変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第二十九話 日常は、己の手で掴み取る」

 ――火力が足りない。

 

 既に乙女座との交戦を行い、どれだけの時間が経過したのだろうか。

 敵の尾の部分が膨らむのを見る。

 発せられた白い大岩のような物体が飛ぶ瞬間に回避に専念する。

 先ほどまでいた場所が、黒焦げのソレへと容易く変わった。

 

「――っ」

 

 避けたとはいえど、爆炎と衝撃がバリア越しに伝わる。

 爆発によるダメージは致命傷判定なのか瞬時にバリアが発生する。

 だが、それを通して身体の骨を揺らすような衝撃に、意識が飛びそうになる。

 

「―――――――、―――――ああ!!」

 

 奥歯を噛み締め、飛びそうになる意識を繋ぎとめる。

 止まりそうになる足をグリップで叩き、走る。そうして次の爆弾を回避する。

 時に黒煙を突き抜け、時に爆風が己の身体を埃のように叩きつけ地面から舞い上げる。

 

 そんな中で、隙を見て俺はあの巨体に弾丸を撃ち込む。

 

「当たるんだけどな……」

 

 そう、弾丸は当たるのだ。

 リアサイトで狙いを付けずとも、撃鉄を倒し、銃口から発せられる紅の銃弾は真っ直ぐに向かう。

 爆風を通り抜け、多少の狙いはズレてもどこかしらには当たりはするが、それだけだ。

 

 拳銃が作った穴は瞬時に直される。

 そして俺が立ち止まった瞬間を狙うかのように尾が膨らむ。それを見て俺は回避に専念する。

 

 その繰り返しだった。

 

「これで13回目だ」

 

『そして同時に、キミが死んだ回数でもあるね。バリアがあって良かったね』

 

「お前らの時代ではどうやって倒したんだ……?」

 

『勘違いしないで欲しいのだけれども、ボクたちはアレを倒したこと自体はないんだよ』

 

 ある程度、爆発のタイミングといったものを見切れるようになってきた。

 そういった僅かに生まれる余裕と銃弾の再装填中に話しかける。

 現状の兵装は拳銃一丁と、剣が一本。

 俺が持っている拳銃自体は、本来のモノとは比べ物にならないほどの火力はある。

 

 しかし、銃口から発射される弾丸は一つで、連射しても精々が7発。

 あの巨体をハチの巣にはできず、さりとて押し切れるほどではない。

 加えて、剣の間合いに届く前にスカーフが此方を狙い、近づくことを許さない。

 尚且つアレに気を取られすぎると爆弾で押し戻され、気がつくと敵の傷は完治している。

 

 ジリ貧とはこのことだ。

 

 そういった中、先人の知恵を借りるべく初代に聞いてみたが、

 知らないとのことだ。

 

「どういうことだ―――?」

 

『言葉通りだよ。ボクたちの時代では、アレを撃破するなんて無理だった。せいぜいが特攻の真似事で、倒し方については結局分からなかったんだ』

 

「お前、肝心な時にソレって……」

 

『火力の方については、ない訳じゃないのだけれども……』

 

 現状、目の前の怪物の撃破方法が分からない。

 知恵を借りようにも、過去にアレを倒した例がないと言う。

 そんな時に、なにやら初代が渋るのを見て問いかける。

 

『因子量は十分だ。簡単に言うと、勇者レベルが足りない』

 

「どういう……ぐっ―――――」

 

『いいかい、半身。キミは今の段階では、一般人に強靭なバリアが加わっただけだ。それでもイージーだとボクは思うけどね。なんせ簡単には死なない、合理的システムに変わっているようだしね。だけど、単純に武器が弱い。だから今のキミがすべきことは、援軍が来るまでここで持ちこたえ、バーテックスの足止めに徹することだけだ』

 

 爆風の回避に専念する中で、初代は残酷に告げる。

 それは根本的な問題であった。

 勇者は、“無垢な乙女”が選ばれる。

 

 俺はその制約に対して、自分の因子と初代の因子を結ぶという裏技で勇者になった。

 勇者になったはいいが、例外に対する問題も同時に発生した。

 

 どれだけ勇んで闘いに赴こうが、戦うための武器が弱い。

 もちろん今左手に持つ黒い拳銃も、一撃で人間を殺せる強大なパワーがある。

 

