完全にIFの話で、本編の平行世界という扱いとしています。
また、注意があります。
このIFルートは
①他の話よりも多少長いです。
②【結城友奈は勇者である 花結いのきらめき】のネタバレがあります。
③本編と異なりキャラクターの関係が大きく異なっています。
④この話は第四十七話からの分岐となっています。
⑤また完全なるバッドルートです。救いは1人を除きありません。
これらを理解した方のみ、お楽しみください。
――お互いに銃を向けていた。
向け合う銃、その形状は違えども本物と変わらぬ威力を持ち、相手を傷つけることが出来る。
死の匂いが充満し、空模様を不快な『星』が疎らながら覆い始めていくが、目は向けられない。
見ることも、目を逸らすことも出来なかった。
ソレをして、隙を作ればどうなるかは一目瞭然だった。
「――私たちに未来はない」
すぐ近くに激情を湛えた瞳がある。
丸い瞳はどこまでも広がり、蔓延するような怒りと、その無意味さを理解した絶望を宿す。
悲嘆に暮れた深い緑色の瞳、思わず吸い込まれてしまいそうな程の『狂気』が映りこむ。
「――私が、この世界を、終わらせる」
脳に染み込ませるように。
ゆっくりと、区切りながら、明確な意思を示す。
ポツリと、だが確かに告げた言葉には、多くの思いが籠められていた。
掠れた声で、疲れたように、それでいて明確な殺意を滲ませて、怒りに目を細めて睨み付ける。少しずつ研ぎ澄まされていく殺意の向かう先は、間違いなく自分に向いている。
どうしてこうなったのだろう。
どうすれば良かったのだろう。
いったい、何をどうすれば、こんな結末へ通じているのだと分かったのだろうか。
「は、は」
「―――っ!!」
乾いた声が、同じく乾ききった喉から漏れた。その言葉ですらない音に意味はない。
相手に対して嘲笑するべく、馬鹿にする為に作った物でも、この状況に対する物でもなかった。
ただどうしようもなく悲しくて、悔しくて、虚しくて、憎らしくて、何かをこぼしただけだった。
――衝撃が頭に響いた。
喉からこぼれた物は、銃口を突き付けていた相手にとっては嘲笑であると思われたらしい。
その時、“いつも通り”笑って話をする自分とは別に、呆然と理解を拒む自分がいるのが分かった。今自分は何を相手にされたのだろうか。5メートルほどの距離から撃たれたのだ。
鈍く重い音が鳴り響いた瞬間、致命傷と判断して黄金色のバリアが出現する。
視界の端で出現した金色の鬼、デフォルメされた片角のある鬼の精霊によって、自分が守られるのを知っていての相手の判断であるのは分かっている。だが、それでも撃たれたという事実は変わらない。
「――分かって」
“いつもの笑み”の内側で震える自分に対して、声が掛けられた。
理性的で、利他的で、その薄い桃色の唇を震わせて、冷たくもよく通る声音だ。
「分かって! これでもう誰も、二度と苦しい思いをしなくて済む!」
根拠などない確信めいた言葉を放つのは、先程から殺意を向ける長い黒髪の人物だ。
冷静でありながらそうではない。全ては自分で考えて、そうであって欲しいという願望だ。
彼女は盲目的でありながら、己の行動が正しいと思い込む『狂気』に満ちていた。
「―――、皆を殺すつもりなのか?」
「そうよ! これ以上友達も大切な人が傷つくことに、私は耐えられない……!!」
告げた言葉に吼えられる。返される言葉には、一切の躊躇いは感じられなかった。
自分の行いが正しいのであると過信して、これが相手の為であると善意を押し付けていた。
誰かが傷つくのを見たくない。その部分だけ見れば、彼女は優しい人であると思うだろう。
だがそれ以上に、嘘であると思った。
ただ“自分が”嫌な思いも苦しい思いもしたくないと言っているようにしか聞こえなかった。
「そ、うか」
きっと、自分自身ではそう思い込んでいるのだろう。
きっと、こちらに向けている瞳に広がる景色には、全てが地獄に見えるのだろうか。
そう見えたのならば、思うことなど一つだ。可能ならば地獄から逃れたいと思うのが普通だ。
――だが殺すと言われた。
己を殺すと。友達を殺すと。知り合いを殺すと。仲間を殺すと。大切な人を殺すと。
歯を食いしばり、憎悪に目を細め、冷え切った声音で、「お前の大切な物を壊す」と言われた。
自分は今まで何を見てきたのだろうか。
大切に思って、心を砕き、言葉に共感し、多くの時間と感情を共にしてきた。
『前世』での経験という反則がありながらも、そのおかげで絆を紡ぐことが出来た――はずだった。
それだけ信頼して相手を思いやっても、結局は“裏切る”のだ。銃口を突き付けてくるのだ。
息がこぼれる。唐突に白と黒しかない目の前が歪み、不意に息の仕方を忘れそうになってしまう。自分は一体どこまで愚かなのだろう。理不尽と不条理に振り回されて苦しむのは何度目か。
「―――ふへ、へ」
「――?」
気持ち悪さに笑みがこぼれる。
そんな自分に、訝しげに冷たい視線を向けられるのは変わらない。
いつもの笑みを浮かべているつもりだが、自分がどんな顔をしているのか分からなかった。
ただ今は萎んだ肺を膨らませ、また萎ませて空気を己の中へと取り込んでいく。
何度も何度も呼吸を繰り返し、睨みつけてくる敵の瞳を黙って見返す。
踏みつける壁、根によって作られた壁に開いた穴から、津々と白い星が空へと上っていく。
命を喰らい、貪り、多くの人を殺し、魂の尊厳すら陵辱せんとケタケタと空を哂い上る。
その光景を目尻で捉えつつ、相手の姿を再度確認する。先程と何ら変わりない。
青色を基調とする勇者の装束だが、不自由な脚を補うように白いリボンの様な物が出ている。
小型の拳銃を構えている凛々しさのある姿は、思わず吸い込まれてしまいそうだなと思った。
こちらに向ける拳銃、彼女が持つ手には震えなど無く、照準はピタリと自分を狙っている。
そんな彼女に対して、左手に持っていた拳銃と右手に持っていた黒色の剣を構え直した。
「そんなに一人で死ぬのが嫌なら――」
「――――」
もはや言葉はいらない。お互いの主張は平行線で、どうにもならない。
にも関わらず、女々しくも最後に何かを告げようと思った。それを昏い心が渇望していた。
消えることのない昏い炎が――絶望という病が、己の心をジワジワと浸食しているらしい。
