変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第六十六話 運命の分岐路 Part3」

 柔らかな夜の風が俺の頬を撫でつけ空へと駆け上る。

 見えない無色のソレは小さな音を立てながら俺の間をすり抜け、草木を凪ぎ月へ舞う。

 風が行き着く先、金色の油を溶いたような黄金の満月は、黒い布のような夜空で輝き続ける。

 

 どれだけ時間が経過しても、この世界が変わることはない――らしい。確かめたことはない。

 一度も朝が来たことのない世界、今となってはある種の心地良さすら感じられる。

 そんな中で、ふと鈴音のような声が耳朶に響いた。

 

「加賀家について……?」

 

「ああ」

 

 太陽は決して来ることはない――そんな世界の中心、桜の大樹の下で俺たちは話をしていた。

 最近初代がよく出す、桃の風味のする『謎クッキー』を口にしながら俺はコクリと頷いた。

 頷く俺に、白いテーブルを挟み向かい合う初代は形の良い眉を顰め首を傾げた。

 

「どうして今更そんなことを……?」

 

 赤い手袋を外し、夜の外気に晒した白い手で持っているカップをそっと受け皿に置きながら、

 緩慢とした動きをする初代はテーブルに頬杖をつき、血紅色の瞳に小さな疑問を浮かばせた。

 それに対し口内に広がる中毒性を感じるクッキーを飲み込み、それから俺は口を開いた。

 

「まあ、なんとなく……っていうのもあるけども、結局宗一朗にも綾香にも自分の家について聞く機会は得られなかったし。せっかくだから『加賀』について知りたいなって」

 

「このボクを知ろうだなんて……、キミは相変わらず節操がないね。既に両手に華なのに、女性の全てを知り尽くしたいなんて。この変態め」

 

「――いや、加賀についてだから! あと俺はそんなに節操がないわけではない」

 

「変態であることは否定しないと」

 

「紳士であることは誇りだ。一部の対象が特別なだけだ」

 

 己の体躯を抱くように腕で自らを抱きしめる初代に俺は少しの焦りと共に苦笑した。

 お互いが冗談であると知りながら繰り広げる多少の茶番は場の空気を和らげるものだ。

 冷えた視線、呆れ顔を向けてくる姿をやや理不尽に思いつつも、ふと指に収まる指輪に触れる。

 

「二股よりも三股の方が若干聞こえが良い風に聞こえはするが……」

 

「何の話だ? ――それに、加賀家の歴史から現状を紐解く鍵とかないかなって。例えば俺って何代目なのかなとか」

 

 笑みを浮かべ口にする言葉に嘘も偽りもない。現状の問題は困難であると言って良いだろう。

 友奈が近い将来に刻印の所為なのか、祟りによって徐々に体を弱らせ死んでしまうらしい。

 その言葉を受けた時は衝撃を受けたが、それでもなお不思議と取り乱すことは無かった。

 

 問題は他にもある。それは神樹の力自体が枯渇し掛けであるという世界の現状である。

 こちらもまた友奈ほどではないが、確実に訪れるであろう未来であり明確に近づく破滅だ。

 対策が見つからないこの2つの問題に、一体どうするべきであるかと頭を悩ませていた。

 ――そんな時のちょっとした休憩の一時であった。

 

「……キミは『勇者として』ボクから十三代目にあたるかな。もっともボク以前にも加賀家は存在してたけどね。それだとキミが何代目かは覚えてないな」

 

「へー、当時から結構な名家だったのか」

 

 応じるとは思わなかった為か、実際に『初代』が僅かに逡巡しつつも答えたことに少し驚いた。

 以前までは彼女に纏わる質問などに関しては何も答えず、代わりに何かしらの知恵を出す存在。

 しかし、頭を振り告げる答えは疑いもなく、すんなりと亮之佑の中に入り込むのが分かった。

 

「いや、まあ、そうだね……。西暦の頃は名家ではなく、呪術を研究するような家だったかな」

 

 「昔の話さ……」と冗長でありながら自嘲するかのような低い声が静寂の世界に小さく響く。

 どこか遠くを見つめる初代、彼女が揺らす瞳に広がる物は決して読み取ることは出来なかった。

 かつて西暦の時代、初代がまだ『初代』ではなかった頃は、ある研究をする家だったらしい。

 その頃から実は大赦の前身となっている『大社』は細々ではあるが存在していたらしい。

 

