変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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【第五幕】 番外の章
「第五十話 雪の華が降る日にて」


 意識の覚醒に伴い俺が感じたのは、鈍い頭痛でも不快な悪夢を見た刹那の恐怖でもなかった。

 微睡みの中で半分ほどしか意識が覚醒せず、重たい目蓋を少しだけ開く。

 

「……しゃ、むくね」

 

 本当に血が通っているのかと思うほどに冷えた身体を震わせる。

 同時に寝起きの微かに発したしゃがれた声が自らの耳を通り抜け、脳に覚醒の合図を送り込む。

 己の胴体の下に感じるいつもの寝台は自熱で暖かいが、毛布からはみ出ている部分が寒い。

 

「……暖房」

 

 リモコンが遠い為に伸ばしかけた手を戻し諦める。

 こういう日に限って寝相が悪いのか、頭を乗せていたはずの枕は見当たらなかった。

 自分の寝相の悪さに苛立つ暇すら惜しく、肌寒さから逃れる為に盛り上がっている毛布を被る。

 

「―――ん」

 

「……?」

 

 僅かに何かの声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。

 寝ぼけているのだと自己分析を終了すると同時に毛布の中で枕の感触を感じる。

 枕を発見した事に安堵を抱きつつも、布の感触が少し微妙なので捲って顔を突っ込む。

 

「……ぁ」

 

「……」

 

 何も聞こえなかった。

 そんな事よりも、素晴らしい枕の感触を確かめなければならない。

 自らの頬で感触を確かめると、弾力と人肌の如き暖かさを感じる。

 決して引き締まっている訳ではなく、むしろ程よい柔らかさを自肌で感じとる。

 

 目蓋を閉じうつ伏せで二度寝に移ろうとすると、鼻腔を甘い匂いがくすぐる。

 深呼吸を繰り返し、甘く感じる空気を自らの肺に送り込み膨らませる。

 眼を閉じたまま、眠気に抗い辛うじて動く手ですべすべな枕の感触を楽しむ。

 

「……んっ……ふっ」

 

 この枕に頭を乗せていると、規則的に上下しているのが分かった。

 生暖かい枕の表面を指の腹で撫で感触を楽しむと比例するようにどこからか声が聞こえる。

 身をくねらせ逃げようとする枕を手足で固定していると、ふと指の腹に窪みを感じた。

 

「……?」

 

 枕に窪みなんてあるのだろうか。

 そんな疑問が浮かんだ所為で僅かに目蓋を開ける。

 身体を毛布の中に入れている為暗い視界に慣れる間、窪み周りを指で弄りまわす。

 

 暗視モノクルがあれば一発で判明したのかもしれないが、現在の俺の装備はパジャマだけだ。

 取りに行くためには毛布の外に出て数歩ほど歩き作業机まで行かないといけない。

 そんな事をしたら数秒であれ絶対に寒いという確信を俺は抱いた。

 

 先ほど時計を見た時の記憶は、まだ朝の6時を過ぎた辺りだったはずだ。

 今更起きて毛布を取り除くのは無粋の極みであり、無意味に寒さを招くだけである。

 乱暴な事はしない。それが紳士の掟なのだから。

 ここまで来たんだ、最後まで付き合ってくれ枕よと心の中で告げる。

 

「―――――ふきゅ」

 

 友奈の手がマッサージにおいて最強のゴットフィンガーならば、

 俺の手はきっと悪戯と手癖の悪さと器用さにおいて無敵のマジックフィンガーだろう。

 キチンと反応を返してくれることにやりがいを感じる。

 特にビクリと跳ねた時が楽しい。

 とっても楽しい。

 

「……」

 

 押したり、突いたり、円を描くように指の腹で反応を楽しむ。

 そしてその指で枕を弄る度に、少し前から艶のある声が聞こえるが気のせいだろう。

 聞こえる声は無視し、暗闇に慣れた視界で確認すると、遂に窪みの正体が判明した。

 

(……なんだこれは?)

 

 それは俺の身体にも、例えば勇者部の女性陣にも、というかどの人間にもついている『へそ』であった。

 

(そんな……馬鹿な……!!)

