっきの違和感は気のせいかな。

 

 「…緑谷は、けが大丈夫か?」

 

 わ、僕にも。

 

 「う、うん! もうリカバリーはしてもらってるんだ。この三角巾は念のため一日様子見るためで…」

 

 「そうか、大事にな」

 

 「うん、ありがとう」

 

 「おい! 俺を無視すんな!!」

 

 かっちゃんが吠える。

 轟くんは目をきょとんとさせて、

 

 「何だ、心配してほしかったのか」

 

 と言った。

 

 「誰が!!」

 

 バン、とかっちゃんが机を叩いて立ち上がるのと同時に、教室のドアが開いた。

 

 「席につけ」

 

 かっちゃんが歯ぎしりを立てながらゆっくりゆっくり腰を下ろした。

 みんなが席につき、静かになる。

 

 「おはよう。そして期末試験だが、残念ながら数名の赤点者がでた」

 

 数名に含まれる僕は、そこで少し唇をかんだ。

 相澤先生が神妙な面持ちだ。

 

 「したがって林間合宿には……、全員で行きます」

 

 「どんでん返し来たあああああ!!!」

 

 沸き立つ教室。

 誇張ではなく、教室が揺れた。主に数名の赤点者によって。

 相澤先生が、また悪い顔をしている。

 

 「筆記は全員合格。だが演習で切島、上鳴、芦戸、砂藤、緑谷、爆豪、そして瀬呂が不合格だ」

 

 「行ってもいいんすか!? 俺たち!?」

 

 「本当に!!?」

 

 「確かに、クリアしたら合格って言ってないもんな…」

 

 驚きのあまり切島くんが立ち上がり、芦戸さんは涙し、瀬呂くんは顔をおさえてうつむいていた。

 

 「やったな緑谷!! 一緒に行けるぞ!?」

 

 後ろの席の峰田くんが背中をたたく。

 

 「うん! …」

 

 峰田くん、いっしょに行けることを喜んでくれるのは僕もうれしいけど、だんだん視線が遠慮なくなってきているよ。素直に言葉を受け取りづらいよ。

 違う視線を感じる。これは麗日さんだ。

 見れば離れた席の麗日さんが喜色満面で親指を立てていた。

 僕も笑顔で親指を立てて返した。

 

 「そも林間合宿は強化合宿だ。赤点取った奴こそ行く必要がある。…合理的虚偽ってやつだ」

 

 また悪い顔。

 再び沸き立つ教室。芦戸さん、テンション上がりすぎてクラスメイト全員にハイタッチして回ってる。

 

 「またも…! さすがは雄英…!」

 

 こぶしを握り締めて肩をわななかせる飯田くん。

 

 「しかし! 何度も虚偽を繰り返せば雄英の信用も失墜してしまうのでは!?」

 

 「今日も我が道を行くね、飯田くん」

 

 麗日さんがしらけると言わんばかりに真顔で飯田くんにつっこんだ。

 

 「ああ、虚偽とは言ったが、全部が嘘ではない」

 

 相澤先生が飯田くんを見た。

 

 「赤点は赤点。赤点をとった7名は林間合宿中にも補講があるからそのつもりで」

 

 教室の気温がすっと下がった。

 僕とハイタッチする直前に水を差された芦戸さんはゆっくりと両手を下げた。

 

 「緑谷、頑張ろうね…」

 

 「うん、…がんばろう」

 

 静かに握手をして、芦戸さんはとぼとぼと自分の席にもどった。

 相澤先生は静かになった教室を見渡して、にやりと笑って、

 

 「HRを終わる」

 

 とだけ言って去っていった。

 …。

 以前から思ってたけど、相澤先生ってけっこう遊び心あるよね。

 生徒で遊ぶ心というか。

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 

 「まあ、何はともあれ。全員で行けるわけだよね」

 

 尾白くんがテンションの下がっている赤点生に声をかけた。

 

 「うん、本当によかった」

 

 「丸一週間の訓練合宿とは…」

 

 飯田くんが要綱を手に考え込んでいる。

 

 「日程とか場所とか全然書いてないのねコレ」

 

 蛙吹さんがのぞき込んだ。

 

 「警備の関係なのかな、その代わり? というか、必要な荷物多いね」

 

 「買わなきゃいけねえもんも結構あるなぁ」

 

 「オイラ暗視ゴーグルがほしい」

 

 峰田くん、それって買わなきゃいけないもの?

