「――本当に、きたのか」
荷物が実家から届いた。
実家から何か荷物が届くというのは初めてなのでワクワクする。
段ボールには、加賀亮之佑様と宛てられており、裏には宗一朗名義で家の住所が書かれている。
長方形のタイプの段ボールだ。
いたって普通で、触感も紙でできているそれだ。
もう少し大きかったら入りたかった。
ガムテープをほどき、中身を閲覧する。
初代の言った通り、中にそれはあった。
携帯端末、充電器、端末のマニュアルだろうか、冊子が置いてあった。
冊子はペラペラと捲ったが、これは普通に機種の説明だったので後回し。
肝心なのは、この携帯端末だ。
充電が切れていたのでコンセントに繋ぎ、少々時間が経過した。
ひとまず、この端末の中身を見てから初代の言葉の審議を行うつもりだ。
端末を開いてみる。
中にはメールや電話、カメラなど俺の居た前世と全く変わっていない機能が搭載されていた。
時計を見てみると、今日は10月10日だった。
そもそも300年技術の進歩もない携帯端末も、今更ながら疑問の一つだ。
「…………」
男のロマンという名の期待は淡く消え去りつつも、しばし無言で端末を弄る。
なんとなく新しい携帯ってつい3日くらいワクワクしてついつい弄りたくなる。
「……ん? これは……」
端末を弄っていた時、俺はあるアプリの存在に気が付いた。
7つの葉を持つ樹木のマーク。神樹をモチーフにしたマークのアプリだ。
だが色合いがおかしい。黒い樹木に赤い葉のマーク、しかも上と下が逆だ。
およそ神聖なる樹木のマークからは程遠いものだった。
そのアプリを開いてみる。
だが――、
「……なんでロックが掛かっているんだ?」
しかも音声認証。
アプリ自体は開けるが、そこから先は進めない。
苦々しい思いを浮かべ、俺は鍵のマークを睨み付ける。
普通のロックならともかく、音声だと開くことが出来なかった。
誰だ、こんな真似をしたやつは。
まさかこの端末、中古だったのか? いや、流石にそんなバカなことがある訳……。
「パスワードは……」
キーワードか。適当に言ってみる。
ロックに触れ、音声認証システムを起動する。
少し考えて、キーワードを言ってみる。
「開け、ゴマ!」
「友奈は笑顔が可愛い」
「園子って元気だと思う?」
それらのキーワードに対して何の反応も示さなかった。
端末風情に友奈や園子の可愛らしさは分からないのだろう。
そんな事を思いながら他にも、加賀宗一朗とか、加賀綾香、俺の名前、誕生日など、思いつく限りのキーワードを言ってみたがどれも反応を示さなかった。
「……しょうがないな」
仕方ないので、一度保留した。
もうひとつの謎のアプリに目を向ける。
『Y.H.O.C.』とだけ書かれたアプリだ。
タップして起動しても、昏い花が出てくるだけだ。確か黒百合だったか。
光りだすわけでもない。背景部分には、螺旋状の渦が見ることができる。
全体的に暗い。明るさの問題ではなく、何をしてもうんともすんとも動かない。
「……分からん」
仕方ないのでスルーした。
無くても困るものではないし、あったからといって困ることもないだろう。
保留だ。
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「あ、もしもし。私、加賀亮之佑という者なんですが――」
『おぉ! 久しぶりだな、亮』
「久しぶりですね、母さんは元気ですか?」
『ああ、そっちはどうだ?』
電話帳には、宗一朗と綾香の携帯端末の番号が既に記載されていた。
アドレス欄には『加賀綾香』と『偉大なる父、宗一朗様』の二つが載っていたので、宗一朗の方は『浮気スケベ野郎』に変更しておいた。
「――それで父さん、この携帯は?」
『あぁ、お前ももうすぐ中学生になるだろ?
