「戦う意志を示す……」
唐突に変わった世界に、風の言葉に、目まぐるしく変化する状況に、友奈は混乱していた。
それでも目の前で起きた出来事に、思い出に、彼女は一つの決意を抱いた。
その決意さえあれば十分だと、震える拳を握り締めて駆け出した。
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結城友奈は、『勇者部』に所属する13歳の女の子だ。
母親に教わった押し花を作ることが趣味。父親から教えられた武術が特技だ。
友奈が尊敬する先輩曰く、「女子力はそれなりにあるけれど、やや脳筋の傾向あり」という評価だ。
もちろん彼女が自分を馬鹿にしている訳ではないのも知っている。
むしろ自分をバカだと自嘲し、周りの空気を和ませるが、友奈の優しい親友達はそんなことはないよと言ってくれる。そういった何気ない優しさは、彼女の心を温かくした。
友奈が所属する勇者部には、個性豊かな人たちがいた。
犬吠埼風は、仲間たちを明るく引っ張ってくれる頼もしい先輩で、幼稚園での人形劇の台本を書きあげるほどの才を持つ素晴らしい部長だ。
妹の樹は、内気ながらもしっかりしており、彼女は謙遜するが占いの腕も凄いものだと思っている。
東郷美森は、自分の親友だ。苗字呼びは本人の希望だが大の仲良しで、いつも柔らかい笑顔で友奈に接してくれる。頭も良くしっかり者で、彼女が作るぼた餅こそ一番おいしく、毎日食べたいと友奈は本気で思っている。
加賀亮之佑は………彼とは長い付き合いになる。魔法のような奇術を見せてくれる。……たまにいじわるだが、いつも優しく傍にいてくれる。彼が作るご飯は格別で、一緒にいると落ち着く。彼は東郷とは違う意味で、大切な人だ。
そんな彼らといるのが何よりも楽しかった。
彼らと過ごす毎日は、笑顔になれた。
これからもずっと彼らと毎日を穏やかに過ごせますようにと、友奈は心から思っていた。
だから、この現象に巻き込まれた時。
とっさに目の前にいた東郷を引き寄せるのに精一杯で、
視界が白く染まる中、近くにいた亮之佑にまで手を伸ばせなかった事に後悔した。
知らない場所に来て最初に思ったことは、伸ばした指が空を切ったことへの寂寥感だった。
法則性の感じられない、歪で狂ったような色とりどりの世界。
辛うじて捕まえた東郷と周りを見渡しても、
友奈の理解を超えた静寂に満ちた世界は――ただただ怖いと感じた。
東郷といるこの場所を何かの夢かと思い頬を抓るが、現実は非情だった。
見知らぬ土地、他に人がいないという状況で、冷たく震える手を握り締め、気丈に振る舞う。
そうする事で、目の前で自分よりも不安がる車椅子の少女を明るく励ます。
「東郷さん、大丈夫だよ! 私がついているから!」
「友奈ちゃん……」
涙目で滲む東郷の目の前で拳を天に掲げる。何の根拠もない言葉で自分を着飾る。
そうして自分に言い聞かせるように、東郷の不安が少しでも減るように尽力した。
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その後、すぐに風と樹にも合流できた。
ほっと息を吐く友奈と東郷と対照的に、風はいつもの明るい姿と異なり、険しい顔でこちらを見渡す。
「2人ともいるわね」
「あの、風先輩。亮ちゃんを見掛けませんでしたか……?」
「―――それも含めて、説明するから」
凛とした様子は、流石は部をまとめるリーダー的存在だと思った。
しかし、“説明”とは何のことかと疑問に思ったが彼女の切迫した様子に、この状況下なのだから普段通りとはいかないのだろうと結論付ける。その考えは合ってはいたが、正しくは無かった。
風は亮之佑が欠けた残りの勇者部が合流した中で、一人一人の顔を見渡し告げた。
「アタシたちが神樹様に勇者として選ばれた」と、そんな事を唐突に言い出した。
