変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第三十四話 星が集いて、花が咲く」

 大赦から与えられたリゾート地での休みは、その後も特に何かあった訳ではなかった。

 夜会を終えた朝、俺が椅子で寝ていた事を東郷に不審がられた程度だ。

 実際リフレッシュをすることはできたので、俺としてはモチベーションも悪くは無かった。

 

 

 それから少し時間が経過した8月頃。

 不快な警報音――樹海化警報と共に、俺は樹海へと飛ばされた。

 しばらくここは一体どこかなと端末と睨めっこしていると、

 女性陣達は今回は近い所に居たらしく、わざわざ全員が迎えに来てくれた。

 

「なんであんただけちょっと遠くにいるのよ……?」

 

「文句は大赦に言ってくれ。本来なら友奈か東郷さんの付近にいる筈なんだからさ」

 

 樹海化した時、時が止まった時刻はなんと夜の9時だった。

 お風呂から上がり、寝る前の手品の練習をしていた身としては心臓が飛び出るほどに驚いた。

 当然、目の前で既に勇者服を着こんでいる女性陣もそうだろう。

 

 紳士としては就寝前の乙女達に一体ナニをしていたかを聞くのを躊躇ったが、

 勇者としては大切なことなので、反応から真偽を確かめつつ聞き取り調査をする。

 

「みんな、この時間何してたの?」

 

「アタシは樹を寝かせた後、部屋の掃除を」

 

「私は寝る準備を」

 

「友奈ちゃんと同じく」

 

 ……まあ、少し前に仲良く一つの部屋で寝た身としては面白みの無い回答だが、

 よくよく考えたら中学生ならこんなモノだろうと思いつつ夏凜に向き直る。

 

「それで、夏凜はもしかして睡眠中だったからそんなに不機嫌なの?」

 

「そ、そんな訳ないでしょ! 余裕で起きてたわよ!」

 

「……うん。そだねー」

 

 眠っていても、あんな警報音を耳元で流されるのは怒るよりも驚きの方が強いだろう。

 怒れる少女にはあまり深く突っ込まず、自身も変身し装束を纏う中、東郷が風に質問する。

 

「それで風先輩、今回襲撃が夜だったのは……?」

 

「……うん。大赦側は一応、その可能性も考えておくようにとは言っていたんだけどね。大赦側が持つ記録としてはバーテックスは大体昼から夕方にかけての襲撃が主だったから、今回もそうだろうなと思っていたんだけど……」

 

「これって夜襲になるのでは……?」

 

「まさか、そんな人間みたいな真似する訳ないでしょ。それに夜襲ならもっと遅くでしょうし。……ほーら、樹。いくら敵が攻めて来ないからってウトウトしないの」

 

「………ぅん」

 

 眠りかけな樹をあやす風という、どうにも緊迫感に欠ける戦場。

 ふと友奈の方を見ると涙目で欠伸をしているので、

 東郷にアイコンタクトを送り、眠気の覚めるような事をするように頼む。

 すると遊び心を忘れない芸人は神妙に頷きながらラッパを取り出したので、俺はそっと耳を塞いだ。

 

「――――」

 

 ラッパの音が耳越しですら響く中。

 次は缶コーヒーも用意しておこうと俺は決めたのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 しばらくして漸く全員がシャキッとし、横に並び立つ。

 この構図を少し気に入りながら、夏凜に話しかける。

 

「――――さて、夏凜」

 

「何?」

 

「この状況をどう見る……?」

 

 夏凜は流石に完成型を豪語するだけあり、遠くにいる敵を射抜くような目で見据える。

 そんな赤と白の装束を着込んだ彼女の隣に立ち、同じ景色と端末を交互に見る。

 端末に示されるのは、8体のバーテックス。

 

「総攻撃ね……最悪のパターンよ。やりがいあってサプリマシマシね。亮之佑もキメとく?」

 

「キメたいからちょうだい」

 

「お二人とも、その表現はちょっと……」

 

 樹に苦笑されつつ、夏凜から目覚めのサプリを貰い食べると身体が震えた。

 細胞という細胞が活性化するのを感じる……ような気がする。

 

 その後もしばらく、そのまま膠着状態が続いた。

 俺は念のために持ってきておいた双眼鏡を取り出し、壁ギリギリの位置にいる敵を覗く。

 

「いつも思うけど、よく持ってきてるわね。そういうの」

 

「備えあれば患いなし。俺の好きな言葉の一つさ」

 

