変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第三十一話 情熱を抱き勇者」

 転校生がやって来た。

 ……と言えばゲームやアニメなど生前でまたかよと思うようなイベントだが、

 実際にリアルで遭遇したことはない。

 

 むしろ俺自身が転校生として小学校の頃に讃州市に来て、およそ4年が経過した。

 月日が過ぎ行くのは早いものだなと頬杖をついて、俺は前方に目を向ける。

 

 俺の所属するクラスの担任は、優しいおっとりとした女の先生だ。

 きっとあの顔に似合わずドスケベな事を裏でしているのだろうと紳士の一人が言っていたので、真偽を確かめるべく探りを入れたら、より闇の深い情報と弱みを握ってしまった。

 

 さて本題に戻るが、本日。

 先生に引き連れられて、一人の女子がこのクラスに転入してきた。

 

「はい、いいですか? 今日から皆さんとクラスメイトになる三好夏凜さんです」

 

「……」

 

 讃州中学校の制服にその身を包み、凛とした表情で佇む姿。

 何かの特徴を挙げるとすれば、髪型はツインテールで前髪を両横にヘアピンで分け、余った前髪が一房垂れ下がっているという事だろう。

 

 三好夏凜。

 実は既に勇者部全員、彼女と一応の面識がある。

 

 数日前の話だ。

 

 

 

 = = = = =

 

 

 

 先日の話になる。実は最近、襲撃があった。

 簡潔に言うと、三好夏凜は5体目の侵略者である山羊座【カプリコーン・バーテックス】を一人で撃破した。

 

 それだけならば尊敬の念も浮くかも知れないが、それらよりも警戒心が先だった。

 挑発と受け取っても良い舐めきった態度は少々イラついた。

 

「こんな連中が神樹様に選ばれた勇者ですって? ……はっ」

 

「……」

 

 生前、こういう調子に乗る奴はごまんといた。

 多くの人間は大海を知らない蛙のように、現実を知らない餓鬼だった。……俺もその一人だった。

 こういう奴ほど優先的にへし折りたいと思うのは、勇者服による謎の高揚感のせいだろう。

 

 そんな中、おそるおそるながらも友奈が話しかける。

 

「あのー……」

 

「何よ、チンチクリン」

 

「チン?」

 

「――――」

 

 瞬間、全ての思考が憎悪に塗り潰されるのを感じた。

 

 この距離なら外さない。先ほどの戦闘を見る限り、武器は日本刀だ。

 たかが刀で防御されるよりも、拳銃による連続7発の弾丸なら確実に急所を射抜ける。

 背後で拳銃を顕現し待機。右手を後ろに回しつつ、無礼者に対しにこやかに近づく。

 

「――――ねえ」

 

 恐らく精霊バリアがあるかもしれないが、衝撃は殺せないだろう。

 一度隙を作り出せば、軽機関銃でバリアごと内臓から潰してやる。

 冗談とか抜きで滲み出る殺意を抑え話しかけると、少女は俺に視線を向けた。

 

「あんたが、大赦で言われてる……フーン。で、何?」

 

「キミがどこの誰か聞いていないのだけれども……名乗ってはどうですか? 礼儀知らずが」

 

「亮ちゃん」

 

 吐き捨てるように馬鹿丁寧に話しかけると、挑発に乗ったのかその眦を吊り上げる。

 一触即発となる中で、険悪な空気を読み取ったのか友奈が俺を止めた。

 対してこちらを見据える少女は、己も名乗るべきだと理解したのか、

 

「まぁ……それもそうね。私は三好夏凜。大赦から派遣された―――」

 

 そんな中で、俺の視界は彼女が纏っている勇者服へと数秒だけ注目を移す。

 赤と白が基調のデザインとなっており、左肩に見られる刻印はサツキ。花言葉は『情熱』だ。

 

「正真正銘の正式な勇者。あなたたちの役目は終わり。はい、おつかれさま~」

 

「「「「えぇーーーーっ!!?」」」」

 

 そんな声が女性陣の中で起きるのも無理はないだろうと、俺は思った。

 

 

 

 = = = = =

 

 

 

 放課後。いつもの部室には、転入生が客として来ていた。

 黒板を背面にし、ドヤ顔で腕を組むその少女に、我らが部長は思わずといった様子で言った。

 

「なるほど、そうきたか」

 