 だがそれは人間相手には通用しても、怪物相手には大して通用しない。

 初期装備でいきなりボス戦に挑むようなもの。だから仲間が来るまで耐えること。

 これが現状の最善だった。

 

『正直、バリアなんてボク達には無かったからね。今回は耐えるといい』

 

「……そうかい」

 

 初代の生きた時代がどれだけハードモードな時代でも、今は今だ。

 そうしてジリ貧となり、悪戯に体力と気力が削れる中で、風と樹が援護に来た。

 外見が制服とは異なるため、彼女らが纏う衣装が彼女らの勇者服なのだろう。

 

「風―――! 倒し方が分からないのだけれども―――!」

 

「えっ……―――――――樹っ!!」

 

 爆発。

 

 残念ながら、初めての戦闘ということもあり、彼女たちも爆発の巻き添えを喰らった。

 一度でもバーテックスを見た俺とは違い、彼女たちは初めての戦闘だ。

 実際は俺も星屑を相手にした程度だが……。

 

 爆発。

 

 より正確には樹を狙った爆弾を風が庇い、そこを連続して狙われた。

 爆発の衝撃が叩くが、変なマスコットが空中に現れ、彼女達を守るようにして現れた。

 風には青色の犬のような何か。樹には緑の毛玉のような何か。

 それを見て反射的に疑問の声が出た。

 

「アレは……?」

 

『精霊だ。キミにも一体だけついている。彼らがバリアや武器の担当をしていると考えていい。それよりも余裕な立場かい? ……集中しなよ半身』

 

 冷ややかな声に気づかされる。

 慌てて回避しようとするも限界が来たらしい。

 足の踏ん張りが利かなくなり、数秒動きが遅れた。

 瞬間、視界が暗転する。

 

「や――――――――、あ――――――――」

 

 衝撃が意識を貪り食った。

 恐らく地面に倒れたのだと思う。

 気が付くと、視界が上下逆になっていた。

 

「―――――ぎっ」

 

 衝撃に視界が赤く染まる。

 こちらがどのような状況でも敵は待たず、逆になった視界から死が落ちてくる。

 俺を殺すべく上から降り注ぐ白き爆弾は、明確に俺に向かって叩きつけられる。

 何度も、何度も、何度も。

 

 如何に強靭なバリアがそれを防いでも、身体に伝う振動は骨に、魂にまで響く。

 身体がバラバラになりそうだ。

 

「―――――」

 

 意識が飛ぶ。戻る。飛ぶ。

 痛みはない。だが、何もできないという無力感に包まれ出す。

 続けて起きる衝撃に、腕で頭を守らなくてもいいのに反射的に庇ってしまう。

 いつまでバリアが保つのか分からないが、バリアが切れる時が俺の死だ。

 

「―――」

 

 肉体が震え、衝撃によって動けない。

 そんな時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇者パァァァンチ――――!!」

 

 爆発を超える衝撃が、乙女座に攻撃を止めさせた。

 震える顔を上げると、友奈が空から乙女座に風穴を開けて落ちてきた。

 その様子を呆然と見ていると、なぜか彼女はバーテックスに向かって名乗りを上げた。

 

「――――私は」

 

 その姿は凛々しく、美しいと感じた。

 

「勇者になる――――――!!」

 

 

 

 ---

 

 

 

「亮ちゃん、大丈夫……?」

 

 爆発の痺れも取れだし、動けるようになった頃、友奈が俺に駆け寄ってきた。

 赤く染まる視界も漸く正常に稼働し出す。

 震える身体を悟られないように、軽口を叩く。

 

「――大丈夫。友奈こそ、知らない内に髪伸びた?」

 

「えっ……本当だ!」

 

 俺の指摘を受け、友奈は自分の髪を確かめると、伸びた自分の髪に驚いた。

 なんで気づかないのかと疑問に思ったが、それだけ急いでいたのだろう。

 

「で、友奈。アレの倒し方って知らない?」

 

「えっ、殴り飛ばすとかじゃないかな……?」

 

 お互いの瞳を見合う。彼女の目を覗き込むと、やや潤んだ赤いガラスがこちらを見据える。

 そんな彼女に尋ねると、こういう時は脳筋な彼女らしい回答を頂くが、それは恐らく不正解だろう。

 いつだったか彼女の視線を誘導したように、赤い手袋で視線を誘導して実際に見せる。

 

