神世紀300年の4月。
今年も春が来た。
草木が芽吹き、生物が活発に動き回り、桜は今年も咲き誇る。
俺や友奈、東郷も無事に進学を果たし、2年生になった。
友奈はアレ以降、成績は平均以上を維持している。俺も東郷と協力してたまに勉強を教えている。
彼女に関してはしばらく問題はないだろう。
最近は勇者部も地域貢献などを果たす中で、その存在と部員の顔を覚えてもらえるようになった。
俺と一世の金曜日のラジオの方も上々で、多くのリスナーさんや生徒からメールが届くようになった。勇者部の噂を聞いたのか、町のラジオ放送局からも依頼が来るようになったのには驚いたが。
放送部の方から引き抜きの話も出たこともあったが、金曜日だけしかできないのと、勇者部の方に専念するために断った。ちなみに近々ゲストにどこかの部員から話を聞くコーナーがあるのだが、勇者部から一人選ぶという話も出て、風が「キミの出世も近いぞ!」と褒めてくれた。
それはさておき、俺たちが2年生になるということはだ。
後輩となる1年生がやってくるのは必然と言っていい。
部活の勧誘が煩い中で、我が部の部長である犬吠埼風は、その妹を部員として加えることを発表したのが少し前だ。なのでせっかくだからと、友奈と東郷とで協力して歓迎の準備を進めた。
そしてその日が来た。風が苦笑いをしながら新入部員を紹介する。
「緊張し過ぎよ、樹」
「い、犬吠埼樹でしゅ。よ、よろ、よろしくお願いします!」
風から事前に聞いていた話だと、彼女の妹の樹は人見知りだそうだが。
なるほど、これはその通りだと俺は納得した。
正直、内気で小動物のような存在だというのが俺の印象だ。
こういう子は紳士(最近淑女もリクルートし始めた)業界からは結構人気がある。
何よりこのお持ち帰りしたくなる妹属性という強力無比な属性持ちだ。
そんな彼女に、流石のコミュ力お化け、もといお向かいさん、もとい友奈が笑いかける。
「よろしくね! 樹ちゃん」
「は、はいっ!」
中学1年生ということは、12歳か。
去年までは小学生だったのかと思うと、何か感慨深いものを感じる。
改めて樹を見てみる。
彼女の姉である風と同じブロンド髪とペリドットグリーンの瞳は、流石は姉妹と言うべきだろう。
彼女自身は小柄な体型だ。ある意味知り合いの紳士が喜ぶ体型だ。
風とは違いショートヘアで、両サイドの髪を白いヘアゴムで結っている。
あとは花びらの髪飾りを着けているぐらいだろう。女子は本当にそういうのが好きだよなと思う。
「アタシの妹にしては女子力は低めだけど、それ以外は中々よ。占いとかもできるし」
「おおっ、すごいや」
「………」
風のさりげないフォローと友奈の褒め言葉に、樹は無言で顔を赤くする。
薄緑の瞳には戸惑いと羞恥の念を宿し、今にも帰りたそうな顔をしている。
穴があったら入りたい心境なのだろう。
中学生になりたての人見知りにとって、人前での自己紹介はさぞ辛いことだろう。
そんなトマトの様に顔を染め俯きそうになる樹に、友奈が「そうだ!」と言って何かを渡す。
それは、四葉のクローバーが埋め込まれたキーホルダーだった。
恐らく、『占い⇒当たり⇒幸運⇒クローバー』的な思考に至ったのだろうか。
友奈から渡されたソレを見て、樹は目を輝かせた。
「わあ! 可愛い……」
「でしょ!」
自然界に存在する四葉のクローバーは約10万分の1だという。
クローバーの意味としては、『幸福』や『希望』といった物らしい。
だが後日詳しく調べて俺は戦慄した。
四葉のクローバーの花言葉には、『私のものになって』という意味があった。
確信犯と言うべきか流石友奈と言うべきか、偶然だろうということで見なかったことにした。
それはともかく、友奈からキーホルダーを貰い、羞恥の念よりも嬉しさが上回ったのか。
僅かに微笑を浮かべ、友奈にお礼を伝えた樹。
お前らの方が可愛いよと俺は思いつつ、東郷に目配せをする。
「――――」
「――――」
瞬時にアイコンタクトを取り、昨日練習した手品芸を開始する。
黒いシルクハットを被った東郷は車椅子を動かし、樹の前に位置を調整する。
「えっと……」
「……」
突然目の前に現れた巨乳……いや、車椅子系美少女に目を白黒させる樹。
それを無視する訳ではなく、演出の為に無言で東郷は被っていたシルクハットを手に取る。
おもむろにシルクハットに白い布を被せる。
一体何が始まるんです?
