変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第五十一話 偽りの恋人」

「……、亮之佑ってば、おーい」

 

 目の前で肌色の手が振られることで、止まっていた意識が戻るのを感じた。

 激しく振られブレて見える手からそっと目を逸らし、俺は辺りを見渡した。

 

 見覚えのある場所を見渡して、ようやくここが讃州中学校の屋上である事を思い出した。

 足を動かすと上履きの底にアスファルトの硬さを感じる。

 少し離れたフェンスから見える山々は、血の滴るような真っ赤な秋の色に染まっていた。

 

「あー」

 

 どうやら知らない内にぼんやりとしていたようだ。

 視線を元に戻すと、少し心配そうな顔をしている勇者部部長の顔を見ることができた。

 意識の再覚醒に伴い、俺は念のため確認の意味も込めて尋ねることにした。

 

「ええ、聞いてますよ。……ですが、もう一回念のためお願いします」

 

「う、うん。だからね……亮之佑」

 

「はい、先輩」

 

 聞いてませんでしたと言えず、咄嗟に確認をするという形で俺がお願いすると、

 不安そうな顔を浮かべていた風は一変して、急に目をあちらこちらに動かし始めた。

 やや頬に朱を浮かべ、自らの両手を弄くり回す挙動不審な風は、やがて意を決したのか、

 

「だから、私の彼氏をやって貰える……?」

 

 と困ったような、それでいて僅かに羞恥心を瞳に浮かべつつ、そんな告白を俺にした。

 

「……」

 

 きっとこの表情だけで、そこら辺の男共ならばコロッと了承の返事をしただろう。

 そしてそのまま家にお持ち帰りのコースなのは間違いない。

 しかし俺は紳士でありちょろい人ではない。そこら辺にいる夏凜と一緒にしてはいけない。

 なればこそ、あえて余裕の表情を浮かべ、息を吸い込みつつ俺は冷静にこう言うことにした。

 

「くわしく」

 

 

 

---

 

 

 

 

 それから恐らく二度目……かも知れない風の説明を聞くことになった。

 

 それは数週間前まで戻る。

 東郷の反乱が終わり、大赦からのお咎めもなく、まだ俺たちが入院していた頃の話だ。

 なんでも樹の声が戻り始め、風の片目が再度見えるようになった頃に事件が起きたという。

 風の心の柱でもある樹の声の復活の片鱗が見え始め、精神的な落ち着きが見え始めた頃にだ。

 

 風曰く、再びモテ期が来たらしい。

 なんと同じく入院患者であった男の人に告白をされたのだと言う。

 

「その人ね、以前の震災で入院していたんだけどね……」

 

「退院したんですか? ……で年齢は?」

 

 どこか遠くから秋の虫が鳴り続ける音を背景に話を続ける。

 

「アタシ達が退院する時と同時にね。年齢の方は確かアタシより一歳上って言ってたわ」

 

「高校生ですか……それでまた断ったんですか」

 

 俺としては意外だったと言ったら失礼になるが、

 風の女子力エピソードに一つストックが出来たという展開で、中身は前回と同じく残念な物になるかと思っていたが、どうも少し違うらしい。

 

「またって……、その人曰く一目惚れだってさ。やっぱり私の隠せない女子力に気づく男はいるのよね~。……けども」

 

 そこから聞く話は、多少は予想と一致していた。

 風よりも年上の男はそれなりに良い感じの男であり、また性格も風基準では良さげだと言う。

 ならばどうして断ったのだろうかと思ったのだが、 

 

「や、その……知らない人と付き合うのってさ……なんか怖いなーなんて……」

 

「……」

 

 要するに、隣で座る少女はヘタレて断ったのだ。

 俺の視線から眼を背け、乾いた笑みを風は浮かべる。

 