「それじゃあ回復するんだよ」

 

「うーん……。風せんぱーーい! どうやってこの怪物を倒したらいいんですかーーー?」

 

 友奈が叫ぶと、爆発による気絶から立ち直ったのか、

 樹と風が立ち上がり呼びかけに答えた。

 

「友奈、亮之佑、樹も、聞いて! バーテックスは通常攻撃だとすぐに回復するの。だから、“封印の儀”っていう特別な手順を踏まないと、絶対に倒せない―――!」

 

 そういう情報は早くから知らせて欲しかった。

 そう俺は思うが、そもそもなぜソレを風が知っているのだろうかと疑問に思う。

 だが今は、何やら事情通らしい彼女に従っておこう。

 

 どの道、現状の俺だけでは倒せないことは、文字通り骨身に染みたのだから。

 

「どうやるの……?」

 

「攻撃を避けながら説明するから、避けながら聞いてね! 来るわよ!」

 

「ハードだよぉー!」

 

 そう樹がぼやくのも無理はないと思うのだが、こればかりはどうしようもない。

 乙女座による何度目かも分からない爆弾攻撃を避けるのに専念しつつ、風の言葉に耳を傾ける。

 

 封印の儀の仕方を教わると、やり方は至ってシンプルだった。

 1.勇者が封印の対象を囲む。

 

 爆弾を回避しつつ、位置につくのは比較的簡単だった。

 2.敵を抑え込むための祝詞を唱える。

 

 友奈や樹がスマホを片手に祝詞を唱えだす。

 彼女らに続いて俺も読み上げようと端末を立ち上げ、アプリの中で文面を探す。

 しかし、ここで問題が発生した。

 

「風先輩―――!」

 

「どうしたの!?」

 

「俺のスマホに祝詞が載ってません!」

 

「えっ……。あ、いや大丈夫。要は―――」

 

 正直、結構マズい展開かと思っていた。

 むしろ誰かの陰謀かと言わんばかりに、

 俺の所持する端末には、祝詞も封印の儀についても載っていない。

 

 そんな俺の魂の訴えを聞き届けたように、友奈や樹が祝詞を唱える中で、

 風は不敵な面を浮かべて、コクリと俺に頷く。

 

「――――魂を込めれば、言葉はいらないのよ!!」

 

「えぇ……?」

 

 そのまま、身の丈を超えた大剣を地面に叩きつける。

 要するに、勇者が囲む⇒祝詞or代わりとなる武器を地面に打ち付けるらしい。

 これには思わず、「最初から言ってよ〜!」と樹が怒るのも仕方がないと思う。

 友奈達がやっていたことが見事に茶番となりかけた瞬間だった。

 

「…………」

 

 風の真似をするように、俺も無言で剣を地面に振り下ろす。

 

「……鬼」

 

 直後、俺の目の前に黒い禍々しい角の生えた鬼の人形をデフォルメしたような生物が現れた。

 全体的に金色の装飾が施され、丸々とした紅の瞳は凛々しい。

 

『茨木童子。キミの精霊であり、彼女がバリア担当だ』

 

 言葉少なに初代が告げる。

 

「可愛いじゃないか」

 

「……」

 

 そう思わず言うと、小鬼がクルリと此方を向き、目が合った。

 思わず無言で会釈すると、礼儀正しい精霊のようで前に傾き、会釈のようなことを返してくれた。挨拶ができる子は俺の中では好印象なので、一目で気に入った。

 

 

 こうして、『封印の儀』が開始した。

 

 

 どこからか花びらのような金銀の渦がバーテックスを覆う。

 すると突然――――、

 

「なんかベローンって出たー!」

 

 友奈がそう叫ぶのも無理は無いだろう。

 ずっと顔だと思っていた部分がぱっくりと割れ、頂点を下に向けた四角錐が飛び出す。

 紫色の形をした四角錐が顔から出ると共に、訳知り顔の風が説明をする。

 

「封印すれば、御霊が剥き出しになる。アレは言わば心臓。破壊すればこっちの勝ち!」

 

 こういう事を言うと怒られるかもしれないが、俺は少し気分が高揚していた。

 だってそうだろう? 