それで綾香がお前に持たせてやるべきだって言ってたんだ』
そういえばもう10月か。俺も友奈ももう6年生か。小学生は楽で良かったな。
まあ、今まで全然連絡とってなかったからな。
むしろその手段がなかったのだが。
『電話料金とか諸々はこちらで払っておくから、遠慮とかはするなよ』
「分かりました」
それにしてもだ。不思議な気分だった。
別にファザコンになった訳ではないのだが、久しぶりに聞く宗一朗の声は随分と懐かしくて、思わず目に指を添えてそっと天井を見上げずにはいられなかった。
『最近はどうだ? ガールフレンドの一人はできたか?』
「……いえ、居ませんが。お向かいさんが凄く可愛らしくていい感じです」
『そうか! 流石は俺の息子だな。それで付き合っているのか?』
「いえ。その子、恋愛には鈍感と言いますか、いわゆるライクとラブの違いが分からない系の明るい笑顔が似合う子なんですよ。頭悪そうに見えて、空気を読んで誰よりも周囲を気遣う……。それでいて責任感もある、とてもいい子ですよ」
椅子に座りながら、何気なしに窓の方を見てみる。
曇り気味だが、青空がお向かいの家を見下ろす。
向かいの家が、友奈の家がカーテンのレース越しに見えた。
そうなのだ。
これもある意味で俺にとって問題であった。
友奈は結構俺に抱きついたり、スキンシップをしてくるし、俺もそれを許容している。
この体はまだアレも来て間もないが、相手が小学生なので動じることは無い。
友奈の場合、割とセクハラをすれば顔を赤くするのだが。
最近は「亮ちゃんはエッチだね!」と言うだけで平然と抱き着いてくる。
なぜか釈然としない。
なんだろう、この敗北感は。
『あぁ、たまにいるよな、そういう子。俺も昔そういう子に遭遇した時は悩んだぞ~』
「父さんの周りにもそういう子がいたんですか?」
『ああ、まだ学生の頃だったがな。懐かしいな』
「そうなんですか」
『そんなお父さんからの経験則に基づくアドバイス、聞くか?』
ちょっと悩む。
このプレイボーイの対処法なんて絶対ろくでもないだろう。
だが、初代の話通りなら俺の父親は百戦錬磨の凄腕の女たらしだ。
後で裏は取るが、聞くだけならば無料だ。情報はいつだって武器となるのだ。
「お父様。私めにどうぞ、知恵をお授けくださいませ」
『うむ。そうだな、結論から言うと……演技しろ』
「演技?」
『女子の前だと男っていうのは格好良くあろうするだろう? お前は多分、いつもその子の前では格好良くクールを気取って、何でも出来る自分を見せつけているだろ?』
「そう、ですね」
言われてみれば、そうかもしれない。
初めて会った頃は若干テンション低めだったが。
今では、割とかっこよく見えるように行動していたかもしれない。
端末から聞こえる声に神経を集中する。
『格好つけたいのは分かる。好きな子の前ならば当然だ。お前も大体のことは失敗しないしな』
「照れますね」
『だが、完璧な人間は嫌われるぞ。何かしらの隙がある風に演じろ』
「隙?」
『普段はなんでも出来る有能な男。それでもどこかに問題がある。それを私なら支えていける。そう思わせろ』
生前子供向けのアニメで完璧な男とそれなりに優秀だがダメな部分もある男がいた。
二人の男を前にして、マドンナ扱いをされた可憐な少女は後者を選んだ。
理由は、自分がいないと駄目だと思ったから。自分だけが彼を救えると思ったから。
完全無欠の男は振られた。そんな話だ。
そういうことかと確認を取ると、肯定を彼は聞かせた。
『助けたい。私が傍にいて守りたい。そういう思いをお前に持ち始めれば、より近い距離になれるだろう。もちろん精神的にだ』
「……なるほど」
『更に言うと、ギャップ差というか、今までとは見せていた物とは違う別の面を見せることで、鈍感な彼女にも何か変化をもたらせるかもしれない』
「なるほど! なるほど!!」
『あとは清潔感とかも大事だろう。こんな感じでどうだ?』
「天才ですね」
端末越しに久しぶりに笑い合う。
そういった中で、俺は今言われたことを熟考する。目から鱗の気分だ。
意図的に、これまでと違った方向からのアプローチか。弱さを見せ守りたいと思わせる。たまに衣装を変えるのもいいかもしれない。
割と真面目に参考になった。流石はプレイボーイか。こういった方面では最強なのだろう。
『それで、何か聞きたいことがあったんじゃないのか?』
「あっ」
宗一朗がそう問いかけてくる。
そうだった。あやうく本題を忘れるところだった。
「父さん」
『ん?』
「拷問部屋で母さんに調教されたって本当ですか?」
『――。いや、なんのことだ? 誰が言っていたんだ?』
「……いえ、風の噂でちょっと聞いただけです。あと、携帯に謎のアプリが入っていましたが知っていますか?」
『いや、それは知らない。俺が弄ったのはアドレス帳だけだからな』
