不定期での更新になりますが、引き続き、作品を楽しんでいただけたら幸いです。
今日僕は雄英一般入試実技試験に挑む。
正門を学生が次々通り過ぎていく姿を僕は眺めていた。
ためらっているわけじゃない。
どんな人たちが受けるのか、どんな表情でみんなが挑むのか、ふと気になっただけだ。
…うそだ。
かっちゃんを、正門の近くで見つけたので、鉢合わせたくないから少し間をおいているだけだ。かっちゃんとは以前とかわらず会話はない。
たまにかっちゃんの視線を感じることがある。
僕はそれを無視し続けている。
無視というと、大仰に聞こえるけど、やっていることは単に目をそらしているだけ。
なさけない。
でも、今はかえってよかったのかもしれない。
受験生の、ライバルのみんなには悪いけど、緊張する受験生の姿は僕を少しばかり落ち着かせた。等身大の中学生の姿を見て僕は焦っている自分を自覚できた。
大丈夫だ、僕は大丈夫。
オールマイトがなれるって言ってくれたんだ。
その言葉を嘘にするわけにはいかない。
よし、よし行くぞ!!
「あ、あの、だいじょうぶ?」
「へ? あ、わっ」
急に話しかけられて、踏み出した足の置き場所がわからなくなった。
あれ、僕こける?
…痛くない。
「あ、っと、大丈夫だよ」
僕は浮いていた。
ふわふわと、地上から数十センチほど。
隣でダッフルコートを着た茶髪の女の子が心配そうに僕を見てる。
その女の子は僕の袖をつかんでゆっくり僕を地上へおろした。彼女が両手を合わせると、僕は再び両の足で難なく着地した。
「私の個性なんだ、ごめんね急に話しかけて、驚かせちゃった。転んじゃったら縁起悪いもんね」
「あ、え、いや」
「緊張するよねえ」
「あ、うん」
「お互い頑張ろう、じゃーね」
ふりふりと、手を振ってその子は足早に受験会場へと向かって行った。
僕はその後姿をぼんやり見ていた。
いい子だったな。
元気で、はつらつとしていて。
僕、うまく受け答えできてたかな…。
…がんばろう。
今度こそ、ちゃんと一歩踏み出した。
「今日は俺のライブへようこそー!!! エヴィバディセイヘイ!!!」
度肝を抜かれる、とは今の僕の心境をまさに指すのだろう。
まず、その第一声に。
次に、そのテンションに。
そして同時に壇上の人物を見てその二つについて納得する。
ボイスヒーロー“プレゼントマイク”。
彼のラジオは毎週きいている。
今ここが、僕の部屋だったなら、「ようこそー!!」と叫んでいただろう。たぶん小声で。
雄英の講師は皆がプロのヒーローだという。
すごい、すごいぞ。本当に僕は今、雄英を受験しているんだ。
「こいつはシヴィー!!! 受験生のリスナー! 実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!! アーユーレディ!?」
YEAHの返事は誰からもなかった。
ごめんなさいプレゼントマイク、僕も家ならやるんだけど。
今すると、目立っちゃうから。
僕がそわそわしていると、となりのかっちゃんがカツカツと机に指を立てた。
黙っていよう。
「入試要項通り! リスナーにはこの後! 10分間の“模擬市街地演習”を行ってもらうぜ!! 持ち込みは自由! プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かってくれよな!! OK!?」
返事はまたなかった。
演習会場…。机に置いてあるかっちゃんの受験票を盗み見る。僕とは違う会場だった。
はっきり言って安心した。
…、あれ?
かっちゃんも机に置いた僕の受験票をいま見た…?
