変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第二十二話 深緑を覗き込む」

 5月。

 そろそろ春も終わる頃。

 皐月という陰暦の5月の異名を持つ月だ。

 まあ5月でも6月でも授業が鬱陶しいのは変わらないが。

 

「……ん?」

 

 俺が座る机の右側に位置する友奈の方を見る。

 腕の長さがちょうど2.5本分先に彼女がいるが、夢の国へと旅立っているようだ。

 なんというか、だらしない顔を俺に見せている。

 

「………………」

 

 最近は友奈も居眠りをするようになった。涎を垂らしてノートを汚している。

 彼女の右手に持ったペンがノートに謎の模様を作っている。人のような何かだ。

 

 4月を過ぎ5月になり、新入生の緊張も解ける頃。

 中学生の生活も慣れる時期だし、それなりに勇者部も忙しい。

 だから、居眠りもしょうがないと俺も思うのだが、

 

(東郷さんが静かにキレている……)

 

 視線を友奈よりやや後ろの方に伸ばす。ちょうど友奈の席から右後ろに位置している車椅子用の席。

 こちらを見る東郷は怖い顔をしている。規則に厳しい真面目な彼女の目がやばい。

 あらら、結構怒っているようだ。

 気持ちは分かる。周りの連中も消しゴムで遊んだり、教科書を見たふりして寝てやがる。

 体育の後の授業はしんどいよね。

 

「―――――――、であるからして―――――」

 

 だが寝ている諸君。

 中学一年生になったからって油断すると大変なことになるぞ。

 具体的には、もうすぐ中間テストがやってくるぞ。

 

「むにゃむにゃ……りょちゃ……ひろげないで……んっ」

 

 どんな夢だろうか。

 友奈さん、寝言は静かにお願いします。……やべっ、東郷さんと目が合った。

 ほら、東郷さんこっち見ないで黒板見なさい。

 えっ俺? 分かったよ、前見るから……。お前は友奈を堪能していなさい。

 

「―――――」

 

 東郷と目で会話をした後、再び俺は前を見る。

 黒板の内容と先生の話をノートにまとめつつ、なんとなく周りを見渡す。

 眠気に囚われてしまった哀れな屍が寝顔を曝け出している。

 俺も気を抜くとこのゾンビたちの仲間に入りそうだ。非常に眠い。

 

(まあ、こういう光景は変わらないものだな)

 

 信仰心があっても、こういう光景は変わらないことに頬が歪むのを感じる。

 次のテストが不安になる光景だな。俺にとって他の連中など知ったことではないが。

 ……俺は頑張ろう。

 

「起立。礼。――神樹様に、拝」

 

 神棚に一礼をする時までには皆も慌てて起き出していたのは、見ている側にしてみると面白いものだった。

 東郷は静かにキレていたが。

 結構マナーとか礼儀にはうるさい娘だったな。

 それにしても、次の試験が楽しみだ。

 

 

 

 ---

 

 

 

 放課後。

 掃除を終えた後、友奈や東郷が先に部室へ向かう中、俺は一世と話をしていた。

 

「亮さん。確か勇者部というのはお悩み相談もしていましたよね」

 

「ああ、ホームページに寄せられる匿名のメールに回答していくんだ。どうしたんだ?」

 

「ほら、以前放送部を助けて頂いた時の、亮さんが前に言った案の準備が整ったので……」

 

「……? あぁ!」

 

 以前、そんなことをした気がする。

 最近は事情があり色々あったので忘れていた。

 

「えっと……じゃあ一世、勇者部にその件で俺宛ての依頼を出しておいてくれ」

 

「分かりました」

 

「じゃあ」

 

「はい」

 

 一世と別れて、俺は荷物を持って廊下に出る。

 他の女子を見ないようにして、見る。

 何を言っているか分からないと思うが。

 要はジロジロ見ると唯の変質者なので、視界の端でじっくり見るのだ。

 

(ふむ、……65点だな)

 

 今すれ違った少女。

 俺の個人的な好みで言うと、残念だが外れだ。

 ちなみに、俺のご近所陣が俺にとって100点だ。もちろん……あの子も。

 近場補正とか好みもあるだろうが。

 

 そんな風にJCソムリエ(自称)行為をしながら、

 俺的には100点の少女達が一足先に向かったであろう部室へ足を向ける。

 部室のドアに手を掛け、一思いに開ける。

 ラッキーイベント、来い! 