 

 「あ、ねえ!」

 

 虚空から、パン、と手をたたく音がした。

 葉隠さんだ。

 

 「テストも終わったし、明日は休みだし、みんなで買い物行かない?」

 

 「いいんじゃね!?」

 

 上鳴くんが食いつく。

 

 「おい爆豪! どうだ!?」

 

 「行かねえ」

 

 「出久ちゃんも行くよね?」

 

 「うん! あ、と、轟くんは?」

 

 「用事がある。すまねえ」

 

 「ウチも買わなきゃなんないものあるし行くわ」

 

 「行く行く!!」

 

 「ピッキングツール!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「てな感じで!! やってきました、木椰区ショッピングモール!! 県内最多の店数を誇るこの場所にあるものはクールでトレンディなものばかり!!」

 

 「と、いうわけで…」

 

 麗日さんが僕を見て、芦戸さんとうなずきあった。

 

 「「まずは出久ちゃん/緑谷の服選びだね!」」

 

 「なんで!?」

 

 大声が出ちゃった。

 麗日さんが視線を合わせてくれない。あれ? なんだか他の視線が…。

 

 「雄英生だろ!? 1年の!? 体育祭良かったぜ!!」

 

 わあ、覚えている人がこんなにも。

 ちょっと恥ずかしい。

 一人が僕を指さした。

 

 「そのシャツは洒落か!? いいな!?」

 

 ヤジか称賛か。わからないけれど、とにかくすごく恥ずかしい。

 

 「ね? そういうことだよ」

 

 麗日さんに肩を叩かれた。少なくとも称賛じゃなかったらしい。

 いいじゃん、“Tシャツ”Tシャツ。

 良いよね?

 

 「緑谷、引き締まった体してるんだしもうちょっとボディライン出してもいいんじゃない?」

 

 耳郎さん?

 思わぬ人から思わぬ助言が。

 …ちょっと胸に視線を感じた、気が、しないでもない。

 あと峰田くん、後ろですっごく頷くのやめて。

 

 「あ、その、恥ずかしい、し? あと傷を隠した方が…」

 

 「ボディラインと傷は別じゃん!! わったしにまっかせなさい!!」

 

 「出久ちゃんに着せるんだったらこういうのが…」

 

 「いいねいいね!? あとこれとか…」

 

 芦戸さんと麗日さんがスマホを片手に話し始めた。

 麗日さん、すっごく真剣な顔だ。ちょっと周りのお客さんが避けてるよ。

 うーん、オールマイトのグッズ買いたいし、お小遣いは節約したいんだけどなぁ。

 

 「ウチおっきいバッグほしいな」

 

 「でしたら一緒に探しましょうか」

 

 「俺、丈夫なアウトドアシューズあれば買いてえんだけど」

 

 「あ、私も私も!!」

 

 「ピッキングツールとハンドドリルってどこだ?」

 

 「まずは足元から整えるべきだ!! いや! しかし…」

 

 「見た感じみんなほしいものバラバラだし、時間決めて別行動にしようぜ」

 

 切島くんの号令を皮切りに、みんながそれぞれのアイテムを探しに解散した。

 僕はといえば、

 

 「さあ!! 行くぞー」

 

 「行くぞー」

 

 二人に両腕を掴まれて、連れていかれた。

 

 「あはは、行くぞー…」

 

 両側から腕を組んで引っ張るのは、恥ずかしいから、やめてくれないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 「…こ、これは…恥ずかしい…」

 

 「キュート!!」

 

 「…これ、…どうかな?」

 

 「エクセレント!!」

 

 「ど、どうかな?」

 

