変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第二十一話 讃州中学校」

 神世紀299年。

 今年も満開の桜が咲き誇り、俺は制服を身に着ける。

 多少ぶかぶかなのは今後の成長を見込んでだ。

 隣に眼を向けると、新旧ご近所陣の制服姿が目に付く。

 

「可愛いじゃん、2人とも」

 

「えへへ、ありがとう」

 

「友奈ちゃん、前を見てね」

 

「はーい。うどんチーズ!」

 

「チーズ」

 

「ち、ちーず」

 

 校門の前で写真を撮るのは伝統芸みたいなものだよなと外面用の微笑を浮かべながら、

 東郷と友奈と俺の3人で、写真を撮ったのだった。

 

 

 

 ---

 

 

 

 4月。

 新しい季節が訪れ、讃州中学校に今年から俺たちは入学することになった。

 最初はやや不慣れなこともあったが、人間の適応能力は素晴らしいものだ。

 友奈や東郷とも慌ただしい生活にも慣れ始めそうになった頃。

 

「そんなあなたたちにお勧めの部活があります!」

 

 俺たちは、ある少女が所属する部活に勧誘され、入部することになった。

 できたてホヤホヤというか、その少女しかいないという部活。

 なんでも、『ボランティアや人のためになることを勇んで行う』という部活理念を持っているとか。

 遵奉精神の高さは凄いですね。ほーん、偉いこと。スッゴーイ! 

 

「―――――ん」

 

「―――――」

 

 いつになく乗り気な友奈の隣を歩く中で、

 彼女がグリップを握る車椅子。

 それに搭乗するもう一人の親友に俺は目を向ける。

 ちょうど似たようなことを考えていたのか、少女も俺に目を向けてくる。

 吸い込まれそうなエメラルドの瞳は、残念だが爛々とした好奇心を物語っていた。

 

(いや、お前もか……)

 

 好奇心というか、視線の方向的に楽しそうな友奈がいることも5割くらいあるのだろうか。

 生前ほんの少しの間だけだが陸上部に所属していた俺からすれば、

 正直部活なんてものは帰宅部が素晴らしいと考えていたのだが。

 残念だが、彼女たちはそうは思わなかったらしい。

 

(いや待て。ポジティブに考えようぜ、俺)

 

 隣の赤い娘と黒髪の娘。

 ついでに、部室に案内している前を歩く少女を見る。

 太腿の辺りまで届く長さのブロンド髪の少女。

 それを黒いシュシュで二つ結びにし、デコが煌めいていた。

 首元には黒いチョーカーを装着し、白いハイニーソを履いている。

 友奈や東郷とは違うタイプだが、明るめというか姉御肌を感じるようなタイプだ。

 

(ふむ、―――――悪くないな)

 

 何様やねんとセルフツッコミを心の中でする。それにしても、なかなか美少女だ。

 というより、讃州中学校の女子生徒はレベルが高いと紳士達の中で噂だ。

 それ以前にだ、生のJCがそこら中にいる。

 本物のJCが一杯! これだけで幸せ。無論顔には出していないが。

 

 だが、中学生の男というのは異性として成り立つのだろうか。

 まだ全力で馬鹿をして、女性陣に白けた目を向けられる年頃だろうに……。

 

「弱きを助け強きを挫く――――それが勇者部なのよ!」

 

「それは凄いですね! 特に響きがカッコいい!」

 

「でしょう?」

 

 友奈と先輩に値する少女が会話するのを尻目に、思考を進める。

 現状、赤、黒、黄、昏。

 つまり、女、女、女、俺。

 

 ……いいんじゃない? 意外と悪くないんじゃないのこれ!? 

 あんまりハーレムとかは考えた事はないが。

 色合いもいい……関係ないけど。

 それに、ここで帰るのも約2名が煩そうだ。

 

「本当ですか! やったー!」

 

 ん? 

