変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第五十七話 足掻く者、嗤うモノ、喰らう者」

 空を仰ぐとやや暗い空が自らを見下ろしてくる。

 

「―――――」

 

 少しずつ息が苦しくなり、肉体が一度止まるべきであると悲鳴を上げる。

 自らの体の叫びを無視し己の限界を超えスタミナを増やすべく、休みたいと嘆く体を虐める。

 時折額から流れ落ちる汗を鬱陶しく思い、トレーニングウェアの袖で拭った。

 

「――――ハア、―――――ハア」

 

 とはいえども限界が本当に来たらしく、遂に脚の筋肉が震え始めた所でゆっくりと歩き始めた。

 適度な疲れと共に僅かな達成感を感じながら、がなり立てる心の音を呼吸と共に沈めていく。

 朝の時間だからか、肺を満たす空気はいつもよりも少し澄んでいると思った。

 

 滴り落ちる汗と濡れた前髪を手で上げると、剥き出しになった額に朝の冷たい風が優しく触れた。

 心地良く清純な風は鍛錬をする少年を励まし、更に喝を入れてきているような気がした。

 ようやく汗が流れるのが止まると、水分が枯渇した自らの肉体が至急飲料水を要求し始める。

 

「――――自、販機」

 

 掠れた声で必死に探して回る。

 幸い、歩いて数分の誰も寄らなそうな場所に自販機と赤いベンチがあった。

 口内は砂漠のように水分が枯渇し、体も心も突然現れたオアシスに心から歓喜した。

 やや薄暗い天気と時間の中で、自販機を照らすのは傍にある小さな電灯だけだ。

 

 最速の動きで無駄なく最安値の『うどんのお水』を買い、600mlのペットボトルを手に取る。

 体の水不足で震える指で、樹の下着よりも純白に見えるキャップを引きちぎるように開ける。

 最初の数滴が、そして後から続く災害の如き冷たい水が、萎れかけの体に潤いを与えた。

 

「あー、生き返る……」

 

 喉を鳴らし、ペットボトルの半分まで飲みきった後、俺は思わずそんなことを呟いた。

 人間はやはり水が大事なのだと、俺はこの時ほど思ったことはない。

 

 体に注入した水分のおかげで脳が活発になり、僅かに残っていた眠気が吹き飛ぶのを感じた。

 そんなこんなで、早朝の時間が過ぎゆく中で着々と水平から顔を覗かせる太陽。

 

 夜が終われば朝が来る。

 当たり前のことだ。朝の優しい光を持った太陽は今日も四国を照らす。

 少しずつ、着々と照らされていく中には、四国の海上に聳え立つ植物の壁も含まれる。

 

「……?」

 

 その壁上に何かの光が反射するのが見え、俺はガードレールに手を乗せて身を乗り出した。

 流れてくる潮風が鼻腔を擽り、昏色の髪を揺らすが、俺はそのことを気にも留めない。

 己の直感を信じ、背負っていたリュックから一応入れていたモノクルを装備する。

 

 以前よりも更に改良された単眼鏡は作成者の意志通りに従い、遠視機能を用いて壁上を映し出す。

 ズームされる視界の中、自らの目に映ったソレを脳に反芻するように俺は呟いた。

 

「多いな……あれも勇者か?」

 

 片目のみであれども、目の前に広がる光景に対して湧き上がる疑問は尽きない。

 先ほどの光は端末からアプリを起動したのか、以前自分たちが勇者装束を纏う時の光と似ていた。

 

 複数の少女達の体を包み込む装束の色は、爽緑であった。

 ある者は銃剣を所持し、またある者は大きな盾を所持している。

 同じ色の装束を纏っているのが、モノクル越しで見る限り壁上にはおよそ30人はいるだろう。

 

『いや、違う』

 

 呟きを否定するのは、己の共犯者にして半身である初代だ。

 左手の指に着けた蒼く暗い色をした石が台座に収められた指輪の鼓動を感じながら、

 何らかの根拠に基づく即座の否定に対して、俺は残りのペットボトルの水を飲み干す。

 

