神世紀300年3月の春休みに入る前のこと。
未だ少し肌寒いと感じる時がある、とある日のこと。
その日、俺たちは……というより今回、俺と友奈は部活の依頼として子猫の捜索をしていた。
「ネコさーーん」
両手をメガホン状にして呼びかける友奈。
それで出てきたら苦労しないと思うぞ。そんな単純な子はお前ぐらいだよ。
そんな事を思いながら俺は猫の写真を今一度見る。
東郷からコピーを貰った写真には、三毛猫が写っている。
オーソドックスというか、こげ茶、茶、白色が混ざった日本の三毛猫だ。
「そういえば、亮ちゃんと2人っきりってのは久しぶりかもね」
「そうか? よく家に来ているじゃないか」
「うん。でも、学校がお休みの日とかは家の都合で会えないのが残念だったなって」
「…………」
えへへ、とこちらを見てやや寂しそうに笑う友奈。
そうなのだ。時間のリソースを考慮して俺は病院を虱潰しに探してきた。
大赦の監視を潜り抜け、宗一朗の疑いを躱し、神経を磨り減らす。
友奈や東郷、風には嘘をついて土曜日の部活はしばらく免除してもらっている。
結構ブラックなこの部活だが、それなりに楽しい。
楽しいが、個人的なことで巻き込む訳にはいかない。
「もうすぐ家の用事も終わるから……そのときはまた一緒に部活しような」
「うん!」
そろそろ誤魔化しも効かなくなってきた。
俺が友奈のことを知るように、友奈もまた俺という人間を知っている。
だから、誰よりも綿密な追及を躱すのは骨だ。
もしかしたら気付かないふりをしているかもと俺は思いつつも、本日もほんのりと話をずらす。
「友奈」
「なに……?」
「実は簡単に猫を呼ぶ方法があるんだ」
「本当!?」
写真から目を離し、友奈を呼ぶ。
俺がそれを告げるとキラキラとした目を向ける彼女。眩しいと思いつつ口を開く。
「自分が猫になった気分で、動いてみるんだ」
「……亮ちゃん?」
そんなジト目で見るんじゃない。
言っておくが、ネコ畜生のために労力を割くのが面倒になったとか、飽きたとか、
近くの公園の自販機でコーヒーでも買って休みたいとかではない。
戸惑いを瞳に宿し、こちらを見上げる友奈に俺は真面目な顔(を作って)で告げる。
「ネコだけじゃない。その人の気持ちになって考えればその人の思考をトレースできるように、己がネコになったつもりで、友奈も今ネコがどこにいるかを直感で導くんだ」
「ど、どういうこと?」
「いいか、友奈。今からお前は猫だ。返事はにゃーだ」
「分かった……にゃー。うーん、ならたぶんこっちか……にゃ?」
正直なかなかに適当なことを、それっぽくした言い回しで語ったと思う。
流石に彼女も半信半疑だが、語尾に「にゃー」をつける辺りいい子だな。
もう一度言うが、友奈を揶揄っているつもりはない。
ちょっとネコ探しに飽きただけだ。
そんな今の俺の目には、友奈に尻尾と耳が生えているように感じる。
「じゃあ、ネコは今どっちにいるか直感で教えて? ゆうにゃ」
「わかったにゃ!」
ノリの良い子、ゆうにゃは、
俺の手を引いて己の直感に従い、ネコを探し始めた。
「迷子の迷子の子ネコちゃーん、どこー?」
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……本当にいたよ。
思わず口が半開きになってしまい、そっと閉じる。
俺が見上げる木の上で丸まっているネコは、俺の持つ写真と同一の三毛猫だった。
見るとこちらを見下ろすネコは咽喉を鳴らす低い音を出している。
「にゃー」
その声と悠々とこちらを見下ろす不敵な態度は助けてというものか、来られるものなら来なさいというものか。判断に迷うなと俺はしょうもない事を考えていた。
