大晦日が過ぎ、正月が来た。
夜が終わり、朝日が巡る。新年が今年もまた訪れることを感謝し、神社へと初詣に出掛ける。
可憐な少女たちが揃う勇者部の面々と新しい年を迎え、彼女達と1日目から過ごすのは何か感慨深い。
「ぐろっきーだったもんね~、かっきーは」
「……かっきーが、ぐろっきー……、アハッ、アハッハハハ――!!」
「樹ぃ。……ちょっと甘酒の飲み過ぎのようだな。東郷さんの甘酒が胸の発育に良いよって言葉に簡単に踊らされるんじゃない!」
「えっ、なんですか亮さん? あっ、やめっ、くすぐらないで――!!」
「こらーー!! 妹に手を出すな!! アタシも、混ぜなさいよおぉおッ――!!」
「いや、本当にあんた高校生か」
高校生になった“元”勇者部部長と、園子の言葉に爆笑する“現”勇者部部長。
彼女たちの手には甘酒があり、気づくと何杯も飲んでいた樹は笑い上戸になってしまっている。
対照的に泣き上戸となり亮之佑に面倒な絡み方を始める風には、夏凜が即座にツッコミを入れる。
本人にとっては笑えない出来事だったが、一応笑い話にできる程度には多少時間が経過した。
ちょうど去年の今頃は意識すら危うい状況だったなと思い返し、ふと遠い目をしていると、
「かっきー、かっきー」
「かっきーだよ」
「……どう?」
主語を省いて聞いてくる振袖を着てきた園子は、琥珀色の瞳を煌めかせる。
ここで「……えっ、なんのこと?」と聞くほど察しが悪く何も気づけないような関係ではない。
改めて見ると、紫色を主体とした振袖は彼女の蜂蜜色の髪と相まって妖艶にも可憐にも見える。
「似合うよ、凄く」
もう少し何か言うことは無いのかと思う言葉が口から出るが、今日は奇術師モードはお休みだ。
とはいえ、彼女の瞳を見つめて告げた言葉に込められた気持ちは伝わったらしく、唐突にはにかむようなほにゃりとした笑顔を見せる園子の姿に亮之佑も思わず頬を緩め――
「亮ちゃん、亮ちゃん!」
「亮ちゃんだよ」
服の肘辺りを引っ張るように鈴音の声音が聞こえ、その方向に目を向ける。
聞きなれた声の持ち主にして短めの赤い髪の少女もまた、彩りある可憐な振袖を身に着けている。
――と言うよりも、亮之佑と夏凜以外の少女たちは、自身に似合う振袖を着て初詣に来ていたのだ。
「友奈のも似合うよ、可愛らしい」
「えへへ、ありがとう!」
にへらっとした笑みを浮かべる少女の姿を眼球に焼き付ける。
1年の初めからこうして笑顔になれるというのは中々に良いことではないかと亮之佑は思う。
そんな事を思うと、背中をトントンとリズム良く、わずかに遠慮がちな指の感触に振り返った。
個人的に一番和服が似合うと思う可憐で聡明な少女、長い睫に縁取られた深緑の色が少年を映し出す。
その美貌に何度となく息を呑むような、写真に撮って額縁に収めたくなる姿の少女が口を開く。
「亮くん、亮くん」
「……亮くんです」
無限ループ。
そんな言葉が出掛かるのを亮之佑は何とか呑み込み、コクコクと小さく頷いた。
こんな感じで今年の1日目、勇者部は仲良く平和に過ごし、新年を迎えたのであった。
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あれから3日が経過した。
こたつで餅を食べたり、加賀と乃木の親戚で集まり近況を話し合ったりした。
讃州中学校の休み明けはまだ先で部活もなく、家で怠惰に過ごし食っては寝る生活を送る。
「――ケホッ」
――はずだった。
ゴロゴロとソファの上で読書をして、掃除をして、手品の練習をして凝った料理を作ったりと、そんな風に一人で過ごすつもりだったのだが、どうしてこうなったのか。
「ケホッ――、ケホッ――」
「……」
そっと咳が止まるまで背中をゆっくりと擦る。
細くわずかに温かすぎると感じる人肌、服の上から背中を手で擦ると掠れた声が聞こえた。
微かに涙声が混じり、庇護欲を誘うような、そんな声音が浸透するように鼓膜に届く。
「う~、がっぎー……」
「無理して喋るなよ、喉痛むんだろ」
「ん~、ちょっと……ケホッ、ごめんね」
加賀家別宅、その二階に位置する自室。
