変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第四十六話 暗く濁った道の先で」

「あれは……!!」

 

 知っている。

 俺はあの光を知っている。

 

 あの光は絶望を退け、勝利を望む者がソレを掴み取る為の力の象徴だ。

 僅かにではあるが神の力を自身に宿し、世界の危機を食い止め、敵を倒す為の物のはずだ。

 だと言うのに、花は咲いた。

 

 樹海化もしていない、ただの町で。

 人が歩き、車が地面を走り抜ける中で。

 そんな日常生活の中であってはならない黄金の花が空中に咲き誇った。

 

「―――――っ」

 

 その表情は歪んでいた。

 殺意と憎悪を片目に浮かべ、悲しみに涙を流しながら殺意に満ちた声は獣の姿を思わせた。

 彼女を中心に舞い散ったオキザリスの花弁が中空に消えるのを見ながら、

 俺はこちらに急接近する風を止めるべく―――、

 

「あぐっ―――――」

 

 こちらに突撃してきた彼女に、耐える暇すらなく弾き飛ばされる。

 咄嗟に俺と風の目の前に展開した軽機関銃は紙屑のように引き裂かれ部品が飛び散る。

 代償に作られた一瞬の停滞の中で、逃げるかのように去ろうとする風と目が合った。

 咄嗟に跳躍し、必死な思いで手を伸ばす。

 

「―――――ああっ……!!」

 

「ぐっ……」

 

 僅かにだが速度を落とさせる事に成功し、飛び去ろうとする彼女の足首を掴むことに成功する。

 だがバランスを崩し、錐揉み状に風共々頭から地面に叩き付けられる。

 解っていたが、地面の灰色のアスファルトに自らの脳漿を撒き散らす直前に、

 俺は茨木童子が、風は犬神が出現し、バリアを作り出す。

 

 アスファルトを横に回転しながら何とか立ち上がると、

 既に立ち上がりこちらを睨み付ける風の剣呑とした瞳と交差する。

 薄い緑の瞳にはいつもの優しさは感じられず、むしろ憎悪すら向けられる。

 

 周辺一帯は突如飛来した俺と風に恐怖を覚え、逃げ出す人間が多い。

 車がぶつかり合い、周囲で悲鳴と怒号が飛び交う。

 一瞬だけ周りを見渡し、よりにもよって車の多い車道に転げ落ちた事に心の中で舌打ちする。

 だが今はそんなムシケラに注意を払ってはいられない。

 

「風先輩……。一体、何をするつもりですか」

 

「亮之佑、どきなさい」

 

 質問に対し、返ってきた言葉は拒絶という感情で塗り固められた物だった。

 その姿に苛立ちを覚えるが、今は会話に力を入れる。

 大赦の人間によれば、他の勇者にも連絡をし、増援に駆けつけさせるらしい。

 

「夏凜は、どうしたんですか……」

 

「夏凜? ……ああ、大赦の道具ね」

 

「そうです。その大赦の道具が風の下に行ったらしいですが」

 

「はっ」

 

 酷評を吐き出す風が薄い笑みを浮かべるのを見ながら、再度周囲に注意を向ける。

 ひとまず周りの人間達に早く逃げて貰いたいのだが、馬鹿な人間が数名ほどこちらを見ている。

 ああいう状況を楽観視している連中が一番早く死ぬのだろう。

 

 時間稼ぎの意味も含めて、目の前の風と会話を続ける。

 一度だけ見たことのある彼女の神道の神官を彷彿とさせる装束とその背中に現れているリングは、

 間違いなく以前見た満開時の装いと変わりない。

 

「アイツなら、今寝ているんじゃない……?」

 

「え……」

 

「意外とやればできるもんね、アタシって」

 

「……」

 

 僅かに殺伐とした雰囲気が減るのを俺は感じながら、風は告げる。

 なんてことない様に、それこそ明日の天気を言う様に、夏凜を倒したと言外にほのめかした。

 薄い笑いを浮かべながらも全く目が笑わない風に対して、俺は再度問いかける。

 

「風先輩、一体何をする気ですか」

 

 答えは分かっていた。

 だが、それでも風の満開している時間に限界が少しでも来るように言葉を紡ぐ。

 正直言って、俺程度に風の説得ができるとは思えない。

 

