その光景を、勇者たちは見ていた。
大赦の神官によって集められ、結城友奈が神婚をすると勇者たちは伝えられていた。
結城友奈が神樹と神婚するという事実と、友奈が天の神に祟られているという事実。
残酷な真実を知る機会を彼女たちは得て、しかし現実は変わらず、時間が止まることはない。
「――――」
そして、天の神が来た。
バーテックスとは異なる大きさ。世界を覆わんとするその巨大さを見上げ、思わず息を呑む。
「何なの、あれ……」
「敵、なの……?」
圧倒的な威圧感に思わずといった具合で樹が呟き、その言葉に呼応するように夏凜も一人呟く。
赤く脈動する巨大な円盤の様な姿、あれこそが絶対なる頂点にして運命を形作る『神』の姿。
その存在が在るだけで周囲の結界は解けていき、全ての色は生命を赦さない死へと変貌する。
「これが最後の御役目、神婚成立まで敵の攻撃を防ぎきりなさい」
淡々と、その天を覆う敵の姿に神官は感情を示さず、集まった勇者を前にして指示を下す。
結城友奈を犠牲にして、彼女を土地神の王に奉げることで神の眷属となる神婚の儀。
神と人が一つになるという未来。それは、そんなものは生きているとは呼べない。
自分たちの大切な友達を、仲間を犠牲にする未来に決して先などありはしないのだから。
そう彼女たちが思い、改めて各々の決意を固め、力を内包した端末を握り締めていた時だった。
――大地から天を穿たんとする爽緑の光を見た。
「――! あれは……」
あの収束された緑光がどういう物なのかは、この場にいる勇者たちには分からなかった。
だが、あれが天に向かって放たれているのは、天の神と敵対しているのだけは分かった。
光の一撃を受け、あの巨体に罅が奔ったような、完全な不意打ちでダメージを受けたような、
「――――」
それを、あの光を放つ何かを知っているであろう目の前の神官に、勇者は改めて向き直る。
今は仮面にその顔も感情も隠されていて分からないが、東郷と園子だけは彼女を知っていた。
こちらを一瞥することなく、何かを思い、食い入るように光へと顔を向ける神官に東郷は言う。
「やります。けど、友奈ちゃんを神婚なんてさせない!」
その決意を胸に秘め、東郷は告げた。
そうして樹海化は始まっていく。
---
――轟、という音と共に爽緑の光が顕現する。
大地のエネルギーによる光が収束し、半壊したタワー、その屋上の発射装置から放たれる。
天の神による攻撃を防人たちは凌ぎ、彼女らより渡された意志こそが反逆の一手となる。
タワーの壁に祝詞が刻まれ、膨大な大地のエネルギーが集まり、天の神を穿つ。
『成功よ――!!』
轟く人類の反逆の狼煙の音、収束された千景砲の一撃が着弾したことを俺は察知した。
先の攻撃でモニターは破損し外の様子を見ることはできないが、通信機越しの防人の声で理解する。
少女たちの歓喜の声音を察すると同時に、勇者としての本能が直ぐに樹海化が始まると予感した。
『後は、任せたわよ。勇者』
「―――、ああ」
通信機越しに、言葉少なにその少女と会話する。
その防人とはあまり言葉を交わしたことはない。恐らく片手で済む程度ではないだろうか。
聞こえる少女の声音、上辺しか知らない相手だ。亮之佑にとって友達でも仲間でもない。
だが、今この時だけは同じ戦場を共にした戦友なのだと勝手に思い、解釈することにする。
今回目の前にいる亜耶を除き、諸事情もあり防人とは全く会話をしなかったが、通信機の向こうにいる相手もこちらが誰なのか恐らくは理解しているのだろう。
――世界が白く染まっていく。
これが最後の樹海化となるか否かは今のところ不明だ。
だが、障害となる芽は摘み、枝は切り落とすという亮之佑の考えは今後も変わらないだろう。
作戦は成功し、不要になった大赦の白い装束と神樹のマークの入った仮面を目の前の亜耶に渡す。
「じゃあな、亜耶ちゃん。楽しかったよ」
「私も楽しかったです、亮之佑様。どうかご無事で」
最後まで敬意を向け微笑む小柄な少女、亜麻色の髪の巫女を見下ろしながら最後に思う。
