はい、お待たせしてしまって本当にごめんなさい。ようやく第3話投稿です!
風呂。
湯船に浸かり、衛生的に清潔を保つと同時に心身をリラックスさせる、娯楽でもあり、文化的生活の重要なファクターである。
勿論、仮想世界でお湯に浸かろうが、現実世界の身体が風呂に入ったわけでは無いし、所詮仮想世界。電子でできた瞞しに過ぎない。過ぎないのだが。
お風呂、あるよ?
気付けばレイの言葉に食いついてしまった。キリトもレイもポカンとしていた。
が、私としては決戦の前にせめてお湯の中で思いっ切り手足を伸ばしてリラックスしたいと思っていたのだ。初対面の相手にいきなり言うのもなんだが、相手は同性だし、明日は同じチームだし、大丈夫なハズ。
ということで。
「お風呂、貸して?」
***
時間を二十分程遡る。
店を出た男は、十数メートル距離を取り、メニューウィンドウを呼び出した。
通知:メール一件
開くと差出人からの指示。文章を追っていくと今までと違う命令が綴られており、彼は舌打ちを打つ。が、『攻略のため』の一文に思いとどまる。自分たちだけ強くなっていったβ上がり共とあのいけ好かない小娘には腹が立つが、それが原因で攻略失敗する訳にはいかない。今必要なのはボスを死亡者ゼロで攻略すること、攻略会議の場で指揮官ディアベルが言った言葉を反芻しながらテスターたちへの義憤を飲み込む。
ただ、最後の一文にはこう記されていた。
『何があっても相手にはこの取引の真実を隠してくれ。君の名前も含めてだ』
新規メール作成からメールを作成、宛先は情報屋の一人。
────送信完了。
この時、このメールのやり取りの目撃者がいたことを、彼らはまだ知らない。
***
「ちょっといつまで笑ってるのよ!」
「ごめんごめんっ、いや、アンタがそんな声出すと思ってなかったから」
クツクツと笑い続けるレイを隣に夜のトールバーナの街を南に歩く。街の通りのレストランや居酒屋では明日の攻略に参加するプレイヤーたちが、飲めや歌えのドンチャン騒ぎをしている。少し不愉快になり、歩幅を広げる。
「でも、宿って何処も同じはずでしょ? なんでアナタの所だけお風呂ついてるのよ!?」
「えーと、最初にこの街について片っ端から入れる建物入ったんだよ。そしたらたまたま入った民家の二階が宿泊可能だった。以上」
え、と絶句する。じゃあ、今まで六畳一間で五十コルも取られてた私って……。
────『INN』と書かれた建物以外でも寝泊まり可、と脳内ノートに記録していると、目的地の民家についた。
二階建ての茅葺き屋根が特徴的な農家だ。中に入ると、NPCの女性二人がいた。レイは無視して二階へとすたすた上っていき、二階のドアを開けた。
後を追いかけて入る。
「うわぁ……!」
磨かれた鏡のようにランプからの光を反射するフローリング。敷かれたカーペットは柔らかな羊毛製と思われる。向かい合わせのソファとローテーブルが一組に、壁際に設置された黒っぽい木製キャビネットとこの部屋の持ち主……いや、この場合はこの部屋の設計者のセンスが光る内装であった。
一時の所有者であるレイは、ジャケットと剣を除装すると、ソファに腰掛けた。
「どうした、お風呂なら勝手に使って?」
「え、ああ、うん。じゃあ、お言葉に甘えて」
『Bath Room』の金のプレートが掲げられたドアを開け、入る直前、彼女の姿を見た。
ソファに深く背を預け、天井を見ている眼はまるで。
昼間に見たキリトの眼と真反対。
光の届かぬ深海の如く暗い蒼色の瞳。
***
「────へっクシ!!」
VR世界でくしゃみとは。
第一くしゃみは鼻腔内の体温が低下した際に脳が命令を発して痙攣させ体温を上げる、または鼻腔内への異物侵入の防止、化学的刺激による不随意運動……だった気がする。そんな物が一切無い仮想世界であるとすれば、茅場が生理的現象をしっかりプログラムしたか或いは。
「────いや、流石に噂になるような目立つ事してないぞ俺」
"レベル12の片手剣士キリト"が妬まれる原因orやらかした事といえば自信がβテスターである事や頑なに武器の買い取りを拒否したり、女の子と迷宮内でエンカウントしたり×2に、同じパーティーに所属したり、アレもしかして結構やらかした事多いんじゃないか?と悩み始めたところで。
コンコン、ココン。
事前に示し合わせておいた合図。贔屓にしているアインクラッド最初の情報屋アルゴの来訪である。
「珍しいな、こんな時間に」
「依頼人がなるはやでって事でナ。邪魔するゾ」
アルゴが扉をくぐり、ドアを閉めた。
本命だった農家の二階(は、俺がトールバーナに到着した時点で誰かが先着していた)であれば飲み放題のミルクを出せたのだが、生憎十畳程のこの宿には無い。
せめてもと、手でソファに掛けるようを勧める。
「夜分にすまないナ。早速だがキー坊。アニブレの取引件ダ」
「昼の続きか?悪いけど、どれ程積まれたって取引は」
「―――先方は取引を止めるってサ?」
────取引中止。本来なら喜ぶべき事なのだが、このタイミングでの、いや、タイミングでは無い。
何れにしろ何か裏を感じてしまった。
「……先方の提示した隠蔽額は一Kだったな、アルゴ?」
「お、積む気になったカ?」
アイテムやモンスター、フィールド情報だけでなく、こうした匿名性に関してもアルゴはメシの種にしている。匿名性を守らせる為にコルを要求し、またその匿名希望の依頼者の名を第三者が要求するならコルを要求する。
ありとあらゆる情報が金になるんだナコレが! というのがアルゴの弁だが、実際情報に価値を見出した彼女のアインクラッドで見出した有効な生存方法である。
「……千五百積む。先方にハードル上げるかどうか聞いてみてくれ」
「あいヨ」
ウィンドウの表面をアルゴの手が走る。一分もかからずにメッセージを作成すると送信。これで相手の名が判明すれば糸口になる。
「お、帰ってきたゾ、ってなんだコリャ!?」
と思っていたのが間違いだった。
「……キー坊、相手はハードル上げてきたゾ」
「……だろうな、で幾らだ?」
「────二万九千八百だとヨ」
────いや、マジで間違いだった。
はぁああ!?ニーキュッパも名前ひとつに出せるか!
