変わらぬ空で、貴方に愛を   作:毒蛇

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「第七話 貴方だけと暖を共に」

 コタツ。

 

 日本を代表する冬の採暖用具で、数多の人々をそこに引き止める魔法の道具だ。

 これ程数多の人間を魅了し、駄目にしていく器具など存在しないだろう。

 ……と俺は思いながらコタツ布団に足を突っ込み、蜜柑の皮を剥いていた。

 

「すっかり冬だね~」

 

「そうだね~」

 

 園子が話しかけてくるので相手をする。

 俺の隣でコタツムリになっていた彼女だったが、こんな怠惰な生活に飽きたのか、

 しきりに外で遊ぼうとせがんで来る。……ならそこから出ておいでよ。

 

 もう雪も降っているし、手品師かっきーはお休みですという意味もこめて、

 彼女の小さく開いた口に剥いて出た一袋を放り込む。お食べよ。

 

「ほら」

 

「…………」

 

 お行儀の宜しいお嬢様が無言で食べる間、

 静かになったので、暖な色に染まる蜜柑から皮を剥いて俺も4袋分を口に頬張る。

 甘みも十分、酸味との調和の良さを感じるその味は、いくらでも食べられそうだなと思える。

 

「ねぇねぇ……かっきー」

 

「なんだい――?」

 

 次の蜜柑に手を伸ばしていると、園子が俺に話しかけてきた。

 食べたいならそこから出ておいでと考えながら、少女に目を向けると、

 

「お外で、遊ばない?」

 

「―――――」

 

 金色の髪のお嬢様から、小首を傾げて『おねだり』をされた。

 その角度からの上目遣いは計算しているのかなとか考えつつ、俺は仕方ないなと苦笑しながら了承の合図として首を縦に振った。

 

 

 

 ---

 

 

 

 それは、冬のある日のことだった。

 雪がシンシンと降り積もった次の日、俺は乃木家にお邪魔していた。

 最初は他愛もない世間話をしていたが、俺たちは久しぶりに外で遊ぶことにした。

 

 コートを着て、外に出る。

 音を立てずに肌に突き刺さる隠忍な冬が今年もやってきた。

 こんな時期に俺って死んだっけ? なんて思うと余計に寒く感じた。

 

「どうしたの、かっきー?」

 

「いや。そのコート、似合うじゃん」

 

「フッフッフ……ありがと~」

 

 冬になるとあらゆる色彩が色あせ、灰色と白い世界に覆われる。

 木々は白く染まり、小枝からパラパラと薄氷が散り、さながら冬の桜を思わせる。

 冬の冷たい空気は針のように俺の瞼や頬に突き刺さり、わずかに顔を顰める。

 戻ってコタツに入りたいなーと思いながら、

 

「じゃあ……、雪だるまか、カマクラでもつくろっか」

 

「カマクラって?」

 

「カマクラっていうのは、まぁ……雪で作る家、みたいなもので。そこで餅とか甘酒を食べる」

 

「ほへー……そんなものがあるんだ~。どうやって作るの?」

 

「まずは―――」

 

 子供の体力とは無限にあると俺は思う。園子に作り方を教えながら、準備を進める。

 戯れに遊んで、さっさとコタツに戻ろうと思ったが、意外と楽しくて熱中してしまう。

 俺は気が付くとカマクラとついでに雪だるまも作っていた。作ってしまっていた。

 

「―――あれ? 園子は?」

 

 どれだけ時間が経過したのだろう。

 カマクラの準備が終わり、雪だるまを作る工程でいつの間にか園子の存在を忘れていた。

 

「園子ぉーーー!!」

 

「はーーーい!」

 

 俺の魂の叫びに応じて、ひょっこりと園子が顔を見せる。

 赤いニット帽をかぶり、白いコートを着ている彼女はトテトテと音を立てて此方に歩いてくる。

 

「どこへ行っていたんだ?」

 

「うんとね~、ウサギさんを追いかけていたんだ~」

 