実は約3分前のこと、揶揄うのを止めてそろそろ真面目に探そうと友奈に声を掛けようとしたら、
近くの公園の隅っこの木の枝にネコがいたのを友奈が発見した。
「亮ちゃん! 私やったよ!」
「……凄いな、友奈は。俺にできないことを平然とやることに尊敬の念が止まらないよ」
「えへへ、ありがとう」
「最後にもう一回にゃーって言ってみて」
「……なんか恥ずかしいからやだ」
「……」
「えへへ」
軽口を止めて、二人して木の上を見上げる。
本来なら木登りの要領で登ってしまえばいいのだが、問題がある。
高い位置と枝の細さから、あのネコが絶妙に危うい体重加減であの場所にいるのが見て取れた。
「あのネコ、亮ちゃんみたいだね」
「どういう意味かな?」
「よーし! ネコちゃん、待っててね。私はネコちゃんを助ける!」
無言で見上げる俺とは対照的に、さらっと俺の質問を無視する少女。
そしていつも明るく活発な友奈は、目の前の対象を助けようと木によじ登り始める。
木登り少女を流石だなと俺は見ながら、これ以上行くと色々と危険があるために友奈の木登りを直ぐに止めさせる。
「待て、ストップだ」
「ふわっ!」
本格的に登る前に彼女のくびれ始めた腰を掴んで引っ張る。
もう少し上に行ってからこれをやると危ないが、まだ地上から30センチ程度だからセーフだ。
くすぐられた友奈の力が抜けこちらに倒れこんだ所を、しっかりと抱きかかえる。
俺に体全体で抱えられた友奈は無言で俺を見上げた。
「亮ちゃん……ちょっと危ないよ」
「それはゴメン。だけどね友奈、登る前にいくつか問題があるんだ」
「問題?」
見下ろす昏い瞳と、それを見上げる赤い瞳。
背丈は似たり寄ったりなので自然と至近距離になる。
背中から抱き着かれた状態だが、特に気にせずこちらに首を傾けてくる少女。
赤い髪からフワッと何かいい匂いが俺の鼻腔をくすぐるが、彼女が説明を求めてくるので口を開きつつ右手でネコのいる枝を指し示し、赤い視線を誘導をする。
「まず、あのネコのいる枝は俺たちが到着しても足を乗せる程度で折れるような脆さなのが見て取れる。友奈が仮にあそこまで行ってもネコに手が届く前に枝が折れて二人とも落ちてしまうだろう」
「……そんなことやってみないと」
「分からないって? 確かにそうだ。なせば大抵なんとかなるってのは五箇条の一つだけど、それは明確なリスクを度外視すればいいって訳じゃない。ネコのために頑張るのはいいけど、それで怪我したら元も子もないだろ」
「うっ」
「東郷さんも悲しむだろうな……『友奈ちゃん怪我したの!? 大変! 病院に行かないと……』って」
「今の声、凄く東郷さんだった」
「茶化さないの……。とにかく女の子なんだから危ないのは止めなさい。それと……」
それに、大切だと思う人に怪我をしてほしくないのは当然のことだろうと思う。
しばし無言になって考える俺を、怪訝な目で続きを問う友奈になんて言うかを考える。
「それと―――?」
友奈が聞いてくるので、赤い瞳に映る疑問にニヤッと笑って答える。
「今制服だし、木を登れば他の人にも見えるだろ」
「――――!」
あえて主語を入れずに指摘すると、光の速さでスカートの裾を押さえ、頬に朱が差す。
別に俺が見る分には構わない。いつも見ている。
だがここは外だ。他にも人の目が無いわけではない。制服で登らせる訳にはいかないのだ。
脳内東郷さんも、よくやったと讃えてくれる。
「亮ちゃんは本当に……もう!」
「いや、今のはむしろ紳士的だと思うけど」
むくれる友奈を宥める。