 「エレガント!!」

 

 「どうかな!?」

 

 「グレイト!!」

 

 「どう!?」

 

 「ファンタスティック!!」

 

 鼻息を荒げ、スマホを構える二人。

 なんだか、僕まで二人の熱に浮かされたようだ。今僕はどんな格好をしてるんだろう。

 

 「きゃー!! 出久ちゃん大胆!!」

 

 「あ、あたしも着る! お揃いにしよ!? お揃い!!」

 

 「あ、ずるい! 私も私も!」

 

 これだ。

 僕だけを着せ替え人形にすることなく、二人も試着をするから、蔑ろにできないのだ。

 あと、

 

 「とってもお似合いですよ」

 

 ショップの店員さんが試着室前でにっこり笑う。

 

 「あ、はは」

 

 「サイズはいかがでしょうか」

 

 「あ、はい。大丈夫です。あ、でもその、花柄は、その…」

 

 派手じゃないかな。

 それに、これから夏だし…。

 

 「いえいえとってもお似合いですよ?」

 

 ちょっとこの店員さん押しが強い気がする。

 

 「そちらのブラウスが甘いイメージですので、モノトーンのシックなスカートなどと合わせるとよろしいかと」

 

 店員さんはそう言って、にっこり笑って、すっと薄いラベンダー色のスカートを取り出した。

 

 「あ、えっと、あの…、はい」

 

 店員さんまったく目をそらしてくれない。

 強い目力に押し負けて、そのスカートも受け取った。

 

 「いいねいいね! じゃあ私、その間にもっと探してくるね!」

 

 「じゃあ私も一緒に」

 

 二人がサムズアップして広い店内に散っていった。

 きっと山のように服を持ってくるんだろうな。

 

 「あは、は…」

 

 ため息をついて、試着室へ。

 

 「5点ですね。こちらへ」

 

 「うーん、二人ともいつの間にカゴに服を…」

 

 店員さんの勧めたブラウスとスカートのほかに3点も…。

 試着室に入って確かめる。

 

 「ブラウスが二つ、ボトムが一つ…」

 

 ブラウスはどちらも長袖だった。

 二人とも僕が半袖に苦い顔をしていたの気付いていたんだな。

 ちょっとうれしい。

 でもコレ、薄手で、ちょっと胸元透けて…。

 うーん。

 僕が奥手すぎるのかな…。

 もう一つはフリルが袖口などにあしらわれていて、全体的にふわふわだ。ボディラインがでないのはちょっといいかも。でも、すこし可愛すぎるというか…、うーん。

 ボトムはデニムだ。

 タイトなものじゃなく、ボディラインが目立たないものだ。

 …これなら。

 

 「…よくわからない、な」

 

 着てみたが、どうなのかよくわからない。

 似合ってる、かな。似合ってる、よね?

 恥ずかしいけど、二人に聞いてみようかな。

 

 「あ、あの…」

 

 外をのぞくと、そこには誰もいなかった。

 あ、そういえば二人は服を探しに…。店員さんも席を外しているみたいだ。

 

 「あ、緑谷さん」

 

 「…? 人見、さん?」

 

 人見さんが、いた。

 にっこりと笑って僕に手を振っていた。

 

 「奇遇ですね」

 

 「そ、そうだね」

 

 ちょっと、気恥ずかしい。

 人見さんの視線が僕の顔から身体へ下がるのを感じる。

 …?

 あ、服!

 

 「あ、これ、は、その…」

 

 「似合ってますよ、とっても」

 

 「え? あ、ありがとう…」

 

 これどうすれば…。

 一緒に服を見よう、とか?

 いやいや偶然出会っただけなんだし、そんな踏み込む必要も…。

 というか、人見さんは何をしに来たんだろう。

 …服を見に来たに決まってる、か。

 も、もしかしてデート、とか?

