「第二十七話 始まりは襲来者」
その日は暑くもなく寒くもなく、至って普通の日であった。
雲が青空に浮かべども決して曇天という訳でもなく、晴天ともいえない。
今日も朝と共に1日が始まり、夕方に1日が終わるのだと思っていた。
そんなよくある日常の。
讃州中学校のとある教室の。
とある授業風景で。
「……?」
その時間はちょうど国語の時間だった。念のために朝、教科書を予習のために読み漁っておいた。
授業も要点さえまとめればいいので、俺は手品の仕込み作業に没頭していた。
「――ううん、なんでもない」
唐突に右隣にいる少女が口を開く。
その鈴音の声を心地良いと感じたが、今は授業中だ。
寝言か? と俺は目を向ける。自分の右隣の席に位置する友奈は、どうやら授業に集中していなかったらしく、東郷と目で会話をした際にうっかり口に出してしまったようだ。
「……なんでもなくありませんよ、結城さん」
「は、はい!」
当然、授業中にそんなことをすれば、授業を受け持つ教師から小言を、同級生からは失笑を貰う。
生徒がお叱りを受けるというのはもっと厳かなイメージだったが、それなりに優しい女性の先生のようで教科書を読むだけで許すようだ。
露骨にホッとする友奈に何を考えていたのかは後で聞くとして、
彼女の横顔から再び教科書に視線を移そうとした時。
どこからか、警報と呼ぶべきか、何かのアラーム音が鳴り響いた。
「―――!」
突然すぐ近くで聞こえたその音に、一瞬心臓が驚きをもって体に血液を流し込む。
その脈動を感じながら、音がどこから来るか俺は耳を澄ませた。
ソレは御世辞にも聞いていたいと思えるものではなく、俺は不快な音に眉をひそめた。
音は隣からだが、ソレにしてはやけに身近から聞こえる。
「携帯ですか? 授業中は電源を切っておきなさい」
「あっ、はい……すみません」
友奈がお叱りを受けるのを尻目に、俺はなにか嫌な予感がして自分の端末を調べた。
授業中は端末の電源を切るのが当然だ。そうしなければ今のようになる。
俺は結構そういうのは几帳面な方なので、音は鳴らないようにしていたはずだと思い出す。
それにも関わらず、
「……?」
「東郷さんに、加賀君もですか」
先生の呆れ声ももっともだろう。
だが、そんなことは正直どうでも良かった。
心臓の鼓動が早まるのが耳朶に響き渡るのを何処か他人事のように思う。
端末から、設定した覚えのないアラーム音が鳴り続けていた。
“樹海化警報”
端末の液晶画面には、いつか見たトラウマの世界を背景にその5文字が記載されていた。
せめて音量を下げようとするが手がうまく操作できず、背中に流れる冷や汗が増えだす中。
唐突にソレが止まった。
「―――――」
思わず安堵のため息が出る。こういう心臓に悪いドッキリは好きではない。
ドッキリを行うのは好きだが、されるのは嫌という己の心理は、簡潔に言うなればサディスティックな人間が抱く物だ。
唐突にもたらされた静寂の世界で、どうやって先生の追及を回避するかを考えていると、ふと変な予感がした。
その違和感の正体を看破するのは容易であった。
静か過ぎた。
静まり返った世界。
唐突に何かのショーでも始まったのか、俺の眼前に広がる同級生達は、その動きを止めていた。
生前、動画サイトで見た大人数で行うストリートパフォーマンス。それに似ていたが、己のペンすら空中に留まるという神に等しき技など見たことはない。
そんな中で、
「……あれ?」
静寂の中、声の方向に目を向けると戸惑いの声を上げる少女の赤い瞳と目が合う。
その瞳には驚愕と、もしかして亮ちゃんがやったの……? 的な問いが浮かんでいた。
こんな場面で彼女からの信頼を微妙な方向で見たのは奇術師としては嬉しいのだが、流石に時を止める術は持ち合わせていない。
首を横に振る。
「亮ちゃん、コレって……?」
「―――なにこれ……?」
俺が何かを答える前に、もう一人この世界で動く人物に目を向ける。
車椅子で驚愕する東郷だった。そちらに友奈が向かうのを見つつ、俺は考える。
……いや、正確には考える時間も無かった。
友奈が東郷の安全の為に駆けつけると、突如大きな揺れと同時に窓を白い光が押し寄せた。
「きゃあ!」
「東郷さん!」
少女達の悲鳴が聞こえる中、俺の視界も意識も白い光に刈り取られ―――――――