そんな疑問を瞳に浮かべ、興味関心を東郷に向ける。
そんな樹を尻目に、状況を黙って見ていた友奈と目を合わせる。
俺と目が合ったことに気が付いた友奈は、片目を瞑り俺にウインクしてみせた。
「ここまでは順調だね!」と目で会話する。
「―――――はいっ!」
と、ここで白い布をシルクハットから取った瞬間、白い鳩が姿を現した。
「ええっ!?」
突然の出来事に驚きを隠せず声を出す樹は、
凄い凄いと無邪気に笑い、東郷に手品の種を聞いてくる。
「……知りたい?」
「はい!」
「いいけど、その前に…………亮くん!」
「ふえっ?」
シルクハットをこちらに投げる東郷。
回転しながら中空を舞う帽子に視線が釘付けだった少女は、その先に俺がいることに気が付く。
シルクハットを受け取った俺は、視線を向ける少女に出来る限り優しく微笑む。
最初は男が苦手そうだったが、一連のショーで多少苦手意識が緩和されたのか、
ややぎこちないながらも微笑み返してくれた。
風の妹ということで事前調査をしていると、男に対して耐性が低いのではないかという話が出た。
そのため東郷と協力して、出来る限り俺という異性にも少しでも慣れてもらうのが今回の主旨でもある。
ちなみに、俺は東郷に確信的笑みを浮かべて「共同作業だね」と呟くと耳が赤くなっていた。それを不思議な顔をして見る友奈。そんな俺に気を使ってくれた可愛いご近所さん達のためにも頑張ろうと思う。
さて、客が見ているのでこちらも期待に応えるとしよう。
奇術師として摩訶不思議な物を見せねば。
「あれ、鳩が……」
「集まっていく」
因みに練習は人には見せないので、この場にいる全員が初見だ。
そういう意味で友奈と樹、東郷、風の目を惹きつける。
多少手品の上位という意味で東郷の役を食べるのは申し訳ないと思いつつも、
せめてもの贖いとして全力を尽くそうと思う。
鳩が再びシルクハット内部に集結する。
俺が指を鳴らす度に一匹、一匹とその数をどこからか増やしていく。
ちょうど八匹になったところで満杯になり、俺は見せつけるようにして白い布を被せる。
「静かに」
右手で布を被せたシルクハットを示し、左手は人差し指を唇に当てる。
途端にワイワイ騒いでいた少女達が静まり返る。
奇術の面白いところは場を把握し、人を掌握する面も持ち合わせているところだと俺は思う。
不敵な笑いを少女達の前で浮かべながら、布の隙間から左の空手を見せながらゆっくりと入れていく。やがて中から取り出されたのは、八本の赤い花を束ねた花束だった。
「えっ、鳩は!?」
慌てたように樹の隣で観客として見ていた友奈が聞いてくる。
……お前仕掛け人側だろうが。もしかしてそれはアドリブなのだろうか。
そう思いつつも、笑みは絶やさない。
「鳩は花に変わりました……種も仕掛けもありません」
「じゃあ、花びらが赤いのって……」
「さて、どうでしょうか」
クツクツと笑う俺に驚愕の視線を向ける樹に、芝居がかった演技をする。
マズい……怖がらせたか。フォローを頼む、友奈ぁ!