かっちゃんの表情が気になるけど、見るのは怖い。
「演習会場には“仮想敵”を三種、多数配置してあり、それぞれの攻略難易度に応じて1pから3pのポイントを設けてある!! 各々なりの個性で“仮想敵”を行動不能にし、ポイントを稼ぐのがリスナーの目的だ!!」
あ、けっこう真面目な説明をするんだなプレゼントマイク。
「もちろん他人への攻撃などアンチヒーローな行為はご法度だぜ!?」
「質問よろしいでしょうか?」
「! もちろんだ受験番号7111くん、どんなお便りかな!?」
「プリントには四種の敵が記載されています! 誤りであれば日本最高峰たる雄英において恥ずべき痴態!! 我々受験者は規範となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです!!」
すごい。
この衆目の中、質問するなんて。
しかも雄英をある意味下げる発言をするなんて。
勇気があるなぁ。
青みがかった色の髪、眼鏡をかけた彼はまっすぐプレゼントマイクを見ている。
みんなが彼を見ている。
「オーケー、ナイスなお便りサンキューな! 四種目の敵は0p、そいつは言わばお邪魔虫! 各会場に一体だけ、所狭しと大暴れしている“ギミック”よ!」
「ありがとうございます失礼いたしました!」
質問した受験生が頭を下げる。
なるほど、ステージギミックか…。
「俺からは以上だ!! 最後にリスナーにわが校の“校訓”をプレゼントしよう、かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った! “真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者”と!!」
それは、知っている。
僕はずっとこの言葉をのみこめずにいた。
でも、今なら、今こそ。この言葉を自分のものにするんだ。
「“Plus Ultra”!! それでは皆良い受難を!!」
受験会場は、広かった。
まさに街そのもので、ビル群の立ち並ぶオフィス街といったところだろうか。ビルに視界を阻まれるため、“仮想敵”を索敵することが難しくなる。
細い路地もあり、戦い方にも影響が出るだろう。
あたりを見渡すと、受験生は各々が思い思いの行動をとっていた。
見るからに緊張している受験生や不安げな様子で地面を見つめる受験生がいると思えば、一方で自信に満ちた顔つきで今か今かと時計をにらみつつ試験開始を待つ受験生もいる。
見れば先ほどプレゼントマイクに質問していた彼もいた。
軽装で、これといって目立った装備はなかった。入念にストレッチを行い、試験に備えているようだった。
すぐ近くには、正門の前で話した女の子もいた。
…お礼言いたいけど、どう言えばいいんだろう。彼女は緊張した様子で、目をつぶっていた。邪魔になるかもしれないな。いまは、いまは話しかけずに、終わってからにしよう。別に人見知りしたわけじゃない。
かく言う僕も緊張している。
僕は雄英の受験を考えてから、ずっとこの実技試験が不安だった。
僕の個性は超人的なパワーやスピードは得られない。
どうするか考え続けた。
そして入試要項が得られ、“仮想敵”を倒す…行動不能にする必要があるとわかったとき、僕は素手で戦うことは難しいと感じた。
簡単な話、自動車のような機械を素手で破壊できるか、ということだ。
こたえは無理だ。
おそらく本気で殴ったり、蹴ったりすればいつかは壊れるだろう。
でも、限られた時間の中でそれが可能だろうか。
それよりも僕の手や足が壊れる方が早いだろう。
武器が必要だ。
簡単に扱えて、簡単に手に入る、そんな武器。
そして僕は金属バットを手にした。
…見た目の印象はちょっと悪いかもしれない。
今ではめっきりスポーツ人口も減って、金属バットは手に入れるのに思いのほか苦労した。
バットの両端をもって伸びをする。
周りを見渡せば、僕のように道具を持ち込んでいる受験生は少なからずいた。服装も人それぞれ多様だ。みんなはたぶん個性に合わせた服装や道具を用意してきているのだろう。
僕も考えてバットを持ってきたが、これがベストだったかはわからない。
…大丈夫、やれるさ。
「ハイスタート!!」
「え…?」
プレゼントマイクがいると思しき展望台を見上げる。
「どうしたあ!? 実戦じゃあカウントなんざねえんだよ!! 走れ走れ!! 賽は投げられてんぞ!!?」
やばい、と思ったときにはもう遅かった。振り返ると、先ほどまで周りにいた受験生は街へ向かって猛ダッシュしていた。
まずい、出遅れた!!
落ち着け…!! 大丈夫だ。
僕も遅れて駆け出す、足の速さには少しだけ自信がある。この広いステージでこの程度の遅れは大したことない。
大丈夫だ、忘れるんだ。何をすべきかを考えるんだ。
前方の少し先に受験生は塊になって走っている。少しずつだが路地へと分散していっているようだ。路地へ行くことはメリットもデメリットもある。
メリットは競争相手が少ないこと、細い路地ならば“仮想敵”の動きも制限されること。
デメリットは索敵が難しくなること、敵と同様に自身の動きも制限される可能性があること。
僕は…、どうするか。
ちょうど前方に脇道があるのが見えた。
受験生は中心地へ向かっているようで、誰もその路地へは入ってないようだった。
よし、行こう。遅れて中心地へ行っても敵は全部攫われているかもしれない。そう思って、路地への入り口をにらんでいると、そこから大きな音を立てて一体のロボットが飛び出してきた。
細い路地を無理やり走破したそのロボットは、ビル壁面を砕きつつ飛び出し、僕の前に立ちふさがった。大きな二つのアームに“1”とペインティングされている。1Pの敵だ。
「標的捕捉!! ブッ殺ス!!」
言葉悪いなこのロボット!!