 

 頼もしい仲間たちと迫りくる敵に立ち向かい、神樹を守る。

 銃を撃ち、剣で切り裂き、明日を掴み取る。

 失敗すれば大変なことになるのは分かってるというのに。

 

 倒せないと思っていた敵は明確に倒せる手段があり、致命傷はバリアが防いでくれる。

 爆発の衝撃を受けすぎて脳内から分泌液が出たのか、やけにテンションが上がり始めた。

 

「アタシの女子力を込めた渾身の一撃をォォォ―――!!」

 

 そんな中、風の女子力(物理)が放つ大剣の一撃は、僅かにだが御霊に傷をつけた。

 寧ろ一撃で砕けないその頑丈さは当然かと思いつつ、湧き出す高揚感に逆らわず跳ぶ。

 常人には決して出すことの出来ない高度まで一息に跳び上がり、着地。

 

 傷口に銃口を向ける。

 

「……お返しだ」

 

 全弾7発を至近距離から放つ。

 銃弾の一撃は、巨体に穴を作るほどの火力を誇る。

 だが一発の火力に対して、敵の回復力が上だったことが今回の戦闘での問題であった。

 

 しかし、弱点が剥き出しになり、尚且つこの至近距離ならば関係ない。

 

「お前の顔は見飽きたんだよ……!」

 

 多少大きいとはいえ、所詮は御霊。

 銃口から射出される7つの銃弾は、風が作った傷口より侵入する。

 弾丸は御霊の中身を蹂躙し、反対方向から飛び出し緋色の軌跡を見せた。

 そうして御霊は砕け散り、溢れ出た光が天上に立ち昇っていった。

 

 

 心臓たる御霊が破壊されたことで、巨体の方にもヒビが入り、やがて崩れ出した。

 バーテックスを構成する身体が、徐々に黄色の砂状へと変化している。

 

「……砂になっている」

 

 その様子を見上げていると、やがて勝てたのだという感慨が押し寄せる。

 ふと、周りの根が黒く焦げていることに気が付く。

 この現象に関しても風が何かを言っていたと思い出すが、まあいいだろう。

 後でいくらでも聞く時間はあるのだから。

 

 そう思って俺は喜びの声を上げる可憐な戦乙女達の下に歩き出す。

 そんな中、この世界にヒビが入った。

 敵を倒したと同時に、この世界の役割も終わりなのだろう。

 

「ん……? 友奈……?」

 

 世界が白く染まり出す中。

 何やら怖い顔をした友奈がこちらに走ってきた。

 

 あの鬼神の如き顔は、昔どれぐらい悪戯をしたら怒るかの実験をした末の顔に似ている。

 もちろんあの時はそれも想定して、謝罪と大量の供物(お菓子)を捧げて許して貰った。

 

 いや、今回は何もしていない……はずだ。

 そんな思考の中、友奈との距離が一気に近づく中で、衝撃に身を固める。

 

 衝撃は僅かだった。

 

「えっと……?」

 

「………………今度は」

 

 友奈は大きく両手を広げて俺に抱き着いてきた。

 長いピンクの髪はふんわりと俺の鼻腔をくすぐり、彼女の体温がじんわりと伝わってくる。

 今になって怖くなったのだろうかと俺は友奈の行動に対して推測を立てる。

 

 とりあえず、こちらを見る風がにやけているので睨みつつ、少し赤い顔をする樹には微笑む。

 それから暖かな彼女の身体を抱き返すと、ボソッと何かを友奈が言った。

 聞き返すと、少女は至近距離でこちらを見上げる。

 

「今度は、一緒にね」

 

 その一言で、最初は別の場所にいたっけと思い出した。

 次はどこに着くのか。少し不安になって友奈の華奢な身体を抱き寄せる。

 

 そして白く世界が染まる中、その言葉と共に彼女は俺に微笑みを向ける。

 そんな友奈の潤んだ赤い瞳はやけに印象的で、薄紅色の瞳には俺だけが映り込んでいた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 侵略者を撃退した後、友奈が抱き着いたおかげか、

 帰りは皆と同じく、学校の屋上に帰り着いた。

 屋上に設置されていた小さな祠を基点に、神樹様が戻してくれたのだと風が言っていた。

 

 視線を下ろすと友奈が俺に抱きついている。

 今更な距離感だったが少し恥ずかしくなってきた頃、

 急に俺から離れて、友奈は少し遠くにいた東郷の下へと駆け寄っていった。

 

