変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第十八話 届かぬ約束に、手を伸ばして」

 そこは植物の世界だった。

 俺が見てきた人も、俺が住んでいた家も、あったはずの場所は、謎の根に変わっていた。

 俺が皆と生きた町はなかった。

 

「ぇえ……ぇあ、あっ?」

 

 唐突に樹海化というワードが頭を過る。

 誰かの記憶だ。俺の記憶か? いや知らない。

 大小様々な色とりどりの木の根が緑のアスレチックな空間を創り出していた。

 

「なん……ここっ、いえは?」

 

 無意識に独り言を呟く。呟くことで辛うじて思考を動かす。

 ここはどこなのだろう。

 本当に俺はどこにいるのだろう。まるでファンタジーの世界だ。

 いつの間にか、俺は知らない世界を狂ったように走りながら、どこか他人事のように考えていた。

 

 ――家はどこだろう? 

 ――宗一朗、綾香はどこにいるのだろう。どこかに避難しているのだろうか。

 ――園子は……。

 ――友奈はどこだろう。

 

 立ち止まりそうな足に喝を入れる。

 勇者服を着用しているはずなのに、息が絶え絶えだった。

 それから、

 

 どれだけ走っても。

 どれだけ叫んでも。

 どれだけ周りを見回しても。

 

 必死な思いで、懸命な意思で、決死の覚悟で名前を叫ぶ。

 だが、その声に応えるモノは誰もいなかった。

 何も、誰も見つからなかった。

 

「―――――ハァ、――――――ハァ、―――――あっ!」

 

 肺を焼き切りそうな痛みに、心が砕けそうな後悔から必死で目を逸らす。

 どれだけ走っても、家の一軒も見えない。

 必死に町の影を見つけようと目を逸らして、下をよく見なかった。

 だから木の小さな根に躓く。

 転んでしまう。

 

 息が切れる。肺が痛み、酷使された肉体は全身が軋みたてる。

 肉体の各所が一度止まれと叫ぶのが分かる。

 分かるが、――だが、ここで止まるのは嫌だった。止まれる訳がない。

 

「……誰か」

 

 誰かいないのかと考える一方で、漠然と思考は理解を示す。

 分かっている。誰もいないのだ。ここには人は誰もいないのだろう。

 知らない知識だけが先ほどから脳みそに突き刺さる。

 無駄な行動は止めろと囁く。

 

 そんなものは信じられない。だって確かめなければ分からない。

 だから行動した。だがいなかった。自分以外は誰も見つからなかった。

 

「は―――――、あ――――――」

 

 息が整わない。

 肉体を酷使しすぎたのか、精神的なものか、足が言うことを聞かなくなり尻餅をついてしまった。

 息を整えるのにしばし夢中になった。

 だから、気が付くのに遅れた。

 

「…………あ、れ?」

 

 疑問の声が呼吸と共に出た。

 瀬戸大橋は先ほど通ってきたはずだ。だが記憶の中の形状と一致しない。

 あれほど大きなシンボルと呼べる橋の存在を見間違いであるとは言わせない。

 その大橋が、折れてへし曲がり、歪み、橋としては完全に大破していた。

 

「………………は」

 

 もう意味が分からなかった。

 笑えなかった。なぜだか、目の前が霞み始めた。

 目の端から、微かな嗚咽と共に熱い雫が零れた。

 

 身体が痛かった。

 心も痛かった。

 呼吸ができなかった。

 あれから初代とも全然連絡がつかなくなった。何度呼んでも、指輪は鈍い色のままだ。

 

 誰かに会いたかった。声を聞きたかった。

 友奈に会いたかった。抱きしめたかった。

 俺を知っている人に、俺を受け入れてくれる人に、名前を呼んで欲しかった。

 親しげに、友愛を込めて、俺の存在を受け入れて欲しかった。

 

 結局はその程度だったのだ。

 何が転生者だ。何が芸だ。何が誓いだ。

 それらはいざ困った事態になると何も役立たない。

 自分の無能さを思い出し、これまで築いた全てが霧散しそうになる。

 

「あ、ああ……」

 

