変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第四十二話 真実へと至る道」

 加賀亮之佑が音信不通になった。

 その話を聞いて、友奈含めた勇者部は部活動を中止し、加賀家へと向かった。

 最近はぼんやりすることの多かった少年だが、しきりに「大丈夫」であると連呼していた。

 

 亮之佑の両親が亡くなったらしい。

 風が大赦から連絡を貰ったのと、東郷がインターネットでその情報を見つけたのは同時だった。

 なんともフォローのしにくい状況であったが、当の本人は平然としていた。

 

 だがソレは最初の数日だけで、最近は屋上からぼんやりと下を見るのが多くなった少年の姿に、

 友奈は不安を感じて一緒にいたのだが、3日前から風邪ということで部活には来ず、

 ついには1日前から連絡が取れなくなった。

 

 

---

 

 

 

 友奈が見上げる加賀家の家はいつもと変わりなくそこにあった。

 門扉に入り、それなりの装飾が施された玄関扉の前で家を見上げるのは、

 友奈、東郷、樹、風、夏凜といった、現在いない一人を除いた勇者部メンバーである。

 

「それで、どうする訳?」

 

「うーーん…………」

 

 やがて夏凜の疑問に、風は顔をしかめて腕組みをする。

 問題は相当デリケートだ。何せ亮之佑の両親が一気に亡くなったのだ。

 下手な慰めは逆効果でしかない。

 

 少年がどれほど傷ついたのかは、自分たちでは分かってやることはできない。

 気安く「分かる」と言ってはいけないのは、かつて両親を亡くした風だからこそ深く理解していた。

 

 時間の経過でどうにかなるのかもしれないが、

 少年の所属する部活の部長として、

 一人の友人として、今頃苦しんでいる仲間を見過ごせる訳がなかった。

 

「流石に夏凜の時と違って、亮之佑が家に入れてくれるかどうか……」

 

「亮くんって結構頑固な所がありますからね」

 

 風の呟きに反応するように車椅子に乗った東郷が答える。

 心配だからと依頼もそこそこに、こうして全員で亮之佑の家に来たのだが。

 先ほどから風がチャイムを鳴らしているが、応答の気配がない。

 

「参ったわね……。しょうがないから一旦帰りますか……」

 

「あの、風先輩」

 

「ん? どうしたの友奈? ……ってそれは―――!?」

 

 友奈がおずおずと出した白い手に載っていたのは、鈍い色をした加賀家の合鍵であった。

 もう2年も前になったのかと感慨深く、自らの掌に載るキーホルダーの付いたソレを風に見せる。

 

「えっと、鍵を亮ちゃんから預かっていて……」

 

「なんてこと……!! ここが二人の愛の巣だったなんて……」

 

「ち、違いますよぉ!」

 

 慌てて否定するが、風にからかわれると自然と顔に熱を感じた。

 その様子が風には珍しく感じられ、ついついからかってしまい、ソレは東郷に止められるまで続いた。

 

 「気がつくと後輩に抜かれていた……」と呟く風を尻目に、頬を赤らめた友奈は鍵を鍵穴に差し込む。

 もう何度も繰り返された動作に無駄はなく、鍵は容易に役割を果たし扉の開錠をする。

 いつも通りに開いたことを確認して頷き、友奈は部員たちの顔を見渡す。

 

「一応これで中には入れますけれども……いきなり大勢で押し掛けられるのは、亮ちゃんあんまり好きじゃないっぽいんですよね」

 

 実際に彼自身がそう言った訳ではない。

 勇者部の部員で休日に遊んだりする際に、たまにではあるが風の家や東郷の家が使用できない時、

 それなりに広い友奈のお向かいの家、つまり亮之佑の家に集うこともある。

 しかしそれらは、キチンと事前に連絡を入れた場合だ。

 

 なおかつ今回は事情が事情な為に、どうしても慎重にいかねばならない。

 友奈の申し出に神妙な顔をした風が頷き返す。

 

「確かに、全員で押し掛けるのも問題よね……。それじゃあ友奈、鍵開けたのはアンタだし、アイツも鍵を預けた本人なら問題ないでしょ。アタシらは一度ここで待っているから、確認を取る意味でもよろしくできる……?」

 

「よろしくされました。結城友奈、行って参ります!」

 

