ただそれだけの話   作:Rさくら

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銀さんがゴミを片付けるだけの話

 

 

 

 「あらら、やっちゃった」なんて、独り言を零して少しばかりの反省をしてみても、壊れたものは二度と元には戻らない。

 

 

 

 坂田銀時は、ため息を吐く。空を見上げれば、今の気持ちを反映したかのような真っ暗。

 月のない夜だった。

 昼間はそこそこ人通りがあるが、いかがわしい夜の店が立ち並んでいないために夜はちゃんと眠りについている道。そんな誰も歩かない静まり返った夜らしい道の、そこから更に店と店の間にある道とも言えない暗がりの隙間。

 そこに、坂田銀時はいた。

 その足元には、ゴミが幾つか転がっている。その内の一つは壊れてもう二度と動かないが、他は後で勝手に動いて自ら片付いてくれるので問題はない。そう、その壊れた一つだけが問題だ。

 銀時は、汚れてしまった木刀を足元に転がっているゴミの纏う布を勝手に拝借して拭き取り、また一つ溜め息を零した。木刀を定位置に戻し、とりあえず片付けようとゴミの足を掴む。しかし肝心のゴミ捨て場はどうしようかと考えながらも、仕方なくずるずると引きずり、その重さにまた溜息を吐いた。

「……めんどくさ」

 処分場所を考えることだけではなく、それは、よりにもよってこんな時に現れた腐れ縁の男に対する言葉でもあった。

「銀時、こんな夜中に何をしている」

「見て分かんないの。お片付けだよ」

「お片付け?」

 銀時が声の聞こえた方を見ると、いつも引き連れている、その良く分からない感性で話しかけてきた彼──桂小太郎が可愛いと評するペットはいなかった。真選組から逃げてきたといった風でもないので、おそらく隠れ家が近くにあるのだろうなと銀時は当たりをつける。

 銀時に近付き、ゴミを一瞥した桂は、呆れたように小言を垂れ流し始めた。

「……まったく、お前という奴は。よく考えもせずに振り回すからこうなるんだ。お前は昔から細かい所に対する対処が雑で自分基準で考えるから生かして捕えるといったことが、」

「あー、はいはい。もういいから、お説教は。ただでさえほろ酔いの良い気分を邪魔されてムカついてんだからさぁ、止めてくんない? というか、今回は銀さん悪くないからね? このバカが勝手に突っ込んできたから、事故みたいなもんだよ。巻き込まれ事故だよ!」

「その突っ込んできた馬鹿を上手く躱せていないのが、問題なのだろう」

 止めようとしたお説教タイムをそれでも続けられ、銀時は苦虫を噛み潰したような顔をした。もうコイツのことは無視しようと決めてゴミの足を銀時が掴み直すと、察した桂が咳払いをしてそれを止めた。

「銀時、お前は運がいいぞ」

「ハァ? 何言ってんの? どう見ても運勢最悪だろ、この状況。朝の占いでランキング最下位だったのが超納得だよ」

「少し待ってろ」

 そう言って、どこぞに去った桂の背を見つめ、待つか去るか悩んで数秒、面倒になって銀時は結局足を止めた。そうして手持ち無沙汰になった銀時は、ゴミが視界に入ると顔を顰め何度目か分からない溜め息をまた零した。このまま、ここにゴミを不法投棄しても良いのではという考えが浮かぶが、しかし目撃者がいることを考えたらやはり得策ではないなと考え、銀時は頭をぼりぼり掻いた。

 昔と違い、今はゴミ一つの処分だけで色々と面倒なのだ。

 突然、静かな夜道に急にガラガラと間抜けな喧しい音が響く。その音のした方を銀時が見れば、桂がその身の風体には似合わない機能美が追求された大きなキャリーケースを押していた。

「お前、こんなの持ってたんだ」

「爆弾テロに使えるかと思って随分前に購入した物だ。結局使わずにずっと仕舞い込んでいたのだが、もう使う予定もないから、お前にやろう」

「……腹立つけど、助かるわ」

 ゴミを何処かで処分するとして、その場所までずっと引きずる訳にはいかないのでどうしようかとは銀時も悩んでいたのである。さっそくホコリに塗れたキャリーケースを開き、ゴミをその中に仕舞ってみる。ゴミが小さくて助かったと、チャックが無事に閉まりきりロックも掛かったところで銀時は安堵した。