 しかし、風の言いたい事は解らない訳ではない。

 まったく知らない人間に言い寄られても嬉しいかと言うと、寧ろ不信感の方が先に立つ。

 特に弱みを握れていない初見の人間に対して、俺は一切の信頼を向ける気はない。

 さすがに風もそこまで考えていた訳ではなく、単純になんか怖いから……という理由だが。

 

「それで……? まさか人を屋上にまで呼びつけて自慢話をしたい訳ではないですよね」

 

「いやーその、……実はですね。断る際にですね。しつこくてさ……」

 

「……」

 

 やけに煮え切らない態度の風に対して、俺は微妙に苛立つ。

 同時になんとなく、敬語を使う風が一体何を言うのかを予感した。

 

「今彼氏がいるんですって言っちゃった!」

 

「―――そうなんですか」

 

「本当にそいつ結構しつこくてさ。自分の目でどうしてもその彼氏が見たいんだって。だからキッパリと断る為にも……お願い、亮之佑! 一日でいいからアタシの彼氏をやってくれない?」

 

 両手を合わせ、風は俺を拝むように頼み事をしてくる。

 その願いを受けて、しばし俺は考える。

 

 要するに墓穴を掘ってピンチな少女は、できる限り隠密に事を済ませたいらしい。

 だからこそ勇者部の皆には相談せずに俺だけに相談したのだろう。

 俺を彼氏役として、咄嗟に言った自らの彼氏として紹介してその人を欺くつもりなのだろう。

 

「風先輩、一つだけ質問です」

 

「何……?」

 

 俺は真面目な顔で風に質問をすることにした。

 実際に俺は風に迫ったらしい優男の顔も何も見てはいないし、告白の現場に立ち会った訳でもない。もしかしたら風側にちょっと誇張表現があるかもと思っている。

 

「本当にいいんですね……?」

 

「―――うん。今は受験勉強もあってそれどころじゃないし。それに樹もいるからね……」

 

「……そうですか」

 

 散々女子力うんぬん言っているが、いざ本番になると若干ヘタレる風を見ながら、

 風自身が納得しているならば俺としては何も問題はないので、了承することにした。

 

「分かりました。ただし風先輩の彼氏をやるにあたり、いくつか条件を呑んで貰います」

 

「本当に……!? うんうん、アンタならきっと了承してくれると思ってたわ~。何でも言って!」

 

「ん?」

 

 俺が了承すると、萎れた花のようだった風は瞬時にいつもの調子に舞い戻る。

 だが愚かな少女は、調子を取り戻すと同時に素晴らしい言質を俺にプレゼントした。

 思わずクツ……と笑ってしまいつつも、笑うのを堪えて今後の詳細と条件を告げるのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 それから数日後の土曜日の午前。

 部活を休みとして、俺と風は待ち合わせをしていた。

 再度断る前に、ある程度彼氏彼女の関係を自然な物とする為の最終調整日である。

 

 夕方に風がその何某という人物と再度会うので、午前は普通に遊ぶつもりだ。

 ただし、彼氏彼女としてだが。

 

「亮之佑、待った?」

 

「いや、今来たところだよ」

 

「そ、そっか。それじゃ行こっか……」

 

 待ち合わせのテンプレとも言える行動を風と二人で行う。

 風が来たので俺は早速行動を開始したのだが、

 

「風」

 

「な、何でしょ……?」

 

「もしかして緊張しているんですか?」

 

 何となくいつもよりも風の動きが鈍く感じ、思わず声を掛けるが、

 自分よりも一歳年下の彼氏(偽)に見栄を張りたいのか、余裕の表情を慌てて作る。

 

「は、はあ? そんな訳ないんだけど。寧ろ余裕すぎてゅえっ……!!」

 

「ん? ……どうしました風先輩?」

 

「―――別に、なんでも、ない、です。……ねえ亮之佑、これって本当にみんなやってるの……?」

 

 敬語になる風に、先程さり気なく恋人繋ぎをした手を見る。

 指と指を絡めた手を握った本人に見せ付けると、顔を赤らめるのを確認した。

 

「……もちろんですよ」

 