 なんとなく友奈が敬礼すると、敬礼を返す東郷が真剣な顔で、

 「友奈ちゃん、敬礼の角度はね……」と言い出したので、慌てて玄関へと転がり込み閉めなおす。

 

「ただいまー。亮ちゃーん、いるー?」

 

 ここの家主は友奈が家に来る時、「お邪魔します」ではなく「ただいま」の方が嬉しそうな顔をするため、友奈が入る時はこう言っているが、返事は聞こえない。

 

 玄関には彼の物……というか彼しかいないが、靴が置いてある。

 それを確認しながら、なんとなく居留守のような気がするので靴を脱ぐ。

 

 家主にしては珍しく廊下の隅に埃があるのを廊下を歩きながら感じつつ、

 リビングに入ると、思わず驚愕した。

 

「何、これ……」

 

 部屋は荒らされていた。

 泥棒かと思ったが窓はキッチリ閉められている。鍵も掛かっている。

 ひっくり返ったテーブルや椅子。まき散らされた本、割れた花瓶や皿。

 この家で見たことのない光景に、友奈はただただ唖然とした。

 

「―――――ぁ」

 

 誰がやったかなど、流石に友奈も分かっていた。

 全然「大丈夫」では無かったのだと友奈は理解した。

 もっと傍に居ればよかったのだと。

 もっとその言葉が本当かどうか、考えるべきであったと今更ながら後悔した。

 

「―――――」

 

 亮之佑の心を思うと自然と涙が溢れそうになったが、

 惨状たる光景から目を逸らし、後悔する頭を振る。

 今自分に出来ることは何かを考え、二階に通じる階段から上を見上げる。

 

「―――――」

 

 階段を一歩一歩確かめるように上がる。

 足を乗せると僅かに軋みをあげる中、手すりを掴み呼びかける。

 

「亮ちゃん……」

 

 やがて少年のいるであろう彼の部屋に着く。

 扉の前で立ち止まる。

 

 彼に対して、自分は何の言葉も持ち合わせてはいない。

 自分は亮之佑の様に両親を失った訳ではない。

 それでも、いつも通りにあろうとして、心が疲れた彼の傍にいたいと思った。

 たとえソレが自己満足でしかなかったとしても、仲間として、親友として、そして――――。

 

「亮ちゃん、開けるね……」

 

 そっとドアのノブを回し、開ける。

 最初に感じたのは、開いた窓から吹き込んだ風が自らの首を滑ったことであった。

 リビングと同様に随分と荒れた彼の自室。

 長い時間を共に過ごしたからこそ、綺麗好きな彼がこんなことをするなんて思えなかった。

 

 信じられなかった。

 大好きな彼がこうなっていたことに、実際に行くまで気が付けなかった己の無能さに対して、

 友奈は悔しさと悲しさと、何かの感情を奥歯で噛み締める。

 

 結論から言うと、部屋には誰もいなかった。

 代わりに机には紙切れが一枚置かれていた。

 近くに転がるペンで書いたのだろう赤い文字で一言、こう書かれていた。

 

「旅に出ます。お構いなく……」

 

 グシャグシャの紙切れの内容を読み上げると、

 開いた窓から、カーテンと自らの髪をなでる一陣の風が吹いた。

 

 

 

---

 

 

 

 亮之佑が失踪して、およそ二週間が経過した。

 あれから友奈は紙切れを勇者部の皆に見せて亮之佑の捜索をしたが、彼は一向に見つからなかった。

 東郷曰く、彼は現在端末を所持していないため、普段と異なり見つけられないらしい。

 

「大丈夫、友奈ちゃん……?」

 

「えっ? ――――大丈夫だよ東郷さん。亮ちゃんならその内帰ってくるよ……」

 

 心配そうな顔をする東郷に、あまり顔色の良くない友奈は慌てて笑顔を作る。

 亮之佑の残していった端末をなんとなく手の中で弄る。

 携帯とにらめっこしていた風も、やがてため息をついて部活メンバーを見上げた。

 

「大赦の方でも現在捜索中らしいって」

 

「私の方でも似た感じよ」

 

 風に同意する夏凜も携帯を自身の制服のポケットへと放り込む。

 奇術師である亮之佑は、勇者部の人間では姿すら見つけることができなかった。

 全くの目撃情報がないという。

 

