「はぴーばーすでーとぅーゆー!!」
「ありがとうございます!」
やることをやって1日を過ごす。そんな日々は繰り返しだったが、俺は満たされていた。
そして5歳になった……からといって、別に何かがある訳ではない。
しいて言うなら、変わらぬ愛を俺は宗一朗と綾香から受けていただけだ。
誕生日にケーキを食べ、普通に誕生日プレゼントを両親から貰った。
これを当たり前だと思えることが、嬉しかった。
宗一朗からは剣が二振り。木の模擬剣と、本物の無骨な剣だった。
これからは稽古において重要だからという。
綾香からは本を買ってもらった。
あの狼泥棒列伝の番外編。
『狼泥棒は、偽りの思いを本物にする』全5巻だ。
完全なる最新作らしいが、絶版になったらしい。理由は教育によくないとか。
……いや、買うなよとは思ったが、俺がずっとソレを読んでいたことを知っていたらしい。
流石は母親。素晴らしいセンスがある。
「――――」
「どうしたの?」
無言で抱き着いた。
こうして贈り物を貰えるのは、随分と心に来るものがあった。
俺は宗一朗を、綾香を、無言で感謝の念を持って抱きしめると、
彼らは何も言わずに、俺の背中を撫でてくれた。
ありがとう、宗一朗。綾香。
初めて『親』という存在から、何かを大切だと思えるものを貰ったような気がした。
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5歳になると、宗一朗との武術稽古は次のステップへと移っていた。
基本的には型を、父親の動きを真似し、実際に相手をしてもらう。
見よう見まねで貰った短剣タイプの木剣を使い、父親の型を繰り返す。
この近接格闘術は、刃物など相手が武器を持っていた際、速やかに相手の無力化を図るために加賀家が独自に編み出した技術らしい。
体格差、身長が自身よりもはるかに強大であっても対処・撃退を可能とする技術。
柔道に形が似ているが微妙に違い、突き、投げ、蹴り、時に相手の武器すら奪い使う。
あらゆる状況に対処を可能とする。
非常に臨機応変。
それが、加賀家の近接格闘術。
こんな技術、一体誰に使うのだろうか。強盗にか? 殺人鬼にか?
加賀家はどうしてこんな技術を継承してきたのだろうか。
必要性があったのか? 『何』に対してだ?
そっちに思考を割いたせいで、気が削がれた。
足を蹴られ俺は転ばされる。
「亮! 集中しろ!」
「――っ……せやっ!」
集中し直し、即座に立ち上がり、木剣を逆手に持ち再度斬りかかる。
俺の剣はいともたやすく受け流され父親に避けられる。
そのまま大振りによって動きの止まった腕を掴まれ、投げ飛ばされる。
「――――ぐっ――――が」
「この技術には力のみのごり押しはいらない! 無駄に力むな!」
「――っ!!」
わりと宗一朗は感覚派だ。具体的な理論でどうこう教えてはこない。
だが一戦一戦ごとに何が悪いか、どうすればいいか指摘してくれる。今はまだそれで十分だ。
宗一朗の動きを目に焼き付ける。
考えろ。感じろ。父親の動きを真似し、少しずつ学びとれ。
子供じゃないんだから、どうすればいいかなんて自分で考えればいい。
強くなろう。時代は違えど、きっと――否、間違いなく前世にいたような糞野郎はいるだろう。
どんな教育を受けようと、それに反発する人間は絶対にいる。
前世を思い出す。
あの日の屈辱。恥ずかしさ。痛み。恐怖。
俺には力が無かった。だから負けた。だから蹂躙されてしまったのだ。
あんな目には二度と遭いたくはない。
そういった奴に対して戦い、倒す技術を身に着けよう。
だって結局は、
――誰も俺を助けてはくれないのだから。
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以前、いつもの個人授業で安芸先生が言っていたが、
神世紀になってからは急激に犯罪率は激減したらしい。
たまに犯罪や事件が起こる程度になったという。
理由は神樹様を敬うという道徳感によるものだという。
学生時代に組み込まれた宗教道徳。
神樹様を敬うという300年の教育が今の人間たちを形作り、それを疑うものなどいない。
「300年か……」
そう言われても実感が湧かない。前世での300年前と言うと、江戸時代。
徳川幕府第9代将軍、徳川家重の頃か。
300年あれば、侍も銃を持ち、日本は艦隊を持ち、そして敗北者になった。
「時の流れって恐ろしい……」
その際に確認をしたが、平成という年号はあった。
それは2019年までで、それ以降『神世紀』と改元されたらしい。
なんでも2015年に未知のウイルスが世界中に発生したのだという。
それによって沢山の人が死んだ。
かつてアメリカや中国も確かに存在していたが、強力なウイルスによって滅ぼされたらしい。
そのため、日本の神々が一つに集結し、一つの巨大な木となった。
その名を、神樹。
