赤い弓兵に成り代わり、ファンタジー世界で第二の人生を 作:松虫
ラフィールを抱き上げて運ぼうとしたら、顔を真っ赤にして止められた。
「あの!大丈夫です、僕これでもヒーラーですから・・・自分で治せます」
ヒーラー?ヒーラーってあれか。回復魔法&補助魔法の専門家か。ケ〇ルとかホ〇ミとかいうやつだな。
私がしげしげと見守る中、ラフィールは翡翠色の宝玉が埋め込まれた杖を足首にかざし、魔法の詠唱に入った。
「母なりし大地よ。慈しみ給え、癒し給え、我が苦しみを取り除かん」
ふわりと蛍のように、宝玉と同じ色の光の玉が幾つも現れ患部に集まっていく。それが一つに収束し、やがて消えた。
「もう大丈夫です。ちゃんと歩けますので、心配しないで下さいね」
ラフィールはすくっと立ち上がった。
成程成程、これが魔法か・・・・・・当たり前だが初めて見た。
「凄いな」
感心して呟くと、ラフィールにおずおずと問いかけられた。
「まるで・・・・・・魔法を見たことないような口ぶりですね?」
まぁそう言われるだろうな。実際その通りだし。
しかし、言えるだろうか。自分、魔法のない別世界から、神様助けて死んでこっちの世界に転生してましたー、ちなみに元・女でーす、とか。
・・・・・・言えるわけないだろ!そんなのいたら完全に痛い人だわ!
私は色々考えてきた言い訳を、しれーっと口にした。
「そう見えてもおかしくないだろう。何せ、私は殆どの記憶を失っているからな。」
「・・・・・・ええぇ!?記憶喪失なんですか!?」
目を見開いて驚くラフィールに、私は言い訳を続ける。
「自分の国も、名前も、全てわからない。気がついたら、この森に倒れていたんだ。アーチャーというのも、自分の中に残った唯一の言葉だったからね。とりあえず名前として名乗っているんだ。」
「ちなみにワタクシですが、ラフィール様と同じでございます。アーチャー様に命を救われたので、その恩返しにお側でお仕えしているのですよ!」
ラピッドと二人、顔を見合わせてうんうんと頷きあった。
「ああ、アーチャー様!その身にどのような不幸が起きたのかワタクシはとんとわかりませぬが、全ての記憶を無くしてしまった今の貴方様の知識量は、産まれたての赤子同然と言っても変わらぬでしょう!何とお可哀想に!」
「全くだ。しかし、身体に染み付いた戦闘技術だけは消えないでいてくれて本当に助かるよ。」
やや芝居がかった口調で、ラピッドは私の肩にちょこんと留まり頬に頭を擦り付ける。
これはラピッドと二人で考えた内容だが、さてさて・・・反応の程は?
「あの・・・・・・僕はまだヒーラー見習いだし、僕如きが役に立てることがあるとは思いませんけど・・・わかることなら何でも答えますから、聞いてくださいね」
うん、純粋だなぁラフィール少年。何となく罪悪感を感じるのは、気のせいじゃないだろう。
「ああ、そうさせてもらおう」
ごめんねとありがとうの意味を込めて、私はラフィールのふわふわした、明るい茶色の髪を撫でたのだった。
~ラフィール視点~
ここから僕の村だと、あと少しも歩かないうちに到着するだろう。
僕はそうアーチャー様に告げて、二人静かに歩いていた。
途中、アーチャー様はちらほらと道中の虫や植物なんかに目をやり、ちょっと驚いたり、珍しげに眺めてみたりしている。
記憶喪失、だとこの人は言っていたが・・・・・・確かに、僕の魔法を感心したように見ていたり、今みたいに、僕の村の子供でも知ってるような生き物に関心を示したりしている。
ただ、僕に言わせれば、アーチャー様の方が数倍も珍しい人だ。
僕を助けてくれた時に、アーチャー様が使った、「何も無いところ」から剣を作り出したあれは、魔法と呼んでいいのだろうか?