 ……拙いな。聞いてなかったので、適当に相槌を打っておく。

 そんな訳で、俺たち3人はめでたく『勇者部』への入部を果たしたのだ。

 

 

 ---

 

 

 それから、約2ヶ月が経過した。

 勇者部は名前が変なのはともかく、やる事はまともだった。

 ボランティア部で良いじゃんと何度思ったかは数知れず。

 最初の頃は特にやることもなく、学校の雑務や海岸の掃除などをやっていた。

 

 面倒だなーと思いつつも、結構楽しく感じ始めた。

 俺たちの所属する部活の先輩は健啖家で、放課後は『かめや』のうどん屋に寄る。

 『かめや』のうどんを選択したのはいいセンスだと思いながら、

 本日俺は天ぷらうどんを啜った。

 

 なぜか最近、近所の女性陣が俺の唐辛子を掛ける量にいちゃもんをつけてくる。

 大丈夫だって、うどんぐらいにしか掛けないから……。

 

「ちょ、ちょっとちょっと、亮之佑……掛けすぎなんじゃないのソレ……?」

 

「いえいえ、そんなことはありませんよ? 良いですか先輩。七味唐辛子はですね―――」

 

 「内臓を壊すよ、亮ちゃん!」とか「あまり掛けすぎると吊るしますよ、亮くん!」

 などとご近所陣が煩いが、これが美味いんだよ。これが。

 

 いかに美味しいかを目の前の先輩に語ると、やや青い顔で俺のお椀を見ていたが。

 七味唐辛子というのは七回掛けることで運が向上し、女子力がアップしますよ! 

 的なことをソレっぽい真面目な顔と理論で語ったら、

 

「マジで!? そんな理論が提唱されたんだ!? じゃあ私もソレ掛けるワ」

 

「勿論です、―――――どうぞどうぞ」

 

 思わず笑顔で迎え入れ、七味唐辛子の小瓶をノリの良い先輩に手渡す。

 

 あちゃーと顔を背けるご近所様達を尻目に、7回掛ける先輩。

 彼女が水を求め、

 俺が手から水を出す芸で、顔と舌を赤くする面白い彼女の怒りと興味を引くまで、

 およそ3秒前の出来事だ。

 

 

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

 

 9月。

 

「ふむ……」

 

 本日の活動で、俺は部長先輩が持ってきた一つの依頼に目を向けた。

 敬礼をして「今日の更新終わりました!」と報告する少女の隣に椅子を持っていき座る。

 隣に座る俺に怪訝そうな顔をする少女にニヤリと笑いかける。

 蒼いリボンで纏められた長く黒い髪を肩から流し、緑の瞳を向けてくる少女。

 彼女が新しくやってきたお向かいさんちのお隣さんである、東郷美森だ。

 

「どうしたの? 亮くん」

 

「いやね? これを見てくれよ」

 

 そんな彼女に俺が見せるのは一つの依頼書。

 放送部所属の俺の友人、赤嶺一世君からだ。

 小学校卒業後、俺と同じく讃州中学校に進学した俺の友人の1人だ。

 

「これは……放送の語り手の依頼ね。亮くんに指名じゃない」

 

 パーソナリティって書いているのを平然と無視する東郷。

 どうやら彼女はこの国を愛しすぎて、あまり横文字を使いたくないらしい。

 

 それはともかくだ。

 人間に見向きしないはずの彼も成長したのか。

 どう転んで放送部に入部したのかは、聞くところによると声優業の真似事がしたいとか。

 遂に人形に声を吹き込みたくなったらしい。彼は一体どこへ向かうのか。

 性癖のことさえ無ければ、結構良い紳士なんだがな……。

 しかし、声でお仕事。俺も昔そんなことをしたいと思った時期があったっけ。

 

 そんな彼は、中学校で放送部に入部を決めていた。

 ところが俺たちが入学した時には、既に部は廃部しかけの状態であったらしい。

 それを俺に相談してきたので、せっかくなのでと、

 勇者部の面々に相談していくつかの行動を行った結果、廃部を免れることが出来た。

 

「これを受けようか、悩んでいてさ……」

 

 依頼書を見る彼女。

 彼女が搭乗する車椅子の後ろに回り込み、そっと肩を揉む。

 特に意味のないスキンシップ、もとい友奈直伝の肩もみだ。

 まぁ、親友の触れ合いって大事だよね。

 

「……ん……そぅ、ね…………いいんじゃないかしら。亮くんの声、私は素敵だと思うけど」

 

「そう? 嬉しいな」

 

