変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第四十四話 二度となにも失くさぬように」

 9月になった。

 夏もそろそろ終わりを告げ、時々肌寒い日用の服を買い揃えなくてはと考える時期だ。

 

 俺は結城家の向かいの方の家、加賀家へと戻った。

 一軒家としてはそこら辺の家よりやや大きめの家は、一人で住むには大きく、

 

「あぁ……」

 

 双子座との戦闘後、帰宅し疲れた俺を待ち構えていたのは、家の荒らされた内装であった。

 なんじゃこれはと思ったが、同時に僅かにではあるが荒れていた時の記憶が戻る。

 

「流石は俺だな、破壊の仕方を考えている」

 

 もはや諦観の念を持って自身を褒め称えるしかなかった。

 幸い主夫として破壊衝動を抑えていたのか、レンジや冷蔵庫などには手を出していなかった。

 代わりに自分の物なら良いと思ったのか、本や皿、マグカップなどの生活用品が粉々だった。

 

「あーあ。酒……お薬のストックないじゃん。チビチビと飲んで楽しんでいたのに……」

 

 台所に(主に友奈辺りから)隠しておいた秘蔵のお酒は中身が無くなっていた。

 ため息を吐きながら空の瓶を拾い上げる。

 そんな風に愚痴りながら一人掃除をしていたが、ついに体力の限界が来たらしい。

 

 睡魔と戦いながらそれなりに掃除を終えた主夫は、やがて居間のソファに転がる。

 二階の自室はまだ荒れているため、眠れる環境ですらなかった。

 

「……まあ御神体とコレクションは無事で良かった」

 

 ソファから見上げると神棚が己の視界に映り込む。

 それだけはどんな状態であっても手を出さなかった事だけが救いだった。

 どんなに怒り狂っても、大切な物にだけは手を出さなかった事は及第点である。

 

「ふぁあ……」

 

 欠伸と共に襲いかかる睡魔に次は抗わず、俺は毛布に包まりソファの上で目を閉じる。

 幸い明日は休みだ。必要な家財道具などはすぐに揃うだろう。

 

「……」

 

 何かを忘れているような気がしたが、明日の自分に任せよう。

 直後、俺はゆっくりと黒く渦巻く何かへと意識を手放したのだった。

 

 

 

---

 

 

 

「そう言えば、久し振りに外に出る気がする」

 

 思えばこの一週間は病院で暮らしていた。

 食って、寝て、園子や大赦の職員に手品や宴会芸を披露して。

 最初は園子以外とは険悪なムードではあったが、時間と自らのスキル等によって俺は順調に居場所を構築した。

 

 正直言って、あの自堕落な生活を味わうと、中々主夫をやっていた時代に戻れない。

 お金持ちの貴族が突然平民並みの生活を送らなければならなくなり、

 さりとて元の贅沢な生活が忘れられず、お金を浪費しかねないような、危険な状態かもしれない。

 

 玄関で靴紐を結び外に出ると、曇りのち晴れというキャスターの言葉通りの空模様であった。

 なんとなく一人暮らし特有の独り言を呟くと、門扉の方で反応する声が聞こえた。

 

「いかんな……」

 

「なにが……?」

 

「――――質素な生活っていうのは、やっぱり大事だなって」

 

 俺の思考に割り込む声に目を向けると、

 明るく元気そうなイメージの、後頭部をショートポニーテールにした可憐な少女がいた。

 青いホットパンツにハイニーソ、ピンクのカーディガンという良く似合う恰好であった。

 

「やあ」

 

「やあ……じゃないよーーー!!」

 

 手を上げて爽やかに挨拶するのに対して、珍しく友奈は両手を上げ俺に対して怒っていた。

 形の良い眉をひそめ、もし背景に音が出るならプンスカという表現だろう。

 まさか反抗期なのだろうかと不安に思う。

 

「二週間も亮ちゃんはどこに行ってたの! どこに行っても見つからなかったし!」

 

「あ、ああ、なるほどね」

 