「まるで雲みたいね、あいつって……」

 

 夏凜が呟き、煮干しの袋を開けた。

 いるのが分かっているのに、決して掴むことができない。

 心に染み渡る味わいを舌で感じながら、そんな思いと共に煮干しを噛み砕いた。

 

 

 

---

 

 

 

 加えて現在勇者部では一つの問題も抱えていた。

 それは亮之佑が失踪してから数日後のこと。風が勇者部の全員を呼びつけた。

 

「バーテックスには生き残りがいて、戦いは延長に突入した。まとめるとそういうこと」

 

 腕組みをした眼帯少女である風が椅子に座る面々を見回す。

 戦いは終わっていなかったらしい。

 部室の机の上に置かれたケースには6つの端末が収められていた。

 

「ホント、いつもいきなりでごめん」

 

「……先輩もさっき知ったことじゃないですか。仕方ないですよ」

 

「ま、そいつを倒せば済む話でしょ。今更生き残りの一体や二体どんとこいよ」

 

 謝罪する風に、フォローを入れる東郷や涼しい顔で煮干しを食べる夏凜。

 樹も同意するようにコクコクと頷き、喋れない代わりとして用意したスケッチブックに、

 『勇者部五箇条なせば大抵なんとかなる!! 』と書き込み見せた。

 

 そんなやりとりがあったが、敵の生き残りはなかなか来なかった。

 同時に友奈たちは部活の合間に亮之佑の行方も追っていたが、行方は掴めなかった。

 戻ってきた端末には、新たな精霊が追加されていた。夏凜を除いて。

 

 そしてそのまま夏休みが終わり、二学期が始まって数日後、バーテックスが攻めてきた。

 

 

 

---

 

 

 

 もはや恒例となった円陣と風の音頭の後、

 延長戦を終わらせるべく勇者たちは樹海化した世界で敵と対峙していた。

 端末によると、双子座【ジェミニ・バーテックス】と表記されている。

 

 これは表記のミスかと風は思った。

 だが、端末の表記は正しかったらしい。

 罪人のように両腕に枷をされた外見は、3メートルほどの外見も合わせて人のようである。

 

 ただ以前と異なっているのが体色で、以前の個体は白と灰色がほとんどであったが、

 今回のは見た目は瓜二つなものの、黒色と赤色という色合いであることが明確な違いだ。

 それが一目散に神樹様へと、時速250kmの速さを両足が作り出して向かっていた。

 その姿に見覚えのある風が隣にいた東郷に尋ねる。

 

「あの変質者ってさ、樹が倒さなかったっけ?」

 

「元々二体いるのが特徴のバーテックスかもしれません」

 

「二体でワンセット……双子ってこと?」

 

「いずれにせよやることは同じ! ―――――止めるわよ!」

 

「――――」

 

「――――」

 

 威勢よく夏凜が叫ぶが、その声に応える者はいなかった。

 疑問に思う夏凜であったが、この状況には見覚えがあることを思い出した。

 

 前回の戦い、蛇遣座【オフューカス・バーテックス】との戦いにあたって、

 勇者のジャンプ力でも届かない上空に留まる敵に対して、

 満開をしなくてはならない状況であると少女たちが悟った時の状況と似ていた。

 

 前回はその動揺が隙となり、勇者の大部分があの流星群のような攻撃で意識を持っていかれた。

 その結果、亮之佑が一人満開をしなくてはならないという状況に追い込まれ、

 結果、彼が無茶をすることになってしまった。

 

 無言になりテンションが下がっている少女たちを夏凜が見回す。

 なんとなくだが、何に対して戦乙女たちが不安に思っているのかを理解した。

 

(皆……いざとなったら怖くなったんだ)

 

 風は左目を損失した。樹は声を失い生活にも影響が出ている。

 友奈は味覚を失くし、東郷は左耳の聴覚を失くした。

 そして、この場にいない亮之佑は目の色覚を失った。

 

 当然疑問に思うだろう。それらは全て満開の後に後遺症となって現れている。

 もしかしたら満開使用後に、また体のどこかにダメージが来るのではないかと。

 それに対して確証はない。

 