「……ひやぁ! ――あの、亮くん? もう肩もみは……」

 

「いや、お客さん。結構良いものをお持ちのせいか、凝っておりますよ~」

 

「……ぅっ……ん!」

 

 我慢しなくてもいいんだよ? クツクツ笑いながら我が奇術の手腕を炸裂させる。

 何を言われても、マッサージだからの精神で人肌で暖を取る。

 背中をもみもみしながら同意を得る。

 背中を押してもらえたお礼に気持ちよくなってもらうべく、無言で揉み続けた。

 そっと揉んでいく部分を少しずつ肩から増やしながら、思考を深める。

 

(正直な話……面倒臭いけど)

 

 どうやら今回は俺をご指名のようだし、この依頼受けるとしますか。

 

 

 

 ---

 

 

 

 2日後の金曜日。

 放課後。

 それは、微かなノイズと共にスピーカーから人の少なくなった廊下に響く。

 

「……はい! 始まりました、放課後のラジオ! 来週の金曜日の昼休みより行われる昼のラジオのリハーサルをお送りします。司会パーソナリティを務めます、私赤嶺一世と……」

 

「勇者部所属、加賀亮之佑です。本日はお招き、ありがとうございます」

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

 俺は現在、学校の昼休みに放送される予定のラジオ放送のパーソナリティ(仮)の一人として駆り出されていた。

 なんだかんだで俺のあらゆるスキルを行使し、校内のお悩みを相談・解決したところ、随分と人気が出たという。

 モテる男は参ったね。

 

「さて、このラジオは毎週水曜と金曜日の昼休み。その内の金曜日のコーナーとして、勇者部に寄せられた匿名でのお悩みの相談を、加賀さんがお答えしていくというものになります!」

 

「できる限り、頑張ります。

 ……それと一世。知らない仲じゃないんだから、いつも通り亮でいいぞ」

 

「はい、ありがとうございます。それでは亮さん。今回はリハーサルということで、少しだけ時間拡大でお送りさせて頂きます。……ではでは、まず一通目から参りましょう!」

 

「HEY、一世! 緊張してる?」

 

「……してません」

 

 俺は今、一世と放送室にいる。目の前に座る彼を見る。

 オールバックで眼鏡と結構イカス恰好だが、ソレ誰も見えないぞ、一世。

 

 更に、目の前には細長いマイク。周りはゴチャゴチャしたステレオや音響装置。

 そう、俺が放送部を救出した際に交渉したのだ。

 勇者部に寄せられる相談事は、匿名のメールなども多い。

 そう言った匿名のもので、ある程度問題の無さげな物を一世が選び、

 俺がそのお悩みや質問に回答していく。

 

 勿論、他の部員が行うということもある。

 だがまずは、初回放送に向けたリハーサルだ。

 

「――――というのが宜しいのではないでしょうか。頑張ってくださいね」

 

「はい、ありがとうございました! では、次のメールに行きましょう」

 

 既に勇者部の広報担当がネットでうまく設定をしてくれ、ラジオ用の募集が開始した。

 正直ラジオと言うほどのモノでもないが、名前をカッコよくしたいのはよくわかる。

 開始早々、多くのメールが来たのには驚いた。

 だが、これにうまく回答さえすれば、勇者部としての地位と名声が上がる。

 それに伴い、新しいリスナーから更なるメールなどが来るだろう。

 俺もパーソナリティとしての固定化した勇者部の仕事が手に入る。ここが踏ん張りどころだ。

 

 と、ここで一世が他のメールに目を通して口を開いた。

 

「えー3通目行きましょう……。ペンネーム、女子力の妹さんからです。

 おや、これは地域の方からですね。

 なになに……。こんにちは、イッセーさん。リョウさん。こんにちは!」

 

「こんにちは」

 

「私には、頼れる姉がいます」

 

「ほうほう」

 

「家事をこなし、なんでも卒なくこなす、私にとって自慢のお姉ちゃんです」

 

「それは~、素晴らしいお姉ちゃんじゃないですか」

 

「ただ最近困っていることがあります。それは、女子力が上がるからなんて言ってうどんを毎日5杯食べるんです。いくら止めるように言っても、うどんなら大丈夫だからと言って聞きもしません。お姉ちゃんのお腹が心配です。どう言って止めたらよいのでしょうか。教えて下さい……。と、いうことですがどう思いますか? 亮さん」

