変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第十二話 種を蒔き、雨が強く降りしきる」

 季節が過ぎるのは早いものだと俺は最近思うようになった。

 毎日毎日やることがある。やらなくてはならないことがある。

 

 クラスメイトとの運動会や遠足、皆の前で大道芸を披露したりした。

 休日は友奈と戯れて、時々人を助けた。一日一善の自己満足をする。

 テスト勉強を友奈と一緒にやったり。男友達ができたり。

 

 だから気が付くと一日が終わって、一週間が終わるのを繰り返す。

 謎の転校生が来てから、つまり俺がこの讃州小学校に転入してから一年が経過していた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 神世紀298年9月のある頃。

 9月になり、ようやく爽やかな風が夏の終わりを告げる頃。

 

「ふぅ……、疲れた」

 

 俺はほっと一息つくような姿勢で椅子の背に背中を預けた。

 ギィっと椅子が悲鳴を上げるのを気にせず、安堵の溜息を吐いた。

 これでテストはひとまず終わり。季節は夏を過ぎて秋になった。

 

「亮さん亮さん! そっちはどうでしたか?」

 

「ああ、まずまずだよ」

 

 俺に話しかけてくる少年。

 黒髪でなんとなく紺色に近い黒い瞳。最近できた俺の男友達で、彼も変態の一人だ。

 昔は真面目君だったが、何かと俺に突っかかってきたので色々と教えたら懐かれた。

 

「しかし、亮さんが来てからもう1年ですか。速攻で馴染みましたね。今度またアレ教えてくれますか?」

 

「――ああ。お前はお前で随分と変わったよな、一世。昔のガリ勉キャラが懐かしいな」

 

「あれは俺の黒歴史だから」

 

 そういって彼はブンブンと両手を振る。

 なんのポーズだろうか。アルファ波でも生みそうな動きだ。

 彼の謎の動きをぼんやり見ながら、俺は少し前のことを思い出す。

 

 

 

 ---

 

 

 

 俺がこの少年、赤嶺一世に出会ったのは、俺が転校生デビューという名のクラスを巻き込んだ一大ショーを開始して、およそ1ヶ月が経過した頃だ。

 

 流石に転校生としての肩書も薄れ始め、放課後。

 さて、何もすることもないし友奈と戯れて帰ろうとランドセルを背負った時。

 今日も彼が話しかけてきた。

 

 曰く、女子と手を繋ぐのは不純異性交遊だの。

 曰く、買い食いは校則違反だの。

 曰く、手品のようなお遊びを学校でするなだの。

 

 こういうお真面目な委員長キャラは初めてで思わず二度見してしまった。

 しかし残念。俺の中の委員長は三つ編み眼鏡って決まっているの。あと可愛い子限定だ。

 眼鏡の男は呼んでないのだ。

 

 ところでこの学校。

 いわゆる不良がいないらしい。多少グレかけの子供はいるが俺にとっては可愛いもの。

 目立つようないじめも見られない。大分イージーだ。

 

 それでもある程度おとなしくしているつもりでも、たまに上級生が絡んでくる。

 そういう場合はある程度まではへり下りプレゼントなどをするが。

 それでもあんまりしつこいと、ちょっと屋上まで連れていく。

 彼のありがたい説教を若いって素晴らしいですな、と最近は聞き流していたが、今日は違う。

 

 準備は整った。

 

「えっと、赤嶺君だっけ? たしかこのクラスの委員長だったよ、ね?」

 

「――そうですけど」

 

 ニッコリと花が咲いたような笑みを俺は浮かべたはずなのに。

 どうして引き下がるのかな? と思いながら俺は話を続ける。

 俺がこの1ヶ月何もせず、のほほんと友奈で戯れていたと思ったら間違いだ。

 

 俺は学んだ。前世と、死んで学んだ。

 亮之佑として産声を上げてもう11歳だ。

 この前11歳になった時に友奈からプレゼントをもらったのは嬉しかった。

 いや、そうではなかったなと頭を横に振る。

 

