変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第四十九話 墓前での報告」

 僅かな重みを腕に感じながらもドアは開く。

 決して広々とした空間ではないが、狭いながらも落ち着く感じの個室だ。

 そうして部屋に入ると真っ先に目につくのは、その白さである。

 清潔さを重視した白く硬い床を靴底で感じつつも後ろ手にドアを閉める。

 

「やあ、今日はガーベラなんだ。見てくれよ、花屋がちょうど友達の親御さんが経営している店でさ。サービスで安くしてくれたんだ」

 

 その部屋の主に声を掛けながら、俺は花瓶にある花を交換する。

 折り畳まれた車椅子を見下ろすが、今日は雨が降っていて散歩することは出来そうに無い。

 窓の外を見上げると、空は曇り弱くはない冷たい雨が降ってくる。

 

「そう言えば、ガーベラっていったらさ、ちょうど今年の四月を思い出すよな。樹が入部して来た時にサプライズで用意したもんな」

 

 窓から離れて、俺は彼女に話しかけつつ丸い椅子を持っていく。

 少し皮の解れた椅子に腰を掛けると、やはり古いのかギシッという音を立てる。

 無言を保つ彼女に俺は笑いかけた。

 

「あの時の風先輩の顔はなかなかに傑作だったと俺は思うよ」

 

 俺は話を続ける。

 誰に急かされる訳でもなく、俺は穏やかに話をする。

 そんな語り手の話に対して、聞き手は今日も静かに耳を傾けるだけだ。

 それでも話す。

 

「あっ、悪いな。つい話が脱線しちゃったな。実はさ、その犬吠埼姉妹もなんだけど、最近樹は声が、風先輩はもう片方の眼の視力が徐々に治りつつあるんだってさ」

 

「――――」

 

「夏凜も最初こそあちこち持っていかれて悲惨だったけど、今では元気だよ。完成型を自称するだけはあるね。……東郷はなんと立てるようになって、最近では自力で歩けるようになったよ」

 

「――――」

 

「ちょうど俺と同じくらいだけど、成長期はこれからだよね、うん」

 

「――――」

 

「俺も最近少しずつだけど見える色がマシになってきたよ。なぜか紅色の眼は戻らないけども……」

 

 一瞬の迷いが生じる中で、俺はそっと手を伸ばす。

 その先にあるのは、毛布に乗せられた白く細い手だ。

 両手で掴み取り目蓋を閉じると、掌に僅かに心臓の鼓動を、生命の暖かさを感じた。

 

「……だから後は」

 

 だと言うのに、覗き込む赤い瞳には、快活さも、明るさも、優しさも、何も感じられなかった。

 本当に生きているのかすら、こうやって触れなければ分からなかった。

 不安だからこうやって話しかける。

 どうか起きてくれと祈りながら。

 

「友奈、お前だけだよ」

 

「――――」

 

 その瞳には、何も映り込んではいなかった。

 何一つ感情を宿してはいなかった。

 

 

 

 あの戦いから、既に3週間が経過していた。

 

 

 

 = = = = =

 

 

 

 あの後。

 勇者側に再覚醒した東郷含め、太陽の如き形態となった獅子座を止めるべく迅速に行動した。

 神樹を燃やし破壊する侵略者を止めるべく友奈、東郷と満開状態で拮抗していたが、

 満開のエネルギーが切れたのか、最初に友奈が脱落し、再び押され出した。

 

「東郷! これが終わったら後でミッチリ説教だからね!」

 

「――――風先輩……!」

 

 そんな危機的状況の中で、風と樹も満開をし、此方に駆けつけてくれた。

 風も樹も満開すれば何かしら失うリスクがあるにも関わらず、

 それでも暴走した馬鹿な後輩を叱る明日の為に、切り札を切ることに躊躇いは無かった。

 

「―――――」

 

「樹ちゃん……」

 

 樹もまたそんな姉の隣で力を振るう。

 尊敬する姉の隣で、大切な勇者部の為に、明日の日常を謳歌する為に頑張る。

 心の芯の強い声無き少女は、無言で東郷に頷く。

 それだけで東郷には十分であった。

 

 巨大な太陽の進行は、俺と東郷に加え、風、樹が加わり辛うじて押し留めることに成功した。

 だが、それだけであった。

 

 ジリ貧の状態で不味いのは、満開の継続時間に限界があるこちらである。

 対して獅子座は拮抗状態を崩すべく、火炎の一部を後方に回して噴射し、新たな推力を得た。

 そうして着々とだが、防衛側が押され始めた。

 