きっとソレは満開の代償、散華による結果なのかもしれないが、それだけとは思えなかった。
今となってはどうでもいいが。運命の分岐路は、この手の中で引き金を引けば直ちに決まるだろう。
お互いが目の前の心臓を撃ち抜かんと己の武器を構えながら、最後に一言、呪いを告げた。
その『呪い』は、きっと相手だけではなく、自分にも掛けられたのだろう。
「一人で死ねよ」
――信頼を裏切り、裏切られた指が引き金を引いた。二つの銃声が鳴り響いた。
鳴り響いた。
---
意識が覚醒すると同時に感じるのは、酷く鈍い頭痛だ。
二日酔いのような吐き気を催しつつ、同時に意識が眠気から乖離していくのを感じる。
直前の出来事は覚えている。誰かの叫び声の中で、撃って撃たれたはずだ。覚えている。
きっとこの光景は忘れられないだろう。彼女と過ごした記憶の中では笑うこともあった。
だが、それ以上に向けられた声音が、憎悪を帯びた瞳が、憤怒の表情が、ソレを塗りつぶしていた。
忘れたい。
忘れようと思っても、思えば思うほどに瞼の裏から離れず、寒気に己を腕で抱いた。
「寝ぼけてるのかな……?」
「――――」
不意に少年の耳に、足音とその声が届いた。
見知った声に近いと言っていいだろう。いや、近いというレベルではない。
やや低めであり、常に何か人を喰うような、そんな声ではあるが聞き覚えがある。
「それとも、実は起きているのかなー?」
「…………」
聞き覚えはある、だがそれだけだ。記憶の中の人物とは別人であると少年は直感で思った。
だから瞼を下ろし、眠ったふりを継続する。
現状が分からないならば、情報を得た上で攻撃を――
「あっ、もちろん君の事はしょーさん……君の初代様から聞いているからね。指輪は没収しているよ」
「――。お前は誰だ」
「やっぱり起きてたんだ、おはよう」
湧き出す疑問、質問したいという欲求を噛み殺し、舌打ちをして瞼を開け、その姿に驚く。
ありえない。記憶にある顔と、目の前に映る顔がほとんど同一の存在が目の前にいた。
亮之佑にとって誰よりも親しい少女2人の内1人と、顔のパーツも声も、体格すら似ている。
「友奈、なのか」
「……うーん。確かに友奈だけど……ね。安心してよ、こっちの陣営にいる以上危害は加えないつもりだから」
対峙する少女の言葉に、警戒心の薄い声音に、亮之佑は眉を顰める。
見れば見るほどに、その少女の顔は瓜二つと言っていいだろう。他人の空似だと思えない。
かと言って奇術師のように変装しているとも思えないのは、その小悪魔的な態度の所為か。
記憶の中の少女と異なるのは、やや釣り目がちであること、髪型はポニーテールであり、
肌の色が褐色であるなど細部に違いがある。また勇者服のデザインも記憶とは異なっている。
赤と黒を基調とした勇者装束に身を包み、右手には生前見たパイルバンカーのような装甲、
そんな衣装の中で強調しているのが胸だろう。よく知る少女と比べると、スタイルを強調したデザインである。
「危害を加えない……ね。ならまずは説明をしてくれるか」
「その落ち着きようは流石ゆーりの子孫かな。でも私からの説明だと擬音が混ざるんだよね、ドーンとか、バゴーンとか」
「――だから、ここからはボクが説明するよ」
背後の扉、僅かに軋んだ音を立てて開いたドアから現れた一人、見知った少女が言葉を引き継いだ。
現在向かい合っているのはどこかの客間であろうか。白いベッドに腰掛け、亮之佑は硬直した。
その一人称と、響きと、声と、その顔を見て、初めて衝撃が全身を貫くのを感じた。
「……初代、なのか」
「やあ、半身」
褐色の『友奈』の傍に、小さな足音を立てて一人の人物が近づきながら桃色の唇を笑みで歪める。
それは白い肌を引き立てるような黒を基調とした服、だが装束ではない見慣れないワンピースを着込み、血紅色の瞳を光らせる少女は――加賀亮之佑の契約者にして共犯者であった。
何となくだが、何か亮之佑が予期せぬイレギュラーが発生しているのだとその瞬間理解した。
指輪の世界には亮之佑以外に住人はいないと思っているが、他に例外はあるかもしれない。
しかし、直感ではあるが、その可能性は低いと思った。世界に入った前後の記憶がないのもあるが。
「まず、『キミ』は造反神側の勇者として召喚された。そして今のキミならば間違いなくあらゆる手段を用いて必ず勝利を掴みとってくれるだろう」
「なにを……言って……」
穏やかに、それでいて冷静さを保ちながら、平然とした顔でそんな言葉を共犯者は口にした。
そうして事情と状況、目的を初代の口から聞かされながら、亮之佑は首をゆるゆると横に振った。
驚愕に震え見開かれる瞳、だがそれとは裏腹に心の中で燃え広がる昏い炎は未だに消えない。
「この争いの理由は……大体、分かった。そういうことなら協力しよう。彼女については……」
「――ん? ああ、私? そうだよね、疑問だよね。だから一応ちゃんと話すね」
口に微笑の形を描き、再度友奈の顔をした別人がにこやかな顔をして口を開く。
「――私の名前は赤嶺友奈」
「赤嶺……」
「盟友弥勒家と共に、加賀家の両翼として……まぁゆーりと――あっ、君の先祖で、そちらの初代さんの子孫かな。それで、私が造反神に協力しているのは君とは異なる理由だけども、方向としては同じだからよろしく」
「――――」
「それと、私の子孫と仲良くしてくれてありがとね」
「――顔はずいぶんと違いますが優秀ですよ。しばらくの間よろしく。赤嶺……ちゃんでいいかな」
「うん、全然いいよ。加賀亮之佑くん」
そうしてようやく笑みを浮かべ、薄く微笑む少年の濃紅色の瞳を、向かい合う少女は見る。
そこに宿る感情は、当時西暦の人間たちが持っている感情と同じで、見慣れたものだった。
それは、星を見た者の胸に巣食い、裏切られた者のみが宿す、『絶望』という黒い炎であった。
「――半身」
「おっと……」
「これからまたよろしく」
「ああ……」
短く告げる言葉と共に、亮之佑の下へと飛来する小さな物体があった。
直後、掴み取り少年が手のひらに広げた物は、チェーンが通っている蒼色をした指輪であった。
首に掛け、その重さが馴染む感覚に思わず苦笑する彼を、ジッと二人の少女の双眸が見つめた。
一方は感情が読めず、それでも楽しそうで。もう一方は、恍惚と吐息を漏らし小さく哂った。