その寝台に身体を横たえる少女、やや赤く染まった顔、その額からタオルを取り桶に置く。
風呂場にあった木製の桶に注がれた水、そこに白い清潔なタオルを浸して水を染み込ませ絞る。
「いいから、あんまり喋るな。そして気にするなよ、俺と園子の仲じゃないか」
「――ぅん」
そうして俺の寝台に横たわり、小さな頭を枕に預ける蜂蜜色の長い髪をした少女、乃木園子。
いつものマイペースで穏やかな様子は鳴りを潜め、病弱なお嬢様という肩書きを枕元に置いている。
その姿は萎れた花のようで、以前友奈の看病をしていた時の事を思い出し小さく笑みを浮かべる。
さて、どうしてこんな事になったのか。
話は数時間ほど前になる。
親戚同士での集まりに参加する事になり、新年の2日目に乃木家の本家に俺は行くことになった。
色々と家柄故か、彼女の家に行くことも多いのだが、大体は顔を見せに行き食事する程度だ。
そんな風に新年の挨拶をして彼女の家に一泊し、その次の日3日に俺は別宅へと帰宅したのだ。
――園子を連れて。
特に断る理由もなく、讃州中学校に通うために最近は一人暮らしの園子も俺に付いてきたのだ。
一つ屋根の下、年頃の男女が二人きりでお泊りという状況に園子は年甲斐もなくはしゃいだ。
「……、ん~んっ」
「……」
彼女は決して病弱なお嬢様ではない。絵面的には似合うが。
確かに2年程寝たきりに近い生活を送ったが、減少した体力も今では元に戻っている。
そんな彼女が翌日体調を崩したのは、羽目を外して夜更けまで遊び過ぎた所為かもしれない。
ともあれ、原因が何であれ彼女の様子から風邪だと推測した。
この状態で無情に一人暮らしの家に帰すわけにもいかず、こうして看病中という訳だ。
「かっきー、私ね……、あの木の葉っぱが落ちたら死んじゃうかもしれない……」
「――いや、そっち壁だし。こんな事で死なないから」
回想を終わらせた俺に告げる園子、震える指で示した方向は自室の壁が広がっている。
仮にその先を見ているとしても、木どころか時期的に草も生えてはいなかったはずだと思い直す。
妄言か寝言か戯言か、そんな事を告げるご令嬢の額にタオルを載せると、小さく目を細める。
「ほら、大人しく3秒で寝なさい。じゃないと、お手伝いさんか救急車呼ぶぞ」
「う~」
こちらの要求にもはや人語でもなく、喉を鳴らし唸り声を上げる金髪の美少女。
口元まで布団を持ち上げ、熱で潤んだ少女の琥珀色の瞳は、ただただ無情に見下ろす俺を映し出す。
そんな園子の枕元に本人から貰ったサンチョを配置すると、ふと唐突に思い出す事があった。
あれはいつ頃だったか。
当時流行していたインフルエンザの猛威に対し、勇者部は一人を除き全滅した。
俺自身も一人暮らし故に予防はしていたのだが、それでも発症した事を悟った時は絶望した。
そうしてこのまま死ぬのだと思い意識が黒く染まり、そして次に意識を戻すと東郷の家で寝ていた。
その時、園子も隣の布団でぐっすりと寝ており、赤らんだ横顔が印象的だったのを覚えている。
更にその隣には東郷もおり、インフルエンザという最悪なお揃いの状態で数日過ごす事になった。
ちなみに、学級閉鎖を一時起こす程の猛威の中で、勇者部の中で唯一元気だったのが友奈だった。
脳裏で「今日も1日頑張ろー!!」と言う明るい赤色をした少女の声音が過る。
そんな風にぼんやりと空想に浸る中でふと我に返り、園子の顔を見下ろし気づく。
「……、すぅ……」
「――――」
静かに彼女の頭を撫でていると、やがて本当に眠ったようだ。
小さく寝息を立て、わずかに布団が上下する姿を数秒見て小さく安堵のため息を吐く。
別に看病が嫌なわけではない。原因は何であれ、こうして甘えられるのはとても嬉しく感じる。
「…………」
何となく、園子の頭を静かに撫でる。
その無防備な寝顔を見て、湧き上がる感傷に小さく頬を緩めた。
こうして弱った姿を見せてくれる事が何故か、酷く、薄暗い快感をもたらし、笑みがこぼれそうだった。
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それから少し時間が経過した。