 夏凜の言葉に言葉少なに敵を観察する。

 端末上ではジワジワと前進してはいるが、こちらまでは時間があるのでジックリと見る。

 すると端末のアプリの情報と目視の情報、諸々のデータから敵の細かな様相が分かった。

 

「あれだけデカいな……」

 

 

 獅子座【レオ・バーテックス】

 バーテックスの中でも後方に下がっているが、一番大きい巨体を誇る。

 色合いはオレンジと白を中心としており、四方に広がるタテガミを思わせる棘が特徴的だ。

 

 

 大きいソレに引き続き、残りの同じようなサイズのバーテックスも順次見ていく。

 

「うーむ」

 

 少しでも手がかりになるものがあればと思い、倍率を上げる。

 同時に僅かな頭痛と共に、見知らぬ記憶が情報を示す。

 

 

 水瓶座【アクエリアス・バーテックス】

 青と水色の外装という名前通りに感じる見た目と、風船の様に膨れ上がった4つの球体が大部分を占めている。

 

 天秤座【リブラ・バーテックス】

 黄色を基調とした、見た目は天秤という形をしている。胸部のような部分だけが唯一白色である。

 

 牡牛座【タウラス・バーテックス】

 白い外見に、コケの様なものが生えており、その名前に相応しい二本の角が生えている。

 少し視点を上に向けると、その巨体の上部分に妙なベルが付いている。

 

 牡羊座【アリエス・バーテックス】

 藤色の骨組みだけの様な胴体に、頭部に白い角の様な物が生えている姿だ。

 

 魚座【ピスケス・バーテックス】

 白色と天色がかった魚というよりは、イカやクラゲを思わせる姿だ。

 

 双子座【ジェミニ・バーテックス】

 倍率を上げてみたが、小さくてよく見えなかった。

 

 そして、もう一体。

 『???』と端末上で示されているソレは、一応双眼鏡で確認できた。

 おそらくアレが13体目なのだろう。

 

「――――――?」

 

 その体は、なんというかスライムの様な流動体であり、他の座と異なり不定形だ。

 突貫工事で作られたような、色も無く白一色。

 加えて壁から離れることなく、他の座とも距離が出来ている。

 

 おおよそ完成されたとは思えない姿は、目の様な部分を見開きこちらを見定めている。

 ふと双眼鏡越しで目が合った気がした。

 

 

 以上の手に入れた情報を勇者部に告げる。

 

 因みに壁付近から動かない敵に対してこちらが手を出せない理由は、

 夏凜曰く、神樹の加護の無い壁の外には出てはいけない教えがあるらしく、このまま彼方が動かない限り手は出せないというモノらしい。

 破った身としては、その教えも外のアレを見せないために大赦辺りが作ったんだろうなと今になって思うが、不用意なことは口にはできず、面倒事の種を作る気もないために口を噤む。

 

「―――っていう感じなんだけど」

 

「そうね、なら―――」

 

 すると個人的に参謀役な東郷の提案で、

 友奈、東郷、夏凜と、俺、風、樹の2チームでできる限りの殲滅をする事にした。

 端末の情報も照らし合わせ、まず友奈チームが端末上、敵の中で一番移動速度の速い牡羊座を叩き、

 風チームは俺が一番怪しいと睨んだ牡牛座の撃破を目指すことに決まった。

 

「じゃあ、その後は流れで……」

 

「最後、雑!!」

 

「まぁこれ以上は決めようがないわ。残りは順次対処していき、その場で判断よ」

 

 そんな風の言葉に、そう言えば作戦らしき物すら立てたのは今回が初めてだと気が付く。

 現場主義というのは間違ってなかったなと俺は苦笑し、夏凜はため息を吐いた。

 

 一応の作戦も決まり、敵が壁から離れ此方に近づく中で、

 風が切り替えるように大きな声を出し、皆の注目を一心に集める。

 

「皆。決戦だし、アレやっておきましょう」

 

「アレ……?」

 

 夏凜が疑問の声を上げる姿に少し前の自分を見た気がしたが、

 一度経験した身としては風が何をしたいのかが分かった。

 それは、夏凜以外なんだかんだ長い付き合いとなった彼女達も理解したようで。

 

「……………」

 

 無言で円陣を組む。

 そんな俺たちに、堪らない様子で夏凜はツッコむ。

 

「え、円陣? それいる?」

 

「決戦には気合が必要でしょ?」

 

「夏凜ちゃん」

 

「……ったく、しょうがないわね」

 