 

「加賀亮之佑、参上! 待たせたな」

 

「あら、亮くん」

 

「亮ちゃーん」

 

 当然そんなイベントは無いが、我がご近所さんたちがこちらに微笑んでくれるのは嬉しいものだ。

 彼女たちでほっこりしながら、机に荷物を置く。

 

「……風先輩は?」

 

「用事があって遅れるそうです。端末にも連絡が入っていましたよ」

 

「え、マジで」

 

 俺はポケットから端末を取り出し、ひとつのアプリを立ち上げる。

 俺たちが勇者部に入部した時、部長である犬吠埼風から口を酸っぱくして入れるように言われたアプリ。

 SNSアプリ『NARUKO』だ。

 見た目はまあ……前世で使っていたSNSと大差がない。

 

 だが、300年も経過したのにこの進歩の無さ。

 ……いや、仕方ない。人類本来の文明は、衰退したのだから。

 そもそも、ここは異世界だから。

 

 唐突にあの紅の光景が頭を過り、眉をひそめる。

 

「……亮くん? 大丈夫? どこか具合でも悪いの?」

 

「えっ? ――いや、大丈夫だよ」

 

 目敏い彼女たちは、俺のちょっとした顔の動きでもこうやって反応する。

 嬉しいが、誤魔化すのも慣れた。

 

「どれどれ……お! 本当だ」

 

 NARUKOを開くと、メッセージが届いていた。

 『悪い! ちょっと遅れるからよろしく!』

 といった趣旨のものが、既に4人共有のグループに載っていた。

 

「ふむ、じゃあ何をするのかな……東郷さんや」

 

「そうね……ほーむぺーじの更新とか、かしら。風先輩もそんな長いこと遅れないでしょうし」

 

 俺の質問に東郷はしばらく指を顎にやり考えていたが、やがて返答をする。

 そうだよね。正直よろしく言われても困る。そうやることはない。

 ましてや、こちらは入部1ヶ月過ぎとはいえ基本的に依頼待ちの部活だ。

 いくつか仕込みをしてはいるが、部活の名声が高まるのはまだ先の事だろう。

 

「他には……そうね、御国のあり方について語るとか?」

 

「いや、いいです」

 

「そう……残念」

 

 風先輩は嫌いじゃないが、やや言動がおっさん臭いところがある。

 勿論新入部員である俺たちには等しく優しく接し、「部活のこと以外でも困ったら私に相談しなさいね」と優しくされると疑心も解けそうになる。

 総じて良い人だが、女子力とかいう存在に振り回されている女子、といった評価。

 大食いキャラ的な存在だが、頼れるリーダーだ。

 だからたまに他の人の相談に乗ったりして部活に遅れることがある。

 

「…………ぅぅっ」

 

 ところでさっきから、友奈が唸りを上げてテーブルに突っ伏している。

 呻きを上げて頭を振るせいで、後頭部のポニーテールがフリフリ小さく揺れる。

 髪を結ぶことで露わになる奇麗な白いうなじに齧り付きたいと思いつつ、二人きりならばともかく東郷の目の前だと面倒な展開となる為、反対にいる東郷側の隣の椅子に座り、事情を聞く。

 

「どったのよ?」

 

「最近、友奈ちゃんの居眠りが多すぎるからちょっと注意していたんだけど……亮くんからも何か言ってあげてよ」

 

「あぁ、なるほどな。ナイスだ。東郷さん」

 

「亮ちゃんまで……」

 

 そんな恐怖に慄く友奈。安心しなさい。俺は友奈にはやや優しい。

 えっへん! なんて擬音が背景に出そうな顔をする東郷。東郷お母さんと呼ぼう。

 綾香に顔がよく似ているし、お母さんと呼んでも遜色ないと思う。

 すでに母性を主張するものはたゆんと揺れて俺の目を引きつける。

 

 それにしても、キチンと叱れる親友という存在は実に貴重だ。

 それがその人のためになると思って行動するのは非常に稀だと俺は思っている。

 生前、こんな人が俺の傍に居たら俺もまともな人間でいられたのだろうか。

 いや、当時の俺には変わろうとする意思が無かったし無理だったろう。

 