 亮之佑の端末は大赦から返却されたが、満開をした少女と違い精霊の数が変わっていなかった。

 唯一2回目の満開をした亮之佑が消えるまでの数日間、彼に何らかのダメージがあった様子は見られなかった。

 

「それでも、私は大赦の勇者だ……これ以上の被害を出す訳にはいかない……!」

 

 一人小さな声で夏凜は呟く。僅かに不安に思う己の心に火を点す。

 “勇者であること”

 ソレだけが、三好夏凜にとってはそれこそが世界の全てであった。

 ここで鍛錬を積んでいるかどうかの違いが、夏凜と他の勇者の精神的な差を生じさせた。

 

(身体は動く)

 

 四国を襲った大震災は『8.13四国大震災』として、神世紀の中でも一位、二位の死者が出たらしい。

 ここ最近のニュースはソレばかりで、キャスターが無機質に新たな死亡者を読み上げている。

 

 亮之佑だけでなく、学校で身内を亡くした人は大勢いた。

 およそ1週間で100人以上が交通事故、地盤沈下など様々な事故で亡くなった。

 その内の2人が亮之佑の親であったのだ。

 大赦はこの件に関して何も言わなかったが、夏凜はソレが自分たちの失態のせいだと思っていた。

 

「―――――っ」

 

 目蓋を閉じ覚悟を決める。

 自分は何の傷も負っていない。仮に満開することになっても一回ならまだ大丈夫だ。

 そう夏凜は思う。何よりもあの程度の敵ならば満開せずとも対処できる自信があった。

 

「問題ない! それなら私が……」

 

「よぉーーーーーーし!!!」

 

 夏凜の決意は、友奈の突然の叫びによって霧散した。

 驚きを持って勇者たちが全員友奈の方を見ると、視線を向けられた友奈は、

 

「先輩! あの走っているのを封印すれば、それで生き残りも片付くんですよね?」

 

「う、うん」

 

「だったら、とっとと終わらせて亮ちゃんと文化祭の劇の話をしましょう!」

 

「あっ!」

 

「私も!」

 

「夏凜! 友奈!」

 

 そう言って友奈は飛び出す。

 先行する友奈を夏凜が慌てて追いかける後ろ姿に、風が二人の名前を叫んだ。

 

 

 

---

 

 

 

 しばらく追跡を続け、友奈たちは双子座に接近したが、

 ふと自分たちと同じように、双子座へと急接近する存在を確認した。

 ソレはエンジンの唸り声を上げ、さらに加速した。

 

「友奈、あれ……」

 

「えっ、なんでここで車が走ってるの……?」

 

 先行する二人が疑問に思うのも無理はない。

 樹海において、あらゆる生命、機械、文明は全て根へと再変換される。

 それ故に、少女たちは日常を彩る一つであるソレに目を奪われるが、

 

「なんか普段見るやつよりも、ゴツくない……!?」

 

「―――そうね」

 

「っていうか、もしかしてあれって……」

 

「多分、亮之佑……?」

 

 そうして友奈と夏凜がジャンプして近づくよりも早く、

 迷彩色でコーティングされた車が125kmで接近すると同時に、

 車体から発射された紅や金の弾丸が嵐を巻き起こし、双子座の逃げ道を物理的に遮断する。

 

 横殴りの銃嵐が巻き起こる中、一箇所だけ弾幕の少ない部分を双子座は走るが、

 挑むように向かい合うようにして正面からその車が迫り―――、

 

「「轢いたーーー!!」」

 

 思わず友奈も夏凜も、たった今生まれた残酷な光景に叫んだ。

 接触は一瞬。押し負けたのは双子座の方だった。

 装甲の先端が赤金の鋭い火花が放つが、5mほどそのへし折れた体躯を塵屑の如く転がした。

 

 数秒ほど動けない双子座であったが、立ち上がろうとした矢先、

 停止した車体から放たれた複数の弾丸によってその体の周囲を囲まれ、封印の儀が始まった。

 金と銀のベールが舞い散る中、無数の御霊が大量に溢れ出す。

 

「よし、とどめは私が!」

 

「止めなさい夏凜! 部長命令よ!」

 

「私は助っ人で来ているのよ。好きにさせて―――」

 

 その頃になると、風も樹も先行した組に追いつき始めた。

 風はなんとなく状況を察し、夏凜がとどめを刺そうとしていることに気がつく。

 同時に夏凜は先ほどの車が、御霊の発生地点に向かって再度走り出したことに気づいた。

 