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大小様々な根が辺り一面を覆っている。
子供が漠然とした脳内での想像事を、クレヨンで創造したような出来栄え。
そんな妄想を具象した様な世界があった。
『樹海』
この世界がそう呼ばれることを亮之佑は知っている。
異世界―――この場合は外の世界―――からの来訪者に対して、
神樹による防衛方法として行われるのがこの樹海化である。
亮之佑も一度経験し、数あるトラウマの一つとして頭蓋の中の脳の皺として刻まれた。
この世界では、人も車も家も食べ物も町も、全ては神樹によって『樹海の根』に変換される。
そうすることで襲来者による混乱を防ぎ、こちらからの迎撃を整える。
それがこの世界のタネだ。
「ついに、来たのか……」
この世界に関わる世界的な機密とも言える情報は、初代から夜会の際にもたらされた情報だ。
ただし、夜会においてというか、彼女の存在に関する情報、及び与えられた情報に対しては一切他言無用―――要するに情報の対価として口止めをされている。
「特別料金さ」と艶やかな唇に右の人差し指を当て、左手を少年に指し示す姿は、一切の笑いは無く血のような赤い瞳は、他者に有無を言わさぬ王としての気迫と断ることの愚かな末路を無言で提示した。
「樹海が展開されたってことは……」
初代自身、かつてこの樹海の世界にて戦ったことのある経験者だ。
当然の様に壁の外の様子は知っていた。それを聞いた時、亮之佑は思った。
正直に言って、あの時にソレを言ってくれれば、もっと言えば壁を抜ける前に情報をくれれば多少なりとも精神的には対策できたのではないかと。
そう告げた時――、
= = = = =
『でも、キミはあの時ボクを信用しなかっただろう? 実際にその目で確認するまで信じないタイプだよね、キミ。不用意に情報を与えても混乱するだけだろうし、最初の頃は今ほどお互いを知る時間も無かったじゃないか。それにボクからは最大限のフォローもしたつもりだよ。大体壁の外について知りたかったキミに対してどうしてボクが責任を持たないといけないんだい? そもそも星屑の撃破後に結界の中に戻ったら樹海化現象が起きているなんて、運が悪いとしか言いようがないね、しょうがないよ。キミの運の悪さを恨むしかないね。だからボクのせいにされるのは正直、いやかなり心外だ。それに最初の変身直後で因子が不安定になって外部とも連絡が取りにくかったのは前にもキミに言ったじゃないか。そしてこの話題は2回目だ。ボクは同じミスをする人間や何度もネチネチとクドく言う人間だけは好きじゃないんだよ。乃木家にもそんな煩い奴がいたんだけどね……おっと話がズレたね。端的に言ったら、ボクのせいじゃなくてキミが不用意に真実を覗き込んだ事の代償だと思えばしょうがないと割り切るしかない。過ぎたるは及ばざるがなんとやら、だ。時には当たって砕ける事が大事なんだよ。リスクというのはいつでも付きまとうというのに、それを人のせいにするのは悪い癖だよ、半身』
『えっと、その』
『ボクが話してる』
『―――――』
= = = = =
こんな感じの事を言われた。
早口で交わされる言霊に少年は威圧され、何も言い返せなかった。
その後、初代も悪かったと思ったのか自ら半身と呼ぶ少年と夜の密会を重ねる中、少しずつ樹海化やこの世界の状況、敵についていくつか語った。
「運命に再び捕まった記念に、情報を無料であげよう」という皮肉か冗談か分かりにくい言葉と共に。
そうして得るこの世界の情報は、なんというか生前に見たアニメのようだと思った。
簡単に言うと、こうなる。
・神樹を攻撃しようとする黄道十二星座による襲撃を勇者が防ぐ
・本来その勇者は5~6名程度の少女のみ(エネルギーの問題でこの数らしい)
・失敗は世界の破滅
・成功報酬は再び続くゆるやかな日常
「まるで、ゲームか何かだな……」
そうなると、今はチュートリアルか何かだろうかと少年は思った。
相変わらずゲーム脳は健在だが、直に現実に向かうよりも冷静に落ち着いて対処できるため、今更止める気はない。夜会において初代と交わされ得た情報については、当たり前だが荒唐無稽すぎて誰も信じることはないが、この世界にとっては爆弾とも呼べる有用な情報だった。
