「……どうしてこの子達が犠牲にならなくちゃいけないの? きっと二人が無事に育っても、貴方を恨むわ。この子達は世界を呪って生きていくのよ」
十数年前、とある女性がの胎児を宿すお腹に手を当てながら夫に語りかける。彼女が居るのは病院ではなく、ドーン機関の研究所。我が子を対象とした非人道的な研究の為、投薬を繰り返された子供達は既に普通の人間ではなくなっている。妻から非難の視線を向けられても男は答えず、ただ黙って部屋を去っていく。
(許せとは言わぬ。私を恨むが良い、呪うが良い。研究に身を捧げた時点で私は狂っているのだ)
この一ヶ月後、双子は無事に生まれ、彼の妻は我が子をその腕に抱くことなく息絶える。予想はしていた事とはいえ、男はこれで引き返す道を自ら絶ち、更に研究にのめり込んで行くのであった。
「どうしてお前達ばかり……ですか。級友に嫌われるのは辛い、そう思いませんか?」
犬の持つ優れた嗅覚によって開始から三分で他の二人組を発見した王土とみやび、対戦相手は斧と片手剣を使う男子生徒だった。
「今の奴なら勝てるぞっ! あの犬は攻撃出来ないからな」
「あの弱い女子を狙え! 荷物抱えながらじゃ禄に戦える訳がねぇ!」
剣の遣い手は戦闘前の言葉の端々から王土や透流等の一部の生徒への嫉妬から来る敵意が感じ取れ、みやびを狙うことで動きを制限して王土を嬲ろうとしていた。
「みやびさん。あの言葉を覆すのは私の言葉ではなく、貴女が出す結果です。では、向かい打ちますよ!」
「うん!」
「先ずは……プランB」
みやびのランスは巨大にして威力は強力だが、彼女自身の非力も相まって鈍重、普通なら用意に当てるのは困難で、水平に構えるのも難しい。ただ、それは一人で持った場合の話。彼女の横に立つ王土の手はランスの柄をしっかり握り締めて支える。二人の前に出した手はそっと重なり、超重量のランスは水平を保ち微動だにしない。
「うぉおおおおっ!」
先陣を切るのは斧を持った男子。斧を振り上げ駆け出した。
「うおっ!?」
「振り上げて……突けっ!!」
勢いを殺され体勢が崩れた彼の足下のランスは勢い良く振り上げられる。片足が大きく持ち上げられた事で大きく後ろに仰け反った体は当然無防備で、斧は振り上げていた為に防御に使えず逆に後ろへの重りになる。その無防備な彼にみやびは踏み込んで渾身の突きを叩き込んだ。
「てやぁああああああああっ!!」
踏み込む際、当然足が繋がっている王土の足も動くが、歩幅に動く速度、踏み込みの力まで合致させた為に些かの邪魔にもならない。そして突進の勢いを乗せた一撃には劣るが、無防備な状態の相手を吹き飛ばすには十分な威力だった。
「畜生っ! 何が
相方の体が宙に浮き、水平に吹き飛んで横たわる姿を呆然と見た彼は自暴自棄な様子で剣を振り回しながら突っ込んでくる。その姿にみやびは少し前までの自分を重ねた。千人に一人の才能と認められ、舞い上がった先で自分より優秀な者の存在を知らされた。確かに自分達は選ばれた存在かもしれないが、選ばれた中から更に選ばれた者が居ると知らされた時の劣等感は心にのし掛かる。
「……あるコーチが言いました。成功が努力の先に来る唯一の場所は辞書である、と。この勝利は貴方達が侮ったみやびさんの努力による物だ」
王土が無造作に延ばした手が彼の腕を掴み、無造作に引き倒す。彼が起きあがろうとした時、みやびがランスを高々に持ち上げ、勢い良く振り下ろした。
重量のある物が振り下ろされる音が響き、ランスと地面に挟まれる様にして彼は延びていた。
「……随分と嫌われてましたが、私が気付いていないだけで皆さんも同じなのでしょうか……」
「そんな事無いよ。少なくても私は王土君が好き……こ、この好きは友達としてって意味でねっ!?」
次の相手を捜す道中、先ほど言われた事を気に病んだように肩を落としてうなだれる王土を励まそうとして口が滑ったみやびが慌てる中、先頭を歩いていたヌル……
余談だが、残った二匹のアメリカンタイプの耳が垂れているのがアインスで、ピンッと立っているのがツヴァイだ。
「敵を発見したようです。……しかしよくよく考えれば私達は本当に相性が良い。ヌル達が敵を攪乱し、私がサポートをして、貴女が渾身の一撃を叩き込む。馬の代わりにヌルに乗るという手もありますし、今後は連携の訓練も進めましょう。……姉さん辺りが相手になって下されば助かるのですが」