「なん、だと……!?」

 

 どうやら彼女はアリスのようにウサギを見つけて追いかけていたらしい。

 園子はアリスをやっていたようだが、俺は俺でそれに気がつかなかった。

 そんなことを思っていると思考を読んだのか、かっきーは凝り性さんだもんね~という評価を貰った。

 

「園ちゃん園ちゃん」

 

「なぁに?」

 

「――ウサギの肉っておいしいんだって」

 

「――!」

 

 不覚を誤魔化す為に彼女を適当にからかうと、雪化粧でもしたような白い頬が膨れた。

 そんな彼女を尻目に、俺はウサギ……肉を想像する。意外と癖が無く美味しいらしい。

 なんとなく思考が食事に偏るので、今度は食いしん坊さんだね~とか言われるかと思ったが、そんなこと言ったら駄目だよと普通に怒られた。

 

「……それで、見つけたのか?」

 

 この乃木邸で、この広さとお金持ち加減からして、ウサギどころかもっと多くの動物がいても可笑しくは無いが、以前聞いた話ではウサギはいなかったはずだ。

 

「それがね~、必死に追いかけたら、ウサギさんはビニールの袋だったんよ~」

 

「あらら」

 

 昔、お化けだと思って驚くと実はスーパーの袋だったというのは聞いたことがある。

 まぁ本人は楽しそうなので、そっかと相槌を打つだけでウサギの会話は終わった。

 それからこちらを見渡して、ふと園子が目を輝かせた。

 

「これ、全部サンチョさん!?」

 

「そうだよ」

 

「かっきー凄いね~。これ何の儀式をやるの~?」

 

「やらんから、何も召喚しないから」

 

 彼女の視線に誘導されて俺も周りを見ると、サンチョの雪像が10体ほどカマクラを囲んでいる。

 確かに何かの儀式をする様な、結構なクオリティだなと我ながら思う。

 園子ですら呆れ半分、笑顔半分な表情を浮かべていた。

 

「――――」

 

 改めてよく頑張ったなとため息を吐くと変な勘違いをさせたのか、私がカマクラの穴を掘るよ~と言ってきたが、危険な作業なので下がってなさいと止めた。

 

「がんばれがんばれ~」

 

「おうようよ!」

 

 園子の応援を受け、俺はカマクラに風穴を開ける気持ちでわっせわっせと掘り出す。

 時間はさしてかからず、出来上がった雪の小型要塞『カマクラ』の内装に園子と着手する。

 要塞にしては随分見た目が丸いが、そこは10体のサンチョが守っているという設定だ。

 

 ここまで俺の脳内では、昔やっていた建築系のゲームの気持ちで作業を進めた。

 ピッケルではないがスコップ片手に、換気口、シートなどを設置する。

 

「あとは、夜まで待てばいいの?」

 

「まあ、キャンドルとか七輪とかあれば、あそこで餅でも食べながらまったりできるけど」

 

「そこは任せてよ〜」

 

 そう言って、園子は右手の指を鳴らす。

 するとどこからか、使用人たちが現れた。

 気配が無かった事に驚愕する俺を他所に、園子がほわほわした笑みで告げる。

 

「ちょっと、キャンドルと七輪とお餅が欲しいな~」

 

「御意」

 

 次の瞬間、俺の目の前には多くのキャンドルと七輪、高級そうな餅が置かれた。

 ついでにお茶や甘酒、お菓子といった物も用意されている所に気配りの良さを感じた。

 準備がよろしいですねと、既に気配なき使用人達にありがとうございますと呟いた。

 改めてこの少女って、本当に桁外れのお金持ちだなと呆れつつ、準備に取り掛かった。

 

 ちなみに、許可はとりました。

 

 

 

 ---

 

 

 

 水を入れたバケツをひっくり返し、凍らせて出来た氷塊の中心に穴を開ける。

 そこに小型のキャンドルを入れて、ライターで火をつけると、幻想的な雰囲気が周囲を照らした。

 

