変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第七十話 祝福と夢の終わり」

 戦いを終えて、飛翔と言うよりやや落下しかけの状態で着地した。

 正確には少し違うだろうか。鉄骨に俺の背中を預けつつ、彼女の体を腰に下ろす形か。

 戦闘の熱がゆっくりと空気に漏れ出るように、コート越しに鉄骨の冷たさを感じた。

 

 向かい合いながら、月夜の明かりがお互いの姿を映し出す。

 己の左手を園子の背中に当てて、何を話そうかと思案していると、先に園子が口を開いた。

 

「――久しぶりだね、かっきー」

 

「あぁ、そうだな。2年ぶり――」

 

「1年と272日ぶりだよ~」

 

「……そうだったな」

 

 こちらから誘っておきながら、この時俺は彼女に何を話せばいいのか分からなくなってしまった。当たり前だが話し方を忘れたわけではない。華奢で可憐な少女を前にして緊張したわけでもない。

 ただ、こうして拉致しておきながら、肝心の話の内容は未だに考え付いてなかったのだ。

 

 そもそも、今彼女の美しい瞳に映り喋っている俺は、この時無様を晒していた『俺』ではない。

 園子とは異なり、体感時間で言えば俺は昨日、クリスマスイヴの前日に未来の彼女に会っている。何の他愛もない話をして、一緒に歩いて、軽く肌で触れ合ったりして普通に過ごしていたのだ。

 

 それがいきなり、こんな形であっても、あの頃の『俺』が会いたいと切実に願っていた場面。

 俺にとっては少し昔に感じられる4年の歳月を経て、あの頃渇望していた園子と対面した。

 だが、そんな残酷な事実は、いずれ来る未来など、目の前の少女が知る由もないのだ。

 

「えっと、その、元気、だったか……?」

 

「うん。かっきーに会えなかったのは少し寂しかったけど、元気だったよ。多分知っているかもしれないけど、御役目で勇者になったんだ~」

 

「……」

 

「それが5年生の時で、6年生になってからは、ミノさんとわっしーっていう素敵な友達を作れたんだ」

 

「そっか、うん。良かったな。俺も今の学校で……」

 

 彼女を目の前に、薄っぺらい言葉を喋っていると思った。上辺だけを塗り固めた言葉の数々。

 知っているとも。この2年後に会う園子と怠惰に溺れ合った1週間に多くの過去を語り合った。

 だが、やっぱりこの腕の中にある金色の長い髪のお嬢様は、知る由もないのだ。

 

「ねぇ、かっきー……?」

 

「うん?」

 

 ふと俺の思考を遮るように、低くだがこの小さな世界ではよく響く声に意識を戻した。

 見下ろすとこちらを見上げる紫の装束を纏ったままの園子。それはこちらもだが。

 俺の体を下に敷いている槍使いは、ゆっくりと散華の影響を免れた右手をこちらに伸ばした。

 

「私、重くない?」

 

「え? 軽いよ? そうだな、数値で言うなら具体的には――」

 

 緩慢とした動き、その薄手の手袋が覆った小さな右手は、俺の頬に伸ばされた。

 その行為に眉を顰めながら、僅かにデリカシーに欠ける言葉を言いかけた俺の頬に園子は触れた。優しく撫でる行為の意味は分からなかったが、一先ず喉から出かかった言葉を呑み込み瞬きをする。

 

「かっきー?」

 

「どうした……?」

 

「かっきーは、本当にかっきーなの……?」

 

「――――」

 

 その哲学じみた言葉に、その真意に、俺は少しだけ理解するのが遅れた。

 僅かに目を逸らそうと顔を動かしそうになるが、彼女の手のひらがソレを許さない。

 決して強くない力だが、不思議と少女の瞳に宿る琥珀色の感情が、俺を見上げる。

 

「何を、言って……」

 

「何となくなんだけどね、少しだけ私の知っているかっきーと違うかなって」

 

「――――」

 

 いつもはほにゃほにゃとした笑みを浮かべていた園子が、この時は真顔であった。

 確かに今の俺は、未来の俺として接するべきか、この時代の俺として接するべきか明確ではなく、不安定である気がする。それだけで賢い園子は違和感として何かに気づいたのかもしれない。

 

「人は成長する。――俺は俺だよ。園子」

 

「――うん。分かっているよ~。かっきーはかっきーだもんね」

 