 目の前のお嬢様は、それはそれはご立腹であった。

 一応、似たような事は既に前の双子座の撃破後、

 戻った学校の屋上で風や樹、夏凜を相手にしながら大分濁しつつも話をした。

 流石に状況についてはあちらも理解しているからか、変な追及はしてこなかった。

 

 むしろあの後、友奈と東郷が二人別の所に移動したらしい。

 慌てふためく状況で、すぐに大赦からフォローがあった為に現地解散した。

 

 実際最初の一週間は、目覚めないレベルの夢に陥り兼ねないほどの状態であったのだ。

 次の一週間は、大赦の病院で園子と久しぶりに過ごして漸くマシな精神状態になった気がする。

 精神的に良いリフレッシュ休暇になった……などとは言えない。

 むしろ多くの真実を手に入れた結果、問題は増えたのだが。

 

「ほら、風先輩から聞いたけど、友奈が俺の書いた手紙を回収しただろ? 言葉通りの意味で少しの間、男一人で少し旅に出てたのさ。うん」

 

「……」

 

「心配掛けたようでごめんな、友奈」

 

「―――ううん、こっちこそ」

 

 優しく、素直で、人の空気という物を読むことにおいて右に出る者がいない少女は、

 友奈は俺の言葉を受け取って、ようやく理解してくれたようだ。

 

「亮ちゃんが無事で良かった」

 

 そう言って抱き着いてくる友奈の腕は力強く、次は決して離さないという確固たる意思を感じた。

 無邪気な彼女は、いつになくスキンシップをしてくる。

 

 触れ合う身体に、僅かに心臓を年甲斐もなくドキドキさせ、無言で背中に手を回していると、

 ふと友奈がスンスンと俺の首筋の匂いを嗅いでいるのに気が付いた。

 

「ど、どうしたんよ……?」

 

「……」

 

 俺の言葉を無視しながら、友奈は後頭部でまとめた小さなポニーテールを揺らす。

 中学生な為、お互いそこそこ大差のない身長ではあり、友奈の髪のふんわりとした匂いが、

 彼女が動く度に鼻腔をくすぐるのだが、今は普段友奈がしない行動の方に俺の注意が向いた。

 

「……友奈?」

 

 まさか匂うのだろうか。昨日は風呂ではなくシャワーで流した程度だったのだが。

 「臭いよ亮ちゃん!」とか言われたらダメージによって膝を付きかねない。

 

「―――――る」

 

「なんて……?」

 

 この至近距離で正面からガッツリと抱き着かれると、彼女の豊満とまではいかないが、そこそこあるソレの感触を感じる。その感触を楽しみながら、小さくボソッと呟いた言葉が聞こえず、問うてみる。やがて顔を上げた友奈は、その赤い瞳で俺の瞳をジッと見ながら、

 

 

 

 

 

 

 

 

「他の女の匂いがする」

 

「―――――」

 

「……って言う言葉が最近のドラマのトレンドなんだって!」

 

 にへらっとした向日葵が咲いたような笑みを浮かべ、そっと俺から離れる。

 そのいつもの、久し振りに見る笑顔を見ながら、慌てて俺は相槌を打つ。

 

「そ、そうなんだ。テレビは最近見てなかったな。おっとそれより移動しようか。今日は少し忙しいからね」

 

「うん!」

 

 

 

---

 

 

 

 妙な寒気が己を襲ったが、気のせいだという事にした。

 現在俺たちが向かっているのは、駅前のホームセンター等々の店である。

 数時間前に問題点を思い出した俺は、やむなくお向かいさんにヘルプを出した。

 

 幸い優しいお向かいさんは、了承の返事と心配してた諸々のメッセージをくれた。

 端末については先の戦闘の際、友奈が預かっていたらしく、樹海化が解ける前に、

 今度は必ず連絡するようにと言って返してくれたのを、残念ながら昨夜の俺は忘れていたのだった。

 

