変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第五十八話 偶然なる誘いであれ」

 体に纏わりつく昏い光が勇者装束へと変わるのは一瞬である。

 

「―――――」

 

 その光を見ると、ふと俺は初めての変身を思い出した。

 変身と呼ぶべきか、『加賀』の血を触媒にし、指輪と端末の二つで俺は勇者装束を纏った。

 あの時は何が起きたか解らない不安と、これから起きるであろう未知への好奇心で溢れていた。

 

「――――っ」

 

 別のモノへと肉体が作り直されていく感覚。

 体の内側から、細胞の一つ一つが最適な何かへと変貌していく感覚に襲われる。

 やがて全身を覆うような光が消え去る頃には、その感覚は蒸発する水のように消えた。

 跳躍を繰り返し、やがて植物で出来た壁上に到達した俺は、改めて自分の勇者装束を見下ろす。

 

「特に変化は見られないけど……」

 

 呟きに答える声は無い。

 初めて行った端末無しでの変身は、僅かに感じる違和感と細部の装飾が異なれども、間違いなく大赦に回収される前の勇者装束とほぼ同一の物だった。

 左肩に黒百合の刻印、両手の赤い手袋、風になびく黒色のコートは端から金粉が漂っている。

 

「……出でよ」

 

 両目を閉じ、できうる限りの強い意志で武器を呼び出す。

 不測の事態に何時でも対応出来るように、最も使いやすく武器足りえる物。

 右手にズシリとした重みを感じたことに安堵しつつ、瞼を開ける。

 眼下に見える昏色の剣は、他の武器も含めて愛着ある重みを手のひらに感じさせる。

 

「相変わらず、いい景色だが……」

 

 朝日に光り輝く瀬戸内海。

 見る者が見れば恐らく感動の一つでも与えられる景色かもしれないが、

 これらが偽の景色であると知っていると、途端にあのモノクロの世界と同価値にしか感じない。

 

「―――ハッ」

 

 あえて不敵な笑みを顔に張り付け、先の異界への準備を整えた俺は一歩先へと脚を踏み込ませる。

 たった一歩。壁のある場所から踏み出した一歩が、この世界と破滅の世界の境だ。

 ヌルリとした結界の感触を踏み越えて、あるであろう死が闊歩する世界へと顔を出し―――

 

「―――っ」

 

 突如。

 轟と湧き上がり続ける世界の熱波に、身を焦がされるような感覚に満たされた。

 万物を焼き焦がす熱気を孕んだ風が俺の額をくすぐり、思わず目を瞑る。

 全身を炎で炙らんばかりの熱波が装束越しに、体に取り返しのつかない熱を帯びさせ始める。

 

「いや、もうこれ暑いなんてものじゃ―――」

 

 口を開いて後悔した。

 装束を着用してなお暑さで気絶しかねない熱波に口内が乾くのを感じて、俺は慌てて口を閉じた。

 額から脂汗が流れ落ちるが、それを気にしている余裕は無く、慌てて俺は壁内へと戻った。

 

 全身に感じる熱気によって、数秒の行為が数時間にも感じるような緩慢さがあったが、

 結界内に入ると一瞬にして全身に感じていたうだるような熱が引いていくのを感じた。

 

「ちょっと待って。なんか壁の外が異常なんだけど」

 

『知らないうちに壁外の温度が上昇しているようだね』

 

 背後に転がるように壁の内側に戻る中、袖で額に浮かぶ汗を拭う。

 悪態を吐いていると、揶揄するような声で初代が言った。

 

「……これって精霊の守護が無いから、こんなに暑く感じるのか?」

 

『どうだろうね。根本的に装束が彼女達のソレよりも耐性が無かっただけだと思うよ。その点に限ってだが勇者の装束よりも性能は良いんだろうね』

 

 実は初代の言う通り、端末無しでの変身は制約がある。

 本来は端末があったおかげで神樹とのパスを繋げることができ、精霊による護りを得られた。

 加えて、精霊バリアによりゲージが溜まることで強大な力が得られる満開システムもあった。

 

 それらを欠いた状態で、現在俺は変身しているということだ。

 常人よりも多少回復力は早いと言えども、攻撃は精霊が防いでくれない。

 致命傷はそのまま死へと直結しているというハード仕様である。

 

「欠陥品かな?」

 