 いや、上辺だけの言葉を並べ、耳障りの良い言葉ならいくらでも言えるが、

 そんな物よりも友奈の言葉や樹の文字でなければ風の怒りを鎮めることは不可能だろう。

 つまりは彼女たちが来るまで、俺はここで風を食い止めるしかない。

 

 既に戦いは始まっているのだ。

 

「決まっているじゃない……!! 大赦を潰す!」

 

「……大赦を」

 

「そうよ! 大赦はアタシ達を裏切った! 知っていながら騙していた!」

 

「――――っ」

 

 そんな稚拙な思考を読んだように、突如風の姿が消えた。

 いや、消えたのではない。

 満開した風の身体能力が飛躍的に上がっているため、そのように見えたのだ。

 

 刺突する大剣が目の前に迫る。

 咄嗟に回避すると、一瞬前まで己がいた空間に捻じり込む大剣が背後に停車していた車を貫く。

 

 完全に風の間合いに入っていたらしい。

 その破壊力にゾッとしながら、思わず距離を取ろうとする。

 この距離では軽機関銃も、RPGも装填し撃つ前に斬られてしまう。

 

 ソレを風も理解しているのだろう。

 咄嗟に後方に下がろうとする俺に追従し、風は大剣を構え迫り来る。

 その鬼神の如き姿を自らの視界に収めながら、周りに止まっている無人の車の陰に転がり込む。

 既に逃げたのだろう賢き主なき車を盾にしながら話を再開する。

 

「だから、大赦に報復するんですね」

 

「そうよ!!」

 

 車を風と俺の間に挟み込み、恐らく最後の話を続ける。

 これ以上は引き伸ばせる気がしないし、風も続ける気はないだろう。

 隠れている俺に対して風が憎悪に満ちた声を浴びせる。

 

「あんな組織は絶対に許せない! 許しちゃいけないのが賢いアンタなら分かるでしょ!!」

 

「そうですね」

 

「大赦のせいで、友奈も東郷も樹もアンタも!! みんなこんな苦しい思いをした!!」

 

「……」

 

 確かにその通りだ。

 大赦が情報を隠していた所為で園子も勇者部の皆もこんな目に遭っている。

 身体の機能を失い、知らぬ間に生贄として神樹に捧げられていた。

 

 ソレについて憤らない訳がない。

 園子は情報を隠すことが一種の思いやりであると言っていたが、俺はそうは思えなかった。

 当然だ。詐欺を働くにも限度という物がある。

 大赦には報復をするべきだと思うし、その権利はもちろん勇者部にもある。

 

 しかし、だ。

 それでも現状の大赦を、風に潰させる訳にはいかない打算に満ちた理由がある。

 大赦はこの世界を守護する神樹を管理する組織だ。

 表の世界では目立とうとしないが、裏の世界では大赦こそが頂点であり、及ぼす影響力は強大なものだ。

 

 つまり、それだけの存在力を持った大赦という組織が潰れるということは、

 力の均衡が崩れ、当たり前であった平和な日常にも何かしらの悪影響が及ぶだろう。

 

 当然、隠されていた情報も全て白日の下に曝け出されるだろう。

 その情報の中には、間違いなく壁の外の情報も含まれている可能性が高い。

 何のクッションもなく、唐突に真実を知らされた住民達は暴走して―――世界の破滅が近くなるだろう。

 

「……風」

 

 そして何より、風に人殺しなんてさせられない。

 ソレをしたら最後、勇者どころか堕ちるところまで堕ちかねない。

 

「あんなものがあるなら、アタシは勇者部なんて作らなかった!! 二度と治らない後遺症が出ると分かっていたなら、最初からアンタ達を巻き込んだりしなかった――――――のに……!!」

 

「……そうか」

 

 車が大剣によって縦に切り裂かれる瞬間に再度軽機関銃を出現させ、肩に構える。

 コートの左肩を見るとゲージは完全には溜まっていなかったが、覚悟は決まった。

 指を引き金に掛け、感情に呑まれた愚かな獣に最後の呼びかけをする。

 

「風先輩、俺は先輩を止めるよ。風先輩に人殺しなんてさせない」

 

「――――邪魔を……」

 

「こいよ」

 

「アタシがあの組織を潰すのを邪魔するなら……!! 誰だって容赦はしない!! だから、アタシの、邪魔をするなああぁぁぁあああっ……!!!」

 

 

 

 ---

 

 