「――。確かにあんなにゴロゴロと勇者がいる訳もないか」

 

『それもあるが、純粋な神性さや神秘の度合いが通常の勇者よりも凄まじく低い。昔の装備と強度が似たり寄ったりだろう。今の勇者の劣化版と言ったところかな』

 

「そういうの判るのね……」

 

 単眼鏡越しに見える少女達は、やがて壁の結界を通り抜けて外界へと消えていく。

 

『で、行くのかい?』

 

「……見るだけで大丈夫だろう。それに、チラッとだけど知り合いに似た顔がいた気がする」

 

 恐らくは大赦の勇者、もしくはそれに準ずる関係者だろう。

 あれだけの大人数が壁の外の、万物を紅で塗りつぶす死の世界で何をするのか気になる。

 

 正直に言って、これは余計な事だろう。俺には関係の無い事でしかない。

 あの少女達を見に行かずに、さっさとジョギングを再開して帰宅するという選択肢もあるだろう。

 目に付かないところで何が起ころうとも知った事ではない。

 

「―――――」

 

 けれども、それは果たして勇者といえるだろうか。

 本来ならば、無力な少年が偶然壁上で何かを見かけようともそこまで行く手段はない。

 精々が今見た光景が夢であるのだと忘れるのが一番であるのだが、

 

「―――情報は欲しいしな」

 

 幸か不幸か、その手段はあるのだ。

 端末が無くとも、俺には、加賀亮之佑には壁上まで行く手段があり、相手にバレるような真似もする気はない。

 拳を握り締めると、冷たいリングの感触が手のひらに食い込んだ。

 

 

 

 ---

 

 

 

 少年は知らないが、彼女達は大赦から『防人』と呼ばれる、御役目を果たす集団であった。

 勇者の成り損ないと揶揄する声もあるが、防人達は大赦から命じられた役目を果たしてきた。

 身に纏う装束は性能は勇者の劣化版である『戦衣』であり、武器も銃剣と盾のみ。

 

 美しき華の如き可憐さは無く、地を這いずるように必死に生きる雑草。

 裏方や地味な御役目を果たすのが防人であるが、その危険さは勇者と変わらない。

 

 雑草の数は、32人。

 これまでの任務においても、壁の外での御役目を行ってきた。

 

 銃剣を持って外敵を排除する銃剣型。大きな盾を持つ防衛に特化した護盾型。

 それら二つを束ねる指揮官型。更にその指揮官を含めた防人全体をまとめるのが部隊長だ。

 一人一人が弱い分、集団として戦うのが防人の戦い方である。

 

 そうしてこれまでいくつかの任務を果たしてきた彼女達に、大赦から与えられた新たな御役目。

 

 天を舞う白い星屑がケタケタと口のような器官を鳴らし、地を這い進む雑草を嗤い見下ろす中で、

 少女達は懸命に銃剣を構え、堅実に大盾をかざし、今回も任務も達成しようとしていた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 轟と炎が舞い上り、どこまでも延々と憎悪の炎が噴き出している。

 見ているだけで醜悪な何かを思わせる豪炎は、地面を舐め赤黒い様相へと変化させる。

 先程までいた壁内の景色とはまるで異なり、異界のようであった。

 

 神樹が形成している壁を降り、32人の防人と1人の巫女が地獄の様相を思わす大地を移動する。

 防人の戦衣は、結界外の灼熱に対する耐久性だけは正式な勇者の装備をも上回る。

 

「皆さんはいつも、こんな大変な世界で御役目を果たしているんですね……」

 

「私たち防人は、そのために日々鍛錬を積んでいるもの。それよりも大丈夫?」

 

「気遣ってくれてありがとうございます。でも大丈夫です。私のせいで速く進むことができないのですから、せめて頑張るくらいはさせてください」

 

 今回の任務で同行する巫女の装束も、戦闘能力は無いが結界外の環境に耐えられるように遮熱機能がある。

 それでもなお、額から流れ落ちる汗を何度も拭い苦し気に呼吸を繰り返すが、弱音は吐かない。

 戦闘員ではなく、運動能力は一般人の彼女に防人は合わせて、普段よりも遅い速度で移動していた。

 