昼も随分前に過ぎ、病人への食べ物としてうどんとお粥で少し悩んだが、結局お粥にした。
園子も間違いなくUDON因子の保有者であると思うが、確実に消化の良い方を選んだ結果である。
大晦日に磨き上げたキッチンでお粥を作り終え、そそくさと階段を上がり自室に運ぶ。
なるべく静かに運んだつもりだが、自室のドアを開けた瞬間、少女の琥珀色の瞳と交錯した。
その瞬間、彼女の瞳に様々な感情の渦が見えたが、瞬きをすると同時に柔和な笑みで迎えられた。
「……おかえり。どこに行っちゃったのかな~って思っていたところだったんよ」
「ただいま。お粥作ってきたよ。食欲はあるか?」
「うん、美味しそうだね~。……ねぇかっきー」
「どうした?」
「かっきーが食べさせてくれると嬉しいな~って」
上目遣いで微かに眉を下げながら、普段よりも甘えん坊な少女はそう言った。
案外言いたいことはスパッと言う素直なお嬢様だが、こうも直球で言われるとグラッとくる。
「……しょうがないなぁ」
「ありがとう~、……ケホッ」
「……大丈夫か」
「うん」
既にグラグラどころか陥落していたと思い直し、お盆を膝に寝台に腰掛け距離を縮める。
病気で寝込み心身共に弱る病人に対して特別に優しくするのは、俺としては当たり前のことだ。
実際に病気で独りで寝込むと、孤独に怯え不安に体力を削り、うなされ続けて本当に苦しいのだ。
レンゲで純白に輝きを放つ薄塩で味付けし梅干しを入れただけのお粥を掬い、口元に運ぶ。
こぼして熱い思いをしないように手を添えながら、何か期待の眼差しを向ける少女に口を開く。
一瞬何を期待しているのかと思ったが、それでもすぐに察したことは褒めて欲しいところだ。
「はい、お嬢様。あーん」
「……あ~んッ」
苦笑しながらも希望を叶え、満足したらしい少女はお粥を口に含む。
モキュモキュと口を動かし上品に食べる園子の桃色の艶やかな唇を静かに小型照明が照らす。
「――!」
食べさせる側の技量が不足していたのか、彼女の口端に一粒の米粒が付いていることに気づいた。
なんとなく即座に指先で掬い取るようにその米粒を取ると、ジッと園子の瞳がこちらに向いた。
「ん~……?」
「……」
彼女の琥珀色の瞳が告げていることは一つだ。
その指に付着した米粒を、この後どうするつもりなのかと。
ここで俺が取る選択肢は3択ほどあるだろう。①は何事もないように何かで拭きとることだ。
②は彼女の目の前でご飯粒を食べるということだ。だがこの2つは紳士的には不正解になる。
正解は――、
「ん――」
「……ぉ」
プクリとした艶やかな桃色の唇に指先が触れると、柔らかさと小さな吐息にわずかに驚く。
それでも肉厚な唇の抵抗を擦り抜けて、人の歯の感触と生暖かい舌へと米粒を到達させる。
その唐突な行為に対して少し瞳を大きくする園子だが、一切の抵抗はなく即座に舌で舐めとる。
「はむ――、んちゅ――」
「――――」
人差し指が僅かにざらついた舌と熱い吐息に溶かされていくような感覚。
爪の間が、指の腹が、皺が、柔らかい舌と唇と歯の全てに優しく丹念に蹂躙されていく。
小首を軽く傾げ、どこか愉しそうな琥珀色の双眸と指先の感触に神経がゾクリとする。
目の前の聡明で礼節のある少女が、普段決してしない行為。
背徳行為とも呼べる何かに対して、突発的な悪戯をわずかに後悔する脳すら溶かされる。
指の神経を通り抜け、脊髄と脳裏に過る快感とも呼べぬ何か。
心地良いお湯に浸かるような何とも言えないその感触に少しずつ鼓動が高まるのを感じる。
その鼓動に抗うように園子の顔との距離が縮まる中、無言で己の指を彼女の唇から引き抜く。
「……」
「……」
唾液が付いた指先は外気に晒されると同時に冷たく感じる。
そうして桃色の唇から離れた瞬間、先程の行為を証明するようにつぅ……と透明な糸が尾を引いた。
不思議とお互いが無言で何か喋ろうかと思考を練る中で、恥ずかし気に園子が先に口を開いた。
「かっきー、残りも食べさせて……ね?」
「……」
妖艶な笑みが瞳に焼き付き、俺はただ無言で頷かざるを得なかった。