と、脳内シャウトをかました所で匿名性を破れる訳では無い。ただ、分かった事は取引してきたX氏は絶対に名前を出さない、という事である。
「……アルゴ、止めだ。この額は無理だ」
「情報屋のオレっちが言うのも何だけど、コイツは引いた方が身の為ダ。こういう輩は引っ張ると後が怖いゼ?」
だな。 と、アニブレ買収関連は一切中止という事を依頼人X氏に伝えて欲しいとアルゴに伝え、送り出した。
***
「アレ、まだ帰ってなかったんだ?」
アスナの後にシャワーを浴び、リビングに戻ったレイの視界に帰ったと思っていた彼女の姿が入る。
ソファの上で膝を抱え所在無げに視線を窓辺に向けていた彼女は振り向く。
「ごめんなさい、ちょっと考え事で、ってアナタ!なんて格好してるの!?」
「?」
────室内用の白のコットンシャツとショーツのみ。アスナからしてみれば、たとえ女性同士でもこんな格好でリビングを彷徨くという事が異常に思い、同時に中性的な体つきと髪や肌に残る水滴に一瞬ドキリとした自分のせいで余計に慌ててしまう。
「普通! 人前で! それだけの格好で! 出ないでしょ!!」
「……ああ、ごめん。人なんて呼んだこと無かったから」
ウィンドウを起こすと装備欄を操作。ライトベージュのショートパンツを装備する。
「コレで良いか?」
「…………なんだか調子狂うわね、アナタといると」
「で、何か用あるんだろアスナ?そうじゃなきゃ、ここに居る理由が無い」
「…………うん。アナタ、私より長くアイツ、キリトと一緒にいるでしょ? だから聞きたいのだけど、どんな奴なの?」
「そうだな……。カッコつけの上から目線野郎でその癖根は優しい、って所かな」
ついでにカッコつけた事に自己嫌悪もするし。 と、徹底的に扱き下ろした。アスナは驚いたように目を丸くする。
「驚いた、アイツが優しいって、アナタほんとに言ってるの?」
「ああ。出会って開口一番レクチャーさせろだの、理由を聞いたら攻略の可能性が上がるからだのって。なのにさっきの話じゃ単純に死んで欲しくないからって。随分優しい奴だろ?」
「……………」
ソファに横になり、視線だけアスナに向けながら、彼女は続ける。
「きっと、アイツは他人との繋がりを喪う事を怖がってるから一人になろうとしている。決して孤独を求めてる訳じゃ無い」
「……じゃあ、アナタはどうなの?」
「────少なくとも、一か月前までは普通の人だったと思うよ」
人並み以上に裕福な家庭であったという点はあったものの、学校の勉強をこなし、少なかったものの友人と他愛のない話を交わし、有り触れた日常に一喜一憂するような日々を送る。
────そして壊れた。一か月前のあの日。
以来自分一人で、武器を、情報を、アイテムを、死なずに生き残る為の術を求めて戦い続けた。そこに他人の介在する余地は無く、本当にただ必死だった。
「今も、そうなの?」
「少なくとも、私は死にたくないし」
ただ、他人との繋がりは意識し直した、のかもしれない。そのきっかけは、さっき別れた黒髪の剣士のおかげか。
「…………それは、それはアナタの友達が死んだ事と、なにか、関係あるの?」
「さあ、どうだか。 ────明日の攻略に響くから私は寝る」
立ち上がり、寝室へと進もうとしたところで、一旦止まる。
「……明日は、よろしく」
挨拶のつもりか一言を残し、彼女は寝室へと繋がるドアの内に消えた。
「……こちらこそよろしく。また明日」
レイが入っていったドアの反対側、アスナは宿の出口をくぐり、部屋を出る。
リビングには誰も居なくなった。
どうも、野澤瀬名です。
読者の皆様、ずいぶん待たせてしまって申し訳ございませんでした。8月中旬の時点で第一層攻略編の大方書き上がっていたものの、『これじゃねえ』と推敲を重ね続けていたため、あと八月の過酷な暑さと最近の寒暖さ等に体がついていかずダウンしていたのも原因で投稿遅れてしまいました。全身義体化してぇ……。
ボス攻略戦前のキリト、アスナ、レイのそれぞれを今回描きましたが、ほとんどレイとアスナの会話ばかりですね。
アニブレの買取話が大きく変更しているのもこの後、キバオウやディアベルに関わってくるからなのですが、それは次回以降にということで。
次回Act.04でようやく一層ボスが登場します。
それでは読者の皆様に感謝しつつ、今回はこのあたりで筆を置かせていただきます。
キリト君とアスナさんのお風呂エンカウントはなしです。だってあの子らイチャコラしすぎでしょうが。