俺のヘルプを目で受け、大真面目に友奈は頷き樹に説明する。
「樹ちゃん、あれはガーベラの花って言ってね――」
ガーベラの花言葉には、『希望』や『前向き』という言葉がある。
また赤色のガーベラには『常に前進』、『チャレンジ』といった言葉となっている。
だから、「入学してくる人に花束を渡すならガーベラがいいよ!」といった話を今回友奈から聞かされた。友奈の話を受けて、俺と東郷と友奈でお金を出し合い、新しく出来る後輩の為に用意した。
それがコレ。己の身長よりも低い彼女を見下ろすと樹が顔を向け、目を合わせた。
「………」
無言な俺から渡したガーベラの花束をおずおずといった感じで受け取り、俺たちの顔を見渡す樹。
その瞳には驚愕や感動など、様々な模様が彩られる。
そんな彼女に対し、向かい合うように俺と友奈は東郷の脇に立つ。
友奈はにへらっと笑い、俺と東郷は微笑み歓迎の意を示す。
「「「ようこそ、勇者部へ!!!」」」
「皆さん……、はい! よろしくお願いします」
こうして、犬吠埼樹が勇者部に加入した。
新しい仲間、初めての後輩だ。そう思うと少しテンションが上がるのは気のせいだろうか。
「ピロリロリン!」
「どうした?」
突然友奈が笑顔で謎の音声を発したのでシルクハットを東郷に被せつつ尋ねる。
熱でも出たのか……いや、良くあることだ。
「樹ちゃんが仲間になった!」
「そこは、テレレッテレッテーン! だろう……」
「えー」
なぜか加入した時のSE音について語り合うことになった。
友奈としょうもないことを話しながら、
花束を抱えた樹が東郷に「鳩はどうやって出したんですか!?」と聞いているのを尻目に見た。
「まぁ成功ってことで」
「うん」
ニヤリと友奈に笑いハイタッチ。その後、樹を東郷と友奈に任せつつ風の方に向かう。
先ほどからダンマリを決め込む我らが部長の横に立ち、感想を聞いてみる。
「如何でしたか、風先輩?」
「……うん、ありがとね」
柔らかい笑みを浮かべる風に、3人でのショーは上々であったことを理解した。
何やら女子同士で盛り上がる話でもあるのか、ワイワイ騒いでいる3人を見つめる。
その輪には加わらず風と二人隣合って立ち、少しだけ会話を交わす。
「風先輩の言っていた通り、可愛らしい妹さんですね」
「―――――あげないわよ?」
そう隣にいる先輩に囁くように告げると、彼女は俺に向ける眦を和らげ、目尻に浮かぶ透明な滴を指でそっと拭った。俺はそれに気が付かないふりをしておいた。
視線を再度向けると、3人の可憐な少女達は、皆笑顔で幸せそうに笑っていたのだった。
---
可愛らしい後輩が出来た数日後のことである。
風から告げられた一言で、部室の和やかで平和だった空気は入れ替わった。
まるで固定化された場所に新しい風が入ってきたように……なんてね。
風の持って来た新しい依頼内容に困惑の表情を東郷は浮かべる。
「幼稚園で人形劇ですか……」
「そう! レクリエーションとして勇者部が、ついにお呼ばれしちゃったのよ! 凄くない?」
「やりましたね、風先輩!」
「もちろんよ!」
樹を仲間に加え、勇者部は更なる前進をした。
その地道な地域貢献はついに新聞として取り上げられるほどになった。
『ユニークなる少年少女達 その名は勇者部!』という記事が香川の地方新聞に載った。
可憐なる少女達に黒一点。なかなかにいい写真だと思った。
そういう訳で俺たちは着々と大きな案件を任されるようになってきた。
……のはいいのだが、風もあっちこっちから依頼を受け持ってくるから、そろそろ自重して欲しい。
そんな事を思っていると、案の定申し訳なさそうに風が言った。
「それでね、期日が10日後なのよ」
「「「ええーーーーーっ!!!」」」
当然驚きに満ちた少女達の声が響き渡る。
ここで非難殺到しないのが勇者部の良いところ。俺だったらまず罵倒されるだろう。
「しかも、断ると少しまずいかなぁ……って」
「えぇ……」
「で、でもでも、10日もあれば大丈夫ですよ。なんとかなりますよ!」
「そうですね、頑張りましょう。ねっ、樹ちゃん」
コクコク頷く樹を他所に、俺は頭の中である程度のタイムスケジュールを組む。
やや急ピッチになりそうだが、手作業は得意だ。
気が付くと、皆俺を見ていたのでニヤリと笑って頷く。
「よーし。全会一致ということで、実は既に脚本の大半はできているのだー!」
じゃーん! と風が言いながら紙の台本用紙を取り出す。