「なぁヅラ、」

「ヅラじゃない桂だ」

「ついでに良いゴミ捨て場とか知らない?」

「知っているわけないだろう。俺はお前と違って今更隠したりする必要もない、指名手配犯なんだからな」

「あー、それもそうか。クソ、やっぱ山かな。不法投棄といえば」

「銀時、お前は運がいいぞ」

「だーかーらー、これのどこが運がいいんだよ!?」

「坂本が地球に帰って来てる」

「……」

 暫し考え込んでから銀時は仕方がないかと諦め、渋々と坂本の居場所を尋ねた。大方の予想通り、いつもの店でいつものキャバ嬢に金を落としているらしく銀時は呆れる。よく知っているその場所に向かおうとして、桂が暗がりの中にいるゴミ共を見ていることに気付き銀時は足を止めた。

「こっちは俺が片付けよう」

「ハァ? いいよ、別に」

「なに、今宵は何もなかったなと確認するだけだ」

「……これ以上テメェに借りを作るのは癪なんだけど」

 ぶすくれた銀時に桂が小さく笑う。

「ならばちゃんと反省することだな、銀時。次からは気を付けろ」

 偉そうに説教たれやがってと、正直殴ってやりたい気分の銀時だったが、ほぼほぼ事故だったが自分の不注意が招いた結果も、桂のおかげで何とかなりそうなことも事実のために、仕方なくぐっと堪えた。しかしそれでも、ムカつくという感情は変わらない。

 ろくに返事もせずに片手だけを上げて、銀時はキャリーケースをがろごろと鳴らしながら夜道を再度歩き出したのだった。

 

 

 

 先程とは打って変わって明るい眠らない町、かぶき町に銀時は足を踏み入れる。

 別段今更この町に文句はない。むしろ情も不浄も受け入れ中途半端な同情も干渉もされないこの町は銀時にとって住みやすく、感謝したくなる愛しい場所だ。

 しかし今日は、ほろ酔いのまま気儘な散歩後は家に帰り風呂に入りさっさと寝付く予定だったのだ。そう思うと、理不尽な話だが眠らずに夜を殺す勢いで輝く町は、銀時を苛つかせた。先程までの足を掴んでいた時に比べればマシだが、重たいキャリーケースも銀時を腹立たせる一因だ。機嫌が悪いということが滲み出ているようで、銀時を知る者も知らない者も誰もが話しかけ関わろうとはしてこなかった。

 もしくは、第六感が関わるなと警鐘しているのかもしれないなと銀時はぼんやり思う。

 格好良く言えば第六感、言ってしまえばただの直感。だがしかし、これがなかなか馬鹿にできない。特に死と隣り合わせの場所では、それを信じて博打を打てば意外と生き残ることができたりするものだ。

 

 

 

 「坂本辰馬、まだいる? いたら呼んでよ」

 すまいるの出入り口に立っていた客引き兼警備員の男は、銀時が今までに何度か顔を会わせたことがある男だった。男も、お妙の知り合いとして万事屋の坂田銀時のことを知っている。その為か、はたまた第六感で何かを察したのか、男は僅かな逡巡後に中に入り、暫くしてへべれけの坂本を連れてきた。

「おーう! 金時じゃなかか!! どーしたぁ、中入って一緒に飲むぜよ!!」

 もうだいぶ出来上がっている坂本の様子に、これ会話できるのかなと銀時は不安に思う。

 出入り口に立っていた男がそそくさと仕事に戻り、支えがなくなった坂本は即座にその場に座り込んでしまう。ちゃっかり出入り口から離れた場所に二人を誘導し会話が聞こえない距離を取る辺り、彼は優秀だ。これからもこの町でちゃっかり生き残っていくだろう。