無言でワンピースタイプの制服越しに彼女の温度を感じながら、彼女の機嫌を直すように告げる。
「だから、安全にネコを救出する方法を考えた」
「……どんな?」
「まず石を投げて……」
「だめ」
「なら、木をだね」
「だーめ」
「………………」
合いの手を打つように友奈に速攻で否定されたので、別の案を模索する。
木を揺らして落とすのも却下にされた。動物を何だと思っているのと聞かれそうだ。
その時は「人の気を引くだけの愛玩畜生」と答えるつもりだったが、怒られかねない。
未だ肌寒いので友奈を抱きかかえつつ、向けた視線でネコと地面の距離を測り手段を模索する。
……ちなみに俺が登ればいいと言う選択なのだが。
あいにく俺は壁を登るのは得意だが、何故か木登りというモノが致命的にできない。植物にでも嫌われているのだろうか。
加えて虫が苦手だ。そこら辺は今抱きかかえている少女も理解している。
「ねぇ亮ちゃん! 私凄い簡単な方法を考えたんだけど―――!」
唐突にパアッと明るく何かを閃いた顔をした友奈が俺の腕を叩き話しかけてきた。
無言で目を向けると、赤い瞳と目が合う。
何か名案を思い付いたのだろうか。期待に胸を膨らませて聞いてみる。
「それはね」
「うん」
勿体ぶるように、キラキラと目を輝かせて友奈は告げる。
「肩車だよ!」
「……採用」
「やったー!」
確かにそれなら高さや諸々の問題が片付くではないか。
パンツは見えない。誰にも、俺にも。それさえ良ければ触れ合って良いらしい。
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「それで、肩車をして子猫のところに届きそうになったら、子猫は自力で着地して逃げた……と」
「いやー、まさか自力で降りられるとは。あの畜……ネコを捕まえるのが面倒臭かったよ」
「もう疲れたよ……」
放課後の部室に俺たちは戻ってきた。
あれから迷子の子ネコを捕獲した俺たちは、案外早く終わったこともあり、部室に戻ってきていた。部室に戻ると東郷がいた。
本日の東郷さんは将棋部に借り出されていたのだが、先に戻っていてパソコンで何かを操作していた。
俺は依頼の結果を東郷に報告しつつ、お茶を淹れてくれる彼女を尻目に肩を揉んでいた。
「亮ちゃん、大丈夫? 私、重かった?」
「……いや、単純に鍛え足りなかっただけだから」
「そうよ! 友奈ちゃんは重くない! 友奈ちゃんは羽の様に軽いの! きっと亮くんの鍛え方が甘いんだわ」
「………………」
それとなくフォローしようとする俺を遮り、全力を持って友奈のフォローをしようとする東郷。
さらっと俺にダメージを与えつつ、友奈のフォローをするのはいいのだが。
お前は昔のアイドルオタクか。
そんなツッコミを脳内で展開しながら、東郷から出される緑茶を啜る。
因みに俺は今日からハイニーソ派に鞍替えをしようと思うが、そこは特に意味はない。
そんな放課後の合間に、突如謎の音が鳴った。
なんというか、腹の虫が喚いたような、有体に言うとお腹が空いたことを示す音。
「はうっ―――――」
「大丈夫? 友奈ちゃん」
「力が、足りぬ……」
お腹を押さえ、ゆったりとした動きで机に伏せる友奈を見る。
どうやらお腹が減ったようだ。
そんな訳で東郷を見るが、俺の視線を受けて申し訳なさそうな、憂いを帯びた顔をする。
「ごめんなさい。今日はぼた餅は無いの」
「ううん! そんな、大丈夫だよ。このくらいなんともないよ!」
東郷の悲痛な声を聞いた友奈は気合で立ち上がる。
笑顔で「私は大丈夫だよ!」と告げた。
腹を鳴らしながら。
「友奈ちゃん……」
「えへへ、心配掛けてゴメンね。でも大丈夫だから、ね?」