「友奈……確かに部活とかも大事だけどさ。学生の本分は勉強のはずだ。勉強と部活の両立は難しいけど、それでも勉強しないとテストで大変なことになるぞ」

 

「う~~。だ、大丈夫だよ。なせば大抵なんとかなる! だよ、亮ちゃん」

 

「五箇条か……」

 

 友奈と話しながら、少し前の出来事を俺は思い出した。

 

 

 

 = = = = =

 

 

 

 4月。

 俺たちが入部した後、何かしっかりとした決め事を作ろうと部長が提案した。

 で、その五箇条を作ることが決まった。

 「本音は?」と聞くと、「5つの誓いみたいでカッコいいから」だそうだ。

 

 風先輩、俺、友奈、東郷。

 4人でどうするかを話し合う中、既に4つまで決まり残り1つはどうするかを考えていたとき。

 「最後だからビシッと決めたいよね」と友奈が言う中で、

 風先輩がアイデアを出した。

 

『為せば成る、為さねば成らぬ、何事も……とかどうよ? 上杉鷹山さんのお言葉よ』

 

『よ、よーざ……? ちょっと難しくて……』

 

 日本人の大好きな精神論か。

 要は、何もしない前から無理だと決め付けるなよってことだ。

 昔の連中は良いことを言う。

 ちなみにその言葉は、鷹山だけでなく、

 

『武田信玄の言った説というのもありましたよ、それ。成る業を成らぬと捨つる人の儚さよ……とか続くらしいです』

 

『しん……げん?』

 

 友奈、さすがにそれはまずいぞ。

 いや、ここは誰が言ったかとかの話じゃないか。

 少し難航していたところを、東郷が俺たちの意見をまとめてくれた。

 

『うーん。なせば大抵なんとかなる、とか?』

 

『それならばっちり分かるよー!』

 

 分かりやすく、ざっくりとしたものに仕上がったおかげで友奈もわかったらしく、

 にへらっとした笑みを浮かべる。

 

『良かったな』

 

『うん!』

 

『よーし! じゃあこれで決まりね。書くわよ』

 

 

 そうして決まった、勇者部五箇条。

 

 一、あいさつはきちんと

 一、なるべく諦めない

 一、よく寝て、よく食べる

 一、悩んだら相談! 

 一、なせば大抵なんとかなる

 

 この五つが出来上がったのだ。

 なお、俺は女性陣からよく「悩んだら相談だよ!」と言われるがなぜだろうか。

 顔には極力出さない筈だし、むしろ自分の事に関しては内に抱えがちな麗しき女性陣達にだけは言われたくはない。

 

 

 

 = = = = =

 

 

 

 ふと脇にそれた思考を戻しつつ、俺はこちらを見上げる友奈に問いかける。

 

「――本当に? 大丈夫?」

 

「もちろん!」

 

「……そうか」

 

 友奈がいつも通りの明るい笑顔を浮かべる。返事もいい。

 だがその笑顔を見ながら、俺はマズいなと思った。彼女は中学校のテストを舐めている。

 思えばまだこの学校では、大してテストらしいテストはしていなかった。

 だから大半の学生は友奈のように大丈夫だと言い張るのだ。根拠もなく。

 

 そして、部活の忙しさに忙殺され、いつの間にか全然勉強しなくなるのだ。

 やがて時間は経過し、中間テスト、期末テストで現実を知るのだろう。

 普段の勉強の重要性を。

 前世の俺の経験談の一つ。継続は力なりだ。

 

「どう思う、お母さんや」

 

「正直不安だわ、お父さん」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

 隣に座る東郷を見つめる。

 状況が娘の学力を心配する両親の会話になってきていると思いつつ、

 俺が見る緑の瞳は、どうやら俺と同じ考えに至っている。

 正直友奈は最近、部活にかまけ過ぎな気がする。

 

 「私は、勇者になーる!」と言って、平日の放課後は部活を通じて人々のために精を出す。

 それで土日は俺たちと遊んでいるので、勉強しているところを見たことがない。

 もちろん宿題とかは俺の家で一緒にやることはあるのだが。

 と、東郷が俺に相談してくる。

 

「この場合は、早めに勉強会を開くべきかしら?」

 

「いや、現実を知らないから、本腰が入らないんだろう。最悪、1年の中間程度なら大丈夫だろ。ここは中間まで様子を見て、状況を確認してからでも問題はないはずだ」

 