「――ねぇねぇ」

 

「はい?」

 

 俺はそっと彼に手招きをした。

 不審に思ったらしい赤嶺君は、それでも素直なものでチョコチョコとこっちに歩いてきた。

 俺は彼の耳元で微笑みながら小さく囁いた。

 

「――毎日家で、キラピュアの人形と戯れているの知っているんだよ?」

 

「…………ぇ」

 

 しゅばっと、こちらを見る目は隠そうにも隠し切れない動揺が浮かんでいた。

 

「どうして……ぇ……ぁ……ええ?」

 

 俺は笑って隠し撮りした写真をチラ見せする。

 それには、自室らしき場所でニヤニヤとした顔で人形遊びをしている赤嶺少年が撮られていた。

 背景に写るのは金髪、銀髪、黒髪など様々な人形たち。

 そこに囲まれている彼は恍惚の表情を浮かべている。

 

 それを理解しこの後どうなるのか、賢い彼には分かったらしい。

 彼の瞳に明確な絶望が過る。顔に恐怖が表れる。

 

 5年2組のクラスの主要人物の情報と、いざという時の情報はこの1月で既に揃えた。

 今はまだこのクラスだけだが、必要に応じて情報を揃えただけ。

 イジメられないためには、仲間を作るためには自分で身を守るしかないのだ。

 

「別に脅しているんじゃないんだ。ただせっかくだから君のような優秀な少年と――」

 

 俺は口角に笑いの渦を漂わせながら、彼の手のひらにそっと紙切れを握らせる。

【限定版 姫騎士キラピュアフィギュア 弩級エロ枷付き専用入手券(数量限定お値段支払い済み)】と書かれた紙切れ。それを見て、赤嶺君は目の色を変えた。

 キョロキョロと周りを見渡し急に小声になる。

 

「――仲良くしたいと思うんだ。これ友情の証として受け取って」

 

「こ、これは!? ……一体どうやって……あんた何者なんだ!?」

 

「……ただの、芸達者さ」

 

 フッとちょっとカッコつける。

 

「真面目なのはいいが。何も自分の性癖……ゲフン。自分の趣味を隠す必要はないんだ。きっと俺のように君の趣味を理解できる同士は世界に大勢いるのだから」

 

「……加賀さん」

 

「男が変態で何が悪いんだ? 大事なのは己が変態であることを認めることができるかどうかだろ。それで男の器は決まるんだよ。それを認めた上で隠せばいい。俺のような同士が増えればきっと楽しいぞ。これから俺たちは友人だ、友よ」

 

「加賀さん!」

 

「亮でいいぞ。赤嶺……いや一世よ」

 

「亮さん!!」

 

「ククッ、ではまた明日な一世。これからよろしくな(ヘンタイ)よ」

 

「ハイっ!」

 

 ちょろいな。ちょろい子ばかりだな。所詮は小学生。

 これでこの真面目君も堕ちたな。そっと俺たちは微笑みあう。

 

 この世界には、いわゆるオタクという人種は少なくない。

 いるにはいるのだが、この世界では露骨にそういったモノを公言するのは控える風潮らしい。

 300年前と違い『萌え』の文化は縮小してしまったらしい。

 なんでも神樹様をゆるキャラにしようとした結果、謎の裏の組織に消されたらしい。

 

(萌え文化は衰退しました……か)

 

 その結果、オタク関連で友達が作れず一人でコソコソしなくてはならなかった。

 ばれたら周りの人たちに異端の存在として扱われる。

 だからこの世界は、オタクにとっては地獄だ。

 

 では、共通の話題を持ち、尚且つ世界への理解を示したオタク同士が手を結べばどうなる? 