神樹様は四国周辺に強力な結界を作り、死に至るウイルスが侵入しないようにした。
大赦は、そんな神樹を含めた神事を管理する機関のような存在なのだという。
「…………」
正直、意味が分からなかった。
バイオハザードでも発生したのかよ。ゾンビでも大量に発生したのだろうか。
アニメで見る主人公は高校生程度。無能な警察、自衛隊は壊滅し、日本、世界の文明は終わる。
その世界を主人公たちが生き抜くハッピーエンドに見せかけたバッドエンドだ。
(ああいう退廃的な世界も嫌いじゃないけどな……)
しかし、それはあくまで二次元の話だ。
警察だって無能じゃない。日本の自衛隊だって優秀だ。
ましてやアメリカの軍隊が負けるなんてありえない。
ミサイルや武器の数はこちらとは比べ物にならないはずだ。
それを使う暇すらなかったのか? いや最悪核を投下した可能性もある。
それでも止まらなかった? いったい、どんな危険なウイルスだったのだろうか。
どんなウイルスかを聞いてみたが、詳細は分からないのだという。
だが、そんな人類をウイルスから守った神樹という神様。
神様というか宗教というのは人類の発明に過ぎず、存在しないと思ったのに。
よくよく考えると、四国だけでインフラとかその他が機能するわけがないのだ。
そこら辺をすべて神樹様がなんとかしていると聞くと、神樹様スゲーってなるか。
大樹という明らかに目で見える形で顕現した神様。
そりゃあ信仰が広がるわけだ。
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夏。親戚・分家たちが本家である乃木家に集まる日がついに来た。
今回から俺も出かけることになった。こればかりは顔を出さねばならない。
乃木家は大赦という機関でもツートップの片翼的存在で、非常に格式の高い家なのだという。
今までは出なかったが、これからは顔を出さなければならない。
「――――」
乃木家。両親の口からは以前から聞いていたが、実際に訪れるのは初めてだ。
加賀家の本家に値するらしいが、正直よくわからない。
本家とか分家とか、その手の文化は前世では経験しなかった。
車で乃木家・本家に向かう。
途中、ちらっと大橋が見えた。すごく――大きいです。
しばらくすると、大きな屋敷についた。
(……皇居かな?)
最初の感想がそれだった。それぐらい日本の和をこれでもかと、装飾から草木に渡るまであらゆる贅沢が施されたような、大きな屋敷であったのだ。
俺たちは時代劇で見たようなすごく立派な門を潜り抜け本館に向かう。
使用人らしき人たちが通り過ぎる度にこちらに挨拶してくる。
そっと会釈をして、彼らの横を通り過ぎた。
「――――」
部屋の内装はフローリング、壁など洋風だったが、ところどころに襖があった。
廊下は異様に長く、窓の景色から大きな池が見えた。
池には赤や金の錦鯉が口をパクつかせながら悠々と水中を泳いでいた。
館に入ると執事っぽい人に案内された。
執務室らしき部屋に着くと、着席を促された。
その後両親と共に出されたお茶を飲み、乃木家当主と、その奥さんに挨拶をした。
奥さん、美人だな。どちらも真面目そうでしっかりしてそうだ。
きっとこの人たちの子供なら、さぞかししっかりした子に違いないだろう。
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案外大したことはなかった。
本当に顔合わせをしただけだった。世間話をして、お菓子を食べた。
第一印象ほど厳しいとは感じなかった。むしろ優しい面もある感じだ。
ニコニコして元気に挨拶はした。
その後、やんわりと俺だけ別の部屋に移動させられた。
なんでも、大人同士で何か話し合いをするのだという。
子供は子供同士で遊んでなさいと。
そして俺は執事さんらしき人に連れられて、乃木夫妻のお子様がいるという部屋に向かった。
どれ、いっちょお兄さんが遊んでやるかね。ヘッヘッヘ。
さて、本家の子はいったいどんな子かな。
思えば両親と安芸先生以外まったく人に会わなかったからな。
そもそも男か女かすら聞いていなかったから楽しみだ。
神樹様、どうか可愛い子でありますように。信仰しますから。
「神よ……」
「こちらでございます」
「――あ、はい、どうも」
「……では」
そして俺は部屋の前まで案内された。
執事はどうやらそこまでらしく、礼をして去って行った。
俺はドアにノックをして、ノブを回した。
---
「――――ぉ」
初めて見た時、俺は呼吸が止まったことに気が付かなかった。
人形のようだと思った。それほどまでに精巧な顔をしており、
思わず一瞬だけ、俺は見惚れてしまった。
一目見た瞬間、俺は彼女にそんな思いを抱いた。
ちなみに他に子供はいなかった。
歳は俺と同じくらいだろうか。
柔らかく下がった眦。
真っ直ぐに伸びた艶のある、純金を溶かしたと感じさせる黄金の美しく長い髪。