 

「そうですね~」

 

 少し考える。

 俺の周りで馬鹿みたいにうどんを食べる奴は、1年上の先輩だけだ。

 彼女が姉という設定で考えよう。

 ……よし。

 

「女子力の妹さん。あなたのお姉さんは将来早死にするでしょうね」

 

「えぇ!?」

 

 目の前で一世が驚愕しているので、そっと冗談ですと付け加える。

 

「確かに、うどんはラーメンといった他の麺類と比べて大幅に低カロリーです。しかしそれはあくまで麺の話です。きっとそのお姉さんは成長期なんでしょう。それだけ食べるということは、きっと運動部か何かなのでは? 確かにうどんはすぐにエネルギー補充をしたい時には最適ですが、腹持ちは悪く、血糖値も上がり、脂肪にもなりやすいのです」

 

 香川県民全員敵に回しそうな意見を俺は述べる。

 このまま終われば市中引き回しに遭いそうなので、

 勿論フォローも忘れない。

 

「しかも、うどんばかり食べると塩分過多で栄養が偏り、健康や美容を将来的に失う可能性が高いでしょう」

 

「もちろんうどんが悪いことではありません。4杯も5杯も食べるのが問題なんです。家のお向かいさんも2杯が限界ですしね。それぐらいが良いですよ。お姉さんにはこう言うといいでしょう。――綺麗なお姉さんの美容のためにもどうか控えて下さいね、と」

 

 完璧だ。

 思わず口角が上がるのを感じる。流石俺! 

 あぁ、俺役者に向いているんじゃないか……。

 そろそろ芸達者の称号も新たなる進化の時かな。クックック。

 

「なるほど! 亮さん、ありがとうございます。それでは、次に参りましょう」

 

 そう言って、次のメールに目を通す一世。

 おいでませ。この芸達者がどんなお悩みにも相談して見せよう。

 それからも俺は、いくつかのお悩みメールに回答を示した。

 

「では次ですが……おっと、これは亮さんに質問のようですね。

 え~、ごほん。ペンネーム、サンチョさんからです。こんにちは、リョウさん」

 

「こんにちは、サンチョさん」

 

「私は、リョウさんに一つ聞きたいことがあります。それは、幼馴染との理想のシチュエーションとはどういったものが至高だと思いますか? リョウさんの意見をお聞かせ下さい。……だ、そうです」

 

「なるほど、俺個人への質問になっていますけど、コーナー的に大丈夫なんですか?」

 

「基本面白ければオーケーなので」

 

「ふむ、一世君はそういうのありますか?」

 

「僕ですか。そうですね……一緒にコタツで過ごすとかですかね。同じところからコタツに入って、お互いにみかんをあーんしたり……」

 

 なるほど。そんな感じなのか。

 でもな、一世。お前があーんする相手ってキラピュアだろ? 

 一体お前はどこへ向かうんだ? 月か? 二次元か? 

 

 そんなことを思いつつ、少しだけ俺は思考を巡らせる。

 俺にとっての幼馴染とは、およそ二人いる。

 一人は結城友奈。笑顔を作って周囲を照らす明るい少女。よくお触りしている。

 そして、もう一人は―――――

 

「―――――」

 

「亮さん?」

 

「あぁ……。そうですね――――」

 

 ふと俺は思い出す。

 いつかの夜空を思い出す。そして、交わした約束も。

 結局果たせなかったことも含めた、夜空の星々。

 思い出の中の星は今もなお、決して色褪せず。

 黄金の色が俺の視界にちらつく。

 

 

 

 ---

 

 

 

『そうですね、幼馴染との理想のシチュエーションと言いますと、俺個人としては2人きりで線香花火を上げることですかね』

 

『意外にロマンチストですよね、亮さんは。ちなみにどうしてそのシチュエーションですか?』

 

『意外には余計ですよ、一世君。

 どうしてかと言いますと、随分昔の話になるのですが――――』

 

 スピーカーから流れる音声。

 そこから語られる、ちょっとした体験談。

 人気の無い教室。廊下。

 だが、そうは言っても部活動をしている人は大勢いる。

 

