変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第五話 初めてのお泊り IN乃木家」

「かっ……きー…………だと」

 

 柿

 

 かきのき科の落葉高木。高さは一〇メートル近くに達する。

 果実はいわゆる柿色で、代表的な秋のくだものだ。

 甘がきと渋がきがありそれぞれ種類が多い。

 

 生前の日本では、子供の頃俺の婆さんが干し柿を作ってくれた。

 見た目と裏腹においしかったのを今でも覚えている。

 

「うん。加賀だから、かっきー。いやなら、りょうきちとか、かがすけとかもあるよ?」

 

「ぜひ、かっきーでお願いします」

 

「うん。あとそれとね~、敬語もいらないよ~。同い年だしね」

 

 この年で既に敬語について知っている。

 流石にお嬢さま。礼儀作法はもう一通り習っているのだろう。

 それにしても、

 

「どうして急にかっきーって?」

 

「……ああ、それはねぇ…………」

 

「うん」

 

「…………」

 

「…………」

 

 急に園子は目を閉じる。

 少しだけ時を共にする中で、ちょっとだが彼女のことが分かってきた。

 のび太君なんだ。思考の途中でボーっとするか、寝てしまうのだろう。

 それこそ電池がいきなり切れたように。

 

 そうかと思ったらいきなりテンションが高くなる。不思議な子だ。

 不思議ちゃんであり、マイペース系女子。落差が激しいお嬢様。

 ここまでが俺の園子への第二印象だ。

 

「起きてる?」

 

「……ん、起きてるよ~。それで実は私ね、一度でいいから友達同士であだ名で呼び合ってみたかったんよ~」

 

「…………そっか。じゃあ俺も、君にあだ名をつけようかな」

 

「うん! お願いね~」

 

 あだ名か。正直俺はあまり良いあだ名を付けられたことはない。

 せいぜいよくてゴリラだ。悪意に満ち溢れた物しか付けられなかった。

 かっきー。シンプルだが分かりやすい。いいあだ名だな。

 

 さて、なんてあだ名にするか。

 例えば、のぎっちとか? そのっち? そのその? 

 いくつか考えた末に、俺は園子に告げる。

 

「園ちゃんとか……どう?」

 

「いいね~。それじゃあ改めて、よろしくなんだぜ。かっきー!」

 

「よろしくだぜ、園ちゃん!」

 

 のほほんとした笑顔をこちらに向けてくる園子。

 俺もそれに、小さな微笑みを浮かべた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 昼ごはんを御馳走になった。

 豪華だった。蟹様がいた。こんにちは蟹様、でも俺あまり好きじゃないの。

 それにしてもどこの旅館なのかこの豪邸は。礼節作法をある程度習って良かった。

 

 昼ごはんを食べた後、俺は園子と遊ぶことにした。

 適当に絵を描いたり、他愛無い話をしたり、手品で驚かせたりした。

 

「今どこからハト出したの? もう一回見せて~」

 

「ダメ。芸とは、魂が命じたときにしか見せてはいけないんだよ」

 

「そうなんだ~、残念」

 

「ところで、それは何の絵?」

 

「これ? これはね~、フッフッフ……なんでしょうか?」

 

 知らんがなと思いながら、園子が書いていた絵をよく見てみる。

 まず、それには耳があった。体色はピンクで、尻尾がある。

 枕みたいな寸動体型だ。ぱっと見ネコのように見える。

 

「う~ん、猫ですか?」

 

「ぶっぶ~。正解は〜……サンチョで〜す」

 

 誰だよと心の中で園子にツッコむ。

 

「そ、そうなんだ……、抱き心地よさそうですね。サンチョ」

 

「そうなんよ~…………抱いてみる?」

 

「いいの?」

 

「かっきーならいいよ~」

 

 そう言って、園子はサンチョを俺に渡してきた。

 ふむ。受け取ったサンチョを見てみる。完全に平たい猫だった。

 そういうアニメのキャラクターか何かで商品化されたぬいぐるみなのだろう。

 