元々突拍子もないことを言う先輩であったが、今回ばかりはいきなり勇者と言われても、と友奈だけではなく東郷も樹も疑問に思った。だが、風が放った次の一言が友奈の思考を凍り付かせた。
「おそらく、今亮之佑が一番危ないと思う」
「―――ぇ」
「どういうことですか、風先輩」
サッと青ざめる友奈を気遣い、説明を求める東郷に対して風は歩きながら説明すると言う。
友奈たちは、この場所――樹海と言うらしい――を移動しつつ、この状況について説明された。
風を先頭に、樹、東郷、友奈の順番で少女たちは移動する。
不思議と自分たちが歩く場所だけ、真っ直ぐではないがやけに舗装された様に歩きやすかった。
まるで誰かが自分たちの為に用意したように。
「えっとね、まず――――」
移動しながら風が、この突然変わり果てた謎の世界について説明を始めた。
自分たちに端末のアプリを見るように言う。
それから風は、自身が『大赦』から派遣された存在であると自分たちに告げた。
それを前提とすることで、実に多くの情報を友奈たちにもたらした。
まず、この世界は『樹海化』という神樹様によって引き起こされた現象であるという。
自分たちは、神樹様から『勇者』としての特別な御役目を授かったのだと。
そして壁の外からやってくる敵である『バーテックス』という存在を自分たちが倒さなくてはならない。
そうしなければ、敵が神樹様に辿り着いた時、世界が死ぬという。
大体こんな感じの説明を東郷と共に聞いていたが、心中穏やかではなかった。
ある程度の説明が終わり、風からの説明を聞いた友奈も状況をなんとなく理解できた。
その上で改めて友奈は、あの時別れてしまった亮之佑の事を風に聞く。
答えはすぐに返ってきた。
「皆、アプリを見て」
彼女の声に導かれるままに、NARUKOの隠し機能の一つだというアプリの地図を見る。
そこには自分を含めた少女達の名前の表示が記載されていた。だが少年の名前は無い。
「左上の方に移動してみて」
言われるがままに指で画面をスライドし――――居た。
“加賀亮之佑”
彼がいるという事実に、友奈は心の底から安堵したが同時に不安に思う。
自分たちの敵となる存在―――今表記されている乙女座―――と距離が近すぎる事に。
「どうして亮くんだけ、こんなに離れたところに……」
「分からない。もしかしたら何かの不具合かもしれない。でも見たら分かるけど、今亮之佑と敵との距離が近すぎる。だから……」
「だから、急いで移動しているんですね」
風の言葉を引き継ぐ。
そうして急く足を抑え込み、東郷の車椅子を押す。
出来るだけいつも通りに押しているはずだが、時折不安そうに東郷が自分を見てくる。
そんな東郷を安心させるべく、すばやくいつも通りに笑顔を作る。
しばし一行がスマホに従い移動し無言になる中で、再び風が口を開く。
「友奈、東郷、樹……黙っていてゴメンね」
それは謝罪の言葉だった。責任感の強い少女だと友奈は思う。
自分たちを勇者部に所属させるという事は大赦の命令だったと、風は移動の中で告げた。
「何もなければずっと黙っているつもりだった」と風は言った。
「風先輩は……」
一人で抱え込んで、これまでずっと自分たちと一緒に部活に励んできた先輩。
隠し事を、血を分けた妹どころか誰にも告げることなく、バレることが無いように隠し通してきた。
それがどれだけ辛いことが、バカな自分にも分かった。
だからこそ、先頭を歩くやや俯きがちになっている風に友奈は話しかける。
励ますように。
讃えるように。
「風先輩は皆の為を思って黙っていたんですよね。ずっと一人で抱え込んで打ち明けることも出来ずに」
「…………」
「それって、――――それって、勇者部の活動目的通りじゃないですか」
「―――っ」
「風先輩は悪くないですよ」
息を呑む風に、どうしてもこれだけは告げたかった。