 途中何度か星屑との戦闘もあったが、複数の任務を達成してきた少女達に戸惑いはない。

 遅々とした動きであるが、やがて目的地としていた場所に彼女達は到着した。

 

「地津主神、夫れ甲子とは、木の栄える根を云。根待ちは普く地を――――」

 

 やや幼さが残る顔の巫女が、専用の筒に入れていた種を取り出し、紅く灼熱の大地に落とす。

 厳かな声で祝詞を唱える少女を守るべく、護盾型の防人が大盾で天から隠すように覆う。

 やがて巫女が祝詞を唱え終えると、種を落とした紅の地面から緑の芽が姿を現した。

 

「――!」

 

 死の大地から生命が誕生する。

 青い海は無く、常人が立つことの出来る茶色の大地も無い。薄青の空も、白い雲も、夜空も無い。

 緑も、白も、蒼も、金も、全ての色は、太陽の如き憎悪の炎で塗りつぶされる。

 

 そんな死んだ大地から、一粒の種から発生したとは思えないほど大量の芽が紅の地面を覆っていく。

 焼け爛れた土壌の上に、緑の生命が次々と地の灼熱を吸収するように生えていく。

 

「―――成功したの……!?」

 

 盾の外で星屑と戦っていた部隊長――楠芽吹――は、自らの足元から生え出す緑の芽に気づいた。

 同時に銃剣を手に、巫女に星屑を近づけない為に戦っていた銃剣隊が、その光景に目を奪われた。

 

 大地が再生していく。

 どうしようもなく終わっていると諦観していた大地が色を取り返していく。

 彩りに溢れた花々が咲き誇り、美しき光に満ちた緑の土地へと変わっていった。

 

「―――――」

 

 死しかない世界に生命が再び息を吹き返す。

 その神々しく幻想の如き光景に、僅かであれども防人たちは、ほんの数秒だけ目を奪われた。

 

 ほんの数秒だけ。

 生命に満ちた場所が増えていく光景に人間達が目を奪われるのに対し、

 天から見下ろす理不尽と不条理の体現者達は、その隙を見せた愚か者を見逃さない。

 

「―――――ぁ?」

 

 誰かが思わず唇からこぼした。

 小さな悲鳴を塗りつぶす鈍い音に、少女達は美しい緑の地面から慌てて顔を上げた。

 

 ――防人の一人が、何かの衝撃で空中を回転しながら舞っていた。

 

 本当に一瞬。少女が空を舞っていると、驚愕に空白となった少女達の思考が誤った解を出した。

 否、舞ったのではない。銃剣を持って他の防人と同じく目を奪われた少女は弾き飛ばされたのだ。

 紅の空を薄緑の戦衣を纏った少女が血の尾を引いて、やがて地面に転がり落ちる。

 

「――――ご」

 

「しずく……!!」

 

 名を呼ばれた少女は大きく瞳を見開き、体を衝撃で曲げ、口からは血塊を溢す。

 少女が死んだのか生きているのか、それを知る時間すらなく天から遣わされた敵が襲い掛かる。

 

 黄色い胴体に、能面のような顔。

 球体を幾重にも繋げた尻尾の先端は針の如く鋭い。大赦から蠍座【スコーピオン・バーテックス】と名付けられた星座であった。

 

「スコーピオン・バーテックス……!!」

 

 部隊長は僅かであれども結界の外で意識を敵から外した自らの愚行を悔いながらも、

 呆然とし思考停止する暇はなく、仲間の叫びに意識を戻し、叫ぶように指示を出す。

 

「銃剣隊、狙い! 撃って!!」

 

 血を吐くような指示に、呆然としていた防人達は訓練通りに一斉射撃体勢を取る。

 少女達の銃剣、その銃口から放たれた10数発の薄緑の弾丸は蠍座の前面を砕き、動きを止める。

 