「本当に……? アタシ達浮いてない?」

 

 俺は今回のミッションにあたって、恋人としてある程度の触れ合いの許可を条件とした。

 午前中はそれを呑んだ風と恋人という設定での練習をするつもりだ。

 そして夕方にラブラブな恋人である姿を実践するつもりなのだが、

 

「当たり前じゃないですか。寧ろこれくらいが普通らしいですよ……って握りすぎですよ」

 

「あっごめん!」

 

 指を絡めつつ腕が触れ合う度にビクリとする風に、本当に騙す事ができるかと不安に思いつつ、

 羞恥に顔を赤らめる風の表情を楽しみながら街のショッピングモールへと向かった。

 

「この後どうしよっか……?」

 

 秋の深まりを感じさせる冷たい風が自らの熱を程良く冷ますのを感じた。

 二人して恋人繋ぎでゆっくりと道を歩いていると、少し慣れたのか風が話しかけてきた。

 

「そうですね……適当にショッピングでも如何ですか?」

 

「おっ、いいわね賛成!」

 

 恋人(偽)ごっこも流石に施設内に入るとお互い気恥ずかしい為に手を離す。

 しばらく二人でモール内を歩いているとふと俺は誰かの視線を感じた。

 しかし俺がなんとなく後ろを振り返ると、それなりの人混みがあるだけだった。

 

「どうしたの……?」

 

「―――いえ、気のせいですね。それより何から見て回りますか?」

 

「そうねぇ……。アタシについてきなさい!」

 

「分かりましたが風先輩、あまり嵩張るのは買わないで下さいね」

 

「分かってるわよ、亮之佑……ってなんだってぇぇぇぇえ!!」

 

「どうした……!?」

 

 設置されてあるフロアガイドを適当に見ながら軽口を叩いていると、唐突に勇者部部長が声を上げた。

 その声に驚き慌てて振り向くと、風は食品売り場の方に向かって何やら指をさしていた。

 

 その指の指す方向に目を向けると、あるモノが灰色の陳列棚に12個で1パックで売り出されており、

 近くには大きな広告に『特売』の文字と、いつもより安い値段が記載されているのが分かった。

 初めて未知に遭遇した時のような顔をしながら、風は告げた。

 

「見てアレ。卵が安い……!!」

 

「―――――っ」

 

 この人は今日何しに来たのだろうかと思いつつも、主夫としての目が確かに安いと訴えている。

 ゲリラ特売日か何かだろうか。今日のチラシには無かったはずだ。

 そんな益体も無いことを考えつつ風の手を引っ張り移動しようとするが、思いのほか力が強い。

 

「待って亮之佑!! 1人1パック限定よ。並んで買わないと……!!」

 

「いやいや、思い出せ風……! 今日の趣旨はソレじゃない……。卵なら午後の用事が終わってからでも間に合うから。夕方の特売で俺も一緒に並ぶからぁ……」

 

「マジで!? くっ、すまない卵達ィ……また後で会おう」

 

 およそ全てが終わる頃には夕方を過ぎそうだなと思ったが、今は何も言わない。

 そんな訳で女子力ではなく主婦力の高さならば勇者部随一の少女をようやく説き伏せることに成功する。

 引っ張り合いに勝ったが、それでも風の強い腕力に思わずその細腕を見てしまう。

 

「ん? 亮之佑。どうしたの?」

 

「いえ……せっかくだし服でも見て行きませんか?」

 

「いいわね」

 

 再び風とショッピングモール内を闊歩することになったが、今度は手を繋ぐことに対して、

 先ほどよりも恥ずかしがる事はなく俺と手を繋ぐことができた。

 

「風先輩」

 

「なによ?」

 

「風先輩の手は……そうですね。柔らかくて暖かいですね――――急に力を入れないで下さい」

 

「あ、アンタが急に変な事を言ったからでしょーがっ……!!」

 

 

 

---

 

 

 