 己の頬に触れる手、その手に何となく自らの掌を被せると、彼女の手は少し冷たく感じられた。

 確かに戦闘を終え夜になり、10月頃ではあるが、そこまで寒々しいという季節ではない。

 以前記憶の中にある園子は「心臓を散華した」と言い、触れた手も冷たかったのを覚えている。

 

「かっきーの手は温かいね」

 

「そうか? こんな手で良ければいくらでも温まってくれよ」

 

「かっきーの手がいいんだよ」

 

「俺も園子の手、好きだよ。すべすべで」

 

「嬉しいな~」

 

 手を握り、そんな言葉を交わし、ゆっくりと時間は過ぎていく。

 月光だけが明かりの中で、俺と月に照らされた少女は華の如き可憐さがある。

 そうして少しずつ話をしていく中で、ふと園子は俺の首から下、勇者装束に目を向けた。

 

「……かっきーも勇者の御役目に選ばれたの?」

 

「ああ……まぁそうなるかな? 今日あたりから……」

 

「そうなんだ……」

 

 実際は今日が初めて勇者装束を身に纏い、壁の外の真実を知り、樹海化と他の勇者を知った。

 この日こそ本当に『運命の分岐路』とも呼べる、実に多くの展開が巡る中、絶望に追いつかれ運命に足を止め、心をグチャグチャにされながら、それでも希望を求めて歩いていたのを俺は覚えていた。

 

「今日のかっきーは凄かったね〜。滅茶苦茶にカッコ良かったよ~」

 

「園子の方が凄かったよ」

 

「私は……、ただ必死だっただけだよ」

 

 俺の返答を耳にした園子の眉尻が小さく震える。

 己の体躯を俺に預け、こちらを見上げ小さく息を吸いながら首を横に振り、小さく微笑む。

 俺の手を握る彼女の手、力をわずかに込めながら、ふと園子は現実の夜空を見上げた。

 

「ねぇ、かっきー」

 

「――――」

 

「もしも、もしもかっきーがもっと前に来ていたら……ミノさんは……、わっしーも……」

 

「園子?」

 

 どこか遠くを見るように、ふと思い返すように呟く言葉には、複雑なものが混じっている。

 少しだけ投げやりで、その琥珀の瞳をたゆたう感情は、混迷を極めつつも穏やかであった。

 「もしも」と、腕の中にいる少女は、そんなありもしない幻想にわずかに浸っているように思えた。

 

「……三ノ輪銀」

 

「うん。ミノさんはね、強かったんだよ。すっごく大きな斧を持ってさ~。でも………死んじゃった」

 

 そう口にした自分が無神経であったのかは判断できない。

 ただ、目の前の少女が浸る幻想については、実体験とも呼べることを往々にしてある。

 これまでも俺自身、後悔と自己嫌悪と、二度と戻らない幻想に浸りながらも前に進んだつもりだ。

 

 三ノ輪銀という少女がかつて存在し、御役目の中で命を落とした事は知っている。

 かつて消えた乃木園子の消息を追うべく、様々な情報を探っていく中で初めて知った。

 彼女が使用していたという端末は、未来で夏凜に譲渡されるという形で再利用されているらしい。

 

 俺自身は園子が語るミノさん――三ノ輪銀に会った事は残念ながら一度もない。

 一応4年生までは園子と同じ格式高い神樹館小学校に通ったが、面識は無かった。

 後に未来の園子と昔話に花を咲かせる中で、銀と過ごした頃について聞いた程度だろうか。

 

 もしも、そう“もしも”なんて都合の良い話はない。あってはならない。

 園子が語っていた俺の知らない1年と272日には、加賀亮之佑は存在してはいない。

 そして何よりも時期を考えると、三ノ輪銀が死んだ時期はまだ勇者因子が足りないはずだ。

 そんな事を考えて、俺はゆっくりと頭を振った。園子も分かっていて言っているのだろう。

 

「そうか」

 

「うん。それでその後はね、わっしーと一緒に二人で戦ってね~。今日初めて満開、しちゃったんだ~」

 

「……」

 

 園子の語る言葉には思い出が込められていて。

 小さく、掠れた声は、震えていた。

 

「かっきー。私ね、脚の感覚がしないんだ」

 

「――園子」

 

「ほら……分かるでしょ? 脚だけじゃなくて、心臓も、ぜんぜん、動かないんだ~」

 