 

 衝撃的だった。

 俺の世界で何か革命が起きるのを感じた。

 俺が今横になっている枕は、誰かのお腹だったのだ。

 枕であると思っていたのにも関わらず……このやや呼吸が早くなったソレは枕ではなかったのだ。

 

「あっ…………っきー」

 

 なんとなく指の腹で円を描くと反応があった。

 改めて俺の視界にある枕だと思っていたのは、誰かのお腹であった。

 くびれのある細い腰のラインは間違いなく、誰かのお腹であったのだ。

 

(これが、新大陸か……)

 

 かつての偉人達の興奮が自らの瞼を閉じると蘇るのを感じた。

 その興奮のままに、俺はその後も自らの枕の反応を楽しむことにしたのだった。

 

 

 

 ---

 

 

 

 それから体感30分ほどが経過しただろうか。

 フルフルと震える枕に頬ずりしながら俺はそろそろ真面目に思考を進める。

 俺が今毛布の中でがっちりとロックしているのは誰なのだろうかと。

 紳士を名乗るに相応しい頭脳が回答を出す。

 

 さて、俺がいるであろうシングルベッドはいつもの俺の部屋にあったのは先ほど確認済みだ。

 ならばここは加賀家だろう。

 

 そしてこの素晴らしいお腹の持ち主は予測がつく。

 流石に知らない人ということはないだろう。ここまで来て知らない人だったら怖い。

 本当にあった怖い話として是非とも風に聞かせなければ。

 

 それにしてもだ。

 ここまでやって反撃してこないのも中々珍しい。

 そろそろ起きようと思うが、その前に一舐めすると仄かな甘さとしょっぱさを感じた。

 

「―――――やっ」

 

 ついに我慢の限界が来たのか。

 奇声を上げた枕側もようやく踏ん切りがついたのだろう。

 突如頭上の毛布越しに手のようなものが押さえに掛かる。

 普段のおっとりさを感じさせない抵抗に対して俺も両腕を華奢な腰に回し、必死にくすぐる。

 

「あっ、待ってきゃっきー! わたっ、そにょっ!」

 

「枕が喋っただと……!? おのれ曲者め、一体何者だっ!!」

 

 そんな攻防が5分ほど続いたが、勝ったのは俺だった。

 勝手に俺のベッドに入り込んで来たのが悪いのだ。

 今回はこの程度で許してやろう。

 

 

 

 ---

 

 

 

 曲者の正体が判明した。

 

「園子様。俺はずっと枕だと思ってたんよ。だからそんなに顔を赤くしないでちょうだいな」

 

「……そういえばかっきーは変態さんだったね」

 

「―――いや、本当に不可抗力なんで」

 

「わかってる、わかってるよ、うんうん」

 

 とりあえず身体も体操で温まったので、顔を毛布から出すとなんと園子であった。

 頬を朱に染め、瞳を潤ませ、衣服が乱れている姿はなんとも言えない扇情感があった。

 

 だが流石にやり過ぎたのか、お嬢様が機嫌を損ねてしまうという珍しい現場に直面した。

 色々やって園子様に謝り、今度何かを奢ることで許して貰うまでに約20分ほどが経過していた。

 そんな園子は先ほどから座り込み、ピンクのサンチョを抱きしめて俺を見上げるばかりだ。

 

「そういえば、園子がここに来たのは何気に初めてなんじゃ―――」

 

「かっきー」

 

「はい?」

 

 自然と話を逸らし、未来に向けて生産的なお話をしようとすると、

 園子が俺の言葉を遮り、声高々に俺に要求をしてきた。

 

「園ちゃん。リピートアフタミー園ちゃん!」

 

「……園ちゃん」

 

「うんうん。やっぱりそっちがいいんよ。イネース! Hey!」

 

「……ヘイ」

 

 機嫌が戻りほにゃりとし出した顔を見ながら苦笑と共にハイタッチをする。

 この感じが既に懐かしい物だと思いながら、ようやく質問する。

 

「なんで園子がここにいるの?」

 

「それはね~、私が乃木さんちの園子だからだよ~」

 

「……?」

 

 質問をすると自己紹介をしてくれた。

 だが残念ながら、そんな要求はしていない。

 

 今俺が要求しているのはカーブでもフォークでもない。真っ直ぐなストレートだけだ。

 そんなピッチャーは、疑問を浮かべるキャッチャーの顔を見て理解したのだろう。

 コクリと頷き、分かりやすい答えを投げつけてくれた。

 

「だから、私は乃木の家の者だから、大抵の事において不可能なんてないんよ~」

 

「わお」

 

 投げたストレートは俺の鳩尾に直撃したようだ。

 要するに普通にピッキングか何かをして入り込んできたのだろう。

 思わず蹲ると、脳裏に乃木家本家にいる使用人達のサムズアップ姿が過った。

 

