変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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【第七幕】 反逆の章
【閑話】 泡沫の雪夢


 赤色を見ると、ふと思い出すことがあった。

 そう、赤い色彩には多くの思い出があり、俺自身かなり好きな色だと言っても過言ではない。

 同じくらいに金色と黒色が好きなのだが、今は置いておこう。そう思いながら手を動かしていた。

 

「……亮くん、編み物しているの?」

 

「そうだよ」

 

 ある冬の日、それはちょうどこの世界で『クリスマスイヴ』と呼ばれる日の前日のことであった。

 神世紀299年の3月頃に、目の前で興味深そうに首を傾げている東郷と出会って9ヶ月が経過した。

 当時散華の影響で車椅子に乗る東郷と、暖房の効いた部室で二人きりの時であったのを覚えている。

 

「――最近は寒くなってきてさ。人肌が恋しいよ、東郷さん」

 

「そうね……最近は雪も降ってきたからね」

 

 東郷が向ける視線、濃緑の瞳は部室の窓ガラスを通り抜け、外の白銀の世界を見ている。

 釣られて俺も外を見ると、窓越しなれど津々と降っている雪は見ているだけで肌寒さを感じる。

 あまり長く見ていると体温が冷えそうだと思い、テーブルにあった温かな湯呑みを手に取った。

 独特な模様のある湯呑みは俺専用の物で、いつだったか友奈と一緒に駅前で購入した物である。

 

「明日は東郷さんの家に16時に集合でいいんだよな?」

 

「ええ。友奈ちゃんと3人で、その、『くりすますぱーてぃー』するんでしょ? ……あ、もしかして亮くんが作っているソレって贈呈品用?」

 

「友奈と東郷さんのは既に用意しているよ。これは……まぁ、新しい趣味かな」

 

「亮くんって結構家庭的よね、素敵よ」

 

「ありがと」

 

 車椅子にその華奢な体躯を乗せ、黒いタイツに覆われた足にブランケットを掛けている。

 濡羽色とも呼ぶべき髪、長い黒髪を青いリボンで一本にまとめ、肩から垂らしている東郷。

 いつもと変わらない姿を見ながら、唐突に告げられた褒め言葉に対して俺は苦笑していた。

 

「――――」

 

「――――」

 

 お互いあまり多くを喋らず、時間がゆっくりと過ぎていく、そんな感覚に包み込まれていた。

 湯呑みを手の中で回して一口飲み、温かでふくよかな玉露の香りとトロリとした甘みを楽しむ。

 そして部室に置いてある、ある人物から貰った大量の蜜柑の一つを手に取り、皮を剥いて頬張る。

 

 お互いが無言でそれぞれの事をしている。その沈黙は特に嫌な物ではない。

 東郷は部室にあるパソコンを弄り、勇者部ホームページの更新やコラムを書いている。

 対して俺は――赤いマフラーを黙々と作っていた。ある人へ届くか不明のプレゼント用にである。

 

 去年のクリスマスは結城家にお邪魔させて貰った。

 その前々の年までは、宗一朗や綾香といった両親、そして園子とクリスマスを楽しんでいた。

 

(園子、元気かな……。悪い男に引っ掛かってないかな……)

 

 こういう寒い季節になると時々、喪失感に狂いそうになる。

 寒くて、寂しくて、瞼を閉じると思い出す金色の髪色の少女のことが脳裏を過ってしまう。

 園子に関してはふわふわとした困った人に見えるが、しっかりしているのできっと大丈夫だろう。

 

「――――」

 

 そんな事を思いながら、ジッと俺は己の太股にある完成しかけのマフラーを手に取った。

 結構本気で真面目にコツコツと編み物に取り組んだ結果、中々の物になった気がする。

 毛糸に関しては特にこだわり、丈夫で暖かい物にしたつもりではあるが、

 

(1年以上も会ってないし……忘れられたりはしないだろうけど……)

 