そうした予習があったためか。
二度目になったこの世界に対してもすんなりと対応することが出来た。
あの時と同じようにたとえ一人であっても、今度はあの醜く唾棄すべき姿を見せることはないだろう。それどころか、この後何をすべきか少年は分かっている。
「まずは、ここがどこらへんか……うわっ」
と、亮之佑は端末を起動すると驚きの声を上げた。
立ち上げたアプリには地図が表示されている。そこには亮之佑の名前と現在位置が表記されている。
それだけではなく、南東にはおなじみの勇者部のメンバーがいた。距離的にはそれなりにある。
そして、亮之佑の近くには一際大きな存在も。
「いや、そうじゃなくて。どうしてアイツらも……?」
『おそらくは因子の高さによって神樹に選ばれたんじゃないかな。運が無かったというべきかな。彼女たちが本来の勇者として選ばれたのだろうね』
「…………」
亮之佑の質問に答えるのは、首から下げたチェーンに通された指輪だ。
そちらに目を向ける。
微かに青い光を放ち、こちらに声という形で干渉するのは初代だ。
『言っただろう? この樹海の中心である神樹を敵に倒されたらお終い。だからこそ、神樹を守るための防衛機構として勇者が輩出されるようになった。そして大前提に勇者は適正の高い無垢な少女じゃなければならない』
「ロリコンめ……」
『神にとってはそういう認識はないのさ。あくまで純粋であり無垢である少女なら誰でもいいんだ。……さて、おしゃべりはここまでだ、半身。後ろのが見えるだろう?』
「――――ああ、こうやって近くから見ると映画の中にでもいるようだ」
近くの根に隠れ、端末と肉眼によってその存在を少年は認識する。
“乙女座”
見た目はそう名称付けられたこともあり外見は女性的な雰囲気を感じる。
ボロボロの布のようなものを体の上半身にスカーフのように纏っている。
全体を白とピンク色で交互に塗りたくったような――――平たく言えば不気味な存在感を示す。
「――――っ」
思わず息を呑む。
もう2年も前になるが見たことがある。忘れられるはずがない。
あの夢のせいで不眠症と拒食すら発生しかけるほどのトラウマを刻まれたことを冷静な頭脳が思い出す。同時に、あの時はまだ外装が出来ていなかったのを遠目に見たはずだと亮之佑は思った。
「―――――」
右手を端末に。
左手は指輪に。
震える肉体を無視。
呼吸が思考を切り替える。
『怖いのかい……?』
現実離れする状況。いっそ特撮でも見ている夢なんじゃないかと逃避しそうになる脳に対し、
奥歯を噛み締めることで逃げ場を潰す。
ふと、初代が話しかけてくることに、少し心強く感じていると亮之佑はぼんやりと気づいた。
もしかしたら早くも人肌が恋しくなり始めているかもしれないと苦笑しながら告げる。
「ああ、怖いよ。けれどさ、初代」
『……』
根から隠れるのを止め、悠然と乙女座の前へ歩き出す。
いつの間にか右手から端末は消え、空手の中に生まれた剣を握り締める。
上履きを履いていたはずの両脚には蹴ることに特化したような赤いブーツが地面を踏む。
地面を踏みしめることで舞い上がる僅かな砂塵を、昏いコートが着用者から遠ざける。
チェーンは消え、左手に移動した青い指輪は赤き手袋に隠される。
「俺は日常が好きだ。そしてなにより後ろに友奈たちがいるなら引き下がる訳にはいかないよ」
『……半分くらいだね』
「――初心を思い出したのさ。俺は――――」
お前の思いは半分がそうなのだろう、と言外に告げられる。
隠すつもりだった思いを見抜かれた亮之佑はしょうがないと思い、不謹慎だと言われかねない事を口にする。どの道ここにいるのは少年一人。彼以外誰もいないのだから。
抱いたトラウマは所詮過去のもの。それすら克服した今となっては、ソレすら愛おしく感じる。
克服と同時に、加賀亮之佑は初心を思い出した。
左手が黒光りするハンドガンを中空から掴み取る。
撃鉄を起こし、リアサイトから狙いを定める。銃底を右手で支えつつ、不敵に笑う。
「――この非日常を、待っていたのさ」
『それは頼もしい』
クツクツと笑いが響く中、引き金を引いた。
正面に浮かぶ巨大な存在。
僅かな反動が肩に響き、標的に向かって真っ直ぐに弾丸は放たれた。