 友奈が呼びかけ、俺が無言で手招きすると、渋々と言った様子で夏凜も円陣に加わる。

 俺の隣に夏凜が加わり、ようやく円陣が完成したので、円の中で風が音頭を取る。

 

「アンタたち、勝ったら好きなもの奢ってあげるから絶対死ぬんじゃないわよ!」

 

「頑張って皆を、御国を護りましょう」

 

 そう口々に己の思いを女性陣は口にしていく。

 俺も何か口にすべきか考えたが特になく、風が締めに入る。

 

「よぉーし、勇者部! ファイトォーーー!!」

 

「「「「「オーーーーーッ!!!!」」」」」

 

 気合は十分。

 ここに総力戦が開始した。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 問題が起きたのは戦闘を開始して数分後だった。

 

 本来こちらの作戦として決めていた友奈チームによる牡羊座への強襲は、

 標的が突如前進を止め、進んだ道を戻るように後退を始めたことで早くも作戦に綻びが入った。

 

「こらっ、逃げんな―――!!」

 

「待って夏凜ちゃん!」

 

「逃げんじゃないって、言ってんのよ!」

 

「……罠だ、戻れ夏凜!」

 

 装束の姿で強化された勇者の足といえど、全力で後退する牡羊座との差はあっという間にでき、

 悔し紛れに夏凜が投げた二本の脇差はその頭部に衝突しダメージは与えど、

 牡羊座の迷いなく後退する逃げ足を止めるには至らなかった。

 

「―――!」

 

 それでもなお追撃しようとする夏凜の目に、牡牛座と合流する牡羊座の姿が映った。

 牡牛座が後退する牡羊座と交代するように前進しつつ、頭部の高い位置にあるベルを鳴らす。

 

 すると、あの樹海化警報を容易に上回る気持ちの悪い音が響き渡った。

 否、それを音と呼ぶことすら躊躇するような、頭に響くソレがベルから発せられた。

 

「あぐっ――――」

 

「うぎっ―――――――」

 

 咄嗟に耳を押さえることで対応するが、頭に直接響く不快な音に視界が歪む。

 先に倒すべき相手を間違えたかと今更になって歯噛みしつつ、

 一応警戒して偵察をしておいて良かったと、近くにいた樹に叫ぶ。

 

「―――――い、樹っ!!」

 

「はいっ!! こんな……、こんな音なんてーーーーーーっ!!」

 

 叫びは聞こえたかは不明だが、樹は俺が口を動かすのを見て予め決めていた行動を取る。

 彼女が何と叫んでいたかはあまり聞き取れなかったが。

 

 しかし、歌手を目指す者としては拘りがあるのだろう。

 不快指数が上昇する身としては、あれを音と呼びたくはないのには同意だ。

 そんな夢を追う乙女の腕輪の花部分から、叫びと共に緑のワイヤーが射出される。

 

 そのワイヤーは中空で謎の軌道を描き、牡牛座の頂上に位置するベルを雁字搦めに束縛する。

 拘束により、体を叩く大怪音が止まった。

 その瞬間、俺は耳から両手を離し、軽機関銃を呼び出す。

 

「よし、ここだ―――――風!!」

 

「分かった!」

 

 肩に響く僅かな振動に頼もしさを感じつつ、ベルの破壊に専心を向ける。

 同時に風に己の意思を籠めて名前を叫ぶ。

 

 聡明な彼女は、すぐさま意味を理解して地を蹴り、

 

「まずは、――――――お前らだぁぁぁぁっ!!」

 

 彼女の大剣が更に巨大化し、一撃で天秤座と水瓶座を切り裂いた。

 それと合わせるように、

 

「ヒャッハァァァァッ―――――――!!」

 

 口径7.62mmから発せられる殺意の嵐をただ一点のみにぶつける。

 破壊をするために作られた銃弾の雨は、数秒でワイヤーごとベルの破壊に成功した。

 この破壊力に少しトリガーハッピーになりかけな自分がいることには無視する。

 

 ひとまず3体同時に攻撃を与えることに成功したので、風と目を合わせる。

 

「ナイス」

 

「そっちもね………皆! まずはこの3体をまとめてやるわよ!」

 

「待って! 様子がおかしい」

 

「ヒャっ……、何だと……?」

 

 夏凜に止められ、少し落ち着き、今部位破壊を達成した3体を見る。

 

 ダメージを与えた天秤座、水瓶座、牡牛座が、

 先ほどから後方で様子を窺うだけだった獅子座と、先に後退していた牡羊座の下へと引き返していった。

 その様子を見て、「後退……?」と風が呟く。

 