ここにいる者は全員、お互いに心から信頼している訳ではない。互いに利害が一致しただけの関係。同じ神に駒として『召喚』されただけの関係であり、大した付き合いがあるという事もない。
それが心地良くて、善意を押し付けられるのではないと解って、亮之佑は口を緩めた。
色彩がある世界を愉しいと思った。きっと鏡を見れば、一目瞭然であっただろう。
「――――」
久しく戻った、色のある世界。
ふと近くの窓を見ると、冴えた黄金の月が、変わらずに狂人を見下ろしていた。
---
「勇者様に最大限の敬意を」
冷たい床に平伏し、巫女服を着た少女は目の前の少年の言葉に耳を傾けていた。
手のひらに広がる冷たさが、早鐘の如く鳴り続ける心臓の鼓動を少しだけ遅くした。
だが、それだけでは呼吸の間隔も変わらず、小さな体を必死に縮めようとしていた。
少女の名前は、国土亜耶と言った。
神樹からの神託を受け取る力を持っている大赦の巫女の一人であり、ある事情によって『防人』と呼ばれる少女たちと行動を共にし、少し前まで一緒に過ごしていたのを記憶している。
直前に神樹の神託によって、神樹の中の世界に来たと理解していたのだが、
出現した先で、数名の少年少女が部屋の端に、そして中央に2人の少女と、彼女たちの間に挟まれた少年が椅子に座り、亜耶を見下ろしているのを理解して瞬時に挨拶をした。僅かにだが、どよめきの声が部屋に上がる。
応接間のような場所で、敬意を尽くし頭を下げる少女は、目の前にいる少年が誰なのか知っている。
一方的にしか知らないが、当時遠目にであってもその姿を見たことはあった。
数週間前の出来事ではあるが、現実世界での御役目として亜耶本人も壁の外へ出ることがあった。
危険な任務だと忌避する仲間も多くいたが、それを盾に自分だけ逃げるのは嫌であった。
怖いという気持ちはあった。
行きたくないという気持ちもあった。
それ以上に何も出来ない自分が嫌で、信頼する防人の少女たちと共に壁の外に赴いたのだ。
当時行われた御役目、その内容は順調であったが、帰還する際に防人部隊は襲撃を受けたのだ。
防人の装備は勇者と異なり弱い。それでも懸命に少女たちは戦い、そして神樹に亜耶は祈った。
――どうか、彼女たちを守ってくださいと。
そして神樹様は、自分の祈りに応えてくれたのだと、当時の亜耶は思った。思っていた。
本人が聞けばきっと偶然だと言うかも知れないが、その偶然に亜耶は心から感謝していた。
偶然を導き出した加賀亮之佑という勇者に敬意を抱いていた。
今でも目を閉じると、瞼の裏に広がる。
赤黒い世界の下で重厚な音を轟かせ、金粉がこぼれる黒衣をはためかせた『勇者』の姿を。
恐怖を感じた蛇遣座の哂い声を、紅と金色の光が奔ったと同時に地面に叩き落とした姿を。
「そんなに畏まらなくていいよ?」
「――いえ、そんな、勇者様にそのような不敬な事は」
「いいから。座って」
「……はい」
一瞬、考えが遠くへ行きそうになった所で静かに声を掛けられ、亜耶は気を引き締める。
見ると椅子に腰掛けている少年が微笑を張り付かせ、穏やかな表情で紅瞳を向けてくる。
椅子に座り、だが頑なになる少女の敬意に対して困ったような顔をして、勇者は肩を竦めた。
「個性が強そうな子がきたね。純粋そうな子みたいだよ?」
「何がガチャ王だよ。見事に引きをミスっているじゃないか、半身。キミは以後その称号を名乗るなよ」
「黙ってろ。――さて、亜耶ちゃんでいいんだよね。状況は分かっているかい?」
そんな勇者を揶揄するように、亜耶には解らない言葉を時折放つ少女たちもまた勇者なのだろう。
そう判断した亜耶を見つめる少年の目には、悪意や敵意といった物は何も感じられなかった。
神樹からの神託に対して召喚された筈だというのに、造反神側の巫女として呼ばれたらしい。
「えっと、――はい。神託である程度までは」
「そうなんだ」
造反神もまた神樹の一部だ。敬意を払うべき存在であるが、何故か警戒心をもてなかった。
そんな様子の亜耶に対して、丁寧な口調で、静かな声の調子で少年も亜耶に敬意を払っている。
その姿にふと疑問を抱いた。何故このような方が造反神側にいるのかと。何か理由があるのかと。
見れば、記憶の中にある勇者とは少しだけだが印象が異なっていた。
外見に違いはない。亜耶と同じく椅子に腰を掛ける少年は黒衣を纏っており、装束を羽織っている彼の顎に添えられた手を覆う赤い手袋は印象的で、記憶と一致している。眼の色も一致している。
「――さて」
だが眼の奥、彼の紅瞳に見つめられた瞬間、僅かな恐怖を感じた。
相手は決して武器を向けてきた訳ではない。ただこちらを見てきただけだ。
柔らかな笑みを浮かべ、穏やかな表情をしていても、眼の奥が相手の一挙手一投足を観察している。何か攻撃をしてこないか、その心情を見透かそうとしている。
「なぜ亜耶ちゃんがこの世界に呼ばれたのかだけど………うん、本当はね、こちら側での戦力として勇者を召喚しようと思ったんだけども……。キミは神世紀300年の秋から来たんだよね。そう、少しだけ未来から。この状況は神樹から事情を聞いているなら警戒するのはもっともだろうけども、一つの情報で判断しないでね」
「……はい」
その言葉に亜耶は素直に頷いた。打算に基づいた訳でも媚を売った訳でもない。
ただその通りであると思っただけだ。その態度を受け、亮之佑はしばし思案し小さく微笑んだ。
「――――」
「一つだけ質問するけどね? 亜耶ちゃん」
微笑を浮かべた表情に、少女は先程のような恐怖を感じることはなく、
ただ真剣な顔をして聞こうとする姿勢に勇者は頷いて、小さく光る物を取り出した。
「たとえばの話だけども。自分の大切な人の命を犠牲にして代わりに多くの人の命を救えるよって言われたら、亜耶ちゃんはどうする? 大切な人を犠牲にして多くを救う? それとも多くの人を犠牲にして大切な人を救う?」
「それは――」
少年が取り出した物は、鈍く輝く金色の弾丸であった。
それを手のひらで転がし遊ぶようにして亜耶に見せ付けてくる。その意味は何となく分かった。
向き合い、紅瞳を亜耶に向けて、少年はたった一つの質問をしてきた。“お前は俺の敵なのか”と。
「わ、たしは……」
「……」
沈黙だけはしてはならない。
目の前の少年が望むのは答えだ。