敵は僕を顔らしきパーツで認識し、猛スピードでかけてきた。
来た来た来た!!
僕はバットを握りしめ、動かずに相手が近づくのを待った。その敵は二本のアームを持ち、片方に機関銃らしきものを装備していた。銃があるのに近づくのは、ある一定の距離より外にいる受験生に対しては射撃をするのか、それとも受験生が複数人いると射撃するのか。
キャタピラで移動しているその敵は、どうやら胴体からのびる顔らしきパーツで僕を認識しているらしい。近づいて、アームで攻撃をするのだろう。
アームが届く距離までもう少しで近づく。
バットを片手でぎゅっと握る。
予想通り、敵はアームを上に振りかぶった。そのまま振り下ろす、それを僕は難なく避けた。アームの可動範囲は関節を見る限り狭そうだ。
もう一方のアームを振りかざしてきたので、少し後退し、アームの届かない安全圏へ一旦逃げる。
よし、大丈夫だ。
少なくとも敗けることは絶対にない。
僕の個性は“人の意識を感じ、引き寄せる”個性だ。わかっていたことだが、今回のこの実技試験では相手がロボットであるため後者の“引き寄せる”個性は使い道がない。
“引き寄せる”個性の究明に、僕はとても苦労した。なにせ一人では調べようがない個性なのだ。…友達のいない僕は、大部分をお母さんに手伝ってもらうことで確かめた。ありがとうお母さん。
分かったのは、本当に相手は人に限定されるということだ。犬や猫、烏から金魚、虫に至るまで試したが、効果は見られなかった。アリに対して日がな一日「僕を見て」と呼びかけたのは珍体験だろう。
そして今回の相手はロボットだ。
もし人がモニターを通してこのロボットを操縦しているのであれば、僕の個性は使うことができる。しかし、僕の個性の効果は対象者との距離に比例する、この場合はロボットとの距離ではなく操縦者との距離だ。操縦者がいたとしても、この街にはいないだろう。つまり僕の個性は届かない。
そして、このロボットが無人であるならば、僕の個性はまったく通用しない。
僕は自分に向けられた視線、意識がないことを確認し、このロボットは無人で動いていることを確信した。
大丈夫だ、たとえ意識を感じずともこの程度の速度の攻撃は、普通に避けられる。オールマイトのスーパーボール訓練は僕の身のこなしそのものを向上させた。さすがにあの速度の跳弾や、面での射撃になればよけきれないが…。オールマイトは一人で、しかも素手で面での射撃を可能にする男だった。
一定の距離を保ちつつ、万一射撃されぬように、アームが届く範囲で避け続ける。避け続けながら、僕は考え事をしていた。
壊すなら、あの顔のようなパーツだろうか。
行動不能にすればいいのだから、おそらくセンサーが集中しているであろうパーツが壊れたら行動はできないだろう。問題は、あのパーツにバットを当てるためには敵の懐に入り込む必要があることだ。
さすがに懐に入り込めば、アームでの攻撃も受けてしまう可能性がある。
だが、やるしかない!!
相手が再びアームを持ち上げる。ぐっと右足を大きく踏み込み、一気に駆け出す。相手がアームを振り下ろす前に、相手の正面から堂々と接近する。
右手に持ったバットを大きく後ろへ振りかぶる。そして、下からすくい上げるように、相手の顎を打ち抜いた!!