 現在、俺たちはクレープを売っている屋台で何を購入するかで悩んでいた。

 ちょうど小腹の空いた時間に、たまたま風が見つけたのだ。

 

「風先輩は何がいいですか?」

 

「そうね~、アタシの今の気分としてはチョコクレープかな~。……あっ待って、この苺クレープも良いかも。いやしかし、このブルーベリーも捨てがたいし……うどんクレープ?」

 

「全部頼んでみては?」

 

「それはアタシの女子力が許さない。……ぐっ、静まれ……我が混沌なる闇よ~」

 

「やかましいわ」

 

 急に何かを発症し腕を押さえる風を見ながら、一瞬風に乗るかどうか考えて周りを見渡す。

 店員に「面白い彼女さんですね」と目で語られた気がした。

 風に恥をかかせるのもアレなので、適当に便乗することにした。

 

「風よ……貴様はこのメニューの中から一つしか選択することができないのだよ。常識という世界の選択が告げているのだYO!」

 

「ぐぬぬぬぬ……!! こんなの、こんな結末アタシは認めないっ。決してアタシは―――」

 

「お客様。ご注文をどうぞ」

 

「すみません」

 

 目の前で茶番劇を見せられた店員が耐え切れずその胸の内を吐露した。

 それでもなおウギギ……と歯を軋ませ親の仇を見るような目をして風はクレープのメニューを見る。

 その姿を僅かな苦笑を浮かべつつ、俺は隣で鼻息を荒くする少女にこう提案した。

 

「じゃあ、このブルーベリーのクレープと苺のクレープを買って、半分ずつにして食べましょう」

 

「うーん。しょうがない、その手に乗った……!」

 

「じゃあ風先輩は席を取っていてくれますか。俺が買ってきますんで」

 

「分かったわ」

 

 数分後、屋台のお姉さんから完成したてのクレープを受け取り、風の姿を探した。

 視線を右往左往する中で、手を振る風の座るベンチに向かい、苺とチョコのクレープを差し渡す。

 渡す俺に対してお礼を言い受け取りつつ、風は自分の財布を取り出す。

 

「ありがとう、それでいくら……?」

 

「気にしないで下さい。可愛い彼女に奢るくらいは問題ないでしょ」

 

「かのっ……!?」

 

 今更な設定に固まる風の隣に座りながら、俺は買ってきたクレープを頬張る。

 舌の上で広がる甘酸っぱいブルーベリーが生クリームと合わさり、さっぱりした甘さを生み出す。

 この店自慢の生クリームを使った口当たりまろやかで上品なクレープに舌鼓を打ちつつ、

 

「風先輩、美味しくなかったんですか……?」

 

「ううん、違うんだけどね」

 

 まだ3分の1しか食べていない風の姿を自らの視界が捉えた。

 無言で食べながら風を見ていると、苺のクレープを一口ずつ緩慢とした動きで食べつつ、

 

「前から聞きたかったんだけどさ、あの時の話って本当なの?」

 

「……あの時」

 

「ほら、その……アタシが大赦を潰すって言った時に戦ったじゃない? あの時アンタ言ってたじゃない。俺も――――」

 

「ストップ」

 

「むぐっ!」

 

 先ほどまで持っていた食べ掛けのブルーベリーのクレープを風の口に突っ込む。

 途端に静まり返る空間で、無言で非難の目を向ける風に対して、どう言うかを俺は考えていた。

 

 風が聞きたい事とは即ち、大赦を潰すべく満開していた状態の風と俺が交戦した時の会話だろう。

 あの時の会話は他の人間には聞かれていないが、公に話をすることでもない。

 どこで誰が聞いているかは分からないのだ。

 特に大赦はどこに潜んでいても不思議ではないのだ。

 

 その辺りの意識が残念ながら、隣でクレープを食べている少女には足りないようだ。

 突っ込まれたクレープをどうにか飲み込むことに成功した風が再度口を開くが、

 