『はい』か『いいえ』ではない。自らの意志、考えを述べられるかどうか。
「……」
「わたしは」
威圧感の中、そんな状況下で、頭がおかしくなったのかもしれない。
もしかしたら、この少年は臆病なのかもしれないと、ふと場違いな事を思った。
そう思いながら、自分の大切な人たち、防人の少女たちの事を頭に浮かべると自然と答えが出た。
「私は、その……、―――――」
「――そうか」
質問された内容を必死に考えて、自分の大切な人たちの顔を浮かべて拙くも亜耶は答えた。
その答えに、少し嬉しそうな顔をして少年は弾丸を懐に仕舞い、椅子から立ち上がった。
何かに満足したのか、ゆるりと立ち上がった少年は、そっと手を亜耶に差し伸べた。
「亜耶ちゃんは、得意な事はあるかい?」
「えっと、掃除が得意です」
「掃除。清潔感がある人っていうのはオレは好きだよ。衛生を保つのって大事だからね、うん。しばらくの間よろしく。ああ、そうそう自己紹介を忘れてたね。オレの名前は加賀亮之佑。造反神側の……いや、それよりお腹減ったでしょ。少し話もあるし、この後一緒にご飯食べよっか」
「はい! これからよろしくお願いします」
「そっか、うん。ならうどんにしよっか」
巫女とは無垢で純粋な存在でなくてはならない。世俗に染まってはいけない。
また勇者も条件としては同じである。どちらも神に見初められる為に必要だからだ。
だからこそ、純粋で無垢であった事が少女の命を救い、同時にある種の不幸でもあった。
――純粋ゆえに、簡単に見えない狂気が伝染するのだ。
---
これ以上神樹側へ新たな勇者の増援が来る前に、こちらの準備を急がせていたが、
「あ、ああああああぁぁっ……!!」
「あぐっ……」
腹を貫かんとする凶悪な威力に、球子と背後にいた杏が蠍座の尾針にバリアごと貫かれ空を舞う。 致命傷と判断したのか、精霊が瞬時に張ったバリアごと、関係ないとばかりに蠍座が尾針で突く。
バリアのおかげで致命傷はない。
だがそれだけだ。勇者といえど、痛みも衝撃も恐怖も生まれる。
「タマちゃん!」
「杏!」
球子の口から絶叫が漏れ、意識を失った杏の二人は空中に飛ばされ、地面に叩き落とされた。
そこを狙い、蛇遣座が指示を出した星屑の軍勢がとどめとばかりに周囲で自爆した。
星屑やその進化系に邪魔されて近づけない勇者たちは、その容赦の無い、無慈悲とも言える爆撃に悲鳴に近い怒声を上げた。
「あ―――、うぐっ」
「樹! このおおおぉぉおおっ……!!」
「風、前に出すぎよ!」
確かに勇者の力は強大だ。だがお互いをあまり知らない者同士の連携など大したことはない。
特に分断して弱い勇者を集中して狙えば、庇おうとする無能が新しく隙を曝け出すことになる。
彼女たちの連携とはそういう足の引っ張り合いでしかないと、空中から見下ろす少女は思った。
「――それにしても、手数がないとはいえ、まさかバーテックスを操れる日が来るなんてな」
「まあ、本物ではないんだけどね。造反神様は天の神寄りの神様で、限りなくバーテックスに近い物を作れるってだけだから」
「それでも、だよ。赤嶺ちゃん」
隣に立つ亮之佑と赤嶺が踏みしめているバーテックスは、あちらでは蛇遣座と呼ばれている。
少年にとって、対峙すれば殺し殺される関係だというのに、今は戦艦の代わりとして乗っている。
その事が痛快で、上から見物する感覚で指示を出し、雑談をする程度の余裕すらある状況だった。
銃も槍も届かない上空から、強化された視力で地面の戦況を淡々と見る。
彼女たちに怨みや妬みがある訳ではない。以前までは共に戦った仲間もいる。だがそれだけ。
敵対するというのならば容赦はしない。反逆するというなら徹底的に叩き、殺してやる。
「オフューカスさんとカプリコーンさんでの地面と空からの妨害。スコーピオン先輩とキャンサーさん、サジタリウスさんのコンボ。これって相当豪華な顔ぶれだと思うんだよね、亮之佑くん」
「あとはアタッカとマエストーソ部隊と、後方からカデンツァとカノン部隊での掩護射撃で勇者の動きを止める。……ここまでして3人撃破にこんな時間が掛かるとは。ま、戦力を用意してくれた造反神と裏方で頑張っている初代に感謝だな」
「……うーん。ここまで来るとなんか、こっちが卑怯なんじゃって思ったりしちゃうな。開始のゴングも鳴らしてないし」
「ゴングなら最初の時点で鳴ったんだよ。それに舐めプして撃退されるなんて恰好悪いだろ? やるなら徹底的にだ。先に芽は摘み枝は切り落とす。それにこの作戦で堅実に3人は戦闘不能に追い込めた」
見下ろし戦っている敵は13人の勇者である。
勇者部の5人と、他3人、西暦時代の勇者が5人であり、しかも精霊が全員に備わっている。
簡単な攻撃では相手を倒すことも殺すことも容易ではないだろう。バーテックス級が必要になる。
精霊の力は強力だ。勇者同士が戦ってもバリアを削り取るのは容易ではない。
神様級の攻撃ならば可能かもしれないと初代は言っていたが、攻撃としては現実的ではない。
そんな例外は置いておき、どんな攻撃も精霊が絶対に守護しようと力を働かせる。
「きゃああああっ……!!」
「なんだこの連携は……! みんな固まれ!」
ではそんな勇者たちはどうやって倒すのか。
地面を転がっている勇者たちは簡単には殺せない。意識が無くとも精霊たちが命を繋いでしまう。
だから遠慮はしない。ありったけの殺意を込めて、変身が解けても徹底的に攻撃をし続ける。
そうして心を折るのだ。
徹底的にその魂を陵辱し、二度と立ち上がれないように恐怖を与える。
「まあ、死んだほうがいっそいいかもしれないけどな、東郷とか。死ねばいいのに、友奈以外」
「――? まあ確かに『カガミブネ』を使用されると厄介かな」
淡々と口にする亮之佑、その横顔を見る赤嶺には、少年の過去に何があったかは知らない。
ただその過去に、彼を非情にさせ、確固たる意思を芽生えさせる出来事があったのだろう。
年単位で親しげに接した人間が唐突に裏切り、憎悪と殺意を向け、吐き出される経験。
そんな経験がトラウマを刺激し、改めてこの少年に経験を与えてしまったのだ。
「信頼っていうのは、優しい毒なんだよ。絶対にオレは、もう騙されない」
血紅の瞳を濁らせて、狂気に満ちた薄い笑みを亮之佑は浮かべる。己の体を腕に抱いた。
3人が血を吐き出し恐怖を瞳に刻み込み、爆発に華奢な体躯を転がせている姿に何も思えない。