彼女から渡される台本を皆で頬をくっつけて読み合うと、大体の大筋が掴めた。
つまり、
「王道物の話ですね」
東郷の簡潔な一言が全てを物語っていた。
ふとこれを読んでいると、記憶に刺激が与えられどこか懐かしい気持ちになる。
そうだ……、これって確か。
「勇者と魔王シリーズをやるんですか?」
「ああ、あの話なら私も読んだことあるよ」
友奈が笑顔で言う中、風も子供向けだからとあれから着想を得たという。
あの本はなんだかんだで人気本だった。変な捻りもなく不快な表現もない。
シリーズをベースとしつつ、風のオリジナルの脚本に仕立て上げられているという感じである。
「そういう訳で、私は残りの部分を書くから、皆は小物を作る方をお願い」
「任せて下さい」
頼まれたことで張り切る東郷は風に敬礼をした後、
台本の部分から必要な小物、道具、人形などを黒板に書き出す。
その中で、人形作り、舞台作りなど、作成する順番を決めていく。
「流石、東郷さんだね」
「ふふっ、褒めても今日のぼた餅はないわよ。友奈ちゃん」
「残念だなぁ」
東郷と友奈がイチャつく傍ら。
早速準備に取り掛かる中で、手は動かしつつ少女達の会話を聞く。
口とは別に腕を使うという技術は勇者部の中で鍛えられたな、と今更ながら俺は思う。
そんな時、ふと俺は隣で準備に励む樹から声を掛けられた。
「あ、あの、加賀先輩」
「うん? なんだい? 樹ちゃん」
「加賀先輩ってやっぱり、“リョウさん”なんですか……?」
「……?」
手は魔王の人形を作るのに忙しい。
魔王の角部分の禍々しさを表現すべく両手が慌ただしく動く中、
俺の頭脳は、隣に座る新しくできたばかりの後輩が言った事の意味について再度考え出す。
俺の名前はご存知の通り、亮之佑だ。だが今樹は「りょうさん」と言ったのだ。
「亮之佑さん」だったら意味も通じるが……いや待てよ。
ふと俺は一つの可能性に思い至る。
「樹ちゃんって、リスナーさんだったりする?」
「――はい! 毎週聴いてます。イッセーさんとリョウさんの痛快で斬新な話を毎週聴いてます!」
「ははっ、ありがとね」
思わぬところで彼女との共通点を得た。
俺と一世はラジオ用のホームページで実名を出すのも如何な物かということで、
下の名前をカタカナに変えて表記している。それだけだ。
「よくメールも送ったりしたんですよ」
「ほぉ……あ、なんとなく誰か分かったかも」
「ほ、本当ですか?」
「うん。これからはメールだけじゃなくて、直接の相談にも乗るよ」
「あ、ありがとうございます。加賀先輩」
「亮でいいよ」
「はいっ」
「樹ー! ちゃんと手も動かしてねー」
姉から苦笑いと共に作業を進めるように要請を受け、慌てて樹も作業を再開する。
その様子を見ながら、この子とも仲良くやっていけそうだと思った。
なんとなく視線を上げると、友奈と東郷がニッコリと俺を見て微笑んでいた。
―――そんな生暖かい目で見るんじゃない。
「…………」
しばらく彼女たちの視線を躱すべく、俺は顔を伏せ作業に熱中することにした。
---
それから俺たちは幼稚園で披露する劇の準備に取り組んだ。
人形を作り、音楽の用意をし、台本を作り精一杯の練習をする。
およそ20分程度の話だが、勇者部として初めてのことでもあるので入念に練習する。
ショタはともかく、ロリがいっぱいいるなら頑張ろうではないか。
そう思うと俺もつい作業に力が入るというモノだ。あの無邪気な存在は俺の心を癒す。
「ちょっと、亮之佑。聞いてるの?」
「―――――聞いてますんよ」
「どっち!?」
風の呼びかけに我に返り、慌てて答える。
いかん、今の状況を思い出した。
10日など本当にあっという間だった。思い返すとなかなかにブラックなスケジュールだったと俺は苦笑いを浮かべた。
そして今、劇を始める数分前。
俺たちは子供達のいる部屋の前に陣取っていた。
「亮ちゃん、大丈夫?」
「俺は大丈夫。それよりも友奈と樹こそ大丈夫か?」
「私たちなら」
「大丈夫です!」
俺の問いかけに小声で返事をする友奈と樹。
この密なスケジュールでまた一つ樹も含め、仲を深めることができたのではないか。
俺はそう思いながら、この後始まるソレに集中すべく思考を切り替える。
「まぁ、東郷も亮之佑もしっかりしてるし……大丈夫でしょう」
「俺たちなら大丈夫ですよ、魔王様」
「うぬらなら心配しておらぬよ、フハハハハ!!」
「お姉ちゃん、役に入るの早すぎ……」