 高機動多用途装輪車両。

 全長4.84m、全幅2.16m、全高1.87m、重量2.34t、速度125km/h。

 かつての軍用の汎用輸送車両がベースに改造が施されたソレは、

 確実に敵を排除することを想定し、追加装備に装甲板、重機関銃などが搭載されている。

 

 友奈たちが知らないゴツゴツした車はエンジンを唸らせ速度を上げる。

 まっすぐに双子座へと向かうソレから転げ落ちるように黒い人影が見えたが、

 次の瞬間、車を中心として大爆発が起きた。

 

 重々しい響きと共に、天に向かって猛々しく紅の爆炎と、

 黒煙の柱が立ち昇り、御霊を一つ残らず消し飛ばす。

 

「―――たまや~」

 

 爆風に目を細めて御霊が撃破されたことを確かめた少女たちの耳に、その声が響いた。

 汚い花火を巻き起こす現場にそう言い放った後、颯爽と背を向けて歩き去る少年がいた。

 だが、そんな少年を逃がさないとばかりに少女たちが集う。

 

「亮之佑!」

 

「一度やってみたかったんだ、アレ。車は色々と便利だね」

 

「あんた、一体どこに……いやそうじゃなくて、えっと……」

 

「亮ちゃん!」

 

「やあ友奈、久しぶり」

 

 少女たちの戸惑いの目はやがて少年の肩に集まる。

 昏いコートを彩る黒紫の花のゲージが3枚溜まっていた。

 彼女たちの視線がどこに向かっているのかを察した少年は苦笑しつつ、

 そっとゲージを隠すようにして立ち位置を変える。

 

「亮之佑、今までアンタどこに行って……」

 

「まあ、色々と旅に出てました」

 

 にこやかに、いつも通り不敵な笑みを浮かべて亮之佑は告げる。

 それ以上は語る気がなく、少年は周囲の追及の目を躱す。

 

「お騒がせしてすみませんでした」

 

「亮くん、その……大丈夫?」

 

「大丈夫だよ東郷さんや。俺は大丈夫だから」

 

「―――――」

 

 不安そうな、泣きそうな顔をして心配する東郷にも安心させるように一瞬だけ手を繋ぎ、離す。

 ついでにちょうど良い位置にあった樹の頭もそっと撫でて微笑み、紳士の対応をする。

 

 樹海が崩壊し世界が白く染まる中、亮之佑は普段通りに振舞っていたが、

 その様子を友奈は無言で見つめていた。

 

 

 

---

 

 

 

 そして。

 

「待ってたよ~。わっしー」

 

 崩れた大橋。『神樹』と書かれた社。

 それがよく見える場所の祠の近くに配置されたベッド。

 

「あの、私たちのこと知って……?」

 

「うん。かっきーから聞いたよ~」

 

「かっきー…………柿?」

 

「さっきまで一緒にいたんだ~」

 

 そこに横たわる身体中に包帯を巻いた細い身体の少女。

 その静かな琥珀色の瞳は、異質な存在に不安を感じて手を繋ぐ彼女たちを映し出す。

 穏やかな物腰であるが、東郷は何かを不安に感じたのか、黒髪をまとめる蒼いリボンに手を伸ばす。

 

「えっと、東郷さんの知り合い……?」

 

「…………いいえ、知らないわ」

 

「――――――――。―――――あはは、そうだよね、うん」

 

 知らないという東郷の返答に対して、その少女は沈黙した。

 目蓋を閉じ、しばらくしてからようやく寝台に横たわる少女は乾いた笑みを浮かべる。

 そして東郷から目を離し、次に友奈を見つめた。

 薄紅色の瞳と、琥珀色の瞳が交錯した。

 

「初めまして。一応あなたの先輩になるかな。私、乃木園子って言うんだよ」

 

「さ、讃州中学、結城友奈と言います」

 

「東郷美森です」

 

「友奈ちゃんに、美森ちゃんか……そっか」

 

 それから再び、しばしの沈黙が空間を襲う。

 喋ることを整理していたのか、やがて園子は口を開き目の前の2人の少女に問いかけた。

 

「――――咲き誇った花は、その後どうなると思う?」

 

 

 


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