“思わない”、ではない。“思えない”。これこそが満開の影響、散華システムの所為なのかは不明だが。
自分を兄のように慕ってくれた少女が死に体でも、多少胸がムカムカするのは仕方がない。
他で塵のように転がる西暦の勇者になど死んでも興味も湧かない、だが樹を殺すのは少し胸が痛む。
「――友奈と同じ顔が他にいるのもムカつくな。情報通りにいるんだな」
「神樹様が生態系のサイクルに因子を混ぜたんだよ。逆手を打って生まれた子はある意味特別なんだ。だから高嶋さんは私の先輩。君の大好きな結城ちゃんは私の後輩になるの」
「ふーん、そうなんだ。……ひとまずこの地区の土地の再奪還は完了したし、拠点を移そうと思う」
「拠点……。西暦の勇者、風雲児たちが居たっていう丸亀城だね。亜耶ちゃんのご機嫌取り?」
「……いや、それよりも精霊の用意は出来ているのか?」
「時間の都合とリソースを最大にしても2体だけしか出来てないよ?」
「上等だ。……この世界に長居してもしょうがない。……ここまで計画が順調だとは」
敗北し、神樹側が管轄している地域へ撤退していく勇者たちを見下ろしながら赤嶺は口にする。
今回士気の高い勇者勢をバーテックスと進化体での連携を用いて、特に後方部隊を撃破した。
傷ついた者、何かを考え込む者、恐怖に悲鳴を上げる者。バーテックスに撃破される者。
「これで少し時間は稼げるだろう。明日の夜に次の手を打つ」
「分かったよ。……ところで後輩ちゃんに顔、見せなくて良かったの?」
勇者との戦いは、これが初めてではない。
亮之佑が召喚され、初代と赤嶺の3人で戦略を練り、毎日襲撃を行ってきた。
朝も昼も、特に夜中を集中してアタッカや星屑による襲撃を開始して土地の奪還を防いだ。
その間にこちらも造反神にバーテックスを作成してもらい、今日初めて本格的に攻撃をしたのだ。
いつも通りに終わるだろうという油断を狙い、奇襲を狙った戦法の成果はまずまずといえる。
撤退していく勇者たちに追撃は行わず、堅実に得られた成果で満足することにした。
「――黒幕っていうのは安易に顔見せはしないのさ」
「ふーん。ねえ、あれって殿か何かかな?」
敗走する彼女たちを亮之佑と赤嶺は並んで見守り続ける中で、ふと赤嶺が口を開いた。
その中で、前列にいた一人の勇者が立ち止まっていた。赤い装束を纏った少女に面識はない。
2つの斧を両手に持ち、小学生くらいの姿の少女は、どうやら殿を務め、勇者達を逃がすつもりらしい。
その姿を何となく興味深く感じて、オフューカスもどきに命じて地面へと高度を落とした。
唐突に敵の進行が止まったことに疑問を浮かべていた少女は、こちらの姿を見て何かを納得した。
「お前が、悪の親玉か――!!」
立ちはだかる少女は眦を吊り上げ、決死の表情だ。
二本の斧を手に、こちらに歩み寄る姿は、さながら正義の味方か。
「――そうだ」
きっと目の前の少女には、亮之佑は『敵』としてその目に映っているのだろう。
数多の星を前にしてもなお一歩も引かない姿、強靭な意志をその瞳に宿す姿は美しく思えた。
彼女がもしも生きていたのならば、偉大な勇者になれただろうに。まあ死ぬが。
「……オレがここで彼女たちを追うのを止めると言ったら、信じるか?」
「――信じられない、だからアタシが残った。須美たちを追わせたりはしない」
「まあ、そうだよな」
その凛とした『勇者』の姿を見て、本当に惜しいと思った。
時が、場所が違えば、きっと友達になれたかもしれない。そう思えた。
「お前の名前は……?」
「アタシの名前は三ノ輪銀! それと人様に名前を聞くときは自分から名乗るべきだとアタシは思うんだ!」
「――。それは悪かった。オレの名前は加賀亮之佑」
「亮之佑……。ああ、もしかして園子の言ってた『かっきー』か? 苦労人の」
「……たぶん。いや苦労人になった覚えはないけど」
共通の話題が出たことに、『赤色の勇者』と『黒色の狂人』は苦笑しあう。
その一部分だけ抜き取れば、きっとただのじゃれ合いのように思えただろう。
だが現実は非情で、ここは戦場で、周囲は絶望という『白』一色に覆われていた。
亮之佑には亮之佑の計画が。銀には銀の意地と誇りがあり、それは対峙せざるを得ない。
片頬に久方振りの笑みを浮かべる。本当に残念で仕方ないと、その存在を目に焼き付けた。
これ以上話をすることはない。互いに武器を向け合い、そうして決意を告げる。
「――ここから先は、通さない!!」
「――消し飛ばしてやるよ、跡形もなく」
本当に残念だと思った。
---
「90……91……」
敗北した。油断したつもりはなかった。
昨日もいつものように襲撃してきた星屑等の雑魚を狩っていたら、予期せぬ形で奇襲を受けた。
バーテックス達の統率された動き、雑魚の一匹一匹すら何かしら考えて行動していたような。
「92……93……94……、は――」
言い訳はやめるべきだと、腕立て伏せをしつつ息を吐きながら夏凜は考えていた。
鍛錬をしないと嫌な事を考えてしまう。夏凜もそれなりにダメージはあるが、それだけだ。
ともかくも、奇襲を喰らった夏凜たちは星屑の群れによってバラバラに散らされてしまった。
その後はよく思い出せない。
地面から、空から、全方向から、忙しなく淡々と命を刈り取ろうとバーテックスが攻撃してきた。
仲間と合流する時間も、再度連携を取る時間もなく、攻撃力に乏しい勇者が地面に伏していった。
「98……99……」
バリアがあろうとも意識を失う者も出た。衝撃に悲鳴を上げる者もいた。最後には敗走した。
追撃は無かった。だが、その代わりに多くの仲間を失ってしまった。
「樹……、銀……」
樹と、杏、球子、そして気絶した勇者を守るべく殿を務めた銀は戻らなかった。
その後、神樹がもう戦えないと判断し魂が強制的に離脱したと、帰還した後ひなたに告げられた。
(私……仲間を置き去りにしちゃった……)
魂の離脱、それはすなわち死んでしまったのか、それともショックを受けすぎたのか。
真相を知る手掛かりは文字通りに消えた。だが、夏凜は忘れない。絶対に報復してやると。
あれから風は部屋に引きこもっている。あれだけ和気藹々としていた空気が嘘のようだった。
(一般の人にも、死者が出ちゃった……)