『キミが脆弱なだけだよ。本来は樹海や結界内での使用が通常なんだ。壁の外でも利用された事はあるけど以前はこんな灼熱の大地じゃなかったんだよ』

 

「――そっか。それよりもさっき軽く壁上を見渡したけど、あれだけいた子達が全然見当たらなかったな」

 

『恐らく既に壁上ではなく、下の溶岩などがある大地にいるんじゃないかな。例えばだが彼女達が壁外における地質調査の為に行っているとかならば、耐火部分のみを強化しているのも納得はいくが』

 

 なんとなくではあるが、先程見かけた少女達の目的は分かってきた。

 

『一応言っておくけども、精霊の護りが無い状態で壁の外、特に壁下に行けば間違いなく死ぬよ。皮膚どころか筋肉からドロドロとチーズのように溶けて死ぬだろう』

 

「―――流石にマグマにダイビングするほど無謀になった覚えはない」

 

 そんな事を言いつつ、背中に背負っていたリュックサックを樹木で編まれた壁の上に降ろした。

 ある程度の問題なら対処が出来るように、朝のランニング中も背負っていたリュックを漁る。

 手を突っ込み探していると、やがて自らの手のひらに求めていたであろう感触を感じ取り出す。

 

『……ガスマスク』

 

「一応、煙とかの対策で考えてたんだけども。熱波対策にも少しは貢献してくれそうだなって」

 

 言いながら、黒い全面マスクで口と鼻を包み外気を遮断する。

 ベルトで頭部を固定し、耳にも掛け、吸収缶越しで呼吸すると、冷たい空気が肺へと入り込んだ。

 しばらく肺を収縮させた後、準備を完了した俺は、次は覚悟を決めて異界へと入り込む。

 

「――――ッ!!」

 

 全身を炙るような炎の熱波は、以前のソレよりも明らかに温度が上がっていた。

 すべてを溶かしそうな熟れた熱気と額から流れる尋常ではない汗に、長居は出来ない事を悟った。

 どのみち、熱中症になるか脱水症状を起こしかねないような場所になっている。

 

 端末の精霊の守護があれば別だが、無い物をねだってもしょうがない。

 脳裏に過った金色の鬼を模ったマスコットを頭を振って消しつつ、俺は目を細めた。

 何かしらの情報は欲しいという打算込みで来た壁の外を見る。

 

「…………」

 

 余裕が出来たことでようやく俺はこの灼熱の世界を見渡すが、やはり誰もいなかった。

 轟と湧き上がるどこまでも続く炎。人類がかつて生きていた証は紅へと塗り潰されている。

 何一つ希望は見られない。延々と続く死の世界が広がっている。

 

 中腰になりながら、星屑の目に留まらないようにゆっくりと異界側の壁の下側を見下ろす。

 初代の言う通り、壁の下はマグマや溶岩が噴出し、今の装束では致命傷になるものが多い。

 折角掴み掛けた情報が消えてしまったことにマスク内で舌打ちしていると、

 

 ――ケタケタケタケタケタ

 

 異界に轟く鳴き声が聞こえ、瞬間的にそちらに視界を移した。

 現在俺が立っている壁の上、そこからやや離れた中空に浮遊している存在があった。

 

 天にいれば綺麗であると思わせる星は、近づけばどれだけ醜悪な存在であるかが察せられる。

 見た目は蛇に近いが、星屑がバーテックスとなるのではなく、その見た目を残しつつ進化した姿。

 以前戦った中で、最も四国に被害を出した異界の侵略者。

 蛇遣座【オフューカス・バーテックス】と、その取り巻きの星屑がそこにはいた。

 

「―――――」

 

 それを見たとき、苛立ちに似た黒い感情が胸中で悲鳴を上げるのを認識した。

 それは後悔か、殺意か、憎悪に似た何かだったが、

 装束のおかげか感情を押し殺し、噛み締めた唇から鮮血がマスクの中にこぼれ落ちるだけで済んだ。

 眉毛を通り目に入り込む汗を乱暴に昏色の袖で拭いながら、足音を立てずに無言で潜行する。

 

 本来ならばバーテックスや星屑は人間を襲うらしいのだが、

 口に似た器官を鳴らして周囲を飛んでいる星屑は、一直線にある場所を目指していた。

 