 完成したソレを見ながら、自分でも珍しく園子に対する思考が臆病になっていると感じた。

 大赦内部での派閥争いは徐々に終息に近づいているらしいが、そもそも暗殺の危険から逃れる為に、俺は加賀家と乃木家で用意したらしい讃州市の別荘に住んでいる。

 

 宗一朗と約束した期限はあと半年も無いだろう。

 およそ2年と半年前、加賀家本家の屋敷で、月下で宗一朗と誓ったのだ。

 だからあれ以来、全く園子とは音沙汰がない。それは俺自身も納得しているのだが、

 

(大赦の連中、みんな死なないかな)

 

 このマフラーはプレゼントする事はないだろうと、やがて出来上がったソレをそっと鞄に入れた。

 恐らくではあるが、宗一朗に頼めば五分の可能性で園子に渡してくれるかもしれない。

 だが、やはり“かもしれない”という希望的観測であり、本当に園子にまで届くのか不明だ。

 

 最悪渡されることすらなく、どこか見知らぬ場所のゴミ箱に捨てられたりしたら流石にショックだ。

 何よりも相手の、園子の顔を見て渡して、喜ぶ顔を見たいと思うのは我侭なのだろうか。

 なにせ『加賀亮之佑』として生まれて半分ほどを園子と過ごしたのだ。大切に思わない訳がない。

 

「あと半年か……」

 

 蜜柑を片手に椅子から立ち上がり、部室の窓際に寄り暗くなりつつある空を見上げた。

 現在風と友奈がどこかの部活かは忘れたが、依頼という形で買出しを行っている。

 彼女たちの荷物は部室に置いてあり、彼女たちが帰って来たら今日は解散するつもりであった。

 

「何が?」

 

 呟いた独り言、ふと気を抜いて口から漏れた言葉に対して、小さくも応える声があった。

 己の背中に掛けられた少女の声、パソコン作業を終えたのか東郷がこちらを向いていた。

 いつの間にか誰もいない己の家にいる感覚で喋っていたことに心の中で悪態を吐きながら、

 

「――。ううん、春は遠いなって思っただけだよ、東郷さん」

 

「――? そうね、まだ冬は始まったばかりね」

 

「だから、東郷さんも風邪ひかないように気をつけて」

 

「ふふっ……ありがとう。亮くんも気をつけてね」

 

 そんな事を車椅子に乗る少女、ほんのりと頬を赤らませ微笑む東郷に俺は『いつもの笑み』を浮かべて話をし、蜜柑とお茶を飲み食いしながら時間を潰していると、廊下から足音が聞こえた。

 

「帰ったわよー」

 

「結城友奈帰りました! ……あっ、蜜柑美味しそう!」

 

「二人とも、おかえりなさい」

 

 数秒せずに扉が音を立てて開き、依頼を達成した風と友奈が部室に戻ってきた。

 それを東郷が迎えるのを見ながら、なんとなく暗くなった外の景色が気になり窓辺に寄った。

 背後から聞こえる女性陣の声を聞き流しながら窓に寄り、最初に映った景色は自分自身の姿。

 

「…………」

 

 やや癖がある黒髪と、昏色の目が窓に映りこみ、何故か懐かしさに駆られた。

 ゆっくりと目を細めて見続けるのも気分が良くないので、おもむろにカーテンを閉めた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 雪景色が目の前の世界を覆い尽くしていた。

 冷たい風と身を切るような極寒の気温に、吐く息は白く、世界の変わり様に思わず息を呑む。

 

「寒っ! 何これ……」

 

 意識の浮上と共に周囲を見渡し、瞳を瞬かせる俺の喉は驚愕に凍り付いていた。

 暗闇の世界に浮かぶ黄金の満月が俺を見下ろしているのは以前と変わらない。

 ただ、靴が踏んでいるのは暖かな土でも、草原でも無く、白い雪が見渡す限りに広がっていた。

 

「何これ……、やだこれ……」

 

 いつものように雪下にあるのであろう草木が横に移動するが、出来た道も雪が積もっている。

 滑りそうになる道を懸命に歩きながら、緩やかに道を上り俺は目的地を目指した。

 一歩一歩進む中で、気を抜くと雪に足を取られそうになる。懸命に雪を掻き分けて進む。

 体に吹き付けるような風が服の袖や裾に入り込み、寒さに腕で体を抱いていると、

 