 

 

---

 

 

 

 その後、諸々の説明などは次の日に。

 つまり今日の放課後にするらしい。

 で、放課後。俺は一世と適当に雑談紳士トークを交わしていたという訳だ。

 

「亮さん、知ってますか? 昨日隣町で事故があったらしいですよ」

 

「へぇ、そうなんだ。よそ見か飲酒か……」

 

「それが、肝心の内容を忘れちゃって。たしか2、3人ぐらいが事故ったらしいですね」

 

「なんだそりゃ……? あっ、そろそろ部活だ。またな」

 

「はい、また明日」

 

 一世と別れて、部室へと向かう。

 さっき聞いた話は、今朝見たニュースには無かった。

 正直人が何人死のうが、それこそ目の前で死なない限りどうでも良かった。

 そう思うのが当たり前に感じるのは、生前の名残だろうか。

 

 こちらは平和だ。

 殺人どころか、宗教観と倫理観によって、秩序は守られている。

 だから珍しいのだろう。ちょっとした事件でも動物園でパンダを見る感覚なのだろう。

 そんな事を考えながら部室の前にたどり着く。

 

「亮之佑、ただいま見参――!」

 

「お、来たわね。座って」

 

「いーーす」

 

 扉を開けて部室に入ると、東郷、友奈、樹、そして風と全員が集合していた。

 

 風は俺に座るように告げ、引き続き黒板に向かい直り、チョークでなにやら書き込んでいた。

 友奈は頭に羽の生えた牛のマスコット……精霊を乗せている。

 余っていた椅子を持って女子の群れに向かうと、樹が場所を開けてくれた。

 

「流石、俺の妹だな」

 

「アタシのよ」

 

 チョークというツッコミを右手で掴みとり、風に返す。

 礼を言って受け取った風は左手で手刀を作り、直接俺の頭をチョップした。

 

「あいた」

 

「さて、そろったし説明を始めるわよ」

 

 

 

 ---

 

 

 

「まずは皆、無事でよかった」

 

 こちらを見渡し、満足げに頷く風。

 彼女による説明会が始まった。

 最初は戦い方について話していたが、そもそも俺の端末にはテキストなんて物はない。

 そう抗議すると、

 

「それに関しては、大赦に連絡を取るわ」

 

 とのことだ。色々と自分の端末に不備が多い事に苛立ちを感じるが、無言で続きを促す。

 俺の促しを受け、風は頷き返し、続きの説明を開始する。

 その話自体は以前、初代が言っていた事と一致しているのだが。

 

「注意事項として、樹海がなんらかのダメージを受けると、その分日常に戻った時に何かの災いとなって現れると言われているわ……」

 

 ふと説明を切り上げて風は俺を見てくる。

 

「一応もう一度説明しておくと、あの封印も長いことすると樹海が枯れて、悪影響がでるから注意ね」

 

「はーい!」

 

 元気よく返事する友奈を尻目に、俺も無言で頷き了承の意を示す。

 なるほど、樹海の根はあらゆる生物が混ざり作られた、いわば生命の根。

 アレが枯れる、ダメージを受けるということが直接的に現実に反映されることになるのか。

 

 ふとさっき言葉を交わした一世の言っていたことを思い出す。

 

 あの樹海化は世界の時間を、文字通り止めるような強大なる力がある。

 世界といっても四国だけなのだが、隣町での交通事故は恐らく無関係ではないのだろう。

 

 俺は風が書いた下手糞な絵を見ていると、風も俺の視線誘導を受け自身のアートを見る。

 

「風先輩」

 

「何……? これ、うまいでしょ」

 

「ハッ、……えっとそうではなく。さっきバーテックスは全部で何体だって言いましたか……?」

 

 思わず鼻で笑ってしまう。それを誤魔化す訳ではないが、質問をする。

 先ほど風の説明を聞き間違えていた訳ではないとすると……。

 

「うん、13体よ。それが神樹様からのお告げらしいって。どうかした?」

 

「い、いえ、大丈夫です」

 

 今はソレについてどうこう言ってもしょうがない。

 12体と思ったが、ソレを聞けば逆にどこからの情報かを言わなければならなくなる。

 

「……」

 

 やがてある程度の説明が終わったらしく、東郷や友奈、樹が思い思いに風に質問をする。

 