 だがそういった呪術はこの時代には聞いたことはない。眼前に広がる世界は見たことがあるが。

 現在天の神に敗北後は、そういった呪術の研究どころか、脅威となりえる物は廃棄されたらしい。

 かつての勇者システム廃棄についても奉火祭後、天の神が講和の条件として提示したという。

 

「――なんの研究だったんだ?」

 

「秘密、と言いたいが……そうだね、ボクの家は主に魂に関する研究だったね」

 

「魂……それは蘇生的な?」

 

「キミは何を言ってるんだい?」

 

 何となしに肩を竦めて告げる初代だが、西暦では呪術の研究をする家は多かったらしい。

 本来ならばそんな呪術の研究なんてものは胡散臭いとしか感じられないのだが、西暦が終わる原因、敵の襲来によって、皮肉にもその脚光を浴びる時が来たのである。

 

 西暦の終わりの原因を作った星屑の襲来は、いとも容易く人間達の世界を破壊した。

 これまで築いてきた全ての建物や農作物、人工物は喰い壊され、必死に抵抗する人間たちを嘲笑い、通常兵器は“ほとんど”効果はなく、敵の歯が噛み刻む度に多くの人が死んでいった。

 

「最初の勇者システムの基盤作りに、そういった呪術研究の専門家たちが集ったらしい」

 

「らしい? ……その頃のシステムってどんな感じだったんだ?」

 

「――酷いものだったね」

 

 精霊バリアによる守護もなく、辛うじて勇者装束と呼ばれる物で多少の力が上がるだけ。

 また今と同じで神に見初められた者か、社で神器を手にした者だけにしか扱えないらしい。

 通常の攻撃についても、今と比べると軽機関銃など豆鉄砲に等しかったと初代は口にした。

 最初から今のような『過去の』人類の叡智と呼べる武器群が備わっていたのではないと言う。

 

「これが今キミが使っている剣の大本だ」

 

「――似ているな」

 

 初めて手にした武器はこれだと手に出現させたのは、この世の黒を吸い込んだような色の剣。

 かつて初めて掴み取った武器であり、直剣だけを武器にして初代も戦っていたのだという。

 今俺が使用しているRPGや機関銃、拳銃はその後、この世界で作ったものだという。

 

 その剣は俺が使用している剣とは少しだけ意匠や形が違うが、非常に似ていた。

 初代が持っているその黒剣は、『とある社』に納められていた一振りであったという。

 他にも刀の神器を扱う勇者はいたと言いながら、暗闇に剣を消して初代は再び話を続ける。

 

「懸命に彼女たちは戦い、一人一人死に、和解に至るまでに一人を残して全滅した」

 

「……」

 

「こうして一応は神との戦いは決着した。――だが、戦いはそこからだった」

 

 戦いが終わり神世紀が始まり、一先ずであれ外の世界から敵が押し寄せて来なくなった。

 それを理解した人類はしばらくの間、赦された平和を享受していたのだが、かつて勇者として戦っていた最後の生き残りが死亡した年に、ある問題が発生したらしい。

 

「問題……?」

 

「人の敵は、結局は人って事さ。赦されている事が気に入らない人間達、そういった奴等が集った集団が『人』ではなく『神の眷属』として生きていこうと言い出したのさ」

 

「は……?」

 

 何を言っているのか意味が分からなかった。

 眉を顰め、訝しんだ表情で俺は初代を見るが、向ける瞳の感情を読み取り僅かに苦笑される。

 俺を見返し目を細める初代は一呼吸置きながら、そっと手を顎にやった。

 

「いつかキミは、この世界を箱庭のようだと言ったろ? それが我慢ならないって言う『外の世界』や『勇者』を知っている一部の大赦や生き残りたちによる騒動。自分たちが土地神の眷属として神の末席に加われば、天の神がもう二度と『人間』やこの世界を襲うことはないと考えて、いわゆるテロ行為を始めたんだ」

 

「――それを、初代が止めたのか?」

 

「話を聞いてたかい? とっくの前にボクは死んでここにいるよ。で、その時に対処したのが、当時発足した『大赦』で地位を上げていた上里家や乃木家ではなく、当時の加賀家の当主で、二代目になる」