 ぎゅっと抱きしめてみると、サンチョは形を変え、唐突に不細工な奇形になる。

 それがなんとなく面白くて、俺は無心で抱きしめたり形を変えたりする。

 …………いいな、この抱き枕。欲しいな。

 

 前世では抱き枕というと、昔買った枕達を思い出す。

 あいつら元気だろうか…………売っぱらったっけ……。

 

「ふふっ」

 

「…………」

 

 正直この感触は堪らなかった。

 手のひらに感じる感触を無心で触り続ける。

 このまま行けば、俺は無我の境地に達しそうだ。

 

 そんなことを考えてモフモフしていると、右肩に重さが増した。

 何奴!? と見ると、さっきまでお絵かきをして疲れたのだろう。

 園子は目を閉じぐっすりと眠っており、それを見ながら子供らしくて可愛いなと俺は思った。

 ケタケタと騒がしくする子供よりも不思議な子だが、何十倍も好感が持てた。

 

「――――」

 

 体勢が少しきついのでゆっくりと己の身体を動かす。

 身体の位置を変え膝枕を作り、そっと園子の頭を膝枕に乗せた。

 

「……すぅ……すぅ……う~ん」

 

「――園ちゃん?」

 

「……すぅ……すゃ……」

 

 しかし軽いな。貧乏ゆすりをして悪戯したくなるが、ぐっとこらえる。

 手持ち無沙汰になったので、なんとなく園子の長い髪の毛を指で弄る。

 

 前髪がさやさやと風に揺れた。

 金色の髪は絹のようにとてもサラサラで、いつまでも触っていたいと思わせる手触りだ。

 金の糸は俺の指をすり抜ける。園子の髪が純粋な金色なのも素晴らしい。

 

「―――――」

 

 生前、バカな女達はよく金髪とかに染めていた。

 正直俺はあの染色する女だけは絶対に嫌だった。

 具体的な理由はない。ただ、明らかに似合わない癖に髪を染める奴は嫌いだった。

 せめて眉毛も染めろっての。日本人なら黒か茶色が一番似合うと俺は思う。偏見だが。

 

「―――――」

 

 だけど園子は違う。

 そういえば、純性の金髪を見るのも触るのも初めてだったな。

 これはもっと弄っておかねば。寝ているのが悪いので、俺は悪くない。

 

 頬を指で突いてみる。

 フニフニ、モチモチした触感と滑らかさは、赤ちゃんのようなすべすべの頬を想像させた。

 

「ぅ……うにゅぅぅ」

 

「…………園ちゃん」

 

 小さなうなり声と共に園子の瞼が震える。

 まずい、起きそうだなと直感的に俺は悟りながら、同時に残念に思った。

 だから、この時間をまだ終わらせたくはなく、そっと寝かしにかかる。

 

 俺は園子のお腹をポンポンと優しくたたき始める。

 ゆったりとしたタイミングでのお腹ポンポン。さらに頭を優しく撫でる。

 愛をこめて。子供をあやすように。割れ物を扱うように。

 人形でも扱うかのように、俺は優しく彼女の髪を梳いた。

 

 ――優しく。

 

 ――丁寧に。

 

 

 

 ---

 

 

 

 ――気が付いたら夕方だった。

 

 どうも俺も気づかない間に少しだけ寝てしまったらしい。

 他の使用人は全くと言って良いくらい、ここには来なかった。

 ふと園子のお母さんが廊下を通った時に目が合った。優しく微笑んで会釈してきた。

 

 そっと会釈を返した。

 なんだか少し気恥ずかしくてそっと目を伏せ視線を下ろすと、園子と目が合った。

 

「…………あ」

 

「えへへ~」

 

 ほんのりと頬を赤くして、園子は俺を見ていた。

 いつから起きていたのだろうか。

 夕暮れの風に髪がそよいだ。

 

「ついさっきだよ~。かっきーの寝顔可愛かったな~」

 

「……参ったね」

 

「起こしてもよかったんだよ~」

 

「いや、せっかく寝てたのに起こすのは悪いよ。それに園ちゃんの寝顔もしっかり見れたしね。可愛かったよ、園ちゃんの寝顔」

 