パーツが吹き飛ぶ。
スイングで最も速度がのる瞬間のヒット。
ドンピシャだ。
一旦、後ろに下がる。振り上げたアームがだらんと下がり、大きな音を立てて地面に激突した。
…倒した。倒したぞ。よし、大丈夫だ。僕はやれる。
超人的パワーやスピードはない僕だけど、身体の使い方について詳しくなった僕は力をうまく伝える方法は多く得ている。筋力などは常人の域は出ないけど、戦えるぞ。
ぼんやりしている時間はない、まだ1Pだ。みんながどれだけポイントを稼いでいるかもわからない、早く次の敵を探そう。
あれから五分は経っただろうか。
僕はあれから敵を数体倒すことに成功し、合計14Pを手に入れた。内訳は1Pが合計6体、2Pが合計4体だ。…たぶんこれでは合格ラインには達していないだろう。なぜなら、
「ふー…28P…」
「45P!!」
中心地で戦っている彼らが、そんなことを言っているからだ。
まずい、まずいよ。
「あと二分!!」
そんな僕の焦燥を見透かしたようにプレゼントマイクがダメ押しのアナウンスをする。
本当にやばい!!
中心地の敵は他の受験生にとられている、もっと奥へ行かないと!! 駆け出したその時、轟音が鳴り響いた。重低音のそれは、超質量の何かがズシンと動く音だった。そうちょうどMt.レディが歩くときのようなそんな音…。
見上げると、それはいた。
巨大なロボット、ビルを破壊しつつ、中心地へ、僕らへ向かっていた。
あんな巨大ロボットどこから!? いや、いつから!?
ロボットの外装をみて気付いた、ビルに擬態していたんだ。それが急に動き出した。
まずい、あれは無理だ。デカいよ、デカすぎるよ!!
やばい、にげなきゃ、まだポイントを稼がないと!!
棒立ちになって巨大“お邪魔虫”を見上げていた僕の横を、多くの受験生が駆け抜けていった。中心地で戦っていた受験生たちだ、ぼ、僕も逃げないと!!
「いったぁ…」
後ろから、女の子の声がした。
か細い声だった。この声に僕は聞き覚えがあった。そして、視線を感じた。その視線にもやっぱり僕は覚えがあった。振り返ると彼女はいた。
入試前に話した、あの子だ。
巨大ロボットの手前で転んでいる。いや、転んでいるだけじゃない。がれきで足をつぶされている!!
そのとき、僕の目の前は真っ白になった。
時が止まったように、思考は速度を増して、入試前の彼女の言葉を思い出していた。
“転んじゃったら縁起悪いもんね”
た、たすけないと!!
巨大ヴィランが進み続けている。速度は遅く見えるけど、巨体ゆえに距離感がつかめない。彼女は一人じゃ持ち上げられないのか、その場で動けずにいた。顔色が悪い、どこか別の場所もケガしているのかも。
中心地へ、僕は走っていた。
彼女をたすけるために。
でも、どうやって!?
彼女の足をつぶしているがれきは、僕がどうやったって持ち上がりそうにない。バットを放り出してフリーになった両手は、がれきをつかむ前に動きを止めてしまった。
だめだ、僕じゃたすけられない。
どうしよう、どうしよう!!
この間にも巨大ロボットは僕らへと近づいていた。
どうしようもない…!?
「だ、だめだよ、逃げて…!!」
下から声、彼女が僕を見ていた。痛みに耐えかねて声が震えている。
彼女がにこっと笑った。
その瞬間僕は元居た路地へと、他の受験生の後を追って走り出した。
ごめん!!
ごめんよ!!
僕じゃ君をたすけられない!!
「ちくしょう、ちくしょう!!」
全力で、走って、さっき中心地にいた受験生の集団を見つけた。
でも、だいじょうぶ。
僕じゃたすけられないけど、きっと彼らなら!!
言葉は短く、端的に!!
「逃げるな!!」
だれが、だれが言ってるんだバカヤロー…。自分でも思う。逃げるな、だなんてどの口が。
背中を向けていた受験生が一斉に振り返って僕を見た。いや、にらみつけた。
こわい!!