「やあ」

 

「……やあ」

 

 小さな丘の上、桜の大樹は相も変わらず健在で、降り注いだ雪によって白化粧をしている。

 しかし花は枯れることは無い。散ることのない桜に不自然さを覚えながら、いつものテーブルも椅子もなく、場違いなコタツに足を入れ、蜜柑の皮を剥く黒髪の少女に話しかけた。

 

「なに、もしかして模様替えでもしたの? この世界ってリアルタイムで変動するっけ?」

 

「せっかくのクリスマスイヴなんだ。この世界はボクを中心に回っているし、ちょっとくらい変えてもいいだろう。それより、突っ立っているぐらいならさっさと入りなよ」

 

「――――」

 

 横暴な理論を語り、だが事実であろう言葉を放つ指輪の世界の王、初代に着席を勧められる。

 無言でコタツ布団に足を入れると、途端に体の芯まで温まるのを感じ、僅かに口端を緩める。

 小さく息を抜き、首を巡らせ、この世界でここが唯一の休息地であるのだと何となく理解した。

 

 ――ここには誰もこない。

 

「――――」

 

「――――」

 

 当たり前と言うべきか、見知った事実に、俺は何故か安堵した。

 俺が知りうる限り、この世界には俺以外の誰かが入り込んだことは無いはずだ。

 

 改めて周囲を見渡すと、更に強くなる暴風が雪を巻き上げ、世界を白と黒のみへと変えていく。

 何かしらの結界が張ってあるのか、丘の上、一部だけには視界を埋め尽くす白い雪が避けていく。

 初代は何も言わずに蜜柑を頬張りながら、無言で白いカップをコタツのテーブル上に出現させる。

 

「コーヒーは……?」

 

「残念、今日はボクによる、気まぐれココアだ」

 

「そんなシェフの気まぐれランチみたいなことを……」

 

 カップを覗き込むと、湧き上がる白い湯気に混ざるあまやかな香りが脳に染み込む。

 お互い言葉少なにテーブル上にあるカップを手に取ると、ふと思い出す事があった。

 この世界の風景は、“亮之佑が”見て感じた物を心象風景として再構築していると、こちらに紅の瞳を向ける少女が初めて出会った時に口にしていたのを思い出す。

 

「――――」

 

 まさか、この荒れ狂う雪景色が自分の心象風景なのかと思うと、何故か笑えた。

 そうして意味も無く、己が笑った意味も考えずクツクツと笑っていると、初代が口を開いた。

 湯気が昇るカップを持ち上げて恋する乙女のように微笑み、唇を緩め血紅色の瞳を向けてくる。

 

「乾杯しよっか、半身」

 

「……何の?」

 

「今年は平和だった事に、ね。まあ来年は知らないけど」

 

「平和か………退屈でつまらないがな。あとさっきから足の爪先で文字書くの止めてくんない? 興奮するから」

 

 軽口を叩きながら、俺も仕方なしにと肩を竦めつつココアの入ったカップを持ち上げる。

 脈絡のない言葉に苦笑しながら、小さなテーブルを間に挟み、間近で紅色と昏色の瞳が交錯する。

 

「――退屈ならきっとすぐに消えるよ」

 

「壁の外からあの白いのが来るとかか? まあ期待したいけども……時々お前の思考が分からないよ。辞書とか売ってないかね」

 

「ボクの辞書は非売品だよ……乾杯、半身」

 

「それは残念だ……乾杯、初代。メリークリスマス」

 

 結界の外は寒々とした暴風も、身を切り裂くような雪も止むことは無かった。

 凍りついた雪が降り続け、降り落ちた雪もまた吹き上げられて布のように舞っていく。

 そんな中で、俺たちが鳴らしたカップの音は、静寂の中で確実な余韻を鳴らして消えていった。

 

 

 




久しぶりに短め。
山も谷もない(雪はある)ある日の話

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