変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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【第六幕】 勇者の章
「第五十五話 微笑で咽喉を震わせた」


「……それじゃあ、またくるね」

 

 やや低めの声で紡ぐ東郷の言葉は、決して独り言ではない。

 震えを押し隠し、いつか来るその日を望み、一縷の希望を持って話しかける。

 だがその言葉に、声に、寝台の上にいる少女は反応することはない。

 

「―――――」

 

 開かれた薄赤の瞳にかつて見た光はない。

 ただ開いているだけであり、機械的に目の前の白い壁を映し出しているだけだ。

 ピンクのパジャマを着ている少女は死んではおらず、呼吸によって腹部分が上下している。

 喋ることは無い。笑うことも無い。活発な動きをすることも、無邪気に喜びの声を上げることも無い。

 

「……」

 

 体は生きている。それだけだ。

 会う度に、向き合う度に、話しかける度に、東郷は自らの罪を重く深く理解する。

 

「……」

 

 友奈だけだ。元に戻らないのは。

 ゆるゆると緩慢な動きは、以前はこの世で最も醜く憎いと思っていた自らの脚へと向く。

 自らの死んだように機能を喪失していたはずの、棒切れの如き脚は健常へと戻りつつある。

 

 健常へと戻りつつあるのは自分だけではない。

 風も樹も夏凜も、亮之佑も。

 少しずつではあるが神樹様に代償として捧げた物が戻って、治ってきているのだ。

 

 ――だからこそ、目の前の少女もきっと治るはずだ

 

 そうであって欲しい。そうでなければ嫌だ。

 自らの責任を自らで支払うのは当たり前だと東郷は思う。

 自分が起こした行動の責任を、友奈に払わせたいなどと思ってはいなかった。

 だが現実は非情であって、誰よりも勇者である彼女に背負わせてしまった。

 

 大切な人を、友達を守ろうと、中途半端な思いで世界に反逆した。

 そしてそれは、自らが誇りに思う仲間達に戦いの果てに止められてしまった。

 結局、自分の浅はかな考えや不出来な覚悟が、誰よりも守りたい者を傷つけてしまったのだ。

 

『東郷さんは悪くない!』

 

『そんなに他の人が傷つくのが嫌なら、一人でさっさと死ねよ』

 

 向けられた善意が、向けられた悪意が忘れられない。忘れ去るという行為ができない。

 薄紅の瞳が、濃紅の瞳が、脳裏にこびりついて呪詛を延々と囁き続ける。

 似た色の瞳でありながら、視線に込められた感情は全く異なる方向を向いていた。

 

 分かっているのだ。自分はそれだけの事をしたのだ。

 己の愚行の代償は重い。取り返しのつかない事をしてしまった。

 

 椅子から立ち上がり、白いスライド式のドアへと向かう。

 白い床を自らの脚が踏みつける度に慣れつつある感覚を受け入れながら、

 最後に振り返り、寝台の上の少女の姿を瞳に焼き付け、ドアを開けて廊下へと足を出し―――

 

「――――ぁ」

 

「…………」

 

 開けたドアの先に。

 長くはない昏色の髪、鋭く理性的な紅の瞳、こちらを冷然と見据える少年がいた。

 無言で向けられた血の色に、東郷は開けた扉に手をかけ止まった。

 相手は一切の気配を感じさせず、目の前で開いた扉と開けた人物を見て僅かに目を見開くが、

 

「やあ、東郷さん」

 

「……亮、くん」

 

 一瞬感じた冷たさが嘘のように口端に微笑を浮かべ、少年は脇に避け少女に道を譲る。

 同時に、開いた扉に手をかけ呆然と立っている東郷、その顔を見て、

 

「―――これから帰るんでしょ? 東郷さん」

 

「あ、えっと、そうね……亮くんはこれから友奈ちゃんと面会よね? ……良かったら一緒に」

 

「遅くなるからいいよ」

 

 申し出は優しげに笑みを浮かべながら断られる。

 相手を気遣いながらも、確かな拒絶を感じさせながら亮之佑に断られた。

 その事に湧き上がる感情を抑え込みながら、自らも微笑を浮かべるべく口端に力を入れる。

 