 負けじと言い返すと園子は肉付きの良い頬を膨らませて、上目遣いで俺を見てきた。

 俺はそっと、そんな園子の頬を指で突くと、柔らかな頬はゆっくりと萎んだ。

 同時に再び髪を手櫛で梳くと園子は気持ち良さそうに目を細めた。

 

「かっきーは、私の髪が好きなの?」

 

「……どうして?」

 

「ずぅ~っと、そうやっているから」

 

 まさかの起きていた疑惑が発生した。

 

「まぁ、園ちゃんの髪って触り心地良くて俺は好きだよ」

 

「……そっか~、ならもっと触ってくれてよいのだぜ」

 

「ははぁ……」

 

 許可を頂いたので遠慮なくだが優しく少女の髪の毛に触る。

 いつの間にか、俺は彼女に対しての警戒心は無くなってしまっていた。

 このふんわり天然気質少女には、これからも優しく接していこうと裏表なく思った。

 

 

 

 ---

 

 

 

 夕飯を御馳走になった。

 ここで俺はようやく、己を生んだ両親の存在を思い出した。

 

「あの、うちの両親はどうされましたか? 姿が見えないのですが……」

 

「ああ、随分前に帰ったよ」

 

「――――」

 

 あまりの驚愕に、開いた口が塞がらなかった。

 流石にそれは人としてどうなんだ薄情父親(母親は別)と思ったが伝言があるという。

 驚愕する内心を隠す俺に対して、園子のお父さんが言うには、

 

『そろそろ外に出て引き篭もりを改善するために、乃木さんの家に泊まってこい。

 ついでに何日かそっちに居させてもらえ』と。

 

「――――」

 

 宗一朗と園子のお父さんは古くからの付き合いで、二つ返事で承諾したのだという。

 まあ明らかに部屋も余っているしこちらは子供。邪険にはされないだろう。

 

「……お世話になります!」

 

 ご両親に深々とお辞儀をした。挨拶は大事なのだ。

 

 

 

 ---

 

 

 

 園子が住まう屋敷の風呂は、やはりというべきか温泉のように大きかった。

 一人で入るつもりだったが流石に5歳児をほっぽり出すわけにはいかないと思ったのか、

 監視として使用人が風呂場に来るかと思ったが、園子のお父さんが入ってきた。

 

 それから少し一緒に湯舟に浸かった。

 いくつか世間話をした。他愛無いことだ。

 その中で園子の話が出た。

 

 両親曰く、天然気質のお嬢様は普段からぼーっとしていることが多く心配だそうだ。

 あのマイペースにはさぞかし苦労したのだろう。

 うんうんと相槌を打ちながら和やかに風呂を共にすると、少し仲良くなれた気がした。

 

 

 

 ---

 

 

 

 そして風呂から上がり、使用人が用意した寝巻きを着るとサイズはピッタリだった。

 さて、俺の寝床はどこかなーと使用人の人に導かれて俺はその部屋に向かう。

 

 その部屋には園子がいた。

 鶏を思わせるようなパジャマを着ているお嬢様。

 なんて独特なパジャマなんだろうと思い、正直反応に困る。

 

「えへへ~、似合う~?」

 

「ん? ああ、似合うよ」

 

「ありがと~。これね、お気に入りのパジャマなんだ〜」

 

「へぇー」

 

 独特! とは言えなかった。

 そのまま寝ようと思ったが、園子がトランプしようと誘ってくる。

 最近の若いものは遅くまで起きとるのかね。

 

 しょうがなく彼女の誘いに乗って、布団の上でトランプをする。

 これで寝落ち準備はオーケーである。

 

「で、何する~?」

 

「うんとね~、ババ抜きはどう?」

 

「いいよ」

 

 俺がカードの山札を切っていると、園子が俺に話しかけてきた。

 

「私ね、こうやって友達と夜に遊んだりしたかったんよ~」

 

「できなかったのか?」

 

「うん。皆、乃木家だからか距離感があって近寄らないし。それにね、私ってほら、こういう性格でしょ? だからなかなか友達が出来なかったんだ~」

 