結局2日程度では彼女の誤解を解くことは出来ず、最後まで『様』付けであったのだけが残念だと。
失敗すれば次はない。
既に戦いは始まっている中で、目の前の少女に何か告げるべきかと考えて――
「――――」
「――――」
世界は白く染まっていく。
それでもこちらを見上げ、柔和に微笑む巫女に、優しく、不敵に、勇者は微笑み返した。
---
瞬きの間に変わる世界。
彩りに溢れた様々な大きさの根、どこまでも広がるような不可思議な樹海の世界に亮之佑はいた。
タワーの地下室に居たにも関わらず、神樹によって座標を移動させられたのだろうか。
「――――」
そんな事を考えつつ、チラリと俺は誰もいない樹木の根へと目を向ける。
そこに、先程まで亮之佑に向かって言葉と眼差しを向けてくれた巫女姿の少女はいない。
非現実に思える世界にいながら、当たり前の事実だけがそこに残っている。
だが、それでいい。死んでいなければ、またいつか会えるだろう。
「さて」
思考を切り替える。
自分でも驚くくらい頭が冴えている。静かな心音が内側から一定に響くのを感じる。
行うべきことは分かっている。あとはその道筋に沿い、ひたすらに前へと進むだけだ。
「――満開」
黒百合の、復讐を誓う黒紫の光が周囲に広がり、収束する。
一切のリスクを負わない、きっと最後の満開を完了させ素早く携帯端末を呼び出す。
最後まで他の勇者と比べて変化の少ない満開ではあるが、内側で脈動する力は確かに存在する。
片目を閉じ、己の内部を確認すると同時に飛翔、次に呼び出した端末で目的の人物に電話を掛ける。
「もしもし、俺だ」
『亮くん!?』
低めの声音で呼び出した相手に声を掛けると、それを遥かに上回る驚愕の声に眉を顰めた。
何てことはない、既に2年ほどの付き合いがある黒髪の似合う和風な美少女の柔らかな声音だ。
ただ、機械越しに聞こえる少女の声音には溢れんばかりの感情が込められていて、
『良かった……亮くん。無事だったみたいで』
『えっ嘘、亮之佑!?』
「どーも、亮之佑です」
わずかに涙声で掠れた東郷の声に、そういえば2週間以上は顔を合わせていないなと思い出した。
実際にはそこまでではないだろうが、『これ』が新年最初にする会話となってしまったと少し苦笑しつつも、彼女達にここまで驚かれるという事に少しだけ薄暗い快感を感じながら、
「風先輩もいるんですね。状況説明をお願いします」
『えっ、でもアンタ怪我は……』
「――。ピンピンしていますよ、先輩に見せつけたいくらいです」
『――――』
息をするように嘘を吐きながら機械越しに風と話し、時折風を切るような音が亮之佑の耳に届く。
その原因は、現在端末で確かめた彼女たちの場所へ最短ルートで飛翔しているからではない。
勇者部の部長である風が近くにいたのは幸運で、落ち着いた声音で亮之佑は尋ねる。
「友奈が神婚の儀を始めたのは分かっています。それに誘われて天の神が来たことも、みんなはどう行動しているか教えて下さい」
『なんでそれを……、アンタ入院していて……』
「いいから、早く」
「…………」
怪我という物は我慢する為にある。致命傷さえ防げればいい。
無茶をして現状をどうにか出来るのならば、幾らでもして見せよう。
そんな思いが機械を通じてノイズ越しに伝わってかは不明だが、その言葉に風は状況を教えてくれた。
『アタシと東郷は今、友奈の所に向かっている! 夏凜と樹、乃木の3人があのでっかいのと戦っているわ!』
『最大船速で向かっているわ!』
風と東郷の報告を受けながら飛翔を続ける。
少し意外に感じたのは、風が樹を置いて東郷と行動を共にしている事だ。
亮之佑がいない間に彼女たち姉妹にも何かしら変化があったのだろうか。
指先のささくれ程度に気になる事ではあったのだが、彼女たちとの時間は後であるだろう。
そう思い、黒衣が翼の様に変化し熱風を受けながら、『天の神』の下へと雷撃の如く移動する。
見れば見るほど巨大であって、嫌でも視界に入るその存在は歪で不快で不愉快で――
「―――っ」
『亮之佑――?』
「ああ、いえ了解です。東郷さんと風先輩は友奈の奪取をお願いします。俺は夏凜たちを援護しますので!」