 切り裂かれた車から飛び出し、上半身を前傾姿勢にして軽機関銃を肩に当て、引き金を絞る。

 移動しながら撃つという無茶と肩への反動が同時に襲いかかってくるが、無理やり押さえ込む。

 

 重厚な音と共に暴力を唄う殺意の雨がたった一人に向けられるが、

 銃口から放たれる紅の弾丸の雨を物ともせず、風は急速に俺へと接近するべく吼える。

 

「オオオッ!!」

 

 もはや回避しようともせず、弾丸の嵐の中を雄たけびを迸らせ風は迫る。

 距離を取ろうとする俺を追って彼女は思い切り地面を蹴り飛ばす。

 それでも後方に下がろうとする俺の思考に水を差すように、何かが警鐘を鳴らす。

 

 両手でしっかりと柄を持ちつつ風が大剣を振りかぶる。

 嫌な予感がして咄嗟に腰を屈めると、頭上スレスレを巨大な鉛色の刃が空間を切り裂いた。

 

「――――ぐっ」

 

 忘れてはいけなかった。

 満開をした際、風が所持している大剣はより一層巨大化する。

 雄たけびを上げる風の意思に従い、巨大化した剣を横に払って斬るのを咄嗟に伏せて回避する。

 

 周囲の切り裂かれた車が斬撃を受けた為か、赤い火花がガソリンに引火し爆発する。

 だが爆発で起こった熱気を熱いと感じている暇はない。

 爆発の衝撃を背中で受けながら、俺は地を這うように前傾姿勢で風へと向かう。

 巨大化した大剣の下を潜るように猛追する俺の姿を見て、相手は瞬時に大剣を手元に戻す。

 

 勝利を確信したのか、獰猛な笑みを風は浮かべる。

 確かに彼女が考えている通りだ。

 

 臆病風に吹かれて後方に下がりながら再び軽機関銃で弾幕を張ろうとしても、満開した風にとっては豆鉄砲の様な物だろう。

 ジリ貧の末に巨大化した大剣に斬られる。

 

 そもそも銃弾が当たっても大してダメージを感じていない。

 そのため至近距離で銃を撃とうとしても、装填より前に切り伏せられるだろう。

 また機関銃より装填が早い拳銃では、満開した風の防御力は貫けない。

 それだけ満開状態での勇者の力が異常なのだ。

 

 詰みだ。

 

 この数秒後、憎しみに眦を歪めて風は俺をバリアごと縦に切り裂くだろう。

 逃げ場を失った俺がバリアごと斬られた後、

 破壊衝動に駆られた風は速やかに大赦を潰し、感情のままに破壊の限りを尽くすだろう。

 

 だからこそ、風を止める為には満開をしなければならない。

 満開をした勇者に対抗できるのは、同じ満開をした勇者しかいないのだから。

 

(アイツなら、どうしただろうか)

 

 そんな中で、俺はふと思った。

 今は亡き白い髪の男の背中が脳裏を過る。

 加賀宗一朗。アイツならこの局面をどう乗り切っただろうか。

 

「アタシは、絶対に、大赦を潰す―――――!!」

 

「――――――」

 

「だから、そこをどきなさい!!!」

 

 完全に彼女の間合いで、既に下がることは自身の敗北を示していた。

 咄嗟に盾代わりに使用した軽機関銃は数秒保たず叩き壊され、思わずたたらを踏む。

 その隙を風は見逃さず、殺意を込めて大剣を振り下ろすが、

 

「あぐっ――――――――!!」

 

 左手を上にかざし、辛うじて茨木童子のバリアと共に敗北を阻止する。

 だがガリガリとバリアが削れ、衝撃を逃がしきれない左手が麻痺したのを感じた。

 同時に左手に持っていた拳銃がひしゃげ、致命的な破損によって使用不可になるのが分かった。

 

 使える武器が一時的に使用不可になった。

 盾となる武器はもうない。

 そんな状況下で、俺は思い出す。

 

 

(アイツなら――――)

 

 守らなかった。

 安易に防御に回らなかった。

 

(アイツは――――――)

 

 決して止まらなかった。

 何者よりも速く、巧く、強かった。

 

 

 世界の時間が限界まで停滞へと近づく中で、かつて宗一朗と行った近接格闘訓練を思い出す。

 同時に己に残された最後の武器での、勝利に向けた工程を編み出す。

 身体が、頭脳が、目の前の“敵”への迎撃に向け最適に行動する。

 