「―――しょうがないな」
そう言って俺が取り出したのは、飴だ。
それなりに老舗の店で作られた有名な飴だ。繊細に施された細工が女性に人気だという。
この前、近くを通ったので買ってきた。ポケットを叩くとお菓子がいくつか。
備えあればなんとやらだ。
「それ、この前テレビで見たことある!」
「これを友奈にあげる前に、簡単なゲームをしよう」
「ゲーム?」
小首を傾げる友奈に、一度飴を隠した後、再度両手を見せる。
「どちらかに飴が入っています。それを東郷さんが当てたら食べてよし。外したら友奈は飴を得られません」
「え……私?」
「触るのはアウト。見るのだけ。制限時間は3分間やろう。始めだ」
驚愕の声を上げるのは、蚊帳の外にいると思ってこちらを穏やかに見ていた東郷だ。
急に名前を出されて驚いてるが、俺の差し出す両手を見て思考を慌てて回す。
「えっと、右手の皺はこっちよりやや寄っているから……えと」
必死に俺の手を見てオロオロとする東郷。
今回は種も仕掛けもありません。皆笑顔になれるオチも用意しているのだが。
俺の考えには気が付かず、本気の顔で俺の両手を睨みつける。
「東郷さん……大丈夫だよ。私は東郷さんを信じる」
「友奈ちゃん……。そうね、確率は1/2」
そんな東郷の後ろから友奈は彼女を陶器を包むように、慈しむように抱きしめた。
友奈の抱きしめる腕にそっと触れる東郷。
なんとなく既視感を覚えるような気もするが、よくある光景だしと思い直す。
目の保養にもなる可憐な少女たちが繰り広げる光景。
それを平和だなと思いつつ、
「3分たった。では答えを聞こうか」
「私は……」
そっと示そうとする東郷の右手。
やや震えるその白い手を、友奈の両手が包み込んだ。
一瞬、二人の視線が合わさる。そこには一切の不信などなく、ただお互いへの信頼だけがあった。
「こっちの手だと思う」
「―――――」
わざとらしくため息を吐くと、答えを察したのか東郷は少し顔色を悪くする。
だが安心してほしいという思いを籠めて、そっと東郷に微笑む。
「―――正解」
「やったよ、東郷さん!」
「ええ、やったわ。友奈ちゃん!」
両手を合わせて喜ぶ女性陣。
大げさだなと苦笑しつつ。
「という訳で、友奈に」
「ありがとう……でも」
飴の包みを持って東郷の方を見る友奈。
きっと自分だけが貰うということが申し訳ないと思っているのだろう。
そこら辺は抜かりない。俺は東郷の方に向かい、もう片方の手を差し出す。
「東郷さんもどうぞ」
「―――! ふふっ。ありがとう、亮くん」
単純な話だ。
どちらにも飴を仕込んでおけば、誰も不幸じゃないだろう?
包みを開いて飴を頬張る彼女たちを尻目に、
俺もポケットから飴の入った包みを取り出し、口に入れる。
見た目のカラフルさとは異なり、味も香りも上品なものとなっている。
舌で転がすと表面に付いてるザラメのザラザラ感が舌を通じて感じられる。
「まぁ、お腹は膨れないけどこれで我慢して頂戴な」
「うん、ありがとう!」
その後ぼんやりとそんな時間を過ごしていると、部室に向けて走ってくる足音が聞こえた。
聞き覚えのある足音に口元をもごもごしながら、友奈や東郷と目配せをする。
数秒後、俺たちの予想が当たった。
「諸君。アタシが、来たーーーー!」
「お帰りなさい、風先輩」と、テンションがやけに高い彼女に口々と挨拶をしていく友奈と東郷。
俺も飴玉を口内で転がしつつ挨拶をする。
「お帰り」
「ただいま。ねぇ聞いて聞いて、今度うちの部活に入ってくるアタシの妹なんだけどね―――――」
そんなよくある日常風景。
時間は止まることなく進んでいく。