東郷と目を合わせると、彼女も幼い子供達を洗脳……扇動するナレーターとしてやる気が感じられる。やる時代が違うと声を大にして止めることになるだろうが、きっと大丈夫だろう。
皆を見渡すとそれぞれ不安や緊張があれど、やる気が感じられる。
「よーし、みんな! あれやるわヨ」
「あれ……ですか?」
始まる寸前。
最後に風が、小声で全員に呼びかける。
突然アレと言われても流石にエスパーじゃないから分からない。主語の大切さを理解した。
「円陣ですね!」
「そう、分かっているじゃない」
否、分かる相手が一人いた。友奈だった。
あまり時間も無くなってきたので早々と皆で円陣を組む。
東郷、俺、友奈、樹、風。
何気に人生で初めて組む円陣に俺は何も言えず、感無量で打ち震えていると、
いつもの明るい調子で友奈が、「風先輩、何か一言お願いします!」と笑顔で告げた。
「それじゃあ、みんな……今日は良い一日にしましょう! 勇者部、ファイトォーーー!」
「「「「おーーーー!!!!」」」」
---
黄昏の光が燈色のリボンを真っ直ぐに伸ばしたような道を彩る。
そんな帰り道を部員全員で歩きながら、今日の劇の感想を言い合っていた。
結論から言うと、園児たち向けのレクリエーションは無事に終えることが出来た。
多少のアクシデントはあれど、東郷の機転や風のアドリブなどが受けたのも大きい。
「まさか、あそこで台が倒れるとは思わなかったわ……」
「本当、園児たちにぶつからないで良かったですよ」
ほっと胸を撫で下ろし、安堵のため息を吐く友奈。
「樹もありがとうね」
「そんな、私なんて……。東郷先輩こそ、あの場面での扇動は助かりました」
「ありがとうね。とーごーさん!」
「友奈ちゃん……」
皆で皆を褒め合うという美しく尊い光景。
誰もが隣にいる人の良かった点を褒め合い、それによって作られる穏やかで幸せな空気。
あぁ、平和だな――――なんて、唐突に思った。
「亮之佑も、演出ありがとうね。あのギミックの謎が知りたいのだけど」
「企業秘密です」
さっきから黙っていたからか、風に少し気遣われる。
手品も芸も、奇術もだが、手の内を誰にも教えないことは絶対のルールだ。
そんなことをしたら、次にやったとき種明かしの方に目がいき、最初ほどの満足度を得られなくなる。
「東郷先輩も亮さんも、なんだか頼れるお兄ちゃんとお姉ちゃんみたいでした」
そんなポツリと感想を呟く樹を風が放っておくはずがなく、「アンタの姉はアタシでしょうがー!」と頭をグリグリして家族の触れ合いタイムに突入していた。
そんな彼女たちに、俺は告げずにはいられなかった。我が妹に話しかける。
「樹」
「……? はい」
「今度から、お兄ちゃんって呼んでいいのだぜ……」
「アタシの妹に変な事を吹き込むんじゃなーーい!」
夕暮れに笑い声が響き渡る。
そうして1日が終わる。
友奈や東郷、風、樹。
彼女たちと過ごす日々はとても穏やかで、いつからか俺は明日が来るのが楽しみになっていた。
===
そう、平和だった。
この尊き毎日は、加賀亮之佑にとってはぬるま湯のようで、つい平和すぎて忘れそうになった。
仲間と日々を過ごし毎日を笑いながら、胸中で蠢く後悔が疼くのを無視する。
暖かく、ささやかな幸せ。
彼女たちと過ごす毎日はとても心地よくて、ついつい忘れそうになる。
この世界がどういうものか、片時も忘れてはならなかったというのに。
『平和とは常に何かの犠牲の上で成り立つもの』
かつて誰かがそう言った。
その時が来たとき、人は選択に迫られる。
自分のために生きるか、他人のために生きるか、逃げるか、闘うか。
平和は、終わるときは一瞬だった。
創るという行為はあれほど時間も労力もかかるというのに、壊す行為はいとも容易い。
どれだけ強靭な要塞すら崩れる時がくるように。
人々の絆も不変なものではないように。
そんな暴力に等しき理不尽は。
時に台風のように。
時に地震のように。
運命は唐突に人々の前に立ちはだかる。
---
それは幼稚園でのレクリエーションが終わった、数日後のことだった。
日常は終わった。
時間は止まり、世界の常識は掻き消され、非日常が表舞台に顔を出す。
運命が再びこちらを捕捉したかのように。
どうしようもなくその有り様を瞬く間に変え、日常を蹂躙した。
「貴方には悲劇が似合うよ」と言うように、運命は笑いながら再び迫ってきた。
同時に、これが長く険しい旅路の始まりであったことを、俺は後に振り返って思うのだった。
【第三幕】 出会いの章-完-
NEXT