変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第三十二話 時間は刻々と過ぎていく」

 結城友奈の朝は、決して早いとは言えない。

 小学生の頃は母親に起こして貰わなければ遅刻寸前まで眠り、

 亮之佑が来てからは、朝に関しては彼に頼りっぱなしだったと記憶している。

 

 讃州中学校に入ってからもソレが変わるということもなく、

 大抵は亮之佑に起こされてから東郷を待つか、東郷本人に起こされるかのどちらかであった。

 

 改善しようと心に決めて数年。

 一向に改善される見通しが見られず、尚且つ周りが甘やかしてくれることを申し訳なく思いつつ、目を覚ますと誰かが傍にいてくれるという些細な事が嬉しくてついつい甘えてしまう。

 

 とはいえ、それは平日の話。

 友奈だけでなく学生なら誰もが朝早く起きなくてはならない試練を毎日乗り越えている。

 ただし平日に比べて、反動が大きくなると言わんばかりに土日の午前を寝て過ごす者も多い。

 しかし案外友奈はそんなことはなく、なんだかんだで8時前には起きる。

 

 そんな日曜日のことだ。

 友奈は身支度を整え、向かいに住まうとある少年の家に訪れていた。

 

「……いるよね」

 

 彼には個人的な用事が平日にあったのだが、

 金曜日は部活による現地解散で、土曜日は彼の用事ということが重なってしまった。

 だから電話をして、日曜日に行くと連絡をしておいた。

 

 門扉を開け、彼の家の玄関の前に立つ。

 少し早めなので本来ならまだ友人の家を訪れるべきではないのだが、彼の場合は事情が違う。

 

「……」

 

 自身の手を見つめると、そこには鈍く輝きを放つ鍵があった。

 いつでも来ていいからねと彼本人に言われているので、無言で鍵穴に差し込む。

 違和感なく差し込まれたソレを回転させると、カチッという音と共に施錠が解除される。

 

「……おじゃましまーす」

 

 やましい事などないはずなのに、なんとなく小声で「おじゃまします」と告げる。

 一応、念のために施錠をしなおすのを忘れない。

 用心深い彼曰く、入ったらキチンと施錠をするようにという約束である。

 

 彼一人が住んでいる家は、結城家よりもやや大きい。

 それでいて彼一人で使うには随分と大きすぎるように感じていた。

 そのせいか、たまにお泊りなどをする際には嬉々として自分をもてなしてくれる。

 

「まだ、寝ているのかな……?」

 

 本来、彼は早起きな方なのは友奈自身よく知っている。

 以前早起きのコツを聞いたら、「気合だよ」というなんとも言えない回答だったのを覚えている。

 

 同年代の男の子にしては綺麗好きということもあり、また一人暮らしだからか、彼の家はいつも綺麗に整理整頓されている。

 昔そんな彼を「お母さんみたいだね」と言ったことがある。

 そう言うと、「友奈も実際にやってみれば分かるよ」と言われたのを覚えている。

 

 それから一度彼が怪我をして、友奈がお世話を名乗り出た際に色々なことをした。

 その際に彼から掃除のやり方も一通り学び、結城家の方で実践したら両親に喜ばれた。

 

「―――――」

 

 手すりに何となくつかまり、木の階段を上がっていくと彼の部屋についた。

 亮之佑の部屋は家の二階に位置している。

 

「おはようございます……」

 

 そろそろと、昔テレビで見た寝起きドッキリの真似をしながら友奈は部屋に入り込む。

 青いカーペットの柔らかい感触を足の裏に感じながら、ベッドの方に向かう。

 

 彼の部屋は、本やよく分からない道具が多く置かれている。

 かと言って床に落ちている訳ではなく、キチンと本棚や机に配置されている事に拘りを感じる。

 

 同年代の男子の家というのは、亮之佑の家以外は行ったことは無い。行くこともないだろう。

 しかし、それでもなんとなく彼と他の学生が同質のソレと感じさせない部屋だと感じるのは、きっと彼自身が放つ雰囲気故か判断に迷う。そんな中で、友奈は立ち止まる。

 