バーテックスは最終的に撤退したものの、決して勝利などではない。寧ろ見逃してもらったのだ。
あれだけの激しい戦いで、樹海も酷くダメージを受けてしまった。
仲間が4人命を落とした。四国に住まう人々からも死人を出してしまった。
(何が完成型よ……)
後悔と悔しさに夏凜は唇を噛み締めた。
血の味が屈辱を教え、もっと自分を鍛えようと更なるトレーニングをしようとして、
「ん……? 誰よ」
チャイム音が部屋に響き、夏凜はトレーニングを中断した。
壁に掛けられた時計、短い針は左下を示している。少し遅いが、勇者の誰かが来たのだろう。
木刀を持っていく事も考えたが、この時間に勇者の誰かが来ることも珍しくはない。
もしかしたら、友奈あたりがサプライズで来たのかもしれない。
僅かに駆け足で、それでも『完成型』として迎え入れてやろうと思い、玄関の扉を開けた。
「――やあ、夏凜。久しぶり」
「―――え?」
その瞬間、完成型にあるまじき間抜け顔を晒しただろう。
ドアを開けて呆然とする夏凜の目の前、向き合う少年の姿を大きな瞳に収めた。
決して長めではない少し癖のある黒い髪、微笑を浮かべた表情は見覚えのある者だったが、
血紅色の瞳はやや濁り、冷たさを感じさせ、少年は、奇術師は、亮之佑は、低く笑っていた。
「あんた……なんで、いや、それよりも――」
「突然だけど、紹介するよ。こちら夏凜」
「え……」
驚愕に見開いた夏凜の瞳は、目の前の人物を目にして固まった。
亮之佑の隣、開いた扉の影に隠れていた少女は、紛れもなく三好夏凜の姿形をしていた。
やや強気な目、髪色、身長、体格は本物瓜二つと言える。だが瞳だけは汚れた鈍い色をしていた。
「このダサいシャツのセンスもさすが完成型だよな。……やれ」
「――そういう訳だから、どーん」
「ちょっと……! ぁ――――」
説明は無かった。
そんな義務も優しさも狂人は与えない。
気絶させた夏凜を抱き抱え、隣にいる造反神に作られた夏凜の形をした『精霊』を引き連れ部屋に入り込む。
部屋にある少女の寝台にそっと寝かし、毛布を掛け、その寝顔を見下ろした。
既に精霊と夏凜との『対決』は始まっている。そして助けてくれる仲間の応援も無い。
誰も夏凜の危機に気づかない。バーテックスも連れていない為に樹海化も無い。
次の手として赤嶺が提案したのが、この精神が脆いとされている勇者への精神攻撃であった。
上手くいけば、この世界ではもう戦うことは出来なくなるらしいが、精霊の作成に時間が掛かった。
「だから、2体だけ。あとは風もこれでさよならだ」
誰の精神が一番脆いかは知っている。
それは経験と過ごした年月によって得られる負の信頼であった。
彼女たちに対し、どのようにすればその精神を破壊することが出来るのかは、おおよそ分かっている。
苦しげに喘ぐ少女――夏凜の髪をそっと撫でながら、風の方を任せた赤嶺のことを懸念する。
友奈の名前だけあって、多少甘い部分があるのが少年にとっては信頼の出来ない要因だった。
だが、『人』についてはよく見ていると言えるというのが亮之佑の評価だった。だから彼女に任せつつ襲撃を夜にして、樹海化で対処されないように、この作戦を任せた。
「――終わったわよ」
「分かった。――さよなら、戦友。お前のことはわりと好きだったよ」
「――――」
「きっと夏凜なら天国にいけるよ。いや……元の世界に戻れたなら、きっと幸せになれるよ」
「――――」
それから少しして、隣に居た『精霊』が亮之佑にコクリと頷いて消えていった。
寝台の端から立ち上がり、去る直前。もう息をするだけの存在となった戦友の姿を瞳に納める。
眠ったように目を閉じた夏凜は、これで目を覚ますことはない。その姿を随分と呆気なく思う。
やがて半年程度の関係だが、からかい甲斐のある可愛い少女から目を背け、出口へ足を向けた。
――少女は二度と目を覚まさなかった。
---
そんな風にして勇者の数を削り、その精神を削り、着々と計画のための暗躍を繰り返した。
虎視眈々と機会を狙い、バーテックスを操り、その精神を殺す方法を考える。
「そういえば、彼女たちって中学生なんだよな……」
無垢な少女しか勇者になる事は出来ない。
その精神は未成熟で、単純で、世界の汚れた部分を知らない、よく言えば純粋だ。
だからこそ、その悪意に呑まれ、一度は死んだ人間の悪意に染まり、殺されるのだ。
――狂気は周囲に伝染する。
『男』が死に、『加賀亮之佑』として目覚めても、その根底に根付いた物は簡単には変わらない。
誰かを助けて格好良く死にたいなどと考えるような男が、普通の神経などしているはずがない。
それが散華の影響によって、再び目覚めてしまっただけに過ぎないのかもしれない。
――亮之佑は人が怖かった。信用できなかった。
穏やかな態度で、優しげな笑顔を浮かべ接してきても、その実態は真実を隠している。
後ろに回した手に、刃物を握っているかも知れない。そんな人が怖くてしょうがなかった。
「――勇者部、か」
あの頃の、輝いていた日々をふと思い出す。
何も考えず、人の弱みを握り、仲間と過ごした日々。
その色彩に溢れた思い出は、白と黒のモノクロの世界で、一発の弾丸に壊された。
そしてこの彩りのある見知らぬ世界で目覚め、初代と赤嶺からある事情を知らされた。
赤嶺はともかく、初代すら信用が出来ない自分に愕然とする思いを置き去りに情報を得た。
この神樹と造反神と呼ばれている神々の戦い、その駒である自分たちの戦いの意味を知った。
――相談するという事は考えなかった訳ではない。
だが信用できなかった。
この世全ての人間は、亮之佑が弱みを握って優位に立てない限り、信頼など出来ない。
絆を積み重ね、時間と感情を共有しても、結局は裏切るかもしれないのだから。
見える世界には色が付いている。だがそれだけ。
初代も赤嶺も、拉致してきた有能な『友達』や、亜耶。誰もが裏切るかもしれない。
だが、そんな疑心暗鬼の世界でも。
時を重ねる度に、彼ら彼女らと共に行動し、少しずつ協力者のように思えるようになったことは。
ひょっとしたら、甘えのような、どこかに救いのような物を求めていたのかもしれない。
「殿方とは一緒にお風呂に入るものなんですか?」
「そうだよ、それが常識なんだよ。恥ずかしいと思うけど……それが普通なんだよ、亜耶ちゃん」
「そうなんですか……。分かりました!」