 気がつくと、俺を纏う衣は勇者服ではなくなっていた。

 目の前に端末が転がるのを視界の端に捉えるが、そんな事はどうでも良かった。

 全能感も、仮初の勇気も、謎の高揚感も、何もかもが消えてなくなってしまった。

 代わりに俺を呑み込むのは、意味の分からない空間と誰もいないという事実だけ。

 

「ああ、ああぁぁぁ…………!!」

 

 叫んでも何の意味もない。無駄だ。さっさと立ち上がれ。つべこべ言わずに探し出せ。

 理性がそう叱りつける。分かっている。だけど、動けない。

 足を止めたことで負担が一気に心肺機能に襲い掛かる。動けない。

 だと言うのに、俺が立ち止まってしまっても、運命はゆっくりと後ろから近付いてきた。

 

 

 そして、孤独に動けなくなった加賀亮之佑を、労うように、嘲笑うように。

 追いついた運命が、ゆっくりとした動きで彼の肩にそっと手を乗せてこう言った。

 

 ――お前の負けだ、と。

 

 

 

 ---

 

 

 

 目から零れるものも尽きたのか。

 ゆったりとした足取りで歩き出す。

 

 途中、大きな白い何かを見たが、どうでも良かった。

 途中、紫と蒼の輝きを見たが、どうでも良かった。

 帰りたかった。何も考えたくなかった。

 

 だが、目の前に蒼い流星が墜落してきた時。

 それが人の形をしていた時、残りの心が辛うじて起動した。

 

「あ――、ひ、とだ」

 

 数十分だったか数時間だったか、分からなかった。

 ただ、無我夢中で走り抜いた。

 何度転んだか分からない。切り傷、擦り傷、打撲が全身を切り刻む。

 肉体の外も中も熱を放つ。

 だが、そんな痛みなど、もうどうでも良かった。

 加賀亮之佑にとってその熱が唯一、自分がまだ生きていることを感じさせたのだから。

 

「―――――」

 

 駆け寄る。

 星の着地点に駆け寄った。

 そこには、気を失ったのか意識の無い少女がいた。

 黒い艶やかな髪。無造作にばら撒かれた黒髪は、一本一本が生糸のようだった。

 右手にはどこかで見たような青いリボンが巻かれていた。

 あと、どこがとは言わないが服の上からでも分かる大きさだ。

 この属性は少年の周りにはいなかったので無言で見る。でかい。

 

「――?」

 

 加賀亮之佑は、黒髪の美少女をじっと見つめて腕組みをした。

 なんとなく容姿としては綾香に似ている。マザコンではないが。

 少し熟考して、

 

「ああ」

 

 そして思い出した。

 神樹館小学校。

 今は懐かしき母校。そこの制服を彼女は着ていた。全体的にボロボロだったが。

 ボロボロさ加減なら俺も負けないぞとなぜか張り合う亮之佑。

 全身血と傷だらけだった。

 

 少年の記憶では、彼女のような美少女なぞ見覚えがないのだが。

 それにしてもだ。

 園子が西洋人形なら、目の前の少女は日本人形と言うべきだろうか。

 これが本当の大和撫子と呼ばれるのだろう。

 正直、見た目は好みだった。

 

「親方、空から人が……」

 

 なぜか呟かずにはいられなかった。

 少年の声に反応したのかは分からなかったが、

 彼女の整った眦が震え、見開いたエメラルドのような瞳が亮之佑と交わった。

 一瞬驚愕に目を見開いたが、こちらの風貌を見て心配そうな顔をする。

 

「……大、丈夫ですか?」

 

「それは、こっちの台詞なんだけど……」

 

 お互いに困惑の入った視線がぶつかる。

 昏い瞳と緑の瞳が交差する。

 瞬間、場が膠着してしまい、先に目を逸らしたのは亮之佑の方だった。

 

「なあ、ここから、家に帰るにはどうしたら、いいと思う……?」

 

「……分から、ないです」

 

 何か情報を持っていないか少年が聞いてみる。

 無理もない。久方ぶりに会う人間だった。会話の仕方を忘れたのだろう。

 聞き方が少しおかしく感じたが、お互い混乱しているのだ。

 亮之佑も疲れきっていた。

 心も肉体もボロボロだった。

 それでも、孤独でないことに幾らか心が和んだ。

 しばし気まずさにお互いが押し黙る。そっと見ると、彼女もだいぶ疲れきっているようだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そんな中で、空間を切り裂く紫の槍が到来した。