「芽吹さん、やりましたわ! このまま一気に―――」

 

 尾針の動きが止まった事に好機と見て、仲間が迎撃を提案するが部隊長は首を横に振る。

 微かに砕けた蠍座の姿を目を細めて睨む部隊長は、すぐに近くにいた防人に新たな指示を出す。

 

「撤退を始めるわ! これより私が所持する指揮権は私を除く7人の指揮官に移行する! 番号二から八の指揮官は、他の防人たちと巫女を率いて、必ず全員を生きて壁まで辿り着かせること!」

 

 今回の任務は既に完了した。

 指揮官型防人7人は、部隊長からの権限の移動と行うべき指示に頷く。

 時間は無い。着々と破壊された部分が直りつつある蠍座は、

 破壊された部位の再生終了と同時に、更なる蹂躙をするべく防人達に襲い掛かるだろう。

 

 迎撃という手段は最初から存在しない。

 基本的には勇者の装束に劣る量産型の防人の戦のでは、御霊の無いモドキですら勝つのは厳しい。

 どれだけ銃剣で切りつけようとも、どれだけ弾丸を撃ち込もうとも、焼け石に水に過ぎない。

 『車輪の下敷き』という言葉が脳裏を過るが、頭を振って否定する。

 

「―――――っ」

 

 自らの武装の弱さに奥歯を噛み締めるが、部隊長として芽吹は判断を見誤らない。

 己の所属する部隊で死人だけは出さないという、自らに課した誓いが胸中を過った。

 

「芽吹先輩……」

 

「大丈夫よ、亜耶ちゃん。私たちがあなたを守るから」

 

 不安そうに部隊長を見上げる巫女――国土亜耶――に、可能な限り普段通りを装う。

 犠牲を出さないのが芽吹の信条である。何よりも、震える小さな巫女を傷つけさせない。

 

 今回の任務も、誰かが理不尽な神の犠牲になるなど、芽吹は絶対に認めない。

 神如きが不条理に人間を傷つけてはならない。理不尽に殺してはならないのだ。

 その決意を胸に宿し、部隊の長は掛け声を発する。

 

「行動開始!」

 

 その声と共に、亜耶と防人たちは一斉に壁の方に向かって走り始めた。

 撤退を急ぐ少女達が狙われないよう蠍座を足止めするべく、撤退の殿を数人の仲間と受け持つ。

 並び立ち戦う仲間がいる。その状況を悪くないと思う自分に苦笑し、

 

「行くわよ……」

 

 ―――敵の狙いに気づかなかった。

 

 

 

 ---

 

 

 

 部隊長と数人の防人が蠍座に対して、殿を受け持つ。

 その間、必死に撤退する防人は亜耶を守りながら星屑の相手をしつつも、着々と壁へと向かう。

 進んだ道を駆け戻り、灼熱の大地に目を細め、盾で巫女を堅実に守る。

 

 このままいけば、間もなく神樹様が守る世界へと戻れるだろう。

 防人達に守られながら、戦えない亜耶は懸命に自分を守ってくれる少女達の無事を心の中で祈った。

 無力で何も出来ない悔しさを噛み締めながら、せめてもと心から祈り壁を見上げ―――

 

「――――え」

 

 光輝く壁。神樹が作った強固な結界はすぐ近くに見える。

 手を伸ばせば届きそうだというのに、たどり着くまでの距離は遥かに遠い。

 それは何故か。

 

「オフューカス・バーテックス……」

 

 大赦が新しく付けた忌まわしき侵略者の名前を、指揮官型の防人が呻くように呟いた。

 蛇のように悠々と黒い尻尾を伸ばすバーテックスが、黒く赤い天から見下ろしていた。

 これまで大赦が得てきた情報には、黄道十二星座を冠した12体のバーテックスしかいなかった。

 

 13体目の星座。黄道の星座であれども外れた存在。

 このバーテックスはここ最近の神世紀になってから新たに観測されるようになった。

 およそ先代の勇者たちの御役目の最中に目撃される事はあったが、それだけであった。

 実際に蛇遣座と交戦したのは、現勇者たちが初めてであったという。

 