「この時代でも警察を呼ぶ電話番号は変わってないよね、赤嶺くん」
「やはりゆーりの子孫だね。……あっ、番号は変わってませんよ。しょーさん」
「ところで、亮之佑様は……今日も殺したんですか?」
「今日も明日もずっとだよ、亜耶ちゃん。――信用できないから殺すんだ」
最前線の拠点として、丸亀城を制圧して過ごす毎日に、少しずつ何かが和らぐのを感じた。
何も亮之佑は、好きで勇者たちを殺そうと思っている訳ではない。邪魔をするから排除しただけ。
与えられた情報、裏を取り真偽を確かめた上で決めた『計画』。その過程で邪魔だっただけだ。
神樹側の勇者に相談をすれば、何か変わったかもしれない。だがそれは出来なかった。
たとえ、独りでも、悪魔と契約してでも、仲間を利用してでも、必ず勝つと決めた戦い。
――淡々と戦いは終わりに近づいていた。
---
――ケタケタ、ケタケタ
その笑い声を最後に、地面に蛇遣座が墜ちた。
既に世界には亀裂が奔っていた。亮之佑が覚醒してから、半年と数ヶ月が経過していた。
残った領土の取り合いは、少なくなった勇者の抵抗が激しく、だが徐々に押していった。
そして多くの犠牲を生みながらも、先ほど神樹に致命的な攻撃を与える事に成功したのだが、
「赤嶺ちゃん」
「まったく、本当に人使いが荒いんだから……亮之佑くんは……。じゃあね、楽しかったよ」
「――。ああ、先に地獄に逝ってな」
呆気ない別れであった。随分と淡白な別れであった。
腕の中で赤嶺友奈は死んだ。亮之佑を庇って死んだ。庇うような関係ではなかったはずなのに。
用意した戦力の大半が地に墜ち、砕ける中で、突然の勇者の奇襲から咄嗟に少年を庇ったのだ。
そんな仲良しこよしな関係ではなかったはずなのに。
もう何も感じないはずなのに、それでも少しだけ、胸の奥が痛みを発しているのが分かった。
この手はもう血で汚れてしまった。そんな風に思い、思われる資格などもう無いというのに。
「――――」
「ありがとう、『友奈』」
あの弾丸に、心の中で燃え上がる昏い炎に突き動かされて亮之佑はここまできた。
本来ならば、もっと早くにこの世界とは決着をつけるつもりであったのだ。
だが、ある人物に、あちらの切り札が導入されてからは、やや膠着状態に陥り難しくなっていた。
「ひさしぶりだね、かっきー」
「園子……」
待ち構えていたのは、黄金の長い髪を風に揺らし、紫の槍を携えた少女。
星が次々と堕ちていくのを背景に、神樹を背にして立つ姿は、何者よりも美しく輝いて見えた。
おっとりとした様子はなく、園子の僅かに細めた琥珀の双眸が、真っ直ぐに亮之佑を射抜く。
「かっきー……そうか、お前があの加賀の……。お前が球子を、杏を……!!」
「貴方が高嶋さんを……!!」
園子の近くで刀を向けてくる乃木若葉、並び立つ先祖と子孫の姿は、髪色以外似ていなかった。
それだけではない。生き残っている勇者たちはこちらに、少年に視線を向けていた。
ある者は驚愕を、ある者は理解を、ある者は憎悪を、ある者は悲しみを。そして、
「亮ちゃん!」
「……よお、友奈。会いたかったよ……」
桜色の髪の少女、結城友奈の姿がそこにあった。
この戦いで最も警戒していたのは、勇者の満開と一番満開したであろう園子だ。
だがこの戦いでは神樹のリソースは減るばかりで、結果的に誰も満開は出来なかった。
だが、それでもこちらは大量のバーテックスや星屑を倒された。赤嶺友奈も二度負けた。
「――――」
赤嶺の遺体をゆっくりと地面に降ろしながら、己も地面に降り立った。
ゆっくり歩く亮之佑は、黒衣も、勇者装束も、蒼い指輪も持ってはいなかった。
勇者としての力を十全に扱ってもらうために、最後の作戦の一環として初代に返却していた。
そう、少年は何一つ武器など持ってはいない。懐かしい讃州中学校の制服に身を包んでいた。
ただ悠然と無防備に立っている少年は、奇術師は、勇者は、薄く笑みを浮かべていた。
「殺す……!!」
「待てっ、千景!」
「郡千景……。名も亡き大赦に消された勇者。最後には名声も地位も何もかも亡くした勇者」
「何を言って……」
「黙って聞けよ」
人の話は聞くべきで、それが礼儀なのだと唇に指を当てる。
その仕草に、何の武装も無い狂人の言葉に対して、少女は押し黙る。
「――――」
死神の如く大鎌を持つ、若葉に制された昏色の長い髪をした少女の名前を言い当てる。
そして亮之佑はその結末も知っている。銀と会った後は、キチンと全ての勇者の情報を得ていた。
だが千景の方に面識はなく、それでも亮之佑が告げた名前と武器を持たない姿に不可解さを覚えた。
「お前の末路の、いずれ来る、嗤える未来の話だよ」
「――――」
「オレは、お前なんかに殺されてなんてやらねぇよ」
この場に勇者全員が集まっている。
当たり前だ。こちらも全戦力をこの場に集結させたのだから。
だが、今しばらくこちらに注意を惹きつけなければならない。だから亮之佑は嗤って、哂った。
「かっきー、どうしてミノさんを……」
「園子」
包帯を巻いていない乃木園子。中学生になり成長したその姿は、相変わらず美しかった。
彼女のことは好きだ。長い年月を共に過ごしてきた。好きであるという感情は消えなかった。
だがそれ以上に黒い炎は燃え広がっていて、勇者と狂人の想いはすれ違ったままだった。
「なあ園子。あの時、あの場所に、お前がいてくれたら、『俺』に味方してくれたのなら、もっと簡単に東郷も止められたのにな……」
「――――」
「選択は出来たはずなのに、お前はただ何もせず見ているだけだったもんな。あの時は……そう、本当に憎たらしい程に悲しかったよ」
「―――っ」
その言葉に意味はない。もう終わった話なのだから。
だというのに、一瞬だけ、ほんの僅かに園子が持つ槍の切先が震えた。
そんな少女から目を逸らすと、小さくも可憐な声音が亮之佑の耳に届き、目を向けた。
「どうして……?」
「――――」
「どう、して……?」
その言葉には、久方ぶりに向けられる視線には、多くの戸惑いと疑問が向けられていた。
『どうして』、杏や球子、樹、銀、夏凜、風、高嶋を殺して、壊してしまったのか、だろうか。
『どうして』、数百人の一般市民を無差別に殺してしまったのか、だろうか。
『どうして』、東郷美森を――