 話を戻そう。

 問題点とは、俺の視界の色彩である。

 まず前提として、他の人と俺の視界では文字通り見える世界が異なる。

 そのため、壊した皿やコップなど諸々のデザインや色合いが分からないのだ。

 

 さて俺は困った。

 付き添いを誰に頼むかをだ。

 

 まず男友達は除外した。

 理由としては、基本的に中学生の餓鬼であり家事をしないからだ。

 基本的に買ったら使う物しかない。遊びで買うのではなく、それでいて加賀家の食卓事情に理解があるとしたら、思い当たる節は俺の知る限りこの世界で一人だけだった。

 

「そんな訳で今日はお願いしますね、我が弟子よ」

 

「ふふっ、お任せ下さい、師匠!」

 

 俺の呼び声に、友奈は腕を天に突き上げて明るい声で答える。

 その様子に思わず微笑みながら、やや茶色掛かり始めた街路樹を見ながら歩いていると、

 

「そう言えば、亮ちゃんってネクタイが好きなの……?」

 

「いきなりだな。まあそうかもしれないけど、どうしてよ?」

 

「結構な頻度でネクタイを着けているからかな」

 

「うーん。多分そうかも……。もしかして似合わない……?」

 

「ううん! そんな事はないよ!」

 

 慌ててワタワタと両手を車のワイパーのように振る友奈を見た後、俺は自分の服装を見下ろした。

 何てことはない紺色に近い青色のシャツ、赤いネクタイ、下は黒のジーパンだったはず。

 

 一応色覚を補うためのモノクルで鏡の前でチェックしたのだが、

 これは日常用の補助用眼鏡も出来るだけ早く用意しないといけないかもしれない。

 正直言って、満開の後遺症がこんな生活の部分で出るのは困った物である。

 

「おっ」

 

 そんな事を思いながら横断歩道を渡ろうとすると、思いっきり友奈に腕を引っ張られた。

 突然の行動に対して即座に止まると、目の前を車が横切った。

 

「アレ……」

 

「あれ……じゃないよ! 今の危なかったよ!」

 

 今日は妙に友奈に叱られる気がするなと思いながら、隣で怒る少女から目を逸らし信号機を見る。

 今更だが……正直言って青か赤かどうか、ぱっと見だとよく分からなかった。

 

「あー……悪い。ボーっとしてた。ほら、久々に友奈と買い物するのが楽しみでね」

 

「……」

 

 もはや言葉すら無かった。

 隣にいる方との関係は現在4年目であり、ほとんど毎日いる事もある為か、

 咄嗟の嘘などが他の人間に比べてやけにバレやすくなってきたかもしれない。

 

「ん――!」

 

「いや、大丈夫だって」

 

「亮ちゃんの大丈夫は信用しないって、私決めたんだ」

 

「あ、はい」

 

 案の定と言うべきか、友奈は手を繋いできた。

 こちらを心配そうに見ながら、しっかりと離さないように柔らかい手に握られると、

 僅かながら、介護されているような気分になった。

 

 

 

---

 

 

 

「あ、このマグカップ可愛い!」

 

「ネコ好きだね。ゆうにゃ」

 

「うん!」

 

 まるで子供のように瞳を輝かせ、無邪気な笑みを友奈は浮かべる。

 俺はその様子を苦笑いをしながらもそっとカップを手に取り、我が家に相応しいか物色する。

 とは言えそのままだと分かりづらいので、モノクルMark.2で色合いも確認する。

 

「――――けど、割れやすそうだな。こっちとかどうだ?」

 

「うーん。色が派手で亮ちゃんには合わないかな」

 

 こんな感じで、買い物メモのリスト一つ一つを見ながら横線を引いていく。

 そうして小一時間が過ぎる頃には、大体の物が揃ってきた。

 

「あとは、茶碗と箸か……」

 

「一杯買ったねー」

 

「悪いな、今日は付き合わせて。何かお礼するから」

 

「ううん、全然大丈夫だよ!」

 