 当代の勇者たちと交戦した中で、蛇遣座が侵略してきた戦いはどれも樹海への攻撃が多かった。

 炎と星屑を利用した樹海への爆撃攻撃は、戦いの終わった後、

 四国に震災という形で押し寄せ、多くの人間たちが被害に遭遇し、死者も多数出たと聞く。

 

「蛇遣、座」

 

「―――――」

 

 亜耶がポツリと名前を呟くと、反応したかのように白い頭付近にあった眼らしきものが見開かれた。

 これまでの無機質さを感じさせる多くのバーテックスと異なり、蛇遣座はすぐに攻撃をすることなく、その醜悪な赤黒い口のような器官を開いて何か音を鳴らした。

 

 ―――カタカタ、カタカタ

 

 共鳴するかのように周囲を漂う星屑が蛇遣座の鳴き声に反応し、口のような器官を鳴らす。

 すると次の瞬間、蛇遣座の声に従ったように数匹の星屑が白の尾を引いて防人達に向かって降り注いだ。

 

「護盾隊、盾を! 攻撃に備えて!」

 

 部隊長から指揮権を受け継いだ指揮官型の防人の声と、護盾隊が盾をかざすのは同時であった。

 ただの星屑ならばと、自らの盾を強く持ち衝撃に備えるが、直前で星屑が風船の様に膨らみ、

 

「―――――っ」

 

 盾への接触と同時に爆発。その勢いに防人たちは弾き飛ばされた。

 常人なら良くて即死、最悪形すら残らないような爆炎が同時に周囲へと舐めるように広がった。

 

 更に至近距離での爆発に伴う爆風が亜耶に迫るのを周囲の防人たちが懸命に防ぐが、

 それでも熱波は巫女の頬を撫で、身近に潜む死の恐怖に、戦う少女達の背筋を凍らせた。

 直視するだけでそのまま目を蒸発させかねないような熱波に、亜耶は首を竦める。

 

 ―――カタカタ、カタカタ

 

 爆発により盾の護りが揺らぎ、中にいた防人たちと亜耶が姿を見せた。

 第一波で仰け反った護盾隊を追撃するべく、蛇遣座が聞くに堪えない音を鳴らす。

 恐怖と、動かねばという焦燥、迫る死に必死に抗う少女たちに星屑が追撃を――

 

「え……?」

 

 追撃はなかった。

 驚愕に呆然とする少女達を前に、星屑は護盾隊の少し手前で爆発するだけだった。

 その意味のない行為に対し、指揮官型の防人は意味を考えて、気づいた。

 

「笑っているのか……」

 

 爆発に生じる黒い爆風は、先程よりも容易いが、それでも盾を持つ手がミシリと音を鳴らした。

 やがて必死に盾を持つ一人の防人が、その鳴き声の如き不快な音の意味を察した。

 それは地を這い、天に赦しを乞えと雑草に対して嘲る鳴き声であり、余裕の表れか。

 

 蛇遣座は。

 震え戦う少女たちを上から見下ろし、天を揺蕩う蛇遣座は嗤って、哂っていたのだ。

 

 ――――カタカタカタカタカタカタカタカタカタ

 

 自分たちを玩具の様に扱っているのだ。

 震える自分たちの心情を見透かしたように、自分や防人たちを天から嘲笑しているのだ。

 それを理解して、亜耶は恐怖を感じる己の体を腕に抱いた。

 

 あの爆発が大勢の人たちを殺したのだ。

 それに気づき、亜耶は怒りと恐怖を同時に感じたが、巫女の自分には何も出来ない。

 ただ役割を果たした少女は、防人たちに護られるだけの非力な存在に過ぎないのだ。

 

 反応を楽しんだのか、降り注ぐ白い流星の次の攻撃に手心は無かった。

 次々と星屑が迫り、護盾隊がかざす盾の前で爆発する中で、ジリジリと壁に向かって進むが、

 必死に銃剣隊が盾の間から銃剣の剣尖で星屑を撃退しようとしても、爆発がそれを赦さない。

 