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正月のこの時期は、少し飽きが来る頃と言って良いだろう。
テレビではニュースも何もやってはおらず、特番ばかりが連日放送されている。
特に見る気も湧かず、園子を一人にする気も無く、買い溜めした本を手に自室に二人で籠る。
「……、すぅ……」
途中で園子の様子を見ては本を読むことを静かに行う。
マイペースな少女の面影は薄く、ただ規則的な呼吸音と共に布団を浮かせ沈める。
先日地元の本屋で気に入り購入した本のページを捲り、一段落した所でふと思い出すことがあった。
背中を預けていた寝台に振り返り、少女の首筋に手を当てると寝汗を少し掻いているのが分かった。
彼女が着てきた服はパジャマとしては適しておらず、クローゼットに仕舞っている。
園子は現在、俺が貸している青色のシャツとズボンという状態だが、シャツが僅かに汗で滲んでいた。
先ほどよりも体温は下がってきているが、それでも微熱であるのは変わらない。
風邪の時の対処として、水分を多く摂り、汗を掻くことで体温を下げるのは前世とも共通している。
どの道悪化させるわけにはいかないという思いで、軽く華奢な金色の少女の身体を揺すり起こす。
「園子」
「……う~ん、どうしたの……? もしかして、夕ご飯の――」
「――服、脱がされるのと自分で脱ぐの……どっちがいい?」
「………………う~ん?」
ぼんやりとした顔で瞳に疑問を浮かべる少女に告げる少年。
ただ、過程を省き過ぎて危ない人の発言になったことに即座に気づき、修正しようと口を動かす。
アワワ……と狼狽える俺の様子を見る園子は聡明な少女なので何かを察したのか、頬を朱に染める。
「かっきー」
「はい」
「その……、自分で脱ぐからあっち向いてて」
「了解です」
園子の言葉が最後まで耳に届く前に、可能な限りの速さで彼女に背中を見せる。
やがて、シュルッと衣服の擦れる音と掠れた吐息が自室に響く中で、俺は呼吸すら殺して壁を見る。
心臓が早鐘のように鳴り響く中、どれだけの時間が経過したのか不明な中で小さな声が聞こえた。
「……いいよ」
「――――」
いつもの間延びした声音は一切なく。
照れ臭さとわずかに緊張を残したような、鈴音の見知った声に振り向く。
「……」
「……」
寝台に座り、白い背中を園子は晒している。
先程まで着ていたパジャマ代わりのシャツは腰付近に落ちているのを目端で確認する。
だが、そんな物に目を向けずに新しく用意していたタオルを持ち、寝台に腰掛け近づく。
「――――」
上半身、何も着ておらず、背中を梳かれた黄金色の長い髪が簾のように掛かる。
その細い腕は身体を抱くように前に回し、抱いたサンチョが彼女の成長中の双丘を潰し隠す。
正しく俺の言葉の意味を読み取った彼女だが、それでも恥ずかしいのか見える顔は耳まで赤い。
「かっきー」
「……あ、ああ」
数秒ほど凝視していた俺だが、名前を呼ばれて行うべきことを思い出す。
一つ屋根の下、他に誰もいない状況で、顔を赤くし息の荒い可憐な少女に近づく黒髪の少年。
絵面はともかく実際は病気の悪化阻止なので、きめ細かい肌に浮かぶ汗を拭かねばならない。
そうして紳士の皮を纏いながら無言で近づき、その度にビクリとする少女に告げる。
「髪が背中に掛かっているから……」
療養中である為、彼女の長く綺麗な髪を結ぶ白色のリボンは外されている。
その所為で彼女の蜂蜜色の髪が白い肌に掛かっている事を指摘すると少女も気づく。
「――あ、えっとえっとえっと………こ、こう?」
「―――。うん、じゃあ……」
羞恥か熱か、理由の分からない赤面と同時に口数が減った園子は慌てて片手で髪を上げる。
やや平静さを欠いた動きで何か見えた気がしたが無言を保ち、濡れタオルを背中で拭き始める。
「つみゃっ――ッ!!」
「はは――、あ」
「……」
恐らく「冷たいんよ~!」辺りの事を言おうとしたのだろうか。
温めだが唐突なタオルの感覚に思わず園子の背中が仰け反り、俺は思わず苦笑する。