「……そっか」

 

 園子になんて声を掛けるべきか分からなかった。

 ちょっとだけ寂しそうな園子の横顔を俺は無言で数秒だけ見つめた。

 大丈夫だとか、学校に行けばできるよとか、根拠の無い事だけは言いたくは無かった。

 

「……周りは見る目のない奴ばかりだったんだな」

 

「え?」

 

「俺は今日、園ちゃんと友達になれて嬉しいよ。園ちゃんと過ごして凄く楽しかったし、これからもまた一緒に遊びたいと思うよ」

 

 そう。死んで生まれ変わって初めて得た、俺の大切な友人。

 初めて家族以外に安らぎの場所を得たのだと思う。

 

 なし崩し的に友人関係になったけども、自分でもうまく言えた気がしなかったけれど、乃木家だの家柄だの関係ない。知ったことではない。

 彼女にとってそうであるように、俺にとっても初めての友達だ。いつまでも仲良くしたい。

 

「だから、その…………俺でいいなら、君の遊び相手にくらい、いつでもなるから」

 

 しどろもどろで、かっこよく、うまく言えなかったけれども。

 それでも園子にこの想いが少しでも伝わってくれるようにと言葉を紡いだ。

 そんな俺の言葉に園子は何も言わず、じぃーーーっと俺の目を覗き込んだ。

 そして、

 

「えへへ。ありがとね、嬉しいよ〜。でもね、かっきー」

 

「うん?」

 

「私はね、かっきーで、良かったんじゃなくて、

 かっきーだからこそ、お友達になれたことがすごく嬉しいんだよ」

 

 そう言って、園子は柔らかくほわほわとした笑みを浮かべた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 ちょっとだけしんみりした空気になった。

 けど今はトランプのゲームの最中だ。それはそれ、これはこれさ。

 元より負かす気満々だった。戦いに卑怯という文字はないのだよ、小娘。

 手加減などなし。社会の厳しさを教えてやろうという思いで挑み、

 

「ば、バカな……!」

 

「イエーイ!」

 

 普通に負けてしまった、油断した。

 園子が喜んでいる。元気だな。

 しかし、このまま寝るとあれだな、嫌だな。

 

「園子、もう一回やろうか」

 

「いいよ~」

 

 

 

 ---

 

 

 

 敗北は続く。

 

「今度は別のにしない?」

 

「ならこれは~?」

 

 慢心はここまで。

 ここから本気ダゾ。

 

 

 

 ---

 

 

 

「…………もう一回やろうか」

 

「う~ん。そろそろ寝ない?」

 

「これで最後だから、ね? 一発だけ」

 

「かっきーは負けず嫌いさんなんだね。しょうがないな~、……ふわぁ~」

 

 園子が欠伸をすると、移ったのか俺も思わず欠伸をした。

 何が面白いのか二人して苦笑した。

 

 

 

 ---

 

 

 

 気が付くと、俺はサンチョの群れに襲われていた。走っても走っても追いつかれそうになる。

 後ろを振り向くと奴らは俺をどうするつもりなのだろうか。

 無表情のままこちらに向かって走ってくる。

 そこに可愛さも愛くるしさもない。素晴らしいフォームで走ってくる。

 

「――――はっ――――はっ」

 

 なぜか息苦しい。

 お腹が重い。

 話し合おうにも、喋るための酸素は肺から既に消えた。

 

「――――はっ――――あ?」

 

 その時、俺の背中からマントが生えた。

 思考をパージ。体に掛かる浮遊感と共に俺は空へと飛んだ。

 空を舞うと、先ほどまで脅威だったサンチョの群れを離れ、俺は自由になった。

 何者も俺を止められないのだ。思わず微笑を浮かべ、悔しそうに見上げる彼らを笑う。

 

「なんだ……余裕じゃ―――――」

 

 そして俺が笑いながら空を見上げると、いつの間にか月は園子の顔になっていた。

 

 

 

 ---

 

 

 

「―――お!!?」

 