 答えは簡単だ。

 

 優秀な変態同士が仲良くなると、変態は友情を生む。

 頭の良い変態が、新しく優秀な変態を呼ぶ。

 最終的には世界を救うかもしれない。

 

 つまり、変態紳士でいる人こそが最強なのだ。 

 変態が世界を救うならつまり、うどん=変態という構図が生まれるかもしれない。

 今、決して理論では語ることのできない、オタク同士のコミュニティが築かれようとしていた。

 

「――――」

 

「――――」

 

 言葉は要らなかった。

 俺と一世はガシッと握手を交わし、お互い背を向ける。

 彼の手にはしっかりと俺との友情が握られていた。彼の背中には自信があふれていた。

 

 後日、彼は俺という理解者がいることで余裕ができスマイルを浮かべるようになった。

 性格も大分変わった。

 これによって女子たちにモテるようになったらしい。

 

(だが変態だ)

 

 彼が『人間』に見向きする日は、しばらく来ないだろう。

 

 このように、一度徹底的に深淵に叩き落として、ロープで天高くまで引き上げる。

 その上で報酬をちらつかせ、友達となる。

 俺と同じ匂いがする奴。それでいて有能な素質が見られる奴ら。

 俺はこの手法で友達という人脈を作っていた。

 

 男は誰もが皆変態だ。ある程度趣向が合わない奴がいる時もあるが、結構特殊な例の場合だ。

 やはり同じ趣味や嗜好だと会話も弾む。学校生活ももっと楽しくなるだろう。

 神樹館小学校時代のようなボッチライフは止めようと思う。

 

 当然、露骨にピー音が発生するようなヘマはしない。

 変態紳士を名乗るなら、女性陣の前で会話してもばれない清潔感極まる隠喩を用いて喋る。

 その程度の弁えと頭脳は持ち合わせるべきだ。例えば彼のような子が望ましい。

 

 この年代で女子の前でしょうもない下ネタを連発するような男とはお付き合いはしない。

 真の変態の素質があるかどうか、それを見極めることが重要なのだ。

 

 変態から始まるコネづくり。いずれ人脈も武器になる時が来るだろう。

 友人とは多くいて損はない。これは投資なのだ。

 俺は優秀な人脈を、彼らは共通の理解者を得る。WIN-WINだ。

 

 そんなことを思いながら俺は教室を出た。

 悪ーい顔でもしてたのか。廊下にいる生徒はどいつもこいつも俺を凝視していた。

 

 

 

 ---

 

 

 

「亮ちゃん! かーえーろ!」

 

「あーいよ」

 

 いつものにへらっとした笑みを浮かべた友奈。

 今日も今日とて、俺は友奈と帰宅する。

 ランドセルを背負いながら、ゆったりと二人で並んで今日も帰る。

 

 お互い部活をしていないので一緒に帰れるときは一緒に下校するし、

 登校も自然とするようになってしまった。

 

 コンビニよりも近いお向かいさん。

 

 よく家に来るようになったので大抵何かしら、お菓子とかそのまま夕飯を御馳走したりする。

 一人も二人も変わらないので、友奈の両親が出張で出かける時は一緒に食べたりする。

 

 友奈は食べ物を貰うと喜ぶ。美味しいものを食べると全身で喜びを示す。

 彼女に「美味しいね!」って言ってもらえると、俺もついつい張り切ってしまう。

 だがらついつい餌付け感覚で与えてしまうのだ。

 ついつい友奈の好物を把握して作ってしまうのは仕方ないのだ。

 

「あれから1年か……」

 

「はやいよねー」

 

 そんなこんなで、もう1年の付き合いとなった。

 毎日朝とたまに放課後、友奈のお家に顔を出すといつの間にか顔パスで入れるようになった。

 そこから派生する話も多々あるのだが、いまは割愛。

 

 ちなみに、この「亮ちゃん」という呼び方。

 以前『かめや』で冗談交じりに言ったのを友奈がそのまま使い続け、

 俺は俺で訂正を忘れてしまったので定着してしまった。

 