「わぁ……!!」

 

 園子が驚きの声と共に見つめる。

 見たことが無いのだろう、香川でこんなに雪が降るのも最近では珍しかった。

 現在は黄昏時から夜になったばかり。園子の声で、カマクラの周りには誰もいない。

 

 それでいいのかと思ったが、使用人とはそういうものかと思い直した。

 どの道すぐに駆けつけられる場所にいるだろう。火を扱うので止められるかと思ったが、案外そちらに関しての心配は無かった。

 

「…………」

 

 ここは素直に信用されていると受け取り、無言で切り出し七輪に火を点す。

 流石にお金持ちは違うなーと思いつつ、円形の七輪に金網を敷く。

 

「園子、おいで」

 

「…………」

 

「園ちゃん」

 

「あ、うん。わかったよ~」

 

 四足歩行でジリジリと俺の隣に近寄ってくる園子。

 事前に七輪のことと注意点をしっかり述べたが、不安なので「黙って俺の隣にいてくれ!」と言い放つと、何故かやけに目をキラキラさせた園子が「分かった!」と良い返事をしてくれた。

 

 ピトッと俺の隣にくっつく園子。

 もう少し離れてと言うと、寒いから~と抱きついてくる。

 まぁ左側だし、七輪から離れているし問題はないかと思いながら餅を金網に載せる。

 

 金網に載せた白餅を、炭火でじっくりと焼く。

 しばらく団扇で蒸気と火の調整をすると餅はパリパリと音を立てて膨らみ、あっという間に煎餅状になった。

 最後に赤味噌を塗り炭火で少々焼き、完成。

 

「……お上がりよ」

 

 こちらをジッと見る園子に、無言で皿に載せて差し出す。

 彼女は卒業証書を受け取るような畏まった顔をしながら、箸で餅を取る。

 フーフーと息を吹きかけ、彼女の小さな口に餅が消えた。

 

「美味しい!」

 

「そりゃあ良かった……」

 

 と、お嬢さまの口にも満足していただいたので、安心して俺も餅に手を出す。

 フーフーしながら、俺もそっと噛む。パリッという食感と共に伝わる餅独特の柔らかさ。

 加えて味噌の風味と少しの辛みが寒さを吹き飛ばす。

 

 二人してフーフー言いながら、しばらく黙々と餅を食べた。

 この後、園子が冗談めいた口調で「美味しすぎて太ったらかっきー責任とってよ~?」と舐めた事を言うので、「だが断る」と言ったら、左の脇腹を小突かれた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 餅も飽きたので、俺は次にお菓子とお茶でこの食事会(?)をお開きにすることにした。

 

「次はどうするの~?」

 

 と横から金鈴のような声音が聞こえてくるので、逡巡してから応える。

 

「まぁ見てなって」

 

 ムゥっとした顔に笑って誤魔化し、俺は取っ手のついた串を用意する。

 次にお菓子の中で必要だったモノを取り出す。ソレを見て園子もなんとなく何をするか分かったらしい。

 

「マシュマロ……あ! もしかして」

 

「そう、焼きマシュマロだ」

 

 ピッカーンと閃いたとでも言わんばかりに目を輝かせる彼女に苦笑する。

 串の先端に白いマシュマロを刺す。取っ手の部分を園子に持たせる。

 

「園ちゃん、ちょっとこれを金網の上で炙って……そう、そんな感じで」

 

「ラジャー!」

 

 園子に焼くのを任せて俺は魔法瓶を取り出し、湯呑みに中身を注ぐ。

 今回は普通にお茶にしようか、ポタージュを入れるか悩んだが、せっかくなのでと甘酒を選んでいた。

 

「かっきー、これくらいでいいの?」

 

「――――ああ、それぐらいでいいぞ」

 

 呼ばれたので目を向けると程よく溶け始めたマシュマロが竹串の先端で存在を主張しており、金網から移動させる。湯呑みを俺と園子の間に置くと、白い湯気が立ち上る。

 