「亮之佑ええええぇぇぇえええっ――――!!!」

 

 左手で必殺の一撃を防いだことに、僅かな驚きが瞳に過る風は。

 悲鳴の様に腹の底から叫ぶ風は、次は無いとばかりに自らの大剣を捻り突き上げる。

 明確な殺意と憎悪を全て俺に向ける剣尖は黄金の光束が迸り、敵対する者の首を狙う。

 

「――――オオッ!!」

 

 憎悪に満ちた声に俺は短く吼え応える。

 振り下ろされる大剣が迫る中、動く右手の掌の中で夜空のように昏い光を生み、

 

「……!」

 

 主の意を汲み出現した黒剣が黒い弧を描き、鉛色をした大剣の一撃を防ぐ。

 紅金の火花を生み出したソレに対し、声無き驚きを風は示す。

 

 驚くことなかれ。

 本来の武器は、何も銃だけではない。

 因子を持っている者が所持する武器は増えることがあれど、基本は元の武器の派生系だ。

 東郷で言えば拳銃や狙撃銃など銃関連を元にしているように。

 夏凜で言えば刀や脇差といった剣関連を元にしているようにだ。

 

 だが俺の場合は、初代との因子によって銃と剣の二つが元の武器となる。

 普段仕舞い込んでいるだけで、剣が使用不可になった訳ではないのだ。

 

「ああっ――――!!」

 

「は――――!!」

 

 肉薄した距離で、剣戟を振るう。

 金属音が響き渡り、黒剣と黄金の大剣が交錯するが、

 数秒せずに黒剣の刀身に亀裂が奔る。

 

「――――っ」

 

 根本的に、満開した勇者としていない勇者では、同じ土台には立つことができない。

 だが、それでも食らいつくことができたのは、皮肉にも風の怒りや憎悪といった感情が理由だった。

 負の感情によって精度に欠いた攻撃を紙一重で、最低限のダメージで受け流していた。

 

 しかし、ソレも時間と共に精度が増している。

 だからこそ、勝負を決めるなら今しかないだろう。

 明確な勝利への意思を唱える。

 

「満開」

 

 3回目の満開。

 装着者の意思を汲み取り、紫黒色の刻印が輝く。

 ゲージは全て溜まっている訳ではないが、ソレでもどうにかなるらしい。

 紫黒色の花弁が俺を中心として咲き誇り、黒剣の亀裂が瞬時に再生される。

 

「……!! 跳ん――――」

 

 肉薄する状況で自ら風に向かって前傾姿勢で跳躍する。

 斬り下ろそうとする直前の大剣目掛けて、自らの最大脚力で跳躍する。

 

「風――――!!」

 

 黒い刀身が昏色に輝く中、精確に大剣の柄を一瞬だけ掠めて風の腕に突き刺さった。

 バリアを貫かんと重く激しい衝撃音が轟き、右の掌から頭の芯を揺さぶる様な振動が伝わる。

 

 震えが自らの腕に反動として戻る中で、先に風の腕が衝撃に耐えられず、大剣を取りこぼす。

 一振りによって生まれた衝撃に呆然とする風を、俺は跳躍した勢いと共に押し倒した。

 同時に役目を果たし砕け散った愛剣に心の中で感謝を告げ、倒れ込むように押さえ込んだ。

 

 

 

 ---

 

 

 

 硝煙の匂いと車が爆発した際の鼻腔をくすぐる焼けた臭いにむせ返りそうになる。

 だが、それでも目の前の少女からは眼を離さなかった。

 見下ろすと先ほどよりは薄れたが、それでも眉をひそめ殺意に満ちた瞳が少年を見上げる。

 

 しかし僅かにそれだけでない、何かの感情を宿し始める風の姿を紅の瞳が見下ろす。

 その姿にやや逡巡してから、亮之佑は己の満開の時間が切れる前に口を開く。

 

「……大赦を潰したいという気持ちはよく分かるよ」

 

「だったら―――!!」

 

「確かに、知っている情報を隠匿したのは大赦の罪だ。しかもよりにもよって満開の後遺症という重大な情報をだ。……だけどさ、きっと友奈達なら知らされていたとしても戦ったと思うよ」

 

「……そ、れは」

 