「かっきー……」

 

「―――はい?」

 

「私を見てみて。包帯も全部取れて、ようやくかっきーの家に来れたんよ」

 

「ん」

 

 園子は時々俺の心に直球で響く言葉をくれる。

 そんな時は大抵俺が折れ、園子が笑顔になったかつての光景をふと思いだした。

 

「私はね、かっきー。どんな手段を用いても、かっきーと一緒に眠りたかったんだ~」

 

「園ちゃん……」

 

 そんな素直な言葉を頬を染めて照れながら言われると、反論の一つも言い返せない。

 それに園子と眠っていた時はいつもよりもぐっすりと眠れた気がする。

 一緒に眠りたいというなら、いつでも歓迎である。

 二人してお互いの瞳を見合い、暖かく良い感じの雰囲気になっていると、ふと肌寒さを思い出した。

 

「……それにしても寒いな」

 

「そっか。かっきーはまだ外を見てないんだ~」

 

「……?」

 

 にまにました顔になる園子の姿を訝しげに見ながら、ベッドから第一歩を踏み出す。

 素足で感じるフローリングの床は冷たく、俺はある種の嫌な予感を抱いた。

 

「いやいや、でもまだ11月の後半だし……」

 

「ふっふっふ……」

 

 そういえば昨日、確かテレビでキャスターが何か言ってた気がする。

 およそ5歩でカーテンに辿り着く俺と、そんな俺を見る園子と抱きしめたサンチョが横に並ぶ。

 

「見るがよい。そして平伏すがよい~」

 

 よく分からない言葉を言いながら、部屋の緑色のカーテンを園子が引くと、

 

「なっ、なんだ……これは……!!」

 

 霧のように灰色に立ち込めた雪の空。

 白い粉のような雪が付着した窓越しに見る世界は、昨日とは一変していた。

 一面銀色の世界と化した中で、滲み出るように雪の粉が次から次へと下界へ急いでいた。

 

 慌てて自室を出て一階に降り、転がるようにしてリモコンを片手にソファに飛び移る。

 同時に片手でリモコンを通じてテレビの電源をつけると、

 

『え~、現在55年ぶりに27センチの降雪というのが讃州市を中心とし、香川県全域で発生しております』

 

 速報と書かれたテロップと、表情を押し殺し淡々と原稿を読み上げる美人キャスターが映った。

 俺はリモコンをテーブルに置きながら、そのニュースの内容を食い入るように見つめた。

 

『この大雪によって、電車の遅れ、及び交通渋滞が起きております。また現在3人の方が転倒するといった被害が出ており――――――』

 

「園ちゃん、キミが来た時にはもう降ってたのか?」

 

 やがてニュースの内容から視線を移し、いつの間にか隣に座っている園子に目を向ける。

 

「うん、車で来たけどその時にはだいぶ降ってきてたよ」

 

「そっか、ところで朝ご飯は食べた?」

 

 雪は現在も空から舞い散り、純白の光彩が街全体に敷き詰められており、

 大小様々な車の渋滞している様子がテレビに映っていた。

 その光景を尻目にソファから立ち上がり、エプロンを持ちながらキッチンに向かう。

 エプロンを装備し終え、冷蔵庫を開けると大変な事に気づいた。

 

「やっちまったぜ~」

 

 今もなおソファでテレビを見ながらうたた寝をする誰かの口調が移るのを気にせず、

 俺は目の前に広がる惨状に対して頭痛を感じた。

 このままでは、夕食を待たずして食材が尽きてしまう。

 ひとまず二人分用意したココアを注いだマグカップを持っていく。

 

「ぷはぁ〜。蘇るぜ〜」

 

「それは良かったね」

 

 マグカップから白い湯気が空に昇る中で、一つ一つの動作に気品溢れる姿を見ながら、

 テレビで今後の天気予報を見つつ頭の中でタイムスケジュールを展開させる。

 焼き上げた白い丸パンを噛みながら、サクサクさと柔らかさのハーモニーを口内で感じつつ、

 

「園ちゃんや」

 

「ん~? 何かな~、デートのお誘いかな~?」

 

 俺が名前を呼ぶと、にこやかにそんなことを園子は小首を傾げて悪戯っぽく言う。

 なんとなく琥珀色の瞳を覗き込むと、瞳の奥には星が瞬いているように感じた。

 

「このあと、足りない食材とかを買いに行こうと思うけど……園ちゃんはどうする?」

 