 体操服や制服の彼女しか見たことがなかったから、肩だしの明るい色のトップスにデニムスキニーという装いの彼女は新鮮だ。

 いつも下げていた前髪も分けていて、切れ長の目があらわになっている。

 

 「きょ、今日はどうしたの?」

 

 「休みなのでショッピングに…、そしたらちょっと…」

 

 人見さんが後ろを見やって、表情を一転させ、曇らせた。

 

 「え? 一人じゃなかったんだ? その子もめっちゃ可愛いじゃん」

 

 男の人の声。

 現れたのは上下真っ黒なジーンズにパーカーを着た男の人だった。

 軽い口調で、笑いながらこちらへ来た。

 

 「妙なのに絡まれまして…」

 

 男の人に聞こえないように、人見さんがぼそぼそとしゃべる。

 

 「あ、見たことあるぜその子!! なんだ雄英生って本当だったのかよ」

 

 「…ええ、まあ」

 

 肩をたたかれる人見さん。少し、いやだいぶ嫌そうな顔をしている。

 随分気安い人だな、人見さん嫌がってるしここは…。

 

 「あ、あの! 手を…」

 

 「いやぁ、こんなところでまた会えるとはな。なにかを感じちゃうぜ、運命か…因縁か…」

 

 軽薄な、しかしまとわりつくような声。

 そして視線。

 この視線、覚えがある。

 男が人見さんの肩を掴み、ぐいと寄せた。

 もう片方の手でフードを上げる。顔があらわになる。

 

 「お茶でもしようか、緑谷出久」

 

 死柄木弔。

 

 「なっ…!」

 

 「知り合いですか?」

 

 人見さんが心配そうに僕を見た。

 

 「人見さんを、離せ…」

 

 死柄木の手は相変わらず人見さんの肩に触れたままだ。中指だけが彼女の素肌に触れず浮いている。

 あの事件のあと、僕は奴の個性を警察から聞いた。

 五指で触れたものを崩す個性。

 

 「なあに、昔ちょっとあってね。…店の中で騒いじゃダメだろ、天下の雄英の生徒がさぁ。わかるだろ?」

 

 わかるだろ。

 騒げばどうなるか。

 

 「お客様、サイズは…、なにかございましたでしょうか?」

 

 死柄木が後ろからかけられた声に反応する。

 店員さんが戻ってきたんだ。

 しまったと、思ったときにはもう遅かった。店員さんは死柄木のすぐ手の届く距離へ近づいてしまっている。

 まずい、店員さんは死柄木を挟んだ位置にいる。店員さんが騒いだら、こいつは…!!

 店員さんが、僕たちのにらみ合いをいぶかしげに見ている。

 ごまかさないと!!

 

 「なにも…」

 

 「なんにもないよ。あ、この子の今着てる服をこれで買うよ。プレゼントしたらお茶に付き合ってくれるって約束、守ってくれよ?」

 

 僕に向かって囁くように、しかし店員にも聞こえる程度の声量。

 軽薄な声、しかし先ほどのまとわりつく感じはない。

 ただただ軽く、底抜けに明るい、考えなしの若者の声だ。

 

 「あ、ありがとうございます! あの、お釣りを…」

 

 「いいよ、いらない」

 

 死柄木が強引にお金を店員さんに押し付ける。

 

 「荷物は持つよ」

 

 「あっ」

 

 死柄木は人見さんを伴って店を出て行った。

 しまった、スマホは荷物の中だ。連絡が取れなくなってしまった。

 …くそ。

 

 「あ、あの…。大丈夫ですか…? その…」

 

 店員さんが試着室横で動かずにいる僕を不安そうに見る。

 

 「え? あ…、っ!」

 

 連絡を頼もうとしたとき、店の外の死柄木が唇に指を当てて見せたのに気付いた。

 黙れということ。

 死柄木のもう片方の手が、人見さんにいまだ触れているのを見て、僕は口を閉ざした。

 服をぎゅっと握り締める。

 後ろ手に、外へ向かう。

 …頼む。この距離だと、この一瞬しかタイミングがない。

 気付いて…。

 店を出る。

 

 「さて、行こうか」

 