 カーテンが閉められながらも、隙間から僅かに日の光が差し込む。

 ベッドには、人1人分の膨らみと同時に、僅かな呼吸により上下しているのが分かる布団と、

 

「……」

 

 亮之佑が眠っていた。

 枕に頭を乗せ、年相応に感じられるその姿に友奈は何となく胸の高鳴りを感じたが、

 

「―――――」

 

 思わず眉をひそめざるを得なかった。

 

 死んでしまったのかと思うくらいに、彼の寝顔は静かなものであった。

 枕に己の頭を預け、ひっそりと死の淵に寝入る少年を友奈は見下ろした。

 いつからだろうかと、少女は思考に耽る。

 

 昔はこんな風にグッタリと死んだように眠っていた訳ではない。

 時々寝言を言って友奈を驚かせたり、逆に寝言の内容でからかい、少年を赤面させたり。

 

 だが去年の冬頃から、少年の言う“家の用事”以降は、時々こんな風に眠りにつく。

 深い睡眠というべきか、電池の切れた時計のように、唐突に動きを止める。

 いっそ呼吸すら止めたのではないかと心配してしまう彼の寝顔は、

 友奈が起こさなければ永遠に静寂を保ち続けかねないようだと思った。

 

「亮ちゃん」

 

「……」

 

 呼びかけても、彼は目を覚まさない。

 穏やかな顔を見ると悪夢を見てはいないと思う。

 むしろ夢が入り込む余地すらないぐらいに疲れているのかすら、友奈には判断がつかない。

 それでも彼は普段、疲れなど誰にも見せない。こうして友奈が来なければ気がつかないように。

 

「―――――」

 

 静寂の中、カーテンによって作られた薄暗い部屋で響くのは、2人の息遣いだけだった。

 

 何か悩み事だろうかと不安に思う。

 同時に、相談してくれないことを心苦しく思う。

 

 それでも、いつか彼から話してくれるまでは、何も言わないでおこうと友奈は決めていた。

 彼が決して強くないことを知っているから、黙って傍に寄り添うと決めていた。

 傍に居てくれることがどれだけ己の心に響くかを友奈は知っていた。

 

「よいしょっと」

 

 荷物をカーペットにそっと下ろす。

 せっかくだから彼の寝顔でも見つめようと少女は思い、布団を捲り己の身体を入り込ませる。

 布団の中にいると、彼の体温が生み出すあまやかな暖かさに、忘れたはずの眠気が蘇りかける。

 

「そうだ」

 

 しばらくそうやっていると、友奈は悪戯心に駆られた。

 なんてことはない小さな悪戯だ。彼が毎朝友奈にやるような悪戯の一つだ。

 一瞬良心の呵責に苛まれるが、彼がいつもやっているのだからと決行する。

 

 一瞬、至近距離にある彼の顔を見て起きていないのを確かめる。

 やがて友奈は寝癖のついた黒髪をそっと持ち上げ、その額を撫でる。睫毛を指でなぞる。

 彼の睫毛が少し長いのを知っているのは、もしかしたら自分だけだと思うと少し面白く感じた。

 

「―――――」

 

 至近距離で、彼の寝顔を自由にする。

 ソレが友奈の悪戯だ。

 彼の頬を突いたり、黒い髪を指に巻きつけたり、飽くことなき悪戯を友奈はしていく。

 

「ふふっ」

 

 穏やかなこの時間を友奈だけが楽しむ。

 そうしていると、やがて黒い眦が震える。

 

「あっ、おはよう!」

 

「……」

 

 開かれる瞳は昏い色をしており、何の感情も示さず無言でこちらを見つめる。

 やがて、再びその瞳は目蓋に閉ざされるが、

 寝ぼけているのか、彼の両腕が友奈を抱きしめる。

 

「んー! よしよし」

 

「……」

 