「亮之佑! アンタ急に何するの――――」

 

「風」

 

「……んっ」

 

 風の小さな耳に囁くように、吐息と共に彼女の名前を告げると同時に身体を少女に近づける。

 突然己の耳に与えられた刺激に目を白黒とする風に対して、囁きという形で話をする。

 いわゆるヒソヒソ話をする感じになり、いつもより距離感がグッと縮まるが許してもらおう。

 

「あの時の話に対して嘘を言ったつもりはないですが。まあ今の風にはもう出来ませんよ」

 

「それって……」

 

「言葉通りです。何の奇跡かは不明ですが、神樹様が供物を返してくれた今、風には以前ほどの殺意も何もないでしょう? だって、何も失っていない事になったんだから」

 

「……」

 

 思わず無言になる風の手から、そっと苺のクレープを取り上げる。

 甘酸っぱいフレッシュな苺とチョコソースが美味しい大人気メニューらしい物を買ってきたが、

 どうやら当たりのようで、食べ掛けのソレはなかなか美味しかった。

 お互いベンチに座り、顔と顔が触れ合いそうな距離で話をする。

 

「あの時……樹の夢が潰れて、それでアンタ達が止めてくれなかったら、本当に何をしていたか分からないわ……」

 

「―――先輩は、悪くはないですよ」

 

「……」

 

 あの時、風と一緒に大赦を“潰す”という選択肢が無かった訳ではない。

 ただ一時の感情よりも理性を優先し、大赦の力を利用するという打算があっただけである。

 

「大事な家族が、友達が傷ついていたら……満開の危険性が分かっていたのに秘密にされていたら、怒るだろうさ」

 

「亮之佑……」

 

「無知とは愚かなことだ。知識があるかは、知っているかどうかは、重要なことなんですよ」

 

「―――――」

 

「大赦の罪は勇者達に情報を隠匿していたこと。そして俺達を信用しなかったことです」

 

「――――うん」

 

「あの時も言いましたけど、俺たちはたとえその危険性を知っていても明日を求めて戦ったと思います」

 

「……そうね」

 

「そうして俺達は日常を掴み取ったんです。……今はそれでいいじゃないですか。戦った先にもう一度得ることのできた日常は、風先輩にとっては大事ですか?」

 

「うん。前よりもずっとみんなと過ごすこの日常の大切さを理解できるようになったわ」

 

「そうですよ。だから風先輩はやってしまった事を後悔するよりも、いつもの様に笑った方が良いですよ。その方が――――」

 

 爽緑色の震える瞳に笑い掛け、先程のクレープの所為だろうか、

 風の口の端についていた白いクリームを人差し指で掬い舐めると、程よい甘さがあった。

 最後にクツ……と笑い、形の良い耳に囁いた。

 

「――――その方が可愛らしいですよ、風先輩」

 

「……なんだか慰められちゃったわね。私の方が年上なのに」

 

「俺の方が実は年上だったりしますよ」

 

「アンタのそのネタは何なの……。まったく……こういう手口で友奈達に手を出してるんでしょ」

 

 腕時計を見ると、そろそろ向かうべき時間が近づいているのが分かった。

 食べ終えた紙包みを丸め、俺はベンチから立ち上がり、風に振り返り手を差し出した。

 

「―――――そんなことよりも時間です。行きましょうか」

 

「うん……ありがとね」

 

 そう言って俺の手を取る風の顔は、笑顔であった。

 

 

 

---

 

 

 

 それから亮之佑と風は、本来の目的である風への告白者に会いに行った。

 その人はどうやら亮之佑を知っているらしく、「夜の奇術師だと……!!」と叫び驚かせた。

 ちょっとイラついて優男と少しだけお話すると、こんな話を聞くことができた。

 

 『夜の奇術師』という称号は讃州中学校を飛び出し、他の四国の学校にも飛び火したらしい。

 しかも勇者部所属という情報もこれまでの部活での実績込みで有名らしい。

 学校の裏側では影の支配者として有名になっていたようだ。

 