「私も一緒に行きたいな~」

 

「決まりだ」

 

 

 

 ---

 

 

 

 雪が視界を純白に埋め尽くす。

 家にあった雪用のブーツを履き、園子と二人静かな街を歩く。

 正直言って今日が平日だったら学校など休む気だったが、残念ながら日曜日だ。

 とはいえ明日の朝までがピークらしいので、学校が休みである事を祈るばかりだ。

 

「そうだ、園子も讃州中学校に転入って事になるんだよな?」

 

「そうだよ~」

 

 凍てついた道を踏みしめながら、灰色の雲から絶え間なく降る雪を傘で防ぐ。

 一本の黒い傘を俺が持ち、園子がその傘下に入り移動する。

 正直非効率的だなという思いを、腕や肩に感じる温かな柔らかさが沈める。

 

「園ちゃんの制服姿、楽しみだな」

 

「楽しみにしててよ」

 

 日曜日だというのに人も少ない街路を二人で歩く。

 ふとそんな中で俺が立ち止まると、当然園子も立ち止まり怪訝そうな目を向ける。

 

「そういえば、園子と一緒にこうやって歩くのは……随分と久しぶりな気がするな」

 

 こうやって向かい合うと、少しではあるが背丈はこちらが上であるという発見があった。

 白いすだれが幾重にも垂れ下がって視界を鎖す中で、

 それでも一つの黒い傘の中でだけは、何よりも鮮明に園子の姿が映りこんだ。

 

「そういえばそうだね~。リハビリしている間はあんまり会わなかったからね」

 

 傘の柄を再度掴み直し、俺たちは目的の駅前のスーパーへと歩いていく。

 

「園ちゃんは今でも小説って書いているの?」

 

「えっ? うん。そうだよ~」

 

「そうなんだ。なら今度その小説読ませてよ」

 

「じゃあ、帰ったらね」

 

 加賀家には自前のPCもある為、閲覧は出来るのだろう。

 そんな他愛も無い会話をする事すら随分と懐かしく感じた。

 時折俺たちのように傘を差して歩く人もチラホラといる中で、静かに雪は降り続いていた。

 

「―――――」

 

「―――――」

 

 雪が街の音を吸い込みながら、いつまでもいつまでも降り続けていた。

 音というものがまるで聞こえない中で、気がつくと俺たちは無言で歩いていた。

 何か喋るかを考えて咄嗟に出た言葉が、

 

「……寒いか?」

 

 粉雪が自らのコートに落ちて消えるのを目で追っていると、園子が両手に白い息を吐いていた。

 お互い白と黒の対比となるコートとマフラーなど防寒具を揃えてきたが、少し冷えるのだろう。

 そう思っていると園子は擦っていた両手を下ろして、寒さに頬を赤らめた顔を上げた。

 

「寒いけど……かっきーといるから平気かな~」

 

「……」

 

 急に体温が1度ほど上がったような気がした。

 やんわりと薄い微笑みを浮かべる園子から逃げるように目を逸らすと、

 ゆっくりと歩いていたからか、街頭インタビューをしている集団に捕まった。

 

「――テレビ局の者なんですが、ちょっとインタビューをお願いできませんか?」

 

 わざわざこの寒い中お疲れ様です。

 そんな思いを込めつつも他の人と同じく過ぎ去ろうとしたところで、園子が勝手に答えた。

 

「いいですよ~」

 

「ありがとうございます!」

 

「……」

 

「私ね、一度こういうのやってみたかったんよ」

 

「そうですか」

 

 ジトリとした目を園子に向けると、なにやら楽しそうに園子は微笑み返してきた。

 数秒ほど待った後、俺たちは街頭インタビューを受けることになった。

 スタッフが向けてくるテレビカメラの無機質なレンズがこちらを見るのに僅かに戸惑う。

 

 インタビューするお姉さんはマイクを園子に向けてくる。

 俺は答える園子の隣で無言で傘を差すだけの簡単なお仕事だ。

 確かに普段の俺ならばインタビューの10や20問題は無いが、今日はオフの日だ。

 もはや話すことが面倒なので、今回は全てを園子に任せる気でいた。

 

「答えたくない物は答えなくてもよろしいのでお願いしますね」

 

「はーい」

 

 やや微笑み余裕の園子を見てリポーターのお姉さんも微笑み返す。

 そんな光景と傘の外で新たに雪が降り積もる様子を俺はぼんやりと見ていた。

 

「それでは、本日はどのような用事で外に?」

 

