変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第十四話 初代」

 神世紀298年の9月末のことだった。

 

 あの風邪の騒動から少し経過した土曜日の午前の時。

 家の中の自室。俺は独り言を呟きながらクルクル回りダンスを踊っていた。

 この家はいつか住めば都と言ったがその通りで、慣れれば快適な存在となった。

 

 ここが我が要塞、もしくは聖域なのだ。

 名前はなんて付けようか。加賀家別宅にしよう。

 そんな妄想をする俺の邪魔をするものはなく。本日はすることもなく休みだ。

 

「そろそろニュースの時間~」

 

 宿屋で眠るような曲を鼻歌で再現する。

 陽気に鼻歌を歌いながら下に降り、テレビのリモコンに光を点す。

 ニュースで流れる情報を聞き流しながら、ソファでゴロゴロとする。

 隠しきった戦利品を手で弄り回し、被る、構造を観察する等、それなりに楽しい。

 

「今日の夕飯何にしようかなー」

 

 意外と自炊をしていると段々とレパートリーが増えてきた。

 友奈がちょくちょく来るので、うどん以外で何を食べたいか聞くと大抵笑顔で「亮ちゃんの作るものならなんでもいいよー」と言ってくれる。

 

 だが、主夫としてはその『なんでも』という言葉はあまり嬉しくはない。

 時間をかけて質問して、「じゃあ、ハンバーグがいいなぁ……」とかになったらなったで、

 結局食材が無いので一緒に近くのスーパーに食材の購入に行ったりするのだが。

 

「結構友奈ってハンバーグとか、肉系がお好きだよな……」

 

 もちろん友奈は同じくらいうどんやスイーツも好きなのだが。

 彼女から注文が来ると、どんな物でもつい張り切ってしまうのは仕方がない。

 あの柔和な華が咲くような笑みを向けられて、無邪気な笑顔に思わず頬が緩むのだ。

 

「しょうがないよな……」

 

 美味しいって言ってもらえることがどれだけ嬉しいことか友奈には分からないだろう。

 一人だと量の問題などもあり、結局適当にやるか……といった事を考えてしまう。

 だから、作る相手がいるのは素晴らしいことだ。あの笑顔だけで俺は頑張れる。

 

 

 

 ---

 

 

 

 本日は休日であるにもかかわらず、俺は暇を持て余していた。

 生前は酒とか飲んでネットでサーフィンの毎日と、つまらなく孤独を紛らわせていた。

 今でも変装すればおそらく買うことは容易だろうが。今はそれ程必要ではない。

 

「…………」

 

 ソファに寝転がると、ふと『退屈』という言葉が過る。退屈が苦痛だった。

 スリルとかの刺激が欲しかった。異世界なのだからと、未だに身勝手な幻想を思う。

 人は欲望の生き物だ。実際に望む物を手にすると新しい物を欲しがる傲慢な存在なのだ。

 

「何か、ないかな……」

 

 以前壁の外を見ると決めて、もう数年だ。

 この世界は平和で快適だ。現状で俺を苦しめる存在はこの別宅に隔離した大赦だけ。

 周囲の人間の弱みは掴み平和を得ているが、面白みには欠けるのは前世と同じだろう。

 

「……、んー」

 

 『退屈である』という事実は、俺にとって何よりも苦痛で仕方なかった。

 生前の末期、ただ何もせず努力を怠り、怠惰に生きたあの時間を思い出す。

 友奈は今日は家族と買い物だと聞いており、俺は一人別宅で掃除や家事をする。

 

「へー、火災か……。俺も気をつけないとな……」

 

 中継で少しだけ、高知県のとある場所で発生した住宅火災のニュースが放送される。

 それを見ながら、この淡々と内容を告げる美人キャスターの方に目を向けた。

 何気なくテレビを見ながら、俺はふと数日前の羞恥的な事件を思い出す。

 

「まさかあの友奈が……。彼女も小学生だったか」

 

 実は俺も彼女の風邪が移り、一人寝込んでいた所を友奈が看病してくれた。

 だが自分が友奈に『俺と全く同じ看病』という優しい報復を受けてようやく分かった。ニコニコ笑う友奈の影に小悪魔的なものを見て、優しく辱められて分かったのだ。

 

 ――あの誓い、少し自重しようと。

 