「そ、そうだね。あの人って王土君より強くて、強すぎるからって一人で……あれ?」
此処でみやびは疑問を抱く。楽土が一人なのは最初から決まっていたらしく、実際、籤で決めたらしい初日の席は彼女だけ隣の者が居なかったが、選別の儀で相打ちなどで入学者が奇数だった場合はどうしたのだろうかと。
「ああ、それなら本当は秘密ですが、特別に教えましょう。……来た様ですね」
周囲を見れば近付いてくる影が計三組。どうやら徒党を組んで上位陣を潰す作戦のようだ。あわよくば他の組が疲弊すればと企んでいるのか連携はさほど取れていなさそうだが、それでも数の利は働く。
「実に都合が良い。私達は制限時間が半分ですし、此処で戦果を稼がせて貰いましょう」
「うん! 私、頑張る!」
それでも今のみやびには不安がない。隣に王土が居る限り、彼が信じてくれる限り、彼女は自信を失わないで前を向いて歩けるのだ。
「それではプランC! 合図と共にAに切り替えましょう!」
押し潰そうと向かってくる六人を前に王土は微塵も迷わない。そんな彼の隣に立つみやびも然り。そして最初の一人が二人に急接近した。
「私は負けない! もう諦めたりしないもん!」
制限時間はほぼ残り半分、二人にとっては後少しにまで迫った頃、本日何度目かになるみやびの突きが対峙したクラスメートに叩き込まれる。今までの戦いで王土は指示やサポートに徹し、まるでやれば出来るのだと自信を付けさせる為のようにみやびに戦闘を任せていた。
「……今日は有り難う。王土君のお陰で私……」
実戦をこなした事で払拭されていく劣等感、持つことが出来た自信、そして自覚した想い。数多くの収穫を感じながらみやびが歩いていた時、不意に雑木林から物音が鳴り、滴型の分銅が迫る。直進から軌道を変え、足下からすくい上げるように迫る分銅に気を取られた時、死角から弓が放たれた。
「……ちっ。防御に使っても問題ないのだったな。見誤った」
飛来した弓と分銅はアインスとツヴァイが口でキャッチして防ぎ、雑木林に身を隠していた巴が姿を現す。鉄鎖の先はアインスがしっかり咥えたままで唸り声を上げ、ツヴァイは矢を見せびらかすように顔を王土に向けて尻尾を振っているが、ヌルが静かに吠えると大人しくなる。少し癒される光景に思わず気を取られた時、ツヴァイから受け取った矢を指先で弄んでいた王土の手元がぶれ、矢が飛んでいった。
「きゃっ!」
聞こえてきたのは弓の
「……君は忍者か何かか?」
「エージェントになるならこの程度のスキルは必須ですよ? ……みやびさん、時間的に最後ですし私に任せて頂いても? 一回くらいは私も戦いたい」
「うん。頑張って、王土君」
この時、みやびは連戦の疲労で、元々自分が巴の相手をするには役者不足であるとも分かっていた。それを指摘せず、敢えて自分が戦いたいと言っている事も。
(……もしや二人の関係はそこまで進展しているのか?)
そんな二人の姿を見て、その回答に至った巴だが、様子を見ながらも鎖を持つ手に力を入れるも微動だにしない。かと言って一度解除しても三匹いるのだから再び阻まれるだけだ。では、どうするのか? 相手の制限時間は残り少ないのだから時間を稼ぐのか……否である。
「橘流十八芸、橘巴! 押して参る!」
古武術を幼い頃から学び、武術の道を歩んできた彼女にとってそれは卑劣で避けるべき手段。真っ向勝負を仕掛ける彼女に対し、王土も腰を落とし拳を構える。
「行くぞ、天上!!」
「見様見真似……超劣化版ブラボー正拳っ!!」
巴が得意とするのは柔の技だ。対して迎え撃つのは剛の技。巴は受け流そうとし、差し入れた腕を強引に弾かれる。食らったと理解した時、彼女は既に地面から足が離れていた。
「やはりブラボー技は私には使えない様だ。余りに酷い」
犬笛を吹けば巴が地面に叩きつけられる前にヌルが間に入って受け止める。技の不出来に王土が肩を落とした時、懐の時計が制限時間を告げた。
「お疲れ様でした、みやびさん。貴女は素晴らしいパートナーでしたよ」
笑みを向けながらの言葉にみやびは心底嬉しいと共に恥ずかしくなって俯く。……この後、鍵を持っている月見が色々あった為に足枷が外れるのに時間が掛かって大変な目に遭うのであった。
感想お待ちしています