 彼の抱きしめ方は、陶器に触れるような優しさを感じて好きだと友奈は思う。

 彼に抱きしめられると、彼の身体が自分とより密に触れる。

 服越しに彼の体温が伝わり、膨れ上がる眠気と同時に、いつまでもこうしていたいと感じさせる。

 

 だが、本日の友奈には使命がある。

 やがて彼の寝癖がある艶やかな黒髪を撫でるのを止める。

 懸命な意思で眠気に逆らい、やさしく彼の頬を突き、彼の耳に囁きかける。

 

「起きてー。朝だよ、亮ちゃん」

 

「……なにか、あったっけ」

 

 小さなかすれ声が友奈の耳に届く。

 亮之佑は目蓋は閉じたまま、己を抱き枕にでも決めたかのように友奈を抱きしめる。

 強すぎず優しく抱かれる腕の中で、ふと目の前の彼の匂いを嗅ぐと自然と心が落ち着いた。

 

「樹ちゃんの件なんだけれど……大丈夫? もうちょっと眠る?」

 

「妹…………いや、樹か。なんかあったっけ」

 

「えっとね――――」

 

 

 

 +

 

 

 

 薄暗い部屋。

 僅かに差し込む日の光。

 そんな部屋のベッドの上で、俺たちは話を続ける。

 

「ほら、樹ちゃん、来週歌のテストでしょ? それでね、金曜日に皆で樹ちゃんを励ますためにメッセージを送ろうって事に決めたんだけど、あとは亮ちゃんだけだから……ね?」

 

「……」

 

 そういえばそんな事があったなと寝ぼけ眼で思い出す。

 いつからいたのかと聞きたかったが、今は別に良い。

 彼女を逃がさないという強固な意志で抱き着き、もう5分ほど眠ろうとするのを止められる。

 仕方なく目蓋を閉じ、友奈の柔らかな肢体を弄っていると少しずつ思考が記憶の追想を始める。

 

 あれは数日前というか、ちょうど木曜日だった。

 樹がため息を吐き、あからさまにへこんでいたので、どうしたかと聞くと、

 

『音楽の授業で歌のテストに向けて歌の練習をしていたんですけど……、全然駄目だったんです』

 

 なんだその公開処刑はと、俺は戦慄した。

 同時に、そういえば今年から音楽の先生が変わったことを思い出した。

 

 風の鶴の一声で緊急に開かれた勇者部会議の結果、樹の訓練を開始した。

 とはいえ、何か良い案は浮かばず。

 結局友奈の習うより慣れよという言葉に従い、皆でカラオケに行った。

 樹にとってはそれなりに会話をし、行動を共にし、感情を交えたであろう勇者部だが。

 そんな俺たちの前でも声が震え、うまく歌えてはいなかった。

 

 彼女曰く、「人に見られると緊張するんです……」だそうだ。

 

 ならば見られる事に快感を感じられるようになれば解決だと思い、友達の淑女に連絡を考えたが、姉というか女性陣が怖くて提案できなかった。

 その後、東郷のα波の修行や、夏凜のサプリをキメたり様々な方法を試したが。

 それでも樹に改善の余地は見られなかった。

 

 

 

 

 

 服を着替え、昼ごはんの準備をしながら、友奈と話を続ける。

 

「それでね、樹ちゃんに勇気をプレゼントしようと思って」

 

 彼女が差し出すソレを受け取る。

 友奈が俺に渡してきたものは、なんてことないノートを切り取った紙。

 ただし、中央に『樹ちゃんへ』と書かれており、周りには応援メッセージが載っていた。

 

「これ、もう皆も?」

 

「うん。皆書き終えたら、風先輩がそれとなく樹ちゃんの教科書に入れるんだ」

 

「……ふむ」

 

 にへらっとした笑顔を浮かべる友奈と紙に交互に視線を入れ替える。

 樹に対する文言をどうするか考えながら、赤茶色のエプロンを纏う。

 

「とりあえずサッと作るけれど、何かリクエストはおありですか?」

 