 いつの間にか夢を見ていたようだ。

 どんな内容だっけ。まぁいいや、碌な夢ではないだろう。

 隣を見ると、人肌に感じる暖かさがあった。

 園子がちょうど俺の心臓を圧迫する形で眠っていた。夢の原因はこれだろう。

 

「………………うみゅ」

 

 これが朝チュンですか。

 なんて感想を抱きながら俺は体を動かそうと思ったが、俺の下半身、および俺の左腕が応答しなかった。

 

(なんだと――)

 

 よくよく見ると園子は体全体で俺に抱き着いていた。

 布団は誰かが掛けたのか、自分で寝ながら掛けたのか思い出せないが、お互いの足が挟み挟まれ抜け出せそうにない。

 

 俺の腕は園子の枕にされ、動きを封じられている。

 辛うじて自由なのが右腕だが、腕一本でこの状況下から脱出する術は持ち得ていない。

 

「―――――」

 

 しょうがない。これで何か言われるなら甘んじて受け入れよう。

 昨日の夜更かしの原因は俺にある。

 どうも人生初めての友人というのは、意外にも俺を興奮させたようだ。

 

「――あったかいな……」

 

 なんとなく時間は5時頃だろう。ならあと1時間はある筈だ。

 残った右腕で布団を引き上げる。

 

「―――――」

 

 しばらく無言でいると、園子の寝息が聞こえる。

 残りの腕で抱きしめると彼女の体温が、人肌の温かさが俺の何かに染みた。

 

「………………」

 

 よく寝るなーと思いながらぼんやりと園子を見る。

 その様子を見ながら、いつの間にか俺もこの生温かい心地良さと彼女の寝顔を見ながら微睡んでいた。そうして園子が起きるまで、時間はゆっくりと過ぎていった。

 

 

 

 ---

 

 

 その後。

 

 朝御飯を食べて、勉強と稽古はお休みし、園子とイチャついて。

 昼御飯を食べ、園子と遊び、一緒にお昼寝。

 夕御飯を食べ、園子とご両親に、マジックショータイム! 

 非常に盛り上がった。是非またやってほしいとのことだった。

 

 その後、園子と一緒に風呂に入り、寝る前に園子とゲームをして一緒に寝た。

 そんな3日間を過ごした。

 そして今日の朝、俺はご両親と使用人たち、そして園子に見送られていた。

 

 いつでも来ていいからね、と園子の母親。

 もうお前は家の一員だ、と園子の父親。

 嬉しいことを言ってくれるじゃないか。

 そして――、

 

「かっきー。帰っちゃうの?」

 

「うん」

 

「……そっか」

 

 園子は一瞬だけ寂しそうな顔を見せたが、すぐにほんわりとした顔に戻った。

 ごめんね。これ以上いると本当にダメンズになっちゃうから。

 

「これ、あげるね」

 

 ピンクのサンチョを貰った。

 

「いいの?」

 

「うん。他にも一杯あるから。それにかっきーなら喜びそうだったから」

 

 分かってるじゃないか、園子さんや。こいつの手触りは最高なんだよ。

 たった3日、されど3日。その時間で築かれた時間は俺たちの絆を強力な物にした。

 波長が合うとはこのことなのだろう。もう俺たちは親友だった。

 

「ねぇ――」

 

「……?」

 

 と、園子は俺に近づいてくる。

 顔と顔が触れ合う様な距離になったと思ったが、彼女は俺の耳に用があったらしい。

 彼女の甘やかな声に、俺の鼓膜が、心が震わされた。

 

「――それ、私だと思って大事にしてね。かっきー」

 

 大切にしようと改めて思った。

 いつの間にか園子の手には、いつかの小さなバラの造花が握られていた。

 

「またくるよ」

 

「うん」

 

 そっと園子を抱きしめる。俺も園子に抱きしめられる。

 園子から伝わる体温は、暖かかった。

 

「じゃあ、またね」

 

 

 

 ---

 

 

 

 乃木家の車に送られる中、そっとサンチョを抱きしめる。

 

「――――」

 

 微かに、園子の香りがしたような気がした。

 

 

 


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