 現在、部室にはメンバー全員が集合している。

 椅子に座る俺たちを見下ろし、その薄そうな胸の前で腕を組むのは三好夏凜だ。

 

「私が来たからにはもう安全ね。完全勝利よ!」

 

 その余裕ぶった態度に対して、ふと疑問が湧き出たのだろう。

 東郷が夏凜に、なぜ最初から来なかったのかと尋ねた。

 

「私だってすぐに出撃したかったわよ。けど大赦は二重三重に万全を期しているの」

 

「……」

 

 その万全を期す組織が、わざわざ勇者に変な仕込みをするだろうか。

 大赦も一枚岩ではないのは分かってはいるのだが……。

 例えイレギュラー的な存在であっても、戦力としては結果を出したはずだ。

 

 にも関わらず、先日渡した端末は“原因不明”という結果で数日せずに返却された。

 前回の戦いは運よく東郷の膝にダイブ成功したから良かったが、失敗した場合のリスクは怖い。

 

 俺が黙り込む中でも、彼女による話は進む。

 夏凜によると、彼女の端末は俺たちの戦闘データを元として改良を加えたバージョンだという。完璧にバーテックス用に調整されたと豪語する夏凜は、狭い部室でおもむろにモップを振り回す。

 

「何より私は、あんたたちトーシロとは違って長年訓練を受けてきている!」

 

 背面に位置する黒板にガンッ! とモップの柄が当たることなど気にせず夏凜は宣言した。

 東郷に「ぶつかってますよ」とツッコまれるにも関わらず、カッコよくポーズを取った。

 

「――躾けがいがありそうね」

 

「なんですって!」

 

「……」

 

 その姿にポツリと風が言うのには、無言だったが俺も同意だった。

 こういうタイプは自分よりも上がいて、尚且つ超えられない壁があると分かると簡単に崩れる。

 生前の知識であり、身近にそうなった人間たちは多く見てきた。

 

 そんな中で、ふと夏凜が悲鳴を上げた。

 

「ぁああああっ!!? なななっ何してんのよ! この腐れ畜生!」

 

 気がつくと、夏凜の精霊――義輝――が、友奈の精霊――牛鬼――に齧られたり。

 樹がいつの間にか始めていた占いで死神のカードが出て皆に不吉がられたり。

 友奈の明るいムードメーカーを発揮するポジティブな会話に翻弄されたり。

 

「―――――」

 

 ――彼女は俺の敵か否か。

 

 個性豊かな彼女たちに軽く遊ばれる様は、同情と共に俺自身の警戒値を下げさせた。

 安心を求める臆病な俺にとって、どうやら答えは出そうなのでそっとため息をつく。

 

 マトモなのは俺だけか。勇者部の中で常識人たる俺はそんなことを思いつつも、

 俺が見ている分には、彼女はどうも素直じゃないだけという可能性を感じさせた。

 

「とにかく、これからのバーテックス討伐は私の監視の下で行うのよ!」

 

 傲慢にも決め付けるような彼女の口調に対して、友奈と風が対応するのを黙って見る。

 彼女らの挙動に対していちいち突っかかるのは生来の物か、余裕がないのか。

 

「部長がいるのに……?」

 

「部長よりも偉いのよ!」

 

「ややこしいな……」

 

「ややこしくないわよっ!!」

 

「まぁ、とにかく事情は分かったけれども。学校にいる限りは上級生の言う言葉を聞くものよ。事情を隠すのも任務の中にあるでしょ……?」

 

「フン! まぁいいわ。どうせバーテックスを倒すまでの間だけなんだしね」

 

「うん。よろしくね!」

 

 ここで友奈は満足気に会心の微笑みが浮かべた。

 一瞬虚をつかれキョトンとするが、やや頬を赤らめた夏凜は形の良い眉をひそめて、「足を引っ張るんじゃないわよ!」と言って帰っていった。

 こんな感じで新しい勇者、三好夏凜とのセカンドコンタクトは終了した。

 

 

 

 ---

 

 

 

 その後。

 勇者部で『かめや』でそれぞれ好きなうどんを食べながら、

 俺たちは先ほどの人物――三好夏凜についての感想を述べ合っていた。

 

 「頑なな感じの人ですね」とは東郷が。

 「ああいうお堅いのは張り合いがあるってもんよ!」とは風が言っていた。

 そして友奈は、

 

「どうやったら仲良くなれるかな……?」

 