 

「はあ」

 

「加賀家の二代目を筆頭に、弥勒家と赤嶺家を率いて、テロを行う人間たちを『粛清』して回ったのさ。その時には既に勇者システムは表向きは凍結していたから、武器のみで戦う彼女たちは多くの人を殺し殺され、壮絶な戦いの末に勝利した。これが加賀家が名家となった要因の一つかな」

 

「なるほどね」

 

 神世紀72年に、テロ事件が発生したらしい。それから少しずつ勇者や外の世界に関する記述は人々の記憶から消えていった。神世紀100年の節目に大赦が主導となり、文章等からも情報を抹消していきつつ、秘密裏に少しずつ勇者システムのアップデートをしていたという。

 

 そうした過程で、絶対に天の神に悟られず、いつか必ず報復するという決意だけを抱いていた。

 しかし大赦は時を経る度に少しずつその理念を薄れさせ、秘密主義の多い組織へと成った。

 こうして300年という時間を隠れながら、コソコソと気が遠くなるような時間の果てに今がある。

 

「参考になったかな……?」

 

「ああ……、結構良い感じに」

 

 開示された情報は多いが、それでも謎の多き共犯者に片頬を上げて微笑む。

 この機会に聞きたいこともあったが、ソレは恐らく初代は答えることはないだろう。

 何よりも、本題はソコではない。

 

「キミの方はどうだったかな?」

 

「見てただろ? 安芸先生経由で『上』の方に言ったけど、ひとまず反攻作戦の凍結は解除されるらしい。あとは俺次第だとか」

 

「計画通り?」

 

「全然さ。最悪一歩目から綱渡りだな」

 

 いつまでも冷めないコーヒーを飲み干し、椅子から立ち上がる。

 月は沈まない。常世に浮かぶ満月に照らされる草木は来訪者の帰宅を察知して移動する。

 草木が自分で移動するという幻想染みた光景は見慣れつつあり、出来た小道を下って行く。

 

「――――」

 

 この世界から出る為の方法――出入口のような物はない。

 俺が歩く先、草木が避け、出来た道の果てにあるのは扉ではなく、沼地のような闇だ。

 あらゆる光を吸い込むようで、暖かな湯舟に浸かるように歩くほどに体が溶かされて――

 

「――――」

 

「……またな」

 

 後ろを振り返ると、こちらの視線に気づいたのかクツクツと小さな笑みを浮かべる初代。

 彼女に特に何かをする訳ではなく、俺はそのまま再度、目の前の闇の中を歩き続けた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 時計の針が動く音が聞こえた。

 

「……ぁ」

 

 浮上する意識、沈んだ意識に人工の光が瞼越しに入り込み俺は目を覚ました。

 目覚めと共に感じるのは酷く鈍い頭痛、思わず眉を顰めながら寝台から立ち上がる。

 一階に降り、洗面台で顔を洗いながら腕時計を確認し、カレンダーを見てようやく思い出す。

 

「しまったな……。風の病室に行かないとな……」

 

 既に学校は休みでありながら、部室で風以外集まった全員でクリスマス会をした。

 その後、以前から夏凜が提案していた、風のいる病室での軽めのパーティーをする予定になっている。

 一度帰宅し準備するつもりだったが、途中で初代との夜会後、少し寝ていたらしい。

 

 結果、俺は遅刻しそうであった。

 慌てつつも『準備』をし外に出ると、曇天模様の空からは凍った雨が降り注いでいた。

 雪だ。白く冷たい雪が、この冬初めて地面のアスファルトを白色に染めようとしていた。

 

「雪か……」

 

 何物にも容易く染まり、儚く消える雪は見ているだけならいい。

 だが雪が降る中で歩くと、コートを羽織っていても凍える冷たさが骨身に染みた。

 時折白い息を吐きながら俺は歩く。白い地面に足跡を作り、一歩一歩病院に足を向けて、

 

 ――その途中で震え泣く友奈に出会った。

 

 

 

 ---

 

 

 

「――友奈」

 

「――――」

 

 病院までの道の途中、静けさのある中で、何処か遠くから聖歌のコーラスが聞こえる。

 中学生の少年少女たちが学校から集まり、この日の為に練習したのだろう。

 それが遠くから聞こえる中で、その道程の小さな路上で、白い雪の上で泣いている少女。

 