 いつもの口調で、困ったように眦を下げて、園子は俺の手をその慎ましい胸に押し当てた。

 装束が包み込む柔らかな感触を手のひらで感じながら、それでいて何の鼓動も聞こえない。

 心臓があるであろう部分は、臓器としての役割を放棄し、完全に停止しているのが分かった。

 

 一時的に戦闘力を飛躍的に向上させる満開システムに隠された――散華という機能。

 そのシステムは、戦闘時においては強力無慈悲とも言える強大な力であると言えるだろう。

 だが代償として、体の一部をヤスリで少しずつ骨を削るように神樹に奉げる必要がある。

 

 当然、人体のどこかを失えば、日常生活は困難になるだろう。知っているとも。

 そうして失くして、喪って、そうして奉げていく生贄に対して大赦が施しを与える。

 この世界は、そういう少女たちの屍の上で、多くの無知な罪多き人たちが今日も生きている。

 俺は知っている。だが園子は知らない。大赦からは知らされていない。だから知らない。

 

「わっしーも」

 

「……」

 

 静かで消えてしまいそうな声に俺が眉を上げると、彼女はじっと俺の瞳の奥を覗くように、

 

「わっしーも……あの時ね、たぶん記憶を失くしてしまったかもしれない」

 

 だが知らされずとも、聡明な彼女は自分で真実に気づけるのだ。

 些細な情報に、ほんの少しの切っ掛けさえあれば、園子は気づける。そういう少女なのだ。

 そうして園子が主張し、語る話をただ黙々と聞いていく中で、俺はふと気づいた。

 

「かっきーは……、かっきーは“こう”なるって知ってたの?」

 

「――――」

 

 目を合わせず、下を向き、唇を噛んだ園子は目を見開いている。

 その美しい瞳いっぱいに涙を溜めて、流れ出さないように、堪えるように。

 いつも穏やかな少女は、瞳に様々な感情を宿らせて、涙声で俺に『問』をぶつけた。

 

「――知ってたよ」

 

 嘘は吐けなかった。

 園子に対して、咄嗟に仮面を被ることも、適当な事を言うことも彼女の瞳が許さなかった。

 だから語るのは真実であって、そしていずれ知る真実ほど残酷な物は無かった。

 

「……どうして」

 

「――――」

 

 俯き、涙をこぼす園子が、力のない手が俺の胸を叩く。

 

「どうして……?」

 

 『どうして』と、園子は言った。その言葉には、きっと多くの『どうして』が含まれていて。

 聡明な園子は違和感に気づいていても、おそらく本人の口から直接聞きたいのかもしれない。

 

 当たり前だ。

 俺がそれを他人に告げられても、正直言って半信半疑になるのは間違いないだろう。

 

 知っているとも。今日、この日、四国を大きな自然災害が襲ったのだ。

 死亡者は二名、負傷者は十数名だったか。樹海が傷ついた災いが現実世界に反映されたのだ。

 その悲しい情報は、きっとまだこの時間帯では、世界中でおそらく俺しか知らないだろう。

 

「俺は……」

 

 未だに迷い、その瞳を向けられながら、必死に考えた。

 園子に「大丈夫だ」と、わかったような態度をとればいいのだろうか。涙をこぼす意味を考えず、とりあえず取ってつけたように謝罪を口にするべきか。ただ抱きしめればいいのだろうか。

 

 事ここに至り、答えを出せない考えは俺の頭の中でひたすらに渦を巻く。

 何をしたらいいのか、どうしたらいいのか、どうすればいいのか、どうすれば――。

 加賀亮之佑ならば、どんな答えを返すことが出来るだろうか。そう考えると、簡単だった。

 

「俺は、――園子、キミに逢うために未来からやってきたんだ」

 

「……ぇ?」

 

 ひどく突拍子もない、それでいてこの空気を払拭するような言葉を、空気に震わせた。

 今も涙を浮かべる琥珀の双眸を見開き、時折涙をこぼしながら、園子の視線が俺を捉える。

 涙を浮かべる少女の視界には、きっと俺の姿は揺れる水面に映るようにぼやけて見えるだろう。

 

「みらい?」

 

「そう、未来。少し遠い未来から。奇術師は時間を越えて園子に逢いに来たんだよ」

 