「うどーん!」

 

「……昨日晩ご飯で食べたって言ってなかったっけ?」

 

「昨日は昨日。今日は今日だよ」

 

 そう笑顔でのたまう彼女には1日3食全部うどんを食べさせて嫌いにさせたくなる。

 四国の人間を調査すると、昼ご飯はうどんで、他は別のモノを食べるのが理想的らしい。

 仕方ないなと思いつつ冷蔵庫のあるモノでさっさと作ろうと調理の準備を始める。

 そうしていると、友奈がにこやかに紅椿のような唇を和らげる。

 

「それにね、私は亮ちゃんの作るうどん、すっごく好きだよ!」

 

「……おだててもね、あるモノしか出ませんよ。あと、せっかくだから手伝いなさいな」

 

「何をしたらいいですか、料理長」

 

「まずは、ネギを切ってもらおうか」

 

「はーい!」

 

 隣で手を洗う彼女の後頭部でフリフリと揺れる短めなポニーテールを見ながら、

 樹へ送る言葉は何が良いかを考えつつ、鍋に水を入れる。

 

「そう言えば夏凜ちゃんって、ちゃんとご飯食べているかな……」

 

 しばらく無言で行っていると、唐突に友奈は包丁をまな板の上に置き、俺に話しかけてくる。

 友奈の唐突な質問に思わず眉を顰めるが、すぐに回答はできた。

 

「サプリとかにぼしとか、コンビニ弁当とかだと思うよ。日頃の生活を見る限り、彼女は食事を食べるモノではなく、あくまで栄養を摂取するモノだと認識しているんじゃないかな」

 

「うーん、そうだよね……。ねぇ亮ちゃん」

 

「いいよ」

 

「実は……って、えっ」

 

「――夏凜もご飯に誘いたいとかその辺りだろう? 作る側としては二人も三人も変わらないから呼んじゃいなさい」

 

「えへへ……お見通しか。うん、それじゃあちょっと電話してくるね」

 

「はいよ」

 

 笑顔で台所から少し離れたところで端末を耳に当て友奈が話をする。

 正直、彼女のコミュニケーション能力と、夏凜のちょろさなら釣れない訳がないと俺は思う。

 追加でツナサラダを作りつつ、せっかく客が来るなら力を入れようかと思う。

 あるモノしかない……上等だ。主婦の――否、主夫としてのスキルの見せどころである。

 やがて、

 

「夏凜ちゃん来るってー!」

 

「うん。それじゃあもう一品作りますかね。友奈も手伝ってくれますか?」

 

「もちろん! 任せて」

 

 腕まくりをし、俺に向けられる花の咲き誇る笑顔に、俺のやる気が上がった。

 しばし二人で、仲良く調理を行っていた。

 

 

 

 +

 

 

 

 チャイムの音が鳴った。

 その音に、既に夏凜待ちでソファでテレビを見ていた俺たちは目を合わせる。

 勧誘かもよという俺の視線と、夏凜ちゃんだよという赤い視線が絡み合う。

 

「……」

 

「私が」

 

 重い腰を持ち上げ玄関に向かう俺を追い越し、友奈が向かう。

 リビングから消える彼女の白い髪紐で纏められた赤いポニーテール(小)が消え数秒後……。

 

「へえ、ここが友奈の家ね。結構大きいわね」

 

「えへへ……夏凜ちゃん。実は少し違うんだ」

 

「違う? どういう……あれっ、亮之佑? なんで―――!?」

 

 やがて再び入ってきた友奈と、夏凜。

 お客様に対して寛容な俺は、指をこちらにむけてくる夏凜に微笑んだ。

 友奈がどういう説明でここに呼んだのかは聞きたいが、今は堪える。

 

 両手を広げ、首をやや曲げて、俺は不敵な笑みを浮かべて不遜なる客に歓迎の意を示す。

 

「――ようこそ夏凜、我が家に……。さっ、座って座って」

 

「えっ、ちょっと!」

 