「この勇者部も先輩が意図的に集めたメンツだったわけですよね?」

 

「うん。適正の高い人たちは大赦の調べで分かっていたから。私は神樹様を奉っている大赦から使命を受けているの。この地域の担当として」

 

「……知らなかった」

 

「黙っててごめん」

 

「次は敵、いつ来るんですか?」

 

「明日かもしれないし、1週間後かもしれない。そう遠くはないはずよ」

 

 ある程度聞くことも無くなったのか、樹も友奈も無言になる中。

 艶やかな黒髪を垂らし、俯き姿勢だった東郷がポツリと呟いた。

 それは、ある種の非難の意も籠められていた言葉だった。

 

「―――なんで、もっと早く勇者部の本当の意味を教えてくれなかったんですか」

 

「東郷……」

 

「樹ちゃんも、亮くんも、友奈ちゃんも。皆死ぬかもしれなかったんですよ……!」

 

「ごめん。でも、勇者の適正値が高くてもどのチームが神樹様に選ばれるか、敵が来るまで分からないんだよ。むしろ変身しなくて済む可能性の方がよっぽど高くて……」

 

「……」

 

 東郷が怒るのももっともだが、何かが俺の中で引っかかった。

 アレは宗一朗との酒飲みをした中での会話だ。

 あの時。確か、適正値が高い俺は勇者としていずれ選ばれるだろうと言っていた。

 あの時点で宗一朗は、俺が勇者になると分かっていたことも踏まえて引越しをさせた。

 

 それはつまり。

 ランダムではなく、“適正値の高い人間”が確実に選ばれるというものではないのだろうか。

 しかしそれを証明する術も証拠もなく、風に向けられる東郷の非難は続く。

 

「こんな大事なこと、ずっと黙っていたんですか……」

 

「ぁ……」

 

 震える声で東郷はハンドリムを操作し、部室から出て行った。

 扉から消える黒髪を見届けた後、友奈がフォローをするべく追いかけていった。

 さて、俺はどうするかと考えていると風が問いかけてきた。

 

「亮之佑ぇぇぇ―――!」

 

「はい」

 

「アタシ、どうしたら良かったのかな……?」

 

「ふむ、そうですね。前提として、風先輩が悪いことをしたとは思えません。皆のことを思って黙っていたのはいいとして。実際には俺たちが当たりであった。つまり……」

 

「つまり……?」

 

「謝りましょう」

 

「そうだよね、うん。ありがと……犬神!」

 

 風の呼びかけに現れるのは、全体的に薄青色の犬のような浮遊生物。

 以前にも見たことがあったが犬神というらしい。

 犬神を相手に謝罪練習を始めた風を視界から外し、テーブルで占いに勤しんでいる樹に声を掛ける。

 

「ちょっとトイレに行ってくるね」

 

「あ、はい。分かりました」

 

 部室から出て悠々と男子トイレへと向かう。

 放課後になり、幾ばくかの時間が経過した。帰宅部は家に帰り、運動部は外にいるのだろう。

 そんな無人と化した廊下を一人歩いていると、

 

『おかしいね、12体のはずだったのに』

 

「人前では話さないって約束だったろ、初代」

 

『周りに人はいないじゃないか。ケチケチしないでくれよ、半身』

 

「どこで誰が見ているかなんて分からないんだ。今誰かに見られたら俺は独り言を呟くやばい人になるだろ」

 

『今更だとボクは思うけどね……』

 

 話をやめる気のない少女相手に、せめてもの対策として端末を耳に当てる。

 最低限これで誰かと会話をしているという体は作れる。

 

「それで、何か用か?」

 

『そう急かすなよ。犬吠埼姉も言っているだろ。急かす男は――』

 

「初代」

 

『ん。用件なんだけどね、残念だが先約のようだ』

 

 端末からけたたましいアラーム音が鳴り響いた。

 “樹海化警報”

 実際には端末の液晶を見る間もなく、すぐに世界はその有様を変えた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 いつの間にか纏っていた勇者服を見下ろす。

 

「…………」

 

 赤い手袋が装着した主人を歓迎する中、端末が震える。

 携帯を手に取ると、相手は風だった。

 

『亮之佑、無事!?』

 

「ええ。大丈夫ですが……」

 

 周囲を見渡しても、無限に続くような色とりどりの根が森を作り出す。

 樹海。

 適当な根に座り込み、アプリを並行して操作する。

 