数えきれないほどの疑問を、『どうして』を瞳に宿らせる友奈の表情は怯えていた。
悲しみに涙を流す姿は何よりも綺麗で、それを自分に向けていることを嬉しく思った。
だが、その多くの疑問に対して、亮之佑は1から10まで全てを答えようとは思わない。
それでも最後に誠意を尽くして、この瞬間の為に用意していた言葉を、唇を震わせて告げた。
「お前の為だよ。友奈」
「私の……? えっ、なん……私の……」
「ゆーゆ、落ち着いて」
多くの勇者が散っていった。多くの一般人が犠牲になった。
狂人から与えられた全ては、誰でもない自分の為に、自分の所為だと言われ少女は動揺した。
ただ頭を振り、悲しみに涙を流す少女の姿は、狂人の胸中で薄暗い歓喜を芽吹かせた。
きっと彼女の目には、綺麗な薄紅の瞳には、狂人が映っているのだろう。
歪な笑みを浮かべ、囁くように冷たく告げる言葉の数々には人を傷つけるものがあって。
だがそれでいい。もはや分かって欲しいとは思わない。ただその心に刻みつけてやろう。
「お前たちはいつもそうだ。無知であることを隠しもせず、いつも誰かに頼ってばかり。気づいた時には裏切られる。いつだって受動的なお前らの事がオレは……オレは嫌いだよ!」
何を言っているのか、亮之佑にすら分からない言葉がこぼれる。だがそれは本音だった。
しかし、残念かな。その意味は誰にも理解されない、ただの狂人の戯言でしかないのだ。
それでも哂え、亮之佑。この最後の幕を、終わりに相応しい場で踊り狂え。
――クツクツ、クツクツ
向けられる視線に、脚が震え、喉が凍り付きそうになる。
だがそんな無様な真似だけは絶対に、決して彼女たちの前には晒さない。
少年は、手品師は、奇術師は、勇者は、加賀亮之佑は、両手を広げて勇者たちを見渡す。
「そういえば、自己紹介がまだだったな」
その道化のようにクツクツ、クツクツと嗤う姿に、若葉は目を細め、思わず刀を構える。
対峙する狂人は武器など持っていない。だがそれでも警戒せざるを得ない何かがあった。
ある者は弓を、槍を構える中で、園子と友奈だけは驚愕に目を見開くままであった。
「はじめまして、勇者諸君。オレの名前は加賀亮之佑」
亮之佑は、自分が誤った道を選んだ事を理解している。
亮之佑は、自分が正しくなく糾弾される立場であるのも解っている。
亮之佑は、悩んだ事の一部でも彼女たちに相談すれば、何かが変わると思っていた。
だが、そんな事はできなかった。
たとえ、友奈を苦しめても、多くの犠牲を出しても、仕方無いと割り切るしかなかった。
疑って疑って疑って、いつの間にか誰も信用が出来ず、相談などできなくなっていた。
「――造反神スサノオに仕える『神婚否定』派閥勇者。そして、■■■を殺す者だ……!!」
それでも、友奈の事は好きだった。
友奈は一度も亮之佑の事を裏切らなかった。味方でいてくれた。
だからこそ、この世界の神樹を殺してでも、神婚だけはさせないつもりでいた。
――この戦いは、そういうこと。
あちらの世界で、神婚させるかさせないかという争いに過ぎない。
名乗りをあげると同時に、世界に奔る亀裂が繋がり、砕けていく。
こちらに注意を惹きつけ、力を返還された初代が致命的な一撃を神樹に与えたのだろう。
世界は白く染まっていく。今、神樹は倒され、ここに造反神側の勝利が確定した。
――世界のバランスが崩れていく。
ある勇者は言った。神樹が倒されたら、その力が大きく削がれてしまうと。
だが、そんな確証がある訳ではない。あくまで“かもしれない”だけだ。
そして、そんな事は亮之佑にとってはどうでも良かったのだ。ただ彼女の為に走り抜けただけだ。
相談などせず、ただ友奈を想って駆け抜けたのだ。その過程での犠牲は考慮せずに。
「友奈」
「亮、ちゃん」
体が消えていくのが分かった。この世界の何もかもが無になっていく。
最後に映った薄紅の瞳、その瞳に小さく微笑む。
散々駆け回って、戦って、失って。
その万感たる想いは、この身から喪われる血と共に、たった一つの言葉を紡ぐ。
「――好きだよ、友奈」
狂人は1から10まで説明はしなかった。
ただ勝手に万感の想いを籠めて、息を抜くように愛を囁いて、世界は終わった。
---
成すべき事はもうない。資格は得た。
この世界での戦いは終焉を迎え、■■■との闘いはオレに委ねられた。
結城友奈や乃木園子。彼女達が好きだから、彼女達だけの勇者でありたいならば。
「――あとは、任せたぞ。『加賀亮之佑』」
この経験が僅かでも本体に還元されるなら。
この想いが微かにであれ、魂に宿るならば。
そうして意識が消えていく瞬間。オレは――いや俺は思ったのだ。
この記憶が元の世界に戻ってなお、維持されているならば、墓参りに行こうと。
赤嶺はこの記憶も経験も全てリセットされると言っていたが、もしかしたら――、
心に巣食っていた昏い炎は、達成感と同時に消えていった。
この世界が終わると同時に、あらゆる苦痛から取り除かれたからだろうか。
全身を包む感覚、この世界では一度も入らなかったあの闇に意識が包み込まれるのを感じた。
「――――」
次に意識を取り戻したらどうなっているのかは、俺には分からない。
だが一世一代の博打に成功したような、そんな清々しい気分であった。
不思議と満足であった。不思議と後のことが心配にならなかった。
もう十分だと思えたのだ。だからここが、俺の戦場の、旅路の終わりでいいだろう。
「……またな」
――だって俺は後悔することなく、最後まで駆け抜けられたのだから。
【IF】 花結いの空で、貴方に愛を END
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このルートは、亮之佑の満開の後遺症と東郷に裏切られた(と感じた)事によって誰も信用出来なくなった上で、四十七話から五十五話までに造反神側の勇者として召喚されたルートです。
造反神と神樹の戦っていた理由は話のとおり。真実を知った亮之佑が加担しない訳がない。
【IF 結城友奈は勇者である 花結いのきらめきルート加賀亮之佑】を略称として“ゆっきー”と作者は愛を篭めて呼んでいます。ゆっきーって頭おかしい、亜耶は可愛い、と思っていただければ。ゲーム版も大体こんなダークな感じですよ(嘘)
あとで活動報告の方で、補足説明か設定の話をするかも。