「……そっか、それじゃあ……また」

 

「じゃあね」

 

 うまく笑うことができたのかは自分でも分からない。自分の表情が分からない。

 ゆっくりと少年の隣を通り抜け、白く長い廊下を足早に歩く。

 

 角を曲がり、姿が見えなくなるまで少年の視線が自らの背中に刺さるのを感じながら。

 逃げるように歩く少女に、後ろを振り返る余裕も、勇気も無かった。

 

 

 

 = = = = =

 

 

 

 風との偽の恋人、略してニセコイのデートの一件を終えてから数日。

 買い物を終えた俺は帰宅途中、偶然東郷と遭遇し、一緒に散歩をしていた。

 

「……」

 

 隣で歩く東郷をチラりと見る。

 薄い青のカーディガンを羽織り、黒く艶のある髪を青いリボンで纏めている。

 下はロングスカートと黒のタイツ、茶色のブーツという出で立ちである。

 最近は寒くなりつつある季節においては正しい服装である。

 

「どうしたの? 亮くん」

 

 見過ぎたのか、視線を感じ取られてしまい東郷に尋ねられる。

 小首を傾げつつも歩みを止めない彼女と歩幅を合わせ、素直に思ったことを答える。

 

「こうして東郷さんと一緒に歩く日が来るとは思わなかったよ」

 

「もう……その話5回目よ?」

 

「そうだっけ? でも俺としては何度でも話題に出したいと思うよ」

 

 こうして東郷と一緒に歩く機会が来るとは思っていなかった。

 出会った当初は樹海で遭遇した鷲尾須美の疑惑があったが、確証もなく近くで見守っていた。

 現在はその疑惑は正しかった物として、園子と東郷二人の太鼓判も得ている。

 

「実際に、こうして東郷さんと似た背丈だってことが分かるという発見もあったし」

 

「ふふっ、でも亮くんの方が大きいけどね」

 

 微笑を浮かべる東郷の横顔を見ながら、なお足は止めず着々と動かす。

 買い物籠を腕に抱えながら、東郷の横顔と、その下で存在感を示す双丘を見る。

 服越しでも分かる勇者部随一のソレこそが、完成型勇者を名乗れる資格の一つだと思う。

 やはり夏凜は完成型(笑)であると新たな確信を抱きつつ、

 

「東郷さんの方が大きいよ」

 

「―――? ……あっ、もう!」

 

 意味を悟ったのか、己を腕で抱く少女は僅かに頬を朱に染めながら、

 視線に対する反撃のつもりか俺の脇腹を抉るように指で突いてくる。

 唐突に与えられた刺激に身を捩じらせ、俺はクツクツと口から笑みを吐き出した。

 

「ナイスぼた餅……ん? ぼた餅? 何かデジャブ感が……」

 

「でじゃぶ? ……それよりもぼた餅を食べたいのなら亮くん、私の家に来る?」

 

「――。そうだね、東郷さんの作るぼた餅は美味しいから。なら荷物を家に置いたら行くよ」

 

 何気ない友人の誘いだ。

 加賀亮之佑は、東郷美森という美少女の誘いなら喜んで乗る。

 初めて出会った頃に比べると、実は二人で遊ぶことはそう珍しいことではない。

 東郷に友奈と出会った頃は必ず3人一緒だったが、日々を重ねるにつれ2人きりの機会も度々増えていった。

 

 散歩を終え、東郷の家の前で別れ、その少し離れた位置にある加賀家に向かう。

 太陽は既に地平線側へと傾き、それでもなお眩しさのある光に目を細め、扉を開ける。

 ゆっくりと扉の鍵を閉め、無言で冷蔵庫へと向かった。

 

『相変わらずの名演技だね……俳優になれると太鼓判を押そうじゃないか』

 

「―――――」

 

『無視は酷いじゃないか』

 

 珍しく静かであった王は、おしゃべりな口を開き静寂の場を壊して話しかけてくる。

 苛立ちに顔を顰めるが、一応人前で話しかける事だけはしなくなったのは助かる。

 

「演技をした覚えなんてないさ。これは素だ」

 