『いい話ですね。それは、亮さんの彼女のY.Y.さんじゃなくて?』

 

『違いますよ。というか、Y.Y.って……彼女じゃないですよ……』

 

『あれだけベタベタしておいてですか!? 結構な噂になっていますよ。

 あと、T.M.さんとはY.Y.さんから隠れて浮気の二股を掛けているとの噂もありますが……』

 

『そんな事実はありません』

 

 彼らの会話を背に運動に励む運動部。せっせと手を動かす文化部。さっさと帰宅する帰宅部。

 意外と少なくない、亮之佑含め勇者部が助けてきた部活の人たちも、

 その音声をBGMとして聞きながら修練に励む中。

 

「………………」

 

 無言で無人の部屋に佇む一人の少女がいた。

 彼女の名前は、結城友奈。

 ここは、家庭科準備室を借りて作られた勇者部の部室。

 既に本日の業務が終わり、先輩は帰宅。

 更に、今日はいつもの車椅子の少女は定期健診で学校はお休み。

 だから友奈は、

 今日はもう1人の大好きな親友と帰宅するべく、1人部室で待っていたのだが。

 

 今、彼女の心を占めるのはただ一つのことだけだった。

 友奈の知らない亮之佑の過去。そこにいる、一人の少女の話だ。

 

「そんなの、私知らないよ。亮ちゃん……」

 

 一人呟くその声は小さく、誰にも気づかれず。

 本人すら呟いたことに気づかないソレは、放課後の黄昏の空気に溶けた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 リハーサルは無事に成功した。

 ラジオの放送が終わり、一世と別れた亮之佑は帰宅の準備をする。

 彼の巧みな話術が爆発し、目の前にいた一世をウルッとさせるくらいのいい話をした。

 

 1人ほくそ笑みながら玄関に向かうと、

 途中、友奈が亮之佑を待っていたらしく、一緒に帰宅することになった。

 

「ねぇ、亮ちゃん」

 

「うん?」

 

「明日の授業である小テストって、どれだっけ?」

 

「明日は数学だろ? しっかりやらないと東郷さんに怒られるぞ」

 

「大丈夫だよ! 多分……」

 

「……なら、家で一緒に勉強するか? 不安なんだろ?」

 

「―――――うん!」

 

 時間は黄昏時。

 黄昏の光がぼんやりとたゆたう。

 夕焼けが始まり、空が朱と金に染まる。

 山の端が僅かな間に赤く昏く変わり、山頂の樹々の形を緋色の空に黒々と浮かび上がらせた。

 そんな景色を見ながら、友奈が話題を振り、亮之佑が答える。

 

 意外と亮之佑は口数が少なめになったり、多くなったりムラがある。

 友奈は友奈で喋ることが好きなので、

 キチンと友奈の目を覗き込む昏いガラスに吸い込まれつつも、亮之佑に話題を振る。

 相槌を打つ亮之佑に、

 一度だけ、自分が話し過ぎて迷惑なんじゃないかと聞いたことがあるが、

 

 ―――俺は、友奈の声も話も好きだから、気にせず喋ってよ。

 

 なんて、やや茶化しつつ、それでも真剣な眼差しを自身に向けてくれた事を友奈は覚えている。

 そんな時、友奈はこの黄昏の夕暮れの光に助けられることが多かったりする。

 

「ねぇ、亮ちゃん」

 

「うん?」

 

「おんぶして!」

 

「えぇっ……、――――――」

 

 本当にたまにだが、2人きりで下校する時、

 突然友奈は亮之佑に謎のおねだりをする。

 急に手を繋いだり、抱き着いてきたり。

 

 何か法則があると亮之佑は思っているが、まだ解明していない。

 そういう時は、決まって辺りを見渡すと誰もいない。尚且つ、加賀家まではそれなりに距離がある。計算でもしているのかと少年は思うが、恐らくは天性の才なのだろう。

 

「――――友奈」

 

「………………」

 

 なんとなく視線を横にずらすと、朱と金色の光に照らされた友奈。

 こういうおねだりをしてくる時は、大抵亮之佑と目を合わせようとしない。

 それでいて、何も言わないとその赤いガラスに不安を映し、亮之佑と目を合わせようとする。

 

