これは一年前のお話。
まだ私が彼と出逢う前の物語。
***
2022年12月。
本来なら期末考査が終わりほっと一息つきながら、来年度に待ち構える大学進学のスケジュールを計画する年の瀬にありながら、私の意識は薄暗い迷宮の中にあった。
正確には、世界初のVRMMORPGで、ゲームでの死が現実の身体も殺すデスゲーム、『ソードアート・オンライン』の創り出す仮想空間であるが。
目の前には大型のハルバードを構える獣人型モンスターがじりじりと私との間合いを詰めてくる。一方私の手に握られている剣は、中国の柳葉刀に似た片手曲刀。リーチも威力も向こうが有利。だが。
「……っシ!!」
ハルバードの弱点。リーチが長い事による至近距離への対応力の無さをつく。遠心力で加速した矛先を鼻先で躱す。ガラ空きになった胴に二発。間髪入れずに人間でいう大腿部に一撃いれると、体勢を崩す。今まで鎧で隠されていた首筋を確認し大振りの一撃を加えた。
断末魔の叫びをあげ、崩れ落ちるコボルドは膝を着く寸前にピタッと静止したかと思うと、そのままポリゴンの破片と化して散った。
これがこの世界の死。あとには何も残らず、ただシステムログに淡々と記録されるだけ。
私もいつかああやって、命を喪い、何も残さず消えるのだろうか……。
「────グッキル」
背後から声をかけられた。振り向き、姿を見る。
黒い髪にダークグレーのロングジャケット、黒いズボンと黒一色の少年だった。
この世界ではアバターの外見は現実世界同様の姿になる為、恐らく十五歳程かと思える。だが、その双眸の落ち着きを見ると途端に年齢が判らなくなる。そんな不思議な感じのする少年だ。
「────ありがと。じゃ」
「あ、ええと。ちょっと待ってくれ」
ただ単に褒められただけかと思いきや何か要件があるらしい。立ち止まって、彼の言葉を聞く。
「アンタ、何でソードスキルを使わないんだ?」
ソードスキル?
「ああ、各武器カテゴリーに設定されている技だ。……まさか知らないのか?」
困ったようにガシガシと頭を搔く少年。何か不味い事でもしたか、私。
「……とりあえず、その"ムーンエッジ"は曲刀カテゴリーだから単発技の"リーパー"が使える。試してみな」
一目見ただけで私の剣を判別した所で、相当経験を積んでいる事がわかった。彼の見本通りに右手に持った曲刀を肩に担ぐように構え、────次の瞬間見えざる手に引かれたように勢いよく身体が前に出た。
「────!!」
「今のが曲刀基本技"リーパー"。ソードスキルは基本的に初期に覚えられる簡単な技でも上層で使えるから。でもなんでまたこんな基本情報を……」
「知らないから……」
え、と硬直する少年に私は告げる。
「私、ゲームをやったのこれが初めてだから」
***
これが初めてだから。
この言葉通りだとしたら目の前に立つ女性プレイヤーはニュービーという事だ。
それならソードスキルを知らないのも頷ける。が、それはそれで別の疑問が浮かぶ。
さっきの戦闘。彼女はソードスキルを使うこと無く、この一層でも強力な亜人型モンスター"バーサク・コボルド"を倒してみせたという事だ。
類い希なVR空間への高レベルな適正を持ち、立ち回りは完璧ながら、その他のプレイヤースキルが全く欠如しているという彼女のチグハグさに、どうしたものかと頭を捻る。
「教えてくれてありがと。じゃ私行くから」
「いや、まだちょっと待って」
「何だよ、まだ何かあるのか?」
「えっと、ゲームやった事ないって……」
しまった、リアルの事聞くのはマナー違反だ、と思うも遅く。だが彼女は、初心者で悪かったな、と一言悪態をついてから答えてくれた。
「携帯のパズルゲームを少し弄ったことがある程度。────SAOだって、友達に勧められて買ったのだし」
焦げ茶混じりの黒髪に、赤いジャケットとレザーパンツ、ライトブラウンのブーツと片手曲刀を装備する彼女の言葉が本当なら、RPG入門者でもある事だ。
「なら、攻略会議の事も知らないよな?」
「なにそれ?」
「SAOを攻略して、現実世界に戻る為にアンタもここに居るんだろ? なら、知っておいて損は無い。だから、少しアンタにレクチャーさせてくれないか?」