 そう悲しそうに瞳を揺らしていた。

 その様子を見ながら、俺は七味の瓶から紅の粉末を天ぷらうどんに掛ける。

 滑らかなうどんの麺が赤く染まるのを見ながらその問いに答えるべく、怠慢な口を動かす。

 

「そうだね……」

 

「久々に口を開いたわね、アンタ」

 

「そんな気分なんですよ」

 

 風に謂れの無いはずのツッコミを受けつつ桃色のカマボコを箸で摘まみ再考。

 口に入れると独特の歯ごたえとピリリッとする辛味が広がり、疲れた身体に心地良い。

 

「例えばだけれどもさ。さっき入部届けに誕生日を書いていただろう?」

 

「えっ……? あっ、そっか! サプライズだねっ!」

 

 伊達に数年共にいない彼女には、それだけで俺が言いたい事は伝わったらしい。

 入部届を書く際チラ見し、夏凜の誕生日が近かったことが分かった。

 この情報が何かの役に立つかと思い、覚えておいたのである。

 

 パアッと花が咲いたような友奈がさっそくどういうことかを他のメンバーに伝えるのを見つつ、

 最後に残った磯の香りがするつゆに浸された海老の天ぷらを口へと運んだ。

 

「うまい」

 

 

 

 ---

 

 

 

 日曜日。

 少年は多目的トイレにいた。

 

 変装のために準備をしつつ、使える時間は午前のみという少ない時間だけだった。

 それでも少しでも情報を掴むべく行動していた。

 本日、所属する部活では幼稚園での折り紙教室と劇を行う予定なのだが、“家の用事”という文言は強く、休日においては部活での行動はお休みにしていた。

 

「……」

 

 正直、平日だけでなく土日も部活があるのはブラックじゃないかなと思ったりもするが。

 それには誰も疑問を抱いておらず、考えることをやめた。

 

 本日は午前だけ、以前から続けているとある少女の情報を探るべく行動している。

 今回は色々あって、午後から合流して勇者部での劇に参加しつつ、新入部員の歓迎会とてんこ盛りだ。

 

「―――――」

 

 この時ぐらいはため息をついたって許されるだろうと少年――加賀亮之佑は思う。

 御役目にあたり、俺という存在が公になった以上、変装するとは言えどバレないという確証はない。

 

「あと、2つだ」

 

 目の前の鏡に、不安そうに揺れる黒い瞳に囁く。

 残りの病院は2つ。減った分、油断は出来ない。

 大丈夫だと、現に今までバレてなどいないと、自分を信じろと言い聞かせる。

 

「ぁ、あー、あー!」

 

 声の調整をしつつ、変装を完了するのに約5分。

 今回は初代の変装を行う予定だ。そこまで演技に違和感もなく友奈と同等に使える変装だ。

 なんせ、誰も知らない。

 

「満開か……」

 

 ふと目の前の鏡を見ながら、三好夏凜が持ってきた情報について思考を過らせた。

 

 

 

 = = = = =

 

 

 

 それは、夏凜が帰った次の日のことだ。

 

「あんたたちがあまりにも呑気だから、こっちから来てあげたのよ!」

 

 完全食だと言い、袋に入っている煮干しを貪り喰らう少女。

 この頃には、情報の共有の為にキチンと部室にやってくる夏凜という少女に対して、俺もそれなりにではあるが好感度が上がり始めていた。

 

 よくよく考えたら、彼女はツンデレ臭いなと今更ながらに気が付く。

 二次元以外でこういう人物と出くわしたことがないので、その単語すら忘れてしまっていたのだ。

 実際に感じることがあるとすれば、三好夏凜の様な面倒くさい人は、俺にとっては面倒くさい“以上”の評価は生まれないだろうと思ったことだ。

 

「じゃあ始めるわよ」

 

 そんな訳で情報の共有と提供のために、

 夏凜が黒板にチョークでいくつか書き込み終えて、勇者部でのミーティングが始まった。

 ちなみに講義を聴く俺たちは東郷のぼた餅を食べながらである。

 

「いい? バーテックスの襲来は周期的なものと考えられていたけれども、これは異常な事態よ。よって帳尻を合わせるために、今後は相当な混戦が考えられるわ」

 

 食べながら聞く俺たちを睨み付けながら、夏凜は情報の共有を開始する。

 彼女は黒板に『平均20日に1体の周期(……のはず)』と書き込んでいた。

 確かにソレが本来ならば、異常事態と言えるだろう。

 