 特に疲れを感じさせない笑顔で俺を気遣ってくれる友奈。

 その屈託のない笑みに対して、自然と俺も微笑を浮かべる。

 ふと、視界の端に映ったソレに目を向ける。

 

「友奈」

 

「うーん? ……わあ! 可愛い」

 

 俺が見つけたのは、和食器の湯呑みであった。

 色違いの一組の湯呑みにはそれぞれ青色とピンク色をした茶花が華麗に咲き、重厚な輝きを放つ。

 しばらくその装飾部分の花を見て、確認の意味も込めて呟く。

 

「―――これって椿か」

 

「そうだよ! 亮ちゃんよく分かったね」

 

「俺って勤勉なのさ」

 

 椿は光沢のある緑色の厚い葉と、その周囲にある上向きの細かいギザギザが特徴だ。

 花言葉は『控えめな素晴らしさ』や『気取らない優美さ』が全体的だったはずだ。

 モノクル越しで見ると、薄い色をした青色とピンクの椿が主役となった湯呑みなのが分かる。

 個人的にはシンプルなデザインが気に入った。

 

「友奈も控えめというか、気取らない優美さみたいなのがあるよね」

 

「……えへへ、ありがとう。それでコレにするの……?」

 

「俺はこれが気に入ったけど」

 

「私も」

 

 意見も一致したので、購入する事にする。

 少し高い気もするが、日常的に使用する物なので多少は贅沢をしよう。

 こうして俺たちは必要な物の買い物を済ませた。

 

 

---

 

 

 

「荷物半分持つよ」

 

「いや、重いしいいよ。大丈、―――――問題ないよ」

 

 現在、俺たちは加賀家へと帰還するべくゆったりと道を歩いていた。

 それなりに重たい商品は郵送で明日届けてもらうことにした。

 だから今俺がそれぞれの片手で持っているのは、この後割とすぐに必要になる物だ。

 

「でも……」

 

「……分かったよ。じゃあこっちの袋を持って」

 

「うん!」

 

 軽い方の袋を友奈に渡すと、手持ち無沙汰であった時よりも友奈は嬉しそうに袋を抱えた。

 空いた手を揺らしながら無言で二人で帰宅していると、ふと友奈が、

 

「なんであの湯呑みってセットなのかな……?」

 

「え……?」

 

「だって、さっき買ったのって色合いが少し違うだけで殆ど同じでしょ。どうしてかなーって」

 

「ああ、あれは夫婦湯呑みと言ってね……」

 

 時折雑談を交わしながら、俺はなんとなく空を見上げた。

 相も変わらず空模様は色褪せた物であった。いつか見た青空は、今では全てが灰色であった。

 

「ねえ、亮ちゃん」

 

「何?」

 

「久しぶりに泊まっていい?」

 

「いいけど、ちゃんと家の人に連絡するように」

 

「はーい」

 

「……」

 

 ふとその笑顔に、俺は何かを感じた。

 だが、それについては今は何も言わなかった。

 友奈や東郷があの後どこに行っていたのか、予測はついていたのだから、何も聞かなかった。

 

「とりあえず、荷物を置いたら俺は食料の調達に行くから、その間に友奈は着替えとか用意してちょうだいな」

 

「うーん。じゃあ、この荷物を解いて食器棚とかに入れてて良いかな?」

 

「オッケーよ」

 

 とりあえず掃除は既に全て終わらせている。何かを踏み足を傷つけることもないだろう。

 それよりもまずは自宅に帰った後に、職務怠慢な冷蔵庫に食材達を納めなければ。

 このままでは夕飯がなくなってしまう。

 

「……」

 

「ん……」

 

 そんな事を考えていると、手持ち無沙汰な左手が勝手な行動をしたらしい。

 隣を歩く少女の空いている手をそっと握ると、こちらを見る瞳が驚きにやや広がるが、

 特に何かを言うこともなく黙ってされるがままで、その手を握り返してきた。

 

 繋いだ手のひらは暖かかった。

 

 

 

---

 

 

 

「ご馳走さまでした!」

 