『大丈夫なの?』
「もちろん」
懐かしく感じる見知った少女たちの声音は、死から這い上がり聞くには随分心地良く感じる。
東郷は満開をし、以前見た浮遊型戦艦を乗り物として、それに風が乗り込む形で神樹に向かっている。
相当な速さで移動しているのだと時折ノイズが入る理由に納得しながら、戦闘準備を完了させる。
「――――」
心臓が痛む。骨が軋み肉が弾け飛びそうな感覚に襲われる。問題ない。
睡眠は十分に、休息は取れるだけ取り、失われた血も補うことはできた。だから問題ない。
再度風が東郷に端末を返却したらしい。わずかな沈黙の後で、東郷の声が聞こえた。
『亮くんも、その……気をつけてね』
『そうよ! アンタ絶対病み上がりでキツイんだから、無理しないのよ!』
東郷や風のこちらを優しく気遣うような声音に苦笑する。
大変であるのはそちらも一緒であるというのに、それでも心配してくれるのが嬉しく思う。
そうこうしている内に、こちらも樹海で天の神と戦っている夏凜たちを見つけた。
「東郷さん、友奈の事は任せるから、――花嫁を奪う大役は任せるよ。失敗したら撃つから」
『任せて』
死んでいては何も出来ないのだ。
だが、生きていれば神だろうとも倒してみせる。
神樹がいる方向に一瞬目線を亮之佑は向け、そして逸らす。
言葉少なに端末を仕舞うと、見計らったように静かな声音で囁くように初代が口を開いた。
『覚悟はいいかい?』
「―――はっ」
答えるまでもなかった。
ただ頬が緩み、亮之佑は微笑をこぼす。
その顔を見ることは出来なかったが、きっと彼女もまた笑っているかもしれないと。
「――――」
まるで雨のように降り注ぐ光の槍、神を中心として広がる炎が樹海を燃やしていく。
不条理に行われ、天の神より迫る破壊の衝撃に、彩りある世界に紅蓮の炎が燃え咲く。
一切の容赦のなさに目を細め、亮之佑にも迫る熱波がジリジリと全身を焼け焦がそうとする。
「夏凜! 樹! 園子!!」
「えっ……!?」
「亮さん!」
「かっきー!」
その熱波を10の金色の砲弾が炸裂し、爆炎をもって道を作り出す。
天の神の攻撃は精霊のバリアを容易く突破する力を持っているが、それを力で押し通る。
そしてあの巨大な存在に抵抗を続けている少女たちの名を叫ぶと、彼女達はこちらを見て目を見開いた。
夏凜は既に満開をしたのか、4つあるアームが全て刀を持っている状態だ。
驚愕を浮かべているその瞳、あちこちに傷と出血を増やしながらも未だに戦意は衰えていない。
同じく満開し、輝く緑の鋼糸を張り巡らせる樹が周囲の攻撃を通さないと停止させている。
そんな彼女たちから視線を移し、ただの跳躍によって戦っていた園子に手を伸ばした。
躊躇うことはなく、金色の髪をした少女は亮之佑の赤い手袋越しに力強く掴みこちらを見る。
「――――」
様々な感情を瞳に過らせている園子ではあったが、亮之佑の視線に何度も瞬く。
そうして亮之佑を中心に、夏凜と樹も中空に集まった。
「あんた、どうして……」
「かっきー、どうするの?」
敵の攻撃が止んだ数秒の出来事。
そこに介入した亮之佑を見て、園子が告げた言葉は驚愕ではなかった。
冷静に、この状況を打破する『何か』を亮之佑が持ってきたのだと期待に満ちた瞳でこちらを見る。
「3人とも、力を貸してくれ。そうしたら俺たちが決めるから」
「……かっきー」
「あの神への道をどうにかして切り開きたい。一人じゃできなくても、みんなとなら出来ると思うから」
だから簡潔に、彼女たちに助力を請う。
あの天上で世界を見下ろす頭の高い神を、この箱庭から退場させる為に。
感傷に浸ることも、再び出会えた喜びも、心配を掛けたことへの悲しみも今は必要ない。
そして、少女たちの決心はすぐに固まり、全員が頷いた。
---
天の神に抗う人間たち。
明確に反逆の意思を持って、加賀亮之佑は天を目指して飛翔する。
神にとって見れば、ただの虫けらに過ぎないだろう。ただの人間では神には勝てない。
「――――」