「風先輩、大変です」

 

『えっ、まさか、そっちに敵が!?』

 

 そうだったらまだマシとも言えただろう。

 だが俺の手の中で広がる端末。そこから示される地図と表示は残酷なことを俺に教えた。

 

「俺……今愛媛にいるようです」

 

『―――――』

 

 絶句したのは直接顔を見なくても分かった。

 続いて、「なんですとぉー!!」という声は俺の鼓膜を破裂させんとばかりに静寂なる空間を貫いた。

 

 

 どうやら前回とは異なり、バーテックスから滅茶苦茶遠いところに移動したらしい。

 この感情をうまく例えられないが、簡単に言うとイラついた。

 一度大赦で調整してもらいたいものだ。マジで。

 

 「こっちは気にしないで、ゆっくり来なさいよー」なんて余裕ぶった彼女達と電話を終了し、

 俺は地図を片手に跳躍を繰り返していた。

 

 正直に言って難航した。

 道など無い分かりにくい樹海では、長時間の移動は迷子になりそうだった。

 

「――――っ」

 

 足が逸る。

 端末で見る限り、友奈達は既に交戦しているようだ。

 今回の敵は3体。

 

 蟹座【キャンサー・バーテックス】

 蠍座【スコーピオン・バーテックス】

 射手座【サジタリウス・バーテックス】

 

 敵を囲む形で、友奈たちの名前の表記が移動している。

 その場所から左に大きくスライドすると、

 俺の名前が表示されたマークが移動しているのが分かった。

 

「……」

 

 焦ってはいけない。

 慌ててはいけない。

 どのような状況でも冷静さを欠いた者から死んでいくというのは加賀家の格闘術での教えだ。

 そう自分に言い聞かせていると、平然と初代が話しかけてきた。

 

『さて、それじゃあ話を続けようか』

 

「お前は状況を分かって言ってんのか―――!」

 

『落ち着けよ。慌ててもすぐには辿りつけないし、キミにとっても役立つ朗報だ』

 

 頭では分かっているはずなのに冷静になれなかった脳が苛立つ。

 だがそれ以上に底冷えした彼女の声は、冷や水を浴びせたように俺にいつもの落ち着きを与えた。

 

「……すまない」

 

『いいさ。キミの装束なんだが、拘束具みたいなバンドが付いているだろ?』

 

 声に導かれるまま己の衣装に目を向けると、

 確かに身体中に黒々した結束バンドらしき物が腕や足などに巻かれている。

 着地をし、跳ぶ瞬間に聞き返す。

 

「そういうデザインなんじゃないのか……?」

 

『いや、ボクの時はこんな物は無かった。誰かが意図的に付けたんだろう。そうでなくては不自然だ』

 

 なにかしらの自信というか、実際に身に着けていたらしい彼女の意見だ。

 彼女の言葉によって浮かぶ疑問の1つ、“誰が”という事は今は置いておこう。

 だが、それが何だというのだろうかと俺は疑問に思う。

 当然浮かぶ疑問を待っていたと言わんばかりに、初代は答えてくれた。

 

『キミの左足の部分の拘束具が外れてる。恐らく他の兵装も使えるはずだ』

 

「えっ、マジで!?」

 

 火力不足を補うべく対策を一晩考えていたが、意外とあっけなくなんとかなったらしい。

 

『そもそも、ボクが身に纏っていたソレと剣と拳銃だけで戦う訳無いじゃないか。それらはむしろ人間用でね、バーテックス用のは別にあると言っていい』

 

「人間用って」

 

『かつて敵はバーテックスだけではなく、後ろにいる人間たちによる謀反も粛清しなくてはならなかったのさ。身内すら味方とは言い切れなかった。いつの時代にも、何かに反発する組織というのはいるんだよ。自分たちの行いが正義と盲目に信じてね』

 

「―――――」

 

 何を言っているのかと絶句し想像する。

 足を引っ張り合いながら、敵と戦う。

 身内すら安心できるとも思えず、不安と裏切りと、殺意が蔓延っていた時代。

 

『時間とは残酷だね。腐っていた民衆が教育によって少しずつ変わってきたのに、大赦は大赦で少しずつ腐敗していった。封印工作は恐らく端末に仕込まれたと、今キミが考えている事は間違いではないだろう』