 

 

 

 ---

 

 

 

 その少女と目を合わせては逸らすことを何回やっただろうか。

 お互いがお互いを気になり、チラチラ見合っていた頃。

 

「わっしー!」

 

 その声が突如、俺の耳朶に響いた。

 

「――ぇ」

 

 聞き間違えるはずが無い。

 多少声変わりしたとしても、間違えるはずが無い。

 何年彼女といたと思っている。

 何年その少女と笑いあったと思っている。

 どれだけ思い出を築いたことか。

 

 空を仰ぐ。

 紅ではないが、曇り空。

 それを引き裂くかのように、随分長く伸びた槍がこちらに近づき、

 縮むと同時に、その少女がこちらに降りてくるのを俺は目にした。

 

 その光景を覚えている。

 

 

 = = = = =

 

 

 柔らかく下がった眦。真っ直ぐに伸びた艶のある長い髪。

 純金を溶かしたと感じさせる黄金色は、稲穂を想像させる美しい髪。

 白く純白を思わせる肌。

 

『かっきー』

 

 桃色の小さな唇を震わせ、かっきーと呼ぶ声を覚えている。忘れはしない。

 

 

 = = = = =

 

 

 その全てが俺にとって愛おしかった。

 目の前の少女は、以前より多少背が伸びただろうか。

 今は長髪をポニーテールにして、紫の装束。紫の槍。装束に施されている刻印は睡蓮だろうか。

 相も変わらず園子は美しく、可愛らしかった。

 

「――――――」

 

 声が出なかった。

 涙は枯れ、血の気の無い唇をわなわなと動かすだけだった。

 なんて声を掛ければいいか分からず、そっと俯いた。

 少女は俺に気が付いていない。

 俺の傍にいる黒髪の少女に向かい、話しかけた。

 

「わっしー。聞いて……。壁の外が――――」

 

 俯く中、彼女の声が聞こえる。

 刹那、彼女の戸惑いの声も聞こえる。

 

「わっしー?」

 

「誰……ですか?」

 

「――え」

 

「そうだ――! 銀は? 銀はどこ!?」

 

「……っ、わっしー!!」

 

 まるで会話が噛み合ってなかった。

 お互いが誰か別の人に話しかけているようなチグハグ感。

 園子が話しかけている少女、わっしーというのは渾名だろう。

 それでも、園子は彼女の手のリボンをしっかりと結び直し。

 「乃木園子と、鷲尾須美と、三ノ輪銀は、ずっと友達だよ。ズッ友だよ」

 と微笑みかけていた。

 

 そんな一瞬の穏やかな空気を、運命は決して許さない。

 

 後ろから、強大な死の群れが近づいてくるのを感じた。

 思わず顔を上げてソレを見る。

 怪獣映画でよく見るような巨大なソレを認識した時、また知らない情報が入ってきた。

 

「――――っ」

 

「―――? ―――ぇ」

 

 突然の情報に頭痛が酷い。

 思わず唸ると、園子が此方を見た。

 ずっといたが、下を向いていたから俺だと気が付かなかったようだ。

 

「……かっ、きー?」

 

「その……ちゃん」

 

 改めて園子の顔を見る。

 よく見ると、片目の焦点が合っていない。右の琥珀色の瞳に光を感じなかった。

 それでも、

 

「――ど」

 

「―――――」

 

 残った目に様々な感情が走り、大きく見開いていた。

 園子は何かを口走ろうとして、口を閉じる。

 

 『どうして』ここにいるのか、なのか。

 『どうして』かっきーが、なのか。

 『どうやって』ここにきたのか、なのか。

 

 驚愕と不安と喜びと……他の何か。それら全てが入り混じった瞳が。

 見開かれる琥珀色の瞳が見下ろし、絶望に歪められた昏色の瞳が見上げた。

 実に2年ぶりに、少女と少年の瞳が交差した瞬間であった。

 

「―――――」

 

 彼女と逢ったら、話をしたいと思っていた。

 謝りたいとずっと思っていた。

 そして再会を喜んで、抱きしめたいと思っていた。

 2年間、頭の片隅で、その存在をただの一度も忘れたことなどなかった。

 園子が目の前にいる。

 ただそれが嬉しくて。

 