翼のように勇者装束をはためかせ、一直線に天の神を亮之佑は目指す。
付随するように夏凜が満開の限界時間が迫る中で、同じく飛翔し、天の攻撃に再び息を呑む。
再び雨の如く降り注ぐ光の矢。あの一撃一撃は容易く人を殺し、建物を壊す必殺の矢だが――
「それは、もう見切ったぁああ―――!!!」
亮之佑の背中を乗り越え、4つのアームを駆使して雨に風穴を作り出す。
それは、人間の努力と一日一日の研鑽が生み出し、少女の意思が成せる技であった。
それでもいくらかは掠めていきながら、断固として致命傷だけは決して貰わず突き進む。
「さっすが夏凜!」
「あったりまえよ!!」
視界を埋め尽くすほどの量の矢。
それを捌き斬り咲く刀の一つ一つを生み出す完成型勇者を亮之佑は褒め称える。
そして、それを当たり前と豪語する夏凜と亮之佑の背後に、蟹座の反射板を通じて矢が迫り来る。
「背中も気をつけないとダメだよ、にぼっしー! かっきーも!」
「園子を信頼しているから前を見れるんだって!」
無防備な彼らの背中を貫かんとする矢の逆雨を、傘を開くように槍のシールド機能を展開して園子が防ぐ。
同時に横から地面へと叩き潰さんとする星屑や、蠍座の尻尾を樹のワイヤーが絡み押さえていく。
彼女たちが一丸となり、そしてこの暴風雨の如き攻撃に対して連携という技で迎撃を可能とする。
そうして勇者の力によって、わずかに攻撃に穴を作ることに成功した。
不条理をも打ち返す人間の力によって創られた勝利への光明。
そして、ここまで道を作ってくれた彼女たちに振り向くことなく、亮之佑は隙間を縫うように飛んだ。
「決めて来いっ!! 亮之佑ぇぇええ!!!」
「友奈さんがまた幸せに笑えるように!!」
「なせば大抵、なんとかなる!!」
少女たちの声援が背中に響く。
ふと、どこか遠くでこちらを見る少女の声が聞こえた気がした。
彼女たちの信頼に応えるという意志が、全身に灼熱の如き熱を灯らせていく。
天上に座す神に人間は勝つことは出来ない――否。
神に人間が敵わないなどと、一体誰が決めたのだろうか。
「――行って来る!」
背後から聞こえる少女たち、ワイヤー使いの少女と、二刀流の少女と、金色の槍使いに見送られる。
そうして飛翔する。己の全てを賭けて手繰り寄せた奇跡という名のチャンスを逃さない。
不条理に、頭上から見下ろす強大な存在に、人間の力を見せつけてやる。
天へと上昇する俺に、神は慢心すれども一切の容赦はしない。
神に触れること、近づくことが罪であると言わんばかりに光の矢が迫り、
「オオオおおおぉおお――!!」
その一つ一つが絶命へと至らせる必殺の光雨を、人類の叡智が迎撃する。
中空に展開した黄金の砲弾が強烈な回転と共に射出、無数の緋色の弾丸が道を切り開く。
それでもなお躱しきれない絶死の光矢を黒剣で一閃、重厚な音と火花を響かせる。
「――、あ―――!」
天神を目前にして全ての兵装が破損した。それがどうした。
身体中の全てが痛みに悲鳴を上げている。だからどうした。
目の前の敵が在ることが、友奈を苦しめている事実が、絶対に赦せない。赦さない。
息を押し殺し、呼吸を殺し、心臓の鼓動すら機能を停止し、目の前の敵に専心する。
神という『運命』こそがこの世の摂理であるという事を否定してみせるという一心。
上昇し続ける度に致命傷だけは避け、目の前の神をただ一瞬だけ凌駕するという意思が。
「――――」
脈動する。それは愚かにも不相応に求め続けていて。
それでもなお、求め、欲し、大切な物を繋ぎ留めたいと、この手から離したくないと。
それがたとえ『神』であっても奪うと言うのならば、運命であろうとも抗い続けて見せると。
そんな傲慢で不遜な『願い』に呼応して、不条理へと反逆する『力』となって開花を果たす。
――勇者因子を通じ、存在を呼び出す。
「出でよ、――『大精霊』加賀■■」
亮之佑の中で蠢く膨大な因子は、ある世界へと直結する。
契約は、宿願は果たされ、その因子を伝い、現実へとその姿を呼び出す。
= = = = =
「それで、お前の2つ目の願いってのは何だ?」
「ボクが天の神と決着を」