 

「他の派閥か」

 

『恐らくね。最初の変身後、入院時に端末を回収された時に何かしらやられたのかも知れないね』

 

「いつの時代も、人間の敵は人間って事か」

 

『そういうことだね……。なんにせよ、まずは武器の解放が目標かもね』

 

 初代と会話して、およそ20分ほど経過した頃。

 

「――――見えてきた!」

 

 端末で確認したところ、既に3体いたはずのバーテックスの内、2体はすでに殲滅済み。

 残るは射手座のみとなっていた。

 

 射手座は歯を剥き出しにした頭部の下にもう1つ同じような歯を剥く顔がある。

 また側面は空洞のようになっており、青と白の装飾が施されている。

 乙女座と比べるとインパクトのある見た目だと俺は思った。

 

 有効射程距離に入る。

 既に彼女達が『封印の儀』を開始していたらしい。

 

 だが、射手座は御霊を吐き出す寸前に、

 最後の抵抗として己の手前の地面に針のようなものを発射し、巨大な砂塵を巻き起こしていた。

 

 吐き出された御霊は高速回転と同時に砂塵を巻き込み、砂嵐と化す。

 外側からは御霊の姿が見えなくなる。

 

「さて……」

 

 そういった状況で両手に現れるソレは、封印が取れたという軽機関銃だ。

 分隊支援火器でもあるソレは口径7.62mm、重量10kg、銃身長1000mm、ベルト給弾式。

 

「いい趣味だこと」

 

 脳裏に使用方法が浮かび上がり、思わず呟く。

 多少重い程度のソレは、勇者服を着込んだ今の俺にとって扱うのは不可能ではない。

 

『ボクの自慢の一つを当てるとは。なかなかに運がいいね』

 

「生前はガチャ王を自称していてね……」

 

『金の無駄遣いだから止めた方がいいよ、あんなのは』

 

「アレはな……、ロマンを買っているんだよ――――!!」

 

 上半身を前傾姿勢にし、軽機関銃を肩に当て、引き金を絞る。

 どれだけ速いスピードで御霊が回転をしようが関係ない。

 これより放つは、ベースとなったソレに勇者としての力が加えられた、横殴りの銃弾の嵐だ。

 

 拳銃とは比べ物にならない反動が襲うが、無理やり押さえ込む。

 重厚な音と共に、暴力を唄う殺意の雨は砂嵐に潜む御霊を、容易く蜂の巣へと変えた。

 

 

 

 ---

 

 

 

「へー、東郷さん、勇者になったんだ」

 

「ええ」

 

「カッコよかったよ、東郷さん。あっ、亮ちゃんも!」

 

「フォローサンクス」

 

 帰りは最寄りにいた風に触れ、同じ場所――屋上――に帰ってきた。

 誰にも触らないでこちらに帰還したらいったいどうなるのか。

 疑問は尽きないがリスクは負うべきではないので、行きと帰りは誰かに触っておこう。

 ……大義名分を得た。

 

「にしても、一度端末を大赦に見せた方がいいから預かっておくわね」

 

「……まぁ、次同じことあったら困りますからね」

 

 少し渋ったが、他の連中に不審がられるのもアレなのでここは素直に渡しておく。

 直さないリスクより、直した後の新たなリスクも怖いが。

 さすがに人類の未来をかけた勇者に、これ以上の嫌がらせは無いはずだろう。

 

 ふと、そんな空気の中。

 東郷が風と向かいあった。

 彼女らが見合う中で、「さっき携帯で謝っているのを見たよ」と友奈がコソッと俺に耳打ちした。

 さてさて、どうなるか。女同士の喧嘩が発生した場合は速やかに友奈を東郷の方に向かわせるが。

 

「風先輩、覚悟は出来ました。私も勇者として頑張ります」

 

「東郷……。うん、一緒に国防に励もう!」

 

「国、防……はい!」

 

 平和的に仲直りしたらしい。

 やったね、と友奈と目で会話していると、

 

「そういえば友奈ちゃん、課題は……?」

 

 と東郷がなんでもないように話題を振ってきた。

 「忘れてたー!」と絶叫する友奈を尻目に、俺は無言で空を見上げた。

 

「……」

 

 青空は今日も変わらない。

 色々あったが、こうして俺たちは日常へと帰還を果たしたのだった。

 

 

 


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