「うん。どうだった……?」

 

「えっとね、筍かな、アレって。コリコリとした食感が堪りませんなぁ」

 

「そっか」

 

 味覚障害を起こしている人間に対して、出来る限りの対応はしたが、

 やはり見た目に力を入れることや、匂いや風味を濃くすること、食感を強めるなどが限界であった。

 一応栄養も考えてある為、これからも友奈は成長するだろう。どこがとは言わないが。

 

「―――ありがとね」

 

「うん? 何が?」

 

「ううん。片付けは私がするね!」

 

「いや、俺がやるよ。さっきのお礼もまだしていないし」

 

「でも何もしないのも……」

 

「そんなに多くもないし。いいから、先に風呂にでも行っておいで」

 

「……うん」

 

 紳士の笑みで促すと、やがて逡巡した後に友奈は頷き、居間から立ち去ろうとする。

 途中立ち止まって、こちらに何かを言いたげな顔をしているのが視界の端に映ったが、

 そちらを向く前には俺に背中を見せ、歩いて行ってしまった。

 

 その姿を見送りながら、食器を洗う。

 新調したそれらの、真新しい食器特有の慣れない感触を一枚一枚確かめながら、

 

「なあ、うどんの出汁として使うのってどう思う……? きっと美味しいと思うのだが」

 

『流石のボクもビックリだね。というか以前もやってバレかけた時を忘れたのかい?』

 

「昔は昔さ」

 

 あえて主語は使わずとも会話は成り立つ。ヒントはお湯だ。

 指輪越しに初代と雑談を交わしながら水に濡れた手を拭き、エプロンを脱ぐ。

 耳を澄ますと僅かにシャワー音が聞こえるのを感じながら、ソファに座る。

 少し暇になったので何かテレビがやっていないかと思いながら、

 

「あり? テレビのアレどこだ」

 

『リモコンなら確かテーブルの下だった気がするね』

 

「ほんとだ」

 

 リモコンを手に取り、テレビの電源をつけるとニュースを報道していた。

 四国地震というものが発生してから既に二週間が経過したという。

 死者は100名を超え、行方不明者はまだ多くいるという。

 

 この事故の影響で、9月となり学校に向かわなくてはならないが、

 俺のように家に引き篭もったり、どこか親戚の家に引越しをしたらしい生徒も多いと聞いた。

 それらの情報も、紳士や淑女たちと久しぶりに連絡を取る中で分かった。

 

「……」

 

『彼女に言わなくていいのかい……?』

 

「一体何て言えばいいのさ。恐らくだが、友奈や東郷は園子に呼ばれた可能性が高い。その時の状況が判らなければ対策は打てない」

 

『下手に隠す必要も無かったんじゃないかな』

 

「……着替え準備しないとな」

 

 正直言って、真実は残酷である。

 友奈はまだいいだろう。

 だが、樹はもう夢が叶うことはないだろう。

 それに対して風がどうなるか判らない。東郷もだ。

 

 逆に夏凜のような最初から大赦によって作られた勇者なら、

 ある程度の覚悟があるから錯乱を起こしたりはしないだろう。

 しかし問題は、誰もあの外の世界を見ていないことだ。

 戦いは決して終わることは無いという残酷な事実が、壁の外にある。

 

 果たしてその事実に勇者部が耐えられるのだろうか。

 俺は不安でありながら、正直言って耐え切れないだろうと思った。

 勇者であっても、結局は中学生だ。感情に任せて爆発する可能性の方が高いだろう。

 

「上がったよー」

 

「はいよ」

 

 着替えを持ちながら廊下を歩き、風呂場から出てきた湯上がりの友奈と交代して入った。

 

 

 

---

 

 

 

 友奈が俺の家に泊まりに来る時、少し困るのが彼女の寝る場所である。

 加賀家には一応客間があるが、人が来ないので基本的には物置となっている。

 とはいえキチンと掃除は怠らない為、そこで寝るに当たって問題は無い。

 しかし、それではお泊りにはならないと反発するのが友奈である。

 