慌てて口を閉じるが、こちらを振り向く園子は、それはもう凍えるような笑みを浮かべていた。
「……かっきー?」
「いや、待ってくれ。かっきーさんとしては普通に拭いたつもりでして。はい。だから、その……悪戯目的ではなかったのよ!!」
「……、口調がおかしいよ~」
それから少しだけ眦を吊り上げた園子に軽く怒られて、ひとまず反省する。
とはいえ偶然か、先程までの空気はわずかに緩和し、園子も弛緩した口調に戻る。
やや顔が赤いままだが、恐らく怒り故なのだろうと思い、タオル片手に真面目に取り掛かることにした。
「……」
「――んっ」
「……」
「気持ちいいよ」
「……、そりゃ良かった」
園子の背中、きめ細かな染み一つない柔和な肌を、傷をつけないように優しく汗を拭きとる。
近づき背中を拭いていると、何も付けていないはずなのに少女の甘い匂いが鼻腔を擽る。
ただ黙々と行う度にくすぐったそうに小さく吐息する園子に反応せず、背中に手を当てる。
「ん~? かっきー」
「どうした?」
「あれれ~、……前は拭かないの~?」
「えッ」
その仕草を終わった合図と思い、唐突に園子は口を開いた。
意趣返しか、驚く俺の様子が見たいのか、こちらを振り向かずに園子はそんな事を言う。
だがその手には乗らないと、表面上は(必死に)平静を保ちながら、唇を舌で舐める。
少女の鼓動を感じる。
園子の心臓の鼓動を手のひらから感じながら、静かに反撃の言葉を口にする。
「……拭いてやろうか?」
「―――っ」
瞬間、手のひらに感じる少女の心臓の鼓動が確かに大きく跳ね上がるのを感じた。
そして顔は見せずとも園子の形の良い耳が、先程よりもはっきりと赤くなるのが見えた。
それから数秒ほど部屋に沈黙が広がる中で、何かの葛藤があったのかポツリと園子は告げた。
「……冗談だよ」
「――そっか。じゃあタオルと、これ。新しいシャツな」
「うん」
タオルを受け取り身体の前方を拭いた園子は、黙々と新しく用意した紺色のシャツを着る。
それからモゾモゾと布団に身体を横たえ、両腕でサンチョを抱き、顔を押し付けて小さく唸る。
何となくそんな姿に悪戯をしたくなってくるが、相手は病人なので自重して後片付けをする。
「かっきー」
「どうした?」
その後、夕飯を食べ、片付け諸々を終え、ゆっくりしようと思い自室に戻ってきた時だった。
こちらを見る園子は先程よりも熱が引いたのか、顔の赤みも随分と薄れ平時に戻っていた。
そんな彼女はポンポンと小さな手で己が寝ている寝台を叩き、こちらに来るように告げる。
「かっきー」
「……一緒に寝たいの?」
「うん」
何となく察し先に口にすると、園子はコクリと頷く。
こちらとしては忌避感もなく、この様子ならば明日には風邪も完治するだろうと思い頷く。
そして床で寝ることを検討する中で、俺の反応を見て明るい顔をした園子は僅かに横にずれる。
「……そこに寝ろと」
「もしかしてダメ……だった?」
「まさか。電気消すよ」
「あいあいさ~」
自室の寝台は微かに音を立て二人分の身体が沈むが、問題なく機能を十全に果たす。
至近距離で園子の穏やかな表情を見ると寝られるかと思ったが、いつの間にか疲れていたらしい。
久方ぶりに訪れる睡魔に意識が囚われるのを感じつつ、こちらをジッと見る園子に優しく微笑む。
「もし俺が風邪ひいたらどうしよっか」
「その時は私が看病してあげるんよ」
「それは……楽しみだな」
「うん! 頑張るよ~」
布団の中で彼女の手が俺の手と絡み合うのを感じる。
園子の方が俺よりも体温が高いのか、彼女の熱に溶けるような感覚に包まれる。
「おやすみ、かっきー」
「――――」
「――今日は、ありがとね」
園子の体温と寝台の柔らかさに誘われ、暗闇に瞼を下ろす中で返事すらできたか曖昧になる。
そんな親愛に感じる少女の声音に導かれるように、およそ数秒ほどで俺は眠りに落ちたのだった。
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あけましておめでとう。
リクエスト要素
・園子の看病詰め合わせ