 曰く、布を被れば消える、二股している忍者みたいな奴であるとか。

 曰く、夜な夜な少女たちをベッドに連れ込む鬼畜人間であるとか。

 曰く、この世全ての弱みを握っている裏の支配者であるとか。

 曰く、友人の妹にお兄ちゃんと呼ばせている自称紳士とか。

 

 噂とは怖いものであると感じた瞬間であった。

 風に告白した少年がいる学校でも、良くも悪くも有名らしい。

 

「……」

 

 こういう時こそ大赦の隠蔽工作の出番であるはずだと亮之佑が考えていると、

 優男は風が付き合っている相手が亮之佑であると知ると同時に速攻で退いてくれた。

 「三股だーーー!!」と叫びながら走って行くというよく分からない終わり方であった。

 

「まあ、何ていうの? 今日は助かったわ、三股さん」

 

「……」

 

 その後、病院の中庭で風に告白した男が走って帰った方向を見ながら風が言った。

 釈然としない気持ちを抱えたまま、ふと亮之佑はあることを瞬時に考えた。

 決して悪戯心ではない。決して今の一言に苛立ちを覚えた訳ではないのだ。

 ちょっとしたブラックなジョークであると亮之佑は思うことにする。

 

「風先輩、もうすっかり夕方ですね~」

 

「そうね。……流石にもう卵は駄目ね」

 

「卵なら今度付き合いますよ……。そうじゃなくて、この病院には10年以上前からある噂があるそうなんです」

 

「えっ、もしかして怖いヤツ……?」

 

「この病院では時々謎の病気で腕が取れる患者がいるそうなんです。しかもある特殊条件で起きるらしいんですよ~」

 

「ねぇ、帰らない? いや怖いとかじゃなくて、そろそろ樹に夕ご飯を作らないとな~って」

 

「……その条件とは、夕刻に男女が今のように手を繋いでいると、男の腕が取れるという……あっ」

 

 ふと風は繋がれていたはずの彼の手から力が無くなるのを感じた。

 なんとなくその方向を見て、声を上げる亮之佑の顔を見ると青ざめているのが分かった。

 少年のその視線の先を見ると、

 

 

 引きちぎれた亮之佑の赤黒い右腕が、風の手と握り合っていた。

 

 

「……へ」

 

「俺の腕があああぁぁあああっ……!!」

 

 風が恐る恐る亮之佑の服を見ると、右腕の袖部分には何の盛り上がりも無いことが確かめられた。

 どうやら亮之佑の腕が取れたらしい、と風は認識した。

 

「―――――」

 

「……みたいな事があったらしいですよ、風先輩。まあ科学的には解明されているらしく所詮は噂に過ぎないって話らしいですが」

 

「―――――」

 

 言葉も出ないほどに驚いた風の姿に対して、亮之佑は自身の演技力の高さに満足し頷く。

 それからようやく服の中に隠した腕を出し、小道具である『腕』を回収する。

 

「どうですか、風先輩。このネタ、結構夏の風物詩になりそうだと思うんですけど……」

 

「―――――」

 

「流石に即興でしたから粗も多かったんですけど……感想とかありま――――風先輩?」

 

「―――――」

 

「た、立ったまま気絶してる」

 

 

---

 

 

 この後、俺は気絶した風を背負って犬吠埼家にまで歩くことになったのだった。

 片手に卵2パックを入れたビニール袋を持ちながら。

 

 

 




【リクエスト要素】
・風先輩と邪気眼ごっこ
・風先輩に対するホラードッキリ(恐怖のあまり卒倒し、かっきーに背負われて帰宅)
・風先輩の恋人のふりをすることに。そして話を聞き付けて後をつける勇者部の面々
・「あの時の(共犯)発言は本気なの?」と聞かれたので、他の人に聞かれると不味いので耳元で囁く様に会話

リクエスト者達に感謝を。
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