 突然だが、エロゲーで例えることにしよう。仲良くなった幼馴染キャラがいたとする。

 様々なイベントの中、病気にかかった好感度の高い幼馴染を看病。それを襲う主人公。

 そこから始まる恋もあるのだぜと、俺の友人の1人が言っていた。相槌を打ち頷く俺。

 いや、そこからの主人公ネトラレが最高だと言う一世。分からなくもない俺。

 

 放課後、たまに男たちと熱く会話する。

 放課後とはいえ、他の生徒もいる中での変態チックな会話には結構興奮を覚えた。

 だが、こんな会話を堂々とするわけがない。基本的には隠語を用いている。

 

 俺たちは皆、等しく紳士なのだ。

 その勢力は大きくはないが、変態であることを認める者は何か優秀な能力を持っている。

 量ではなく質。小学生なのに頭脳も高め。将来有望な紳士たちなのだ。

 会話が弾むからよく喋るし、一緒にうどんを食べ親交を温める素晴らしい友人たち。

 

 たとえ話を聴かれても周りの人々に不快な思いをさせず、アドリブで相手を笑顔にする。

 相手が男なら適当に対応して遊び、女子なら一見意味不明なセクハラで笑顔にさせる。

 

 それが紳士なのだ。

 

「なんの話だっけ……」

 

 紳士の話、いやエロゲーの話だっけ……? 違うか。そうそう。

 彼らと真面目に話していて、俺はふと思った。

 

 俺は友奈とイチャイチャがしたいのであって、襲いたいのではない。

 赤面させて、恥ずかしがるところが見たいだけなのだ、まだ。

 ただ俺は友奈に優しく接して、そして友奈にも優しく接して欲しいのだ。

 

「俺は後悔だけはしない、したくはない」

 

 一時の欲望に、狼さんとなり花びらを散華させてしまったら――俺は後悔する。

 だから欲望に任せて行動はもうしない。これからも変態紳士の皮を被り続けよう。

 

「うん」

 

 これでいこう。ある程度まで好感度を上げて行けば大抵なんとかなる。

 だが、修羅場が発生したら刃物は隠しておけよと、宗一朗もそんなことを言っていた。実感の籠った言葉に経験があるのかと問いかけそうになったのは、また別の話だ。

 

「まぁ……」

 

 俺が宗一朗みたいな道を辿る訳がないのだが。一緒にしないでもらいたい。

 そんな感じで俺は行動方針を決めるが、

 

 ――あれは看病だっていうのは譲らない。

 

 自分にそう言い聞かせる。そうだ。

 あの時は、友奈のために俺は頑張った。それしか頭になかった。

 そのために友奈を恥ずかしい目にあわせても、俺は友奈に生きて欲しかったのだ。

 小さな戦利品は彼女の医療費として持ち帰ってきてしまったのは秘密だが。

 

「――っ!!」

 

 歯を食いしばり、聖なる布を通して呼吸をすると浄化されるのを感じる。

 

「はぁぁぁ……」

 

 生き返る。

 そうだ。思い出せ。俺は二度と後悔はしないことを、あの満天の星に、月に誓った。

 冴えた月に俺は誓いを立てたが、一応の節度は守ろうと思う。ある程度は。

 

「つまり、やる事は変わらないな」

 

 俺は表面上は誰にでも優しい紳士系主人公を目指そうと思う。

 俺の前世スキルを駆使すれば問題はない。そして全てに優しい変態紳士であろう。

 

「――――」

 

 いつかの泥棒アニメを思い出す。

 伯爵の城に捕らわれた王女に対する緑ジャケットの泥棒の対応。

 あんな感じでいこう。渋いオッサンが醸し出す雰囲気に憧れるのは男だからだろう。

 

 好感度だけならいくら上げたって問題はない。むしろ相手を惚れさせてやろう。

 相手から迫ってくるならしょうがないのだからと思いながら、ふと思い出す。

 

「それにしても……あれは凄かったな」

 

 友奈め。油断した。意外と根に持っていたのか。

 あんな子に育てた覚えはないのに、どうしてこうなった。

 

 看病と称されて脱がされて、いたずらっ子の笑顔で男の尊厳を弄ばれてしまった。

 いや、あれはあれで悪くはなかったが、近いうちに報復することを誓った。

 

 ――ちなみに、拭かれて衣服を着させられた後、なぜか添い寝をしてくれたので寝ぼけたふりをして抱き着くと、抱き着き返してくれた。風邪をひいた体には心地よかった。

 