「友奈」

 

「――――ぁ」

 

 再度呼びかける。

 既に風の病室にいるはずの少女。その存在を間違えるような浅い付き合いはしていない。

 いつも笑っていて、みんなを笑顔にする少女が、友奈が雪の上で伏せて泣いていた。

 嗚咽をこぼし、苦痛に顔を歪ませ、悲しみに大きな瞳から涙を流していた。

 

「……亮ちゃん」

 

「ああ」

 

 足を止める。

 呼びかけに気づき、友奈は必死に紺色のコートの袖で目元を拭うが顔は上げない。

 華奢な体躯に白く冷たい雪を載せ、放置すれば間違いなく風邪をひいてしまいそうだ。

 

「違うの! えっと、その、これは少し転んじゃって……!!」

 

 ――だというのに、近づけない。

 こぼれる涙を必死で拭い、土の付いた白い頬に無理に笑みを浮かべ、辛うじて言葉を紡ぐ。

 明らかに何かがあり、それでも今まで通りになんでもないのだと気丈に口にした。

 

 その声は震えている。

 雪の冷たさと、『何か』に友奈は震えている。

 直接的な原因は判らないが、それでも俺に出来ることは一つだ。

 

「――帰ろう、友奈。このままじゃ風邪、ひくだろ」

 

 残念ながら、これでは今日の風とのクリスマス会には参加出来ないだろう。

 そしてこの状態の友奈を俺は放置して行くつもりは毛頭ない。そんな事だけはしない。

 祟りを受けた友奈の救出に向けた準備は完了してはいないが、手を差し伸べない訳がない。

 

「……わ、私は」

 

 雪を吸った友奈の髪が揺れる。

 言葉を掛けると、震える友奈の瞳に波紋が広がるが、隠すように瞼を閉じる。

 それから友奈は無理して笑みを浮かべるが、結局苦悶の表情を浮かべ俯いてしまう。

 

「――。帰ろう、友奈。俺も付き添うから」

 

「……ううん、大丈夫。ちょっと、今日は、体調が悪いだけだったから。うん、亮ちゃんだけでも風先輩の所に――」

 

 涙は止まらない。それでも友奈は頬を伝う涙を必死に止めようとしていた。

 それでも、風の所で行うクリスマス会を、他人のことを友奈は想っている。

 祟りを受けながらも、ソレを誰にも――俺にすら相談しようとせず、普通に振る舞おうとした。

 

「友奈の方が心配だ。風も笑って許してくれるよ」

 

「――――」

 

 雪は止まない。

 凍りついた雨は、延々と静かに少女の頭や肩に積もっていく。

 

「なあ、友奈。辛いなら辛いって――苦しいなら苦しいって、そう言ってくれよ」

 

「私は……そんなこと……」

 

 強張った表情をする友奈に、一歩一歩歩み寄る。

 足音を立て、ゆっくりと白い地面に座り込んでいる少女の下へと歩いていく。

 こちらの準備も対策も終わってはいない。まだ完璧とは呼べない状況なのは間違いない。

 

「――――」

 

「……『祟り』が怖いんだろ?」

 

「――! ……えっ?」

 

 だけど、間違っていると分かっていても、それでも友奈を独り泣かせるのは嫌だった。

 どれだけ苦しんでいても、どれだけ嫌であっても、友奈は誰にも相談しないのだろう。

 一人で抱え込んで、祟りを受けても日常を大事にして、秘密にしてきたのだろう。

 

 結城友奈は勇者であり、自分ではない他の誰かの為に行動することができ、それを見てきた。

 他の人を思いやり、仲間や友人、家族の幸せを願い戦うことの出来る少女であると俺は思う。

 ――だけど、誰かの為に一人で戦う友奈には誰も手を差し伸べてはくれない。

 

「待って……、なんで……」

 

「友奈、俺には『祟り』は効かないんだ」

 

「そんな、ことって……」

 

 ありえないと驚愕に目を見開き、目尻に涙を浮かべた友奈はこちらを見上げる。

 そんな彼女と目線を合わせるべく、彼女の目の前で立ち止まり、俺は腰を下ろした。

 友奈が眼を向けるのは俺の胸――左胸で、薄紅の瞳には様々な感情が過っていた。

 