「――――っ」

 

 このままでは押し負ける。

 腕をへし折るような秒ごとに重くなる重圧と獅子座の威圧感、迫り来る限界時間に対して、

 一瞬だけ瞼を閉じると、暗闇の中で絶対に諦めなかった少女の姿が焼きついていた。

 

 そうだ。

 俺は、俺たちはこんな所で諦めてなんかいられないのだ。

 歯を食い縛り、押し返すべくエネルギーを集中させていると、

 

「そこかぁあああぁああっ――――!!」

 

「夏凜!?」

 

 そんな状況で、重圧が再び軽くなった。

 聞き覚えのあるその声に目を向けると、間違いなく夏凜であった。

 そういえば夏凜の満開姿は見たことが無かったなと、場違いにだが俺は思った。

 

 こうして再び勇者部は集った。

 

 見えない未来に絶望し、裏切りに失意の叫びを上げ、バラバラであった勇者部は、

 今再び、同じ目的の為に集うことができたのだ。

 夏凜の合流により状況は再度拮抗状態になるが、勇者部部長が吼える。

 

「よーーーし!! それじゃ皆、絶対に押し勝つわよ!! 勇者部五箇条ひとーーつ!!」

 

「なるべく諦めない!」

 

「―――――」

 

 それに呼応したかのように夏凜が叫び返し、樹が無音の声を張り上げる。

 

「なせば大抵!」

 

 今この場だけは、全員の想いが一致していたと俺は思った。

 信じるように、目の前の敵に挑むように、俺も声を出す。

 

「なんとか、なああぁぁぁあああるっ――――!!」

 

 俺の声に続き五箇条を叫ぶのは、地面から再度飛翔する桜色の勇者であった。

 槍のように、銃弾のように、弓矢のように。

 強靭な意志が、その拳が紅の太陽を破壊するべく振るわれる。

 その一撃に篭めた拳こそが、勇者部の最後の切り札であった。

 

「友奈ちゃん!!」

 

「――――っ」

 

「うおおおぉぉぉおおおおっ――――――!!」

 

 東郷が叫ぶ中、俺が無言でその背中を見送る中、

 声を高らかに張り上げる友奈は、その手を太陽の奥にある御霊に向かって伸ばした。

 それから――――

 

 

 = = = = =

 

 

 

「ん……」

 

 どうやら眠ってしまったらしい。

 既に窓から注ぐ光が、部屋のシーツや床を茜色に染めていた。

 突っ伏して眠ってしまった為か、僅かに乱れた毛布を掛け直す。

 

「……」

 

 あの戦いは、友奈が御霊を破壊する事に成功して終わった。

 それを見届け俺も気絶していたらしく、気づくと全員仲良く入院する事になっていた。

 それが3週間前の出来事だ。

 

 その際に満開した少女達も新しく散華の影響が出たらしいが、

 今回は本当に一時的だったらしく、すぐに回復したと医者が言っていた。

 

 ところでこの禿げ医者。

 やはり大赦の回し者だったが、宗一朗の友達でもあったらしい。

 思い出話に花を咲かせていると、気づけばメールで話をする程度の友達になった。

 

 また風の処遇についてだが、

 大赦側からは何のお咎めもないどころか、メールも一方通行のもので、返信が無くなったらしい。

 「もしかしたら御役目も終わったのかもね」と風が言っていたのは記憶に新しい。

 

 そうして一週間前に勇者部の面々……というか主に喪失箇所の酷かった風と夏凜が、

 病院側の基準で日常生活を送れると判定され、ようやく退院の許可が下りたのだ。

 

 その間、俺が風に頼まれて、姉代打として樹の家事のサポートをしていたのはまた別の話だ。

 まあ……強いて言うならば、この紳士たる俺に頼んだことは正解だろう。

 何せ既に俺は一人であるが、家事をお母さん任せにしていた子を一人前の嫁にしたのだから。

 きっと風は一人前になった樹を見て、泣いて喜ぶのは間違いないだろう。

 

「そうだ、友奈。もう少ししたら文化祭があるんだけどさ。その役でお前にピッタリなのがあるんだよ。勇者役の――――」

 

 そうして全員が退院する中で、唯一友奈だけが病院に残った。

 専門医によると肉体の方は既に回復しているらしい。

 だが、俺がいくら呼びかけても、話しかけても、揉みしだいても、友奈は反応してくれなかった。

 