 この距離ならば単眼鏡は必要ないだろう。

 俺はそう考え、勇者になり強化された視力で地獄の底へと向かう星屑を見送り――

 

「――!」

 

 見逃した情報源が、灼熱の大地で懸命に戦っているのを視界に収めた。

 ジリジリとこちらへ撤退しているのか、迫り爆発している星屑に盾を持った少女たちが吹き飛ぶ。

 黒煙と生身なら何度も爆ぜたであろう爆発を受けながらも、必死に銃剣を持ち戦う少女達がいた。

 

 ――ケタケタ、ケタケタ

 

 このままだと数分後には彼女たちの未来は無いだろうと遠目に見て俺は推察した。

 どういう理屈か不明だが、蛇遣座は周囲に漂う通常の星屑を爆発させることが出来る。

 一匹一匹が強力な爆弾であるソレは、直撃すれば確実に少女たちの命を容易く散らすだろう。

 

 正直に言って、相手がこちらの味方足りえるかは不明であり、助ける義理は無いのだが、

 ここで彼女たちに恩を売っておけば、ここで死なれるよりも有用な結果を生んでくれるだろう。

 

 決断は早く、そして行動は更に早かった。

 時折聞こえる鳴き声に苛立ちながら、右手に掴んでいた確かな剣の存在を確認し、

 中腰の姿勢をやめて立ち上がり、槍投げの要領で醜悪な星座を狙って投擲した。

 

「フッ――!!」

 

 短く吼えながら右腕に渾身の力を込め、一直線に飛ぶ愛剣は剣尖から昏の光束を迸らせ、

 地を這い戦う少女達、その上空で高みの見物をしている蛇遣座の頭部と背中の間へ突き刺さった。

 僅かに怯んだのか不快な鳴き声が止まると同時に、俺は即座に軽機関銃を生じさせ―――

 

 

 

 ---

 

 

 

 奇襲は思っていたよりもスムーズであった。

 機関銃の震えが手のひらを通して骨に伝わる感触に笑いながら、

 こちらに群がる星屑が紅の銃弾に穿たれる事に、薄暗い快感に包まれながら笑う。

 

 時折弾幕を潜り抜けて噛み付こうとする星屑の攻撃を多少の傷を負いつつ撃退していく。

 汗と血を流しながら、恩を売りつける予定の少女達が遅速ながら壁上へと到達する程度の時間を、数秒、数分と着実に稼いでいく。

 

「―――――」

 

 途中、一人だけ薄緑の装束とは異なる少女がこちらに向かって何かを言っていた。

 振動と同時に発せられる銃声がそれらを掻き消していたが、一瞬だけ目が合った気がした。

 小学生くらいの幼さを感じる少女が、周囲の少女達に守られていることから重要人物か何かだろう。

 

 十中八九大赦絡みであろう少女に対して何かを伝えるか口を開いたが、

 言葉を紡ぐよりも先に自らが着用している黒いマスクの存在を思い出し、渋々口を閉じる。

 

「―――――」

 

 少女達が結界内へと消えたのを確認しながら、一時的に使用不可となった機関銃を消失させる。

 早鐘の如く鳴り続ける心臓の鼓動、少しでも正常な空気を吸おうと息は荒れていた。

 

「まだいたか……」

 

 結界内へ戻ろうとした時、壁に近づきつつある蠍座【スコーピオン・バーテックス】と、撤退している少女達に気づいた。

 銃剣と盾を持っている彼女達は、恐らく先程の集団の中でも特に熟練した少女達なのだろう。

 その中に泣き顔で叫んでいる盾使いの顔を見て、直感は正しかったと思わず片方の口角を上げた。

 

 数人が殿となり蠍座と戦っていた事に心の中で敬意を表しながら、

 尾針が切り落とされている蠍座の胴体らしき部分を狙って、RPGを肩に構える。

 

「―――ッ!!」

 

 肩から全身を貫く振動に奥歯を食いしばる。

 開口した砲尾から後方に向けてバックブラストが起きた。

 クルップ式によって発せられる砲弾は、発射と同時に加速し回転しながら蠍座を狙い―――

 

 黄金の砲弾が少し狙いを外しつつも着弾したことを確認し、最低限の援護をしたと納得しながら、

 再び赤黒い空に増え始めた星屑を尻目に、俺も即座に戦場を離脱するのだった。

 

 

 

 ---

 

 

 