 聞いてみると友奈は男子に対しては大抵「○○くん!」と『くん』付けにしているらしい。

 『ちゃん』付けは男で俺だけだ。

 ちょっと特別感があって嬉しいと感じたのは彼女には内緒だ。

 

 そのせいか、はたまた小学生の男女が一緒にいるからか。

 一度小学生特有の、お前ら仲いいな! ヒューヒューといった揶揄う声が頻発した。

 なので俺は怯まないでがっつりと友奈への想いを真顔で、声を大にして語ってやった。

 

 するとクラスメイト達は顔を真っ赤にし、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 ――どうやらお子様には刺激が強かったらしい。

 

 ふと友奈の方を見るとトマトのように顔を赤らめていたので、

 

「友奈は可愛いね」

 

 ニヤリと笑いながらそう言うと、むぅ……と何も言わず涙目で睨まれた。

 その後、コンビニでアイスを買って奢ると喜んで機嫌を直したのだが。

 

 

 

 ---

 

 

 

 帰宅中。

 なんとなく2人で空を見上げる。

 

「――――」

 

 降りそうなまま執拗に曇った空。

 空は継ぎ目ひとつなく灰色の雪雲に覆われ、朝とは違い町は気が付くと曇天模様一色に染まっていた。

 病人のように曇った空の下で、俺たちはこれまたなんとなく自宅への足を急いだ。

 

「帰ったらどうするの?」

 

「昨日スーパー行ったから、今日は夕飯作りの仕込みかな。あるモノで何とか作る」

 

「そのセリフ、お母さんがよく言うセリフだよ」

 

「……主婦をやればわかるよ。おぬしもいずれ分かる時が来るじゃろう……」

 

「そうなのじゃろうか……ていうか、亮ちゃんって主婦なの?」

 

「まあ俺の場合は……主婦っていうか、主夫だね」

 

「?」

 

 きょとんとラッコのような目をした友奈を横目に、俺は寒気に足を速める。

 降りそうだな、なんて思ったのと同時に雨が降ってきた。

 降りしきるジメジメとした雨は随分と冷たく、俺の体を冷やし始めた。

 

「降ってきたね……」

 

「通り雨だよ、大丈夫!」

 

 友奈が楽観的で明るい表情でそう言っていたが、次第に強くなる雨に比例して暗い表情になる。

 残念ながら雨宿りができるような場所がない。

 家まで走るしかないようだ。

 

「走るぞ友奈……競争だ! ……負けたら罰ゲームな」

 

「うん……え?」

 

 友奈を置いて走り出す。

 時間の経過と共に大粒の雨が体を冷やす。みるみるうちに地面が黒く染まる。

 雨の香りを胸いっぱいに吸い込む。

 途中振り返ると、鬼気迫る顔で友奈が追いかけてきた。怖い怖い。そして速い。

 そう言えば負けず嫌いだったね。家のお向かいさんは。

 

 しばらく二人で雨の中でかけっこを楽しんだ。

 

 何もかもを濡らし尽くすまで、雨は蛇口を捻ったように降り続いた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 次の日のことだ。

 朝、俺は結城宅へ向かった。

 いつものように家の扉横に設置されているチャイムのボタンを鳴らす。

 

 ピンポーン

 

 鳴らしてみるが、いつもなら何かしら反応があるのに、今日は誰も反応しなかった。

 大抵は友奈のお母さんが応対してくれる。時々友奈のパパンも応対するが。

 念のためもう一度押すが、誰も応じない。

 ただチャイムの音に対して空虚な反応が返ってくるばかりだ。

 

「……?」

 

 変だな。家族そろって寝坊するような時間ではないはずだ。

 不審に思い、一応扉の取っ手に手を伸ばすと何の抵抗もなく開いた。

 そのまま俺は扉を開けて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――友奈が玄関で倒れていた。

 

 

 

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