とある研究施設の一室をスーツ姿の男が訪ねていた。スーツの仕立ての良さや研究員の態度からも彼が相当上の立場であることが伺える。そんな彼の視線の先、強化ガラス越しに眺める部屋には双子らしい子供の姿があった。
「……それで出来はどうなのだ? アレを犠牲にしたのだから中途半端な結果は聞きたくないぞ」
「その事ですがお喜び下さい! このデータが示す様に二人の運動能力は他の被験者など失敗作に思える程の結果を叩き出しています。特にご息女の運動能力は凄まじく、ご子息は知能テストでも驚異の結果を叩き出しました。これは嬉しい誤算です! ……ですが」
高圧的な男の言葉に嬉しそうに語る研究員。データを示し、己の仕事が全うされた事を誇るのだが、最後に言いよどむ。部屋の中では双子の姉の方が熊のヌイグルミを振り回して他の玩具に叩きつけていた。
「……ご覧の通り、攻撃性が高い傾向に有りまして、ご子息は……」
一方、弟の方は弾き飛ばされた玩具が当たって泣き出した他の子供を慰めている。とても幼い子供とは思えず、その言葉の一つ一つが泣く子供を落ち着かせていた。面倒見が良く優しい子供、それが一見すれば感じる印象だ。そして、男はその弟の顔を眺めて満足そうに笑う。ただ、決して父親が子供に向ける笑みではなかった。
「まだまだ甘いが……上出来だ。流石は私の子、といった所か。いや、近い内に寝首をかかれるかも知れんな」
それはそれで面白い、そう言いたそうな表情だと研究員は感じた……。
ドーン機関のエージェントを育成する
だが、入学式当日、理事長の口からその場での入学試験、新入生は隣の席の者との決闘『資格の儀』を言い渡される。新入生の一人である九重透流がそんな儀式を乗り越え、疲労を感じながら教室にたどり着いた時、クラスメート達が遠巻きに二人の生徒を眺めていた。
「……あんな奴ら入学式に居たか?」
透流の知り合いである虎崎葵、通称トラの疑問は此処にいる者達の共通の認識だ。入学式で事前通告も無しに始まったリアルファイトでの入学試験の混乱も有ったが、それでも双子、特に女子生徒の方は印象に残りそうだ。
二人共髪型は肩まで伸ばした似通った物だが表情が違う。二卵生の双子なのか完全に同じではないが、中性的な顔の作りは共通だ。ただ、教室の後ろの隅に座っている、いや、君臨しているという言葉が似合う女子生徒は猛禽類の様な鋭い瞳に重苦しい威圧感を発しながら腕を組んでおり、他の生徒の視線など我関せずといった様子。
反対に教室の中心辺りで文庫本を読んでいる男子生徒の方は人が良くて大人しい雰囲気だ。まさか入学式をサボって入学試験を知らないのかと透流が思った時、背後から媚びた印象がする声が聞こえる。その姿を見た生徒達は一斉に固まった。
「はいはーい! そろそろHRが始まるから席についてー。それとも私に見惚れてるのかなー?」
「先生……ですよね? あの二人は入学式では見かけませんでしたが……」
キャピキャピといった擬音が似合いそうな声の主はウサミミにメイド服といった奇抜な格好の女性。どう反応すれば良いのか分からないが教師ではあると何とか理解したトラが二人の内、大人しそうな男子生徒を指差した。口が悪く態度が大きい彼だがもう一人の威圧感には勝てなかったらしい。
「あっ、それなら簡単。なんとあの二人は特待生、入学試験を免除されているのだー! 私も詳しくは知らないけど元々機関の所属で、一応この学園を卒業したって実績が必要だからって通うんだって。ちなみにー、お姉さんの方は君と同じだよ、
本来武器が具現化されるのに透流は盾が具現化された
「そして弟君は異常中の異常、
「月見先生、HRをお願いします。君達も早く席に着くように」
「三國先生、どうして此処に?」
「貴女だけでは不安ですから……」
月見の言葉は先輩教諭の三國によって中断され、一同は気にしつつも指定された席に座る。そんな中、透流は隣の席のユリエ・シグトゥーナの絡み付くような視線を感じていた。
「じゃあ、次は君!」