「えっとですね、一緒に買い物をする為です~」

 

 恐らく今のは軽いジャブ。

 言ってしまえば本番前の世間話のような物だろう。多分カットされるだろう。

 そして不安だった園子の会話も意外としっかりとした物なので俺は安心した。

 

 

 安心して、油断してしまった。

 

 

 本題に入っても大丈夫そうだなと思ったのか、リポーターは一つだけ質問をした。

 その質問は予想していたようにリアルタイムな物であった。

 

「本日は急に大雪が発生しましたが、この悪天候に対して一言感想を下さい」

 

「そうですね~」

 

 その質問に対して園子は指を顎に当てながら小首を傾げて考える。

 数秒の間の末に、彼女は僅かに頬を赤らめつつも、笑顔でこう言った。

 

「恋人といる時の雪って、特別な気分に浸れて私は好きですね~」

 

「――――」

 

 その言葉が耳朶に届いた瞬間、俺は自らの顔を瞬時に手で隠した。

 今更ながら顔バレが怖くなったというか、赤くなった顔を隠したかったというか、

 園子が唐突にそんな爆弾の如き発言を、よりにもよってテレビカメラの前でするとは思わなかった。

 

「……そうですか、ありがとうございます。お似合いのカップルですね!」

 

「わあ~そう思います? そうなんですよ~。今日なんて」

 

「―――――ん?」

 

 リポーターが褒めるのに気を良くし、にこにこと微笑む園子に反比例して、

 必死に顔を手で隠す俺だったが、よりにもよって第二波が襲い掛かってきた。

 やけに俺の方を見る園子だったが、俺と目を合わせた瞬間に再度口を開いた。

 

「今日なんて朝から激しくされて、できるかと思ったんですから~」

 

 そう言って恍惚な表情で自身のお腹を撫でる園子の姿をカメラが撮った。

 「まあ……!」と言って手を口に当てるリポーターと歯軋りをするスタッフの姿が、

 手のひら越しで覗くことができてしまった。

 

「――――いや、あの」

 

「えっと、それではありがとうございました! お幸せに!」

 

 慌てて園子の主語を欠いた言葉を訂正するべく俺は口を開こうとしたが、

 それよりも数秒早くリポーターとスタッフ達は次の人たちに向かってしまった。

 

「…………園ちゃん」

 

「どうしたの? かっきー」

 

「あの、もしかしてさっきの根に持ってたりする……?」

 

「さっきの……? よく分かんないですな~。そんな事よりも、早く行かないと食材売り切れちゃうぜ~」

 

「……」

 

 思わず黙り込む中でも、雪は更に静かに降り続いていた。

 羽毛のような雪が街の音を吸い込みながら降り続け、再び周囲の音が聞こえなくなった。

 

「園ちゃん」

 

 仕方なしに出そうになるため息を呑み込み傘の柄を持とうとすると、

 持っている手のひらの部分と重なるように、園子もその雪のように白い手で柄を握った。

 一瞬だけ目を合わせた後、再び目的地に向かって俺たちは歩き出した。

 

「なに~?」

 

「今日の夕飯、食べるなら何食べたい?」

 

「うどんかな。強いて言うなれば釜玉うどんの気分かな~。かっきーは?」

 

「俺もうどんかな。強いて言うなれば鍋焼きうどんかな。加賀さんちの特別製なのだぜ」

 

「かっきーの作るうどんなら美味しいだろうな~」

 

「あまりハードルを上げられると潜り抜けたくなるのが俺だよ」

 

「どちらにせよ、楽しみだな~」

 

「……」

 

 この若干園子にペースを取られている感じは随分と懐かしく、同時に求めていたものだった。

 このままズルズルと泊まりそうだなと思いつつ、泊まっていってくれないかなと思いながら、

 

「ところで園ちゃん」

 

「なに~?」

 

「朝の園子はとても可愛かったよ」

 

「……!」

 

 俺は起死回生の反撃に出るのだった。

 

 

 

 ---

 

 

 

 数時間後、ニュースの中で先ほどの映像が香川県で流れたという。

 また画像がネットで流れ、偶然テレビで見た際に勇者部を思わずイラッとさせるのは別の話だ。

 

 

 




【リクエスト要素】
・雪の日に園ちゃんと出かけ街頭インタビューを受けて「恋人といるときの雪は~」と答える園ちゃんと照れるかっきー、そしてそれをテレビで見てイラっとする他勇者部。

リクエスト者の感謝を。

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