「そうですか。それでは……」
『あ、ああ……、亮之佑』
「はい?」
『それ、誰にも言うなよ』
通話を終えると、端末から耳を離した俺は頭を抱えた。
今の会話で俺には分かった。長男として彼と過ごした年月に培われた直感が告げていた。
「本当だったのか……」
母さんには、あとで掛け直しておこう。忙しそうだ。
それにしても、あのアプリは両親の仕業ではないのか。
とはいえ、今は重要ではないので保留で良いだろう。
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次の日。
10月11日の早朝。
ある程度の裏は取れたので、真剣に指輪について向き合うことにした。
あの影。いや、最後には結構好みな感じの少女に変貌を遂げていた。
あの少女。初代が言ったことを俺は思い出していた。
俺は左手を空に向けて挙げる。
中指には光を反射し、美しい輝きを放つ指輪を着けっぱなしにしていた。
あとで首元に掛け直すつもりだが、今は指に着けたい気分だ。
「これに、血を付着させるんだったよな。確か」
正直、何処の厨二だよって思う。血を使うってなかなかレベルが高い。
生前、魔法陣とかグラウンドにマークを書いて、宇宙人に話しかける人もいたが、
俺はそういったことはしなかった。
「…………」
初代はそれをすれば全てが分かると言っていた。
だが俺自身、正直まだあいつを信用してはいない。突然の勧誘の電話のようなものだ。
ああ、そうですかと簡単に納得はできない。
「…………」
好奇心は身を滅ぼす。誰かがそう言っていた。
別に血の一滴や二滴、問題じゃない。すでに小型のペーパーナイフは用意した。
手元には携帯端末。そして指輪。
「…………」
初代は言った。このまま時間が経過すれば、俺は退屈という修正に、世界に捕食されると。
俺にとって退屈というのは苦痛だ。苦痛なのは嫌だ。面白いことがしたい。
そうでなければ、何のためにこの世界に来たのか分からなくなる。
興味本位だったが、だからこそ俺は決意した。
覚悟を決める。
「俺は、――四国の外が見たい。真実を知りたい」
口にしたことで決意が固まった。
もしかしたら、あの少女自体が泡沫の夢でしかなかったのかもしれない。
いつの間にか、俺の頭がおかしくなって変なモノを見るようになってしまったのかもしれない。
全部妄想かもしれない。
だけど、別にそれでも構わない。
だって俺は、後悔だけはもうしないと心に決めたのだから。
あの日。満月の夜、加賀亮之佑が目覚めたあの日に。そう誓ったのだ。
……最近は少し薄れ始めているかもしれないが。
なら、俺がやることは一つだ。
右手にナイフを握り、左の掌をそっとなぞる。
「――――」
深呼吸をする。唾を飲み込み、掌に意識を集中する。
皮一枚分。痛みを感じず、赤い血が掌から零れ落ちていく。
俺は、その血を指輪に注いだ。
すると青色の宝石から昏い光が、それと同時に、金と紅の粉が俺の体を纏い始め――、
「――――ッ!?」
気が付くと、俺は見知らぬ装束を身に着けていた。
いつも家で着ていた服は見当たらず全体的に昏い装束を俺は身に纏っていた。
ところどころに金と赤の色が奔り、地味さを感じることはなく、あまり派手さも感じない落ち着いた雰囲気を醸し出しているコート。
手を見てみると、赤い手袋を身に着けていた。
下を見下ろすと、こちらも昏くところどころ赤い線の奔るボトム。インナーは鼠色をしていた。
更に下を見下ろすと、赤いブーツがピカピカに磨かれていた。
そして最後に特徴があるとしたら、あちこちに囚人のように拘束バンドが巻かれていた。
武器がある訳でもなく、全体的に軽装な印象を感じさせる。
「なんだ……これ」
指輪が光ったと思ったら、いつの間にか衣装チェンジをしていた。
これが、俺の勇者服らしい。
……勇者服ってなんだ?
一瞬だけ初代を思い出す。別れる間際、これに似たような格好をあいつはしていた。
ふと左腕の二の腕部分を見てみると、コートの左腕あたりに花の刻印が描かれていた。
昏い花。確か、黒百合の花だ。
「これが、俺のチートなのか……微妙だな」
正直、早着替え程度なら俺もできる。大道芸を舐めてかかってはいけない。
こんなコスプレちっくな恰好に、一体何の意味があるというのだろうか。
もしかしたら、初代も着用していたのだろうか。
そう思うと少し笑えた。生前はレイヤーか何かだったんだろうか。
部屋にある衣装ケースの鏡で全体を見て、俺はこんな評価を下した。
どんな種があるかは知らないが、たいしたことはなさそうだな、と。
「クックック……」
あいつ、大層なこと言っておいて、すっげーしょうもないのな。
虚言の癖は止めた方が良いですよ(笑)と今度言ってやろう。次があればだがな!