そこまで言って内心で自分の事をどつきたくなった。レクチャーさせろ、だなんて傲慢にも程がある。
「……良いけど。だけど何でまたそんなに熱心なワケ?」
「────うーん、単純に、今ここでアンタが死ぬと攻略の可能性が減ると思った……から?」
挙句ロマンもクソも無いこの文句である。だが、実際彼女が居るといないでは攻略成功の確率は上がるわけだし別段女の子の機嫌を損ねるような言葉は言っていないはずである。
幸いというべきか、彼女は起こった素振りを見せず、どこか諦観を想起させる声で告げる。
「プッ、何だそれ。いいよ、丁度町に戻ろうと思ってたし。名前は?」
「キリト。アンタは?」
「レイ。よろしく頼むよ、黒づくめさん?」
…………黒づくめは余計だ。
***
二時間半ほどかけて、一層迷宮区から離脱し、攻略集団に属する多くのプレイヤーが拠点にしている街、トールバーナへと帰還した。道中俺はレイに様々なプレイヤースキルを教えながら遭遇したモンスターに実践しながら戻ったため、いつもより一時間ほど時間がかかった。
時刻は既に午後七時を迎え、街灯には火が灯り、多くの店ではプレイヤーたちが疲れた身体(疲れているのは脳で実際の身体は一ミリも動いていないが)を酒と料理で労わっている。
「世話になったなキリト。じゃ明日の午後三時に生きてたらまた」
「ああ。またな」
特徴的な赤いジャケット(確かスカーレッド・レザーという準レア装備)の背中を見送りながら俺は考えた。
正直交わした言葉は少ない。ソードスキルの使用タイミングやパリィ、パーティーにおけるスイッチのノウハウに、各種敵対mobへの対処法を教えただけだ。それでも一度教えただけで実践できる彼女の潜在的な能力の高さは窺い知れた。
恐らく経験をつめばβテスターとして二ヶ月のアドバンテージを持つ俺を、はるかに超える剣士になると。
「…………あの子すごいナ?二回ほど戦闘見たケド、スキルなしで高レベルモンスター相手にできるなんてナ。キー坊もあの子の情報買うカ?」
「女の子の情報買うのはやめとくよ。アルゴ」
視界端、右手の路地の暗がりから声をかけてきたのはアインクラッド唯一の情報屋、”鼠”のあだ名を持つアルゴだった。
懸命な判断だナ、と鼠というより狐を思わせる笑みを見せる情報屋に、
「それで、どうせコイツの交渉でまた来たんだろ?」
「察しがいいナ。早速本題だが買い取り価格を二十五Kコルまで上げるそうダ」
「断る。剣を売るつもりは無い。先方にもそう伝えてくれ」
「オーケー。ところでキー坊、あの子とはどういう関係なのかナ?」
「別に。ダンジョンで成り行きでパーティー組んだだけだよ。それより、買い取りの話頼むぞ」
りょーかいダ、とアルゴは再び裏路地の陰へと消えていった。
もう一度レイと名乗った少女が消えた方に目を向けるが、プレイヤーとNPCが行き交う街路が視界に認識されるだけだった。
後書き書くの忘れてた(汗)。
どうも、お久しぶりです。野澤瀬名です。
零の刃 Sword Arts Online第一話読んでいただきありがとうございます。(零はゼロです。)
長かった。書きたい文章が書けずに悶々とする日々。体調崩して寝込んでしまった春先。学校の単位に追われて、部活の仕事に追われて……ってこれ以上リアルの話をしても仕方ないのでここで割愛します。
未完で終わった前作、黒の剣士と紅の風来坊のリファインした作品です。
主人公が女の子になってたり、前作ヒロインの一人がいない子になってたり(尚新規キャラはちゃんと出します)、大分主人公の性格、設定が変わってたりとリファインというか全面改修のようなことになってますが。
基本的なスタンスは黒紅の時と同じく原作に基本沿った、だけど少しずつ変わった世界線という形を継承するのでよろしくお願いします。
次回の投稿は未定です。今回はここで読者の皆様に感謝しつつ、キャラ設定練るのを手伝ってもらった方に頭下げつつ、筆を置かせていただきます。
尚主人公とキリトが恋仲にはなりません。これ以上ハーレムにしてたまるか。