「私ならどんな事態にも対処できるけれど、あなたたちは気をつけなさい。命を落とすわよ」

 

 ご丁寧に注意をしてくれるが、その自信の出所が知りたいものだ。

 

「あとはもう一つ。満開システムよ。戦闘経験値を溜めることでレベルが上がり、より強くなる。使えば使うほど強くなるとされているわ」

 

「――実際に使用したことはあるのか……?」

 

 ふと俺は疑問に思ったことがある。

 アプリの説明書自体は端末が返却された際に付与されたのでしっかり読んだ。

 その上で初代がこんな事を言っていた。「このシステムにも何か仕込まれたら目も当てられない」と。

 

 故に、このシステムが俺にとって起死回生の切り札になりえるか正直疑問である。

 他の女性陣なら恐らく問題ないだろうが、例外たる俺の未知数の可能性。

 こればかりは実際に使用しないと分からないので保留だ。

 

 自分の作ったぼた餅を食べながら、東郷も夏凜に俺と同じ質問をする。

 

「三好さんは、満開経験済みですか……?」

 

「い、いや、まだ……」

 

「なんだ、アンタもレベル1なんじゃアタシ達と変わりないじゃない」

 

「わ、私は基礎戦闘能力が桁違いに違うの! 一緒にしないで!」

 

「なら、私たちも朝練とかしますか!」

 

 それからも、勇者部のフワッとしたノリに夏凜も思わずため息を吐いてしまう。

 これには思わず俺も彼女に対して同情の念を抱いてしまう。

 なまじバリアなんてものが搭載されているせいで、彼女達は危機感が足りない。

 無かったら無かったで全滅は免れ得ないため、しょうがないとも言えるが。

 

「……」

 

 目の前にライオンがいるにも関わらず、脅威の度合いが分からず遊んでいる様に感じるのだろう。

 正直同情するし、俺もこの状況はよろしくないと感じる。

 だからこそ、

 

「夏凜」

 

「何よ! ってか、あんたも名前……」

 

「うちの部活連中は大半が現場主義なんだ。だからキミが頼りなんだよ」

 

「―――。……はぁ、まったくもう……。私の中で諦めがついたわ」

 

 白々しくそんな事を言いながら女性陣のフォローをする。

 そんな俺の様子に何かを感じたのか、ため息を吐きながらも「あんたは結構マシなようね」と夏凜は呟いた。

 

 その後。

 話題が180度変わり、夏凜が日曜日に部活に参加するよう女性陣に言質を取られていた。

 サプライズの為とは言えど、こういう行為は一生真似できる気がしないと俺は思ったのだった。

 

 

 

 = = = = =

 

 

 

「……?」

 

 鏡を睨みつけていると、ふと端末が震えたことに気が付いた。

 『加賀宗一朗』と個人的に珍しい人物からの電話に対応するべく端末を手に取る。

 

「もしもし」

 

『久しぶりだな、亮』

 

「そうですね。どうされましたか」

 

『いやな、聞いてくれよ。さっき母さんと病院に行ったんだけどさ、出来たんだってよ』

 

 そう嬉しそうに告げる宗一朗の声に対して、思わず俺は顔を顰めた。

 こういう時、どうしても思うことがある。主語を言ってくれと。

 幸い声のトーン的には悲報では無いようだと思いつつ、何が出来たかと聞き返すと。

 

『子供だよ! お前も遂にお兄ちゃんだなっ。ははっ』

 

 何を笑っているのだろうかと、少年の冷たい頭脳が告げた。

 そんな出来ちゃった的なノリで宗一朗が告げたので、亮之佑は思わずといった具合で学生のノリで確かめてしまう。

 

「まじで……?」

 

『マジマジ』

 

「……良かったじゃないですか」

 

「それで、多分8月くらいに休暇をもらえるから――」

 

 携帯越しですら嬉しいという感情が伝わってくる。

 子供かと思わず呆れ、苦笑が出る程度には宗一朗が心から喜んでいるというのが分かった。同時に苛立ちの感情も膨れ上がった。

 

「――その時に、恐らく園子ちゃんと会わせられる準備が整うはずだ」

 

「……そうですか」

 

「だから、リスクの高い行動をするなよ。特に病院に直接行く行為は本当にマズい。一度前科を作ったのもあるが、派閥も動きが活発になり始めている。慎重にな」

 

「……分かってますよ」

 