「世界を守る為にはどうしようもなかった。選択肢なんてものは無くて、最初からどうしようもなかったんだよ」

 

「……でも」

 

 自らの両手で風の手を押さえ込みながら、

 目の前の少女の怒りを鎮火させるべく、続けられなかった言葉を亮之佑は紡ぎ出す。

 結城友奈なら、こう言うだろうという確信があった。

 彼女と共に過ごした年月ならば誰にも負ける気は無かった。

 

 優しく、思いやりに溢れた友奈は、誰よりも勇者に相応しい存在だと亮之佑は思う。

 もちろん三好夏凜も、大赦に指導され訓練されたが、それでも間違いなく勇者だろう。

 

「でも、アタシが勇者部なんて作らなかったら、樹は……皆も……」

 

 風の瞳が揺れ動く。

 確かに夏凜も友奈も勇者だと風は分かっているのだ。

 だが、それでも樹は違うとも思っている。

 流されるままに自分の後ろについて来た結果、風の唾棄すべき私情で夢を潰したと。

 一番大事な妹を傷つけた自分と、大赦が許せないのだ。

 

「分かりますよ」

 

「――――アンタに何が……!!」

 

「分かるんだよ」

 

「―――――」

 

 咄嗟に苛立ったように怒りが再熱する風を紅の瞳が見下ろす。

 その血のような色の奥で夜空の如き暗い物を見て、風は息を呑んだ。

 そんな風から目を逸らし、少年は空を見上げる。

 

「……大切な人を護りたいと思うのは当然の事だ」

 

「―――――」

 

「たとえ、全てを犠牲にしても本当に大切な者を護りたい。ああ、よく分かるよ。本当に。でも、だからこそ―――」

 

 相変わらず空の色は灰色のままだ。

 それどころか、この空は全て偽りの物であるのだから笑える話だ。

 いつの間にか力の抜けた風の身体をそれでも押さえ込みながら、再度彼女の顔を見下ろし告げる。

 

「だからこそ、お前の行動は樹を、勇者部を喜ばせると本当に思っているのか……?」

 

「……それは」

 

「お前の復讐は、感情に振り回されたモノでしかない。でも“その気持ち”はよく分かる。だからこそ、安易で計画性の無い復讐は絶対に駄目だ。理性的に考えて考え抜いた先に、それでもなお風が大赦に報復をする気ならば―――――――俺も力を貸そう」

 

「―――――」

 

「大赦の施設や唯の職員を潰して回るんじゃなく、上層部の真実を隠匿していた連中を一緒に殺そうじゃないか」

 

「……」

 

「悪くないだろ……?」

 

 そう言って不敵な笑みを浮かべ、少年は自らの瞳を煌かせる。

 呆然と風は自らの肉体に馬乗りしている少年を見上げた。

 それは悪魔の甘言であり、風の行おうとしていたことよりも性質の悪いものだった。

 

 亮之佑の言っている事は、風が行うつもりだった“潰す”という行為と大して変わらない。

 ただ感情に従って暴れまわるのではなく、一度冷静になって計画を練ってから潰そうという物だ。

 そんな嘘か真か分かり難い言葉をのたまう少年の顔を見ながら、

 風は少しずつ自身の怒りの感情が収まりつつあるのを感じたが――、

 

「だけど、やっぱり樹を勇者部に入れなければ……」

 

「―――面倒臭いな、お前のお姉ちゃん。なあ、どう思う……?」

 

 紅と薄緑の瞳が交錯する中で、先に逸らしたのは風の方だった。

 熱の引き始めた思考で堂々巡りをし始める風に馬乗りになっている亮之佑がため息を吐きながら唐突に後ろに呼びかけると、初めて風はその存在に気づいた。

 

「……樹」

 

 自らの出番を待っていた樹は、立ち上がる亮之佑と交代で風に抱き寄る。

 足音を立てず後ろに下がる少年は、既に勇者服を着込んだ友奈と、

 

「風にやられた人、ちーす」

 

「あ?」

 

「亮ちゃん」

 

 遅れながらも到着していた少しボロボロな戦友に挨拶した。

 意味もなく完成型勇者(笑)を煽りながら、睨みつけてくる元気そうな姿に少し安堵する。

 そんな中でも姉妹の団欒は進む。

 