「如何に中間と言っても、試験は試験。……人の為と言っても、それに感けて自分の果たすことをしない子は尻叩きですよ」

 

「いや、でも東郷さんや。実際に危機感が無いから、今やっても無駄なんじゃ……。無理に教えても身が入らないだろうし。最低50点を下回ったら、叱ってから教えないか?」

 

「……亮くんがそうやって友奈ちゃんを甘やかすから、友奈ちゃんが全然勉強しないじゃない!」

 

「――えっ。俺のせいなの?」

 

 努力の有無は本人の責任だ。周りがどうこう言う問題ではない。

 少なくとも俺はそう思う。大事なのは、努力がなぜ必要なのかを理解することだ。

 それに気が付ければ、後は自ずと努力を能動的にやってくれるだろう。

 それを俺のせいにはされたくはない。

 思わず鼻で笑ってしまう。

 

「東郷さんはあれだね。子供に厳しくし過ぎて、子供をグレさせる教育ママの雰囲気が既に出てますよ。硬いんだよ。絶対子供に嫌われるタイプだって」

 

 母性がもう出てますよ、東郷さん。イラッとするのでつい煽ってしまう。

 これが若さという奴か。俺も見た目は全然若いからな。しょうがない。

 

「……亮くんは子供を甘やかして子供を駄目にする、駄目なお父さんになると思うのですけど」

 

「ほー、言うじゃないか」

 

 このぼた餅娘は、キチンと言い返してくる。

 俺の挑発に乗ったのか、イラッとした頬を引きつらせてジト目で俺を見てくる。

 彼女は怒るとなぜか敬語になる傾向があるのを最近実感した。

 緑の瞳の中に僅かだが怒りが見られる。よろしい。

 

「いや、東郷さんがお母さんになったら絶対門限とかも厳しいだろうし……」

 

「よく分かるじゃない、亮くん。もちろん門限を破る子は柱に縛ります」

 

「…………」

 

「…………」

 

 しばらく睨み合う。

 この古風な女め。友奈の教育方針について、語り合う必要がありそうだな。

 ムムム…………。

 ジーッと見合う中で、距離を詰める。主に俺が。

 東郷さんは車椅子の都合上、距離が詰められないからね。

 それにしてもジト目が可愛い。椅子を引きずって接近する。

 車椅子の背もたれに手をやり、徐々に東郷に顔を近づけ、何となしに顎を指で持ち上げる。

 

 ほのかに頬を赤らめる東郷。

 

「ふ、二人とも、私なら大丈夫だよ! 赤点なんて絶対取らないから。大丈夫だよ!」

 

「――だそうだが」

 

「……友奈ちゃんは、それで大丈夫なの?」

 

「もちろんだよ! 任せて」

 

「でも……」

 

 いつもの明るい笑顔なのは素晴らしいことだ。

 だがしかし、正直俺も不安だ。なぜならば全力で根拠が無い。

 最初のテストは案外大丈夫かも知れないと思う自分もいるのは否めない。

 まあここまで本人が言っているのだ。責任はすべて本人のものだ。

 

「本当に赤点なら東郷さんの言うとおりに、勉強に力をいれなかった罰として100から点数を引いた分だけ、お尻を叩くってことでいい?」

 

「……分かった」

 

 俺としては十分言質も取れたし、大丈夫だと思いたいのだが、

 東郷としては不満らしい。

 しょうがないなー。

 そっと俺は、東郷の形の良い耳に分かり易く囁く様に告げた。

 

「――あんまりしつこいと、友奈に嫌われるぞ」

 

「え……」

 

「そ、そんなことないよ、東郷さん! ……もう、亮ちゃん!」

 

 いつの間にか、随分東郷に距離が近くなった。

 せっかくなのでと、肩から垂れ下がる黒髪をまとめるリボンに手を伸ばし観察する。

 

 東郷は俺が何気なく告げたことに対して、随分ショックを受けたようだ。

 石像となった彼女を友奈が全力でフォローをしている。

 彼女たちの話を聞き流しながら、光った絹糸のように長く真っ黒の髪を束ねるリボンを髪ごと弄りながら自分の事に少し集中する。

 

「――――」

 