 唐突に冷や水を浴びせられた気持ちになる。

 もうそんな時期になったのかと、冷めた心で振り返った。

 

 「こっちは大変なのに、お盛んですね」と皮肉を言いたくなるのを我慢した。

 綾香が子供を欲しがっているのは宗一朗からも聞いてはいたが、なぜか酷く苛立った。

 

「……」

 

 今の言葉は俺に対して釘を刺したつもりなのだろうかと、同時に指を顎に這わせる。

 鏡の向こうの変装を素通りしてこちらを見る俺の黒い瞳は、酷く笑っていた。

 

「母さんは元気ですか……?」

 

「ああ、替わるよ――――」

 

 それから、家族での他愛の無い話をした。

 なぜかやけに「愛しているよ」と口々に言ってきた。まるで今生の別れの様に。

 マタニティーブルーはまだだろうにと思いながら適当に対処をした。

 

 そうして通話を終えた携帯をしまい込む。

 

「―――――」

 

『それで、今更やめるのかい?』

 

「……」

 

 初代の揶揄うような声に無言を貫く。洗面台に手を乗せ、鏡に顔を近づける。

 恐らく俺だけが知るであろう少女の姿が映りこんだ。

 素晴らしい出来だったが、まるで鏡越しで話をしている気分になる。

 

 その姿は睨んでいるはずだと亮之佑は思ったが、こちらを見てにこやかに笑ってくる。

 赤い瞳が交錯した。鏡の中で小ぶりの唇が動く。

 

「表が出たら諦める。どの道二択だ」

 

『……そうかい』

 

 携帯と入れ替わりにポケットから出したのは、金色のコインだ。

 なんてことの無い、ゲームセンターで購入できるコイン。

 

 それを左手で上に弾く。

 僅かに回転をしながら上に上がるコインは、照明の光を反射し、

 

 

 

 

 

「裏」

 

 

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

 夜。

 午後には友奈達と合流し、ロリやショタに対して劇を見せた。

 本来はこの時点で夏凜が来るらしかったのだが、時間には来ず、電話も繋がらなかった。

 そんな訳で俺たちはお菓子やケーキなどを用意し、夏凜の部屋の前に集合していた。

 

「もしかしたら、寝込んだりしているんじゃ……」

 

「まさか」

 

 不安そうにする友奈の頭に乗る、グテッとした柔らかそうな牛鬼を取り上げながら答える。

 自身の頭に乗せようと思ったら茨木童子が俺の頭に現れたので、元の場所に戻す。

 

「……さて、風先輩。この部屋で間違いないんですね?」

 

「間違いないはずよ」

 

 風のお墨付きなので問題はないだろう。

 友奈が自身と俺が持つ大袋を見て、言わずにはいられないとばかりに呟く。

 

「それにしてもいっぱい買ったね」

 

「ああいう奴はな、大抵サプリとか10秒で済ませるご飯とか、冷蔵庫には何の食事も無いだろうさ」

 

「偏見だよ……多分」

 

 友奈と言い合いながら、連続でチャイムを押す。

 ピンポーンという間抜けな音が連続で鳴り響く中、耳をすませる。

 

「――! 来るぞ」

 

「わっ」

 

 ドアから離れた瞬間、木刀を持った夏凜が現れた。

 彼女はドアを開けたら勇者部全員という事態に思考が停止したのだろう。

 一瞬こちらを見て顔が凍りついた後、怒鳴るように聞いてくる。

 

「あれ、あんたたち……? なんで?」

 

「なんでじゃないわよ、心配になって見に来たの! まぁ元気そうだし上がらせてもらうわよー」

 

「心配……? ってちょっと!?」

 

 風を筆頭に、俺や樹と、勇者部による夏凜の家への侵入を開始する。

 玄関で靴を脱ぎ、フローリングの冷たい床の感触を靴下の裏に感じながら、

 

「殺風景だな……」

 

「勝手に見るんじゃないわよ!」

 

 仮にも女性の部屋というのに、女子の可愛さを欠片も感じないような部屋だった。

 

「まあいいや、入って皆。ほら夏凜、立ってないで座って。邪魔」

 

「ここ私の部屋なんだけど!」

 

「落ち着けよ」

 

 1対5なので、ノリと数と個性で押し切る。

 トレーニング器具に樹が興味を示し、友奈が冷蔵庫の扉を開ける。

 

「ちょ……触らないでっ、勝手に開けないでよ!」

 