 少しおどけたように、片方の頬を上げて俺は笑う。園子の心に響かせるべく。

 俺の言葉に対して、園子の目が信じられない物を見たように、面白い物を見たように片方の眼が大きく見開かれる。瞳を縁取る長い睫を震わせて、園子は俺の言葉に耳を傾けた。

 

 そうして俺の告げる言葉に意識を奪われる園子の姿に、俺はかすかに頬を緩めた。

 先ほど園子が俺にしたように、そっと優しく、労わるように彼女の柔らかな頬に手を伸ばす。

 

「どうして……?」

 

 愛しい少女の目の端に溜まる涙を赤い手袋で拭い取りながら、俺は彼女に笑いかけた。

 3度目の『どうして』という言葉、それは疑いの意味ではない。俺の言葉を理解した上での言葉。

 敏い少女に、悪戯っぽく、優しく、愛おしく。勇者は、奇術師は、亮之佑は微笑みかける。

 

「俺が園子に逢いに行くのに、いちいち理由がいるのか?」

 

「――ううん」

 

 その質問に否定で返されなかったことに少しだけ安堵する。

 なんとなくだが、目の前の少女が何を不安に思っているのか分かった気がした。

 聡明な少女だ。1を聞き10を知るを地で行く少女であると俺は経験で知っている。

 

「大赦は満開システムの裏、神樹に身体機能の一部を支払う『散華』システムについて隠している」

 

「――――」

 

「咲き誇った花は散るんだ……。俺はそれを見てきたよ」

 

 その言葉に大きな目を見開く園子は、驚愕の表情ながらもどこか納得気であった。

 きっと自身の満開終了後に起きた身体機能の喪失で、おおよその予想はしていたのだろう。

 触れた手のひらに対して、くすぐったそうに園子が目を細める姿を俺は見下ろした。

 

「なら、かっきーは……?」

 

「俺の場合は……まあ、特殊ケースというか。見た目には表れないというか。――俺のことは別にいいんだ。それよりも園子は俺のこと、信じられるか?」

 

「――うん」

 

「俺を信じてくれるか――?」

 

「うん。私はかっきーの事、信じているよ~」

 

 真面目な顔で頷く園子の琥珀色の瞳は、真っ直ぐに俺だけを見ている。

 そんな彼女を腕に抱き、長い金色の髪ごと背中に回した手、額を合わせて囁いた。

 

「なら俺は、園ちゃんの為になんだってできるさ」

 

「――――」

 

「バーテックスの大群を殲滅することも、夜空に満天の華を咲かせることも、――時間だって飛び越えて園子の為に逢いに来るさ。奇術師ってのは凄いんだぜ?」

 

「――――」

 

 これから先の園子の未来は決して明るい物ではない。

 およそ二年の月日が流れ、蛇遣座の攻撃の影響で両親が死に、見た泡沫の夢の果てに。

 自己嫌悪と孤独と寂しさの果てに、そこまでしてようやく俺はベッドの上の令嬢に逢うのだ。

 

 その間、園子は一人なのだ。独りっきりなのだ。

 学校で仲の良かった二人、戦友で仲間で友達の二人は死んでしまったのだ。

 三ノ輪銀という少女は死んだ。鷲尾須美は器を除きその記憶は失われた。

 

 空白の2年の出来事は、そこまで不自由を感じたことはないと、後に園子は言っていた。

 神樹館小学校を中退という形になり、両親と神官以外では誰とも会うことはなかったという。

 それがどれだけ苦しいか、悲しいか、寂しいか、俺が知らないわけがないのだ。

 

「なら――、私と一緒に居てくれる? ずっと、ずっと……私と一緒に……」

 

「――――」

 

 だから、園子の瞳に宿っていた感情は、懐かしくて、切なくて、何かを残そうと思ったのだ。

 それがせめてもの償いで、傍に居られない愚かな自分に代わり、園子の心に居られるように。

 園子のその言葉に、期待と不安を混ぜたような、その言葉に対して、

 

「――好きだよ、園子」

 

 愛を囁き、彼女の頬に触れていた手を握り締め、開いた瞬間、紫の鮮やかなバラがあった。

 6本の紫色のバラは、月の光の加減によっては青色にも見ることができる精巧な造花だ。

 昔、いつか園子に会うことがあったらと女々しく考えて、眠れぬ夜に作っていたのを思い出す。

 

「答えになってないよ~……?」

 