 それでも俺は諦めたくはなかった。

 

「……また来るよ、友奈」

 

「―――――」

 

「いつまでも、お前が戻ってくるのを俺は待っているよ」

 

 彼女の頭を抱きしめて撫でると、己の腕からさらさらと赤い髪が零れ落ちた。

 窓から見える木々の葉は秋の風が連れて行くのが見て取れた。

 いつの間にか茜色の夕焼けが追われるようにして、水平の昏い闇が空を支配し始めていた。

 

 

 ---

 

 

 

 友奈の見舞いの次の日。

 俺は一人で宗一朗と綾香のいる墓場へと赴いた。

 

 二人の墓は大赦が用意したらしく、それなりに景色が良い場所だった。

 大赦御用達らしく管理も非常に行き届いている。

 一般の墓よりも多少は待遇が良いらしい。勇者特権なのでフルに使わせて貰う。

 

 砂利を踏みながら、俺は墓の前でしばらく突っ立っていた。

 黒光りした硬そうな石は、俺が所持している剣と似た色だなとなぜか思った。

 神世紀の時代では信仰の対象は大赦によって一本化されたが、

 俺のいた生前の世界と墓参りに関してのソレらは大差は無かった。

 

 一応これまでにも数回ほど来たので、道中で迷う事も無い。

 『加賀家之墓』と彫られた長方形の黒石の目の前に立つ。

 

「父さん、母さん」

 

 今後の生活に関しては、二人の財産があった。

 乃木家ほどではなかったが、大きな家を所有していた彼らはやはり名家の出なのだろう。

 他に子供もおらず、これから急に生活が困るような事態にならない事に改めて感謝した。

 

「また、来たよ」

 

 とりあえず、用意してきた酒瓶や花束を小脇に置きながら、墓を掃除する。

 酒は宗一朗に、花は綾香に対してのささやかな贈り物だ。

 きっと彼らならば、天国から喜んでくれるだろう。

 

 掃除といっても墓石に載った枯葉を取ったり、水で湿らせた布で拭き取る程度だ。

 そう難しい物ではなく掃除自体はすぐに済む。

 ここの墓守がきっちりと管理をし、墓場全体がある程度の清掃が施されているからだ。

 

 掃除を終え、酒瓶を置き、花を添える。

 片手で数える程度だが慣れ始めた工程を終え、腰を下ろして両手で拝む。

 

「父さん、母さん。俺たちの御役目は終わったらしいよ。これからしばらくはバーテックスが攻め込んでこないらしいってさ」

 

 墓前で俺は二人に報告する。

 

「端末は回収されて、戦闘データを元に後輩に引き継がせるらしいってさ」

 

 具体的には大赦から園子経由で話を聞いたのだが。

 優しい神樹様が捧げた供物を返してくれたらしいとか何とか。

 まあ、おかげで病院生活をすることも無いから一先ずはそれで良しとしよう。

 

「……」

 

 時間は僅かにだが、俺と宗一朗、綾香の関係を昔の様な関係から変えていた。

 それを改善する前に逝ってしまったことが心残りだ。

 タクシーに乗り込む直前に交わした言葉が、彼らにとっては最後なのだ。

 最後の瞬間に宗一朗と綾香が何を思ったのかはわからない。

 

「そういえば、父さんのおかげで俺は園子に再び会うことができたよ。ありがとう」

 

 対する俺は少し違う。

 後悔の果てに見た夢の世界で、指輪の世界で再び会うことができた。

 あの時に別れを言うことができたのは、たとえ自己満足に過ぎなくても心の痞えが取れた。

 あれがあったからきっと今の俺があるのだろう。

 

「母さんの作ってくれたレシピ本のおかげで、加賀さんちの味を絶やさずに済みそうだよ」

 

 あのレシピ本は俺に膨大なレパートリーをくれた。

 一見そこまで分厚い物ではなかったが、しっかりと誤字なくタイピングされた上に、

 更に色々と書き込まれた世界で一冊の大切な本である。

 その凝り性っぷりは、きっと生きていたら東郷と馬が合いそうだなと思った。

 

「これからもどうにか頑張っていけそうだよ」

 

 俺の親に対して「ありがとう」と墓石に向かって呟くと、宗一朗と綾香の顔が見えた気がした。

 何かを言ってくれた訳ではないが、こちらに向ける顔は笑顔であるように感じた。

 