そうだ。風は悪くない。悪いのはその敵なのだ。
友奈にとって大切な日常を壊し、神樹様を倒して、世界を壊そうとする悪い敵。
そんな悪い敵が来るなら倒してしまおうと友奈は考えた。
友奈の特技は、父から習った古武術だ。敵というのをまだ見てはいないが、なんとかなるだろう。
なせば大抵なんとかなる、だ。
――そんな考え自体が甘いことを、友奈はすぐに理解する。
「え……?」
そう呟いたのは誰だろう。
それは、いつだったか東郷と見た戦艦のような大きさだと感じた。
もしくは亮之佑と一緒に見たアニメの巨大なモンスターのようだとも思った。
あんな存在が、実際にいるなんて思いもしなかった。
「―――――っ」
それを見たとき無意識に腕を押さえる。
怖い。
怖い。
怖い。
それは、怖い事だけを覚えていた、小さな頃に見た悪夢の様だった。
何が怖いとかではない。理屈とかではない。
これからアレと自分たちが戦わなければいけないと言うのか。
だけども、あんな存在にどうやって立ち向かえばいいと言うのだろう。
「―――――」
いつの間にか冷え切った手で、震える腕を必死に隠す。視界が滲むから制服の裾で拭う。
せめて東郷にその震えが伝わらないように、自分の腕に爪を立てる。
この世界で唯一、異質にして浮いている物体。
端末で確認する限り、アレが乙女座【ヴァルゴ・バーテックス】というらしい。
「アレが、バーテックス。世界を殺す人類の敵」
淡々と事実を風は告げる。
先ほども聞いた説明ではあったが、説明と実物は違う。それを理解した。
「お姉ちゃん……」
発せられる震え声に目を向けると、樹が姉にすがるように恐怖で顔を歪ませる。
どうすればいいのか、どうしたらいいのか、それを姉に求める。
震える妹を抱きしめ、風は先の説明でも触れた事を繰り返すように告げる。
そんな中、樹の恐怖が伝染したかのように、ついに東郷も弱音を吐く。吐かざるを得なかった。
「あんなのと……戦える訳がない」
「方法はある。戦う意志を示せば、このアプリの機能がアンロックされて、神樹様の勇者になることが出来るの」
端末の液晶を見つめる。
そこには芽のアニメーションが描かれていた。恐らくコレをタップするのだろう。
未だに迷いがある。当然だと思う。いきなりすぎて自分にはついて行けなかった。
端末を見下ろす視線を上げて、再び友奈は目の前のバーテックスを見つめた。
「…………ぁ」
同時に気が付いた。
そして刻々と変化する状況とはいえ、その中で一瞬でも彼を忘れていたことを思い出した。
それは、肉眼で確認できるようになったから分かった。
先ほどから乙女座は、浮遊する地面に近づく尾のような部分を膨らませボールのような物を放っている。その方向は無差別的だ。
距離的に友奈からはボールのような小さな物に見えたが、近づけば途轍もなく大きな物だろう。
それを指摘した東郷に釣られるように皆で見た。
その内の一つが偶然、近くに落ちた。
爆発。
悲鳴。
黒風が衝撃と共に髪をなびかせるどころか、身体ごと持っていかれそうになった。
とっさにその爆風から東郷を身をもって守り、樹を風が庇う。
「こっちに気が付いた……?」
「いや、違う。アレは……流石と言うべきか、もう戦っているのよ」
東郷の疑問に、風が答える。
誰が……? その答えは明らかだった。黒煙の中で舞い上がる暗い影。
顔までは見えないが間違いない。亮之佑だった。
彼の姿を認識すると同時に、素早く風が状況を判断する。
「……友奈。東郷を連れて隠れてて」
「でも、先輩」
「亮之佑なら、アタシがなんとかするから」
「―――はい」
彼のことは任せてと、言外に告げる風をカッコいいと思った。
同時にそんな先輩に頼るだけの自分が情けないと思った。だが同時に車椅子の東郷も守らないといけない。それが免罪符という形で、恐怖に怯えるだけの自分を許そうとする。