 左胸、そこに祟りが発現するのだろうか。だが俺には顕現しないはずだ。

 それがどういう効果をもたらすのかはまだ判らない。何が起きるかも未知数だ。

 もっと慎重であるべきだ。けれど、目の前で泣く友奈の心を、今だけは救いたいと、そう思った。

 

「――――泣くなよ、友奈」

 

「でもっ、私は、みんなの為に……、勇者でないと……、私が頑張らないと……!!」

 

 戸惑いと不安を瞳に宿す少女と向き合う。幼さが顔に残る友奈、赤い髪の少女が見上げる。

 誰も友奈を助けてはくれない。善意で友奈が誰かを助けても、誰も助けてはくれない。

 ――なら俺が友奈を助ければいい。これから先、ずっと友奈を護り続ければいい。

 今はまだ具体的な段階までは来てはいない。それでも、必ず。

 

「――――」

 

「あ……」

 

 そっと髪に載った雪を払い除け、俺は――友奈を抱きしめた。

 冷え切った体、回した腕の中にいる冷えた少女の体躯は、酷く小さく、脆く見えた。

 息を呑み、戸惑いと不安が混ざり込んだ友奈の息遣いが腕に伝わる震えと共に聞こえる。

 

「りょう、ちゃん」

 

「約束するよ。たとえ相手が誰であっても、たとえ『天の神』だろうと、『祟り』であったって、俺が友奈を助ける」

 

 昔、誓いを立てた。あれからもう14年も前になる。

 かつてある男は一度死に、そして生まれ変わり、『加賀亮之佑』としての生を得た。

 俺は後悔しないと、誰にも邪魔をされず、楽しく生きる努力をすると美しい月夜に誓った。

 

 それからも俺は『星』に、『桜』に、誓いを重ねて生きてきた。

 あれから幾千の夜を過ぎ、そして今、俺は新たな誓いを立てる。

 今はまだ抱きしめることしかできなくても、今まで立てたどの誓いよりも堅いだろう。

 

「俺が友奈の勇者になるよ。たとえ神を殺してでも、俺が絶対に友奈を守るから」

 

「…………」

 

 抱きしめた腕を友奈は振りほどかない。それどころか、ゆっくりと背中に少女は手を回した。

 お互いの吐く息は白い。雪は止まず、それでも少しその勢いは弱くなった気がした。

 凍える夜空を見上げても月は見えない。星も見えない。桜の華はない。だから友奈に誓う。

 抱きしめ合う俺と友奈を見下ろすのは、曇天の空と降り注ぐ白銀の雪だった。

 

「帰ろう、友奈」

 

「――うん」

 

 

 

 ---

 

 

 

 だから、誰も気づかなかった。

 抱きしめた亮之佑も、抱きしめられた友奈もソレには気づけなかった。

 時間は刻々と過ぎていく。川の流れのように止まる事はなく過ぎ、今運命の分岐路が決まった。

 

 ――『太陽が見下ろしていた』

 

 時刻は既に夜であった。太陽は既に水平に沈み、夜が訪れていた。

 地面に伏せた少女を抱き上げ、手を繋ぎゆっくりと帰路に就く一組の少年少女がいた。

 

 ――『太陽が見下ろしていた』

 

 少女の刻印は、祟りは伝染する物だ。

 だが、少年には決して感染する事だけはない。世界中の誰もが感染しても、彼だけは感染しない。

 

 ――『太陽が見下ろしていた』

 

 ところで、祟りと呪いは似ているが、“祟り”は人間には絶対に回避する事はできない。

 人間が神の意に反したとき、罪を犯したとき、祭祀を怠ったときなどに神の力は人に及ぶ。

 それが絶対的な法則であり、回避するという行為はあり得ない。あってはならない。

 

 ――『太陽が見下ろしていた』

 

 だからこそ、加賀亮之佑は捕捉された。祟りが効かなくとも関係ない。

 既に運命は決まった。確定した。少年の誓いは、少女以外にも届いていた。

 救いの代償は重い。少年の誓いは、少女の刻印を通じて、神への侮辱として届いていた。

 

 

 

 ――『天の神が見下ろしていた』

 

 

 


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