 死柄木は人見さんの肩から手を離していた。しかし、伸ばせば簡単に掴める距離だ。

 いや、掴めるのは人見さんだけじゃない。

 ここは休日のショッピングモール、人であふれかえっている。

 死柄木がその気になれば、通り過ぎるその瞬間に容易く人は殺せる。

 足元を子どもが駆けていく。

 僕の腰ほどにしか背がない小さな子供が、笑って走り回り、お母さんに叱られている。

 死柄木がちらと親子を気にしたのが感じられた。

 汗が頬を伝う。

 

 「まあそう嫌そうな顔をするなよ、話をしようって言ってるだけだ」

 

 にんまりと死柄木が笑う。

 

 「人見さんは、この後デートだよね?」

 

 「え?」

 

 「すっごい楽しみにしてたもんね、おしゃれもばっちりだし。いいなー彼氏さんうらやましい」

 

 「おい、なにを…」

 

 「僕は、フリーだよ」

 

 死柄木に手を差し出す。

 にやりと、死柄木が笑う。

 

 「そっか。彼氏いたのか。道理で反応が悪いと思った。ごめんね邪魔しちゃって」

 

 死柄木が僕の手を握った。

 

 「…ええ。………それでは緑谷さん…、また…」

 

 人見さんは申し訳なさそうに目を伏せて、小走りに去っていった。

 

 「…何の話をするの」

 

 「はは。いいね」

 

 再び死柄木がフードを被る。

 死柄木がベンチを指さした。僕が座るように指示している。

 僕が腰掛ける。死柄木が僕の肩に手をかけ、隣にかけた。肩から首へと手が這う。

 死柄木があたりを見渡した。

 

 「…鬱陶しい人だかりだ。…見ろよ、あの店…ヒーロー殺しマスクなんて売ってやがる」

 

 顎でさしたその先の店の軒先に、確かにマスクは売っていた。

 子どもがふざけて手に取って顔に当てて遊んでいる。

 

 「雄英の襲撃、保須での脳無も、全部が奴にくわれた」

 

 「…一緒に、動いていたわけじゃ、ないのか」

 

 「世間はそう見ているんだろうな。冗談じゃない」

 

 軽い声色。

 しかし、感情は隠しきれていない。

 その端々に、苛立ちを感じる。

 

 「何が、違う。ヒーロー殺しと、俺と」

 

 横に座る僕ではなく、遠くをにらみながら、死柄木がつぶやいた。

 小声で、淡々と。

 

 「どんな能書きをたれようが、奴も結局は気に入らないものを破壊しているだけだ」

 

 淡々と。

 

 「なあ。何が違う。緑谷出久」

 

 首にかかる指の力が強くなる。

 

 「…何が? …お前は、理解も納得も出来なかった」

 

 徒な破壊衝動の塊。

 破壊や攻撃に意味はなく、目標もなく、だからどこへ向かうかわからないという恐怖。

 

 「でも、ヒーロー殺しは理解だけはできた」

 

 「…教えろ」

 

 「僕も、ヒーロー殺しも、始まりはオールマイトだったから。僕はあの時、ヒーロー殺しに助けられた。…奴は、ヒーロー殺しは壊そうとして、壊していたんじゃない」

 

 ヒーロー殺しの破壊は手段だった。

 

 「やり方は、絶対に間違っている。…けど、理想に生きようとした、んだと、思う」

 

 死柄木と目が合う。

 直後、目を見たことを後悔するほどの怖気が全身を覆う。

 

 「ああ、すっきりしたよ」

 

 無表情、しかし声は喜びに満ちている。

 

 「今までの、すべての感情が結びついたような気分だ。そうだ、全部、オールマイトだ」

 

 にまりと、笑った。

 

 「最初から答えは出てたんだ。そうだよ…、あのゴミが、ヘラヘラと笑うから、どいつもこいつも危機感もなくヘラヘラと笑うんだ」

 

 首が締まる。

 

 「まるで救えなかった命などなかったかのように笑いやがる」

 

 息が、できない。

 

 「ありがとう緑谷出久。おかげで全てが晴れた」

 

 「ぐ、う…」

 

 「動くなよ、死にたいのか?」

 

 視線だ。

 視線を感じる。だけど誰のものか、わからない。

 意識が…、朦朧として…。

 

 「出久…ちゃん?」

 

 手の力が一瞬抜ける。

 そして、声と視線の主に気付く。

 麗日さん、だめだ。

 

 「手…はなして…?」

 

 死柄木が麗日さんを見ている。もう片方の手が、この距離だと、すぐに、届いてしまう!!