 昏い空に浮かぶ黄金の月、その下の桜の大樹の下で自らの契約者が嗤うのが分かった。

 それらを無視して食材を諸々冷蔵庫に入れ終えて伸びをする。

 パキパキと肩付近から聞こえる音を感じながら、ふと顔を洗いたくなった。

 

「―――――」

 

 加賀家一階にある風呂場と隣接した脱衣所に、洗面台と洗濯機が配置されている。

 洗面台の正面に立つと、四角の鏡に映る自分の顔が睨み返した。

 ソレを無視しながら、冷たい水で顔を洗うとサッパリとした気分になった。

 

『一つ聞きたいのだけども』

 

「ん~?」

 

 微かに洗剤の匂いがするタオルで顔を拭いていると、背後から囁くように初代は話しかけてきた。

 あくまで仮定の話に過ぎないのだが、と前置きをしながら、

 

『もしも、神樹が彼女達に捧げた供物を戻さなかったら、キミはどうしたんだい?』

 

「お前が仮定の話をするなんて思わなかったな……」

 

『ちょっとした与太話さ』

 

 ……などとのたまう初代の声を聞き流し、東郷の家に行く前に着替えや準備をしながら、

 初代から提示された“もしも”の話に俺は思考を沈めた。

 

 もしも東郷の叛乱後の世界でも、変わらず供物を捧げたままであったら。

 代償が更に増えた勇者部は取り返しのつかないほどにグチャグチャであっただろう。

 日常は二度と戻らず、少女達の体も戻らず、その惨状を目にした俺は―――。

 

「分からないよ……一応現状はこうなっているのだから。けど」

 

『けど?』

 

「いつかお前は言ったよな。無知は愚かな事だって。きっと俺は何もかも許さなかったろうさ」

 

『と、言うと』

 

「……東郷じゃないけども。俺なら勇者達に負担を強いず、最大限の苦しみを無知な人間達に与えて、神樹の力を内側から削いで、世界を潰すよ。―――まあ、仮定の話でしかないしな」

 

 風は両眼の機能を喪失し、樹は声を出せない。

 友奈は意識すら戻るか不明だ。恐らくではあるが全身を散華した可能性がある。

 夏凜もだが、二度と寝台から立ち上がることすら出来ないだろう。

 

 ありえたかもしれない世界の話。その世界にきっと希望は無いだろう。

 そして、そんな光景を見せられて、加賀亮之佑が何もしない訳がない。

 原因を作った人物を許さず、裏切った大赦を潰し、無知な人間には真実という絶望を―――

 

「―――――もしもの話ってのは面白いな」

 

 そこまでの工程と方法を考え始めたところで、頭を振り自らに嘲笑を浴びせる。

 そうして鏡の自分が見つめる瞳は、どこまでいっても血の色をしていた。

 

 

 

 --

 

 

 

「そもそも、どうして自分の供物なのにリハビリの必要があったんだろうな」

 

『神樹だって力は無限じゃない。満開のパワーだって神樹の力と彼女達の体の一部を捧げて、ようやく扱うことができる。その意味を考えれば、直ぐに体に馴染まなかった理由は簡単だろう』

 

「―――――」

 

 玄関で靴紐を結び直しながら、無言で少女の声音に耳を傾ける。

 無言の聞き手に、語り手は少ない材料を元に知識と頭脳を活かし答えを導く。

 

『彼女達の供物は戻ってきたのではなく、神樹が新しく創って戻されたと考えるのが正しいだろうね』

 

「なるほどね……」

 

 確かにそう考えるのが自然だろう。

 元々の肉体のパーツはエネルギーに変換されてしまったのならば、手元には無い筈だ。

 東郷の叛乱を脅威と見たのか、今の勇者部や園子には新たな供物を与えると同時に役目を解いた。

 

 大赦は再び新たな勇者を選任し、これからも世界の外の侵略者と戦っていくのだろう。

 是非とも俺たちと関係ないところで頑張ってほしいところだ。

 結局は他人事であり、大切な者だけ守れれば良いと思っている愚者は、玄関の扉を開けた。

 

 

 

 ---

 

 

 

「東郷さんのぼた餅は美味しいね。俺の中では和菓子界において一位の存在だと思うよ」

 