 驚きの念を隠せない夏凜をリビングの椅子に座らせ、

 冷蔵庫にある材料を完全に使い切り、それなりに豪華になった昼飯を運び込む。

 あとで晩御飯用の食材を買わないとなと脳内スケジュールに書き込みつつ椅子に座る。

 

「さて夏凜ちゃん。まずはご飯を食べよう! 残しちゃだめだよ? いただきまーす!」

 

「いただきます」

 

「えっと……い、いただきます」

 

 友奈の会話と、その場のノリで夏凜の動揺を押し切る。

 夏凜からすれば、友奈の家だと思ったら俺の家で、昼飯を食べている状況だ。

 

「まぁ深く考えないで、うどんが伸びない内にお食べよ」

 

「皆で食べるとおいしいよ!」

 

「まったくしょうがないわね……、―――っ!!」

 

 うどんの麺を伸ばしてはいけない。

 これは香川に住まう人間に備えられたUDON因子による教えなのだろう。

 どんな人間もこの教えには逆らおうとしない。

 

 夏凜もまたU因子を持った一人だった。

 納得してないという不満を残した彼女ですら、目の前に置かれたうどんを食べ始める。

 

 それから夏凜は無言で酷く貪欲に飢えた顔をしてうどんを啜り始めた。

 彼女はなにやらコクコクと頷きながら、サラダやら何やらも食べ始める。

 俺の目に映る光景には、そんな彼女の持つ箸がぶれて見えた。

 

 本日のうどんは天ぷらうどんではあるが、冷蔵庫内にあった野菜をふんだんに使用してある。

 揚げたてのソレは薄めの衣で仕立て上げつつ、うどんのつゆが染み込むことで表面的な味ではなく、濃厚に最後まで味わうことができる。加えて薬味などを多々加えたスペシャルなうどんだ。

 もちろんそこには七味の赤い瓶もあるが誰も触らない。

 

 そんな訳で今日のうどんは、個人的にゲーム風で言うならば高級うどんレベルだろう。

 もしかしたら俺の勘違いということもあるが、無言で食らいつくようにうどんを啜る彼女達を見ればそうではないかもしれないと考える。

 

「……」

 

 ふとつゆを飲みながら、友奈と仲良くなったのはうどんが始まりだったのを思い出した。

 時が経つのは早いなとうどんに感謝しつつ、つゆで柔らかくなった衣の感触を口内で楽しむ。

 

「―――――ぁ」

 

 そんな中、小さな声が聞こえ目線のみを動かすと、空になったお椀を持った夏凜だった。

 気が付いたらどんぶりが空になっていた的な顔を浮かべる彼女に、

 

「おかわりあるけど、食うかい……?」

 

「……」

 

 と聞くと、頬を赤らめつつもコクリと頷いた。

 一度台所に寄り、サービスでピンクのかまぼこを添えて持っていく。

 リビングに戻ると、一息ついたのか2人で何やら話していた。

 

「ねっ、おいしいでしょ? 皆で食べるご飯って最高だよね!」

 

「――まあ、そうね。うん」

 

「私ね、夏凜ちゃんとも一緒にご飯を食べたかったんだ」

 

「なっ―――!?」

 

 笑顔の友奈に釣られるように、夏凜もやがてはにかむような笑みを浮かべる。

 デレたなと思いつつ足音を立てずゆっくりと近づき、そんな夏凜の前に2杯目を差し出す。

 

「ふっ、身体は正直だな……。サービスのかまぼこだ。ほら、お腹一杯食べるがよい。飢えた犬のようにな!」

 

「そんな食べ方してないからっ! ……でもありがと」

 

「亮ちゃん、私も!」

 

 うどんは世界を救うように、俺たちにも友情という架け橋を作ってくれるのだろう。

 そんな感じでやや騒がしく、それでいて和やかに食事は進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 それから十数分後、テーブルの上に残っているのは、氷が入っていたコップだけだった。

 夏凜も口はともかく、しっかりと食べてくれたので満足だろう。

 