 なんて現実逃避を一つして、頭を掻き、銀時は座り込んだ坂本の前にしゃがみこむ。

「コレの中にさぁ、ゴミが入ってんだよね」

 銀時の言葉に坂本の目の色ががらりと変わる。その様子に会話はちゃんと成立しそうだと銀時はほっとしたが、しかし、坂本は一瞬で不機嫌に変わった。

「金時ぃ~! 酒がまずくなるぜよ!」

「銀な。昔もグロの後に酒と女を楽しんでたりしてたじゃん」

「今は状況が違うぜよ!!」

 ぐうの音も出ない正論に口から生まれたと言われる銀時も流石に黙った。

 ぽんぽんと、坂本が自分の隣の地面を叩く。

 促されるままに銀時は座り、キャリーケースも隣に寄せた。

 そんな彼らをさすがにチラチラと何人かが横目で見ていくが、さすがはかぶき町、ガン無視の人間のほうが多い。見ざる、聞かざる、言わざる、これも生き残るには重要だったりする。そんな生き残ることに長けた人達が行き交うさまを銀時が見ていると、隣から諌めるような問う声がした。

「おんしは今は一般市民じゃなかったか?」

「事故だよ、事故。銀さんは気絶か意識不明の重体だけで済ませる気満々なのに勝手に突っ込んできやがってさ。しかもオレが他のやつ相手取ってる時に」

「あー、アホじゃなぁ。今なら殺れるって勘違いしたがか」

「そういうこと。ナイフと木刀がカンカン打つかってるとこになんで突っ込んでいくかね、何も見えてないくせに。つまりさぁ、ほぼほぼ同士討ちだから、銀さんは今も善良な一般市民ですよ」

 そこまでつらつらと言い訳を並べ、銀時はちらりと隣のキャリーケースを見る。

 坂本もそちらを少し見て、仕方ないのうと零した。

「わしは蹴った話けんど、地球の動物の標本が欲しい奴が宇宙にはいるらしいぜよ。ここなら、」

 胸元から出した紙切れを坂本が銀時に渡す。

「そのゴミ、くるめてくれるかもな」

 紙を開けば、簡易な地図が書かれていた。見る人が見れば分かるが、かぶき町の裏路地に疎い者にはどこを指してるんだと首を傾げたくなるような簡素すぎる地図だ。

「……あんがとよ」

 立ち上がり、またガラガラとキャリーケースを押して歩き出した銀時の背に大きな声がかかる。

「今日は運が良かっただけじゃき! 次からはちゃんと気を付けんといかんぜよー!」

 銀時は背を向けたまま適当に手を振り返す。そして、ポツリと愚痴を吐いた。

「だから、これのどこが運が良いんだっつーの」

 

 

 

 目的の建物内では、思っていた以上にスムーズに事が進んだ。

 ゴミを処分したい者とそのゴミが欲しい者、利害の一致とは性格の一致以上に円滑にことを進めてくれるものであった。

 桂にはやるとは言われたが銀時も要らないと思っていた内側が汚れてしまったキャリーケースごと処分できたのも、銀時の機嫌をやっと良くしてくれた。

 妙に相手方の機嫌が良い気がしたが、手数料0円のゴミ処分だったのだから銀時は文句を言える立場では無い。わざわざ相手に探りを入れて不愉快にさせてしまいゴミの引き取りを断られても困るので銀時は沈黙を選びイエスマンとして振る舞った。

 そうして、手の中から運んでいた重みが消えた後、銀時はやっと帰路を再開できたのだった。

 足取り軽く、眠らぬ町からも離れて、暗闇の中を銀時は歩いて行く。やっと帰れる上に問題もつつがなく解決し、銀時は幾分かすっきりした気持ちで足を進めていた。

 あまりの爽快さに途中で飲みに行こうかと少し考え、しかし瞬時に銀時は自身の提案を却下した。流石に今日はもうコレ以上の面倒事は御免である。さっさと帰って風呂に入り寝よう、そう決意して銀時は帰宅の足を早める。そして、その先の橋の上に人影を見つけた。

 こんな月もない真夜中に橋の上に人影。まさにといったシチュエーションに、ぞくりと体中に鳥肌が走り銀時は顔を青褪めさせる。しかし幸いなことにその人影は髪の長い女とかでもなく、よく見れば煙管を燻らせている。なんだただの酔狂な遊び人かと自分を納得させた銀時は橋に近付き、恐怖とは別の意味で顔を青褪めさせた。