もし魔法だと呼ぶのなら、あんな魔法は見たことがなかった。
「ラフィール君、君の村はどのようなところかね」
僕が色々考え込んでいると、不意にアーチャー様が口を開いた。
「確か、カタールといったね。特産品はあったりするのか?」
「特産品、ですか」
僕は少し考え込んで、思い当たる話をぽつぽつと語る。
「カタールは、この森を開拓した村になります。特産品という程でもありませんが、薬草や香草なんかがよく取引されてますね。」
「ほう、香草か。それは、お茶にもできるのか」
香草という言葉に、アーチャー様が食いついた。
「料理に使ったりするのがメインですが・・・・・・まぁ香草も元を正せば薬草の一種ですからね、煎じて飲むのはしてますよ、飲み薬として」
妙な所に食いつくなぁと、若干勢いに引きつつ、僕達は薬草の話をしながら歩みを進めたのであった。
やがて、村の入口が見えてきたのだが、何やら騒がしいことになっている。
見れば、その中心にいるのは僕の両親だ。
「父さん、母さん。一体何事!?」
「ラ、ラフィールか!?お前、怪我は!?」
「ラフィール!生きてたのね!!」
駆け寄った僕を見て驚く父さんと、涙ぐむ母さん。三者三様に違う反応をとり、僕は母さんに思い切り抱き締められる。
「ちょ・・・何なの!?何かあったの!?」
お客様の前だというのに、母さんも父さんも、アーチャー様の姿が目に入っていない。
「失礼だが・・・少し落ち着かれてはどうだろうか。何があったのか、息子さんに話をしてあげてほしい」
がやがやとした喧騒の中、低く落ち着いたアーチャー様の声は、不思議とよく通った。
皆一斉に静かになり、視線が幾つもアーチャー様とラピッドに向けられる。
「ラフィール・・・・・・こちらは?」
警戒した様な視線をものともせず、アーチャー様は悠然と名前を名乗った。
「私は怪しい者ではない。そこのラフィール君と訳あって同行させて貰っている、アーチャーと呼んでくれ。そしてこっちが」
「ワタクシ、フェアリードラゴンのラピッドと申します!カタール村の皆々様方、どうぞよしなに!」
くるるるる、とラピッドが可愛らしく鳴いて、アーチャー様の肩で一礼するのを、皆目を丸くして見ている。
当然だ。フェアリードラゴンなんて、そんな珍しいものは滅多に拝めない。
アーチャー様の件で頭が一杯になっていたが、ラピッドもかなり目立つ。
僕はジタバタと母さんの腕から抜け出して、僕とアーチャー様にあった事を説明したのだが結果、村の騒ぎは、僕が原因だったということが判明した。
「タンバルが、狩りの途中でオーガエープの死体を見つけたと言っていてなぁ・・・・・・聞けば、お前が薬草をとりに向かった方向だし、帰ってこないし、何かあったのかと心配で心配で」
父さんは安心したように溜息をついて、アーチャー様へ深く頭を下げた。
「アーチャー様、息子を救ってくださって、本当にありがとうございました。貧乏な家ですが、精一杯おもてなしさせていただきます」
母さんと僕も、それにあわせて頭を下げる。
「いや、そう畏まられてもな・・・・・・顔を上げてくれないか。私は、当然のことをしたまでだ」
アーチャー様は居心地悪そうに言い、微かな苦笑を浮かべている。
「アーチャー様、わかると思いますが、オーガエープはそんじょそこらの村民が対応できる代物ではないのですよ。こんな村の近くで発見されれば、冒険ギルドに討伐依頼を出すレベルでございますから」
「そうなのか。ふむ、確かにあの感じは、普通の一般人がどうこうできんものだな」
そっとラピッドがアーチャー様に耳打ちするのを横目に、僕はその赤い外套の端を引っ張った。
「アーチャー様、とりあえず僕の家に行きましょう。こんな所で立ち話もあれですから。さっき話した香草茶、煎れますよ」
村の皆から注がれる、物凄い好奇心の眼差しを背後に、僕はアーチャー様を自宅へと案内した。
~アーチャー視点~
ラフィールの家に案内される間、私とラピッドは視線の集中砲火を満喫していた。
「フェアリードラゴン自体が珍しい存在なのか?」
「珍しゅうございますとも。ワタクシ達は、普段人間の目に付くことを嫌って、森の奥深くで暮らしております。フェアリードラゴンの姿すら見たことない人間が殆どです。というか、ドラゴン全般が簡単にお目にかかれる存在ではございませんが・・・・・・」
ラピッドはあまり気にしていないようだが・・・・・・如何せん私はこうも注目されることに慣れていない。
「まぁ、目立つ理由は、ワタクシだけではないのでしょうがね」
エメラルドグリーンの目が私を見やり、楽しげな笑みの形をつくる。
・・・・・・何でそんなにニヤニヤしてるんだ、ラピッドよ。