この分だと、壁の外も大したことは無さげだろうな。
そう調子に乗りかけた俺は、瞬時に冷静に返り咲いた。
そうやってすぐ油断するから体毛入りクッキーなんて食ってしまうんだ。
冷静になれ。この服だって、きっと何か特別な意味合いがあるのかもしれない。
防護服の役割なのかもしれない。
何があるか分からない。日帰りで戻るつもりだが。
念のため、顔を隠すための仮面と口を保護するためのスカーフを準備する。
前者は人に顔バレしないための装備。
後者はウイルス対策だ。ないよりはマシだろう。
先ほどから、異常なくらいの高揚感を抑える。
「よし、行こうか」
口元がにやける。あぁ、真実が楽しみだ。
ゾンビはいるのだろうか?
壁の外に思いを馳せながら、俺は周囲に人がいないか確かめつつ家を出た。
---
「ついた……」
ここまで来るのに大した時間は掛からなかった。
この服は身体機能を強化するのだと、家からの移動時に気が付いた。
それは明らかに、本来の加賀亮之佑の身体能力を逸脱した速度だった。
俺は――風になる。早くも調子に乗りそうになるがぐっとこらえる。
途中、人が多いので屋根の上を飛んで移動をする。
これもまた凄かった。主にジャンプ能力と、着地のダメージを緩和してくれる。
初代もいいプレゼントをくれたものだ。
ちなみにこの勇者服が脱げないことに気がついた時は、ちょっと心臓が止まりかけた。
最悪、一生このままかと覚悟しそうになった。
まぁなんとかなるだろう。今はそれよりもだ。
「フフッ……」
なぜか笑えた。
明らかに異常な身体能力を発揮することが面白かった。
走れば走るほど、跳べば跳ぶほど、体の中の細胞が活性化するのを感じた。
まるで、体の中から別のモノに作り替えられているかのように。
およそ20分程で、俺は湾口にたどりついた。
「…………」
今まで、海の先に何か巨大な構造物があったことはない。
聞いたことも、見たこともなかった。
だが、明らかに壁のようなものが俺の眼には映っていた。
四国の地を囲うように続く壁がどこまでも、どこまでも横へ。
大橋の下を人にバレないように跳んで走って移動し、なんとかそこまでたどり着く。
「これは…………植物か?」
その壁は植物のような何かで出来ていた。
一面を覆う、大きな根のような何か。
変身をしたことで、この存在を見ることができるようになったのも明確な変化の一つだ。
「ここだけ、やけに薄いな……」
やがて、薄い膜のような、明らかに強度が不足してそうな場所を見つけた。
まるでここから入れといわんばかりに。
罠か? と思った。
誰に? 俺にか? それこそまさか、だ。そんなことに一体何の意味があるというのだ。
それにしても、こんな状況だというのにワクワクするのは。
俺も頭のネジが飛んだのだろうか。
「――ふぅ」
深呼吸して、気合を入れなおす。
目の前に存在する謎の膜のような物。結界と言うべきか。
おそらく、ここから通れば、俺は四国の外へいけるのだろう。
同時に、そこにあるものを見たら、もう取り返しのつかないことになることを俺は予感した。
「なら、なんのために俺はここまできたんだ……」
変身現象と、仮に呼んでおくとして。
この身体能力向上と引き換えにわざわざコスプレまでして。
見られても大丈夫なようにマスクもつけて。正直恥ずかしい気持ちもあったさ。
その思いを無駄にはしたくない。
今日初めて知りたいと思ってここまで来たのだ。今更引き返そうなんて思わない。
ふと友奈ならどう言うか考える。
俺のお向かいさん。楽観的で、でも責任感が強くて、明るい笑顔で周囲を照らそうとする少女。
彼女なら、「きっと大丈夫だよっ!」とそう言うだろう。
そうさ、大丈夫だ。大抵なんとかなるものさ。気楽にいこうじゃないか。
「よし、行くか――」
誰にともなく俺は一人呟いて、結界をすり抜ける。
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『運命とは、選択の積み重ねで作られている』とは、一体誰が言ったものか。
この日、確かに俺は、決定的な選択をしたのだ。
そして――、