 俺のことを男と思っていないのか、それでもこちらから色々とすると頬を赤らめたり、

 瞳を潤ませる時もあるので、恐らくは俺を男として意識はしているのだろう。

 それでも泊まりに来るという友奈の考えはいまいち分からないが。

 

 そういう訳で妥協案として、俺の部屋で布団を敷いて寝るという案がいつもなのだが。

 今回のお泊りはどうにも少しだけ違った。

 

「―――――で、友奈さんはベッドで寝たいと」

 

「うん!」

 

「家主には床に敷いた布団で寝なさいと?」

 

「そうじゃなくて、亮ちゃんもベッドで寝るの!」

 

「ほう」

 

 無言で俺は部屋の隅にある俺の寝台へと目を向ける。

 普通の一人用のベッドだ。薄い空色のシーツと毛布、枕があるだけだ。

 何かしら特徴を挙げるとするならば、ピンクのサンチョが壁際に置かれている程度だ。

 そのサンチョをチラッと見た友奈は再度こちらを見て口を開く。

 

「その……駄目、かな……?」

 

「……」

 

 無言で友奈の瞳を見つめると、上目遣いでこちらを見る少女の震える瞳に何かを感じた。

 基本的に俺は、友奈の唐突に発生する我侭のような何かは極力叶えたいという方針だ。

 そして勿論今回も紳士な俺は、

 

「狭いけど大丈夫か……?」

 

「うん」

 

「寝言とか、寝相は少し悪いかも」

 

「大丈夫だよ」

 

 この回答で許しを得たのを理解したのか。

 にへらっとした笑みは相変わらず健在で、枕を持ったパジャマ娘は寝台に寝転がる。

 ピンクのパジャマを見ながら、心の中で湧き上がる薄暗い衝動を抑える。

 

「じゃあ電気消すよ」

 

「うん」

 

 天井の電気を消すと、たちまち部屋は暗くなる。

 現在時刻は10時を少し過ぎた頃だ。寝るには少し早く感じたが偶にはいいだろう。

 普段は読書用に使う小さな電気スタンドを点灯させると、柔らかな燈色が暗闇に浮かぶ。

 

「……」

 

「……」

 

 ベッドに横たわり壁際に目を向けると、ちょうどこちらを向いた友奈と眼が合う。

 俺は毛布をキチンと彼女の胸元辺りまで持っていきながら、至近距離で顔を合わせる。

 まだ眠る気分ではなく、近すぎる彼女の甘い匂いに慣れる為にも話をする必要があった。

 

 東郷がこの現場を見たら、「はしたない」と言うか「夜這いだ」と言うかどうか考えながら、

 既に男女でお泊りをしているのを結城家が認識している時点で今更だと考え直す。

 どの道、友奈に関しては全ての責任を取りたいなと俺は思う。

 

「聞かないの?」

 

「……友奈が何を隠しているか知らないけども、ありきたりだけど話を他の人にするだけで楽になる時もあるよ」

 

「うん」

 

「というか、そのつもりだったろ?」

 

「……そうかも」

 

 毛布を口まで引き上げて友奈は僅かに目蓋を閉じる。

 その様子を見ながら辛抱強く彼女の髪をなでていると、覚悟を決めたのか話を始めた。

 よほど他の人に聞かれたくないのか、同じベッドで寝るという事態が既にどれだけ彼女にとっては重要な話であるかを物語っている。

 

「あ、あのね。前回の戦いが終わった後、私と東郷さんは、ある人に呼ばれたんだ」

 

「うん」

 

「それでその人は先代勇者で……えっと」

 

「……」

 

「乃木園子って言ってたんだ。亮ちゃんが前に言っていた子だよね」

 

「―――――そうだな」

 

 元々論理的に説明をするのが苦手な彼女が、いつに無くつっかえながら説明するのを俺は聞いていた。

 戦いに出る前、『わっしー』が東郷であるというのが分かった俺は、今度来る時に彼女を一緒に連れてくるか聞いたが、自力で呼ぶ云々の事を言っていた為、なんとなくの予感は的中していた。