「なっているよ。――なぁ、園子。どうかこれを、受け取ってはくれませんか――?」

 

 その行為に、わずかに園子は苦笑する。

 結局あの時は渡すことが出来なかったが、眠れる自分に代わって渡すのだ。

 演技口調で、奇術師として、昏色の瞳を向け、その言葉に琥珀の瞳が花を見た。

 

「――綺麗」

 

 おずおずと、園子は自身の手を伸ばして、バラの花を受け取った。

 いつか彼女に送ろうと考えていた花と、その意味は何がいいかと、あの頃はずっと考えていた。

 

「なぁ、園ちゃん―――知っているか?」

 

「――――」

 

「この花は、誰よりも園子にこそ相応しいと俺は思っている」

 

「私に……?」

 

 バラの花言葉は、数や色によって多く異なっているのだと当時友奈は言っていた。

 だからその後キチンと調べると、自然と花に関する知識も少しずつ増えていった。

 知識は力なり。だから懸命に、必死に、毎日を積み重ねて、俺は、加賀亮之佑は勤勉であった。

 

「この色は、世界でも作るのが不可能だとされていたんだ。だけど、当時の人々が努力した結果、なんと不可能だと言われた色を作りだす奇跡を起こしたんだ」

 

「――――」

 

「その花に与えられた言葉には、奇跡以外にも、こんな言葉がある」

 

「――――」

 

「神の祝福。この言葉が、誰よりもお前に相応しいよ、園ちゃん」

 

 そう、俺は微笑みながら言った。

 微笑みながら、青白い肌に朱を差している少女に言った。

 

「――好きだよ、園子」

 

「私は……」

 

「俺は忘れない。世界中の誰もが園子を忘れても、俺は忘れないよ」

 

 唇を震わせて、園子が何事か、奇術師然とした俺へと言葉を紡ごうとした。

 その姿を目に焼き付けて、バラを持った園子を再度抱き上げ跳躍、直後に大橋が更に崩れた。

 骨組みが文字通り鉄屑へと変化していき、次々と瀬戸内海の冷たい海へと落ちていく。

 

「かっきー……」

 

「答えはいつか、聞かせてくれよ」

 

 細くて柔らかい体を抱きながら、崩れる橋から距離を取り跳躍を繰り返す中で、園子が囁く。

 潤ませた瞳に微笑みながら、俺は少しずつ意識が薄れ始めるのを感じていた。

 眠るように魂が己の肉体から分離していくような感覚、2度も経験した死に近しい感覚を。

 

「必ず逢いにいくよ、園子。信じてくれるか?」

 

「――うん」

 

 やがて、少し離れ、大橋記念公園の近くに俺は着地し、小さなベンチに園子と座り込んだ。

 大した距離でもなく、勇者装束さえ纏っているはずなのに、随分と身体が酷く重く感じられた。

 細胞の一つ一つが己の制御下を離れていくような、深い闇に包まれるような感覚が迫る。

 

「――――」

 

 俺にはまだやるべきことがある。

 だから、園子に逢う役目は、答えを聞く役目は、加賀亮之佑に任せよう。

 

 この出会いも別れもきっと、意味があることなのだ。

 この行いが未来に何か影響を与えるとも思えない。

 

 後悔はある。だからまだ死ねない。死ぬわけにはいかない。

 彼女が、彼女たちが笑いかけてくれる限り、俺はその信頼に応えるのだ。

 

「かっきー、眠いの?」

 

「あぁ……。たぶん次に会うのは、1年と半年後くらいかな……」

 

 もともとありえる筈のない幻想だ。本当に現実なのかすら怪しい。

 だが、それでも問題ない。俺に関してならば、誰よりも知っているのだから。

 

 俺は、加賀亮之佑は信頼に応える。

 執念を燃やし、クロユリの花言葉通り、必ず園子を見つけ出す。

 

 

「好きだよ、園子。――ずっと」

 

 

 遣り残したことがある。だからこの旅路は終わらない。終わらせないと魂に刻み込む。

 ベンチに背中を預け、再度ゆっくりと園子を腕に抱き寄せると、ふと園子の顔が近づいた。

 意識が闇色に塗り潰されていく中で、最後に月夜を背景に、園子は微笑み、

 

「――――」

 

「おやすみ、かっきー」

 

 ――唇に感じる柔らかい感触が、夢の終わりを告げていた。

 

 

 

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