「…………?」

 

 このまま撤退してくれたらと思ったが、そんな事は一切期待できなかった。

 さらに、それまで壁際にいたはずの白い物体が半分に割れたかと思うと、中空に浮かぶ5体に合流した。

 やがて、

 

「合体、しちゃった……?」

 

 そう呟いたのは誰か。

 起きた事象を説明すると、獅子座が太陽を思わせる球体へと変形し、5体全てを呑み込んだと思ったら、歪な形をした一つのモノとなっていた。

 己の目から伝えられた事をまとめると、なるほど確かに合体と呼べるだろう。

 

 しかし、ところどころに元の星座となっている黄色や青、緑の部分が浮き出ており、法則性も感じられないソレには、男のロマン的にも余りカッコいいものだとは正直思えなかった。

 

 牡羊座、牡牛座、獅子座、天秤座、水瓶座、そして謎の物体。

 合計6体が混ざりこんだ融合体は、大きさも先ほどの5倍はあるだろうか。

 

「で、でもこれで6体まとめて倒せるよ!」

 

「友奈の言うとおり! まとめて封印開始よ」

 

「確かにそうだな……」

 

 大きさによる威圧感に圧倒されそうになり萎縮しかける気持ちを、

 友奈のポジティブな発言と、それに同調する風の発言に立ち直る。

 如何に大きかろうが、ソレだけだ。

 

「――――! 来るぞ!」

 

 そう思っていたのは、その巨体から無数の火の玉が飛んでくるまでだった。

 燃え盛る紅の炎は、稲妻の如き速度で各勇者に迫る。

 

 ソレはもちろん、俺にも例外なく迫り来る。

 業炎の玉に対して、俺は全力で空を翔るように足を駆使して地面を走り抜けるが、

 追尾するソレは速度を上げ着実にこちらに迫る。

 他の勇者部の面々が気になるが、それどころではなかった。

 

「――――――、ぐぅあぁあっ!!」

 

 盾など持っていない為、咄嗟に軽機関銃を代わりとし、後ろに出来るだけ飛ぶ程度しか出来なかった。バリアが張られているにも関わらず、それを貫かんとする業炎に視界が赤く染まる。

 

 衝撃は遅れて来た。

 

「―――――」

 

 赤く染まる世界で、まず耳がやられた。

 直撃する中、己が何かを叫んでいると解ったのは、飛びかける意識と炎の中で口を動かしているという客観的な思考が残っていたからに他ならない。

 

「――――ぁ、ぅ」

 

 心臓の音が煩い。身体が痺れたのか、何も感じない。

 心臓の音しか聞こえない。

 思った以上に火炎の威力が強力なのか、吹き飛ばされ回転する視界の中で。

 

 バリアに守られてなお、その威力に抵抗できず転がる肢体と、

 焼け焦げていく色とりどりの樹海の根を、かろうじて己の目が見届けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫黒の空が目の前に広がっている。

 

「ふ…………い……」

 

 少しの間、気を失っていたらしい。

 自分のモノとは思えない程しゃがれた咽喉。

 僅かではあるがバリアを貫通したと思われるのは、昏いコートが己を護る代償に所々衣服がこげた独特の臭いがするからだ。

 

 多少なりともバリアを破った攻撃に畏怖を覚え、

 同時に己を護ってくれた装束に感謝する。

 

 芋虫の様に這う手足にそもそも四肢が残っていることに驚き、

 衝撃が残り震える身体で戦況を見るべく、融合体の方に顔を向ける。

 

「――――――ぁ」

 

 融合体は、全身至る所から火炎玉を吐き出し、絶え間なく何かを燃やしていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 目に付くソレが煩わしいとでも言いたげに、本来なら神樹を狙うはずの融合体は率先して樹海を攻撃して回っていた。

 

 倒れた虫ケラをわざわざ警戒しているのか、神樹を直接攻撃するために移動せず、

 懇切丁寧に、舐めるように紅炎が根を灰にし、枯らしていく。

 時折倒れている勇者に追い討ちを忘れず、誰かが動くたびに火炎玉を撃ち込む。

 その後、ゆっくりと植物に溢れる世界を、覚束ない悪意に満ちた炎が広がり始めた。

 

 あの融合体は、根を燃やし枯らす行為だけに集中している。

 

「……?」

 

 その様子を赤黒い視界の中で見ながら。

 少しずつ軋む身体を動かしながら。

 なぜ? と思考していた。

 