 なんだかんだで、あの後も俺と友奈の仲はいい。

 いや、悪くなる要因などないが、むしろ以前より更に距離が近くなった気がする。

 

 だが念には念を入れる。

 流石に今更嫌われたら結構キツイと思うぐらいには、俺の中で友奈のことが占める比率は大きくなっていることに最近気づいた。

 サンチョの縫いぐるみの顔部分に聖布を被せる。

 

「あ、そっか」

 

 そんなことをしていると、ふと気が付いた。

 スッと思考が冷たく、クリアに広がり理解した。

 

「…………なんだ」

 

 今更だが、俺は怖くなったのだ。

 あんな風に笑顔を向けてくれる相手なんて、そういなかった。

 大切に思っていたあの金色の少女はもう俺の傍にいない。いなくなった。

 誰もが俺の傍からいなくなった。この家に友奈以外に来た人はいない。

 

「醜いな……」

 

 だから、友奈に嫌われたくないから、俺は紳士な態度を心がけている。

 それはなぜか。

 

 友奈には誰よりも優しく、誰よりも暖かく、誰よりも傍で微笑んでいてほしい。

 

「――はっ」

 

 空虚な笑いが口角で渦を巻く。

 鈍感だの、紳士だの、そんなものは建前にすぎない。

 今更嫌われると、正直俺の精神が耐えられないだろう。

 それぐらい俺は友奈に思いを寄せていた。寄せていてしまっていたのだ。

 

 この1年、誰よりも彼女が俺の傍にいてくれた。誰よりも話をしていた。

 だからだろうか。離れたくない、離したくないという薄暗い感情が過る。

 いつの間にか、そんな醜い独占欲を、俺は友奈に対して抱き始めていたのだ。

 

 

 

 ---

 

 

 

「――しかし、暑いな……」

 

 午後、戦利品を部屋に収納した。

 どの家にも飾られるという神樹様を祀っている小型の神棚に一緒に祀るか考え中だ。

 

 神樹様もきっと喜ぶだろう。

 だれもここに触ろうなんて思わないだろうし、隠し場所として最適だ。

 

 究極的に罰当たり行為をするかどうか考えながら。

 自炊をして(今日は釜揚げうどん)、家事に励む。

 気がつくと随分と家事が体に馴染んでいた。掃除もなかなか楽しいものだ。

 

 部屋で掃除をしていると体が熱を帯びるのを感じる。汗を掻いたのだろう。

 ある程度で掃除機のスイッチを止めて、服を脱ぐ。

 

「ん?」

 

 首元でチェーンが指輪の光を反射して、青く鈍く光る指輪。

 

 すっかり忘れていた。

 毎日ずっとつけていたから、首元にあるのがこれの定位置と化していた。

 6歳の時に綾香からもらった加賀家の遺産。常に身に着けることを約束した。

 

 あれからもう5年が経過したのか……。最近は全然会えていないのだが。

 久しぶりに指輪を指につけてみると、ふと少し前の看病を思い出す。

 

『あれ? これ……黒百合の花だよ』

 

『――クロユリ?』

 

 友奈が服を脱ぐなら俺も服を脱ごうと交渉を持ちかけ。

 赤い顔で関節を決められ敗北。風邪のせいでパワーが出なかったのだ。ベッドの上で勇敢に戦ったが汗を拭くと服を剥かれた際、指輪を友奈に見つけられた。

 

 その時せっかくだからと見せてみたら、ちょっと微妙そうな顔をして。

 友奈は俺に、指輪の石の中に刻まれた花の花言葉を教えてくれた。

 

『えっとね……確か黒百合の花言葉は、『恋』と『呪い』だったような』

 

 そんなことを思い出して、思わず溜息を吐く。

 以前付けると薬指だとまだブカブカだったが、今は左手の中指にピタッと収まる。

 

「ふふっ……」

 

 時代の流れを感じた。

 手を天井にかざしてみると、天井の明かりを反射して指輪が蒼い輝きを放っていた。

 

「……あれ?」

 

 唐突に眠くなる。

 唐突に瞼が重くなる。

 唐突に体が重くなる。

 唐突に体が休眠を欲した。

 

 急なことだから、何も対応できなかった。

 

「あ――、ぁあ――」

 

 自分の部屋で良かったと感じながら、俺は瞼を閉じた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 桜。

 しだれ桜。

 いつか友奈と見たあの桜が目の前に広がっていた。

 