『私達の戦いは終わったの。もうこれ以上、失うことは無いから』

 そう携帯のメールに打ち込み、樹は風に見せる。

 既に勇者部は全員真実を知った。それでも樹が絶望に打ちのめされることは無かった。

 

 確かに夢は潰えた。

 自らが初めて望んだ道はもう見えない。

 希望は閉ざされ、この先の人生は決して明るい物ではないだろう。

 それでも樹はメールに再度打ち込み、風に文面を見せる。

 

『勇者部のみんなと出会わなかったら、きっと歌いたいって夢も持てなかった。勇者部に入って本当によかったよ』

 

 何も言えなくなっても、それでも樹にとって、

 友奈と東郷と亮之佑と夏凜、そして大切な姉と創った勇者部は樹の自慢であり、誇りであった。

 だからこそ、風に「勇者部が無ければ」という言葉だけは使って欲しくは無かった。

 

「樹ぃ……」

 

「―――――」

 

 その想いは血を分けた風にも伝わった。痛いほどに伝わった。

 もう夢は叶わない。目指した道は見えない。

 それでも姉が創った勇者部は、決して間違いではなかったと。

 

「いつきぃ……」

 

「――――」

 

「ごめんね……ごめんね……」

 

 そう言って瞳を震わせ、心を震わせ泣き出す風を樹は抱き締める。

 自らが尊敬する姉の頭を。心を解きほぐすべく抱擁する。

 

 樹にとって、風の戦う理由という物は重要ではない。

 なぜならば、戦う理由が『復讐』や『報復』といった綺麗ではない理由だとしても。

 最初から誰かの為に戦うことのできる風は、

 樹にとって何者よりも強く、凛々しく、格好良い、偉大な勇者なのだから。

 

 風の満開が解けていく。

 金色の粒子が樹と風を祝福するように包み込み、上昇していく。

 そんな幻想的な光景を3人が見上げていると、

 

「えっ……?」

 

 疑問の声を思わず夏凜は口にする。

 全員の携帯端末から、等しく不快なアラームが鳴り響く。

 友奈が端末の液晶を見ると、樹海化警報ではなく、

 

「特別警報発令……?」

 

「おかしいよ! アラームが鳴り止まないよ!?」

 

 鳴り止まないソレを見ている中で、世界が白く染まる。

 

 

 

 ---

 

 

 

 世界が樹海化する。

 そんなはずがないと勇者達は驚愕する。

 なぜならば、バーテックスは全て倒したからだ。

 

「落ち着きなさい、まずは現状を確認して……」

 

 そう言いながら夏凜は端末のアプリを起動する。

 仮に新たなバーテックスが来たとしても、完成型勇者である自分がなんとかしようと――、

 

「なに、これ……?」

 

 地図上ではどうも壁に穴が開いて、そこから無数の赤い点が、大量の敵が侵入してきている。

 あらゆる疑問を押しのけ、完成型勇者は最善策を考える。

 事実を頭が咀嚼し、次の最適な行動に移る前に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――樹?」

 

 ポツリと呟かれたその声の方向へ無意識に夏凜の目が向く。

 つい先程まで樹に抱擁されていた風は、困惑気味に樹の名前を呟き周囲を見渡す。

 その様子に思わず、

 

「風……?」

 

「樹!」

 

 夏凜の声が聞えていないように風は自らの妹の名前を呼ぶ。

 すぐ傍に樹がいるにも関わらず、迷子の子供のように風は「樹」と名前を呼ぶ。

 

「風、しっかりしなさい……!! 樹なら目の前に……」

 

 錯乱でも起こしたのかと思い呼びかけようとするが、唐突に夏凜の声が尻すぼみになる。

 何が起きてしまったのか、気づいてしまった。

 

「ねぇ、樹? どこに行ったの……?」

 

「―――――」

 

 樹は今も風のすぐ近くにおり、唐突に自分の名前を呼ぶ姉に驚きつつも再び抱きしめようとするが、

 風が何を失ったかに気づき、その瞳を見開く。

 

「あれ……?」

 

 そして、端末と睨めっこしていた友奈はある事に気づく。

 気づいてさっきまで隣にいたはずの親友がいた場所を見渡し、再び端末を見る。

 そうしてようやく驚愕の声を出した。

 

「なんで……」

 

 地図上の壁には、『東郷美森』という表示と。

 少し離れた所に、『加賀亮之佑』という表示が示されていた。

 

 

 

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