「やっぱり今日のオレの運勢は最悪だ……。ナニコレ呪われてるの?」

「……なんでテメェがここにいる」

「いやそれオレの台詞だから」

 高杉の手がゆるゆると腰の凶器に近付き、その片目が銀時の動向をじっと伺う。しかし銀時はそんな危険なテロリストなぞ無視して欄干にのっそりと肘をつき、今夜何度目かも分からぬ深い深い溜め息を吐くのであった。

「今日は斬る気分じゃないからやめろよな」

「気分で斬る斬らないを決めてんじゃねェよ」

 じぃっと銀時を観察し、本当にそういう気分ではないらしいと判断した高杉も煙管の煙を味わい時間を潰す作業に戻った。

「今日は月がねェからな」

「……あぁ、何も見えねェな」

「そういうことで」

 少しの笑い声が闇夜に染みて消えて、また静寂が訪れる。

「…………頭に一撃、喉に刃物傷、それだけでも最悪死んじまうのはまぁ分かるんだけどよぉ。善良な一般市民が一般市民を殺して片付けるのは大変なんだな。戦場じゃ、もっといっぱい死んでたのに、片付けるのはこんな大変じゃなかったのにな。いや、アレもアレで大変だったか……。大変の種類が違うっつーか、なんつーか」

「……何が言いてェのかよく分かんねェが、少なくとも善良な一般市民は一般市民を殺さねェよ」

「うるせえ」

 ひゅうと夜風が吹く。心地良いと思った銀時だったが、煙管の副流煙被害に気が付き顔を顰めた。全くもって不快であった。

「どうせ、どっちも一般市民を語ってるだけなんだろ? 江戸には人の皮をかぶった鬼がいるからな」

「へー、そいつは怖いね。それじゃあ、お兄さんも鬼に気を付けなきゃいけないんじゃねェの?」

「俺はその鬼よりも強いから心配無用だな」

「んだと、ゴラァ」

 馬鹿にしたような言い方に銀時が凄むと、愉快そうに笑う相手の声が聞こえた。目が慣れてきてもぼける闇の中でその笑い声を聞き、先程まで近くにいた死と鉄錆の匂いと、そして声を銀時は思い出す。あの時と今は一体何が違うのだろうなんて、下らない疑問が銀時の頭に浮かんだ。

 少し離れて隣りにいるはずの人間すらよく見えない、月のない夜。寝静まった町。静寂と闇が、全ての境界線を溶かそうとしている。

 朝日の訪れとともに消える夢の空間に、銀時はいた。

「…………帰るわ」

「そうかよ」

 闇の中、自分の立つ場所を確認するように銀時は歩き出した。一歩、一歩、前に進むと橋が煩く足音を響かせる。まるで確かめるように。

 首を斬れば人は死ぬ。戦時中には賞賛されていた英雄達も敗戦すれば犯罪者となる。一般市民の殺しは罪として罰せられる。殺しは罪である。犯罪者は罰せられる。人は意外と簡単に死ぬ。そんな常識すら、闇は全て溶かして消してしまいそうだった。

「気を付けろよ」

 橋を渡りきった銀時の背に、馬鹿にしたような声がかかる。

「テメェは元々こっち側だ。その皮が剥がれねェように、溶けねェように、よぉく気を付けなきゃなァ」

 振り向いて声のした方を銀時は睨みつけてみるが、相手の顔もよく見えぬ闇の中では睨むことも難しい。舌打ちをして、銀時は家へと戻る道への歩みを再開する。

 何も無い暗闇の中、何の変哲もない眠れる町が銀時の目の前に広がっている。よく見知った場所だ。万事屋ももう間もなくという場所。それなのに、境界線は溶けきってしまったのか、懐かしい臭いと鬼の笑い声が銀時の鼻と耳にこびりついたままだ。

「だから、オレは善良な一般市民だってば」

 気怠げに笑って、彼は飄々と歩いて行く。確かめるように自身の頬を一撫でし、そして『万事屋銀ちゃん』の文字を視認する。

 もう間もなく、夜も明ける。

 散々な一夜であった。

 ただゴミを片付けただけ。そうして帰りが遅くなっただけ。ただ、それだけのこと。

 まるで誰かに言い聞かせるように、彼は闇の中で独りごちた。

 

 

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