 だけど、時間は俺たちに会話すら許すことはなかった。

 そっと目を逸らしたのはどちらか。

 

 2年の月日は、少しだけ俺たちの間に壁を作ったのかもしれない。

 話をしたかった。

 でも、気まずかった。

 

 そう俺は思ったが。

 どうやら彼女は、そんなことは思わなかったらしい。

 園子が俺へ跪き、俺と目線を合わせる。

 あの頃と何一つ変わらず、俺に話しかける。

 

「かっきー。わっしーをお願いできる?」

 

「―――――、……ああ」

 

 視線を下に移す。

 いつの間にか、少女が気を失っていた。

 園子と少女の関係が分からないが、それでも俺を頼ってくる。

 その程度の信頼はどうやら残っていたらしい。

 

「園ちゃんは……?」

 

「私はね~」

 

 そう言いながら彼女は立ち上がり、壁のほうを睨み付ける。

 結界を抜けて入りだしてくる侵入者。

 星の怪獣にして、頂点。

 バーテックス。

 星屑が集合して出来上がったモノ。

 

 乙女座

 蟹座

 蠍座

 射手座

 山羊座

 獅子座

 水瓶座

 天秤座

 牡牛座

 牡羊座

 魚座

 双子座

 

 黄道十二星座と呼ばれる12体の怪物。

 知識がどこからか引き出される。

 それらが、全て集結していた。

 

 少女が俺たちの前に立ちふさがる。

 無力な俺たちを守るように。

 何者にも決して奪わせないように。

 

「――ちょっと、やっつけてくるよ~」

 

 あの頃と何も変わらず、散歩にでも行くかのようにそう言って、ほにゃっとした笑みを浮かべ、

 俺に背を向ける。

 

「園子……」

 

 俺に立ち上がる力はもうない。体は動かない。

 もう足に熱が入らず、立ち上がれなかった。

 偽りの勇気はとうに消えた。心は怯えている。

 情けない、悔しい。でも勇気が出なかった。勇気が足りなかった。

 それでも、

 

「かっきー。私ね~」

 

「―――」

 

 それでも。

 

「かっきーが、大好きなんだよ~」

 

「――園子、まって……」

 

 卑しくも呼び止めようとする俺に、園子は朗らかに、慈愛をもって微笑んだ。

 その笑みに口を噤む。そんな、たったそれだけの会話だった。

 

「またね」

 

 そう言って、園子は敵に向かって跳躍した。

 距離が離れる。

 離れてしまう。

 

「園子ーーーーーっっっ!!!」

 

 叫んで、離れていくその姿に手を伸ばす。だが届かない。

 

 何もできない、情けない俺を守るかのように。

 こちらに来る敵を倒すため。

 紫の花が咲き誇った。

 

 その姿を見て。

 

「――あ」

 

 思い出すことがあった。

 

 

 

 = = = = =

 

 

 

 

「勇気の出し方?」

 

「あぁ」

 

 少し前の話だ。

 小学5年生の夏の頃だ。もう1年も前になる。

 

 地域の町内の小さな祭りで、俺は友奈と一緒に出かけていた。

 小さな祭りと言っても、きちんと屋台のあるもので、

 焼きそばを食べたり、りんご飴を食べたりした。

 提灯を見ながら二人で歩いたりした。

 

 少し休憩のつもりで近くのベンチに腰を下ろしていた時のことだ。

 

 この頃の俺は、正直友奈のことが胡散臭かった。

 

 困っている人に手を差し伸べる。

 困っている人に微笑む。

 助けを求める人を助ける。

 

 人として当たり前のこと。

 そんな人のために行動できる勇気が、俺には信じられなかった。

 生前のこともあり、その行為に何か裏があるんじゃないか。そんな風にやや捻くれていた。

 

「困っている人に声を掛けるのって、なかなか勇気がいるなって思ってさ」

 

「うん、そうだね」

 

 りんご飴を舐めながら、友奈は俺に相槌を打つ。

 

「だから、どうやって勇気を出しているのかな~って」

 

「……うーん」

 

 彼女は指を顎にやり、ウンウンと唸りだし、

 やがて答えが出たのか。

 

「私はね、勇気を出してないよ」

 