 あぁ、このリボンは間違いなく。

 俺があの時見た、あのリボンとそっくりだ。

 いや、そっくりなんてものじゃない。

 

「――――ちゃん」

 

 鷲尾須美。

 あの時、園子は彼女を頼むと、そう言った。

 わっしーを頼むと。

 あの時交わした約束を、俺は果たせたのだろうか。

 

「―――――ってば!」

 

「――――くん?」

 

 東郷の髪を触りながら、俺は思考に耽る。

 あの時少しだけ喋った少女。

 彼女も夜の底みたいな黒、美しい濡羽色の長い髪だった。

 

「――東郷さんの髪って、長くて綺麗な黒髪だよな」

 

「ぁ……、ありがとう……」

 

 そんな風に同意を求めるわけでもなく独り言を呟きながら思い出す。

 そういえば。

 あの時俺が交わした瞳は、不安を宿した暗く淀んだ目だった。

 今俺が見つめる目の前の瞳は、穏やかな感情を浮かべるエメラルドの瞳だ。

 俺が東郷を見つめる時間が経過する程に、その潤んだ色彩が爛々とした光を放つ。

 

 目の前にいる彼女が鷲尾須美かどうか。

 その事実を確かめようと思ったこともある。だが、彼女は2年の記憶を事故でなくしたらしい。

 仮に目の前の少女が鷲尾須美本人であっても、真実は闇の中。

 手がかりは少なく、情報も足りない。彼女への道は未だ狭まるばかりだ。

 

「ぁ、えっと――――」

 

 そんな風に俺が目の前の少女をじっと見つめ続けると、だんだん目の前の顔が赤く染まる。その緑の瞳はやや熱を帯びた様に潤みだす。

 その様子を至近距離でぼんやりと見つめていると、

 

「もう! 亮ちゃんってば!!」

 

「……お、どうした?」

 

 肩を揺すられたのでそちらを見る。

 いつの間にか、友奈が隣にいた。

 目の前には、いつの間にか顔を赤くした東郷。

 

「どうした? じゃないよ。話しかけても、ずっと東郷さんばかり見ているし……」

 

 さりげなく俺の声真似をする友奈。

 どうやら友奈は、俺が彼女を無視していたと思ったらしい。

 そんな悲しそうな顔するなよ。赤い瞳に不安を宿している。

 いかん、このままじゃ友奈を悲しませてしまう。適切なフォローをせねば。

 

「大丈夫だよ友奈。 俺はただ――」

 

「ただ……?」

 

 どうやって彼女が俺に無視されたことのショックをかき消すか。

 別に嘘をつく場面でもない。

 ここは、誠実に正直に対応しよう。

 分かりやすく端的に。

 

「――ただ、俺は東郷さんのことが、気になるだけだ!」

 

「え。……!!」

 

「はわわわわっ……!! 東郷さん! 鼻血! 鼻血が!」

 

 その後のことは、ちょっと覚えていない。

 

 

 




---その後の話---



 結局友奈は、あれだけ言ったのにも関わらず、赤点を取りました。
 現在は処刑待ちです。
 東郷さんは、俺と目を合わせてくれません。

「だ、だめよ。友奈ちゃんというものがありながら浮気なんて……」

 ――などと言います。
 とりあえず嘘を言ったつもりはないとだけ言っておきました。
 そもそも浮気もなにも、彼女がいるわけでもありません。だから大丈夫なはずです。
 そんな俺たちを、友奈が微笑みながら、こちらを見てきます。ジッと。

 あと、最後のあたりの会話をどうやら依頼に来た妄想たくましい子たちがたまたま聞いていたようで、修羅場よー! といって、部室の扉付近から走っていきました。

 翌日には伝染病のごとく、学校中に広まっていました。色々尾ひれがついたらしいですが、考えたくありません。誰が鬼畜だ。誰が二股野郎だ。何が夜の奇術師だ。
 中学生の妄想力ってこんなに鬱陶しいものなんですね。そろそろ開き直るか考えてます。
 まぁ、ある意味でさらに有名になれたのでよかったです。風先輩は少しやかましいですが。

 なぜ、片言風味かと言うと、少し理解が遅れているようです。
 一言だけ言うとしたら。

「どうしてこうなった……」

 日本語は難しい。
 拝啓、宗一朗と綾香。そして園ちゃん。俺は一応元気です。


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