 ポケットから、死柄木が手を伸ばす!!

 

 「なんでもない! だから、来ないで!」

 

 「連れがいたのか。てっきり一人だと、ごめんごめん」

 

 僕を掴んでいた手まで離して、明るい声でおどけて見せた。

 思わず呆気にとられる。

 

 「げっほ、げほ」

 

 ようやく、息をする。

 せき込む僕を置いて、簡単に死柄木は席を離れた。

 麗日さんが駆け寄る。

 

 「まて、死柄木…!!」

 

 「えっ、死柄木…って」

 

 「“オール・フォー・ワン”は、何が目的なの…!!」

 

 死柄木は足を止めたが振り返らなかった。

 

 「さあな。それより、気を付けるんだな。次会う時はお前が死ぬ時だ」

 

 麗日さんが息をのむ。

 死柄木の姿は雑踏にのまれて見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 「緑谷くん!!」

 

 「緑谷ー!! 大丈夫!?」

 

 「大丈夫かよ!?」

 

 続々とクラスメイトが集まる。

 麗日さんが警察へ通報した後、クラスメイトにも連絡したのだ。

 

 「大丈夫!? 怪我無い!? ごめんね!?」

 

 麗日さんと芦戸さん二人がかりで体中を探られた。

 

 「本当に、けがもないんだな」

 

 「うん。大丈夫」

 

 飯田くんがほっと息をつく。

 

 「あ、あの」

 

 「!! 人見さん! 無事だった!?」

 

 クラスメイトに囲まれて、声をかけられなかったようだ。

 

 「ご、ごめんなさい」

 

 「…ううん。よかった無事で」

 

 「ありがとう」

 

 人見さんが頭を下げた。

 僕はそれに手を振って、

 

 「ううん。それよりごめんね、咄嗟で色々変なこと言っちゃった、かも」

 

 と返した。

 

 「私に彼氏がいたら変ですか?」

 

 「え? いや、そんな」

 

 「いませんけど」

 

 「あ、あはは…?」

 

 返事に困る。

 クラスメイトが全員集まるころには、警察も駆けつけてショッピングモールも閉鎖された。

 予想したよりも警察が早く来たので、僕はすこし驚いた。

 そして僕と、人見さんはその日のうちに事情聴取で警察へ連れていかれた。

 署で待っていたのは塚内さんだった。

 塚内さんに聞けば、通報は麗日さんよりも早く人見さんがしていたとのことだった。

 店員さんにも通報するように後ろ手でハンドジェスチャーをしたのだけど、やっぱり伝わらなかったらしい。一応視線は感じたのだけど、意図までは伝わらないか…。

 

 「…ふむ。君から聞く限り、ヴィラン連合も内部で意志の統一ができているわけじゃなさそうだね」

 

 塚内さんが僕の話を聞いて、ガシガシと頭を掻く。

 

 「そして、オールマイトへの執着は変わらず、と」

 

 塚内さんが目を閉じる。

 

 「…もう少し、留めておければ…よかったんですけど…」

 

 「何を言うんだ。よくやったよ。人質を取られ、自身の命も危ぶまれたのに、冷静によく耐えてくれた。君のおかげで犠牲者はゼロだったともいえる」

 

 うつむく。

 微笑む塚内さんに「はい」とも「いいえ」とも言えず、黙ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 署の外へ塚内さんに連れられて出る。

 

 「緑谷少女! 塚内くん!」

 

 「お、グッドタイミング」

 