まずは自己紹介となり、次々と名乗っていく中、遂に彼の番がやって来た。特待生、異例、気になるワードに注目が集まる中、優しそうな笑みを浮かべたまま口を開いた。
「皆さん、初めまして。私は
1/fのゆらぎ、と呼ばれる物が自然界には存在する。木漏れ日や小川のせせらぎ音など、快適性と深く関わり、生体に対しては精神の安定や自律神経の調整等の効果があるとされ、ヒーリングミュージックの説明にも使われる。
彼の、王土の声にはそれがあった。戦いの後の興奮や緊張、入試免除に対する嫉妬から感じられていた悪感情をクラスメート達から消し去るのに十分なほどに。そう、十分すぎるほどに十分だった。
「じゃあ次は君ね」
こうして一同がリラックスする中で自己紹介は進み、最後に唯一隣の者が居ない彼女、王土の双子の番がやってきた。音を立てずに静かに立ち上がった彼女の視界にクラスメート達は入っている。だが、見えてはいるが視てはいない。教師二人と弟、そして数名の生徒以外に何一つ関心を持っていないのだ。
「……
静かな声で、ただ名前だけを告げる。弟が名乗ったのだから名字は名乗らなくて良いだろうという考えと共になれ合う気がないと暗に告げていた。
「じゃあ次に大事なことを話すよ。ウチを卒業すれば機関の治安維持部隊に所属するけど、任務は基本二人一組かそれ以上で動くんだよ。だから学園では慣れて貰うためにパートナーである『
月見の説明は続き、寮は相部屋だと告げられると殆どの生徒が直ぐに気付いて疑問に思う。このクラス、一名余るが、三人一組の所が出来ると、授業においてそこが有利すぎないかと。
「じゃあ、今週末までに正式な相手を見つけて欲しいんだよ。……まあ、楽土さんは一人だけどね。ぶっちゃけ、格が違いすぎるから」
教室がざわつき、王土以外の生徒の視線が集まっても楽土は我関せずといった様子で威風堂々と沈黙を守っている。ただ、続いて月見の口から爆弾が投下された。
「今週末までは隣の席の人と同居して貰いまーす!」
このクラス、透流とユリエが隣同士であり、王土の隣も女子生徒であった。
「……前から思っていましたが、機関の上の人は何を考えているのでしょうね」
「う、うん。そうだね……」
王土のルームメイトになったのは穂高みやび、女子校出身で男が苦手な気弱な少女だ。幾分かは王土の声の影響か緊張や警戒が薄れているが、部屋の前で困った顔で話をしていた。
「ですが姉さんが一人部屋ですし、シャワーやトイレを使わせて貰うので安心して下さい。就寝時は……ほら、これが有るのでシャワー室でも大丈夫です」
そう言いながら懐から出したのは寝袋。彼曰く寝心地が最高らしいが、みやびの関心はそこではない。
「ど、どうやって出したんですか? 明らかに大きさが……」
「手品は種を明かさないからこそ、ですよ? ……じゃあ、部屋はまだ緊張するでしょうし、食堂の席をお借りして少しお話をしませんか? 週末までですが、折角パートナーになりましたし。……ご迷惑でなければですけど」
「大丈夫です。じゃ、じゃあ行きましょう」
この後、二人はたわいもない話を続け、興味本位で二人を見ていたクラスメート数人も混じっての談笑に発展する頃にはみやびの王土への苦手意識や警戒は消え去っていた。それは彼の話術、そして会話から感じられる人格によるものだろう。
「……彼は上手くやっているでしょうか?」
「それはそうだろう。あの愚弟なら上手くやるだろうさ」
その頃、楽土は理事長である九十九朔夜の部屋に呼び出されていた。理事長の前でも彼女は尊大な態度を崩さず、九十九もそれを正そうとしない。話題は王土の事で、楽土は面白くもなさそうに答える。
「……本当に感心しますわ。人の気持ちなんて微塵も分からないのに、心を開かせるのが得意だなんて」
「あの馬鹿が言うには、他人の心など誰にも分からないが、感情など脳内物質の化学反応に過ぎない、だそうだ。偏見や自己解釈を交えないからこそ上手く行くのだろうよ」
ある研究者は彼についてこう言った。共感能力が決定的に欠如している、と……。
感想お待ちしています