「あーん」

 

「ん」

 

 串を装備した二刀流の少女は何を血迷ったのか、右手の方のマシュマロを差し出してきた。

 このままだと溶けるのでさっさと口に入れると、甘く蕩ける感触に思わず頬が緩む。

 そのまま酒を一啜り。ズズズッと音を立てて飲む。美味いな。

 隣の御令嬢も満足気なご様子だ。

 こんな時ですらお上品に食べる姿は、どうやれば豪快に食べるか実験したくなるが今は考えるだけにしておく。

 

「かっきー」

 

「ん?」

 

「呼んだだけ~」

 

「そうかい」

 

 ときおり謎の呼びかけをしてくる園子。いつものほわほわとした笑みを浮かべている。

 隣のお嬢様もやり方が分かったようで、しばらく無言でマシュマロを炙る。

 チョコを溶かしてチーズフォンデュの要領でやろうと思えばできるが、流石にこれ以上は疲れた。

 代わりに板チョコを小さく割って載せ、マシュマロの熱で溶かすと、「わぁ~!」と園子は喜んだ。

 

 

 

 ---

 

 

 

 カマクラの出口に目を向けると、黄昏の光はすっかり消え、夜の帳が暗闇を作り始めた。

 そろそろ幕引きだなと片付けの準備に入ったところで、園子の身体がこちらに傾いた。

 彼女の形の良い頭がちょうど俺の胸元に当たる。

 

「疲れた……?」

 

「そうじゃないけど~、もうちょっとだけ……」

 

「しょうがないな~」

 

 唐突な彼女のわがままはわりと結構珍しくはないので、俺も彼女に身体を寄せる。

 だが七輪の火はもう消してしまった。甘酒やマシュマロも、残念だが品切れだ。

 このままでは風邪を引いてしまうので片付けてさっさと乃木邸の屋敷に戻りたかったが、園子はうんともすんとも言わない。

 しょうがないので毛布を出す。

 

「かっきー、今のどうやったの……?」

 

「秘密」

 

 彼女の目にはきっと虚空から毛布が現れたように見えたのだろうが、手品師は種を明かしてはならない。そっと彼女の耳に囁き、俺ごと毛布で園子を包み込む。

 

「かっきー」

 

「園ちゃん」

 

 偶然呼び声が被るので、どうぞどうぞと勧め合ってから俺は口を開く。

 

「そろそろカマクラから出ないと遅くなるよ」

 

「う~ん……、もうちょっとだけだから」

 

 寝坊15分前の中学生が言いそうなことを言いながら彼女は俺に全体重をかける。

 俺はお前の座椅子か。そう小言を言いたくなるが、満足気にこちらを見る琥珀のような瞳を見ると――、

 

「ちょっとだけだからな……」

 

「わーい」

 

 つい甘やかしてしまうのは、きっとしょうがないのだろう。

 カマクラという小さいが2人だけの要塞は、お城のように煌びやかという訳ではないが、

 外と比べて暖かい上に毛布の暖かさに、ついうっかり寝落ちしてしまいそうになる。

 

「―――――」

 

「―――――」

 

 お互いに無言となり、しばらく互いの熱と息遣いだけが狭い世界に響く。

 2人を照らすのは、暖かな光を放つ仄かなキャンドルだけだ。

 

「園ちゃん」

 

「どうしたの」

 

「呼んだだけさ」

 

「……そっか」

 

 園子の真似をしながら、彼女の華奢な身体を抱きしめる。

 ふんわりとした彼女の金髪は近くで呼吸をするごとに俺の肺を満たす。

 

 俺の彼女に回す腕に、そっと園子の手が触れる。

 角度的に見ることのできない園子の顔はどんなだろうかと想像を巡らせながら、

 あと10分だけこのままでいようと、俺は彼女をついつい甘やかしてしまうのだった。

 

 

 




ここまでご覧いただきありがとうございます。
本作は、このようなほんわかな日常がある一定の章まで続いてます。
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