いや、いいんだ、僕を見ろ。
「ひ、ヒーローなら!! 人々をたすけろ!! あそこに、女の子がいる!! がれきで足をつかまれて動けない!! 敵から逃げる腰抜けでもがれきぐらい持ち上げられるだろ!? 早く!! …たすけて!!」
最後はもう、涙が出ていた。
情けなくって。
お願いだからたすけてって、他の人に懇願して。こんなヒーローいないだろ。
「…どこだ?」
「え?」
「どこにいるんだ、その子は!!」
眼鏡をかけた男の子が訊ねてきた。質問をしていた人だ。
ぐいっと涙を手首で拭う。
「あ、あそこ!! 信号機の足元!! です!!」
「増強系の個性はいないか!? がれきを持ち上げる奴が必要だ!!」
「おれがいこう!」
あっという間にみんな巨大ロボットへ向き合った。
すごいよ、やっぱりみんなすごい人たちだったんだ。
「いや、見たところ、あの程度のがれきなら二人いれば持ち上がる、君!!」
「え?」
さっきの眼鏡くんに呼びかけられた。
「来い!! 僕の個性ならだれよりも早くたどり着ける!! 一刻の猶予もない!! 早く!!」
「! うん!!」
「背中に乗れ!! 振り落とされるなよ!!」
僕が彼の肩をつかむのと同時に彼は走り出した。まるで風のように、すさまじい速度で、彼は彼女の元へあっというまにたどり着いた。
「いた!! 彼女だな!?」
「うん、右足をがれきが…」
彼女が、こっちに気付いた。
「あれ…、さ、さっきの…」
「大丈夫!! 僕たちが来た!!」
にかっと笑う。
オールマイトなら、こう笑うだろうってイメージで。
「持ち上げるぞ!! いいか!? せーのーっで!!」
がれきは、わずかに持ち上がった。
「動ける!? 早く出て!!」
ずりずりと、ゆっくりと、しかし着実に彼女はがれきから脱出した。
「出た!! ありがとう!! ありがとー!!」
「ゆっくりはしていられないぞ!!」
彼が叫ぶ。その前に僕は異変に気付いていた。巨大ロボットのアームが高く持ち上げられている。巨大ロボットは1Pのロボットと同じようなアームを持っていることに、僕は気付いていた。
おそらくは行動パターンも。
なら、いま、こいつは、これからその腕を…?
「こっちだ!! こっちを見ろ!! くそったれロボットが!!」
僕は、何も考えず、飛び出してロボットを見上げていた。形だけのファイティングポーズをとって。
何をしてるんだ僕、ロボット相手に。
「馬鹿!! 君!! なんてことを、逃げるんだ!!」
「投げて!! 私を投げて!! 早く!!」
「何を…? そんなのできるわけ…っ! わかった!!」
アームが、振り下ろされる。
ごうごうと、空気をかき分けて、超質量のアームが、僕めがけて。
目を閉じた。
衝撃を、受けた。上からじゃない、横から。
「終了ーーーーー!!!」
プレゼントマイクの声。
あれ、まだ生きてる。
目を開ける、僕の頭上、数メートルでアームは静止していた。
あ、あはは。
気づけば僕は地面にあおむけに倒れていた。
「よかった!! よかったよー!! うっぷ…」
僕の、おなかのあたりで誰かが泣いていた。見覚えのある髪の毛。彼女だ、彼女が僕を押し倒したんだ。
「…なんてことをするんだ君は」
「あ、さっきの…」
見上げると先ほどの眼鏡の男の子がいた。眉間にしわをよせて、不機嫌そうだ。
「危険な行為だ!! わかっているのか!!」
「あ、え、…ご、ごめんなさい」
大声で、怒鳴られた。
そうだよね、最後のは自分でも馬鹿だなって今は思う。
彼が怒るのは当たり前だ。
ふう、とため息が聞こえた。
「…目が覚めた思いだよ、君の啖呵はすごく響いた、ありがとう」
「…どういたしまして?」
急に話が変わってついていけない。
啖呵…? あ、あの、呼び止めたときのことか!!