 

 枕に自らの頭を乗せ、こちらを見上げ僅かに身を寄せて来る友奈の説明は、

 1週間と少し前に俺が園子から聞いた情報とあまり大差のないことであった。

 

「満開の代償は治らないのか……」

 

「うん、その人が言うにはね。明日の学校で風先輩にも報告するつもり」

 

「……」

 

「あんまり驚かないんだね」

 

「……まあ、予測はしてたよ。ある程度はだけど」

 

「凄いね、亮ちゃんは」

 

 嘘ではない。事前に初代と会話し、予測を立てた末に園子本人と話をして答えを手にした。

 だから俺にとっては重たい事実として、既に受け入れていた。

 受け入れた上で、モノクルなどの補助用の道具等を作っていた。

 

「……私はやっぱりショックだったな」

 

 勇者部の中で、俺は誰が一番勇者であるか聞かれたら迷わず友奈だと答えるだろう。

 それだけ勇気を持ち明るい彼女が、手にした事実に震えていた。

 

「……」

 

 ショックを隠せない様子の友奈に対して、俺はどう言葉を掛けるべきかを考える。

 俺自身は、園子に会った事に関しては現在誰にも言ってはいない。

 タイミングを逃したのもあるが、得た情報を隠匿する気だったからだ。

 

「なあ、友奈。満開した事による代償があると分かっていたなら、友奈は戦わなかったのか……?」

 

「――――ううん。多分受け入れた上で戦ったと思う。私だけじゃなくて他の皆も」

 

 それでも、友奈は勇者であった。

 後遺症が出ると分かっていたのならば、ショックを受けても、それでも誰かの為に戦う。

 それが、結城友奈という少女であった。

 そんな彼女が俺は好きなのだ。

 

「そっか」

 

 だがこの先もきっと戦いは終わらない。

 勇者部の人間は、本当の真実にまだ誰も気が付いていない。

 何かの手を打たなければ、戦乙女達はまた何かを失ってしまうだろう。

 

 何を言ってあげるべきなのだろうか。

 気丈に振る舞い、必死に先の見えぬ恐怖に怯え震える彼女に与える言葉は何だろうか。

 少し考えて俺は―――――、

 

「……俺が、守るよ」

 

「亮ちゃん……?」

 

「俺が友奈を守るよ。お前を傷つけるもの、友奈を悲しませるもの全てから、俺が守るよ」

 

 ―――――友奈の震える身体を抱きしめた。

 

 咄嗟に言うべき言葉としてはあまりにも稚拙だった。

 それでも告げるのだ。俺が守ってみせると。

 あらゆる障害から、結城友奈を泣かせる全てから、如何なるものからも守るという誓いを。

 

 少しでもこの思いを告げたかった。

 

 だからこれ以上の言葉を紡げない俺は、代わりに行動で示すことにした。

 どれだけ気障な言葉を言っても、歯切れの良い言葉を用いても。

 結局は行動して誠意を示すことでしか、目の前の震える少女を救う術は無いのだから。

 

 やがて、

 

「―――うん。なら私は、亮ちゃんを守るよ」

 

 そう顔を上げ、こちらに告げる少女の身体に、既に震えは無かった。

 そして、それ以上の会話も無かった。

 お互い密に触れ合いながら、俺は後ろ手にそっと電気スタンドのスイッチを切った。

 

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

 

 

 そして、すぐに告げた言葉を実践する時が来た。

 

 それは友奈と一夜を過ごした日から、数日が経過した時のことだ。

 端末を手に取ると、見知らぬ番号から電話が掛かってきた。

 

 男の声だった。

 

『加賀亮之佑様ですか。私は大赦本庁の三好と申します』

 

「……用件は」

 

『犬吠埼風様の暴走を食い止めて頂きたく思い、緊急の連絡をさせて頂きました』

 

 

 


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