「ふふっ、ありがとう。一杯食べてね」

 

 いつの時代も変わらない素朴な味わい、程よい粒感と深い甘みは作り手の丁寧さが伝わる。

 米の粒々がしっかりと感じられるモチモチとした食感はいくらでも食べられる美味しさだ。

 何よりも、大和撫子風な美少女が作ったという付加価値が込められたぼた餅で舌鼓を打った。

 

「…………」

 

「……?」

 

 ニコニコと笑みを浮かべて此方を見る視線に何かを感じて、

 食べる手を止めて東郷の方を見ると、小首を傾げて無言でどうしたのかと問いかけてきた。

 揺れる深緑の瞳から、皿の上のぼた餅へと視線を移す。

 

「そういえば、東郷さんって記憶とかも戻ったの……?」

 

「―――そうね。少しずつだけど記憶が戻ってきているわね」

 

「……」

 

 返事をする代わりにぼた餅を頬張る。

 口一杯に広がるあんこの甘さともち米の調和を舌の上で感じながら、

 目の前の東郷、かつては鷲尾須美であったはずの人物を見つめる。

 

「……」

 

 かつて一度だけ。最初で最後の出会いがあった。

 気が狂いそうになった最初の樹海の世界の中で、蒼き流星の如く墜落してきた少女。

 記憶をすり減らし、同じく世界の迷い人となった彼女とは、片手の指ほどしか話をしなかった。

 

 しなかった、と言うよりも出来なかったのだ。

 巡るめく展開に、衝撃的な再会に、多くの侵略者。

 全てが終わった頃には、鷲尾須美の足跡は無くなっていた。

 

「じゃあ、園子とは話とかはしたのか?」

 

 園子曰く『わっしー』という渾名を付けたことや、東郷ともう一人で学校生活を過ごした話など、

 以前大赦に囚われていた園子と1週間ほど話をする中で、大切そうに語っていたのを覚えている。

 

「そうね、そのっちとはあまり連絡が取れないけども……」

 

「なるほど、了解した」

 

「えっと……何が?」

 

 以前園子が加賀家に来た際、俺たちのいる讃州中学校に転入するつもりだと聞いた。

 親友であったらしい東郷に言わないのはサプライズのつもりか、何かの事情があるのだろう。

 ひとまず曖昧な笑みを浮かべながら、ぼた餅を食べ終える。

 

「ご馳走様」

 

「お粗末様です」

 

 皿を洗うべく台所に持っていこうとすると東郷に止められた。

 しかし、主夫としては与えられるだけというのは少し落ち着かない。

 それならと夕飯を俺が作ると申し出ると、少し目を丸くした東郷はやがてコクリと頷いた。

 

 

 ---

 

 

 友奈の家ほどではないが、東郷の家とも近所の一家としてほどよく交流しており、

 東郷の両親ともそこそこ仲良くやれているのは、前世での経験が活きているのだろう。

 和食に染まりつつあるという東郷の両親に、夕飯は綾香直伝の洋食を振舞った。

 

 洋食を東郷に食べさせるという行為にニヤついていると何か勘違いされたらしく、

 「せっかくなので泊まっていきなさい」と言葉を貰い、断るのも面倒なので了承した。

 バリアフリーの名残が残る家の風呂で体を温め、指定された客間に向かうと東郷がいた。

 

「やあ、和風美人」

 

「びっ! ……亮くん。こんばんは」

 

 律儀に挨拶を返してくれる東郷は、僅かに眉を顰めていた。

 何故かと思ったが、部屋に敷いてある布団を見て何かを察した。

 畳の上に敷かれていた布団には何故か枕が二つあり、何か勘違いをされているのだろうと思った。

 もしくは両親に何かを言われて来たのだろうか。

 

「―――まあいっか。俺は左ね」

 

「えっと、亮くん?」

 

「大丈夫だよ、東郷さん!! この状況において正しい行動は平然と眠るという事だよ。恥ずかしがる事じゃないよ。現に加賀さんちでは友奈ちゃんと一緒に寝たりしているから。そう、何も疚しい問題なんて無いんだよ。本当に、ちょっとだけ触れるアレな程度だから。皆やっている事だから。普通の事で何も不潔な事は無いから。それに友奈ちゃんがよくやっている事なら、東郷さんに出来ないなんてことは決してないから大丈夫だよ、大丈夫!! さあ、一緒に寝ようか……!!」