そうこうしているうちに、ラフィールの家へと到着した。
白い土壁、屋根は日本でも見かけた茅葺き屋根のよう。ゲームなんかで見る、まさに「村人の家」である。木でできた扉を開け、中へとお邪魔すると。
「ラフィ兄ちゃんおかえりっ!」
可愛らしい声がして、ラフィールに小さな女の子が飛びついてきた。歳の頃は、七歳八歳前後だろうか。
胸元の黄色いリボンがワンポイントの、薄い緑のワンピースを着た、ラフィールとよく似た顔立ちの子だ。
「こら!お客様の前だぞ」
ラフィールが女の子の肩を軽く叩くと、女の子は私がいることに気付いたのか、鳶色の目を向ける。
そしてきゃっ、と小さな悲鳴をあげて、ラフィールの後ろに隠れてしまった。
「ほら、ちゃんとご挨拶しなさい」
ラフィールのお母さんが呆れ顔で言うが、恥ずかしがり屋なのか中々顔を出さない。
可愛いなぁ、と思わず微笑みがもれ、私は怖がらせないようにそっと片膝を付いて目線を低くした。
「初めまして、小さなレディ。私はアーチャー、君のお兄さんのちょっとした知り合いだ。仲良くしてくれると嬉しいな」
おずおずと顔を出す女の子に私は笑いかけ、そしてラピッドに目配せする。
「お初にお目にかかります、ワタクシはフェアリードラゴンのラピッドと申します。お嬢様のお名前を聞かせて頂いてもよろしゅうございますか?」
心得たとばかりに、ラピッドは私の肩の上で執事のような慇懃さで自己紹介してみせる。
わぁ、と女の子の目が輝いた。
「ミ、ミーナ・・・バレット、です」
ラフィールの背中からもじもじしながら出てくると、小さいながらもしっかりした声で挨拶してくれる。
「ありがとう、ちゃんと挨拶ができて偉いな」
ぽんぽんと頭を撫でてやると、ミーナちゃんは嬉しそうにはにかんだ。
「さぁさ、ミーナお嬢様!どうかこのラピッドと遊んで下さいませ!」
「う、うん!ママ、遊んできてもいい?」
ラピッドが早速子守を買って出てくれる。ミーナちゃんはラピッドをいそいそと抱えると、お母さんがにっこり笑って頷くのを確認して、外へと駆け出して行った。
微笑ましい光景を見送って、私は立膝の体勢から立ち上がる。
「ありがとうございます、アーチャー様」
お母さんが頭を下げるのを片手で制していると、ラフィールの物言いたげな目に気付く。
「アーチャー様って、見た目によらないですよね」
「それはどういう意味かね」
「ラフィール!失礼な事を言うんじゃないッ!!」
ジト目でラフィールの失言につっこめば、お父さんが彼の頭に拳を落とした。
さてさて、とりあえず私はシンプルな食卓の椅子に腰掛けて、ラフィールの煎れる薬草茶を今か今かと待ち侘びていた。
生前の好物の一つに、お茶が含まれるのだが・・・紅茶や緑茶は勿論の事、何より目がないのがハーブティーの類だ。
色々種類があるし、香りはいいし、見た目も面白い。
なので、この世界の薬草茶もかなり期待しているのだが。
「お待たせしました、ホージィーの茎のお茶です」
ラフィールの口にした名前に、私はん?と首を傾げた。
ホージィー?まさか、まさかな?
「あ、ああ、ありがとう。頂こう」
私は白い茶器を口元まで持っていき、思わず乾いた笑いを洩らした。間違いない、これ、ほうじ茶だ。正しくは、茎ほうじ茶。
「・・・・・・何やら、懐かしい感じがするな」
一口飲み、よく知った味と香りに溜息が溢れる。まさか、こんな世界に来てほうじ茶が味わえるとは。
「アーチャー様、何か思い出しそうなんですか!?」
「いや、何も思い出すことはないがね・・・・・・何故かそう思っただけだよ」
記憶喪失設定の事を忘れて迂闊な事を言ったせいで、ラフィールが若干食い気味に迫ってくるが、さらっと躱した。危ない危ない、気をつけねば。
意外な所で意外なお茶を楽しんだ後、私は改めてラフィールのご両親に自己紹介をした。
「二度目になるが、アーチャーという。ラフィール君の話の通り、以前の記憶を失っている。これからどうするか決めるまで、良ければ少しだけ宿をお願いしたい。その間、私に出来ることは何でもしよう。どうだろうか?」
ちゃっかり宿のお願いまでしてしまったわけだが、流石に夜の森をさ迷いたくはない。何の準備もしてないのに、野宿なんてまっぴらだ。
「勿論ですとも。ラフィールの恩人である貴方をそのまま放り出す訳がありません。ゆっくりしていってください」
見事いい返事を貰って、私は内心でよし、とガッツポーズする。
これで心配事がなくなった。
「ラフィール、一度客室に案内してあげて」
「うん。アーチャー様、こちらへ」
ラフィールの後に続きながら、私はご両親に一礼したのであった。