東郷の車椅子のグリップを握りしめ、近くの根に移動し身を隠す。
「樹も……」
「何があっても―――!」
風の言葉を樹が遮る。
いつも大人しい樹にしては珍しく声を張り上げ、風が口を閉じる。
こういう状況で一番芯が強いのが樹だと、友奈は思った。
「何があっても、ついていくよ」
「樹」
「ずっと一緒だよ。お姉ちゃん」
「――――よし、樹。続いて!」
そんな彼女を見て風は覚悟を決める。
戦うという覚悟が、何があろうとも自分が勇者部を、樹を守るという意志が端末の機能をアンロックする。そんな彼女に付き添うように、続けて樹もアプリの機能を開放する。
―――――その瞬間、二人の携帯から溢れるほどの光が彼女たちを覆った。
「綺麗……」
そう東郷が呟くのも無理はないと思った。
端末の光が途切れると同時に、徐々に二人の変身した姿が明らかになった。
まずは犬吠埼風。
金色の光が風を纏い、黄色を中心とした衣装を作り出す。
髪の色も輝きの増した黄金色に変わり、おさげをツインテール状に大きくまとめた髪型に変わる。
どこからか現れた身長を超えるような大剣を肩に担いでいる。
太ももの部分に現れた刻印はオキザリス。花言葉は『輝く心』だ。
そうしてもう一人。犬吠埼樹だ。
爽緑の光が樹を纏い、緑色を中心としたソレは風とは対照的に賢者を思わせる衣装だ。
髪型や髪の色に変化は見られないが、腕に蔓が巻き付いたような輪っか状の飾りがついている。
変身の際にウインクをしているのはなぜだろうかと友奈は思った。
そんな彼女の衣装の背中部分に現れる刻印は鳴子百合。花言葉は『心の痛みを判る人』だ。
友奈の感想としては、カッコいいとカワイイだったが、いずれも二人によく似合うと思った。
彼女たちは、凄まじい速度でジャンプを繰りかえして乙女座の下へと向かった。
「…………」
大丈夫。
彼女たちになら任せられる。だから自分は東郷の傍で待っていよう。
風と樹と、亮之佑なら大丈夫だ。
「友奈ちゃん」
「大丈夫だよ…………――――――あ!」
本当に……? その疑問が胸中に浮かぶ。確かに風は頼りになる先輩だ。この異変にもいち早く対処し自分たちを導いてくれた。樹も風の妹だけあって誰よりも芯が強い子だ。泣き言一つ言わずに、自分の信じる姉と共に戦場に赴いた。
だが、そんな彼女たちは奮闘むなしく、爆風と共に華奢な肉体を転がす。
そして結局、彼は一人で戦う。
何度も爆風に晒されても亮之佑は立ち上がる。
それでも限界が来たのか、たたらを踏んだ。
それを乙女座は好機と見たのか、これでもかとばかりにボール型の爆弾を直撃させる。
他には目もくれず。
何度も、何度も、何度も。執拗に。
その残虐な光景を目の当たりにしながら、友奈は思った。
このまま何もせずに見ているだけでいいのだろうか……?
「―――よくない」
彼と出会ってから毎日が楽しかった。
彼が小学校に転校してきてから、ずっと一緒だったのだ。
亮之佑の見せる摩訶不思議な手品は本当に魔法のようで、何回見ても種を破ることは一度も出来なかった。彼は他の男子とは雰囲気から喋り方まで、子供だとは思えないような落ち着きようだった。それを友奈はカッコいいと思った。
初めて彼女が風邪を引いて倒れた時、何から何までお世話になった。
男の子とは偶然お向かいに来た亮之佑ぐらいしか当時はあまり喋らなかったのもあったからか、
彼が見せてくれた優しさは今でも覚えている。あの優しさは本当に心に染みた。
ちなみにいたずらっ子な気質については、やっぱり男の子だなーと思ったりもした。
風邪を引いて倒れた当時、両親もその時は家におらず、友奈はとても心細かった。
一緒にいて欲しい。そんな言葉を友奈はどうしても彼に言うことが出来なかった。
彼は朝から自分の為に頑張ってくれたというのに、
友奈がこれ以上の我侭を言ったら、彼は迷惑がるのではないかと。