 

「そ、そういう物なのかしら」

 

「そうだよ」

 

 早口で捲し立て、何でも無いようにさっさと布団に潜り込みながら東郷の反応を見る。

 あっさりとした対応をした俺に目を白黒とさせた寝巻き姿の東郷は己を抱いた腕を解いて、

 恐る恐るといった様子で俺がいる布団にその身を忍ばせた。

 

 しばらく二人して天井を見上げる。

 チラチラと東郷が見てくるので、無言で小さな電灯を消す。

 

「―――似ているな」

 

「え……?」

 

 意外と警戒心が薄いのか、状況に流された東郷の方へと距離を縮めるべく振り向く。

 そんな中、枕に己の頭を横たえる東郷の顔を見て、ふと俺は綾香を思い出していた。

 

 雰囲気や髪の色、顔の造詣などを見て、意識はしなかったが改めて似ていると感じた。

 確かに瞳の色や、国防精神などは育んではいないが、それでも何故かそう思った。

 

「いや、なんでもない。それよりも……」

 

 電気を消し暗い部屋の中、僅かな月明りが部屋に入り込む中で、瞳が交錯する。

 一つの布団を共有する中でじんわりと体の熱が染み込むのを感じた。

 そんな中で、先に視線を逸らした少女にある種の確信を持って、

 

「東郷さんは、俺が怖い……?」

 

「――ううん。そんな事ないよ」

 

「……話をする時は視線を合わせましょうって先生は言ってなかったっけ?」

 

「―――――」

 

 そんな揶揄する言葉を放つと、枕元に下げていた深緑の瞳を少しずつ上げてきた。

 何かに怯えるように、怖がるように、手探り手探り少女は視線を上げていく。

 拳三つ分の距離がある中で、緩慢な動きで東郷は俺と、震える瞳で視線を合わせた。

 

「怖くないよ、亮くん」

 

「……そっか、なら俺の気のせいだ。ごめんな」

 

「――――ぁ」

 

 掛け布団の中で、寝巻き姿の東郷の柔な体を無意識に抱きしめた。

 抱きしめると風呂上がりなのか、仄かに暖かな体温と石鹸の匂いが鼻腔を擽った。

 眼を閉じて東郷を抱きしめると、少しだけ懐かしく哀愁の念に駆られた。

 

「―――。俺はもう寝るから」

 

 だからこれは東郷への罰という事にしよう。

 何を言われたのか知らないが、俺の布団に入り込んで来た事への罰だ。

 人には言えないような事をしてやろう。

 脚を、腹を、胸を、一つに合わせるように、愛おしさを持って抱きしめる。

 

「―――――」

 

 その行為をどう思ったのか、その胸中は本人にしか解らないだろう。

 目を閉じていたからか感触がいつもよりも繊細に伝わってきた。

 何を思ったのか東郷は俺の頭を手のひらで子供をあやすように撫で始めた。

 もう片方の手で、ゆっくりと塗り薬を塗り込むように俺の背中をさすり出した。

 

「……東郷」

 

「亮くん。おやすみなさい」

 

 そう言いながら俺の頭を撫でる東郷の瞳には、俺を見る深緑の瞳には、戸惑いは無かった。

 慈愛に、親愛に、友愛に満ちた顔をした大和撫子は、此方を寝かす気なのか囁くように歌い始めた。

 抗うのが馬鹿らしくなるような鈴音に導かれながら、俺は瞼を下ろす。

 おやすみを言えたかどうかは、思い出せなかった。

 

 

 

 ---

 

 

 

 夢を見た。

 宗一朗や綾香、園子。随分と懐かしい夢であった。

 朝日が俺を包むまで、二度と訪れることの無い幻想を俺は見るのだった。

 

 

 




【リクエスト要素】
・東郷さんと散歩したり、料理を食べたり、一緒に眠る。
唐突に抱きしめられる事に驚きつつも、母性を感じさせる対応をする東郷さん

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