「――――」
低く、いつもよりも小さく静かな声音で告げる指輪の世界の王は、毅然とした姿であった。
初代と天の神の関係について、俺はあまり深く聞くことはしなかったが、それでも目の前の彼女が何故この300年間、魂という形で時間と血と因子を揺蕩っていたのかは何となくだが分かっていた。
「これは誰にも譲らない。ボクがするべき事だ」
「……初代」
「キミにはキミの物語があるように、ボクにはボクの物語がある」
真面目な声音でこちらを見る初代の血紅色の瞳を俺は無言で見返す。
思えば彼女は自身の事については多くは語らず、自分も聞くことはしなかった。
この広大な幻想的な世界に居ながらも、その肉体が死してもなお彼女が独りでいる理由。
その理由が天の神に紐付いているのならば、勇者の刻印に宿る意味と合致しているのだから。
「勝算は?」
「3割」
「――――」
だから、自分で決着をつけたいが、己の半身の頼みなら、願いならば仕方ない。
あの頭上から人を見下ろし苦しめる害悪な存在、友奈を泣かせる愚かな存在である神。
たとえ神であろうが、世界中の人が奴を許しても、俺だけは死んでも許すつもりはなかった。
彼女と過ごした年月が、仕方ないと亮之佑を頷かせるだけの信頼を築いてきた。
そして、世界を通じて空を見上げ睨みつける初代の瞳に宿す敵意に、俺も何かを感じた。
だから理屈ではなく、ただ信じようとそう思い、カップの中身を飲み干し、ゆっくりと頷いた。
「お前なら十分だ」
= = = = =
かつて、西暦の勇者たちにも精霊がいたという。
だが、現在の神世紀の勇者たちを守護する外側に出現するタイプの精霊ではなかった。
勇者は神樹との間に霊的な繋がりを持つ。
西暦の勇者たちは己の意識を身体の内に集中させ、その繋がりを通じて神樹から精霊の力を取り出し、魂への精神的汚染というリスクがある中で、勝利の為に己の肉体に宿したのだという。
「――――」
息を吐き、神が目前に迫った状況下で黒衣の少年に小さな変化が起きる。
満開時のような目に見える強大な力が発生したわけではなく、分かりやすい変化はない。
ただ少年の勇者服、その左手の指輪が輝くと同時に紅色の手甲が出現するだけだ。
黒色の剣でも、紅の銃弾でも、黄金の砲弾でも、ましてや核弾頭でもない、ただの手甲だ。
「――見せてやるよ、天の神」
呟く一人の勇者。連携を繋ぎ、天の神の眼前にまで到達した少年は呟く。
既に満身創痍と言っていい姿だ。致命傷は避けたが、それでも躱せない攻撃に全身が血に滲む。
そうして身体を己の鮮血に染め上げながら、爛々と血紅色を瞬かせ冷淡な声音で神に告げる。
――それは300年越しの復讐だ。
かつて西暦で最初に戦う勇者たちがいた。
彼女たちは強力な武装があったわけでもなく、星屑一匹程度にも致命傷を負う程に脆弱だった。
だがそれでも彼女たちは明日を求めて戦ったが、戦場を潜り抜ける度に一人一人死んでいった。
「――――」
「これがボクの、人間の執念だ」
その小さな変化を天の神は見逃す。
ただの拳の一撃である。神の力すら感じられない、脆弱な人間の拳だ。
回避する必要もない。その必要性を微塵も感じず、すぐに殺せると傲慢にも見逃してしまう。
その緩慢でちっぽけな攻撃を天上より見下す存在に、加賀亮之佑に宿る精霊が小さく呟く。
「勇者パンチ」
かつて存在した勇者、結城友奈ではない少女の必殺技。
そしてその勇者が着用していた手甲と同様に、宿っている霊力の名は〈天ノ逆手〉。
地の神の一人が天の神に殺された時に放った呪詛が、天に属する全ての存在を崩壊へ導く。
同時に、手甲を纏った手に嵌められた蒼色の指輪が天の神と接触する。
ただの指輪だ。しかし侮ることなかれ。接触の瞬間、その中の『世界』が神に牙を剥いた。
文字通り世界を内包した一撃。
幻想的な世界を構成・維持する為の地の神のエネルギーが、存在を通じて神樹から引き摺り出した地のエネルギーが、300年にわたる復讐の念が、ちっぽけな人間の拳に籠められていて、
「――失せろ、天の神」
――その一撃が、神を打ち砕いた。