だから何も言えなかったというのに、こちらを見下ろす眦を柔らかく下げ、
『―――傍にいるよ』
一言、そう言ってくれた。
彼が何気なく呟いた一言がどれだけ嬉しかったかを、友奈はうまく表現できない。
けれども、こちらを見下ろすあの黒い瞳は今でも覚えている。
男の子なのに、柔らかくて、少しゴツゴツした掌に包まれた時、友奈は心から安心できた。
それからは、なんとなく彼を見る機会が多くなった。
両親のように、生まれながらに友奈と過ごすことを定められた存在でもなく、東郷のような同性でもなく、誰の意図もなく、ただただ偶然に導かれて出会い、親睦を深めて、感情を交えて生まれた暖かな想い――――それに友奈はどれほど救われたのだろう。
だからこそ、彼がピンチの時にここでジッと隠れているのは嫌だった。
友奈が困った時、誰よりも傍にいて一緒に困難を越えてきた。
そんな亮之佑は、別にそこまで心も体も強い人間ではないと友奈は思っている。
絶対に後悔しないという強い心を持っていて、
勇者部の皆や多くの人を思いやれる心を持っていて、
けれども、彼は特別な人間ではない。
悲しいことは悲しいと思うし、痛みには痩せ我慢をするだけで、怪我をしたら折れてしまう。
一人でひっそりと泣く時もあるし、血を流しすぎたら簡単に死んでしまう、普通の人間だ。
家に帰る道を一人で三角巾を吊るし歩く姿は、今でも覚えている。
だから友奈は、亮之佑に傷ついて欲しくない。
もちろん東郷にも、樹にも、風にも傷ついて欲しくない。
ならばどうするか。
「私が、頑張る――――」
それを口にしたら、後は簡単だった。
怖い。
怖い。
怖い。
でも、大丈夫だ。
東郷の正面に座りこみ、彼女と顔を合わせる。
彼女と目を合わせると、聡明な東郷はこれから自分が何をするのか察したらしい。
流石だな、と思いつつ、
「東郷さんは、ここに隠れてて」
「駄目、友奈ちゃんが死んじゃう―――!」
「ごめんね、東郷さん。でも、嫌なんだ。誰かが傷つくこと、辛い思いをすることが」
「友奈ちゃん……」
「ここで逃げたら、私は勇者じゃないよ……東郷さん。だからちょっと行ってくるね!」
「友奈ちゃん―――!」
震える東郷の体を抱きしめる。華奢な彼女の肉体を優しく抱きしめ……離す。
そんな自分勝手な自分を無視して、東郷をバーテックスからは見えない位置に移動させる。
走り出すと、いつの間にか震えが止まっていた。
端末のアプリを押した覚えはなかったが、されど自分の足を一瞬見下ろすと、ピンクを中心としたシューズへと変化していた。
「ぅぉおおおおおおおおお―――!!」
気にせずに叫ぶ。
体に力がみなぎるのを感じた。
やがて、そんな自分に気がついたように、乙女座は尾の様な部分から再び爆弾を射出してきた。
だが、そんなものは関係ない。
握られた拳をうなりをあげて振るうと、いともたやすく砕けた。
爆風を潜り抜け、一息に乙女座に跳び近づく。
「――――勇者」
関節の上だけが白くなるほどに、強く強く握り締める。
その腕をピンクの強化プロテクターが覆う。
友奈の衣装に現れた刻印はヤマザクラ。花言葉は『貴方に微笑む』
いつの間にか髪もピンクのロングポニーテールへと変化しているが、気に留めない。
「パァァァンチ――――!!」
空を走る華奢な体から放たれる拳は、轟と空気を振動させる。
巨体目掛けて射出される弾丸のような拳が、乙女座の一部を打ち砕く。
それはまるで、砂糖菓子を噛み砕くが如き容易さだった。
乙女座を砕きつつ、着地する。
「私は、讃州中学勇者部。結城友奈―――!」
友奈は着地と同時に、乙女座に叫ぶ。
「私は―――」
それは、己の大切な日常を脅かす敵への宣戦布告であり。
それは、敵に対して上げられる自らの名乗りであり。
「――勇者になる!!」
それは、臆病な自分に向けられた“誓い”であった。