 ただし、空は暗い。

 ……いや、空が暗いのではなく辺りは闇に覆われている。

 ペンキの黒を思い出す。何の光も通さない純粋な黒色がほかの色を呑み込んだような。

 空を見上げても、星も月も見えない昏い闇が俺を見下ろすばかり。

 

 それなのに、この辺りだけは随分と明るかった。

 

「――――」

 

 地面に目を向ける。

 草を踏む足の感触は芝生を思わせる。

 

「――――」

 

 何の音もしない。

 ここは夢なのだろうかと疑問が胸中を過る。

 いつの間にか疲れて寝てしまったのだろうか。

 

 俺はそんな自分でもよく分からない場所にいた。

 こんな場所に関しての記憶など、俺は持ち合わせてはいない。

 

 だが同時に知っている場所だと認識していた。

 自分が何を言っているか分からなかったが、ここは俺が知っている場所のようだ。

 

 俺は椅子に座っていた。

 白いテーブルとセットになっているのだろう白い木製の椅子。

 新調されたのだろうか、どちらも新品同様で、そこに俺は座っていた。

 

 丸いテーブルを挟んで存在を主張する、もう一つの椅子には誰もいない。

 周りを見渡すと、無限に広がるような底知れぬ暗闇が広がっている。

 ここから移動する気にはなれず、夢の所為か口から声が出ない状況にも驚かない。

 

 俺はどうすべきかと、途方に暮れて――、

 

 どれだけそこにいたのだろう。

 気が付くと目の前には、ソレが座っていた。

 

 影が張り付いたような人。ソレを目にした。

 俺はソレに何も感じなかった。

 恐怖も、焦燥も、好奇心も、絶望も、何も感じず、平然と冷然としていた。

 

「……」

 

 ソレは、当たり前のように俺の目の前の空いている椅子に座る。

 目があるであろう部分をこちらに向けてくる。

 

 喋ろうとして口を開いても声が出ず、体は動くが椅子からは立ち上がれない。

 だから自然と目の前のモノを黙って見るしかなかった。

 ソレを、俺は覚えていた。

 いつか見た夢で俺たちは出会っていた。その確信があった。

 

 その影はよく見ると、少女を連想させる曲線美を描いていた。

 全体が影で覆われていたが、なんとなく体の構造というか、雰囲気というか。本能と呼ぶべき何かによって、俺は目の前に在る『何か』を少女と認識することにした。

 

 そんな思考を遮るかのように。

 影は小さな口を開き、想像よりも柔らかい声音を俺に聞かせた。

 

「こんばんは」

 

 挨拶だった。普通の挨拶だった。

 鼓膜を震わせるのは、中性的な声による挨拶だった。

 

 思考を放棄しそうになるがそれでも懸命に動かない口で挨拶を試みる。

 目の前の存在が何者であれ、挨拶は基本であり、それが出来ない者は認めて貰えないのだ。

 

「無視はいけないよ」

 

 その言葉に申し訳なさを覚えながらも、同時に理不尽さも覚える。

 思い出したが目の前の人物とは違い俺は口を開くことも出来ないのだ。

 喋ることを許されていない。一方的な会話が続く状態。

 

「喋れないなら仕方ないな。取り敢えずこの状態で話をしようか」

 

「……」

 

 小首を傾げた理解の高い影の女らしき人物は残念そうに肩を落とす。

 この不思議空間では脳内会話が成立するらしい。こうなると夢を見ているのではないのかという考えが浮上しながらも目の前の人物との会話を試みる。

 そんな俺の従順な態度に頷く彼女は小さく頷いた。

 

「キミ、さっき指輪を指に嵌めただろう? それでここに来たんだ」

 

 指輪という言葉に思い出す。

 ふと自分の左手に目をやるが、そこにあの蒼色の指輪はない。

 

「正式に会うのは初めてだね。そろそろ平凡な人生も飽き始めたかい?」

 

「――――」

 

「ボクは加賀家初代勇者。初代と呼んでくれ。ボクの後継者」

 

 影はそう言って小さく口端を緩める。

 

 ――クツクツ、クツクツと。

 

 腹の奥に響くような不思議な笑い声だ。

 艶めかしい女に撫でられた、そんな気分になる俺に彼女は悪魔のような笑い声を上げた。

 

 

 


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