「ごちそうさまでした……」

 

「うむ」

 

 食後のコーヒーを飲みつつ、夏凜が聞いてくる。

 なぜ唐突に呼びつけたのかと。そりゃあ当然疑問を抱くよねと思いつつカップを傾ける。

 

「……今日のコーヒーはまた格別なり」

 

「おい」

 

「落ち着けよ」

 

 黒い液体はドロリと舌の上を通りぬけ、僅かな酸味と仄かな苦味が俺の思考を活性化させる。

 相対する夏凜は、冷たいココアのカップを両手で持ちながら、こちらを見てくる。

 

「そうだね……、夏凜とも仲良くしたかったし、一緒にご飯を食べたかったんよ」

 

「なっ……それだけ!?」

 

「夏凜ちゃんがちゃんとご飯を食べていないんじゃないかって友奈が心配してさ……」

 

「私だってちゃんと自炊しているわよ……たまに」

 

「たまに~……?」

 

 頬を赤らめ、明後日の方向を向く夏凜に追い討ちのように小悪魔な笑顔を友奈は向ける。

 困ったような顔で眉をひそめる彼女にフォローする訳ではないが、苦笑と共に告げる。

 

「良かったら、また来てくれよ。友奈も喜ぶし、こちらはたまに食材が余ったりもするからさ。……どうかな?」

 

「――――そういうことなら、しょうがないわね」

 

「ありがとう、夏凜ちゃん!」

 

「って、なんで友奈がお礼を言うのよ。寧ろお礼なら私が……」

 

「ん……?」

 

「な、なんでもない!」

 

「……ところでさ、夏凜」

 

 ひと通りツンデレな彼女をからかった後。

 何か大赦から連絡や、バーテックスに関しての情報は来ていないかの探りを入れる。

 

「特にこれといってないわよ。強いて言うなら襲来の周期が更に遅れているといったくらいね」

 

「そっか……」

 

 夏凜のことは友奈に任せ、彼女達が話をするのを見ながらコーヒーを飲む。

 すっきりとした酸味は頭の回転を促してくれる。

 夏凜曰く、バーテックスの襲来は20日に1度らしいが、

 前回の襲撃から既に1月が経過しているが全く音沙汰が無いらしい。

 

「にぼっしー」

 

「何……って! あんたまで呼ぶんじゃないわよ」

 

「特別に俺を様付けで呼ぶ権利を与えよう」

 

「亮ちゃん様だ!」

 

「いや、いらないわよ。そういえば、友奈の家って本当はどこなの……?」

 

 『にぼっしー』とは先日、煮干しを部室で食べる夏凜に風が付けたあだ名だ。

 密かにそのネーミングを気に入ったのは内緒だ。

 その後も夏凜と友奈と他愛も無い世間話をしつつ、色も味も闇夜のトンネルのようなコーヒーを飲む。こうして休日を過ごしたのだった。

 

 

 

 +

 

 

 

 

 火曜日。

 その放課後、歌のテストを終え部室に帰ってきた樹を皆で労っていた。

 友奈の言っていた応援用紙に励まされて、勇気がでましたと樹は言った。

 

 そんな喜びの空気に包まれている中で、風が手を叩き注目を集めた。

 

「はいはーい、みんなちょっと聞いて」

 

 風の方に目を向けると、ゴホンと空咳をした後、

 

「実は大赦から連絡があってね。バーテックスが訪れる時期がもう少し先というのが分かったらしくてね、今のうちに休息を取ってもらって最善の状態を保ってもらうということで」

 

 ぺリドットを思わせる瞳をこちらに向けながら、もったいぶるように風は告げた。

 

 

「え〜、なんと! 少し早めに、勇者部の夏合宿をすることが決定しましたー!」

 

 

 




【リクエスト要素】
・疲れて寝てしまったかっきーを見てたまには自分がイタズラしようと可愛らしい悪戯をする友奈

活動報告にてリクエストを、感想もお待ちしております。


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