 塚内さんが誰かに気付いた。暗闇から長身痩躯の男性が現れる。

 

 「オールマイト! なぜ…?」

 

 「個人的に話すことがあってね、呼んでたんだ」

 

 オールマイトに駆け寄る。

 すると、オールマイトは僕の全身を見て、ほっと息をついた。

 

 「無事でよかった」

 

 「いえ…、あ、あの…手」

 

 「おお、すまない」

 

 頭をなでていた手を離した。

 …言わなくても良かったかも。

 

 「すまなかったね、助けに行けず…」

 

 「いえ…」

 

 助けに行けず、か。

 

 「あの…、オールマイトにも誰かを助けられなかったことってあるんですか…?」

 

 「…?」

 

 唐突な質問。

 オールマイトは少し不思議そうにしつつも、僕の目を見て口を開いた。

 

 「ああ、あるよ」

 

 ぎゅっと、手を握る。

 

 「今もこの世界のどこかで、誰かが傷つき助けを求めている。しかし私も人間だ。手の届かない場所の人々は救えない…」

 

 オールマイトが空を仰いだ。

 ぽつぽつとした口調に、僕は後悔の感情があるのかどうかは、わからなかった。

 

 「だからこそ笑う。私は正義の象徴だ。市民の、ヒーローの、ヴィランの、心を常に灯せるようにね」

 

 …。

 

 「死柄木に言われたことを気にしてるんだ」

 

 塚内さんがオールマイトへ伝える。

 オールマイトが納得したのかうなずくのを見て、今度は僕へ向き直った。

 

 「オールマイトが現場で救えなかった命は一つもない。…深く考え込まないようにね」

 

 「…はい」

 

 「よし、遅くまですまなかったね。お迎えもきていることだし、気を付けて帰るんだよ」

 

 警察署の扉が開く。

 

 「お母さん!?」

 

 「もう…!! お母さんの心臓もたないよ…!!」

 

 既に泣き腫らしている。

 

 「ごめんね、ごめんなさい。でも無事だったから、警察にだって、ヒーローにだって守ってもらったから、大丈夫だよ、だから泣かないで…」

 

 「もう!! 聞いたのよ!? 人質を代わったって!」

 

 「え?」

 

 「警察署内で、待ってる間に、人見さんって子から…!」

 

 「…それは」

 

 「無茶ばっかり!! 体中怪我まみれにして! 心配してもしきれないよ…!」

 

 「ごめんなさい。でも…」

 

 「…うん。後悔してないんでしょ」

 

 「え?」

 

 「…わかるわよ。顔見たら」

 

 「ゆ、許してくれるの?」

 

 「許しはしないわ、また無茶したら、また怒るからね」

 

 お母さんに両肩を掴まれて揺すられた。

 

 「ご、ごめんなさい」

 

 「…また、ね」

 

 オールマイトがつぶやく。

 

 「あ、人見さん」

 

 「…どうも」

 

 「人見さん、ありがとうね」

 

 お母さんがぺこりと頭を下げた。それを見て人見さんが慌てて手を振った。

 

 「え? あの、私何も…」

 

 「通報はあなたがしてくれたんでしょう? ありがとう」

 

 「あ、はい。その、どうも…」

 

 人見さんもぺこりと頭を下げた。

 

 「車の手配を」

 

 「かしこまりました」

 

 塚内さんの部下らしき人が走っていく。

 

 「…人見さん。おうちの方は…?」

 

 お母さんがあたりを見渡して、訊ねた。

 

 「いえ。いないんです」

 

 人見さんは言い淀むことなく、告げた。

 お母さんは気まずげな顔をして、

 

 「それじゃあ、今日は一人…?」

 

 「ええ、慣れてますし」

 

 二台の車が目の前に停まる。

 ドライバーの方が、ドアを開いた。

 

 「それでは…」

 

 「まって」

 

 後ろの車に乗ろうとした人見さんをお母さんが呼び止めた。

 

 「今日は私たちの家に泊まりませんか?」

 




緑谷少女のお小遣いのつかいみち

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