 その姿をひどく可愛いと感じて、少年は一度だけ意地悪しようと断ったことがある。

 その時の反応は凄かった。

 アハハ……と乾いた声で笑い、「冗談だよ!」と明るい笑顔を無理に作っていた。

 それが亮之佑にとっては、とても愛おしく感じられて。

 

 つい「冗談だよ」と言うと、頬を膨らまして拗ねられた。

 その後キチンと仲直りしたのだが。

 亮之佑が立ち止まる。

 

「ほら」

 

「……本当にいいの?」

 

 しかし、少女の我儘は亮之佑にとっては本当に珍しい現象なので、極力叶えるという方針だ。

 それだけでご機嫌になってくれるなら、加賀亮之佑にとっては大したことではない。

 ほんの小さなこと。大したことでもない。

 

 その小さなことを少女は滅多に言わない。

 隣で共に歩く少女が、決して弱音を吐かない強気少女であることを少年は知っている。

 だからこそ、

 

「自分で言ったんだろ? ほーら、早くしな」

 

 だからこそ、

 友奈が弱音を吐きたくなった時。疲れた時。苦しい時に。

 誰よりも傍にいて、彼女を支えていきたいと亮之佑は心の中で誓った。

 口にはしない誓い。それが彼女にとって少しでも助けになればいいという、独善的な願い。

 そんな悪戯好きで、ちょっとエッチで、だが彼女の真意を見抜ける亮之佑だからこそ。

 

「……うん」

 

 亮之佑には、作られた周囲を照らす明るい笑顔でない、柔らかい笑顔を少女は浮かべる。

 屈託のない目を細くして、満足そうに、得意そうに、罪の無き無邪気な微笑みを浮かべる。

 そんな彼女の笑みをじっと見てから少年はそっと背を向ける。

 少女に背を向けながら、気が付かないうちに亮之佑はやや口角を上げて微笑を浮かべていた。

 生きていると面白いことがあるんだな、と言う風に。

 

 さっさと友奈をおぶりながら、少年は歩き出す。

 2つの影が1つの影になり、夕焼けに照らされる。

 

「―――ふむ」

 

「……ぁ、ちょっと亮ちゃん! どこ触っているの!」

 

「引き締まったいいお尻だ……いて」

 

「もう……」

 

 臀部を揉みしだく少年の頭を優しくはたく友奈。

 その後、意味もなく少年の黒髪を弄る。

 おんぶしているからいいじゃん……などと亮之佑が意味の分からない言い訳をする中、

 二人はゆっくりと帰路に就く。

 

「ねぇ、亮ちゃん……」

 

「うん?」

 

「今度の夏、3人で一緒に花火やらない?」

 

「え? いいけど」

 

「本当? やったー!」

 

 色々な世間話を振る。時々無言になるが、苦じゃない。

 亮之佑に話しかけながら友奈は思う。

 少年といると誰よりもドキドキする。暖かく、優しい気持ちになれる。

 友奈にはこれが何か具体的に分からない。

 

 車椅子に乗る、長い黒髪を肩から下げる少女に抱くものとは少し違う感情。だが明確に違う何か。

 心臓の音が煩い。

 この音が亮之佑バレたら、「何にドキドキしているの~?」なんて昏い瞳に星を宿し、いたずらっ子の様に彼はクツクツと笑って少女を優しくからかうのだろう。

 だから友奈は心臓の音が、鼓動が目の前の少年にバレていないことを願いながら、

 背中から落ちないように、両腕に力を込めた。

 

 そんな穏やかな時間で。

 息を吐き、亮之佑は一瞬だけ目をつむる。

 彼女の柔肌と確かな熱を背中で楽しみながら、思考がゆったりと動くのを感じる。

 

「ねぇ、亮ちゃん」

 

「う~ん?」

 

 この会話ももう何度目だろうか。

 亮之佑は苦笑しつつ、こちらに小首を傾げて話しかけてくる友奈に目を向ける。

 紅椿のような唇が言葉を放つ。

 恥ずかしそうに揺れ動く小さな唇が動く。

 

 

「――園子ちゃんって、亮ちゃんにとってどういう人なの?」

 

 

 思考が、止まった。

 

 

 


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