 確かに樹海化するにあたって、神樹は世界のリソースを樹海の根に変換する。

 それは敵の攻撃に対して混乱を防ぎ、勇者がスムーズに戦えるようにするためだ。

 

 敵の狙いは神樹だ。わざわざそこら辺の根ではなく、神樹本体を倒せば済むと言うのに。

 なぜこんな合理性に欠ける行動をして――――、

 

「―――――ま、さか」

 

 先に倒す相手を勇者の方に切り替えたとか。

 もしくは、街の住民の方を優先的に攻撃する方針にしたとか。

 己の頭に最悪な予想が浮かぶ。

 

 だとしたら不味い。

 今もなお燃やされているあの根は人であり、社会を作る何らかの基盤だ。

 周りを見渡すとそこら中が灰色へと変わり、紅色の炎に植物が次々と蹂躙されていく。

 

「……」

 

 一体どれだけの被害が出るのか。

 それには目を向けない。目を向けては戦えなくなる。だから考えない。

 

 自分たちには自分たちの役目がある。

 すなわち、敵の撃破。

 

 しかし問題がある。

 再び火力が足りない。

 軽機関銃を超える、強大な火力が要る場面に直面してしまった。

 

「ふ……う……」

 

 そんな中、赤黒い視界で立ち上がる風の姿が目に入る。

 その姿に融合体は再び火炎玉を当てるかと思ったが、巨大な水の塊を風に当てた。

 

「―――!? ――――!!」

 

 人間は水の中では生きられない。

 赤黒い視界の中、浮き上がる水塊の中で必死に大剣を振るう風を、

 嘲笑うかのように追撃をせず、融合体は彼女が溺死するまでを見守る。

 

 気がつくと俺は左肩の刻印に右手で触れていた。

 目を向けると、己の刻印はいつの間にかゲージが溜まりきっていた。

 

「―――――」

 

 刻印を右手で握り締めると、この状況がいつかの時と似ている事に気がついた。

 黄金の稲穂を思わせる金髪。

 その身体を護る紫の装飾。

 最後に笑った姿が、赤黒い視界の中で浮かび上がる。

 

 

= = = = =

 

 

「かっきーが、大好きなんだよ~」

 

 

= = = = =

 

 

 あの背中を覚えている。

 

 日々を生きる中で、いつも俺は思っていた。

 俺は、あの背中に追いつけているのだろうかと。

 

「――――っ」

 

 園子。

 俺はお前に。

 あの背中に笑われないように、ひたすら追いかけてきた。

 

 奥歯を噛み締め、震える右手で刻印を握り締める。

 左肩で今か今かとクロユリの花は僅かに小さく、黒い色彩を放つ。

 

 満開システム。

 夏凜が言うには、経験値を溜めゲージが最大になることで使うことが出来る勇者の切り札。

 だが、ソレを“俺が”使った場合、どうなるかは分からない。

 

 ――――関係ない

 

 初代は言った。

 このシステムにも何かの悪意に従い、細工をされていた場合は目も当てられないと。

 ただでさえ使える兵装すら使えなくなったら、肉壁以下になる。

 

 ――――関係ない

 

「そうだ、関係ない。後悔はしないって決めたんだ……」

 

 何よりも切り札があるにも関わらず、もしも目の前で死にかけの風を諦める気なら、

 ソレはもう今の“加賀亮之佑”ではないのだから。二度と奇術師を語ることは出来ないだろう。

 

 それで覚悟が出来た。

 

 死にゆくという暗い覚悟ではない。

 逃げるという後ろ向きな覚悟ではない。

 目の前の敵を、加賀亮之佑の敵を、“何を賭しても”叩き潰すという覚悟だ。

 

 ふと、初めての戦闘を思い出す。

 白い星が降る世界で、身体に奔る痛みに震える己を不敵な笑顔という仮面で隠し、

 星屑を相手に己の両手に全ての想いを託し、ただひたすらに少女の姿を想ったあの瞬間を。

 

「―――――」

 

 今回もやることは大して変わらない。

 紅と金のラインが薄っすらと光を放つ昏いコート。

 その左肩。

 俺を、いや俺が『加賀』であることを示す、昏い花の刻印に右手で触れる。

 

「―――――復讐か」

 

 黒百合の花言葉は不吉な言葉も多いが、俺はあまり嫌いではなかった。

 あとはソレを告げるだけだと、なんとなく分かった。

 

「満開」

 

 望むものは勝利だ。

 敗北はあり得ない。

 

 己の身体を包むように、暗紫色の花が咲き誇り――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特に何も起きなかった。

 

 

 


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