変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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【第二幕】 小学生の章
「第十話 誰よりもキミの傍にいる」


 ふと気が付くと、俺は見知らぬ廊下に座っていた。

 

 否、見知った場所だった。

 ここは、俺が幼少期をあの金髪の少女と共に過ごしたあの屋敷だ。

 目の前の縁石で園子と共に線香花火をしたのは、まだ記憶に新しい。

 

(……夢か)

 

 無理もない。園子の夢は何度も見た。

 寝る前にサンチョのぬいぐるみを抱きしめているのは、俺の秘密だ。

 今では彼女との思い出の一つとなったサンチョには仄かに園子の匂いを感じる。

 

 随分時間も経過してしまい、残り香などあるはずもないのだが。

 

「――――」

 

 それでも抱きしめると思い出す。

 金色の髪は、幻想的な妖精を思わせる容姿。

 

 あのふんわりほわほわした柔和な笑みが忘れられない。

 時々瞼を下ろすと、時折どこかから「かっきー」と呼ぶ声が聞こえる気がする。

 

 随分と彼女に傾倒しているなと今更ながら思う。

 それだけの期間ずっと一緒にいたのだ。俺には園子が、園子には俺しかいなかった。

 そんな女々しいことを考えながらも、見渡す限り誰もいない。一人だ。

 

 この家に関しては何をしようと自由であり、学校にさえ行けばいいらしい。

 最初こそキッチンが広いことや冷蔵庫の大きさに興奮した。

 自分で好きなものを作れるのは一人暮らしの醍醐味だ。

 

「一人、か……」

 

 昔、というか生前だが、俺も社会人生活をしていた時期を思い出す。

 3ヶ月の間だけだったが、狭く臭い男だけの寮生活を味わった日々を。

 

 振り返ってみると、俺はあの時確かに自由だった。

 掃除は大変だったし、炊事や洗濯も自分でしなくてはならなかった。

 面倒くさかったが、継続された習慣が死ぬ寸前までの俺を形作ったのだ。

 

 住めば都という。

 あの6畳一間の空間は俺の城であり要塞であり、アジトであり、聖域だった。

 僅かな間ではあったが、俺は自由だったのだ。

 

「…………」

 

 あの時に比べて随分と大きな家を手に入れたなと感じる。

 一階には、木が中心のリビングと設備の良いキッチン。新品のフライパンや包丁の手入れが楽しみだ。奥にはお風呂。広々として、歌を歌っても他の家には響かないだろう。

 

 階段を上がって、二階には4部屋。

 1部屋は既に物置。残り2部屋は空き室だ。

 おそらく本来は両親などの寝室だったのだろう。

 そして一番日の当たりがいい部屋、ここを俺の部屋とした。

 

「……これからずっとここに住むのか」

 

 独り言を言っても誰にも咎められない。変な顔をされない。

 素晴らしい環境を手に入れたと思う。立派な風呂も、ベッドのある部屋もある。家がある。

 食事は自分で自炊しなくてはならないが、それだけの技量は身に付いた。

 

 寝ているだけで親の金が手に入るのだ。

 生前の俺ならば歓喜しただろう。

 

「……今更、こんなところに住みたくなかったよ」

 

 静かさが苦痛だった。少しずつ現実味が寒気と変わる。 

 会いたかった。綾香に。宗一朗に。園子に。 

 

「園子……。会いたいな」

 

 引っ越しをして2日目。先ほどから俺はずっと一人で会話していた。

 ホームシックと、一人暮らしをすれば分かる独り言症候群を発症したようだ。

 

 1日目を思い出す。

 確か俺は門扉にいた女の子と話をした。「お向かいさん!」と言っていた彼女。

 結城友奈と言ったか。薄紅色の髪と瞳、純粋そうな笑顔が素敵な明朗快活な少女。

 

 生前はああいうリア充っぽい子は近づく気もしないくらい嫌いだったが、友奈にはそんな嫌悪感を感じなかった。むしろただただ好印象しかなかった。

 

 こちらが尻込みするくらいグイグイ来た。

 コミュ力お化けだ。別の意味で怖い。

 

「…………」

 

 あの後、ちょっとテンパった俺は後ろにいた安芸先生を「あ、この人はお母さんです」と言ってしまい頭をはたかれた。うっかりお母さん現象が悪い。それで笑いは取れたので良しとするが。 

 その後、なんやかんやでご近所の挨拶周りに友奈も一緒についてきた。

 ご近所でも人気なのか彼女が隣にいた事と菓子折りで、ご近所関係もうまくいきそうだ。

 

「………………」

 

 しかし、漠然とした不安が俺の中で渦巻いていた。

 この数年、一人ではなかった。かつては孤独こそが俺の友人だったのに、いつの間にか俺は弱体化してしまったらしい。これからが不安でしょうがなかった。

 心の中でぐちゃぐちゃになった感情の整理もつかず、機械的に挨拶周りをした。

 

「ありがとうございました、結城さん。後日結城さんのお家にも伺わせて頂きますね」

 

「うえっ!? そんなことはないよ! 頭! 顔上げてよ! そんなに畏まらなくていいから!」

 

 90度に腰を曲げ、深々と礼をする俺に慌てて友奈は声を掛ける。

 そっと顔を上げる。

 

「それでは今日はここで失礼しますね、結城さん。本当にありがとうございました。これからも、お向かいさんとしてよろしくお願いいたします」

 

「う、うん。じゃあまた……」

 