(神樹様、どうかお願いです)

 

 一人、また一人と蛇遣座の攻撃に耐えられず、痛みにより与えられる恐怖と絶望に表情が消えていく。

 流星群を思わせる星屑の攻撃は自爆という攻撃でありながら減ることが無い。

 このまま自分たちはこの地獄の如き世界で死ぬかもしれないと、巫女の脳裏を過る。

 

 防人たちだけならば、きっとこの状況でも上手く切り抜けられただろう。

 しかし自分と言う荷物がいた所為で、このまま体力を消耗しいつかは全滅するだろう。

 

(彼女たちをどうか助けてあげて下さい)

 

 芽吹たちはまだこちらに合流するのに時間が掛かるだろう。

 無力な自分は、こうして地の神の集合体で人類を護る神に助けを乞うしかなかった。

 胸の前で手を組み、目の前で戦う少女たちだけでもせめて助かるように祈る。

 

 こんな地獄で、大切な防人たちに死んでほしくはない。

 

(どうか―――)

 

 必死に戦う少女たちの背中を見ながら、巫女は神に祈る。

 この絶対的な窮地に追い込まれても戦い続ける少女たちに活路を与えて下さい、と。

 

 未だ希望は見えず。

 轟く赤々とした炎と、異界に響き渡る嗤い声。

 

 誰もが絶望の表情となり、体力の限界と共に武器を持つ手から力が抜けそうになる。

 対する白い星は、淡々と防人たちに痛みと恐怖と衝撃を、延々と与え続ける。

 少女たちの心が折れるまで、ずっと。

 

 誰一人生きて帰ることを許さない。

 そんな神の不条理な意思を感じながら、それでもと亜耶は神樹がいる壁の方向に目を向け――、

 

 

 

 ---

 

 

 

 そんな中で。

 口を鳴らし聞こえ続けていた、蛇遣座の嗤い声が消えているのに気づいた。

 蛇遣座の頭部に昏色の剣が、その不快な音を殺すべく何者かの意思で突き刺さっていた。

 

「―――――」

 

 祈りが届いたのかは分からない。

 唖然と目を見開く防人たちの前で、重厚な音と共に緋色の雨が星屑に降り注ぎ穿った。

 それらは防人たちを見下ろす蛇遣座や星屑が漂う中空よりもさらに上から展開され、叩きつけるように星屑を砕く。

 

 壁から光が瞬く。

 同時に金色の閃光が蛇遣座の背中部分に一撃を与え、胴体をへし折り、ひしゃげさせ、地へと墜とす。

 圧倒的な火力、唐突に乱入してきた無粋な兵器群と、奇襲する敵の気配に星屑がまばらに散る。

 

「……て、撤退再開! 怪我人と動けない人には、無事な人が肩を! まだ敵は背後から迫ってる!」

 

 緋色の弾丸の雨。黄金の砲弾。

 星屑を文字通り一掃され、どれだけ足掻こうとも辿り着けなかった壁までの撤退の道を確保出来たことを理解し、指揮官型が血を吐くように叫び指示を出す。

 全員が傷だらけで気絶した防人もいる中、数人の防人に連れられながら、亜耶は壁上を見上げた。

 

「勇者様……」

 

 走り近づくほどに亜耶は確信を抱く。

 基本的に勇者とは神に見初められた無垢な少女しか選ばれない。

 故に、その法則を逸脱した存在は大赦内でも異端であるとされていた。

 

 両手に巨大な銃火器を持ち、その体を包む黒衣からは金粉が時折舞い散る。

 ガスマスクを装着した少年が再度銃を構え、防人たちの背後に迫る星屑を数の暴力で塗りつぶす。

 

「―――――」

 

 撤退するべく壁上まで懸命に急ぐ防人と抱えられた巫女を無言で見下ろすその瞳は、

 この灼熱の世界で、この地獄の赤黒い世界で、

 

「……」

 

 ――――何よりも深い、血紅色を宿していた。

 

 

 


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