は、恥ずかしい。
顔を思わず下げてしまう。
「あの、…ありがとう、たすけてくれて!!」
再び上から声をかけられた。見上げると、あの茶髪の女の子がいた。足を痛めたせいか、眼鏡の彼の背中におぶさっている。ひょこっと顔だけ出して心配そうに僕を見ている。目が赤い。
「あ、いえ、た、たすけたのは彼ですし」
「? 二人でたすけてくれたんでしょ? ううん、気付いてくれたのはあなただけだった、ありがとう」
「その通りだぞ君!!」
…うれしい。
なんだろう、すっごくうれしい。
「うん、うん。…どういたしまして!!」
二人とはその会話のあとわかれた。女の子のけがを医者に診せるため、眼鏡の彼が運んで行った。彼女は僕に別れ際にも手を振ってくれた。
オールマイト…、僕やりきったよ。
でも、ポイントは14Pだけ…。
たぶん、これだけじゃあ…。
ゆっくりと、立ち上がる。
…やりきった。そうさ、やりきった。
けど、なんだか後悔が残るような…。
さっきから視線を感じている。さっき僕が啖呵を切った受験生だろう。僕は、気にしないふりをして、受験生控室へ向かった。
帰り道、バットを探したけど、見つからないからあきらめた。
帰ったら、お母さんになんて報告しよう。
あれから一週間後。
まだ、通知は来ない。
「この魚、おいしいね。なんていう魚だっけ?」
「…秋刀魚よ。出久、ちょっと大丈夫!?」
「あ、あはは。だ、大丈夫」
上の空だった。
長く感じる。オールマイトのくれた訓練メニューを毎日こなして、海浜公園をランニングするだけの一週間だった。今までの人生の中で最も長い一週間だっただろう。
海浜公園に、オールマイトは現れることはなかった。連絡も取れない。
考えることは雄英の試験のことばかり。
筆記試験は自己採点したところ問題なく合格ラインを超えていた。だけど、実技試験は…。
「通知…今日明日だっけ? 届くの?」
「うん…」
「もう! 雄英受けるってだけでもすごいことだと思うよ、お母さん」
「うん…」
間違いなく、気を遣わせている。心苦しいけど、ずっと外にいるわけにもいかない。今日のランニングは済ませてしまったのだし、家族を避けるのは、良くない、気がする。
オールマイトのことは母にも話していない。
オールマイト、ごめんなさい。
でも、僕はやっぱり、何度あの試験を受けても、ああしてたと、そう思うんだ。
「出久!! 出久!!」
母が呼びかける。
「来た!! 来てたよ!!」
手には雄英高等学校と書かれた包みが握られていた。
包みを前に、祈るように手を握っていた。
薄くはない。
不合格通知なら紙一枚だよね…? でも合格通知でも紙一枚?
…くそ!!
どうせ結果は変わんないんだ!!
封蝋をはずし、開く。中には小さな機械が入っていた。これは…プロジェクター?
ブン、と起動する。
「私が投映された!!」
「オールマイト!!?」
思わず叫ぶ。手元の包みに雄英高等学校と書いてあることを確認する。
「諸々手続きに時間がかかって連絡が取れなくってね、いやすまない!! 私がこの街へ来たのは他でもない、雄英に勤めることになったからなんだ」
雄英に、オールマイトが!!
「さて、試験だが」
急に気になっていた話題へ移ったので、全身に力が入る。
どくんどくん、と自分の心臓の音が強く感じられる。
「筆記は素晴らしい結果だった。一方実技は14P、残念だが不合格だ」
…わかっていた。わかっていたさ。
全身の力が抜けるのを感じた。
正しいことをしたと、自分に言い聞かせていた。もちろん正しいことだと本心から思っている。でも、正しいことをしたからっていう言い訳を、僕はしていないか?
悔しい。
心から悔しく思えない自分も、悔しい。
「それだけならね! 先の入試!! 見ていたのは敵Pのみにあらず!!!」
え…?
「人を救ったヒーローを排斥しちまうヒーロー科などあってたまるかって話だよ!!」
思わず見上げる。
画面の中でオールマイトが笑っている。
「きれいごと!? 上等さ!! 命を賭してきれい事を実践するお仕事だ!! レスキューP!! 我々雄英が見ていたもう一つの基礎能力!!」
バン!! とオールマイトが横にあるホワイトボードをたたく。そこには、僕のポイントが…、
「緑谷出久、30P!」
もしかして、僕、もしかすると…。
「合格だってさ」
エンターテイナーすぎるよオールマイト…!
今度会ったら、叩いてやる。…いや、文句だけにしようかな。
「救助は飯田天哉、あの眼鏡の子だが…、彼と共に行ったものだから、もちろん彼にも入っている!! そして麗日お茶子、君をたすけた彼女にももちろんね!!」
ぐいぐい、と涙をぬぐう。
「来いよ緑谷少女! ここが君のヒーローアカデミアだ!!」
多くにたすけられている。
彼女…麗日さんにも、飯田くんにも、お母さんにも、オールマイトにも。
僕は彼らのおかげで、昔の自分と変わることができた。そう思うんだ。
「っはい!!!」
雄英だ!! 雄英に行くんだ!!
そういえば麗日さんに入試前のお礼を言えてなかったことを思い出した。
高校で言おう。
今度は、ちゃんと言えるはずだ。
ありがとうって。
出久ちゃん絶対にお茶子ちゃんにゲロぶっかけられた。