 彼女たちの不躾な態度もアレなのだが、約束をすっぽかした夏凜にも非はあるのでスルー。

 そんな事をしているうちに、風と東郷とテーブルに手早く宴会の準備を完了させる。

 準備といっても買ってきた菓子袋をいい感じに配置するだけだが。

 

「おーい。準備できたよ」

 

 呼びかけると、ぞろぞろとテーブルに全員が集う。

 そんな俺たちに対して夏凜が混乱するのも無理はなく、その瞳には困惑の色を隠せてはいない。

 

「何なのよ……いきなり来てなんなのよ!」

 

「あのね、ハッピーバースデイ、夏凜ちゃん」

 

 笑顔の友奈が白い箱を開けると、そこには白いケーキがあった。

 スポンジケーキの間にたっぷりのホイップクリームと赤く熟れたイチゴがサンドされている。

 さらにケーキの上にも柔らかくホイップした生クリームとイチゴが飾られている。

 

 いわゆる、バースデーケーキである。

 

「なんで」

 

「アンタ、入部届に誕生日書いてたじゃないの」

 

「本当は児童館で午後にサプライズをしようと思っていたの」

 

「当日に驚かそうと黙ってたんだけどね……」

 

 夏凜に対して、ネタばらしを行う友奈や東郷、風。

 電話に出なかったので直接家に行くつもりだったのだが、子供達が離してくれなかったのだ。

 モテる男は困るのだ。

 

「そんな訳で結局、この時間まで解放されなかったのよね。ごめんね」

 

「悪いね」

 

 呆然とこちらを見る夏凜に口々に謝罪を告げる。

 そんな中、夏凜は。

 

「アホ……」

 

「えっ、なんで――」

 

「ボケ……。バカ……。アンポンタン……!!」

 

 夏凜は困った顔をして瞳を潤ませ、語彙力に欠ける子供の様な暴言を発した。

 自分でも何を言っているのか分からない、というような顔を彼女はしていた。

 なんだ、そんな顔もできるんじゃないかと俺は思いながら、思わず笑ってしまう。

 

「誕生会なんてやったことがないから……どうしたらいいのか分からないのよ……!」

 

「……笑えばいいと思うよ。ほらっ、夏凜も座りなさいな」

 

「あっ、ちょっと……もう」

 

 無理やり夏凜を座らせ、パーティー用の三角帽子を頭に乗せ、手には煮干袋を持たせる。

 ハッピーバースデイな歌を皆で歌いながら、こういう部分で個性が出るなと感じる。

 

 微妙にハモってない歌に練習すべきだったかと感じながら、左手で夏凜の素肩を叩き注目を引く。

 彼女の視線をケーキに載るロウソクに向けさせ、同時に右手の指を鳴らす。

 

「ん……? ――えっ、今どうやったの!?」

 

「カガワ☆イリュージョン。ふふっ、お客さん。これに息を吹くのは分かるよね」

 

「それなら分かるわよ、ふーーっ」

 

「おめでとー夏凜ちゃん!」

 

「おめでとう」

 

「おめでとうございます!」

 

「おめっとさん」

 

「あ、ありがとう……」

 

 橙色の炎を上げるロウソクの先端を吹き飛ばし、皆で拍手する中で身体を竦める夏凜。

 そしてケーキやぼた餅に舌鼓を打つ中で、作りかけの折り紙を見つけて夏凜を赤面させたり、友奈が壁にかけてあったカレンダーに勇者部の予定を書き込んだり、彼女の発言で秋の文化祭で演劇をやることが決まったりした。

 夏凜とも雑談を交わし、僅かながらも友情らしきものを育むことができたと俺は思う。

 

 どうやら俺は彼女を少しだけ好ましく思うことができるようになったようだ。

 夏凜が勇者部の女性陣にからかわれるのを微笑ましく感じながら、

 

「友奈、良かったね」

 

「……うん!」

 

 そっと友奈に話しかけると、夏凜とも仲良くしたがっていた友奈は柔らかい笑みを浮かべた。

 その笑顔を見ながら、なんとなくグラスを持ち上げる。

 

「……乾杯」

 

「乾杯!」

 

 特に意味もなく友奈とグラスをぶつける。

 翻弄される夏凜をつまみに、グラスを回転させ氷片が立てる風鈴の音を聞く。

 飲み込むと、喉元にあえかな冷たさを残して、氷の欠片が滑り落ちていった。

 

 

 


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