 結局、首を突っ込んだ戦いは、大きな成果を得られた訳では無かった。

 朝のジョギングでチラッと見た顔は、以前記憶していた少女と同じであったのは正しかった。

 

 神世紀300年の6月頃の話だ。

 一世率いる何人かの淑女たちが、活動中の勇者部の部室に震える少女を連れてきた。

 誰に命じられたわけではなく正座をし、愛媛から来たと言う少女の前に椅子を持っていく。

 どうやら勇者部に依頼をしたいのだという他県の中学生に目を細めたが、

 

『わ、私、昔からすっごい臆病者で! だからもっと……もう少しだけでいいから、勇気を持てるようになりたいんです!』

 

 たどたどしくも言葉を紡ぐ、加賀城雀を名乗る少女の眼差しには嘘は感じられなかった。

 どのみち悪い人では無さそうなので、暇つぶしに少し手伝おうと思い少女達と活動を始めた。

 その際にいくつかゴタゴタはあったが、依頼自体は解決したと思う。

 

「さて―――」

 

 僅かに過去の物となりつつある思い出が脳裏を過りながら、防人を名乗る少女達と向き合う。

 意識が無く血を流している少女達も多いが、合計32名の少女達。

 元から集合場所を壁の上にしていたのか、俺が結界内に戻ったところで鉢合わせしてしまった。

 

 正直に言ってあちらの情報だけ掴み取りつつ、こちらの情報は渡さないつもりだが、

 流石にあちらも窮地たる状況で助けに来た人物が勇者であると認識していたらしい。

 

「あ、あの、勇者の加賀様でしたよね。えっと、助けて頂き……」

 

「お礼は別に良いよ。それよりも―――」

 

 代表者を名乗る人物と数人のアドレスを交換し、俺はひとまずその場を去ることにした。

 彼女たちは俺が端末抜きで勇者装束を纏っているという事実を知らない。

 だが、今回の外敵との交戦により背後にいる大赦がそれを推測する可能性は高いだろう。

 この後回収に来るであろう大赦の人間達と俺は顔を合わせるつもりはさらさら無かった。

 

 いずれにせよ、今後相手が無反応ということは無いだろう。

 彼女たち――防人――という存在を、俺は少ない時間なれど知ることが出来た。

 今はそれだけで良いだろう。

 

 

 

 ---

 

 

 

 薄い笑みを浮かべていると、体の軋みと肢体に奔るいくつかの切り傷に思わず眉を顰める。

 流石に無傷で潜り抜けられるほど敵は弱くは無く、そして俺も鍛錬が不足していた。

 あれ以上長くいたら、戦う以前に脱水症状で倒れていた可能性もあっただろう。

 

「それにしても、何回も転ぶなんてね……」

 

「―――そうなんだよ。靴の紐が千切れてそこから坂下まで転がったんだ」

 

「実は亮ちゃんはドジっ子だった?」

 

「そんな属性は無い。あとこの事は他の人には言わないで」

 

「どうして?」

 

「恥ずかしいからさ」

 

 水を欲し、体のあちこちにできた傷を癒すべく加賀家に帰宅すると友奈が部屋にいた。

 私服にエプロンを着ていた少女は、こちらのボロボロな格好に顔を青ざめさせたが、

 嘘に塗れた話をすると、半泣きのような表情をしながら手当てを手伝ってくれた。

 

「この火傷は……?」

 

「――ちょっとね。ああ、急に人肌が恋しくなってきたな~」

 

「……んっ」

 

 そっとリビングの床で手当てをしてくれた友奈を抱きしめる。

 細い胴体の弾力と柔らかさは俺に安らぎを感じさせた。

 一瞬強張った友奈は、やがてしょうがないなとばかりに体を弛緩させ、俺の背中に手を回した。

 

「―――――」

 

「―――――」

 

 無言で少女の顔を見上げると、同じく潤んだ薄赤の瞳がこちらを見下ろしていた。

 深く聞かないでくれる彼女に感謝しながら、甘い香りがする少女の体を抱きしめると、

 服越しで感じる友奈の心臓の鼓動は、かちかちと鳴る時計の秒針を追い抜き、一段と早くなった。

 

 

 

 ---

 

 

 

 それから。

 乃木園子が讃州中学校に正式に転入してきたのは、この出来事の2日後であった。

 

 

 

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