 必要以上に畏まる。

 今俺には何もない。一人でなんとかしないといけないのだ。

 頼れる相手はいない。使える相手は利用しよう。

 

 その夜は荷物をほどき、ベッドにダイブ。

 綾香だろう。段ボールにサンチョを入れてくれたことは本当に感謝だった。

 サンチョに抱き着き、俺は1日目を過ごした。

 

「そうだったそうだった」

 

 動き始めた頭で思い出すのは2日目の出来事。

 資料を漁っていた。資料によるとインフラ関係については流石に手続きをしてくれたらしい。

 朝からなんとなく熱っぽかったのを俺は覚えている。

 

 水を飲む。フラフラしながら残った荷物をほどき、掃除をする。

 『時間は有限なり』と言うが、明日でもいいんじゃと思う。

 だが、どうしても行動したかった。

 

 段ボールにうどん饅頭が入っていた。

 食欲はあるので、齧り付く。あっさりとした餡子は俺の脳みそにじんわりと広がる。

 なぜだろう、あまりおいしくない。

 

 水を飲む。

 水を飲む。

 水を飲む。

 

 ドロリとした液体が喉を潤す。

 気持ちが悪い。

 慌ててトイレに向かう。

 

「……ぅ……ごぇ」

 

 ゲーゲーと思いっきり吐いてしまう。どうも調子が狂う。

 薬はない。行く気力はない。そもそも土地勘もない。

 この場所は地図で確認すればいい。

 

 寂しいならテレビのキャスターが相手をしてくれる。

 残念だが手元には今、携帯端末はない。

 もう寝るしかなかった。

 最悪の気分で自分の部屋に向かう。

 

「おか……」

 

 口にして気づく。

 誰もいない。ここには。

 

 一人で頑張るしかないのだ。

 

 

 

 ---

 

 

 

 幻想の屋敷。

 誰もいない無人の屋敷の廊下で一人。俺は喋る。

 

「風邪でも引いたのかね……」

 

 思えば色々ありすぎた。

 この体には随分と荷が重すぎたのかもしれない。

 病は気から、と言うように体が弱ると気も弱まるようだ。

 思えば転生を果たしてから、俺は風邪を引いたことがなかった。

 

 綾香がずっとそばにいてくれたからだ。

 何不自由ない生活。

 おいしい食事。

 清潔なお風呂。

 暖かいベッド。

 

 家には確かにそれらはある。俺が用意すればいい。可能だ。

 だが、家族はいない。

 喪失感だけがそこにあった。

 メンタルが弱すぎて嫌になる。自分の弱さが露呈した気がして嫌だった。

 

「……いひゃい」

 

 ベターだが、手で頬をつねる。無意識に手加減したのか痛みは少ない。

 だが痛みが無くとも分かった。ここは夢だ。なぜなら園子の屋敷に俺は向かっていない。

 だって禁止されたから。理不尽にもそういう目に遭ったから。

 

 ――約束は果たされず、思い出は既に過去の彼方だ。

 

 後悔や苦しみが俺を雁字搦めにする。

 それらが俺を支配する。

 有体に言うと、どうやら俺は寂しいらしい。

 

「夢なんだから、園子ぐらい出て来いよ……」

 

 そう思うことを誰が責められようか。

 そんなことを考えていたからか、気が付くのが遅れた。

 

「――ぁ?」

 

 

 影。

 

 

 影がそこにいた。

 顔は見えないのに笑っていた。俺を見て笑っていた。

 

 人という形に影を張り付けたような存在に本能が恐怖を覚える。

 それはこちらを向いていた。いつの間にか、俺の横にいた。座っていた。

 俺に向かって何かを――、

 

『久しぶり』

 

 

 

 ---

 

 

 

「……ぁあアああああああ!!!」

 

 自分の悲鳴で目を覚ます。なんだあれは。

 

「――――っ」

 

 落ち着け。

 鳥肌が立つ腕を押さえ体を丸める。震える手でサンチョを抱き寄せる。

 

 布団に包まり周囲を確認する。誰もいない。

 目覚まし時計を確認する。

 まだ4時だった。

 窓からそっと外を見ると、まだ空は暗く周囲の家々に光はない。

 

 冷や汗をかいている体に比例するかのように思考は冷たい。

 ふと胸元が熱いのに気が付く。

 チェーンを引っ張り出すと指輪が熱を帯びていた。

 

 嫌な夢を見た。

 なんだあれは、落ち着け。

 

 落ち着くんだ。クールになれ、いつもの俺を取り戻せ。

 

「……はぁー、あぁ……」

 

 意識して息を吸う。

 深呼吸する。忘れろと自分に言い聞かせる。

 風邪で悪い夢を見たんだ。夢なら昼頃には忘れているだろう。

 

 他のことを考えよう。

 まず明るくなったら食糧と薬と、色々買わなければ。

 

 やることはたくさんある。新生活が忙しいのは当然、忙殺の間にこの新しい城に慣れるしかないのだ。泣いても誰も助けてはくれない。

 自分でやるしかないのだ。後悔しないように。俺は冷や汗を手で拭った。

 寝汗と共に孤独感と寂寥感も少しだけ拭えた、そんな気がした。

 

「――頑張れ、俺。大丈夫」

 

 小学5年生が始まろうとする春休み。

 その、約8日前の出来事。

 新しく始まった、まだ見慣れない家で俺は自分を鼓舞し続けた。

 

 

 

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