 紙コップを用意して酒瓶から琥珀色の液体を注ぎ、墓の前で一人乾杯する。

 酒を飲むとピリッとした、針のような痛みを舌の上で感じた。

 一口飲むたびに喉を焼き、ドロリとした液体が胃の中へと流れるのを感じた。

 

「宗一朗、俺はあの時お前に誓ったんだ……。あの日月の綺麗な夜に、力をつけて、大赦に俺たちを苦しめたことに対して報復を行うと。あの日、勝手にそう誓いを立てたんだ」

 

 俺は一人で墓石を通して、天国にいる男に話しかけながら立ち上がった。

 もう一口だけ飲み舌の上で転がすように味わってから、トクトクと墓にかける。

 そうしていると、ふと自身のズボンのポケットが震えていることに気がついた。

 

「もしもし」

 

 バイブ音に設定していた携帯を取り出すと、東郷からだった。

 

『あっ、えっと、亮くん?』

 

「そうだよ」

 

 そう言えば、東郷とは最近話をしていなかったなと思う。

 明確に避けていたつもりはない。

 あの戦闘……いや満開の華が散ってから感じていた苛立ちといった負の感情は減っていた。

 だからと言って、俺が放った暴言は、本音かもしれないが許されるものではないだろう。

 まあ悪いとは思っても間違っているとは思えないが。

 

「どうしたんだ? 俺の声が聞きたくなったのか?」

 

『えっ、いやそういう訳では……。あっでも決して聞きたくないという意味じゃ……』

 

「東郷さんの声って俺好きだよ。なんかこう……歌手をやってそうな透き通った声が」

 

『きゅ、急にそんなこと言われても……』

 

 なるだけ以前と同じような調子で話しかけると、期待通りの反応を返してくれた。

 僅かにクツ……と口の端から笑みが漏れると自身が揶揄されているのに気づいたのか、

 携帯越しにやや低い声が響くので慌てて謝罪する。

 

『もう……そうじゃなくて、少し前に友奈ちゃんが目覚めたのよ』

 

「すぐに行く」

 

 あれだけ呼びかけても目覚めなかった友奈が目覚めたらしい。

 少し前と言っていたのなら、きっとさっきまで涙の再会だったのだろう。

 無性にあの舌ったらずで暖かさのある友奈の声を聴きたいなと思った。

 

『うん、二人で待ってるね』

 

「あっ、東郷さん」

 

『どうしたの?』

 

「―――いや、また後で」

 

 そう言って、電話を切る。

 携帯電話をしまい込み、再び俺は墓石に話しかける。

 

「宗一朗。俺はあの時大赦に復讐することを決めたけども、結局今のところはまだ決行していないよ。だけども――――」

 

 あれから時間も経過して考え方も変わった。

 文字通り世界が変わったのだ。

 それでも俺は自分の生き方を貫き通した。

 

「―――――それでも今度は、俺の守りたいものを守れたよ」

 

 空になった酒瓶に蓋をして、持ち帰るか少し悩んだがそのまま墓石の傍に置いておく。

 

「それじゃ、また来るよ二人とも」

 

 そうして俺は墓石に背を向けて歩き出した。

 結局、何かが根本的に解決した訳ではない。

 世界は相変わらず偽りでできている。

 

 だが、それでも。

 空を見上げると満天の青空が目の前に広がっている。

 曇天ではない、雲一つない青空を見ていると、秋風が前髪を揺らした。

 

「後悔はしない……か」

 

 俺がここに生まれてから、あの誓いを立ててから13年。

 それなりに色々あったと思う。

 嬉しい事もあったし、悲しい事もあった。

 生前のろくでもない人生の何倍も濃密な時間を過ごすことができていると思う。

 

 前世と異なり、子供よりも先に親が逝ってしまった。

 だが、きっとソレは必然なのだ。

 至極当たり前の事であり、誰もがいつかは体験する事なのだ。

 

 生前の俺には、大切な物と呼べる何かは結局見つけることが出来なかった。

 だが今の俺には自らの命よりも大切な物が出来た。

 そして明日を求めて抗った結果、今を掴み取ることが出来たのだ。

 

 だがここまでの旅路は一つの着地点でしかない。

 きっとこれからも理不尽が、不条理が襲ってくるだろう。

 けれど俺は生きている。死んではいないのだ。

 

 これから先も生きていくのだ。

 誓いを忘れずに。

 

 命の灯が尽きるその日まで。

 後悔することなく、抗い続けるのだ。

 

 

 




【第四幕】 運命の章-完-

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