白く純白を思わせる肌。後髪をまとめる青いリボン。
一目見ただけで、その少女はご両親の愛を受け、大切に育てられているのだと感じた。
同時に箱入り娘というのは、この娘のような人を指すのだろうなと思った。
第一印象は、お嬢様。
将来美人になったら10人中10人が振り向くような美女に成長するだろう。
その片鱗がすでに窺えた。
「誰~?」
「――。初めまして。加賀亮之佑です」
早速、本家のお嬢さまに挨拶と礼をしてみるが、
「…………」
彼女は目を閉じる。その眦がやや震える。
しかしそれ以降反応がない。
「あ、あのぉ……」
「……んん……ん……? あ、寝ちゃってた~! ごめんね〜。――それでは、こんにちは~。私は、乃木園子って言います~」
「そ、そうですか」
「あなたが加賀さんちの亮之佑君だね~。よろしく~」
「あ、はい」
どうしよう。人生二度目だが初めて接するタイプだ。
同時に自分の人生の薄っぺらさに笑うが、思考を振り切る。
もしも彼女をゲーム風に言うと、タイプ:マイペース・おっとりか。
参ったな、対処の方法が分からん。でもちゃんと俺の話は聞いていたぞ。
「――えっと」
でも分かるぞ。この感じ。
ピキーン! という効果音と共に俺の脳裏をスキルが過った。
俺のハイパースキル:前世の直感が告げている。
――こいつO型だな? と。
落ち着け、俺は大丈夫だ。クールだ、クールになれ、加賀亮之佑。
我は前世を足し合わせれば30歳になる男。
たとえこのボディが5歳児であっても、精神年齢において負ける訳にはいかんのだ。
前世とは違うのだよ、前世とは。
見せてやろう、5年で培った私の小粋なトークの力を。
「乃木さん」
「ん~? 何かな」
彼女は目をしょぼつかせ、手で目を擦る。
お昼寝中だったのだろうか。申し訳ないことをした。
「俺と、友達から始めませんか?」
「ん~?」
落ち着け、平常心だ。会話のチョイスとしては微妙だが、口に出したものはしょうがない。
文脈をうまく修正する。
「いや、これまで僕はずっと一人で過ごしていまして、乃木さんとお友達になれたら嬉しいなぁと思いまして……」
「私とお友達になりたいの……?」
彼女、乃木園子は小首を傾げて聞いてくる。
小動物的な動きをする彼女は、純粋にかわいいなと感じた。
(このくらいの無知で穢れを知らない感じがたまらんのだろうなぁ)
な、そうだろ?
イエスロリータ。ノータッチ。俺はちがうが。
「――――」
月下の誓いを思い出す。あれから4年が経過したが、あの闇夜を切り裂いた月の輝きを忘れたことなど一度もない。そうさ、忘れてない。
俺は後悔だけは絶対にしないって誓ったんだ。
目の前の穢れの無い美しい存在に、俺は微笑んだ。
「そうです」
そっと彼女の前に跪く。
「どうか俺と――――」
右手を園子の目の前に近づける。
左手を右手に重ね、フンッ……フヌヌヌ……と力を入れる。
案の定、何をするのだろうかと俺の手に注目をする園子。
「――お友達になっては、くれませんか?」
左手をそっと右手から離すと、ポンッ! という音と共に、
小さな青バラがいつの間にか右手に収められていた。
「わぁ~!」
園子は目を煌めかせる。
キラキラとするその眼差しは、なぜか椎茸を連想させた。
そのまま、バラを園子に手渡す。
受け取った園子はじっとバラを見つめる。
俺はその茎の部分を引っ張る。
今は無きあらゆる国旗たちが紐にぶら下がって顔を出す。
アメリカ、ロシア、ドイツ、イギリス、フランスなどなど嘗ての国の旗である。
器用さを上げた俺には、既にこの程度の自作は不可能ではなくなった。
ちょっとクサイが、周りには俺たちしかいなかった。
大丈夫だろう。ここで恥ずかしがる素振りを見せたら負けだ。
手品が役立った瞬間である。練習してよかった、器用度を上げて良かった。
なにより人生でやってみたいことベスト20に位置した行動をやれてよかった。
後悔はない。清々しい気分だ。決まると楽しいね。
彼女の笑い声はとても澄み切っていて、笑顔に満ち溢れていた。
彼女の笑顔は、バラのように艶やかで綺麗だった……なんて。
いつまでもこの笑い声を聞いていたいと、俺はそう思った。
「初めての友達だぁ!! よろしくね~、かっきー!」
「――よろしく……」
テンションの上がったらしい彼女は、俺に無邪気に抱き着いてきた。
少し驚いたが、俺も園子の体をそっと抱きしめ返す。
園子の体は柔らかく、温かく、僅かにミルクのような甘く蕩けるような香りがした。
セミが珍しく鳴かない夏の日。
俺たちは出会った。
この縁は、きっと長く続くことを俺はなんとなく予感した。
---
こうして俺は、この人生で初めての友達を作ることができた。
彼女も俺が初めての友達のようだ。やったぜ。
……しかし、ちょっと待ってほしい。
『かっきー』って何の事だと、俺は頭を悩ませることになった。