「……えぇ?」

 

「私はね? 人のために行動して、その人が喜んでくれるのが嬉しいんだ!」

 

 だから、

 

「その人が『ありがとう!』って喜んでくれる姿を思い浮かべると、

 自然と勇気が湧いてくるんだ!」

 

「おぉ」

 

 思わず拍手をした。

 友奈は、

 自分で言ったことが少し恥ずかしくなったのか、やや頬を赤らめた。

 

「誰かのために、って思えば勇気が湧いてくるってこと?」

 

「うんっ!」

 

 その笑顔を見て、俺は自分を恥じた。

 友奈の行動に裏なんてない。汚れきった自分が恥ずかしくなった。

 同時に、純粋にそう思える友奈がひどく羨ましく感じた。

 だからだろうか。

 

 せっかくなので、

 

「友奈の勇気を、俺に分けて頂戴」

 

「いいよ!」

 

 そっと手をつなぐ。にぎにぎした。

 暖かく、やわらかい感触が伝わる手から、暖かな勇気が流れてくるのを感じた。

 そっとお互いに微笑みあう中で、友奈の薄紅色の瞳が妖艶に映って見えた。

 

 

 

 = = = = =

 

 

 

「は―――――、あ―――――」

 

 今の俺には勇気が足りない。

 体中にある虚構の勇気を集めても立ち上がれない。

 端末は反応を示さない。

 

 ――だから友奈。お前の勇気を、少しだけ分けてくれ。

 

 思い出から、本物の勇気が流れてくるのを感じた。

 ……知らず、鼓動が早まっていく。

 錆び付いた心が、軋む体が、忘れかけた熱を点す。

 虚構の勇気と本物の勇気。

 それらが、合わさる。

 

「―――――っ」

 

 目の前の理不尽を睨み付ける。

 眼前に広がる星座たち。理不尽に逆らう紫の花。

 その花は一度散り、また咲き誇る。

 

 逃げてしまいたいと思った。

 このまま眠ったらどれだけ楽なのだろう。

 いっそのこと、園子のことを見捨ててしまいたい。

 

 そんな思いを振り切る。

 歯を食いしばる。

 

「俺は――」

 

 俺は、友奈のように誰も彼も助けたいなんて思わない。

 勇者ですらないような、醜いエゴイストでしかない。

 

 だが、それでいい。

 顔も知らない誰かを救おう、なんて思わない。

 名前も知らない誰かのために命を懸けよう、なんて思えない。

 

 俺にとって。

 加賀亮之佑にとって、大事なもの。大切だと思う人を。

 それだけを、何を賭してでも俺は守りたかった。

 それだけで十分だった。

 

「う、おおおぉぉぉぉぉ―――!!」

 

 それは何に向けた咆哮か。

 再び立ち上がる。

 だが、今の俺では園子を助けることはできない。

 剣と銃であの怪物たちを倒す戦闘力を俺は持ち合わせてはいない。

 それでも。

 

「!?」

 

 端末が、指輪が、光を放つ。

 昏い光が俺を包み、勇者服と剣と銃を作り出す。

 だがこれだけでは足りない。必要だ。

 

 現状を変える一手が。

 今の俺では逆らえない理不尽を変える、反逆の一手が。

 

「――――! これは……」

 

 端末が今度は緑の光を放つ。

 それは、以前俺が投げ出したアプリからだった。

 

「Y.H.O.C.…………」

 

 何かの頭文字。以前は何の表示も示さなかったアプリが。

 まるで、それを押せというように点滅を繰り返し、その存在の主張をしていた。

 

 黒百合が咲き誇るアニメーション。

 背景には螺旋の渦が緑の輝きを放つ。

 

「………………」

 

 悩む必要がなかった。頭じゃない、魂がそれを押すことを勧めた。

 鬼が出るか蛇が出るか。起死回生の一手になるのか。

 俺には分からない。だが、これを押すべきだと魂が告げる。

 

「頼む! 俺は――」

 

 そっとアプリに触れ、強く願う。願った。

 守られるだけなんて嫌だった。

 

「園子を守りたい……俺は園子を、助けたいんだ――――!!」

 

 

 起動し。

 

 

 

 ---

 

 

 

 ・

 

 

 

 ---

 

 

 

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